神田雑学大学 6月30日 講義録

心のやすらぎと音楽

講師 宮澤正安




目 次

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講師紹介

はじめに

1.身体の健康と心の健康

2.美しい音による環境作りの素晴らしい事例から

3.「感性」の世界にひたって下さい

4.びっくりするような音楽の活用例

5.子供たちへの環境作り

おわりに



講師紹介

宮澤正安


本日の講師宮澤正安さんは早稲田大学時代に、有名な早大グリークラブに属され、かのボニージャックスと同期、現在も音楽による心の環境づくりを目指して「日本環境研究所」所長のほか、日本バイオミュージック学会会員、東京都生涯学習センターや三鷹市人材センターの登録講師としてご活躍中である。

バブル崩壊後の長い不況の中、わが国ではさまざまな歪みが噴出している。凶悪な少年犯罪や中高年の自殺の急増、子どもの糖尿病などストレスによる病気の増大。いまや多くの病気の70%は心因性、という状態である。
これは私達が高度成長の中で、心の環境作りを忘れてきた結果ではないだろうか。

宮澤さんは、美しいクラシック音楽による、心のやすらぎのための環境作り、とりわけ子供たちのための環境作りに、力を注いでおられるとお見受けした。

はじめにヨハン・シュトラウス・のワルツ「春の声」の曲とともに登場)

いま、このような美しい音、聴いて何となく気分がよくなる曲が、あらためていろいろな場所でかけられるようになった。
気持ちのよい音楽を聞きながら食事をすると、一番安い料理でもおいしく感じられる。外から刺激を受けると、人の心は瞬時に変わるものである。私どもの、心に対する環境作りの有効な道具として、美しい音楽が見直されるようになった。

戦後五十何年間、私どもは物と金の時代を走ってきた。これからは「心の時代」「感性の時代」を迎えると言われる。しかし、そう言われながらも私達の心は荒廃し続けている。

このような状態を何とか持ち直して、もっと心の時代を豊かなものにし、子供達の指導・育成につなげていきたい。
心地よい音、美しい音楽を、心の環境作りの道具として、もっともっと活用してい頂きたいと思う。

今日は有名な音楽を数曲聴いて頂き、それにまつわる話をしながら進めて行く。難しい音楽理論は一切抜きである。クラシック音楽は普段聴かないし、難しくてわからないという人がいる。しかし私どもは、毎日知らず知らずのうちに、何曲かのクラシック音楽に接しているのである。

ささやかな実験をしてみよう。
ショパン「プレリュード第七番」をかける)
この曲を聴いて、「これはショパンのプレリュード第七番だ」と思う人は少ない。多くの人は、過去二十年以上もこの曲をCMとして流してきた、「太田胃散」を思い出すに違いない。

ギネスブックに載っているという、世界一寿命の長いクラシックのCMとして、オッフェンバックの「天国と地獄」がある。この曲を聴くとみんな、文明堂のカステラが欲しくなるのである。

このようにクラシック音楽は、日常私どもの周りで何気なく使われていることを、あらためて思い知らされる。


1.身体の健康と心の健康

私どもが、いろいろなことをしたいと思ったとき、先ず重要なのは健康問題である。そこで、各地でいろいろな健康イベントが行われているが、従来こういう時は医師を招いて血圧、生活習慣病など、主に肉体上の健康の話を聞くのが常だった。

しかしこの数年少し風向きが変わってきた。 いまヴィールス等による伝染病を除く内科疾患の70%近くは心因性、すなわち心の問題が原因、といわれている。そこで「からだの健康」だけでなく「こころの健康」が重要な問題として、取り上げられるようになったのである。

「こころの健康」を阻害する最大の原因はストレスである。ストレスの怖いところは、目に見えない、尺度で計れないことである。しかもその被害は、いまや子供達にまで及ぶようになった。

子供に対するストレスは大人の5倍、10倍に達するといわれるが、子供達はそれを親や先生にさとられないように隠している。そして遂に限界点に達して爆発し、とんでもない事件を引き起こすのである。

これを裏付けるデータとして、先日の厚生省発表によると、日本全国でおよそ100万人の小学生が糖尿病の兆候を示しているという。その主な原因はストレスと考えられる。
ストレスが溜まると、心からやがて身体に波及し、私達の生体リズムを壊し、遂に病気を引き起こす。

私達の生体のリズムを表す、次の身近な数値の目安を御存知だろうか。

 144(最高血圧の目安、理想は最高120−最低80)
  72(心拍数/分)
  36(体温)
  18(呼吸数/分)
ストレスによって生体のリズムが乱れると、これらの数値が型崩れを起こし、ホルモンを異常分泌させたり、内蔵の働きに変調をもたらす。先ず胃腸関係に最初の異常が現れる。
具体的な例では、朝から日中にかけて増加する胃液が夜になっても減らず、胃壁に孔をあけ、胃潰瘍を引き起こす。

こういう胃潰瘍は中間管理職に多いといわれるが、いまその原因の殆どが心因性である。
この場合原因が内側にあるので、外科的療法や投薬など従来の西洋医学だけでは、なかなか治りにくい。
そこでいろいろ考えられて、現在実績もあるのが、薬と併用して美しい音を患者さんに聴いてもらう、いわゆる「音楽療法」である。

私がもう一方で属しているバイオミュージック学会では(会員のほとんどが医師と看護婦さん)、実際に医療の現場で様々な心因性の病気を治そうと音楽療法を試みており、それなりの効果をあげている。
そこではどんな曲を使い、聴いたときどんな感じを受けるのだろうか。

この研究が一番進んでいる東京築地の聖路加病院で、音楽療法に使われている代表的な曲を一つ、試みに目を瞑って聴いて頂きたい。
アルビノーニ「アダージヨ」 350年前のバロック音楽)
これは昭和天皇御大葬の日に流された曲の一つである。

では、何故音楽療法が効果があるのだろうか。それは、美しい曲を聴くと気持ちの安らぎを取り戻し、ストレスが軽減され、ストレスによって乱されていた生体のリズムが回復するからである。
勿論誰にでもこの曲「アダージョ」が適しているわけではない。患者さんの好み、たどってきた人生の軌跡、現在の症状、などを加味して曲を選ぶ必要がある。

バロック音楽以外にも、音楽療法に使われている曲は沢山ある。
例えば5年ほど前、第一製薬は「モーツアルトによる音楽治療法」というCDを売り出した。奇想天外であったが、これはストレスで薄くなったり抜けたりした髪の毛が、音楽の効果によって再生するというものである。

診療所の待合室で、あらかじめ美しい音楽を聴いてから治療を受けると治りが早い、という話も聞く。
病は気から、「患」は心に串が刺さった状態、ということを再認識して頂きたい。


2.美しい音による環境作りの素晴らしい事例から

(1)松本サリン事件とショパンの出会い

松本サリン事件の被害者、河野すみ子さんは全身の筋肉が動かなくなり、顔も能面のように白く表情がなくなってしまった。ところがその年の暮れ、友人のピアニスト遠藤さんが枕元ですみ子さんの好きだった数々の曲を弾いて聞かせたところ、徐々に表情が蘇ってきた。
ショパン「プレリュード15番 あまだれ」

これを受けて翌年2月、「サリン事件被害者のためのチャリティコンサート」がサントリーホールで開かれた。最前列で聴いていたすみ子さんの表情に、前と同じように変化が現れ、遂に涙が頬を伝って流れた。
今では囁くようにではあるが、「いたい」「こわい」いう2語を発するまでになったという。
すみ子さんはショパンの曲が特に好きだったので、ショパンの曲が効果あったのである。

(2)大江光の音楽と名曲「蛍の光」

大江光さんは大江健三郎さんの長男で、知的障害者として生まれた。
ご両親は大変悩んだが、幼い時から光さんが鳥の声に敏感に反応することに気づき、鳥や虫の声、お母さんのピアノの曲など、美しい音を聴かせる環境作りを続けてきた。

その結果、光さんは10歳時からピアノをいじるようになり、20歳時には自分で曲を作ってみたいと言うようになった。そして最初に作られたのが「雪」という曲である。その後作った曲をまとめて、音楽会社から「大江光の音楽」というCD盤を出版した。

このCD盤が、その年の暮れに音楽大賞の企画賞に選ばれ、知的障害児であった光さんは立派な作曲家として、世間に認知されるようになったのである。
音の持っている不思議な力を示す出来事である。
大江光「雪」 第一作)

普通、知的障害者は夢を見ることができない、といわれる。夢とはどんなものだろうと、光さんが一生懸命考えて作ったのが「夢」という曲である。
大江光「夢」 知的障害者は夢を見れない?)

一方、これは私の個人的体験であるが、先年肺の手術である病院に入院した。
見舞客の退出時間を案内する男声のアナウンスが如何にも味気ないので、女声に変えてもらいBMもつけた。しかしそのBMが「蛍の光」だったのは、いささか不適切というものであろう。
もちろん今は改善されている。

(3)埼玉県川口市の交通事故は何故減少したか

「安全ドライブのための名曲集」というテープがあり、車を運転する人に是非聴いて頂きたい曲が集められている。
レハール「メリー・ウィドウ・ワルツ」

このテープがユニークなのは、作ったのが埼玉県の川口警察署だったことである。市の交通安全協会から売り出されたが、2万本全て売り切れになった。
売り出されて6ヵ月後に、このテープの評価記事が、新聞の地方版に載った。
「この3ヵ月間、川口警察署管内の交通事故は、他の地域に比べて目に見えて減った。」
その陰には、このテープの効果が大いにあるのではないか、というものであった。

美しい音が身の周りに漂っていると、人の心が安らぎ、粗暴な運転をしなくなる。それが結果として、交通事故の未然の防止につながった、と考えられる。 なお、安全運転のためには、演歌などはそちらに気を取られやすくて不適当である。歌詞のない曲の方がよい。

(4)ステンレスのふとんと味の素事件

いろいろな職場で音楽を流している企業も増えている。これには感性を司る右脳を刺激して、独創的なアイデアを引き出そうという目的がある。

このように職場環境を整えていた某ステンレス会社で、未来の商品のアイデアを募集し、社長賞を獲得したのが「ステンレスの布団」であった。10年後の今日ではステンレスを綿より細く加工できるようになり、実現の可能性が出てきている。こんな発想は、左脳の論理的思考だけでは生まれないものである。

おなじような例に、味の素事件がある。武田の「いの一番」の出現で、売り上げが減った味の素の対策として役立ったのは、工場の一女子従業員が提案した、容器の孔を大きくして使用量を増やす、という案だった。

(5)「第二の人生設計」の環境作りには音楽が不可欠?

人の脳細胞数は,140−160億個ある。20歳でピークに達し、30代後半から毎日10万個づつ減少し始める。40代後半でその影響が現れるが、危険なのはその頃から起きやすくなる脳細胞の大量死−アルツハイマーである。
レーガン元大統領がその例である。

そうなる前に、私どもは老化防止対策をしなければならない。そのためには、身の周りに美しい音、綺麗な花や絵、芳しい香りなどを置く環境作りが効果がある。
その証拠に、お歳を召して惚けた音楽家は滅多にいらっしゃらない。中田喜直さん、磯部トシさん(81歳)などは亡くなる直前まで音楽活動を続けおられた。

もっといい方法は、自分で演奏する(歌う、楽器を演奏する)ことである。
昨夜のNHK特集「シルバーエイジのピアノリサイタル」をご覧になっただろうか。
今日は3月に四谷の紀尾井町ホールで録音した、平均年齢64.5歳の合唱団(35名、最高年齢78歳)の演奏をお聴き願いたい。
磯部トシ「はるかな友に」) 35分の一は私の声である。

3.「感性」の世界にひたってください

さて,私は冒頭で感性の時代というお話をしたが、感性とは辞書を引くと「外部の刺激を受けて、その人の心が様々に揺れ動くこと」である。
具体的には幼い頃、名もない草花を見て、「ああ綺麗」という感嘆詞となり、悲しいドラマを見て涙を流す、ということである。

しかしいま、世の中がこれだけ慌ただしくなり、本来私どもが持っている豊かな感性が機能しなくなってしまった。
子供たちに対する環境づくり、と言う前に先ず大人が、自分たちの感性に付いている錆を落とさねばならない。

そこで今日は皆さんに感性の世界をちょっと覗いてみて頂きたいと思う。
福井県丸岡町は、日本一短い手紙発祥の地として知られている。
(一筆啓上 火の用心 おせん泣かすな 馬肥やせ)

この町が町おこし運動として、全国に「日本一短い母への手紙」を募集したところ、3万数千通の応募があった。秀作を選んで本にしたところ、たちまちベストセラーとなった。

この本の中から3つを選んで読んでみたい。バックには昔懐かしい童謡を流す。ご自分のお母さんのことを思い浮かべながら、味わって頂きたい。
童謡「赤とんぼ」

・58歳の男性からの手紙
・7歳の坊やからの手紙
・28歳の男性からの手紙
(会場 しみりとする)

これが私達が持っている感性というものの、現れ方の一つだと思う。


4.びっくりするような音楽の活用例

雌牛に名曲を聴かせると、乳の出がよくなるというような、人間が聴く以外の場所での音楽の効用例も沢山ある。

(1)「ヴィバルディのうどん」をご存知ですか

ヴィバルディ 四季より「春」
熊谷の高砂食品という、うどんやさんでは乾めんを作るとき、練っているうどん粉に「春」を聴かせてみた。その結果、今までと比べて明らかに腰の強い、味のなめらかなうどんができた。贈答品用に使われて好評である。
酵母菌が活性化して、よく練れたうどん粉ができるせいと考えられる。

(2)モーツァルトがお手伝いした日本酒

モーツアルト「アイネクライネナハトムジーク」
喜多方の酒屋、小原酒造では日本酒の仕込み期間の20日間、モロミにモーツァルトの曲を聴かせている。
まろやかなお酒、「蔵粋(クラシック)」が出来上がった。

モロミに、お酒という文字の入った演歌43曲を次々と聴かせ、演歌仕込み「うたよい」という銘柄を開発した酒屋さんもある。

(3)必ず今よりも美しくなれる名曲もあります!!

やはり人間が聴いてこそ一番効果があると、先年アメリカの医学会でユニークな発表があった。
クラシックの名曲が数十曲リストアップされ、これらの曲を聴いた全ての女性は、必ず今より美しくなれる、というものだった。

今日はその中で代表的な一曲を聴いて頂き、ご参会の女性の皆様に今以上美しくなって頂きたいと思う。
チャイコフスキー「花のワルツ」

これには医学的裏付けがある。この夢見るようなメロディ、踊りたくなるようなワルツを毎日聴いていると、脳下垂体のマッサージ効果により、女性ホルモンの分泌が活発になるためである。


5.子供たちへの環境作り

最後に、一番大切な子供たちの環境作りについてお話して終わりにしたい。
いま、子供たちが主役の新聞記事は、読む前から悪い事件に決まっていると言ってよい。
そして毎回問題になるのは、事件を起こした子の家庭環境はどうだったのか、両親はどんな環境でその子を育てたのかである。そこから一歩も出ない。

あの悲惨な神戸の小学生殺人事件の後、文部省は全国に通達を出し、これからの子供たちの教育、特に小学生教育においては、もっともっと心の教育に重点をおくべきであると指示した。
しかし心の教育といっても具体的にどうすればよいか、様々な試行錯誤があってなかなか旨くいってないのが実状である。

私達大人が最もよく考えなければならないのは、心の教育の原点をどこに置くべきか、ということであろう。
子供たちが生まれ、育つ過程には常に素晴らしい先生が傍らにいらっしゃって指導育成に努めて下さっている。しかし先生方のお仕事には、自ずから範囲と限界がある。

私達が考えなければならないのは、子供たちが小学校や幼稚園に行くもっと前の、もっと小さいころから、日常のさりげない場面での母親の一言、父親のちょとした物腰などである。
具体的には美しいものを見たとき一緒になって、きれいだねと言ったり、悲しいドラマを見た時一緒に涙を流したりできること、そういうことを通して心の触れ合いが求められる所に、心の教育の原点が置かれるべきだと思う。

都内の小学校で流されている感性を豊かにする曲の一例をご紹介する。
ロドリーゴ「アランフェス協奏曲」盲目の作曲家)

作曲者ロドリーゴは幼い時の病気で全盲になってしまった。名勝アランフェスへ夫人に連れて行ってもらい、一度でいいからその美しい風景をこの目で見てみたい、という切ない願をこめて作ったのが、この曲である。作曲家の情熱・感動が伝わってくる名曲である。


おわりに(レジュメより)

クラシック音楽が、いまや従来の芸術鑑賞の域を越えて、広く日常生活のなかの環境作りの道具として活用され、その用途は、益々広がりつつあることをご理解頂けたことと思う。
しかし、どのように素晴らしい音楽であっても、要はそれを活用する人たちの使い方次第だと思う。
それぞれの場合に、時と、所と、状況に応じた上手な選曲をして頂き、最大の効果を挙げるようお考え頂きたい。


今日お聴き頂いた曲目一覧表

「春の声」   -----------------------------  J・シュトラウス・Jr
「アダージョ」 ---------------------------- アルビノーニ
「プレリュード第15番」 ------------------ ショパン
「 雪 」  ------------------------------- 大江光
「メリー・ウィドウ・ワルツ」 -------------- レハール
「ヴァイオリン協奏曲集・四季」 ------------- ヴィヴァルディ
「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」 ------- モーツァルト
「赤とんぼ」 -------------------------------  童謡
「花のワルツ」(「クルミ割り人形」より)----  チャイコフスキー
「アランフェス協奏曲」(第2楽章)---------- ロドリーゴ
                        その他

− 完 −
(文責:大野令治)

会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:大野令治
掲載写真選定、画像データの編集、HTML編集:田口和男
音楽データの制作、HTML編集:田口和男