神田雑学大学 7月21日 講義録

一度は行きたい全国の名料亭

講師 西浦 義夫




目 次

(クリックすれば該当の項へ進みます。
ブラウザの「戻る」ボタンで目次に戻ります。)

私だけの心の財産

九州・山口地方

近畿地方

中部地方

北陸地方

関東地方

東北地方

★誇り高き日本の食文化



☆私だけの心の財産

私は、芸能全般の鑑賞、古今東西の絵画の鑑賞、そして旅とグルメが趣味の男です。
その成果を、例えば1981年に共立女子大学の舞踊学会で「益田隆=日本洋舞史の一側面」や、1995年に学士会館で「バレーを中心とした舞踊史」を発表したりしています。この益田隆(舞踊家:1910〜1996)という人は、浅草国際劇場や日劇ダンシングチームの初期のころを指導した方なんです。

本日は、グルメ、つまりここ数十年私が食べ歩いたお店の中で印象に残っている名店をご紹介したいと思いますが、その前にこうしたことができる条件というのをご披露しておきます。


 1.先ず、健康です。
 2.次が、目前の心配事がないこと。処理しておくこと。
 3.それに、多少の余裕金を用意しておくこと。
 4.そうして、「やり抜こう」という強い意志を持続すること。
 5.当然ながら、絶えずグルメに関する情報を収集しておくこと。
 6.最後に、良い運に遭遇すること。
 そして、これらを訪ねた経験は私の心の財産≠セと誇りに思っております。

☆九州・山口地方

先ずは、南の九州・山口から始めましょう。

下関では、河豚料理のナンバー1『春帆楼』です。
日清講話条約(1895年)が締結された所でもありますが、費用6万円を出した甲 斐があるほど満足しました。
それから九州・長崎といえば、卓袱料理(17世紀ごろにできた和・中・洋の折衷料理、元々「卓袱」はテーブルクロスの意)です。

先ずは、1655年創業の『富貴楼』です。

城風の石垣の建物、昭和天皇の店とし て知られています。
同じく、昭和天皇の宿『矢太楼』は風呂が素晴らしく、湯舟から長崎湾が見渡 せます。ただ、日本料理の方はB級程度でしょうか。
風呂といえば、京都の『柊屋』、南紀の『浦島』の「忘帰洞」、河津の『天城荘』などが素晴らしかったことを思い出します。


☆近畿地方

次は、大阪・京都・三重を廻ってみましょう。

大阪『大和屋』では、地唄舞「雪」を能舞台で観ました。動く浮世絵として有 名な芸妓・武原はんさんもここの出です。料理も器も宗右衛門町ではナンバー1です。彦谷国一氏の設計で、立派な建物です。

京都は『一力』『伊勢長』『つる家』『吉兆』『柊屋』です。
『一力』では、地唄舞「黒髪」を座敷で観ました。料理は「川上」から取り寄 せています。

『伊勢長』は内幸町の「帝国ホテル」に支店があります。
1908年創業の『つる家』は、エリザベス女王、ミッテラン大統領の料亭として も知られています。

『吉兆』は湯木貞一(1901〜1997)が創業したお店ですが、料理のみならず、政 治力も凄くて総理が行く日本料理屋としても知られています。
『柊屋』は落ち着いた宿で、典型的な京の京の宿・京料理のお店です。



三重『志摩観光ホテル』は伊勢海老が驚くほど美味しかった。


松阪は肉の芸術といわれていますが、『和田金』は松阪牛の味処です。

☆中部地方

次は、愛知・岐阜・静岡です。

名古屋の二大料亭は『八勝館』と『河文』です。
『八勝館』は北大路魯山人(1883〜1959)ゆかりお店で、美術館クラスの器で日 本料理を供してくれます。
『河文』は伊勢湾のものを料理してくれます。また彫刻家・流政之氏(1923〜) 作の庭園も素敵です。

下呂温泉『湯之島館』は敷地5万坪という壮大な所で、天皇の宿でもあります。
高山の『洲さき』では「宗和流本膳」を食べました。




伊豆へ行って、岩崎弥太郎の別邸『三養荘』、薪能で知られる『あさば』etc.


いずれも、庭や建物が素晴らしい所です。

☆北陸地方

次が北陸地方、金沢が中心です。

『加賀屋 雪月花』はプロの投票でもナンバー1で、天皇の宿としても知られ ていますが、料理の品数も多く、また女中さんの品の良さは費用6万円でも安く思うほどの満足を与えてくれます。

北陸三大料亭としては、『つる幸』『山の尾』『白銀屋』をあげることができ ると思います。

『つる幸』は武家屋敷街にあり、「つる家」系の洗練された日本料理の味が素 敵で実力ナンバー1です。
『山の尾』『白銀屋』ともに、北大路魯山人ゆかりのお店です。

『白銀屋』の女中さんは謙虚で好印象をもっています。近くに須田青華の窯元 がありました。
『金城楼』は金沢料亭の王者でしょう。

片山津温泉ナンバー1の『矢田屋』は個室のダイニングとなっています。
粟津温泉の『法師』は何と1300年続いており、現在は46代目の主が経営してお ります。いずれも、行くなら蟹が美味しい冬がよいでしょう。



他に、昔、道場六三郎氏が勤めていた『白雲楼』(現在はありません)や、250年を越える料亭『大友楼』も行きました。『大友楼』は加賀藩の御膳所の料理方を務めたという郷土料理風のお店で、現在は7代目になります。

☆関東地方

さて、次が関東地方、と言いましてもほとんど東京です。

先ずホテルですが、三大ホテルといわれる『ホテルニューオータニ』『ホテル オークラ』『帝国ホテル』、プラス『新高輪プリンスホテル』に行って最高の気分を味わいましょう。

この中で、プールのナンバー1は『帝国ホテル』です。広くて、太陽が明るい のです。
茶室の最高は、『新高輪プリンスホテル』の「恵庵」と『帝国ホテル』の「東 光庵」でしょう。両方とも、村野藤吾氏の設計によるものです。

ちなみに、近代数寄屋造り(室町時代後期に千利休が造った草庵風の茶室)の建 築家ビッグ3を紹介しますと、村野藤吾(佐賀県出身:早稲田大卒)・堀口捨己(岐阜県出身:東京大卒)・吉田五十八(東京都出身:)です。
村野は先述のホテルの茶室、堀口は「八勝館」、吉田は「新喜楽」「金田中」 「吉兆」「つる家本店」etcを設計しています。

『帝国ホテル』といえば、第11代シェフ(1969〜1996)の村上信夫氏が有名です が、私は「第100回村上信夫の会」に参加したのです。ついでながら、第12代(1996〜1999)は西脇順三郎氏で、現在は田中健一郎氏が13代目(1999〜)のシェフです。

また、『ホテルニューオータニ』の「トゥルダルジャン」は都内のフランス料 理ではナンバー1でしょう。ソムリエは熱田貴氏です。

次が、『三井倶楽部』と『Q.E.D.CLUB』です。二つとも、会員制のため一般 には入りずらいお店として紹介しておきます。
『三井倶楽部』は、イギリスのジョサイア・コンドル氏が25歳のとき来日して設計した所で、室内楽を聞きながらフランス料理をいただきました。 『Q.E.D.CLUB』は元ハンガリー大使公邸で、鳩料理の美味しいフランス料理 のお店です。

さらに、個室が素晴らしいお店としては、フランス料理の『クレールド赤坂』 と薬膳料理の『同仁堂御膳庁』です。

フランス料理で選ぶとしたら、『ホテル・ドゥ・ミクニ』と『コート・ドール』。
『コート・ドール』はパリの『ランブルワジー』のシェフであるベルナール・パコ氏の片腕といわれた斉須政雄氏のお店です。

次に日本料理にいきまして、うなぎでは『喜代川』と『竹葉亭本店』。二軒と も趣のある建物です。

  鮨では、『久兵衛』と『すし仙』。『久兵衛』はあまりにも有名ですし、また 魯山人ゆかりの店でもあります。舎利やガリまで気をつかっています。

余談ですが、私個人は鮨が大好きですが、高級鮨屋さんに行くのは、値段が不 明なので勇気がいりますね。なにしろ「客の方が気つかうのは、鮨屋と医者だ」と言いますから。

銀座は関西料理が主流ですが、その代表格は『浜作』です。
道場六三郎のお店『ろくさん亭』もあります。「これぞ日本料理」という感慨 をいだきます。

築地は『田村』は田村三代の日本料理の店として知られています。
新橋は最高級の料亭『金田中』。浅草・向島に行って、『草津亭』と『桜茶屋』。
『金田中』と『草津亭』は芸者、『桜茶屋』は幇間の桜川一門が座敷に出ます。

さらに、ステーキの『あら皮』は神戸より旨いと言われています。和食風つき だしも絶品です。ただし、お値段もいいですね。
名菜席の『銀座アスター』も忘れてはならないと思います。

東京には凄いお店がいっぱいあります。


☆東北地方

最後に、東北地方です。

新潟では、二大料亭といわれる『行形亭』と『鍋茶屋』です。
創業250年の料理屋『行形亭』は洗練された日本料理屋です。2000坪の敷地に離 れが散在していますが、この料亭の接待振りは絶妙のタイミングであり、おそらく日本でもトップクラスではないかと思います。現在の当主は十代目になります。

創業150年の郷土料理風の『鍋茶屋』は、建築の本を捲っているときに見つけて行きましたが、なかなか重量感のある建物の料亭でした。




酒田では、料亭『相馬屋』とフランス料理の『ル・ポトフー』です。
私は伝統と格式のある店を訪ねることにしているので、1808年創業という『相 馬屋』を訪ねました。ここは、その昔酒田港の三十六人衆という問屋グループの接待の場だった料亭として知られており、飛島の鯛料理がとくに有名ですが、タイミングが悪かったのか、それほどではなかったという印象を私はもっています。

一方の『ル・ポットフー』は、庄内浜であがった魚でその日のメニューを決め るというお店で、食材に熟知したオーナー自らがサービスをしてくれ、しかも値段も安いお店です。

以上、大急ぎで日本各地の名料亭・名レストランを紹介いたしましたが、まだ まだ私が訪ねたお店はございます。それはまたの機会ということで本日は閉めさせていただきます。

★誇り高き日本の食文化

いかがでしたか。日本中の名料亭を巡った、西浦さんのお話にはすっかり圧倒されてしまいましたね。

「茶屋」、現代風にいえば「喫茶店」が初めて開店したのは15世紀、東寺南大 門前にできたとされております。
ところが、こうした外食屋というのは「ヒト」と「カネ」が流通して初めて成 立します。そういう意味で日本における外食産業は、やはり町人社会が完成した江戸時代からだと言えましょう。

いわゆる「料理茶屋」や「飯屋」というのが顔を出し始めたのが、18世紀半ば ごろからだとされていますが、「茶屋」と冠しているだけに「軽食を出す喫茶店」とイメージすればよいでしょう。

こうして、宿場町や門前町から日本の外食産業は発展していきますが、最初は 「何か喰わせる店」「腹一杯に喰わせる店」が主でありました。しかし、やがてはお店における料理の質が重要な価値基準となってゆくのは当然の趨勢です。

そんな流れから、お店は「料理茶屋」から「料理屋」「料亭」「割烹」と高級 化していき、江戸中期以降には「番付表」なるものが多く出るようになり、さらには明治になって外国の料理が入ってきて、誇り高き日本の食文化が醸成されていったのです。

というわけで、西浦さんのお話はグルメの旅≠越え、日本文化の旅≠ヨ とつながるものではないでしょうか。


− 完 −
(文責:星ひかる)

会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:大野令治
掲載写真選定、画像データの編集、HTML編集:田口和男