size=3>神田雑学大学 8月25日 講義録

障害者の旅・カナダ編

講師 古谷 久子




目次

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予期せぬ出来事

外出

外出時の問題点

障害者に優しい外国旅行

出発

尊厳

出発と到着

ナイアガラ

ワイナリー

カルガリー

ピクニックエリア

ホテルレイクルイーズ

ハプニング

氷河

ジャスパー

カナディアン号

バンクーバー

バリアフリー

障害者専用旅館




予期せぬ出来事

きょうの講師は古谷 久子さんです。千葉県松戸市にお住いの古谷さんご夫妻は共に68才、娘さんと三人暮らしである。
夫婦で中学校の教員を40年間勤め、定年退職して二年ほど嘱託していた。

人生二回目と思った矢先、誤算というか予期せぬ出来事が起こったのが主人の 病気であった。平成6年、1994年の9月脳内出血で倒れた。

半年間入院幸い命はとりとめたが左半身麻痺という障害者になった。本人のいらいら、介護者の疲れ、これは当たり前のことだが時間をかけて割り切るしかない。「こんな身体なら死んだ方がましだ!」主人はよくそう言った。
不自由な身体で本人が一番辛いのだと心底思ったのである。

障害者の日常生活というのは、一緒に暮らしていても健常者である妻(私)にはなかなか分からない、どうしてこんなことが出来ないのか、どうしてこう言うことを感じるんだろうとか言う分からない事が多かったが、お互い不自由な身体に慣れると言う事で無理をしないように暮らしてきた。


外出

今までの間に出来るだけ外出をしよう、昔だったらこういう体になったら外に出ないで家の中に閉じこもりになるんじゃないか、病院のリハビリに通うとか、車椅子で近くを散歩するのは勿論のこと、映画を観に行く、これは電車に乗って行ってみようとか、近くのホールで音楽会があったときには出来るだけ行った。

障害者の為に「ひまわり号を走らせる会」があって年に一回ひまわり号というJRの列車を使って日帰り旅行をする、ボランティアさんが大勢関わっているものに参加する。それから、地域の松戸市障害者福祉会で年一回旅行にも参加している。
家族としては年一回の行事では間に合わないから出来るだけドライブにも出かけ外に出るよう心がけた。

盛岡にいる息子、いや孫に会いに行くには新幹線に乗らなければならない、ではまず上野まで行けるかどうか、それを試すのに上野まで映画を観にいったのである。ただ、電車に乗ると言うことは他の人にも迷惑をかけるということで本人は嫌な思いをしたかと思うが、JRの人達の手伝いもあって上野までは楽に行けるようになった。

外出時の問題点

外に出るとき何処に行くにも問題はトイレである。トイレに直ぐに行けるような状態。トイレの場所とか、車椅子用のトイレとか、洋式はあるかないかなど前もって分かっていないと外出はダメなのである。ドライブも高速道路を使えばドライブイン、サービスエリアにしてもトイレがあるから出かけられる。

障害者に優しい外国旅行

外国をあちらこちら旅行経験の娘がいうには、外国の方が障害者に優しいからお父さんも苦労しないで旅行が出来るんじゃないかということで、昨年の正月頃から娘と相談した。旅行に行くのならカナダのロッキー山脈へ行ってみたい。
もう一つは、ニュージランドなら行ってもいいと主人が候補に挙げた。

気候の点で赤道より向こうに行くと陽気が全く変わるので体力的に切り替えが出来ないと困る、カナダは横滑りだから同じような陽気で行けると思いカナダに決めた。旅行会社に勤める娘の友人と相談して一般ツアーでなく、三人だけの家族旅行プランを作って貰った。経済的には贅沢な旅行にはなったが、それにして良かった。

出発

1999年7月16日出発、長時間飛行機に乗りつづけるということがどれだけ耐えられるかということもあって、アメリカにいっぺん入ってからカナダに行くコースが通常のコースだが、成田からトロントまで直行便のビジネスクラスで行った。それでも時間は11時間30分もかかったのである。席はトイレの近くにしてもらった。

尊厳

万一のことを考えて主人にはパンツ式のおむつをつけてもらった。主人は嫌がったが、11時間30分の間、もしものことがあるから、やはりつけるだけ着けて貰った。ところが逆に、おむつを着けている為に、万一粗相があってはいけないと、一時間置きにトイレに通ったのである。

オムツの問題は人間の尊厳に関わることで、尿意があるのに垂れ流していいのだろうかということが主人には耐えられないようだった。
話は反れるが、夜中に何回も起きなければならないトイレの問題があり、友人にこぼしたことがあった。

話は元に戻るが帰りの飛行機では絶対に着けないで帰ってきたのである。

出発と到着

成田を出たのが2:55 トロントに着いたのが日にちが逆に戻って同じ日の13:55 なんか一日得をした気分であった。
空港には大型ワゴン車でドライバー兼ガイドさんが迎えに来ていた。初日はナイアガラに行った。BR>

ナイアガラ

写真を見ながら

ホテルは「ルネッサンスホールズビュー」といって滝のまん前で17階、部屋の窓から滝がよーく見えた。夜8時頃でも明るく食事の後タクシーでレインボーブリッジまで行って、歩いてアメリカ入国してみようと言って渡り、また引き返してきた経験をした。

翌日はナイアガラの滝を観光、霧の乙女号という舟に乗った、ナイアガラは日本のリゾート観光地といったイメージでとても混雑した所であった。
観光バスが着くたびに日本人が降りてくるといったくらい日本人観光客が沢山いた。ビニールのカッパのようなものを着て舟に乗る、滝の側まで寄って行くので身体中ビショビショになるくらい滝の醍醐味を味わった。

古谷さんはここには二度と行きたくないという。日本人の観光客があまり多す ぎて、車椅子がいても、もうどけどけどけと、言った感じで走って行くのは日本人でそれが悲しいと言うか寂しい思いをした。外国の人は絶対そういう人はいない、どんなに混雑していても車椅子がいれば必ず避けて、先にいきなさい と、してくれる。

ワイナリー

写真(アイスワイン葡萄畑の前で)

アイスワインという葡萄を凍らせ、水分を蒸発させて冬に葡萄酒を造るワイナリーに行った。
ナイアガラインザレイクでアイスクリームを食べたり公園で休んだりした。大きなトイレがあり車椅子で楽に入れる。トロントに戻り、州の庁舎、州議会、トロント大学などの市内観光をしてホテルに戻る。

カルガリー

トロント空港を朝の10:45カルガリーまでは3時間だったので、エコノミーにした所、座らせる席に行くのも大変、身動きも出来なくて主人には3時間トイレを我慢してもらう為、水もお茶も控えた。カルガリーでは二人目のガイドさんが迎えに来てくれた。ガイドさんは皆日本人の若い人で、良く勉強もしているし、親切であった。

オリンピック村のメインスタンドを眺めながら真っ直ぐバンフという町に向かった。ここで驚いたことは、国道1号といって広い大平原で信号も何にも無い真っ直ぐの道を130キロ突っ走る。130キロあると聞いたときはいねむりでも出るかとおもいきや、素晴らしい風景と、ところどころにいる動物と 広い道路に感動して眺めていた。

バンフの町というのはバンフ国立公園の中に町があるので、建築物も高さは制限されていて、ホテルも3階建てであった。自然のままの動植物で人間は絶対餌はやってはいけない。ここでは2泊し、ショッピングや夕食を外に出たり車椅子で出た。

お店も車椅子で入れる店が殆どで、ちょっと一段上がるという所は必ずスロープが側に置いてあって、店の人が見かけるとパッ と出てきてスロープをしいてくれる。

ピクニックエリア

自由行動でレンタカーを借り市内観光と郊外へのドライブをした。この時ピクニックエリアで食事をしたが、スーパーでパン、牛乳、サラダとかいろいろ買い込んでいったが驚いたことにいろいろな所にピクニックエリアがある。
あちらの人達も家族連れで来て、子供がテーブルセンターを広げてそこで色々 出して、休日を楽しむような形で現地の人たちも沢山いた。

リスなどがチョロチョロ寄ってくるが、動物に対していかに人間がかまわないでいるのかということが良く感じられた。
10日間の旅行の間、車椅子に出会ったのは4人ぐらいであった。後で分かったことだが、あちらには車椅子だけではなくて、荷物を持って入ることが出きる、そういう大きなトイレが男子用にも女子用にもあるという当たり前のことのようだ。駅のトイレ、公園のトイレは勿論中も綺麗で気持ちが良い。

ホテルレイクルイーズ

写真を見ながら

水に映るところが、上と下が同じ景色で何所が水の境目なのかわからない景色が沢山あり、何所の湖でも同じであった。

ハプニング

ホテル側の手違いから、湖側の部屋を予約したはずが、そこは全部ふさがって いた為に、湖側でなく北側になってしまった。ホテル側は大変恐縮して一番凄いスイートルームを用意してくれたのである。勿論料金は予約と同じ、もっと驚いたことは、小錦が二人が寝てもまだ余るというダブルベットであった。

ベッドルームが二つ、お風呂が二つ、トイレも二つ、シャワー室にリビングが 二つ、二度と泊まれないないなぁ と言う所に泊まれたのが忘れられないホテルである。

氷河

21日ジャスパーに向かう、その途中が氷河、コロンビア大氷原のたった2% しか見えないという。アスバスカ氷河と言われている。98%の氷河を見る為には飛行機に乗らないと見えない、観光客は2%しか見ることができない。

見にいく為には、待合所からシャトルバスに乗って雪上車がある場所まで行くのだが、車椅子使用ということで、特別の小型シャトルバスでドライバー、助手が乗り込み雪上車までいった。

さて、雪上車に乗り込むときは、後ろにリフトがついていて車椅子ごとリフトで吊り上げてくれる。この雪上車はタイヤが1m50cmもあるタイヤの刻みの凄い車であった。

ジャスパー

パールレイクと言う湖の前のホテルでパークロッジという一軒一軒3LDKくらいの一戸建てのホテルに泊まった。ホテルの庭には動物が沢山いた。
いよいよ帰り道ヴィヤレイルと言う寝台列車に乗るためにジャスパーの駅に行った。
ところが、ここでもハプニングで3時半か4時頃この寝台車にのり、ロッキーと別れを惜しみ、景色を眺めながらバンクーバーに向かうはずであった。

このヴィヤレイルと言う列車は週に2回出る列車だが前の所で事故があって遅れた。
本当なら4時半頃乗って列車の中でディナーを食べて、翌日の朝バンクーバーに着くスケジュールであったのが、遅れに遅れて夜中の12時に列車が着いたのである。列車のディナーがどうしても食べたかったが仕方なく、駅で発行した食事券で近くのレストランで済ませたのであった。

感心したのは日本だったらこんなに列車が遅れたら、観光客がかなり騒ぐのではないかと思ったが、誰も騒ぐ者はいなかった。その間もガイドさんは列車が出るまでずっと付き合ってくれた。ガイドさんの個人的サービスに、古谷さんは感謝でいっぱいだった。食事の後はジャスパー近郊の湖とい湖を回ってくれた。
最終的に発車したのが12時であった。

カナディアン号

3人用の個室を使用、朝になるとベッドがソファーと回転椅子になりかなりゆったりしていて、トイレも洗面所も個室についていた。展望車、食堂車は別の車両。
朝ご飯は食堂車で食べたが、動きたくない主人には食堂車から出前をして貰った。
ハプニングがあったために、バンクーバーの観光は短くなったが、ハプニングのおかげで、人の温かい心に触れた体験もしてきた。

バンクーバー

バンクーバーのスタンレーパークの海の見える所の写真を見ながら、ガイドさんの話ではシドニーと風景が似ているという。

最後の宿泊を済ませ7月24日昼にホテルを出てバンクーバーの空港を
15:30 搭乗、成田着は9時間半、無事旅行終わった。

バリアフリー

旅行で感じたことはバリアフリーっていうのは、なんなんだろうか?と言う事だ。
最近新聞で読んだこと、「車椅子一人旅やさしさに触れた」と言う記事に36 カ国安宿を車椅子で一人で、泊まり歩いた人がいうには、障害者であることを忘れさせてくれるという。

日本で障害者であるといことを意識するのは人の目とか、設備の不足など、社会の側の理由で障害者を意識する。ようは、心のバリアフリーが大事で障害を 実感させられる施設、それが非常に苦手だっていうふうに書いてある。
日本では障害者専用というのをいろいろ作ってくれるが、専用を作るから余計に障害者であることを意識してしまう。だけど専用でなく障害者も使える、という設備であればどんなにいいだろうかと書いてある。

日本のホテルでも旅館でも障害者が泊まれるのは非常に数が少ない。障害者の 旅行に来月行くのだが、一般の旅館に泊まるので幹事の人は必ず洋式トイレは あるだろうか、という確認をするがお風呂は入れない。温泉に行っても主人は 入れないのである。障害者の会の旅行でさえそうなのだ、まして普通の旅館ではなおさらである。

障害者専用旅館

栃木県足利市にある「醍醐の森」は障害者専用旅館である。部屋にはベッドが 二つあり、必ず付き添いの人と二人で同じ部屋に寝てくださいといわれる。
お風呂は障害者が一人づつ入るお風呂で車椅子から湯船に滑りおろすように入れるお風呂がある。

障害者は家の中に引きこもっていてはいけない!旅をすることでいきる力が与えられるんじゃないかと思う。新たな知識も授かるし、見聞も広まって「生きていてよかった」なぁという実感を与えたい。
また、それが社会に与える影響力というか障害者の意思を伝えるということが 大事ではないかと思う。

− おわり −
文責:和田 節子

会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:大野令治
掲載写真選定、画像データの編集、HTML編集:大野令治