神田雑学大学 2001年5月11日 講義録

「ト ン 考」

−ヒトとブタをめぐる愛増の文化史−

講師 津田 謙二




目 次

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講師紹介

1.講義の概要

2.乾燥文化(移動文化)と湿潤文化(定住文化)

3.役に立つ豚

4.ブタ・グッズ

5.結論

6.質疑応答




講師紹介

津田謙二さん

津田謙二さんは、この程片倉邦雄さん(大東文化大学教授。元外務省。中近東各国大使歴任。)と「トン考ーヒトとブタをめぐる愛憎の文化史ー」(2001.5.20.アートダイジェスト社刊)を出版されました。

Info Box代表。元住友化学工業(株)技師長。

この20年中近東、西アジア、中国等各地を遊歩、内外の夥しい文献資料を渉猟され、将に本邦初の奇書「文化トン類学」(石毛直道氏の命名)です。
    

1.講義の概要

津田です。人間に貢献して居ながら、何故豚は此れほど嫌われるのか?
私はこの20年ほど、この疑問を解くために外務省の中近東大使を歴任された片倉さんと共に、主としてイスラムの中でブタの研究をして参りました。
上記の本が丁度出版されたので、この本に載っていない事も交えお話致しましょう。

まず、W.H.マクニール氏の「世界史」にある通り、「人間の歴史における最初にして最も注目すべき出来事は、食料生産の発達と野生動物の家畜化」でした。
当初、人類は食べるだけでせいいっぱいであり、それが農業、それに野生動物とともに安住することで食料確保が出来た事から、ものを考える時間を得て文明が発生しました。家畜は屋外で放し飼いが多く、豚は物々交換で貨幣の役目もしていました。

野生の豚(猪)はアメリカ大陸には存在していません。日本では、ブラギストン線以北の北海道には存在しません。しかしウリ坊(子猪)の土偶は発見されています。猪の家畜化は、世界の各民族でほぼ同時に行われはじめたようです。
東南アジアには、キャプテン・クックが連れてきたという説もありますが、私は中国文化の影響だと見ています。

豚は見かけによらず怜悧で、襲撃されるとトコトンまでは抵抗せず、ある局面で諦め相手と妥協し、種族の温存を図ってきました。
野生の豚(猪)は黒毛ですが、家畜化してくると保護色がとれ、白色やその他の色となります。西遊記の猪八戒の絵も、最初は黒い猪から次第に白い豚に変わっています。

又、体形も頭部が長く痩せていた猪時代から、次第の頭部は小さくなって太った豚に変わっています。
これ人類による品種改良によるものですが、このように、動物や昆虫の環境同化の技はすさまじいものがあります。日本人でも、この数十年で脚が細くなり、体形が変ったでしょう。

中国は豚文化の中心です。漢字でも「家」は屋根の下に豚であり、猪(ちゅう)を含め、30以上の字があります。干支の亥は中国、ヴェトナム、さらに韓国でも豚、日本では猪で、仏教により日本では豚肉を食べなかった影響からと思われます。

環境の違いは言語表現の多彩さに現れ、中近東では羊肉の名は性別、部位などにより100以上の分類表現があり、喉が渇いたという表現も5以上あります。
逆に緑の多い日本には、多彩な緑の表現があります。中国や沖縄では豚、犬、鶏等は、人間の排泄物を食します。西遊記にもトイレのことを「五穀循環の・・…」という言葉で表現しています。

さて、豚の神ですが、インド神話にイノシシが大地を水から掬い上げたという天地創造の段があります。
また、インドの太陽や月の象徴、マリーチという女神が中国で北斗七星の母神となり、それを支える七星が七匹の豚となりました。その女神が日本の摩利支天です。

食文化の発生は、何よりもは保存が大事で、香料は酸化防止、殺菌剤の効能があります。中国や沖縄料理は豚を良く使いますが、海藻や野菜との取り合わせが見事です。古代ローマも豚を結構食しました。豚の皮の美味しさ等が資料として残っています。

メソポタミヤ地域では、現在はイスラム教の教えで現在は食しませんが、ハンムラビ法典には、豚を盗んだ場合の刑罰が定められています。エジプトでは氾濫後ナイル川の川床を豚に掘り起こさせ、農耕を進めました。エジプトの神殿の地下にあるレリーフに、豚に口移しで餌を与える図があります。

BC5000年頃の豚の像も出土され、その時代に森林地帯も広がっていたようです。BC250年の豚の値段も残っています。昨年お正月に東京で公開された中国の王様のミイラが、魔除けの豚の彫刻を握っていました。

イスラム教では、豚を食すのは厳しく禁じられていますが、生死に係わる場合は許されます。また、例え話に、「イスラム教徒は一人で旅すれば太るが、二人旅では痩せる」という話もあり、秘密裏に食されていたようです。

先程、多くの民族で同時に豚を家畜化したと申しましたが、同時に犠牲用、ごみ処理用に使われました。色々な役割を果たし、神聖なもの、汚れたもの、愛憎の差がこうして生れたと見ます。また、中国では、竜は豚から思い付いたとの説がありますが、そういえば鼻の形が似ていますし、タテガミもある でしょう。

また、豚は発汗出来ないため、多く食べて体温が上がると水に入る習慣があり、中国では水畜とされています。猪八戒も水に飛び込んで化物を退治します。映画のベイブも泳ぐことがあるでしょう。
豚の雑食と生殖能力も、畏敬と同時に蔑みをもって見られました。

2.乾燥文化(移動文化)と湿潤文化(定住文化)

定住民族は、安いものがあればまとめ買いしたら得した気分になります。保存する場所があるからです。ところが乾燥地移動文化では、持ち物は少ない方がいい。
そこで、物を買うときは、本当に必要なものだけです。

だから、本当に必要ならそれに見合うお金を出すのが当然と考えます。コスト+利益の発想はないのです。値段は交渉できまる。買い手の必要の度合いと、売り手の利益で決まる。
だから、中近東の市場で100を値切って70に負けると言うので、210で三つ買うというとそんな沢山必要なら、300払って当然じゃないか、と言われます。

イスラム教では裕福な人からは得て当然、貧しい人は与えて当然の発想があります。
またイスラム教では、「見知らぬ人には親切に分け与えよ」ともいい、与える方も施される方も神の喜ぶ行為と思っています。
湿潤文化では、作る労力に比例した値付けですが、乾燥文化は一期一会で、売手買手間の支払能力と駆け引きで決まるのです。これが原油価格の交渉にも出てきます。

3.役に立つ豚

映画「ベイブ」にもなった牧羊犬ならぬ豚、これが豪州に実際にいて、健気に走り回っていました。高価な茸トリュフ探し名人ならぬ名トンもいますし、ドイツでは鋭い嗅覚を生かした麻薬捜査豚(公務員)もいましたが、其の主人が退職した後に後任になつかず、退職となりまった例もありました。
(豚は二君にまみえず!)

中世時代には、猟豚は犬より静かなので、密猟に珍重されたようです。豚も人間も嗅覚の鋭いのは女性ですが、女性には生理があって、その際には嗅覚は衰えるが、一定しないので男性の方が仕事向きとの話もあります。その他、財産貨幣、宗教儀式、鳴き声、薬用、実験動物、臓器移植等など有用な動物であります。

4.ブタ・グッズ

豚は福を呼ぶとして中国を初め、各国でブタグッズが喜ばれ、1万点以上のコレクターも出てきました。
特に、人形は何とも人間そっくりで可愛い!飛ぶ豚やら、貯金箱(ピギー・バンク)等など・・・…。

5.結 論

私の仮説ですが、農耕技術の発生に豚が関与していたのではないでしょうか?
ナイル河の川床などで、豚の活躍を見ていた人間が耕す術を発見した。
農業は、Agri+cultureといいますが、cultureは耕すという意味で、耕したからこそ農業生産が増大し、人間は安定した食を得られ、「文化」を高めることが出来ました。

私は永年豚を研究してきて、ブタを通して人類史の勉強が出来、楽しい20年が過ごせました。
皆さんも、是非こんなライフワークを持って、楽しい人生をお送りいただければ幸甚です。

6.質疑応答

・トリュフってそんなに美味しいんですか?

美味しいらしいですネ!それに最近の研究では、トリュフの香りが牡豚の性ホルモンに似ていると言うことです。

・松茸では駄目でしょうか?

ウーン、判りません。中国でもあまり聞いた事はありません。駄目でしょうね。

・上野アメヨコの摩利支天を良く通るんですが、あれが豚に関係するとはネ!

・乾燥文化圏でアルコール禁止、一夫多妻はどういう訳でしょうか?

あんなに乾燥して過酷な環境下で、動物はメスの方が強いのです。子孫を生み育てる立場ですから。
オスは言うならば、子種をメスに渡せば御用済みです。そんな厳しい自然の中で生きているのに、酒などで酔っぱらったら、生きて行けない。
こうした中でオスの数が少なくなると種族保存のために、一夫多妻は人類の生き延びる知恵なのです。

また、子孫を残すためにも優秀で強権な男性の血が必要。こうした生き物の知恵から一夫多妻となったと見ます。
しかし、そのための条件として、総ての妻に均等に愛し交わる。これが義務・…大変です。女性から離婚を申出れば、それ相応の財産も得られます。

・豚と犬で食用の地域の違いは?

欧州は豚が食用、中国では犬も食用。4月に中国へ行ったら、犬を売っていました。欧州の犬は、猟、牧畜等家畜として人間の一員となったせいから、あまり食用に使われないのではないでしょうか。

・黒豚は美味しいですが、原種に近いから?昔の豚は美味しかった!

そうでしょうネ! 黒豚は大量飼育でなく運動させているので、肉が引き締まっているいるのも原因でしょう。昔は放し飼いなどが多かったのが、今は管理しすぎて運動もさせずに、あまりに大量生産に走りすぎた影響もあります。今でも、イベリア半島の豚で森のどんぐりで育った豚が一番美味しいと珍重されます。

・豚の鳴き声は各国でどう違いますか?

あまり判りません。只、石油パイプの掃除道具に”PIG”というものがあり、パイプの中でキュキュウと鳴きながら油の通りをよくするそうです。

・ユダヤ教が豚をタブー視するのは?

我々は神から選ばれた民族との意識から、自己の教えと他の宗教の差別をしようとして、農耕定着文化の豚文化を排斥したのも一因ではないでしょうか。

終わり


終了後の懇談会席上、料理のなかの豚肉に感慨無量でした。次回は米の話ですから、今後豚や米に接する際は、一味違った味わいが出てくるだろうと思いつつ、こんなにも身近なものから人類の長い歴史に思いを馳せられ、如何にも「神田雑学大学」らしい中身の濃い2時間でありました。
津田謙二(けんじ)さん、とんじさん共々有り難うございました!

文責:鈴木 一郎
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作・編集:大野令治