神田雑学大学 2001年6月15日 講義録

江 戸 名 所 図 会

講師 木内 武郷 



目 次

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    はじめに・講師紹介

    1.入手のいきさつなど

    2.江戸名所図会の名画

    3.Q&A

    4.おわりに




はじめに・講師紹介


木内武郷さん

「江戸名所図会」(えどめいしょずえ)の木内武郷さんは、神保町のカバン店レオ マカラズヤのご主人です。

長年にわたる江戸、特に神田を中心とする民俗文化の研究家としても著名です。今回は数あるコレクションの中から、江戸時代の名所の絵を披露、解説して戴きました。

江戸名所図会は絵入りの江戸通俗地誌で全7巻20冊、天保年間(1830〜1844年)に2回に分けて刊行されました。

斎藤幸雄(長秋)、幸孝(県麻兄)、幸成(月岑)と3代30年余りを経てようやく完成をみたもので、挿絵は全て長谷川雪旦の手に成ります。

編者の態度が良心的で、内容が整備され挿絵も見事な出来栄えを示している点で、本書は江戸中期から後期にかけて刊行された多くの名所図会中、第一の傑作とされます。
斎藤氏は代々神田雉子町の名主を勤めていました。

木版の原本も多く伝存していますが、木内さんがお持ちのものは明治以降、おそらく鏑木清方、伊東深水等の画家によって着色された豪華本で、千代田区にも登録されている「木内本」と呼ばれる貴重品。「千代田門外不出」とのことです。

1.入手のいきさつなど

木内さんは本書を40年ほど前、小宮山書店から入手しました。

元は小田原の名家大久保子爵家の所蔵品で、昭和6年9月28日47円で競売された記録「お墨付き」をお持ちです。

右の図は江戸の夜明け(江戸東南の市街より内海を望む図

2.江戸名所図会の名画

この江戸名所図会に描かれている範囲は、都心から外周、フロント(川崎・千葉など)に及び、全部で20冊からなっています。
木内さんがお持ちのものは小田原の大久保子爵家(徳川家臣団のトップ5に入る名家)が、財産を処分したときに競売に出たものです。元来はモノクロの木版画ですが、「木内本」のうち3冊は大久保家に寄食していた20代の伊東深水や鏑木清方が、子女に親しみ易いように着色したものと推定されます。

今回は原本のほか、精密なカラーコピーをご持参頂いたので、ほとんど原本と変わらないカラー版を、手にとって見ることが出来ました。
印象に残った絵を、講師のご好意により、できるだけ沢山ご紹介したいと思います。

1ページ目は金箔が貼ってありコピーできませんが、日本武尊が西国から征夷の目的で武蔵の国に来て、それが江戸の始まりだということを示しているものです。

続いて江戸の夜明け(上図、江戸の街の俯瞰図)、一月から十二月を示す諸大名の登城の図・・・これは数年前千代田区のポスターに使われたことがあります。(左図)

千代田区で何かの行事があると区長から、何巻の何ページを貸して欲しいと頼まれます。

補助金はありませんが、よそには出さないでくれと言われているそうです。



それから現代の私達にもなじみの深い日本橋魚河岸の賑わい(上図)、同じく魚市場、三井越後屋、本町薬師店(江戸の道修町)、木綿問屋(大伝馬町)・・・「そごう」や「大丸」などがありました・・・などの絵がつぎつぎと現れます。

日本橋魚市
駿河町三井呉服店


本町薬種店

大伝馬町木綿店



祇園会の図もありました。

祭といえば、靖国通りを挟み、こちら(マカラズヤ)側が昔の荏原郡で神田明神の氏子、あちら側が豊島郡で三崎神社の氏子になっています。

猿楽町の名前は昔猿楽師がいた名残で、現在の千代田マシーナリの所が能楽堂でした。
そこで勝海舟の2頭立て馬車が待機しているのを、木内さんのお祖父さん(明治5年生)が目撃されたそうです。


三崎稲荷社
飯田町中坂・九段坂
御茶の水水道橋
小舟町祇園会
小舟町の賑わい(祇園祭)、ここは安田財閥発祥の地です。それから堀留、情報収集のため幕府が元盗賊に古着を扱わせ、古着問屋街を作ったことに始まります(富沢町)。

伊勢町河岸とか米河岸の辺りは、油問屋や米問屋が多かった所です。油座、倉庫群などがありました。

十軒店、これは室町の辺りです。一番大きかったのは秀月です。後に江戸堀改修で浅草に移りました。

伊勢町河岸通米河岸・塩河岸
十軒店雛市(部分)
鍛冶町一丁目、山梨中央銀行の裏、大久保主水(もんと、濁らない)が屋敷をもらったところです。
親子二代で神田用水路を作りました。

鎌倉河岸豊島屋の図。 三月三日に白酒を振舞う。そこで大勢の人が集まり怪我人が出るので、あらかじめ屋根に医師が待機しているという図。左上の人物にご注目ください。


主水井(もんとのゐ)
鎌倉町豊島屋酒店白酒を商う図
護持院原、神田川から共立学園の辺り。江戸末期から明治の初めころは寂しい場所だったようです。

馬喰町馬場、初音の馬場ともいい、江戸の馬場のうちでも歴史が最も古い。目の前にそびえるのは鐘楼兼火の見櫓です。

今川橋、この今川橋の両側には、瀬戸物の問屋が軒を並べていました。

護 持 院 原
馬 喰 町 馬 場
今 川 橋

3.Q&A

・制作年代は?
江戸末期(正確には天保年間、1830〜1844年)

・入手の経緯
 小宮山書店にて40年前、店に出す前の段階で話があり購入しました。価格は不詳。

・全部着色されていないのですか?
着色は「木内本」の3冊のみです。他の伝存本は全てモノクロでしょう。
青は緑青を、赤はベンガラ使っており100年経っても変色していません。

・価格
40年前の買値は記憶がありません。現在の価格は付けようがないでしょう。

・大伝馬町と小伝馬町
小伝馬町は牢獄があったところで、現在は公園だけ残っています。

4.おわりに

講師の木内さんは、奇しくも当神田雑学大学からほんの数分の所にある老舗のカバン店のご主人。

仙人のような風貌、明るく張りのある声、次々と湧き出る知識や話題、町内会の会長などもお勤めとか、まことによき時代の旦那衆を思い出させる人です。

こういう人の御話を聞いていると人生が明るくなります。
お近くなので是非またお願いしたいと思います。

木内さん、どうも有難うございました。

おわり
文責: 大野令治
会場写真撮影:橋本 燿
HTML制作、編集、画像データ挿入:大野令治