神田雑学大学2001年10月5日講義録

矢 毒 と 麻 酔 薬

慈恵会医科大学教授

天木 嘉清


目 次

(クリックすれば該当の項へ進みます。
ブラウザの「戻る」ボタンで目次に戻ります。)

  講師紹介

  1.はじめに

  2.ロンドンの病院の鐘

  3.なぜ麻酔が必要なのか

  4.麻酔の歴史について

  5.麻酔とは侵襲から身を守ることである

  6.麻酔には危険がつきもの、命の幅を縮める

  7.矢毒と麻酔はどこで結ばれているか

  8.矢毒にはどのような種類があるか

  9.矢毒「クラーレ」

  10.クラーレの樹

  11.近代医学と麻酔




講師紹介

今週(10/05)の神田雑学大学の講座は、天木嘉清さん「矢毒と麻酔薬」でした。

天木先生は医学博士慈恵会医科大学麻酔学教授でありまして、本年四月号の文芸春秋のコラムに同様テーマのエッセイを書かれております。

神田雑学大学発足の当初から当大学にご関心をお寄せ戴いておりました。
ところが最近はご多忙のため、お休みされておりましたが、寸暇をさいて今回は講師として登板されました。

1. はじめに

矢毒を、人類は太古の昔から戦いや狩猟に用いてきた。これには当然、人や動物に対する殺傷能力があった。一方、手術という方法で外傷を治したり、病巣を切除するためには、麻酔薬が必要ある。この麻酔薬に矢毒から発展した筋弛緩薬という薬がある。矢毒にはヒトを殺傷する面とヒトの命を救うという相反する二面性を持つ。この点が本日の講座のメーィン・テーマである。

近代の医学の中で、手術が可能になった第一の原因は消毒薬の開発である。それまで患者は手術中の細菌感染によって死に至るものが多かった。しかし、消毒方法が確立したことにより感染死を防ぐことができた。
もう一つは、麻酔である。

この麻酔と消毒方法の確立は近代医学の外科手術を可能にしたといっても過言ではない。まず、最初の画像をお目にかける。これは約300年の歴史があるロンドン病院の玄関にかかっている鐘である。

2.ロンドンの病院の鐘

鐘の説明文には、次のように書いてある。

「今から300年前、戦争が沢山あって大勢の戦傷者が運び込まれた。ある時には、命を救うべく脚を切断することもあれば、腹部を開いて弾丸を取り出すことも必要であった。その手術が行なわれる時に、この鐘を鳴らして病院中の屈強な若者を手術室に集めた。

手術を受ける患者の手足を抑えるためである。この鐘の音は恐ろしい手術を告げる合図であった。そして、手脚を切断したり腹を切開したり、それは残酷そのものの記録が残っている。この鐘の音を聞いた兵士は、震え慄いた」。

このような、戦慄すべき状況の中で手術が行なわれたのであるが、手術そのものは成功しても、死亡率は高かった。とくに細菌感染していないのに、手術後数時間のうちに死亡するものが多かった。それは何故か?

3.なぜ麻酔が必要なのか

その何故かが麻酔を必要とする大きな理由である。
麻酔というと、人を眠らせて眠っている間に手術をしてまうという程度に考えられているが、もっと大きな理由があるのだ。それを、画像によって説明する。

一般的に傷を負うと、すなわち外傷の侵襲があると、身体の中の交感神経がカテコラミンという物質を血液の中に出す。それが心臓を活発に動かし、血圧をあげ、拍動を速くさせる。たとえば、ライオンなどに噛まれた場合、そこからの出血が少なくなるように傷口を凝固させる(凝固機能の亢進)。

もっとも簡単な例ではお産がある。胎児が出た後、胎盤が子宮の中で剥がれて出血多量となるが、その際、凝固機能が発揮されて出血が固まり易くなる。

そして子宮が急速に収縮して出血が止まる。輸血も必要としない。これも本来、人間が持っている外科侵襲から生体を守る作用の一つである。

傷口の凝固作用の他に、さらに血管の収縮があってなんとか出血を少なくしようとする。

心機能の活発化の他ほかに血液の血糖値を上げ、その上、精神的に高揚して体がこの傷に負けないように頑張る…など、人間が持っているあらゆる機能が外傷に対して戦おうとする。これが生体の防御反応である。

しかし小さい傷口ならそれで済むが、脚を切るような大きな手術においては凝固の更新が極端になる。血管が収縮する結果、腎臓や肝臓の血管も収縮して臓器が機能を失い、患者が危険な状態に陥る。

また、精神的高揚も度が過ぎると錯乱状態になることがある。血液の凝固機能が亢進すると、血液に血栓ができて、末端の血管にまで血の塊が運ばれる。画像の中の赤印は、上述のような過剰反応が生ずる場を指す。これが進むと、手術は成功しても、患者は術後に死んでしまうのである。このような状態が起きないようにするのが、「麻酔」である。

4.麻酔の歴史について

今から150年前に、全身麻酔用に「エーテル」が開発された。

ボストンのマサチュセッツ・ゼネラル・ホスピタル(MGH)で、観光客に見せる場所がある。それは、「イーサ・ドーム」、すなわちエーテルのドームである。

1847年、MGHではじめてエーテルによる全身麻酔を使い、手術を行った部屋で、それを博物館風に公開している。それは、頚部に大きな腫れ物ができた患者の手術の公開実験であった。医学雑誌がそれを報道したことによって、エーテル麻酔法は、全世界に広まった。
(ただし、副作用があるため、現在はあまり使われていない)
日本の麻酔はどうだったのだろうか。

華岡青洲

それよりも二十年も前に、日本人医師により全身麻酔が行なわれていた。和歌山の医師・華岡青洲である。朝鮮朝顔を煎じて麻酔薬として、数十匹の犬を使って実験した。そして初めて人体実験するモデルにわが妻を使ったことで知られている。朝鮮朝顔は、今は使われていないが、上手に使うと中枢神経に作用して、麻酔効果がある。

青洲は外科医であった。微細なタッチで描いた乳がん手術の絵が、今日まで残されている。和歌山の華岡青洲記念館に、それらのスケッチとともに青洲手製のメスなどの手術道具も展示してある。では何故、イーサ・ドームは全身麻酔のシンボルとして世界的に有名になったのに、それに先駆けた華岡青洲は有名にならなかったのだろうか。

華岡青洲のことは、日本人しか知らない。
なぜなら、青洲は全身麻酔を秘伝として隠したからである。当時の日本の医師はオランダ語が出来たはずであるから、オランダ語で発表すれば、世界的な先駆者としての評価を得たと思われる。先のエーテルの話ではないが、記録の残す重要性を物語っている。

5.麻酔とは侵襲から身を守ることである

電気工事をする時は最低限度の電源だけを残して、電源を切って工事をする。麻酔とはこの電気工事のようなものである。

人間の身体の中には色々な神経が走っている。麻酔は、その神経をシャットオフするのである。視覚神経、交感神経、運動神経などのスイッチを切って、ほんの僅かだけを残す。中枢の意識も切る。真っ暗になって、最低限の電力で身体の中にメスが入ると思えばよい。

腹部を切開して臓物を取り出しても、患者は運動も知覚も意識もない状態となる。侵襲をシャットオフする状態を作る。神経をブロックする時には、全身麻酔とか、局所麻酔とか、色々な方法がある。しかし、麻酔=スイッチを切るということは、神経には呼吸、知覚、循環を司る役目があるから、実は大変危険である。
神経を抑えることによっ何が起こるか。

6.麻酔には危険がつきものである、命の幅を縮める

呼吸が止まってしまう。意識がなくなる。痛くも痒くもない・…生理機能が停止した状態で手術を行なう。全身麻酔をかけて手術するということは、「命の幅」が狭くなり、「死の世界」に近いところで手術をすることである。

終わったら、覚醒して再び「命の幅」が徐々に広がっていくのである。
覚醒は非常にゆっくり行なわれる。回りの人が不安を感じるのは、この辺りである。患者の意識は朦朧としており、動かない、目を開かない。大丈夫か・…と心配になる。

手術は、「命の幅」の狭いところを通るときに行なわれるから、事故が多い。十数種類のモニターを用いて、患者の命の状態をチェックする。だから、手術をするときは、執刀医にいい先生を選ばなくてはいけないが、同時に、麻酔医もいい先生を選ぶ必要がある。

手術の侵襲(傷口の程度)が大きいと、患者の身体の内部分泌系や、免疫系、交感神経系統が刺激を受けて興奮するため、内部分泌のカテコラミンというホルモンが過剰発生して、神経・循環機能が大混乱に陥る。手術の侵襲は脊髄から中枢を経由して、脳に情報が伝わる。それを抑えるのが、全身麻酔の役目である。脳を完全に眠らせてしまう。

7.矢毒と麻酔はどこで結ばれているか

手術に際して、まず運動神経をブロックする。

図のように、運動神経は、筋繊(筋肉の中の繊維)に細かく分かれて入っている。

麻酔時には運動神経のスイッチを切る。命令が伝わらないようにブロックする。

これをしないと、手術中に痛いと手を動かしたり、身体をよじったりしたら、手術ができなくなる。

この時、用いるのが筋弛緩薬である。現在用いられている筋弛緩薬の多くは矢毒がその起源である。

8.矢毒にはどのような種類があるか。

世界の矢毒は、四種類に分類される。トリカブト圏、イポー圏、クラーレ圏、ストファンチン圏である。


一つは属植物の「根塊トリカブト」である(以降トリカブトという)。アジア圏では、アイヌがクマなど狩猟に使っていた。エスキモーも、トリカブトをアザラシや、クジラの狩猟に使う。トリカブトの花は、中世の王様の兜のような形をしている。根を擂りつぶして、槍や矢尻に塗りつける。

旭川のアイヌ民族博物館に、刀の刃に近く溝が彫ってあり、そこにトリカブトの根を擂りつぶした液を流し込み、落ちないように植物の繊維で包んだ形状の武器が展示してある。先端にトリカブトを塗りつけた矢もある。トリカブトはアコニチンという物質で、アルカロイドの一種である。少量なら漢方薬として使われている。血行を良くし、精力剤にもなる。

「イポー」という矢毒が、マレーシアー地域にある。イポーという蔓性の大喬木の、樹皮から採取する矢毒である。この植物の周りに動物が寄り付かない、鳥が巣を作らないことから、大昔、原住民が発見した。樹皮を煮て、ラテックスを加え粘性をつけて矢尻に塗る。

アフリカでは、ストロファンツスいう矢毒がある。ゾウのような大きな動物を仕留めるときに、現地人が木に登って隠れ、背中を刺す。矢毒はゆっくり、ゆっくり効いてきて、最後に足腰が立たなくなり、ドッと倒れる。人間が、自分より大きいものを倒すにはどうしたらよいかを考えて、あみ出した知恵が矢毒である。

矢毒は、矢尻だけではなく、吹矢にも使うし、刀にも塗る。
矢尻に矢毒をつけた場合、打たれた動物はすぐには死なないので、逃げた動物を追跡して、倒れてから矢尻を回収する。鉄製だから貴重品であり、再利用を考えるのである。矢尻は部族によって、作り方が異なり、矢毒も違う。民族間の抗争にも、毒矢がしばしば登場する。部族の中に調毒士がおり、矢毒の調合は軍事秘密であった。

矢毒に対して解毒剤はあったのか?
それは、「ない」と本には書いてある。しかし、人間の尿を飲ませるとか、植物の汁を飲ませるとかが書いてあるが、実際の効果は疑わしい。矢毒に倒された獲物の、刺された場所の周辺は、当然毒が強い。したがって、その周辺の肉は捨てなければならない。食べて死んでいる人も大勢いる。

時間の関係で本題のクラーレにもどる。

9.矢毒「クラーレ」

矢毒クラーレは、私の研究テーマである。
クラーレは、南米・アマゾン流域森林に成育する豆科の、大樹の樹皮から採取する。
アフリカでは部族によって矢毒の種類も様々だが、南米は広範囲な面積にも関わらずクラーレ一種類である。

クラーレとは、インディオ語で「鳥を殺す」という意味だ。今は、アフリカでもインドネシアでも矢毒を使う狩猟はしていないが、アマゾンのオリノコ河流域の、集落の原住民は未だにクラーレを使う。もちろん猟銃などもあるが、値段が高いから、先祖代々の矢毒による猟をしている。

「NHKの探検家の生涯」や「地球に乾杯」という一月頃の番組の中で、アマゾンのオリノコ河が詳しく紹介された。たまたま原住民がクラーレを採集する場面が出てきた。それこそ、私の研究テーマであったので、NHKの取材班に連絡を取って意見交換のあと、これからお見せする画像をお借りした。

10.クラーレの樹

画像はアマゾンの密林に中に生える「マバクレつる」といわれる蔓性の樹木である。樹皮を削り取り、熱する。回りに蒸気が立ちこめるが、これにも毒性があって吸引すると死ぬこともある。原住民はおまじないに、身体に赤や白のペインティングをする。子どもは、決してこの作業場に近づけない。

その後、熱したクラーレの樹皮をお湯の中にいれて、おまじないの儀式のように股の間で揉み、攪拌して溶かし、濾過した溶液にラテックスを加える。 その液体を吹矢、弓矢の先端に矢毒として塗る。昔、侵略者スペイン軍との戦争で、インディオがこれを武器に戦い、スペイン人から大勢の死者が出たと探検記に残っている。

ヨーロッパでは十八世紀あたりから、金や宝石、香料を産出する伝説的ロマンの地として、沢山の探検家が南米を訪れている。クラーレの話も白人の大いなる関心事であった。探検記に書かれている矢毒の話はオーバーな記述で、事実以上に有名になっていた。植物学者や薬理学者なども大勢入りこんだ。

アマゾンの熱帯雨林は、薬の原料の宝庫である。いま皆さんが使っている薬のオリジンは、大半がアマゾンから来ている。現在でも、ジキタリス(心臓薬)や止血剤、肝臓薬、坑がん剤のいい薬の原料が産出するので、製薬会社は目の色を変えて、新しい薬の研究開発の投資をしている。

戦争に使う目的だったのか、クラーレの研究が白人の間で進んで、クラーレの原植物は、コンドデンドロントーメントスと判明する。1935年にはハロルド・キングによってクラーレが分離され、d-tubocuranineと命名された。これは多くの毒物のように臓器毒(心臓、中枢神経、肝臓、腎臓に対する毒)ではなく、筋肉にのみ作用する。

この薬を摂取すると、骨格筋が弛緩し、収縮できなくなる。矢毒で射止められた動物は、手足の筋肉だけでなく、呼吸筋も徐々に麻痺して、呼吸停止で死んでしまうのである。サイレント・キラーといわれる所以である。この画像は、インディオが持っていた矢毒を入れる筒である。今でも、矢毒は使われている。
この矢毒クラーレに光が当たり、南米の密林から、ついに文明国に移る時代がきた。

11.近代医学と麻酔

クラーレは、麻酔に使えないかと1942年、カナダのグリフィスとジョンソンによってはじめて臨床医学に用いられた。矢毒の全身麻酔への応用である。人間への殺傷能力のある物質を、臨床に用いるとは非常に勇気のいることであった。

しかし、この全身麻酔の成功は、二十世紀医学を大きく進歩させたのである。 手術を受ける患者の身体は、意識がなく、痛みを感じないだけではなく、筋肉が柔らかく、弛緩した状態が必要だ。この状態を作るには筋弛緩作用のあるクラーレが有効だったのである。

クラーレを投与されると、手術を受ける患者のお腹は搗き立てのお餅のように柔らかい状態になる。これにより、開腹手術では術野が広く、視野がよくなり、熟練した外科医の手が円滑に腹腔に入り、悪いところを素早く発見し、摘出することができる。

クラーレの出現で、手術時間が短くなり出血量も少なくなった。しかし、筋弛緩は呼吸器筋肉にも作用する。したがって、患者は自力で呼吸ができなくなり、そのために人工呼吸器が必要となる。

トリカブトやイポーなどの矢毒では、死後に筋肉が硬直し、矢毒周辺の肉は毒性が強く、食用に適さない。クラーレは注射などによって、筋肉や血液の中に入ると毒性が発揮されるが、経口では毒性がなくなる。それは胃液の強烈な酸によって、クラーレに含まれる物質が破壊されてしまうからだ。

クラーレで射止められた動物が、全部食べられるのは、そのためである。そして、最後まで呼吸しているから、肉が柔らかく、味がよい・…と推察される。毒矢で仕留めた獲物は、やはり気持ちが悪いから、残念ながら自分で食べたことはない。

さて、クラーレは世界中の手術で大量に用いられていたが、副作用もあることによりクラーレの改良薬が現在では用いている。筋弛緩薬は手術室で頻用される薬の一、二位を占める薬になっている。
南米のアマゾンで生まれた毒物が現代の医療に用いられるのをみると、南米の密林が持っているロマンを感じる。
                                  
おわり


文責:三上卓治

会場写真撮影:橋本曜 ; HTML制作:大野令治