神田雑学大学 2001年11月2日 講義録

伝 統 工 芸・乾 漆 彫 刻

講師 細野 勝




目 次

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はじめに・講師紹介

1.乾漆の歴史

2.乾漆彫刻の技法

3.乾漆の用途

4.乾漆の欠点

5.乾漆技術の伝承

6.Q&A




はじめに・講師紹介

細野 勝 さん

乾漆とは、漆の乾いてかたまったものである。
乾漆彫刻は、漆を塗料としてではなく接着剤として用い、器物や像を作る技法である。
本日の講師、細野 勝さんは、本職が看板彫刻師・木彫師で、工房「まちす」を経営されており、浅草観音本堂と川崎大師本堂との二つの扁額は、将来も歴史に残る代表作である。

一方、ご本人は余技と謙遜されるが、現在世界の彫刻工芸の中、わが国にだけ存続する「乾漆彫刻」の継承に努められている。
当雑学大学では、昨年(4月14日)「伝統文化・木彫り看板」と題して講演、この日本の伝統文化についての深い造詣を披露された。
今回は、乾漆彫刻の技法を公開し、うるし工芸のすばらしさを解説して頂く。

  

1.乾漆の歴史

乾漆は今日では脱乾漆(または脱活乾漆)、木芯乾漆に分けている。
これらの技法は、漆を産する東洋諸国で古くから用いられてきた。
中国では乾漆を夾紵(または夾苧、きょうちょ)といい、最古の遺品は晩周に作られ、河南で出土した大鑑である。

日本には中国との交易が盛んになった7世紀に伝えられ、専ら仏像の製作に用いられた。
この時代、わが国が盛んに仏像を導入したのは、仏教に附随して入って来る先端技術輸入のためだった。

奈良時代に最も盛んだったが、平安時代入ると次第に衰えた。
この技法が彫像に用いられたのは、漆が固まる以前には柔らかく造形が自由で、固まると非常に堅固なものになる長所があったためである。
また、法隆寺の行信僧都像や唐招提寺の鑑真和上像など、この時代の高僧の肖像がいずれも脱乾漆で作られていたことは、この技法がいかに写実的表現に適していたかを示すものである。

国文学資料館に、写真のような看板がある。これは京都で作られたものだが、看板の平面より文字の方が盛り上がっている。

これはどのようにして作ったかというと、文字を彫った上に乾漆を盛り上げ、更にその上を漆で仕上げたものである。

これがわが国で、看板に乾漆が使われた唯一の例であり、私が乾漆に関わりを持ったきっかけである。

小僧時代に老職人より口伝えに教えられたが、実見したのはこれが始めてである。

2.乾漆彫刻の技法

乾漆の材料は、漆の原液(瀬〆)に増量材(大鋸屑)と増粘材(普通の小麦粉と糊)を加えて練り粘土状にしたものである。
ここで使う漆は、最後にたくさん採取される下地用の安価な部分である。(最初に採れる漆は透明で高価である。これに顔料を混ぜたものが色漆で、塗り物に使う。)

彫刻の芯は木の切れ端、クズなどでヤグラを組む。(だから内部を見てしまうと、有り難味がなくなる。)木彫乾漆の場合はヒノキが主に使われる。
それから麻布、これは古蚊帳を使う場合もある。
工具は図のように、へら、切出しナイフ、小刀(左右)、ケン先など。私が主に使うのは4本くらいである。

脱乾漆が基本なので、これをもとに話を進めよう。
阿修羅の像を例にとると、先ず粘土で大体の形を作る。目や口など細かい部分を除き8割くらい作り、粘土が乾かないうちに麻布(洗って糊を落としたもの)を隙間なく貼りつける。その上に麦漆を塗る。
麦漆は漆の中に小麦粉を混ぜたもので、接着力が非常に強いので接着剤として使う。

この上から古蚊帳を(これも洗って糊を落とし)、6〜7センチ幅に切ったものを、包帯のように巻きつける。巻きながら、へらで密着させ細かい部分や、接合部に押し込んでいく。
こうして全体を作り、漆が足りない場合は上から麦漆で、完全に密着するよう補修する。
これを最初に1回やり、漆が全体に行き渡ったたらムロと呼ばれる、空気の流通しない部屋で1日くらい乾燥させる。
小さな作品は蚊帳でよいが、大きな作品は厚手の麻布を何重にも麦漆で重ねる。

漆の乾燥条件は温度が28〜29℃、湿度が80〜85%で、梅雨どきの季節がちょうど良い。一晩で完全に乾く。
乾いたら同じ作業をもう1〜2度繰り返す。こうして布が漆で固まって、シェル(貝殻)状態になる。
完全に乾いたら、像の裏側を上から下まで一直線に切り開いて、内部の粘土を全部取り出してしまう。
こうしてできたシェルに合わせて、内部にヤグラ(木芯)を組む。複雑なものは、専門の細工師に依頼しなければならない。

木芯ができたら、シェルの切開部を釘や麦漆で木部に接着、固定する。次に接着部が乾いた状態になってから、麻糸(凧糸でもよい)で縫い合わせる。針は普通より、少し大きいものが使われる。外科手術に使用される、曲がった針が使いよい。
縫い終わったら、その上からもう一度麻布を麦漆で貼りつける。それが乾いて初めてシェルの完成である。
その上に乾漆・・私達は木屎(こくそ)と呼ぶが・・を盛り上げていく。

木屎は先ず大鋸屑を水で湿らせ、これに糊を混ぜて練り、その中に漆を加える。これに、さらに小麦粉を加え粘りを強くしたものである。
以上が乾漆の基本的技法である。



3.乾漆の用途

最初にお話したように、乾漆の技術は中国から伝わったものである。では中国で乾漆は何に使われたのか。
王侯貴族が使ったもので、かん(鑑:浴槽)、氷を入れて酒を冷やすための器(断熱性が高いため)などが、秦の始皇帝の古墳から発掘されている。
漆は糊が水に溶けてしまうのを防ぐ役目もしている。

また地形の険しい中国奥地では、出張仏事用具(軽い)として使われた。シルクロードの遺跡からは、何に使われたかわからないが、小さい破片が時々発見される。
中国にはこれらしか残っていない。

日本には奈良時代(AD600年頃)に伝わった。
仏教の導入に伴い、当時の知識人だったお坊さんにより、ハイテク技術として導入されたのである。瓦なども、仏教とともに導入されたハイテクの例である。
鋳造の仏像としては、飛鳥寺の飛鳥大仏が最初に作られた。

そのうちに乾漆の技法も伝わり、奈良の大安寺の仏像が最初に作られた(天平19年)が、現物は残っていない。 現存する日本最古の乾漆像は、当麻寺の四天王像(681年)である。ただ脆いので、後世に補修が行われている(全体の7〜8割)。

脆いのになぜ乾漆で作ったか。
お寺では護摩を焚いたりするので火事が多かった。乾漆の像は軽いので火災のとき持ち出し易い。今年(2001年)の秋、唐招提寺の鑑真和上像の展示会があったが、この像は高さが90センチほどあるのに、重さは10キロもない。
だから大切な像は乾漆で作る、というのが当時は普通だった。

4.乾漆の欠点

こうして乾漆の像がかなり作られたが、現在も残っているのは100体に満たない。

なぜかというと、乾漆像はコストが高かった。乾燥させるのに時間がかかったからである。
乾漆の欠点は、薄く何回にも重ねて塗らないと、歪が出てしまうことである。
歪が出る原因は水を使うからで、水で大鋸屑が膨張し、乾くときに縮む。このとき弱いところにひびが入ってしまう。

これを防ぐには薄く何回も塗るしかない。そして1回塗ったら、3〜4日よく乾かさないと次に進めない。
多くの乾漆像は3〜4年くらいかかっている。時間がかかると、コストが高くなる。

それに対して、東大寺の南大門にある運慶が彫った仁王像は、59日で出来ている。乾漆に比べてコストがずっと安い。お寺にとっても費用が問題なので、乾漆の技術は次第に滅んでいった。

5.乾漆技術の伝承

先ほどお話したように、私が乾漆の技術を知ったのは看板を通してである。わが国では、このように看板(文字の盛り上げ)を通して、乾漆の技術が細々と現在に伝えられてきた。
私も十数年前まで忘れていたが、自分の仕事が軌道に乗り安定してきたので、何か後世に残したいと思い、この技法の伝承に努めている次第である。商売にはならない。

わが国で現在この技法を伝えているのは、私の知る限り3〜4人である。うちの2人は芸大の保存修復科を卒業した人達である。
そういう人たちが考えてくれていると思うが、乾漆像の修理方法は、一体々々みな異なり、結局個人のセンスの問題となる。

朝鮮半島には石像や塑像が多く、乾漆像は伝承されていない。中国にも石像が多い。
日本では石の質が悪く、木像の方が発達した。
デンバーの博物館で、インディアンの水筒を見た。竹のようなもので編み、タールを漆のように塗ってあった。私から見ると乾漆技法と見ることが出来る。ただ材料が違うだけである。

6.Q&A

Q 乾漆像は材料からして、ネズミになどに食われることはないか
A 材質上、虫がつく恐れはある。
防虫に昔はヘンノウ油が使われたが、現在では樟脳をアルコールに溶かしたものや、ホルマリンが使われており、あまり問題ないと思う。

Q 昔はどのように漆を保存したのか
A まげものといって、今も秋田あたりにあるまげわっぱのような容器を使った。
  上に渋紙を押し込み、竹のタガをはめ空気を追い出して保存した。非常に面倒だった。
  今はアマチュア用の、チューブ入りのものを愛用している。

Q 日本製のうるしは品質がよいのか
A よい。
漆は面白いことにその産地で使うのが一番良い。日本では中国製が安いが質は悪い。ベトナム産のものを日本で使うと、なかなか乾かない。
漆の組成は約85%が漆オイル、10%が糖類(セルロース)、5%がラッカーゼという酵素である。

日本産のものはラッカーゼと漆オイルの割合が多い。南へ行くにしたがってこれらが減少し、乾き方や強度が変わってしまう。
日本産の漆は質が良いけれど、年間で1トン半くらいしか採れない。人件費が高く合わない。 日本における漆の需要は50トンあり、主に中国から輸入している。

Q いま残っている乾漆像の製法は?
A 現在残っている乾漆の種類としては、古いもので寄木木芯乾漆、一木木芯乾漆、脱乾漆、最近のものでは石膏型(戦後開発)がある。

Q 布は何か特殊な材料なのか?
A 麻である。油を含んでいないので、漆と相性がよい。骨董品市などで古蚊帳を買って、使っている。木綿は洗い晒したものならよい。


おわり

文責:大野令治

会場写真撮影:大野令治
HTML制作・編集:大野令治