神田雑学大学 2002年6月14日 講義録

夢 と は 何 か

講師 早坂 光平 



目 次

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    はじめに・講師紹介

    夢の役割

    夢の雑学

    おわりに




はじめに・講師紹介


早坂光平さん

 2002年6月14日、神田雑学大学 第119回講演が行われました。 講師 早坂光平先生による、「夢とは何か」という非常に身近で、興味深いテーマのもと、約1時間半のお話を伺いました。

先生は、これまで普段格別、夢について深く考えるというようなことはなかったそうですが、夢の話をよくなさる知人の影響で、御自身も「夢とは何か」ということが気にかかるようになられたそうです。 そうしたら、夢の役割や機能を夢にみて、より夢に対する意識が明確になられたそうです。

夢の役割

・・・まず、先生の考えていらっしゃる「夢」というものの機能や役割をお話いただきました。
1:夢とは、起きているときに目では見えないものを見ることができる機会である。
起きているときに感じる空気、聞こえる音、伝わってくる感覚などが、違った趣で夢には出てくる。
つまりこれは、起きているときに可視光線の反射によって私たちの視界に飛び込んでくる「見る」ではなく、心で「みる」ということになるだろう。この働き、つまり、「現実には見えないものを見る」ということが、どれほど大切なことかわかるだろうか。自分の目で見たものを信じることも大切であるが、見えるものは存在する・見えないものは存在しないという考え方でなく、目で見えないものをいかにたくさん認識できるかに、人生のより深い楽しみ方が潜んではいやしないだろうか。

2:夢とは、筋肉と臓器などが連携して働く、総合演習と点検であるといえるだろう。
たとえば赤ん坊に関して言えば、赤ん坊は、寝る度に大量に夢を見て、夢で出会った色々なものと現実で再会したときの体と臓器の反応を演習している。
またもう少し大きくなった子供も、周囲の環境との関係を数限りなく夢で見て、反応を整えているといえる。

大人であっても、たとえば火事や動物に襲われたり、異性とのかかわりを夢にみることによって、実際の場合にほとんど本能的と思われる行動に関してですら、心・体・臓器のすべての連携に磨きをかけ、本番に備えているのだ。 

  つまり、夢における心を使う演習が記憶に残って、現実に生かされているということだ。 起きた過去を題材とする場合に限らず、これから起こる事態を本能的に予測して夢に見ることもある。 従って現実社会においては、初体験なのに経験済みのような感覚にとらわれることもあるだろう。

3:夢によって、DNAへ体験を書き込み、それを点検しているということも考えられる。
過去にあったことを夢にみることがよくあるが、これはこれまでのさまざまな記憶を夢の中で呼び起こし、そのときの結果や反省をもう一度点検して、子孫へ渡す内容を整理していることになるだろう。 将来への警鐘も含め、自身の体験を基にした具体的な改善策を子孫へ渡すためである。

4:夢によって新たな刺激をうけることも多々ある。まるで映画の世界に入り込んでしまったような夢や、異国の情景を感じる夢や、他人の人生に潜りこんだような夢もある。 これらの夢は未知なる感情を私たちに与え、心や体や臓器の新しい反応や動機をうみ、それらを整えている。

5:総合して夢の役割とは、固体が接触するさまざまな世界を理解し、生命力を強化することにあるだろう。
生きる動機、さまざまな行動、遺伝に関する機能をはじめ、我々が生きるさまざまな群の中での位置付けを確認し、行動を加減し、絶えざる変化へ対応できるよう準備している。夢をみる力は生命力であり、まとまれば民力、国力になるのだ。

 ここで,生物と心,そして夢の位置付けを整理すると…生物は生命活動として,競争と共存をする。 競争と共存を加減するため心を持つ。活動を広げるため,自他に良いことを考え実現する。 そのため良心を持つ。生命力向上のため,心体連携の発達,良心の発展が必要であり,その準備と演習が夢である。

夢を見る能力が生命力の向上を実現する。
 全ての生き物が良心を持って組織活動をし,夢を見る。
人間の消化を助ける菌が内蔵にいることは菌が良心に従っていることを示す例である。
薬に耐性を持つ菌の出現は,菌が薬の実体を夢で見て,研究開発,情報伝達,組織行動に優れた能力を発揮できた例である。
 良心に従う能力,組織の夢を見る能力,の向上が人間にも必要であるかもしれない。

夢の雑学

・・・次に「夢の雑学」ということで、さまざまなキーワードをもとに、広い視点から夢をさぐっていただきました。
@夢の使い方
 夢は個人個人が展開した至って私的なものではあるが、これを公にもっていくとさまざまな使い方、楽しみ方があるだろう。 例えば夢占いは、信じる人も信じない人もいるであろうが、何か大きな賭けに出るときには活用してみたり、退屈なときに目をむけてみたりすると意外に面白く、世界が広がるかもしれない。
また自分のみた夢の話がねたとなって話がはずみ、人々とのコミュニケーションが広がっていくこともあるだろう。

A夢の見方
 いい夢を見る方法があるのなら、誰もが知りたいと思うだろう。
必ずとはいえないが、いい夢を見る秘訣ならある。それは普段から、「Shake hands」(シェイクハンズ)の心を大切にすることだ。
相手の目線にあわせて手を差し伸べ、握手を求める姿勢は、いい人間関係を作り上げるための要素でもあり、必然的に現実世界から切り離された夢の中でも生きてくるはずである。
陶酔,睥睨,服従の姿勢の場合,夢を見ることができないこともある。


B夢の能力C風景とはD好みE裁きF仕組
 きれいな景色を見て感動するとき、その景色が誰によってつくられたものであるか考えたことはあるだろうか。
もし世界の創造主という神の存在があって、それの手によってすべての美しい景色が創られたとするならば、神の好みで、神の裁きによって現在がこのように形づくられたということになる。 確かに真実はどんなに思いをめぐらせても結論の出ないことではあるが、我々の想像力や夢をみる力によっていかようにもその仕組みは考えられる。
このように、わからないことを想像してどんどん膨らませていける、夢にはそんな能力もあるのだ。

G競争H共存I
 競争と共存は、互いに反する行動である。
人間は、他の生命体を体の中に取り込むことや、支えあい協力することなど、共存する力によって生きている。
しかしその一方で、他とぶつかり合い、生き残っていくという競争の精神も根強く存在する。
この対立する二つの関係の、バランスをとっているのが心、中でも良心であり、良心こそが正しい行動、よりよい状態を選んでいる。

人間が生きる上で大切な働きをなすこの良心も、夢の中でまた呼び覚まされ、鍛えられ、現実の社会の行動につながっているのだ。
 競争と共存は変化を永遠に起こし続ける仕組みである。
変化を起こすことが生命活動である。競争,共存,心,そして夢は生命活動の仕組みである。

J撫でる
 環境汚染が叫ばれている現在、汚れた地球を美しくするために、地球の創造主である神が地球を撫でている姿を想像できるだろうか。
くもった鏡が布で拭かれることによってまた輝きをとりもどすように、汚れきった地球の全生命体が、そっと撫でられることで再びクリアに蘇る様子だ。
このようなことは実際にはありえないことではあるが、夢の中ではおこりうるし、また、そういった空想から何か特別な、具体的ないい案が浮かぶこともある。

KOS
 夢を見るのが目や脳でないなら、では一体どこでみているのだろうか。
そこで脳をパソコンにおきかえて考えてみると、脳は、どんなに優れているものであってもOSにすぎないのではないか、という考えにいたる。
パソコンにおいてどんなに優れたOSにおいても、そこに優れたアプリケーションソフトが入らなければそれは意味を持たない。

このように、人間も頭が良い、悪いという考え方を越えて、得ていく知識や経験を伴って初めて優れたものとして発揮されていくのではないだろうか。
そうして得た知識や経験は、現実社会においてはもちろん、夢の中であっても、忘れられてしまうことなく完全にそのひとの一部として活用されていると思う。

LDNA
 トイレットペーパーの1メートルを1億年と考えると、1個で地球の歴史の長さに相当する、という話がある。
このように考えると、その中における人間の歴史は非常に浅く、文明の進歩した今でも人間は地球という大きな星の上であまりに未熟者であるということが言えよう。

今、遺伝子工学では、簡単に言うと生物のDNAを切り張りするということが行われているわけだが、この大きな試みも私たちを大昔から支えてきた夢という不思議な現象のもとには、スケールが小さいともいえよう。
それらすら解決させる想像や進化の世界が、いかようにも夢には広がっていける。

M陶酔N介入O組織の夢
 人間は万物の霊長であるという考え方は、夢を見る力に大きく影響する。
このナルシズム的な陶酔が、同じ星に生きる他の生き物にも過度な介入をすることにつながってしまう。
人間のこうした思い上がりは、生き物すべてで形成されている組織を壊し、地球の環境破壊にもつながっていくであろう。
正しい生態系を取り壊すことなく、人間のひとりよがりの成長にブレーキをかけることこそが、生き物すべての夢であるともいえよう。
 自然のものは眼で見ることができる。しかし,人が造る組織は眼で見ることができないものである。眼で見えないものは夢で見る必要がある。

P冬の旅
 「冬の旅」は、つらい失恋により傷つき、街をさまよい続ける男の姿をうたった詩に、シューベルトが音楽をのせたある曲の名である。
この曲からは、夢見ることを忘れることの怖さが感じられる。
どんなことがあっても自分の先を見つめ、未来に夢を抱かなくてはならず、それを忘れてしまっては、人間は弱い方向に進むばかりである。ここでも私たちは、夢の威力について知ることができる。
 しかし,シューベルトが見た時代はギルドの時代であり,親方の娘に振られたことは,人生を失うようなものであり,全ての夢を亡くした上に死ぬことさえ許されない厳しさが何処にでも様々にあったようだ。夢は時代の能力でもある。

Q青い桜
 古九谷という絵入りの焼き物に、海の中に青い桜の花が描かれている一品がある。
 この作品に魅せられた人が多く,評判になり,NHKが放送し,更に評価が広まった。
   海の中に咲く、青い桜は、実際には存在しない。
しかし多くの人々の関心をよんでいるわけは、夢で得られた感性が現実の感性をうわまわっているからではないだろうか。

 私たちは普段、視覚から大部分の情報を得て生きているといわれているが、本当は、目では見ることのできないもの、心の中にしかないものこそ、私たちは欲していて、価値も大きいともいえるのではないだろうか。
このように考えたときに、夢という世界は、私たちの欲望を叶える、無限の可能性を秘めた世界であるといえるのではないだろうか。

おわりに

 以上のようなお話の中から、私たちは、当初のテーマである「夢とは何であるか」を越えた広い知識を得ることができました。

普段何気なくみている夢は、私たちを現実世界からの逃避行に連れ出してくれるばかりか、逆に起きているときに抱えていた悩みの解決の糸口を与えてくれる場でもあります。

目で見えるものから得る情報だけでなく、見えないものを信じる心や、想像することを大切にする姿勢は、忙しい毎日に押し流されがちな私たちにとって、決して忘れてはならないものだと改めて感じました。
また同時に、起きている間の考え方・意識と、寝ているときにみる夢との関係は、切っても切り離せないものであるということも強く感じます。

先生がおっしゃっていたように、普段の生活においてのシェイクハンズの姿勢を大切に生きていくことで、現実社会であっても寝ながらであっても、希望をもち、いい夢をみ続けられるよう努力したいと思います。
身近な問題からスケールの大きな話にいたるまで、楽しいお話を伺えました。


おわり

文責:粟原葉月
会場写真撮影:橋本 燿
撮影助手:有森友美
当日司会:高橋洋子
連絡担当:田村志穂

HTML制作、編集:大野令治