神田雑学大学平成14年7月19日講義録


明日は土用丑の日
講師 北原邦雄


講師紹介
土用ということ
土用の習慣・行事
日本人とウナギ
ウナギの栄養
ウナギの蒲焼
ウナギの話 あれこれ

2002年7月19日「明日は土用丑の日」
      講師  北原 邦雄 さん
プロフィル 新世紀三田会会長
     吉祥寺村立雑学大学講師
     姓氏研究家(日本人の姓、アメリカ人の姓)        
 今週(7/19)の雑学大学の講座は、北原邦雄さんの「明日は土用丑の日」でした。北原さんの本来のご趣味は「姓氏研究」でありまして、今日は趣向を変えて「ウナギ」に関するあれこれを語って戴きまし


土用ということ
「土用というと、何を思い出しますか?」
土用波、土用干、土用しじみ、土用もち、土用のウナギ・・・…。そもそも、中国の古代暦法には陰陽五行説があり、この世のすべての事象を、木、火、土、金、水の五つに分類する。

これが五行であるが、木=春、火=夏、金=秋、水=冬と四季がある中で、真中に当たるのが土用となる。更に、季節ごとの土用もあり、春は立春、夏は立夏、秋は立秋、冬は立冬、それぞれの季節の終わりの約十八日前を土用という。
また、それぞれの土用のはじめの日を、「土用の入り」としているしかし、各季節に土用があるのに、いまは、「夏の土用」だけが残っているのである。
 
「土用の丑の日」というのは、江戸時代に平賀源内が作ったキャッチ・コピーといわれているが、源内は1726年生まれだから、このコピーは200年以上も続いていることになる。ちょっと遅れて生まれている太田蜀山人も、普段から鰻を好んで食べ、神田川という店の依頼で「鰻は体にいい」と看板に書いたという。

 神田和泉町の春木屋善兵衛が藤堂家から、大量の鰻の蒲焼の注文があったが、あまりに量が多くて一日では焼ききれず、子の日と丑の日と、寅の日の三日間に分けて納めたという記録もある。この三日のうち、丑の日の鰻が一番良かったということから、「丑の日」となったという。諸説がある中で、本に残っているのは江戸買物案内(文政年間刊)のこの記事だけである。

土用の習慣・行事
『「う」のつくもの食べる』、ウシ肉・うどん・ウニなど。
『黒いものを食べる』タニシ・土用シジミ・土用もち。
『丑湯まつり』薬研温泉・十和田温泉・嶽温泉・大鰐温泉(以上青森)二日市温泉(福岡)・草津温泉(群馬)など、湯治場のお祭りがある。

『うりふうじ』土用の丑の日に願いごとをする。独鈷寺、武蔵寺(福岡)。

『お灸』焙烙灸 明縁寺(東京・神宮前)、妙生寺(川越・埼玉)、岩間(滋賀)『その他』虫送り、虫干し、太子講など『季語』土用うなぎ、土用東風、土用凪など『季節用語』土用太郎(土用入りの日)、土用三郎(三日目)など、新潟や長野などでは、その日のお天気が良ければ農作物の出来がよい、とのいわれがある。
 
日本人とウナギ
「皆さん、ウナギはお好きですか?」
全員、「好き」という答え。「では、日本人は一年間に何回ウナギを食べるでしょうか?」
答え「赤ん坊も含めて、年間(2000年)6尾」 日本人が一年間に消費するウナギの数量は、2000年の実績では150,000トン。
 
ウナギ1尾当たり200gとすると1kgについて5尾となり、計7億5000万尾になる。これを人口で割ると1人あたり6尾となる。これが標準値である。
 
東京都淡水魚卸協同組合が発表したウナギ相場表に、3P、4P、5P、6Pの価格が出ている。3Pとは、1kgで3尾。4Pとは4尾…6Pとは6尾という意味である。
 
2001年10月5日(金)の相場では、3Pの高値が1,800円。安値1,650円。5P、6Pは高値2,000円。安値1,800円となっており、ウナギは細いほうが値段が高いのである。1尾あたり400円程度だろうか。最近、スーパーなどで売っているウナギは安いので、やや意外な感がある。
 
それは、中国本土産の串に刺した加工品の値段が安いからと思われる。この安いウナギを、専門店の味のように美味しく食べる方法を、専門家に聴いた。

「フライ・パンに、日本酒と味醂と醤油を3・3・4の割合で浸し、ウナギを蒸し焼きしてから食べる。ついてきたタレは、熱いご飯の方に掛ける」という。

ウナギは世界で18種類ある。日本で捕れるウナギは日本ウナギと大ウナギである。だが、大ウナギは食用に適さない。怪獣まがいの大きい魚を見たというのは、大概この大ウナギである。鹿児島に鰻池温泉というところがあるが、そこの池田湖にいる怪魚「イッシー」は、大ウナギではないかといわれている。
 
この近くの住民に、「鰻池」や、「鰻」という苗字の人が何軒かある。ここの鰻は食べ物にはせず、財布やなどの土産物にしている。韓国にもウナギ皮の財布の土産物がある。カナダへ行くとウナギ皮の靴もあるそうだ。

日本ウナギには、アンギラー・ジャポニカという学名がある。3,4年前、日本ではウナギの幼魚のシラスが捕れなくて、ヨーロッパ・ウナギの幼魚を輸入したことがある。

幼魚産地の分布は多少異なるが、ヨーロッパ・ウナギとアメリカ・ウナギは大体どこで生まれたか分かっており、同種類である。しかし、日本ウナギの幼魚は、いまだ出生地不明である。
 
ウナギの生まれた日は、耳の後ろにある耳石(じせき)=平衡石を切って調べると、木の年輪のような「日輪」がある。それで生後何日か解かるから、逆算するとこの辺だろうと推定するのである。
 
それは、マリナ諸島周辺の何とか海山近くということまでは分っている。捕ったシラスは、養殖場で育てて、市場に出荷することになる。ウナギは、一旦川に登って、再び海に下る。それを下りウナギ(または旅ウナギ)という。産卵のために下るウナギは、10−11月で、これがもっとも美味しいはずである。産卵するウナギを捕り過ぎたために、シラスが取れなくなったのかも知れない。
日本養鰻漁業協同組合連合会ホームページ
http://www.cmp-lab.or.jp/~unagi/unagi.htm

ウナギの栄養
ウナギは昔から日本人の口に上っていたことを示す歌がある。
大伴家持が吉田石痲呂に宛てた「石痲呂に我物申す夏痩せに良しといふものそむなぎ捕りめせ」という歌が万葉集に載っている。「むなぎ」はウナギの意であるが、その栄養価が高い食べ物であることは、古くから認識されていた。

ウナギの栄養価は、ビタミンC以外のA、B1、B2、D、Eなどの含有量が高い。 それ以外にミネラル類の含有量が多い。カルシュウムは、ウナギ100gあたり150mmg。成人一人あたりに必要な量は600mmg/日であるから、非常に有効な食品である。そのほかに鉄分が100g当り0.8g。しかし、鉄分の吸収にはビタミンCが必要なので、野菜を一緒に食べることだ。

亜鉛は、これがなくなると、味覚障害や前立腺肥大などの病気になるが、ウナギ100g当り0,7mmgあるから、牛乳の9倍、ホレンソウの5,4倍の含有量で、これも有効である。あと、脳の働きをよくするDHAがある。コレステロール・中性脂肪を減らすEPAを含んでいるので、脳梗塞、心筋梗塞などを予防する。ウナギ100g中に742mmgを含んでいる。今日ご出席の皆さんは、ウナギがお好きだから、きっと長生きされるでしょう。

 
ウナギの蒲焼
ウナギの蒲焼は、「裂き3年、串8年、焼き一生」といわれる修業が基本になって、極めて難しい。ウナギを裂くとき、江戸(関東)では背から裂くが、関西では腹から裂く。武士の多い江戸では、腹を裂くことが「切腹」につながるため、腹を裂くのを嫌ったことに由来している。

串も関東では竹串だが、関西では金串を使用する。また関西では、「まむし」といってご飯の中に蒲焼を入れて食べる。愛知県あたりを境に関西風となり、調理に際しては、蒸しを入れず、頭をつけたまま焼く(半助鍋に用いる)が、関東では頭を取り、蒸してから焼く。関西風の蒲焼は、やや固く仕上がる。

一応、矢切の渡しの向こうが関西、手前が関東として、愛知県では両方が混在しているようだ。名古屋には「櫃まぶし(ひつまぶし)」というメニューがある。丼のご飯に、小さく切った蒲焼が乗っている。まず、それを食べて次に掻き回して食べる。最後はお茶漬け風にして食べて、一回に三度の味わい方をする。

九州の柳川に、「ウナギのせいろ蒸し」というのがある。柳川は昔、天然のウナギの産地として五本の指に入ったところだ。本吉屋と若松屋が元祖争いをしている。本吉屋の主人が刀鍛治になろう江戸へ出てきたとき、間違ってウナギの修業をして帰ったが、柳川では江戸と一味違うものを食べさせると、独特の蒲焼を始めたという。

お重のご飯の上に、蒲焼を小さく切って載せ、錦糸卵をまぶす。それを重ねて蒸す。これはかなり、いける。柳川といえば鰌(どじょう)鍋があるが、これは九州の柳川の料理ではない。
 
柳川は、もと柳河といった。また柳川には、どじょう鍋という看板は何処にもない。柳川鍋のルーツを訪ねると、江戸の本所横山町に「柳川屋」という店があり、それが始めた「どじょう鍋」であるという。江戸の守貞満稿という風俗誌に、記録が残っている。
 
ウナギの話 あれこれ
日本には「
三大どんぶり」というのがある。
文化年間、芝居小屋の持ち主大久保亥松が芝居見物の弁当として「
ウナ丼」を持参したというのが「ウナ丼」の始まりである。次ぎは明治36年、大阪博覧会が開かれた時、大勢の客に安くて早くできる昼食を、募集した。

それに大阪の鳥菊という店が「かしわとタマネギと鶏卵」を入れた丼で応募した。それが「
親子丼」の始めである。

大正10年、野球の早慶戦が既にあったが、最初、早稲田の旗色が悪かった。そこで、早稲田の学生食堂の中村という人が、当初トンカツ丼といっていたメニュウを、慶応に勝つこと願って「
カツ丼」にしたのが、カツ丼の始まりである。以上の記事が、昭和15年(月日不明)の新聞記事になっている。

さて、「丼」という字であるが、昔、井の中に木や、石の字を入れて書いた。井戸の中に木や石を落とすと、ドブンという音がすることから、「どんぶり」となったといわれている国字である。当時から、三大丼のなかでは「ウナ丼」が一番高かったらしい。手がかかるからだろうか。

朝日文庫(朝日新聞社刊)に、明治30年には「ウナ重」は30銭と出ている。「天丼」が5銭である。戦後は「ウナ重」300円くらいから始まっているが、「天丼」は80円。「カツ丼」の記録は、残念ながら載っていない。

ウナギが好きで有名な著名人は、斎藤茂吉である。大正10年に日本郵船で欧州へ旅だったときに、「諸人の深き心には食みしうなぎの数を思うことあり」と詠んでいる。弟子の林谷さんが書いた「茂吉とうなぎ」によれは、茂吉は昭和16年には96回ウナギを食べた。10年から19年にかけては、年平均54回食べたとある。

日記にも、ウナギのおかげで仕事が捗ったとも書いている。「あららぎ」の選歌をするときも、神宮前の「佐阿徳」からウナギを取り寄せた。弟子とともに選歌したが、奥方が取り寄せたウナギの中から、一番大きいのを選んでも茂吉に運ぶが、茂吉は納得せず全部を較べて見る。やはり、奥方が茂吉の前に運んだウナギが、一番大きかった。というくだりもある。

←(ウナギを表す文字 大漢和辞典・諸橋徹次・大修館刊)


息子の茂太さんが結婚するとき、お見合いの席で相手の美智子さんが食べ残したウナ重を、茂吉が平気で食べてしまったという話もある。火野葦平の「赤道祭り」に、水産学者の主人公が竜王丸に乗って、ウナギの幼魚を発見する場面が出てくる(ただし、これはフィクション)。

落語に、「うなぎの太鼓持ち」「素人うなぎ」「五丁うなぎ」「鰻谷」「鰻の天井」などがある。映画では、今村昌平監督の「うなぎ」。イタリア映画で「河の女」(ソフィアローレン)。

外国では、蒲焼という料理法はないようだ。ぶつ切りにスープにしたり、燻製にしたりという料理だ。クリスマスには、イタリアでウナギを食べるとか新聞で見たが、詳しいことは解らない・・・・・…。

●このあと、うなぎ蒲焼老舗、上野池ノ端「伊豆栄」から取り寄せの「うなぎ弁当」を24名のメンバーで食べました。
会員吉田源司さんから差し入れの銘酒「八海山」もおいしかったですね。土用丑の日の前夜祭でした。
                                       



                                                                           
伊豆栄さん所蔵の浮世絵
終わり

文 責   三上卓治
写真撮影  橋本 曜
HTML編集 山本 啓一