神田雑学大学平成14年08月23日講義録


パ ン の 話(1)

講師 玉木 康雄

1.私の生い立ち
2.パンメーカーは年中無休
3.生業から企業へ
4.日本の小麦事情

1.私の生い立ち
昭和26年に生まれ育った神戸から学業のため上京しました。
東京では神戸人は少数派。神戸は妹尾河童「少年H」の通り、昭和20年3月31日の空襲で人口100万の半数が焼け出されました。私は夏布団を水でぬらしたのを被って逃げました。そして、先日の大地震です。これは、昭和13年の山津波以来のことです。神戸とパンの関わりは比較的早く、明治初年の開港時に外国からパン職人が移住して開店したのが最初でした。大震災時に山崎パンの供給力が評価され、シェァが拡大しました。

2.パンメーカーは年中無休
歴史に出てくるパンの話題
オーストリアのハプスブルグ家の軍がトルコ軍を撃退した際、トルコ軍がトンネルを掘り攻撃しようとしたところを早起きのパン屋が通報して撃退できたというくらい、パン屋の朝は早いのです。またフランス革命は「白いパンをよこせ!」というシュプレッヒコールで市民が王宮まで行進しました。

パンは生きている
よいパンを作るためには醗酵という工程が必須です。これには随分時間をかけます。あまり急激に醗酵させると、目が粗くなったり、出来上がった膜が壊れてしまうからです。メインの醗酵にじっくり4時間、形を作って焼く前の状態で4〜50分かけています。パンは醗酵させてから焼く前の状態で形ができます。もともとはイギリスパンのように、みな山形をしていたのですが、アメリカパンは作業効率を上げるため蓋をかけて焼くので四角い形になりました。日本の場合も大体同じように四角です。

いい販売状況をととのえるために
このように醗酵に時間をかけますから、パンは仕込んでから焼き上げるまでに大体7時間かかります。焼き上がった製品は一定の温度まで冷まし、ラッピングしてお得意様向けに仕分けします。3000種くらいあるパンを、3〜4000くらいのお得意様向けに調えなければなりません。それから配送のトラックが、できるだけ早くお店に着く必要もあります。

そうしますと、一番条件のよいパンは夜10時頃仕込みに入り、できた製品を朝6時半か7時までに店頭(コンビニが一番多い)に並べる、という事が求められています。このため今や製パン業は夜間作業が当たり前という状態です。実際には工場の稼働率の関係から、1日16時間(8時間の2直)くらいでやっています。
休みは水曜日(一番売れない日)とお正月の3日日でしたが、昨今小売店さん同士の販売競争が激化し、正月も店をオープンするのでパンメーカーも、年中無休となってしまいました。

この場合一番困るのは設備のメンテナンスです。機械も生き物なのです。

パンを美味しくいただくために
パンを最高の状態で召し上がって頂けるのは、オーブンを出してから7時間後です。三越の地下ではダロワイユが焼き上がりの時間を表示しているので、お客さんが並んで待っていらっしゃいます。

パンは時間がたつと老化(β化)し、パサパサになってしまいます。ご飯と同じです。
これはもう一回α化してやれば美味しくなります。フランスパンはスライスしてオーブンで焼き直せば、ほぼ焼きたての状態にもどります。

食パンをトースターで焼くときは、始めに10分くらい空焼きしてからトーストすることが肝心です。最初からパンを入れて徐々に焼くと、内部までカリカリになってしまい、美味しくなくなります。

それからパンは冷凍庫で完璧に保持可能です。冷蔵ではなく冷凍の方に入れておき、その冷凍状態から先ほどのようにしてトースターで焼けば、よい条件で召し上がって頂けます。

先ほどお話したように日本のパンは殆ど四角になりました。角が丸いパンは醗酵が足りないものです。また角が立っているのは過醗酵で、これもあまり美味しくありません。適度に醗酵して新鮮なパンは角に少しRのついたもので、慣れれば直ぐおわかりになります。

イギリスパンは表面のツヤで見なければならず、少し専門的になります。断面の気泡が均一で、ツヤのあるのがよく醗酵したものです。

醗酵し過ぎると気泡が大きくなり、パンクしたりしてパサパサになってしまいます。
賞味期限は製造より3日間くらいです。できるだけ賞味期限より前のものがよいです。
おやきはふくらし粉(重曹)、カステラは卵の気泡で膨らましており、イースト菌は使いません。乾パンもイースト菌を殆ど使っていません。


それぞれのお国のパン
小麦の材質は各国みな違い、それぞれ上手に生かして使っていますが、たんぱく質の少ない粉で作ったパンは美味しくありません。イタリアのパンは美味しくないですね。

黒パンはロシア、ポーランド、ドイツなどで多く作られていますが、あまり美味しいとは言えません。

日本、イタリアなどヨーロッパの小麦はたんぱく質が弱く、良いのはアメリカです。日本のパンが美味しいのは、世界中から良い粉を集めて作っているからです。

3.生業から企業へ
1960年池田内閣の所得倍増計画が始まる前まで、パン屋さんといえば間口1間半〜2間、裏の方でご主人が25キロの小麦粉を1袋か2袋ほど加工してパンを作り、表のガラスケースに並べて売っている、という風なものでした。

高度成長が始まるとその様子がガラッと変わってしまいました。人手がこういうパン屋さんに集まらなくなったからです。

小規模な製造部門を製パン会社が集約した形になり、規模を大きくして外国の機械を導入、生産性が向上して労務費が随分下がりました。こうして作られたパンを、かつての作りパン屋さんに卸すという形態になったのです。

パン屋さんがみな販売拠点となっていき、ベーカリー業界急成長の時代を迎えます。
1970年以降になると今度はスーパーマーケットが成長して、パンの70%を販売するように変わりました。大きな量販店の中には、自分でパンを作るところも出てきました。

一方皆さんのお近くの地域で、営々とパン作りを続けている小さな作りパン屋さんもあるでしょう。それぞれ特長を出されて頑張っておられます。


4.日本の小麦事情 
あまりご存知ないかも知れませんが、日本ではパンの主原料である小麦が、農水省によって全部管理されているのです。シカゴの取引所で商社が買い付けた小麦を、農水省が全部買い上げます。それを適当な値段で製粉会社に売り渡すという仕組みです。

こうして生じる利益は全て、米の生産者価格維持のため、食管会計の赤字補填に使われているわけです。このような農産物輸入規制をかいくぐるため、奇想天外な手法も行われているようです。

砂糖は輸入禁止品ですが、もち米の粉と混ぜて餅の粉として輸入し、後で篩い分けるというような話があります。
小麦もそのうちには自由化されて、パンの値段も下がっていくものと思われます。

                   (終わり)
  文責 大野 令治
  写真  橋本  曜
HTML制作 山本 啓一