平成14年9月20日(金)神田雑学大学講演

「こけこっ考」(Part2) 

講 師  得猪 外明
 
既に平成12年にPart 1 をやっていますので前置きは省略して、すぐ本題に入ります。

「こけこっ考」なぜ、にわとりはコケコッコーと鳴くか

第1章 世界の鶏
 私がにわとりの鳴き声に興味をもったきっかけは、戦後間もなくアメリカの進駐軍に遭遇したのがきっかけでした。当時9歳の小学生でしたが、それまで外国人、英語とは全く隔離された環境でそだったので外国人そのものが宇宙人と会うような気持ちでした。
まして初めて聞く英語が全く不思議な言葉で、世界にはいろんな人種がそれぞれの言葉を持って生活しているのだということを改めて考えさせられました。
やがて中学校に入ってから英語の授業がはじまりましたがある日、英語の先生からアメリカのにわとりはクックドゥードゥルドゥーと鳴くのだときかされて最初はからかわれているのだろうと思いました。しかしそれは本当だったのです。
それでは他の国の鶏はなんと鳴くのか調べようと思ったのですが田舎の中学生風情にはとても歯がたたないもので、その後なんとなく忘れかけていました。そうこうするうちに大学の第2外国語でドイツ語を習い始めた兄がグリム童話集に出ていたといってドイツのにわとりはキッキリキー(kikkireki)鳴くらしいと教えてくれて、また関心が蘇ってきました。

その後、大学でフランス語を専攻した友人に聞いたり図書館で大きな辞典をひいたりして大きな国のにわとりの鳴き方は少しずつ分かってきました。
フランス語はコクリコー(coquerico)、ロシヤ語はクカレキー(kykapeky)などです。渋谷の道玄坂にコッコリコというイタリヤ料理の店があり、これはイタリヤのおんどりの鳴き声だと聞いていました。ところが今年イタリヤに行く機会があり、現地の鳴き方を聞いたところ別の鳴き方もあるというのです。ボローニャというミラノの近くではパパガーロ(papaggalo)と鳴くといい、ミラノから来たと言うバスの運転手は、俺の田舎では
コカコーラ(coca kola)と鳴くんだといいました。どちらも、そう聞こえているといわれればそのように聞こえないでもありません。

これまで外国に旅行して直接聞いたり、日本に来ている外国人に聞いて調べた結果は
ギリシャ(ククリコー)、レバノン(キッキ キー キー)、デンマーク(キュキュリーキュー)、韓国(コッキョ クゥークゥー コーコー)、フイリッピン(チック タラオー)、スリランカ(コック、コク、コク)、ラオス(オ(ア)ッキ オー オー)ベトナム(クック クー クー)ミャンマー(アッイイーウー)、タイ(エッキエーエー)マオリ
(コケコッコー)などです。

国別でなくいくつもの国に共通する言葉で、例えばアラビア語ではコック ココー コー、ウルドウ語ではククルー、ラテン語ではククルーなどがあります。
実在する国でなくても、例えばエスペラント語ではコケリーコがおんどりの鳴き声だそうです。

第2章 アフリカでのフイールドワーク

 30代の半ばに仕事で西アフリカのナイジェリヤのラゴスというところにに住んだことがあります。そこは高温多湿の緑の多いところですが北のほうはサハラ砂漠に近い乾燥地帯で乾期にはほとんど雨が降りません。
 ここでまた、にわとりの鳴き声を調べました。住んだ家は庭がひろくコックが数羽ににわとりを飼っていました。朝早く起きて耳を澄まして聞いてみるとやはりコケコッコーと
聞こえます。ところが現地の人に聞くとアコーコー(akoukou)と聞こえるというのです。
仕事をかねて車で二日もかかる北部のカノという町を訪ねました。ここはハウザ族という回教徒が住んでいて南とは人種、風俗、言語がみな違います。ナイジェリヤには70もの人種がいて、それぞれ違った言語をもっているのです。
ここのにわとりの鳴き声をしらべたら ザカーラ ヤーイ クウカー(zakala yaaikuukaa)と聞こえるのだそうですう。 これまで調べた鳴き声は、ほとんどカ行音が殆どでしたから、これを聞いたときは思わず耳を疑いました。中部のフラニ族が住んでいるところで尋ねたところ、たったひと声 ンコーと鳴くというのです。こんな簡単な鳴き声も初めてです。町の人に、もっと真面目に鳴けないのかね、聞いたところ「なにしろ暑いからね」という返事が返ってきました。

第3章 日本のにわとり

 日本では紀元前10世紀からにわとりがいたことはわかっていますが、それがなんと鳴いていたのかは不明です。高天原の神話でもにわとりが鳴いて天照大神が天の岩戸からお出ましになった話は有名ですがこれも鳴き声は不明です。
 古事記(712)の中に、大国主神が古志(こし)国の沼河姫(ぬまかわひめ)の許を訪ねられた際に、姫は板戸の隙から大国主命を見て、はたと戸を閉めてしまった。そこで
大国主命は長い歌を詠じて、その無情を嘆かれたが、その一節に

 さ野(ぬ)つ鳥雉(きざし)はとよむ、庭っ鳥鶏(かけ)と鳴く 
という句があって越(こし)地方(北陸)にもすでに鶏がいたことが書かれています。
次に鶏が具体的な文字となってはっきり登場してくるのは万葉集です。
代表的なものを紹介しますと
(柿本人麻呂)
 遠妻(とほつま)と手枕(たまくら)交えて(か)さ寝(ぬ)る夜は、鶏(とり)が音(ね)な鳴き明けが明かぬとも
 (大意)遠い妻と手枕を交わして寝た夜は、鶏よ鳴かないでおくれ、夜が明けたら
     明けたでかまうものか
 (作者未詳)
 里中(さとなか)に鳴くなる鶏(かけ)も呼びたてて、いたくは鳴かぬ隠妻(こもりつま)はも
 (大意)人里で鳴く鶏のように、声をあげてひどくは泣けないでいる、可愛い隠妻で
     あることよ

 万葉集では鶏の鳴き声はカケとなっています。これは当時のひとが鶏がカケと鳴くので
鶏のこともカケと呼んでいました。やはり万葉集のなかに
 庭っ鳥かけの垂尾のみだりおの、長き心を思ほえぬかも
とありカケは鶏の本名であって人家の庭に飼われるので庭っ鳥という枕詞をもちい、後には単に庭鳥と呼ぶようになったといわれます。

 和歌肝要(1296)には「にはとりは、いくらの稲をもるやらむ、暁ごとに、こけこけという」のがあって、この時代の人は鶏の鳴き声をコケコケと聞いていたようです。
平安時代に流行した催馬楽(さいばら)という歌曲のなかに「にはとりはかけろと鳴きぬなり」という表現もあります。

 徳川幕府は幕藩体制をとったため各藩の人の交流は殆どなく、その地方独特の方言が使われていました。したがって鶏の鳴き声もその地方独特の聞こえ方があったようです。
わかっているものを紹介しますと
[関東・東北]
こけこおええ(山形県西置賜郡)        こけこのこう(山形県最上郡)
 こけこっこよお(群馬県多野郡)        けっけろ・けっけろお(岩手県気仙郡)
 けけろお(岩手県上閉伊郡・新潟県佐渡)    かっけろこお(青森県南部)
 けけろ(岩手県気仙郡)
[中部・関西]
こけこうろ(兵庫県左用郡)          こころこお(新潟県佐渡)
  こかこっこお(奈良県)          けけろっこお・けけるこお(佐渡)
  こけこ・こか(奈良県)          こかこ(大阪市・奈良県)
  こっかこ(福井県)            けけこ(三重県上野市、阿山郡)
  けけ(三重県伊賀、愛媛県)        こけこっこのくさ(草 奈良県桜井市)
  こけこっこばな(花 奈良県宇陀郡)    こけこのはな(奈良県)
  こかこ(大阪府豊能郡)          こけろっこ・けけろばば(石川県珠洲市)
  けけろ(石川県珠洲郡)          けっけりだんべ(石川県輪島市)
[中国・四国・九州]
こけこおろお(大分県)          こけろおこう(島根県石美)
  こっけろこお(島根県那賀郡)       こころおこお(島根県鹿足郡)
  こっかこおこお(大分県大分郡)      かっかこおお(大分県大分郡)
  かっかこおこお(鹿児島県)        こけこっこごごのもうや(大分市)
  けけえろ(島根県)            けけこおろお(愛媛県周桑郡)
  けけこっこ(愛媛県周桑郡)        こけら(山口県代島)
  こっけら(山口県阿武郡)         かけろお・かけえろお・かけろおこお
  かっけえろお・かっけえろ・かっけえらあ・かっこおろお(山口県那玖珂郡)
  かっけらお(山口県大島)         けけろお(島根県鹿足郡)
  けえろお(山口県玖珂郡)         こけこ(鹿児島県)
  かっけこ(鹿児島県阿久根市)       かっかこばな(鹿児島県日置郡)
  けけこおろお(愛媛県周桑郡)       こけっかっか(香川県木田郡)
[沖縄]
こうころおこお(沖縄県首里)       こうこごっこお(沖縄県石垣島)

 このように日本の鶏の鳴き方は地方によってまちまちでした。
明治34年に文部省がだした「尋常小学国語科実施方法要領」には「国語教授ニ用フル言語ハ主トシテ東京ノ中流以上二行ハレ居ル正シキ発音及ビ語法二従ウモノ」ということで鶏の鳴き声にも標準語が用いられることになりました。
 明治36年に初めて文部省検定による統一した教科書が作られ、尋常小学読本巻2に「ヲンドリハ(略)ハハバタキヲシテ コケッコッコート ナキマシタ」と書いてあります。
標準語は大正14年にラジオ放送が始まっても日常生活にはなかなか普及しませんでした。
しかし知識欲が旺盛な小学生は、先生の教えるコケコッコーをたちまち覚えてしまったのです。

                              


文責;得猪 外明  写真;橋本 曜 HTML;山本 啓一