日神田雑学大学講座

「書物の歴史」

講師 丹羽泰和


丹羽泰和さんは、日本紙パルプ商事(株)元役員。現役時代から蒐書家として著名でした。千葉(せんえふ)文庫主人、書物博物館老蓑(おゆみの)典籍資料室主宰、日本書票協会理事、楽之会代表、蔵書のため自宅に増築した地下書庫と書物博物館は、 2003年2月6日発行の雑誌「サライ」早春特大号に紹介されました。

・はじめに

     まず、クイズを御出しします。さて、これは何を意味するんでしょうか?

    土>草>石>骨>金>竹>布>石>皮>木>麻>紙

    そうです。これは、文字が書かれる材料、すなわち書写材の変遷を示しています。

・書写材の歴史

    一般に書物は紙に印刷されているというのが常識です。紙は、中国の後漢時代、 西暦105年に蔡倫が発明しました。しかし、紙以前にも文字が保存されていた 材料には長い歴史がありました。

    土>

      B.C.3500年頃から中近東メソポタミアでは 粘土版に楔形文字を刻みました。

    草>

      B.C.3000年頃からエジプトのナイル河流域に群生した湿性植物を 加工したパピルス文書があります。現存する最古の文書はB.C.2000年 のパピルス・ブリス(ルーブル美術館蔵)で、有名な「死者の書」は、パピル スに書写されたものです。パピルスは紀元後 1000年頃まで、実に4000年の長 きに亘って使用されました。

    石>

      現存最古の石碑はB.C.2700年の「センド王の石碑」で、史上最初 の成文法 「ハンムラビ法典」(B.C.1728)は、バビロニア第1王朝の ハンムラビ王が制定しました(ルーブル蔵)。「ロゼッタ・ストーン」(推B.C. 196)は、ナポレオンのエジプト遠征時に発見、1822年シャンポリオンが 解読。プトレマイオス5世の事績を玄武岩にヒエログリフ(神聖文字)、 デモティック(民衆文字)、ギリシャ文字で3段に刻字されています。
    骨>
      殷代(B.C.1400〜1027)に亀甲、獣骨に刻字して占卜に供せ られました。清末の1899年に王い栄により発見され、永らく疑問視されて いた殷帝国の存在が証明されました。
    金>
      青銅器の使用は殷代(B.C.1400〜1027)を主とし、西周、春秋、 戦国、前漢時代に及んでおり、祭祀、王権の象徴、酒器、調理器等の用途があり ました。
    竹>
      竹、木を札状にし、裏面に墨書したもので、竹製を簡、木製を札、牘(とく)、 木簡と言います。原則として一札縦一行書きですが、長文は、複数の札に書き、 紐で編み、これを韋編(韋編三絶の語源)と言います。
    布>
      絹布に筆墨で書写したもので、最古は1934年長沙市で発見された戦国時代 (B.C.403〜221)のそう(粗糸織りの布帛)書で、祭祀用の図と文から なっています。
    石>
      秦の始皇帝が全国平定3年めのB.C.219年泰山(山東省)に建立した 泰刻石が残されています。
    皮>
      羊皮紙はB.C.200頃年発明され、パピルスと併行して、2000年以上 使用されました。書物の形態を巻子本 (scroll)から冊子本(codex)としました。現存 最古のものは、エウリピデスの「クレータ人」(B.C.5世紀、ベルリン博物館蔵) とデモステネスの「使節論」(断片のみ、数行のみの零葉、B.C.343、大英博 物館蔵)です。写本は種々残されていますが、グーテンベルクが発明した活字印刷の 「四十二行聖書」(上下2巻)は現存数48部のみ。うち羊皮紙の完本4部、不完全 本8部です。
    木>
      木簡の発祥は殷代(B.C.1400〜1027)ですが、西周時代以後が多い。 発見は1901年、1906年の西域探検の際で、有名なのは楼蘭漢簡、敦煌漢簡、 居延漢簡です。
    紙>
      西暦105年、後漢の蔡倫の紙発明以前に、前漢(B.C.202〜A.D.8) 時代、麻の繊維を原料した麻紙が使用されたとの説もあるが、今日の中国造紙学会は、 以上の前漢紙は認定せず、蔡倫が発明し後漢の和帝に献上した蔡候紙を以って紙の嚆矢としています。

・紙の伝播

    105年に発明された紙は、593年新羅に、そして610年(推古18年)大和に伝来します。西漸は、150年敦煌、200年楼蘭、トルファンを経て、タラスの戦い751年にサマルカンドに伝播。その後、バクダード、カイロ、トリポリ、モロッコのフェズを経て、1050年シチリア、1150年西カリフ王国(現スペイン)サティ、欧州各国に伝わって、1390年ドイツのニュールンベルクに伝播します。その直後1356年ヨハネス・グーテンベルクが活版印刷術を発明。1453年ビザンティン帝国の滅亡を挟む1450年〜1500年の間に刊行された書物を初期刊本(インキュナブラ)と称します。

・典籍印刷の歴史

     現存最古の印刷本は、韓国の「無垢浄光大陀羅尼経」(751年以前、慶州佛国寺大雄殿)とされ、次いで我が国の 「百万塔陀羅尼経」(770年、称徳天皇の神護景雲4年)となっています。しかし印刷は、実際は中国隋唐時代に創始されたと思われますが、現存最古の書物は「金剛般若波羅蜜陀経」(868年、大英博物館蔵)に過ぎません。中国の印刷物は、北宋時代が活発でこれを宋版といい、代表的には「後漢書」(1195年〜1200年)が挙げられます。
    我が国最古の刻本は、「仏説六字神呪王経」(1053年、後冷泉天皇の天喜元年、石山寺蔵)、次いで「法華経巻第二」。更に奈良興福寺、春日社が仏典を印刷、これを春日版と称しています。その後鎌倉時代に奈良を中心に高野版、叡山版、五山版等仏典の印行が盛んに行われました。 欧州では、南仏フランダースで木版印刷本が1425年〜1450年の間に刊行されました。
    以上は総て整版本ですが、活版、すなわち活字による印刷では、李朝朝鮮で銅活字数 十万個が鋳造され(1403年)、ドイツのグーテンベルクが活版印刷術を発明
    (1450年)しております。「四十二行聖書」上下2巻48セットが現存、1993年慶応義塾大学が取得した該書をHUMIプロジェクトを展開して、デジタル化しております。
    グーテンベルク以後、1450年〜1500年の間の印刷本は、初期刊本(インキュナブラ)と呼ばれ珍重されています。 日本への印刷術の伝来は、1590年耶蘇会宣教師ヴァリニヤーノにより活字、印刷機が齎され、これにより肥前、天草、長崎で印行されたキリシタン版(1591年〜1611年)があり、世界で32種74本が現存し、うち日本には13点のみ残っています。

質疑応答

    質問@御所蔵の本は拝見できますか?

      ご連絡頂ければ、書庫の半分を展示コーナーとしていますので、ご覧頂けます。但し、書物愛好家に限る。
    質問Aフランスのアンカット版の意味は?
      読者がペーパーナイフでページを切り開きながら読む醍醐味を味わうことでしょう。 耳付本もその芸術的価値は高いでしょうネ。
    質問B三大美本とは何ですか?
      (@)「チョーサー著作集」ウィリアム・モリス著、ケルムスコット・プレス 1896年刊註
      (A)「ダンテ神曲」(3部作)アシェンデン・プレス
      地獄編(135部、限定)1902年刊
      天国編(150部、限定)1904年刊
      浄罪編(150部、限定)1905年刊
      (B)「欽定英訳聖書」(全5巻)ダヴズ・プレス
      限定500部1903年―1905年刊

      以上を世界で最も美しい刊本として世界三大美書と呼ぶ人もいます。
    【註】「チョーサー著作集」のどれでもが三大美書ではなく、ダンテ著神曲(1304−1308)が、 三大美書ではない。後世ケルムスコット・プレス等で印行されたものが、そう呼ばれている。

    終わり


    (文責:鈴木一郎、写真撮影:橋本 曜、HTML制作:田口和男)