神田雑学大学 2003年4月11日 講義録

ド イ ツ 事 情

講師 安倍 弘昭

東京ケミカル商事(株) 社長


目 次

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初めての外国旅行

ドイツの技術を学ぶ

ベルリンの壁崩壊






初めての外国旅行


 ただいま紹介いただいた安倍でございます。私は別にドイツの専門家ではないのですが 大学を出て就職したのがデパートの松坂屋の子会社である松坂貿易という会社でした。取り扱っていた化学製品が殆どドイツ製だったところから仕事柄ドイツという国を知る機会が多かったわけです。

 ドイツにはバイエル、BASF、ヘキストという大きな化学会社がありまして、それぞれ製品に特徴があり世界に輸出されています。この関係もあって初めて外国に行ったのがドイツでした。当時はまだ外貨の持ち出し制限もあり、飛行機もアンカレッジ経由で行く時代でした。30年前は日本もまだ貧しくドイツはタクシーまでベンツで、その国力に驚きました。食事もハム、ソーセージ、パンなど美味しいのですがドイツ人は生肉を喜んでたべるのにも驚きました。食べてみると本当に美味しいのです。

 当時ハンブルグで驚いたものにポルノがあります。当時日本ではヘアが見えたとか見えないで大騒ぎしていた時代ですから、そのものズバリの写真が街に横行しているのに大変興味をそそられました。

 それ以来ドイツ人の友人もたくさん出来まして付き合いを続けているうち、島国の日本人と大陸で多くの国と国境を接しているドイツ人の生活態度や物の考え方の相違というものに興味を持っております。

 昨年、家内をつれて観光を兼ねてドイツを旅行して気がついたことがあります。このときはホテルを使わず友人の家を泊まり歩いていましたが、を作るときの考え方が日本とかなり違うのです。ドイツの家はアパートといえども一軒にバス、トイレが2ヶ所または3ヶ所あるのが普通で、客を泊めてもお互い気を遣わなくてもいいようになっているのです。

 ドイツ人の自己管理ということで考えさせられるのはフリーウエイがあります。フリーウエイということばには、料金がタダという意味とスピードも制限がないという意味があります。アウトバーンでは霧の深いときは別として時速150キロ以上で平気で走っています。事故を起こしても自己責任なのです。

 それからパスポートは普通の国なら厳重な入出国のスタンプを押しますが、ドイツはそうでありません。荷物のチェックもありません。飛行機に乗るときにはセキュリテイの意味でのチェックはありますが。

 日本の空港では必ず「なにか申告するものはありませんか」と聞きますが、外国ではそんなことありません。
 それと市内にはに二輌連結のバスが走っていますが、後ろの車に乗って料金を払わに降りてもなにもいわれません。しかしそのようなことをする乗客は滅多にいません。汽車に乗るときも切符を買わずに直接乗り込んで、廻ってきた車掌から切符を買うこともできます。

 車の運転でも日本は直進が優先ですがドイツでは右折優先です。そして信号が赤でも右折(日本では左折)が出来ます。これはヨーロッパの共通ルールで、ドイツだけが勝手なことを出来ない仕組みになっているのです。

 バイエルが典型的な例ですがドイツの大会社は内陸部にあることが多く、原材料の搬入や製品の積み出しにはいったん艀に積んで運河を通って港に出る場合が多いのです。そこには当然インターナショナルな法律や慣習が出来上がっています。
 半面ヨーロッパにおけるドイツとアジアにおける日本は工業国であるということと、第2次世界大戦の敗戦国であるという意味で非常ににかよった点も多々あります。日本はいま不況で苦しんでいますがドイツも同じような状況です。

 環境問題への取り組み方についても、考えさせられるものがあります。
ドイツでは日本でいま非常に使われているペットボトルは殆ど使われていません。これはメーカーが使用済みのボトルを責任持って回収しないと販売が認められませんので、やむなく従来のガラスビンが使われています。ビンは回収のシステムがしっかりしていて完全にリサイクルされているからです。

ドイツの技術を学ぶ

   私がこれまでやってきたことは電気絶縁材料の輸入販売から技術導入と広まっていったのですが、この過程でドイツ人の物の考え方を随分学びました。
技術導入で最初に面食らったのはミニマムロイヤリテイという考え方です。これは売れても売れなくてもとにかく一定額のロイヤリテイを払えというもので当時日本の役所もそんなやり方は認めていませんでした。当時の1千万円というのは大金でしたが、それにランニングロイヤリテイつまり売上に比例したロイヤリテイを払えというのです。私がてがけた絶縁材料のロイヤリテイは売上の4%プラス商標の使用料1%というもので、最初の数年間は赤字でした。

 最初に導入した技術は基本技術ともいうもので、これを一件一件需要家の仕様に合わせて売れるものを作っていくのも大変な苦労でした。結局20種類以上の製品を作り出していった過程で、周辺技術の積み上げもあって一つの大きな財産になったわけです。

 日本は現在、汎用品の分野で中国に追い上げられて四苦八苦していますが、先端産業はその国の総合的な技術がなければ成り立たないわけで、まだまだ可能性は残っていると思います。ドイツは日本と同じような状況にありますが、国民性として非常に伝統を尊ぶということがあります。例えば日曜日はどの商店も見事に休みます。それから家電製品などでもやたらにモデルチェンジしなくて、何十年も前のものを修理しながら使い続けています。

 車でもベンツ、BMWは大きさが少し違っても誰が見ても一目でわかるスタイルを頑固に守っています。
 会社の経営姿勢でもドイツと日本は違います。例えば塩ビとかポリエチなどは日本にメーカーが乱立していますがドイツでは各品種で1社か2社しか手をだしません。いわゆる物まねというやり方を嫌うのです。

ベルリンの壁崩壊

 1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊して翌年再統一されました。この再統一は実質的に西が東を吸収したかたちで国旗も国家も西のものをそのまま使っています。

 これが西ドイツに大変な負担となって現在の経済の疲弊につながったといえます。
 10年たった今も西の失業率は9.4%、東は19.4%と大きなへだたりがあります。これは50年続いた共産主義の悪い面が、いまだに尾をひいているということに原因があります。

 ソ連の崩壊をみても共産主義の計画経済では個人の労働意欲というものが失われてしまって、国力の低下をきたしたということは間違いありません。中国も共産主義ですが、ケ小平の欧米の競争原理を取り入れた政策によって経済は急成長してきました。しかしこれは制度的に大きな矛盾をはらんでいるわけで、いずれ大きな問題に遭遇すると思います。

 通貨の価値が国力を現すとも限りませんが、ドイツマルクは昭和40年頃から90〜100円程度でづーっと安定していました。しかし東西ドイツの統一以来マルクは下がり続け60円台になってしまいました。結局西ドイツは大きなお荷物を背負い込んだともいえるでしょう。
 朝鮮半島の趨勢がどうなるかわかりませんが、若し南北統一ということにでもなればドイツと同じようなことが起こると思います。

おわり
(文責 得猪外明)
会場写真撮影:橋本 燿
HTML制作:大野令治