第163回神田雑学大学講演
平成15年5月16日(金)

元気出せ 男たち!
講師 ニュービジネス協議会理事 柳内光子

  1. 自己紹介
  2. もの心ついた時、実家は江戸川区で農業をやりながら小さな建材店を営んでいました、私が小学校に入学したころ父が出征し、まもなく終戦。父は無事帰ってきましたが戦後の混乱期で大変なときでした。当時はトラックなどなくてリヤカーかせいぜいオート三輪に紙袋入りのセメントや砂利、砂を積んで、コンクリートを練る作業も畳ぐらいの鉄板の上でバケツで水を加減しながらスコップで混ぜあわせるような有様でした。

    兄は当時中学生で父(36歳)を失い学業の間に仕事を手伝わされ、母と共に家族総出で働いているのをみながら、男の仕事は大変なんだなあということを漠然と思っていました。

    私が高校生のころ、家業はかなり大きくなっていましたが兄が一人で平トラックに砂利や砂を手積みで積んで仕事にでかけるのをみて、すこしでも手伝えないかと思って昭和37年に高校を卒業すると、すぐ家業を手伝って以来45年間ずーっとこの道一筋でやってきました。

    たまたま兄嫁が大切にされすぎたといった為にもないのですが汗をかいて家業を手伝うというタイプでなかったので、私が仕事の裏方を全部引き受けることになってしまいました。東京オリンピックの建設ブームなどで生コンの需要も急増し仕事は忙しくなっていましたが社長だった母(46歳)が急逝したため兄が全部引き継ぐことになりました。

    ご承知のように建設業界というのは男ばかりの荒っぽい世界ですからそれを肌で感じながら兄をサポートしてきた体験が今の私の原点になっていると思います


  3. 柳内光子的経営理念
  4. 生コンクリートの値段というのは私がこの業界に入った45年前から殆ど変わって いません。なぜこんなことが可能かというと大量生産、大量輸送でスケールメリット を追求しながらやってきたからです。

    オリンピックの建設ブームで内山コンクリートも小型ミキサー車が15台ぐらいになり従業員も運転手をいれて30人ぐらいになって急成長を遂げました。

    ところが昭和39年ごろから急に不況となって仕事が急減してしまいました。

    結局赤字覚悟で仕事の取り合いになってしまうわけですが、それでも頑張らなければならない兄をみて男の世界の辛さというものをつくずく実感しました。

    兄は将来の展望がつかないままに破産する前に事業を清算しようかと決心して、借金を返して土地や資産を全部売れば3千万円残る。これを運用すれば一生なんとか食べていける、という考えで清算の準備に入りました。

    ところが私はこの方針にどうしても賛成できなかったのです。お金は使ってしまえばそれまでで何も残りません。事業は今苦しくても努力すればやっていけるかもしれないしそれが生き甲斐にもなる。なんとかここで踏みとどまってもう一度やってみようと兄を説得にかかったのです。その頃に現在の夫が入社してきたわけです。

    その頃偶然知り合った占い師から「あなたはいい運を持っている。わたしのいうとうりやれば絶対につぶれないから」といわれたのも大きな励みになりました。

    頼りにしていた兄が49歳で急逝したことが大きな転機になりました。会社の運営の責任が全部私にかかってきたのです。それまでみてきた兄の生き様、私が体験してきた男の世界との付き合い方を土台にしてとにかく必死にやるしかありませんでした。

    このような背景から確かに運もあったかもしれませんが現在千葉、東京、神奈川で18の生コンの事業所を運営し年商600億の日本有数の生コンメーカーにまで成長してきました。

    別に秘訣というものもありませんが私がこの業界に入って45年間モットーとしてきたことは兄すなわち内山家の「やれば出来る。不可能はない。思えば思われる」です。そのために「絶対に嘘をつかない。約束は守る。他人に迷惑をかけない」ということを常に心に言い聞かせながらやってきました。この生きかたに家族も従業員も信頼してくれて支えてきてくれたからこそ今日があるのだと思っています。

  5. 元気だせ男たち
  6. よく人から荒くれ男のイメージがある建設業界で会社を経営していく秘訣を尋ねられます。わたしの男性観をお話ししましょう。いままで仕事でお付き合いしてきた男の人をみて男の自尊心、責任感、義侠心、人のよさといったものをずっと観察してきました。そして誠意をもって付き合えば誠意をもって応えてくれるということがだんだんわかってきました。このためには普段から仕事に直接関係ないことでも信頼関係を深めておくことが大切です。一見、遊びに見えるようなことでも相手の身になってお付き合いをしていると意外なことから次の仕事につながっていくということが多いのです。

    男は女の涙にもろいものです。別にこれを利用するわけでありませんが女が必死になにかやっている姿をみると少し助けてやろうかという気持ちになるのでないでしょうか。女性は女性ならでの忍耐力、気配り、目配りをもっています。そして男をたてることで家庭でも仕事でもうまくいくのでないでしょうか。

    それといつも心がけていることは弱音をはかないこと、愚痴をいわないことです。そりゃ辛い事も大変なこともしょっちゅうですが弱気になると従業員にもわかります。 とにかく前向きに頑張れば道は開ける。はったりでもいいですから堂々と立ち向かえば結果はついてきます。

    最近の男性をみるとなにか元気がないようで気になっています。女性が強くなった からかも知れませんが戦後の経済の成長期にひたすら働き続けて60才になったら定年。仕事をするしか能がなかった男が急に家庭に入れといっても悲惨です。 60才は医学の進歩した今日ではまだまだ働く気力、体力もあるのにそれを生かす機会がないということは大きな社会問題です。

     私の会社では60才過ぎた人でも採用して毎日でなくて給料が安くても仕事を生き甲斐にしている人が10人ぐらいいて、殆んどが建設関係の会社のOBですが肩書は開発本部長なんてもっともらしい名刺をつくってご本人は結構満足して働いていますし中には国鉄でダイヤの編成だけやっていたという人もいて、この人はコンピューターの知識があるので膨大な名刺を整理するシステムを作ってくれたり経営資料を まとめてくれたりしています。それぞれの個性を尊重し生かすことの大切さを学ぶことができます。

  7. 私の人生観
  8. そんなわけで45年間しゃにむにやってきました。そして人生働いてお金をためるだけではつまらない。これまでやってこれたことに感謝して健康で後悔しない人生をおくりたいという気持ちがつのって潮来で有料老人ホームを作ってしまいました。 いま施設に入れないお年寄りがたくさんいて、少しでもお役にたちたいという気持ちと結果的に雇用機会の増大にもつながったからです。

    大きな借金もしましたが茂原にもつくりさらに江戸川区にもひとつ作ってしましました。ホームはデイケアのお年よりも毎日やってきて皆さん楽しんでいるのですが60才ぐらいで痴呆の症状がでている人がいるかと思うと90歳でも尺八を吹いたり俳句を教えたりすごく元気な人もいてどうしてこんな差がでるのかとつくずく考えさせられます。やはり健康が第一で豊かな趣味をもって生き甲斐をもち生活している人を見ると羨ましい気持ちになります。

    今日ここにお見えになっている方も60過ぎの人が多いかとお見受けしますが皆さん、いい顔をしていらっしゃる。やはり気持ちが若いのだと思います。

    充実した人生をおくるには何と言っても健康で気力が充実していなければなりません。最近はガンの治療が進んで胃がんや子宮がんは発見が早ければそう怖い病気でなくなりましたが肺がんは厄介です。そのためには煙草は絶対やめる。私の会社では喫煙室はおろか灰皿一枚置いていません。そして思い切り働いて思い切り遊んで納得のいく老後を送りたいものだと思っています。 そして自分の花を咲かせられる充実した人生にしようではありませんか。

柳内光子 

山一興産株式会社 取締役社長
(東京都江戸川区西葛西7−20−1)

株式会社 内山アドバンス 副社長
社会法人豊生会 理事長
社団法人ニュービジネス協議会理事 女性経営者委員会委員長
日本個人投資家協会 理事
社団法人経済団体連合会 会員
社団法人経済同友会 会員
社団法人日本商工倶楽部 会員

生年月日  昭和14年7月9日
出  身  東京都
学  歴  昭和33年 3月 都立江東商業高等学校 卒業

略  歴
昭和33年 5月 内山コンクリート工業株式会社(現在の株式会社内山アドバンス)設立と同時に入社
昭和44年12月 山一興産株式会社設立と同時に監査役に就任
昭和59年 2月 山一興産株式会社 代表取締役社長に就任 現在に至る
昭和59年11月 内山コンクリート工業株式会社 代表取締役専務に就任 
昭和60年 2月 内山コンクリート工業株式会社 代表取締役副社長に就任現在に至る。(平成3年4月 株式会社内山アドバンスに商号変更)
平成 6年 5月 社団法人ニュービジネス協議会理事に就任。現在に至る。
平成 6年 6月 中国広東省に合弁会社深せん内垣山混擬土有限公司設立。副董事長就任。
平成 9年 5月 深せん内垣山混擬土有限公司 董事長就任。
平成10年 5月 社会福祉法人江戸川豊生会を設立。理事長に就任。潮来市に特別養護老人ホーム「福寿園」を開設。
平成11年 6月 医療法人社団健勝会を設立時に常務理事に就任。介護老人保健施設 睦沢の里を開設。
平成14年 4月 東京都江戸川区に特別養護老人ホーム「みどりの郷福楽園」を開設。

関連企業
株式会社山一建設 代表取締役社長
株式会社山一コンクリート 代表取締役会長
山一産協株式会社 代表取締役会長

企業内容等
生コンクリート、セメントを主とする建設資材の販売総合商社。
年間売上高580億 “顧客のお役に立つ”をモットーとし企業及び経営者は利益を社会に還元するべきであるという、経営者方針から個人の私財にて社会福祉法人豊生会を設立し、茨城県と東京都で特別養護老人ホームを運営。


(文責:得猪外明、写真撮影:橋本 曜、HTML制作:田口和男)