神田雑学大学 2003年5月23日 講義録

古古代史 ホツマツタエ解説

講師 福持 貞孝

東京人工歯根研究所 九段歯科院長


目 次

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プロフィール

はじめに

ホツマ古文書の歴史評価

神学的意味への発展

日本人の責務

「古古代史ほつまつたゑ」解説






プロフィール

1928年東京生まれ。日本大学歯学部卒業。

日本大学歯学部金属学・材料学講師を務めた。

歯学博士。法学修士。

はじめに

 靖国神社、千鳥ケ淵、皇居の周りの桜が満開である。
今年は珍しく、雨も風もなく桜日和が続く。
千代田区役所の左隣りに乾門(清水門)があり、城門、城石にさしかかる桜の風情が私は好きである。石段を折れて登り、戦後建国の父・吉田元首相の銅像を右に見て、裏から武道館に回り込むと、風情がある小庭園を遊歩できる。

 来月、NPO 「神田雑学大学」の三上理事長から私に、古古代文「ホツマツタヱ」について講演せよとの依頼があった。それで今回は、記事を兼ねてガイダンスとさせて頂くことにする。

ホツマ古文書の歴史評価

 最近、ホツマ関連の出版物も増え、郷土史家、古文書愛好家に静かなるフームの波が湧いてきた様である。正統派と称する学者、歴史家にとっては今だに「触れてはならない」禁忌であり、又、研究することも、発表することもタブーの様である。戦前より引き続いた「皇国史観」、日本歴史の完成したとされる学問的ビラミッドに「水をさす」歴史学との扱いを受けている。即ち、日本歴史の自壊である。正統派学者、大学からは、世に言う「偽書」「二セモノ」として扱われ、根深い抵抗勢力によって偽書として扱われ続けられる可能性が強い。

 ホツマ古文書としての価値観は、古代からの「こころやすけきやまとのくに」の姿勢に貫かれている。一方で、戦前の中学生であった私の年齢では、小学校の教科で紀元二千六百年を建国の紀元と教化されていた。戦後、歴史の浅い米国に占領され、何故か「神話時代」は嫌われて、千二百年前の大化の改新以後が日本文明の始まりの様に教化され、五千年の中国や韓国の長い歴史が是認されながら、文明が併存し、並列していた。我が国の文明史は、仏教伝来以前をことさらに未開、末文明の国であったかの様に、マスコミも迎合して、「聖徳太子」文化をマスコミ、NHKも宣伝することで日本の古代、古古代を分断することが、あたかも国民常識である様な現代世相である。

 世界のどの国も、歴史及び歴史学が、「勝者の記念史」で、その時々の王者の驕りの歴史であり、王者帝王は、中国にみられるように、それ以前の支配者の歴史を抹殺することで、自らの栄ある歴史の存在感を示して来たのである。漢文、漢字が支配者が変る度に新文字を作り、天文学的数字を示すのは、国と王が変るたびに漢字を増やすことを、権威のよすがとしてきたからだという。煩雑を避けた韓国のハングル、毛沢東の漢字の簡略化は、文化、文明中断の最たるもので、その後の文明の発達を大幅に後退させたのを見ても理解できる。

 ホツマ文字は、きわめて素朴な文字で稚拙であることは事実だが、ホツマ研究者は中国を含め、東南アジア文明の中で「象形文字でない特性」であること、貴重で奇特な歴史的権威をもつものであること、絶大なる誇りを世界に宣伝できる文化所産であることなどを、日本民族の誇り得る文化遺産だと理解しているのである。

 

神学的意味への発展

 米国の日系教授が「意味学」(セマンティークス)という学問を系統づけられたが、「ホツマの一字一句」が象形文字とは全く関係のない「精神的意味」が込められている。そしてそれが、多面的な精神的意味を含んでいる。そのことが「神学的意味」に発展する。現代の祝詞に代表される「ヤマト言葉」は、民族の正史「ホツマ」よりも極めて狭義な教条的意味しか表意していない。仏教によって圧迫、圧縮されたのであろう。

   一方、「ホツマ」はニニギ、ニニキ、皇孫アマテラスにより、「ワ力」が広められ、ワ力姫が存在し、三千年の古古代に「ワ力」は精緻な文学的レベルに達している。「ホツマ」はそれ自体が七七五に至る詩の連鎖である。字数五、七の行列にみごとに統一された「人間讃歌」である。そして、一筆節毎に文学的な句節でとじられ、天、地、人の分類で壮大な日本民族への教訓と、人の「オキテ」が諭されている。十二万語に及ぶアマテラスから、垂仁天皇に及ぶ数百年の王、皇の事蹟と、「ミコトノリ」に満ち満ちているのである。

   しかし、他の宗教、仏教、キリスト教、回教の様な布教のための押しつけと、戒律を課していない。古古代蛮族に日本語の統一強化の為の宣撫班(教本)の意味を持ち、王、皇の生き様そのものが「ノリ」「範」「律」「法」なのである。他宗教にみられる「虚飾」がないのである。湛々とした古代日本人のあからさまな「愛と憎しみの叙情詩」なのである。「神学の原始教典」であり「生き、死に様の教典」なのである。「ホツマ」では改めて日本人、日本民族の教義とは、「神は現人神」であり、「神は人なり」であり、「哲学」の論理の晦渋さはない。「人なりの道」という宗教真理なのである。日本人の他宗教に心酔なさっている教徒の方々も、神棚のあるまともな家庭に育った日本人であれば、もう一つの日本人の「心の根」をお持ちなのであろう。

「ホツマ」を学ぶと、「神道学」という言葉に、殊更に言い変える必要のない「人即ち神の道」「人の道しるべ」であることが理解される。

 漢易に「元ゐを正さざれば−然してその道に生く」との言がある。現代日本の識者、皇室が十二万語の古語、古文字を偽書として干三百年しりぞけ続けてきたことは、民族の「心意の原典」を知らず、キリスト教徒と回教徒の血の争いを目前にして、日本民族の方途を見失うばかりである。

 民族の節度とは、自ら民族の歴史の折節を正確に正鵠に見詰める目を、不断から養い続けてきた栄光により与えられるものであることは確かである。

日本人の責務

 今、地球人が基督教徒と回教徒と仏教徒(中国人の覇権主義)の三つどもえの民族の利権を、戦争と経済抗争の坩堝に入りこもうとしている時、「闘いの根にならない宗教」「古代神教徒」の日本人の歴史再発見と自覚が、近代宗教戦争にカンフル剤、緩和剤を国連に注入できる唯一の民族となり得るのである。
 必ずや、私達「ホツマ」で国開きをしたという教典で、日本人のDNAの中にひそむ五千年の文化史と民族の精神を再研鑚、再検証することが、地球人規模で先進国民に昇格した日本人の個々の責務でもあろうと思われる。

 私をホツマに誘い込んでくれたのは、日本大学法学部大学院博士課程の第一回修了者の同期生である中野区自民党幹事長沢直和氏で、誠に不純な動機である。運輸大臣の第一秘書を永く務めた彼の仲間が、オーム教に負けない右翼的な宗教団体を創るについて、天智天皇の内妃大友之皇子の母、伊賀之妥女宅子之娘の子孫、神様苗字の「福持城主」の末裔に超古代の神話を勉強させ、教義を作らせようと衆議一決したから、ライオンズクラフのメンバー高畠が主宰する「古古代文の集い」に足掛け 五年、毎月一回、中野区役所のフォーラムに通学させられたのである。勉強会のお陰で苗字の由来も、天皇家百二十四代(二十年一代として二千五百年)。福持家百二十六代で二千七百年の家系の事実も判明した。伊吹山の山神イブキドノカミのフク、幼名のモチタカのモチと重ねて「フクモチ族」で、伊賀上野近くの福持城城域に酒解神社があるが、その由来等は後程。
                以上『本の街』5月号より転載

「古古代史ほつまつたゑ」解説

 さて、平成15年5月23日(金)西神田、昔の研数学舘向いの「ちよだボランティアセンター」にて、「本の街」に時々気侭に執筆した古々代文字「ほつまつたゑ」の第一回の講演をさせて頂いた。

 当日、真面白に資料を整えて参上したが、三上理事長から「気軽に、どうぞ」と、気持ちをほぐしていただいた。

 雑学大学の会員の皆様は、「何でも聴いてやろう」の精神に溢れた好中、老年のおじ様、おば様であって、文献の解説、紹介にはあまり興味がなさそうなので、代々の医者の裏話、父の日本橋人形町、芳町の花柳病々院のお話、非公開のお話、私の生まれ育った蛎殻町の艶話を公開申し上げている内、あっという間に時間切れとなり、向かいの宴会場へ。
 そこで三上大人から「二次会がこんなに盛り上がったのは初めて」と、お褒めを頂いてしまった。とっつきにくい古代話も、次回からは心を開いて聴いて下さると思う。

 さて、すべての日本の権威ある考古学者が、「ニセ石」に振り回されて、一斉に恥さらしをなさった。今度は科学的検証とばかりに、縄文時代をアコーディオンのように引き伸ばしたり、縮めたり、国民にしてみれば何を考えているのだろうと、却って権威の失墜をしている。

 総括して我が国の歴史学者が歴史を整然と遡及することのできないのは、天皇古墳を国民感情と称して霊域化する宮内省、政府、文化省、政治家、ひいては国民の連帯責任である。今や科学的、文化、芸術的先進国と自認しているのに、何億光年の彼方の物理学であるため、宇宙科学が解明できない「ブラックホール」の如く、歴史学的に僅か二〜三千年の日本民族の偉大なる歴史とその文化、文明、遺産を「神代」と称して慣らず、避けて通ることはまことに異常としか言えない。

 昭和天皇を始めとして、皇族男子は何故か政治学、法律学、社会学を学ばない。天皇が権力の象徴でなくなった今、この事も可笑しい。どなたも生物学を学ばれる、そうする事が無難だと、側近の誰かが考えるのであろう。
皇族が自然科学者であるなら、工業立国が競う地球規模で、酸性雨、オゾン層の破壊、農薬の浸透、古墳内の金属、布切れ、そして、もしミイラ化した「神体」があればなおのこと、古代天皇の古墳遺産は近代科学的保全、保存処置を施す事が常識であろう。

 近代化を推進して百五十年も経て、日本人の生を司るシヤーマン的神道、死を支配する仏教のタフーを固執することも結構だが、ツタン・クァーメン王の発掘は是で、古墳の王族の発掘は非とは近代社会ではナンセンスである。

 超古代文字を榜示したシヤーマン氏族、物部族を、日本国完全統一支配のため仏教側に組して、剣をもって戦いに挑んだ聖徳太子の業績を賛美する事に異論はないが、紙幣の印刷程度に留めて置くべきで、国教を持たないと宣言している日本国憲法下で、天皇古墳の人文科学的解明と公開再保全は、神事ならびに仏教を含めて宗教的冒涜には相成らない事を、国民的近代国家国民意志として民族判断をし議論の上、世論とすべきである。皇族一族の専有差配をすべき歴史遺産では最早ないという世論が形成される時期である。

 「ほつまつたゑ」がよしんば物部側の文化遺産であったとしても、日本民族の精神的文化遺産である限りにおいて、二千年の時空間に於て近代天皇の宮内庁官僚の排除、隠匿すべき民族遺産文書ではない。そういう文化的偏狭に組して、近代知識の代表者である歴史学考古学者に、公平性の視点に偏りがみられるのは、低俗のかぎりで嘆かわしいと思わざるをえない。
 「ほつまつたゑ」を勉強したら神主の資格を得られないと聞くが、大学の権威に関わる民族的視野である。キリスト教徒とアラブ回教徒の国際政治的仲介者として、乗り出さなければならない穏健な宗教意識の日本国政治家の課題でもある。

終わり


  『本の街』平成15年7月号より転載



編集後記:
・WEB読者の便宜のため、目次をつけました。
・明らかに誤字・脱字と思われる箇所は修正しました。
 以上ご了承ください。


会場写真撮影:橋本 燿
HTML制作・編集:大野令治