神田雑学大学2003年8月29日講義

CMこぼれ話

講師 来宮 洋一 


目 次

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講師紹介

CM制作 これまでに500曲以

作曲には日本語のアクセントを忠実に生かす

体に覚え込ませた58.5秒

ロマンチックな少女趣味の曲作りは楽しい

キャバレーソングでこんな競作も

選挙運動用に抒情歌ふうの横須賀讃歌を






講師紹介


来宮 洋一(きのみや・よういち)氏


 作詞・作曲家 ジャズピアニスト
来宮音楽研究所代表

1927(昭和2)年 東京生まれ
湘南高校 青山学院大学卒業
東宝株式会社宣伝部勤務を経て
1962(昭和37)年独立
テレビ・ラジオのCM、社歌、讃歌等の作詞・作曲・制作

ピアノ、作詞の教室で新人育成に尽力

歌人、歌学者で昭和天皇、美智子皇后に和歌を御進講した佐佐木信綱を祖父に持つ

CM制作 これまでに500曲以上

 今夕、雑学大学へは1年7か月ぶりにお邪魔いたしました。
 古い唱歌に、もういくつ寝るとお正月……という歌がありますが、私、このところ口ずさんでおりまして、私が待っているのはお正月ではなくて誕生日であります。
 いつぞや専門家に体感年齢を測ってもらいました。生理テスト 心理テストを受けコンピュータで結果をだしてもらったところ、なんと私の「体感年齢は51歳」という結果を得ました。嬉しい結果でした。
 それから私は、70代には70代の、80代には80代の青春があると思うことにし、体感年齢はいつも若さを保っていたいと思います。
 誕生日が近づく度、この気持を強くしております。
 私、あと五つ寝ると76歳になります。

 さて、これまで私の仕事の大きな部分はCM制作が占めておりました。
 CMというと広い意味では宣伝歌でジャンルは多岐にわたります。TV、ラジオで放送されるものに限りません。市町村の歌、町おこしや村おこしの歌、企業や団体のイメージを歌ったものもすべてCMという範疇に含まれます。

 私は40年来、作ったCMは500を超えましょうか。そうした中から幾つかの作品を録音テープで紹介し、それにまつわるCM制作についてのお話を申し上げます。

 最初は「泉郷(いずみごう)の四季」、作詞・作曲は私です。
 春 若草色の 息吹きがはじけ
  さわやかな風は遠い日のオルゴール
 人は皆 こま鳥の声に 酔いしれ
 ああ 今 ここに
 泉郷の生命(いのち)は目覚める

(2〜4節 略)         
 泉郷とは八ヶ岳南麓にある分譲別荘地です。ここを売り出した八ヶ岳中央観光(株)に依頼されて讃歌を作りました。社長が音楽に対して造詣が深く、バイオリンを加えたオーケストラ編成を申し出てくれたり、女声コーラスをバックに、ベテラン佐藤光政が歌い上げるというぜいたくな作りになりました。

 今から20年前、私のように作詞と作曲を一人でこなすという例は珍しく、そのせいか重宝がられて、注文が随分舞い込み、以来500近いCM作品を作りました。

作曲には日本語のアクセントを忠実に生かす

 作詞・作曲にあたって私が心掛けている点は、日本語のアクセントを大事にするということです。アクセントに忠実にメロディをつけることをいちばん大事に思っています。今の若い人の歌を聞いていて何を言っているのか分からないものが多すぎます。これは詞にも曲にも問題があるでしょうが、アクセントを逆にしたような表現では意味が通らないんです。
 だからますます、私は日本語のアクセントに忠実にやっています。私の作品から幾つか聞いていただきますが、そういう私の意図をお感じいただければ幸いです。
東武ロマンスカー」

 走る走る東武
 乗ろうよ東武のロマンスカー

 幸せの夢 みんなの夢乗せて
 行こうよ 日光 鬼怒川へ
 ノンストップでつっ走れ
 このCMは10年ほどテレビで流れましたから、ご記憶の方もいらっしゃいましょうか。これに関連して「鬼怒川温泉ホテル」のCMもひところ随分テレビで流れました。
鬼怒川温泉ホテル」

  行こう行こう 鬼怒川へ
  ロマンスカーで つっ走れ
 鬼怒川 鬼怒川 鬼怒川温泉ホテル
 サービス一番 楽しい朝のバイキング
 みんなで行くなら 決めたぞ ここに
 鬼怒川温泉ホテル ハイ! (鬼怒川)

体に覚え込ませた58.5秒

 「東武ロマンスカー」も「鬼怒川温泉ホテル」も時間は58.5秒です。これはCMフィルム制作の都合上、音声は頭1秒、終わりは0.5秒のアキが必要でしたから、音楽は58.5秒で完結しなければなりませんでした。
 CM音楽は作曲者が指揮棒を振り、スタジオ収録するのですが、長くても短くてもいけない。許される誤差は3分の1秒……。となると、前の晩から頭の中は秒数のことで一杯です。ストップウォッチ片手に、タクトの振りを体に覚えさせたものです。
 時間に関してはたいそう神経質になりました。
 今はデジタル操作でこういう苦労はなくなっております。極端に言えば、演奏者がそこに居なくても曲ができるようになっております。ワンタッチ編曲が可能です。
 アナログとデジタルではこんなに違います。便利になりましたが、少し前まではすべて手仕事でしたから、そんな苦労がたくさんありました。

ロマンチックな少女趣味の曲作りは楽しい

 宝塚の仕事をしたこともあって、私はロマンチックな、少女趣味の曲を作ることが好きで、得意であります。
 そういう曲ができあがりますと、家のベランダから夜空を見上げながら、何回も繰り返し聞きます。ささやかな自己陶酔の時を持つ(笑)。
 池袋にある「バルーン」というビア・コーナーのCMはそうした要素をふんだんに盛り込みました。ここでは歌詞としては2フレーズを散らし、あとはクラリネットやピアノ、ギターなどのアドリブで BGM風に30分ぐらいにまとめました。
 この曲の場合、卓越した技術を持つ演奏家のアドリブ演奏がみごとに生きました。池袋のデパートのビア・ホールのあるフロアでは、この曲が終日流れておりました。
 私の場合、演奏家としてはチャーリー石黒と東京パンチョス、あるいは原信夫とシャープス・アンド・フラッツといった、当代、トップクラスのメンバーに参加してもらいました。
 ピックアップメンバーによるCM制作はそれぞれのプレーヤーのスケジュールのアレンジ、それに合わせたスタジオの手配が込み入った仕事になります。深夜に収録することも珍しいことではありません。短いCMでも、裏には長い時間をかけての準備、真夜中の吹き込み作業といった苦労がございます。
 CMソングは歌い手、作詞、作曲者の名前は紹介されません。クライアントからは、一切お任せのかたちで注文を受けます。が、例外としてスポンサーから歌い手さんやグループが指名されることがあります。
サンヨーレインコート」
 
 パッと心に焼きついた
 うしろ姿のカッコよさ
 サンヨーレインコート   サンヨーレインコート
 テレビ、ラジオで長い期間放送されましたから、お聞きになった方も多いと思います。これはスポンサーからの指名でデュークエイセスに吹き込んでもらいました。この曲が好評で、間もなく洋服のオンワード樫山からもCMの注文がきました。

 伴奏がピアノだけの試作品を聞いた樫山社長は「童謡みたいだね」。

 ドラム、トランペット、ベースが入ればグンと締まりますと申し上げると、「その楽器を入れて試作品を作れば……」とおっしゃる。
 そんなことではコストがかかりますというと、「構わん、やってみて」とのご託宣です。
 第二次試作品を聞いた社長、「軍歌みたいで勇ましすぎる。洋服のイメージはもっとやわらかいほうがいいんじゃない?」。クラリネット、サキソフォンが入ります、ご心配なくと申し上げると、「それらも入れた編成でもう一度」と要求は次第にエスカレートしていきました。
 こうして第三次試作品でようやく「ああ、いいね」。
 結局、本番と同じくらいの経費がかかったテスト版になりましたが、こういう歌であります。
 「オンワード樫山」

 オンワード
 街を行けば オンワード
 みんなが着ている オンワード
 雲のマークに 地球のタッグ
 トップレベルのオンワード
 世界の洋服 オンワード オンワード
 このころは時まさに高度成長期でしたから、こういうCMは作詞30万、作曲30万円で合計60万円というギャラを頂戴しておりました。
 デフレの当今、作詞・作曲合わせて30万円になるかどうか。私はいい時期に巡り合わせたものでした(笑)。昭和48年、国税局の高額所得者発表に末席ながらつながりました。最初にして最後の経験であります(笑)。注文が次々に入った時代でした。

キャバレーソングでこんな競作も

 昭和40年代半ば、キャバレーソングの注文が入りました。作ったことがないジャンルです。自分が通っていたクラブの状況や雰囲気から、キャバレーではこうもあろうかと勝手に想像し、「白い指を絡めて……」などと予め詞を書きました。
 そして打ち合わせに行った先が「ウラシマ」というピンクキャバレー。
 サムライ風の社長が出てきて、交換した名刺には大きく浦島太郎(笑)。
 営業部長が「どうぞ、店内ご一見を」と、チェーン店3軒を案内してくれました。実地に行ってびっくりしましたね。とにかく真っ暗で何も見えない。「白い指を絡めて……」なんてとんでもない。現実は暗黒です(笑)。
 おまけに浦島太郎社長が「30秒のCMにウラシマという言葉が5回は入るか」という質問。「そんな……。それじゃ詞にならない」と言うと、社長「そうしないと宣伝にならん。どうか入れてくれ」(笑)。
 「じゃ何とかしましょう」。
 制作にかかると、風呂、トイレに入っている間も、「ウラシマ」というキーワードを呪文のように鼻歌で繰り返し、半日で作り上げました。
 普通、私は作詞に3〜4日、作曲に2〜3日と割り振って作業をしますが、「ウラシマ音頭」は半日でできちゃった。
ウラシマ音頭」

 ソーレ ソレ行け ウラシマ
 呑んで踊ってウラシマ
 いつも楽しいウラシマ  ソーレ
 若さいっぱいウラシマ
  ジョーイ ウラシマ
 ジョーイ ウラシマ   ウラシマ      
 30秒間の歌の中、「ウラシマ」という言葉は7回入っております(場内 笑)。

(2節、3節 略)

 12チャンネルの「深夜劇場」で毎晩このCMがかかり、一遍にこの歌が広まりました。するとウラシマの競争相手のピンクキャバレーから、「うちのCMも是非、ウラシマの作者に作ってほしい」という注文がきました。
 こちらは「天国」というキャバレーでした。キャバレーという同じ業種、しかもさして遠くないところにある店のCMを作るのはどうも……と天国の社長に申し上げると、社長、にわかに居住まいを正すと「ウラシマ音頭」を1節から3節、朗々と歌い、「こんないい曲はない。だが、これを上回るいい曲を作ってほしい。ウラシマのギャラより5万円上乗せする」(笑)。
 やむなく引き受けました。私は新宿の居酒屋で焼酎を飲み、ホロホロ酔いの気分に浸りながら、3日がかりで詞と曲を作りあげました。
天国音頭」

 天国 よいとこ 夢の国
 かわいい あの娘が待っている
 ソレ行け ドドンと天国へ
 呑んで踊ってヤッコラサノサ
 一度行きたい 天国へ ソレ!

  天国 お色気 花の園
  かわいい ホクロは誰のもの
 ソレ行け ドドンと天国へ
  呑んで歌ってピーチクパ
 一度行ったら 二度三度 ソレ!

  (以下 略)
 さぁこれでどうか。恐る恐る作品を持って社長のところに参上しました。
 すると社長、二度、三度、四度と聞いて「やぁ、これはいい。傑作だよ。ウラシマよりずっといい」(笑)。すっかり気に入られて、近くの店のトンカツをご馳走してくれ、「どうぞ、これからはうちの店にも来てよ」。
 その後、勉強と思って「キャバレー天国」へ行きました。相変わらず店内は真っ暗(笑)。店長がすぐ社長に電話して「音頭のセンセイが見えてます」。社長からは「センセイから金取るなヨ」(笑)。
そして、店長のはからいで、この「天国音頭」が店内にじゃんじゃんかかった(笑)。
 こんなところで自分の曲を聞くのも、センセイである私がお色気を求めることもいかがなものかと思うし、横に付いたホステスも気兼ねしている様子がアリアリ(笑)。
 タダの接待は、何とも気詰まりなものでした(笑)。
 ところで、このCMで「天国」がスポンサーとしてテレビの深夜劇場に参入しました。すると、深夜劇場の番組のCMで、「ウラシマ」と「天国」の競演となった。
 時は昭和48年、オイルショック前後のころ、自作のCMが立て続けに流れる深夜劇場を見ていた、CM作者としては何ともこそばゆい競作の思い出です。

選挙運動用に抒情歌ふうの横須賀讃歌を

 私の旧制湘南中学の後輩から、横須賀市長選挙の候補者の選挙運動に宣伝歌を作るよう頼まれた時のことです。歌を利用した市長の選挙運動などそれまでになかった戦術です。
 打ち合わせで、「歌の中に候補者の名前は何回ぐらい出ますか」と、キャバレーソングの時と同じ質問が出ました。
 私は「候補者の名前は選挙カーが連呼するでしょう。そのうえ音楽で候補者の名前を繰り返しては、運動が野暮ったくなってしまう。それより明るい横須賀をイメージする讃歌を作りましょう」ということにしました。
 候補者を印象づける策としては「テープケースに候補者の顔写真を刷り込み、讃歌のテープを聴衆にお持ち帰りいただいたらどうでしょう」……。
 ということで、作詞には相当、気を遣いましたが選挙用に作り上げた讃歌が「横須賀に虹を」という曲です。
横須賀に虹を」

 青い海に 夢が光る
 緑の町 横須賀
 さあさ 力を合わせて
 みんなで 架けようよ
 横須賀に 虹を
 希望の虹を架けようよ

 (2,3節 略)
 東京混声合唱団が歌ったこの曲は、運動期間中、常に選挙カーから流れました。
 演説会では、舞台構成や演出も頼まれ、ライトやスポットの照明に工夫を凝らし、私がエレークトーンを伴奏、合唱団が讃歌を歌う中、候補者が登壇して演説をするという新機軸の選挙運動となりました。帰り際、聴衆にテープをお渡しして、これが評判となり、見事、この候補者は当選され、以後5期にわたり市政を担当されました。前横須賀市長・横山和夫氏であります。
 自分で言うのもなんですが、この20年前の歌が古いという感じはしません。
 はじめに申し上げましたように、日本語を大切に、アクセントを大事にしようという気持で歌を作っていけば、聞く人たちの共感を得られると、改めて強く思います。

 ひとくちにCMといっても、企業の社歌、企業のイメージソング、宣伝歌、また選挙にも使われるCMとさまざまあり、過去40年、その仕事に携わってきた者としての感懐を、この機会を得て、お話し申し上げました。

(場内 拍手)
構成 阿部 宏
会場写真撮影:橋本 燿 HTML制作:大野令治