神田雑学大学 平成15年10月24日講義録

神田雑学大学講座187回

世界一周にかける大人の夢
(クルーズの魅力と舞台裏)

講師 郵船クルーズ 森本靖之

 

プロフィール

1962年神戸商船大学卒  日本郵船入社。  ニューヨク航路、ヨーロッパ航路など郵船主要航路の花のキャプテンを経験。 1989年建造プロジェクトに参加。専務取締役で退任。現在郵船クルーズの常勤顧問。飛鳥クラブ会長。

はじめに

森本でございます。今日は、船と海、船旅の楽しさ、海の素晴らしさについてお話致します。最初に、客船についてまだよくご存知ない方のために、PR用のビデオを上映しましょう。飛鳥とはどんな船か、まず目で見て戴き、それから私の話に入ります。

『ビデオ上映』
目的地は、海を越えてやってくる。そんな旅をあなたは経験したことがありますか?。果てしなく広がる大海原。デッキにふりそそぐ明るい太陽。誰にも束縛されないあなただけの時間。 クルーズには目的地に着くまでの移動の時間を至福の時に変えてくれる魅力があるのです。 あなたもクルーズの旅に出かけてみませんか・・・・…。 と、いうナレーションから始まる15分で飛鳥の片鱗を覗かせる。

●海の力:

三好達治の詩に

"ぼくたちの言葉では、海よ お前のなかに母がいる"

フランスの詩には

"母よ あなたのなかに海がある"

地球が誕生して48億年、海が出来て40億年と言われる。そして偶然が積み重なって人類の遠い遠い先祖の命が誕生した。その場所は海であった。その証拠に、受精卵が母親の胎内に10ヵ月を過ごすとき、胎児を優しく包む羊水と海のPHがまったく同じである。また、我々人間の血管に流れている血と、海の塩分濃度も同じである。間違いなく我々の先祖は海から誕生したに違いない。

私は、時々飛鳥に乗船するが、オセアニアクルーズを行った七、八年前のこと。日本を出て南下してオーストラリアの東岸を廻り、ニュージーランド、ニューカレドニアを経て、ガム、サイパンを訪問して日本に帰るという40日間のクルーズで、乗組員が感動するような場面に出会った。

お客さんのなかに典型的な関白亭主がいた。帰りの航海でニュージランドを終わって、あと2週間で日本へつく。明日はいよいいよニューカレドニアのヌメアという港に入るという前日に、奥様が自室のバスルームで転倒して、床に手をついたときに不具合を感じて、診療室にこられた。

ドクターがの診察で、すぐ骨折とわかった。翌日、ヌメアの大きな病院で処置をする為に、ドクターと奥様とご主人と3人で訪れた。病院でドクターがご主人に言った言葉は、「出来たら、ここから飛行機で日本へお帰りください」だった。「しかし、もし、あと10日間、あなたが奥様の面倒を見るとおっしゃるなら、飛鳥で一緒に日本へ帰りましょう」

ご夫婦は二人とも七十歳過ぎ。ご主人は奥様をあごで使う古いタイプの人間で、奥様には軽いアルツハイマー症状がある。ダクターはご夫婦の様子から判断したアドバイスだった。このドクターの言葉にご主人はハラハラと涙を流して、「今まで気づかなかったけど、こいつには色々と世話をかけた。ぜひ一緒に連れて帰って欲しい」といった。このように古くて頑固な人でも、大海原の上では本来の優しい人間に立ち帰るのである。海にはそのような力があるのではないだろうか。

世界一周のリピーターで、よく乗ってこられる全盲の方がおられる。 いつも奥様に手を引かれて乗船する。何も見えない方なのに、船のプロムナードデッキに2時間、3時間ともたれて、 海の風に当っている。視力がないために、それを補う感覚が健常者より優れているにちがいない。

「陸が近づいていませんか?」などと問い掛けられることがある。 確かに、陸が近づくと風向きによって匂いが変わってくるのだ。たとえば、韓国の釜山港に近づいたら、遠くからキムチの匂いが漂ってくる。何も見えない方でも、大自然を充分に楽しんで戴けるのが、クールーズである。

世界一周クルーズの場合は、ドクター二人、看護婦二人が乗船する。 社員ドクターが一人と、お客様の医師でクルーズドクターの制服を一度着てみたいという方がおられたら、その方と二人となる。 もちろん給料はお払いするが、この仕事、実は大変人気が高い。そのドクターが100日近い世界一周旅行をして終えてきたとき云うことは、 「いや、これが本当に海の力なんだな」である。

これらの長期間旅行をされるお客は、ほとんどリタイヤされた方である。平均年齢も70歳前後。そういう方は血圧が高い、 痛風の気がある、血糖値が高いとか、フェアウエイから外れている数値を持っている。 その方たちが出航直後に計った数値と、明日帰港という日に計った数値は、ほとんどの方が下がっているのである。

その気になって食べれば一日七回の食事機会がある。お客様の一番の心配は太るということで、 船内のプロムナードデッキ一周370mを毎日一所懸命に歩いている人がいる。ジョギングの人もいる。 もちろん、規則正しい生活をする人もいる。外地に寄るという適度な緊張感もプラスに働くのだろうが、やはり海が持っている本来の力が、 人間が持っている自然治癒力を増幅させる効果があることは間違いない。

旅と船旅:

クルーズに申し込んで、横浜から乗船されるときのお客様は、頬が引きつっている。これから100日間この船で過ごし、知らないところへ行って、どういう未知と遭遇するのかという不安と、旅への期待が交錯して思わず表情に表れる。その昔、日本人人の旅の始まりは、お伊勢さん参りだった。

我々世代の旅の源体験は修学旅行だった。ただし、修学旅行は決められた場所へ、決められたスケジュールで行き、名所旧跡の前で集合写真を撮るのが定番で、流れ作業の旅である。修学旅行では色々なところへ行った筈だが、印象に残っているのは泊まった旅館の枕投げだけである。

旅は、電車を使い、バスを使い、飛行機も使うのに、船でいく旅の場合はわざわざ「船旅」という。それは何故かというと、その旅には「心」があるからである。旅と心を足したものが、船旅である。些か我田引水的であるが、私はそう思う。旅への誘いは、金券ショップをはじめ、駅前の旅行取次ぎ店に置かれているパンフでうるさい。

ハワイ4泊5日5万円とか、ロス往復6万円とか、どう考えてもそんな値段は出せないような安い旅、あるいは早く行って帰ってくる旅など、旅の技術は著しく進化した。しかし、それらの旅行業者は、何かを忘れているのではないか。それは、「心」である。その「心」は船旅にこそ残っていることを申しあげたい。

ときどき、飛鳥は初寄港地のローカル紙に載る。岩手県の大船渡港や宮古港とかに着くと、岩手日報あたりが第一面にカラーで、「飛鳥来る」と報道してくれる。だが、飛鳥の前に「観光船」とある。琵琶湖あたりに浮かぶ観光船ではあるまいしと、内心思った。

この観光について聞いた話を申し上げると、読んで字のごとく「光を観る」である。何の光か。人は感動すると、自分の心がパッ光る。その光を観る。感動しないものは観光ではないという。岩手日報がそれを知った上で観光船と書いてくれたなら、まさしくその通りである。快哉を叫んだのである。

客船からクルーズ船へ:

観光船という客船はいつ頃に出来たのであろうか。 客船そのものは、イギリスからアメリカへ向かう大西洋横断船や、日本からアメリカへ行く太平洋横断船などが移動の手段として第一次大戦後に出現している。もちろん船内には素晴らしい設備が整っている。

移動の手段としては、1960年の後半から大量輸送のジャンボジェット機が、客船に較べて遥かに有利で輸送効率がいいという時代を迎える。しかし、1970年代にアメリカを中心として、速さを競う移動の手段としてではなく、船内生活を楽しみ、寄港地の観光を目的とするクルージング超大型船が開発された。

アメリカの場合、フロリダ半島からカリブ海半径300マイル――600マイル(1000km)に点在する特徴のある島々がある。このエリアは夏のハリケーンの時期を除けば、常夏の静かな海である。いい環境にも恵まれて、この新しいコンセプトによるクルーズが非常な人気を博した。

世界の客船

1.ナビゲーター・オブザ・シー  14,2万 総トン  3,800人
2.ボイジャー・オブザ・シー   13.8万 総トン  3,800人
3.カーニバル・グローリ     11.0万 総トン  3,100人
4.グランド・プリンセス     10.9万 総トン  3,100人
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20.クイーン・エリザベス-2    7.0万 総トン 
 

日本の客船
飛鳥                2.9万 総トン  600人 193m
パシフィック・ビナス        2.7万 総トン  720人 174m
ふじ丸               2.3万 総トン  620人 167m
にっぽん丸             2.2万 総トン  600人 167m


世界のクルーズ人口
アメリカ(含・カナダ)       700万人以上
イギリス               80万人
ドイツ                50万人
日本                15万人 

日本のクーズ事情:

皆さんは世界一の客船というと、多分クイーン・エリザベスを思い浮かべられると思う。ところが現在時点で二十数番目の大きさでしかない。先日、三菱重工の火災事故があったダイヤモンド・プリンセスが約11万 総トン。カリブ海には14万総トンクラスの船が5隻、10万総トンクラスが14隻就航している。

今年末に就航するクイーンメリー・2世はフランスの造船所で建造中だが、15万総トンである。その命名式にはエリザベス女王がご臨席する。運航会社はアメリカのカーニバル・プリンセス鰍ナある。それより大きい潟鴻Cヤル・カルビアンは16万総トンの客船を発注した。それを聞いたカーニバル・プリンセスは更に17万総トンの船を発注した。しかも2隻。

それで採算が取れるほど、クルーズ人口が多いのである。 実は、日本郵船ではアメリカのマーケットを対象にクリスタル・シンフォニーを運航しており、今年クイーンメリー2を建造したフランスの造船所で造ったクリスタル・セルニティを発注した。

フランス人は納期が迫っているのに、バケーションをしっかり取る。日本人にはちょっと考えられないが、フランスに限らず、イギリス人もアメリカ人も 先進諸国の人たちは、メリハリのある生活をする。だから一週間の船旅に乗ろうかと余暇の工夫をする。日本人の場合は、有給休暇の過ごし方が上手くない。 自分自身の現役時代を省みても、忸怩(じくじ)たるものがある。

アメリカのクルーズ人口は、今や800万人となった。9.11テロやサーズの問題があって若干減少しても、 年率8%の着実な伸びを示している。これに対してわが国は15万人。研修船(洋上大学)まで含んでこの数字である。 四面海に囲まれている我が国としては極端に低い人数である。まだまだ潜在的な需要があるのではないかと思う。 数百年に渡る鎖国政策が影響しているのだろうか。

クルーズとは:

クルーズとは何かと云えば、

A(Accommodation)心地よい空間

C(Cuisine)おいしい料理

E(Entertainment)おもてなし、遊び 


以上、ACEという三つの要素でなりたっている。 このうちどれか一つレベルが落ちるとか、面白くないとかがあれば、他の二つが良くても、その船は失格である。すなわち、 リゾートの要素をすべて備えていなければならない。クルーズビジネスのことをトータルリゾート(Total Resort)ビジネスと定義される所以でもある。

飛鳥は客数550人に対して、乗組員は270名である。乗員の全員が日本人であるとコスト的に苦しく、 もっと高い乗船料になってしまうので、18カ国籍乗員でやり繰りしている。それはPRビデオでご覧の通りである。 しかし、日本船籍の船であるから、船長、機関士など運航に必要な免状を持つ有資格者は、 すべて日本人、日本郵船の社員である。

サービス部門、たとえばホテルマネージャー、クルーズダイレクター、エンターティメント指揮者、キャビンスチュワデス、ハウスキーピングマネージャなど、特に日本政府が定めた資格を必要としない部門の責任者は外国人を採用している。お客様は100%日本人である。したがって、日本の習慣、マナー、言語などは厳しく基本教育をする。

外国人の乗組み員は一回ごとの乗船契約で、終身雇用ではない。しかし、彼等の会社に対する忠誠心(ロヤリティ)の高さには感激する。日本語を覚え、老齢者に対するきめ細かいサービスをする。かといって決してでしゃばらない。優しい微笑みを絶やさない。お客様が「家に連れて帰りたい」という乗務員が大勢いる。だが、これは日本の法律で禁じられている。

飛鳥には、そのような人たちによって、素晴らしい空間がつくられている。もちろんメンティナンスも大変である。あの空間の中でお客様が活動すると、埃も出るし、絨毯も汚れる。それらは、お客様がお部屋に引き取られたあとにナイトクリナーの仕事になる。そしてAccommodationが保たれるのである。

食べる事。これが最も大事なことである。私が飛鳥の設計に携わったとき、ホテルオークラとタイアップしてギャレイー(厨房)の設計をした。豪華客船といえば、当然フレンチのフルコースと思っていた。日本料理の提供もできるが、主としてウェスタンスタイルの食事が出せるようなギャレーの設計をした。

そのうち何年か経って長期クルーズに乗り込みをした。1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月クルーズを続けて判ったことは、日本人のお年寄りにナイフとフォークの料理は、3回続けては絶対に出せないということだった。やはり、日本食である。 そこで、ギャレーも日本食用に改造した。

日本食は、はっきりいって材料費が高い。 アメリカで運航する郵船の客船クリスタル・シンフォニーに乗ったことがあるが、朝食のメニューにジュースが10種類も並ぶ。 朝からビフテキを食べる客もいるから、すべてのオーダーに対応できる態勢をとっている。しかし、その船クリスタルの食材費は、飛鳥の食材費を較べると、半分以下である。

如何に我々は高い食材を買わされているか、あるいは日本食の食材が高いか歴然としている。理由も判っている。世界一周クルーズのために先回りして調査するとともに、食材を仕入もする。日本の一流のホテルや料亭の場合い、たとえば、キウリはまっすぐでなければならない。曲がったキウリをはねる。茄子でも姿形がよくて、味のいいものが選ぶ基準である。

飛鳥のプロビジョンマスターとかシェフなども、食材屋に案内されて行くと、曲がった野菜ははねる。それが向こうの人にはわからない。なぜ、曲がったキウリが駄目なのか。そのようなことも、日本食の食材を高くしている一因になっている。

特に世界一周をすると、日本以外の国で日本食の食材を調達すること自体が難しい。 郵船のコンテナー網がワールドワイド世界中に張り巡らされているので、寄航する港に先回りして、 20―40トンコンテナーで送っている。そのような経費も含めるから、どうしても高くつく。

エンターティメント

: 飛鳥の場合、ブロードウェイから呼んだショウダンサー(シンガーも含むプロダクション・ショウ)をお見せしている。ダンサーは10名。更に10名編成のオーケストラバンド、4人のフィリッピンダンサー、ボーカリストなどが常設で、ほかにゲストエンターティナーを迎えている。

お客様の方も、世界一周クルーズになると100日もあるわけだから、色々な勉強ができる。人気のあるのは社交ダンスである。ダンスは体を使うから脚の運動にもなるし、おなかも減るし、非常に好評である。平均年齢70歳近い方たちの中には、頭から「ダンスなんて」と軽蔑している人もいる。

「お父さん。ちょっとやりましょうよ」と、奥さんに促されて、いやいやレッスンに参加したお父さんが、100日間も経ってハワイを過ぎ、いよいよ日本だという頃には、あのクネクネした振りのキュウバン・ルンバなどをダンス発表会で踊るほどに上達している。俳句、水彩画、ヨガ、気功、囲碁、コーラスなど色々な先生に指導を受けて楽しんでいる。

最近はパソコン教室もある。キーボードに触ったこともない方が、横浜を出航してインド洋、スエズ運河を経て、地中海に入った1ヶ月後には、文字変換とかが出来るようになる。お客様と留守宅のメールアドレスも用意してあるので、ある日、お孫さんから返事が来たと、おばあちゃんが涙を流して喜ぶ情景も見られる。その横で、インストラクラーも感激する場面である。

スエズ運河付近では、アレキサンドリアやエジプトの港につくと、そこからオプショナルツアーがあるが、事前にエジプト文化の予備知識を専門家から講義を受けてから遺跡を見学すると、同じ物を見ても全く違った見方になる。イスタンプールなら、東ローマ帝国、ビザンチン帝国、地中海の歴史を学んだあとで史跡を見学することになる。これらは、頭の遊びということになろうか。

 客船経験のない方にアンケートをとると

.どんなイメージですか?の問いに対して

.退屈。船酔い。服装(正式ウエアー)という答えが最も多い。
つまり、ネガティブなイメージが先行しているのである。

飛鳥が初寄港するときは、先行して色々な手配をする。 北海道の根室にはじめて入港した時、市長を先頭に市民が大勢岸壁に集まって、飛鳥を出迎えた。やがて船が着き、お客様が埠頭に降りてきたとき、市民の人々が何を言ったか。「なんだ、ただの人じゃないか」。

どういう人が乗っていると想像したものか。しかし、飛鳥のような客船にはそういうイメージがあるの。であるゆえに、冒頭のPRビデオで一生懸命に宣伝をしている。お洒落をすることも生活の中では大事なことである。しかし、必ずタキシードとロングドレスでなければならないということは絶対にない。

箪笥の奥に眠る派手な衣装でも、海の旅ではそれが非常に映える。90歳ちかいおばあさんでも、ラメ入りの服装で現れても、少しもおかしくない。もちろん普通の背広姿でも結構。しかし、新聞でドレスコード「今日はフォーマルナイトです」「明日は港に入ります。カジュアルでどうぞ」という案内をして、決まりごととして守って戴いている。リゾートホテルなどにも、大体これに近い決まりがある。
しかし、船はそれらと何が違うのか。
船は鉄の塊である。海面に浮かんで、世界中を航行していく。その中で、

A(Accommodation)心地よい空間

C(Cuisine)おいしい料理

E(Entertainment)おもてなし、遊び 


以上、ACEという三つの要素でなりたっている。これがリゾートホテルと決定的に異なる要素である。

安全:航海(気象と海象)

船は何かことがあっても、救急車を呼ぶ、パトカーを呼ぶことはできない。 すべて船内で自己完結的に処置しなければならない。もちろん、次の港で然るべき機関の応援を求めることはある。 冬場の北太平洋はすさまじい天候である。私はコンテナー船(7万トン)の船長として、この時期のこの海を渡ったことがある。 ブリッジの高さは海面から30mほどある。流体力学でいえば理論上、水は(波は)15m以上の高さにならない。


ところが、冬場の北太平洋、特に低気圧の墓場といわれるオホーツク海は、30mあるブリッジの目線と同じくらいの高さの波を巻き起こす。どす黒い塊が押し寄せてくる。波の頂きが風に飛ばされて白くしぶく。レーダーで見ると、波板がトタン屋根のように続く。その向こうに目的港があるから進まざるを得ない。そのような海域も地球上にな存在するが、クルーズはそんなところへは絶対に行かない安全な計画を立てる。

ニュージーランドなどの南に向かうことは、日本が冬、すわち向こうが夏のときである。飛鳥は来年、南極にはじめて向かう。南米の突端と南極大陸半島の間に横たわるドレーク海峡、これは常時南極からの強い風が吹き出して、船がすごく揺れる。それを覚悟で突っ込む。その海峡を過ぎれば、パラダイスベイという大きな氷山が漂う静かな海がある。というように気象・海象に対しても安全なクルーズ計画を作る。

物語ではなく、海賊は今も相当に出没している。海賊のために命を落とす船員は年間60人を下らない。昔の海賊のように髑髏のマークをつけて、黒い眼帯をつけて出てくるわけではなく、普通の格好で中には軽機関銃などを構えて乗り込んでくる。地域はマラッカ海峡が一番多い。インドネシアは3000以上の島に別れており、政府が完全に統治し切れないからそうなる。

フィリッピンの南部、アフリカの象牙海岸付近でも昔は夜、沖に錨をいれて 朝の入港を待つこともあったが、今は絶対にできない。どうぞ、略奪してくださいというようなものだ。20万トン、30万トンの大型タンカーは空船のときは15階のビルほどの高さがあるが、ペルシャ湾から石油満載で帰ってくる時は、海面下は20mもあるが、海面から上は7、8mしかなくなる。

しかも、重量があるから、当然スピードはゆっくりになる。高馬力の船外機で、彼等は必ず後ろからくる。高馬力の船外機で簡単に追いつき、錨を放りあげて船尾に猿のごとくよじのぼる。まず船長室に乱入して金庫から金を出させる。このような海賊事件はいまだに頻発している。幸い客船の場合は、海面上10m以上と脚が非常に高く錨が届かない。第一スピードが速く、海賊船が追いつけない。見張りを厳重に行っており、乗組員は270名もいる。特にマラッカ海峡を通過するときには海賊ワォッチを厳重にしている。

テロ対策も厳重に行っている。最近はイスラム原理主義に皆さんもご関心と思うが、各国ごとに民族、部族、宗教上の紛争があるので、専門的に情報を集め細心の注意を払っている。危ない先は避けて行く先を決めている。イラク戦争が始まったあと、私も世界一周旅行に同行したが、スエズ運河をイラクが攻撃するかどうかの予測が問題だった。

各種の情報分析の結果、イラクはスエズを攻撃しないと判断したが、お客様はリアルタイムに映るNHKのテレビを見ているから心配する。もしもという可能性はあるので、スエズに入る前の港からスエズ飛び、攻撃を受ける恐れがある場合はアフリカ廻りにする予定も立てた。また、テロだけではなく、訪問都市の治安情報も詳しく分析する。

スペインのマドリッドなど、最近は治安が悪い。特に無防備な日本人が狙われる。航空機で外国へ行く場合は、空港の警備体制や、税関の検査の厳しさに長時間かかる間に、外国へ来たことを実感する。ところが客船の場合、目的港が目の前に来てくれる。日本食を食べ、青い目の人でも日本語の応対をしてくれ、朝目が覚めると、そこはベニスであったという状況になる。

歩いて10分のところにサン・マルコ広場があり、パスポートはパーサーオフィスに預けたまま、あり難いことに日本人に対しては入国審査もない。タラップを降りると、いきなりイタリアであるのだが、お客様の方は客船内の印象のままサン・マルコ広場に足を向ける。それからどいうことになるか、ご想像戴けると思う。

第一回目のベニス訪問のとき、全国テレビが取材に来た。日本からこのようなお客さんがベニスへお出でになった。次の港は何処ですか、などとインタービューがあったので、ローマへ行くためにチベタベキヤ港に寄ると答えた。すると三日後、ローマにイタリア中のスリが集まったという。のんびり過ごしたお客様に被害が出ないように、常に情報をインプットして注意を怠らない。

安全には細心の注意を払っている。 訪問都市の危険なエリアには斜線を引いた地図を配ったり、生野菜は食べないように(中南米の一部)、黄熱病、マラリアに特別に留意するようの(アフリカ)とか、予防的な注意をするようにしている。世界一周は訪問国20カ国、港の数では30港以上になる。平均5本程度のオプショナルツアーがあるが、万全の対策、安全の配慮にはキリがない。

世界一周の大事業を終えて無事帰港

横浜を出航するときの、元企業戦士たちの引きつった頬のことは冒頭に申し上げた。そして、その人たちが100日経って横浜へ帰ってきたときの誇らしげな顔。飛鳥の舷側に張った自作の横断幕「ただ今帰りました!98年世界一周」。日焼けした笑顔、顔、顔。何百万円も払って戴いたお客様から「いや、楽しかった。有難うございました」とお礼をいわれる有難いビジネス。

竹村健一先生が飛鳥の講演でいわれた。 「日本人の金融資産は1千4百兆円もある。一人平均1千万円以上持っている。一人亡くなると1千万円をこの世に置いて、あの世に旅立つ。こんな馬鹿なことがあるか。もっともっと、日本人は生活をエンジョイする民族にならなければいけない」

飛鳥のお客様との話で「昔なら孫の家を建てるのに…」といっていた人が、孫も子供たちも今はそんなことを期待していない。おじいちゃん、おばあちゃん。「元気なうちに行っていらっしゃい」というようになった。このような状況が一般化すれば、クルーズのお客様も増えてくるのではないかと、私は思う。

長いながいクルーズがあと三日で終わる日の夜、フォーマルナイトを行う。中にはフランスで仕立てたドレスを召して出席する方もいるが、一般に皆さん着飾って現れる。その時、キャプテンがお客様に挨拶する。 「あと三日で日本に着きます。お宅にお帰りになって、テーブルの前でお待ちになっても、食事は出て参りません。レストランへ行って召しがられて出る時には、必ずお金を払って下さい」


★ 郵船クルーズ梶@ UR L  http://www.asukacruise.co.jp/

終わり


 文  責  三上 卓治
会場撮影 橋本 曜
 HTML制作 上野 治子