神田雑学大学 平成16年2月20日講義録  


講義名 神田雑学大学講座NO203

「木彫と私」

講師 松原 美稲  


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講師紹介

私の趣味

仏像彫刻を始めたいきさつ

日本の仏像

道具(彫刻刀の紹介)と木

仏頭のほりかた(サンプル)

私の得意な仏像

仏像彫刻は物まね

木彫の難しい点

怪我のこと

最近の作品紹介とこれからの木彫

木彫りの仲間



(1)自己紹介

私は、昭和10年生まれ、産地は兵庫県、血液型B,、干支は猪、さぞり座。 先程紹介の有りましたように、昭和33年大学卒業後、元売り石油会社に入社。 昭和59年に縁あって石油開発の世界に転籍。これは石油、ガスを見つけ、生産する仕事です。

新しい石油、ガスの埋蔵を探して、産油国から探鉱、開発、生産の権益取得、或いは、 他の石油会社との共同事業への展開という仕事です。特にタイのガス事業が私の大き な仕事でした。 そして、タイの事業を推進しながら、新規プロジェクトを求めて、石油、ガスの出そうな国を訪問してきました。

特に変わっているのは、ソ連、アゼルバイジャン、インド、ベトナム、カンボジヤなどです。 ソ連、アアゼルバイジャン、インド、カンボジヤでは新規事業は成功しませんでした が、ベトナムでガスを見つけました。 そして、3年前、平成13年退職し、今は、時間的に大きな制限を受けていました趣味に全力で打ち込むことができるようになり、 大いに人生を楽しんでいる毎日です。

(2)私の趣味。

簡単にご紹介しますと。 まず、学生時代からですが、ギターを楽しんで来ました。これも、友人にギターの好 きなのがいたからです。定年までは本当に、ポロンポロンと云う程度でしたが、今は、先生について、フラメンコギターを習って、年一度発表会に参加し、冷や汗を流しております。年に一度、 胸がどきどきさせて、演奏の順番を待つのも、血液の循環にいいかなと思っております。

次は、昭和43年に自宅を購入し、菊とさつきの盆栽にはまりました。 これは、和歌山県の友人に好きな人がいたからです。 秋には、私の菊で沢山の人に喜んでもらいました。 そして、毎年五月は、60鉢のさつきが庭をにぎわしてくれました。 毎朝、会社に行く前に庭の手入れをして、そして、朝食、そして会社と云う毎日でした。 東京に来てからは、土がないため、諦めざるを得なかったのです。

ゴルフは35才の時から始めました。今もやっておりますが、ハンデイは12でとまっています。 なんとか、シングルと思い、一生懸命、特に、バンコック駐在生活の時には、相当やりましたが、素質がないためか、シングルになれませんでした。また、一 昨年、ゴルフ場で骨折して、やく1年、ブランクになり、技量は落ちるばかりです。 現在は冬の間は練習のみですが、3月からプレーを始めます。

それから、これも友人がいたからですが、最近は写真にはまっています。デジカメがでてから、今や、朝4時に起きて、富士山を撮りにいく気狂いの一人になっております。現在でも、富士五湖の周辺は朝6時頃から、カメラの行列です。高価なカメラがカメラポイントにずーと並んでおります。三脚がおけない程、人が多いとは今まで、考えたことも有りませんでした。新しい、経験をさせてもらっています。

それに、現役の頃は、仕事柄、外人との食事することが多かったのですが、彼等との食事は時間が大変長いもんで、英語は喋らないかんわ、食事をせないかんわで、大変でした。 あるとき、先輩から、手品をやれば、結構時間がかせげるということを聞いていたの ですが、ある日、渋谷の百貨店のマジックコーナーで、トランプの手ほどきを受けてから、トランプ専門の手品を手掛けることになり、いまも、時折、頼まれて、やっております。約40ぐらいのレパートリーを持っています。

面白い経験は、ある日、ベトナムのある最高級のホテルの食堂で、時間待ちに、同行していた社員に手品をして遊んでいたところ、食堂のウエイトレス達が、順番に7―8人が集まってきて、お客さんそっちのけで、自分達にもやってくれといいだし、私のマジックにきゃっきゃ、喜ンでくれ、周辺の客も集まってきて、盛り上がったことが有りました。いい思いでです。

(3)仏像彫刻を始めたいきさつ

私が木彫を始めたのは今から約23―4年前です。43才の頃です。 しかし、仕事の関係で、海外駐在やら、仕事での出張などから、実質木彫をしてきたのは18―19年ぐらいでしょうか。しかも、現役の時は、土曜日、日曜日だけですから、時間としては、大変すくないものです。プロは五年やると、かなり、一人前と言われる腕前になるようです。

その頃、私は、ある外人について、英語の勉強をしていたのですが、その先生が、アメリカに帰国する時に、土産が何が欲しいか聞いたところ、石とうろうがいいのだが、 重いし、時間がかかるしという話になったのです。 それで、私は、手ごろなサイズで、木のとうろを送ってやろうと考え、30センチぐらいの物をだまって作ってみたのです。最初は少し、難儀しましたが、約一月で、できあがりました。彫刻刀も子供が使う小さな物しかありませんでしたので、あまり、美しいとうろではなかったのですが、先生は大変喜んでくれました。

その時、木を彫ることはこんなに大変楽しいものかということを感じたのです。一つの木から新しい物が生まれてくることの喜びというか、 感激があったのです。 木の固まりから、一枚一枚、木の皮をぬがしてやると、なかから、色んな物が、生まれてくるという楽しみを知ったのです。 この感激が私の木彫りを始めた動機です。

それから、私は本屋に行き、木彫の本を探しました。色々木彫りの本がありましたが、ある、本やさんで、 "仏像彫刻のすすめ"と言う本にめぐりあったのです。(今でも、売っております。) そして、早速、その本を買って、家で、顔を彫りはじめたのですが、ぜんぜんうまくいきませんでした。何回も、 彫り直しましたが、写真のような姿がでてこないのです。

矢張り、このような仏像彫刻の世界は、私には無理な世界だと思うようになり、半年ぐらいで、半ば諦めました。その本を恨めしく、 読んでいったのですが、最後のところに、仏像彫刻の教室の案内がでていたのです。 それで、物は試しと、調布にある教室に電話をして、教室の参観をさせてもらいたいことを、申し入れました。

そして、教室をのぞいたのですが、10人ぐらいの方が一生懸命仏像彫刻をされていました。 最初、先生がどこにおられるのか判りませんでしたが、驚いたことに、若い女性の先生だったのです。 この先生が小野直子さんです。 私の木彫りがここまで、続けてこられたのは、私の努力とか、能力ではなく、この先生との出会いがあったからです。 今も、私は、この先生について、木彫を楽しんでおります。

先生は早稲田大学、美術史を専攻され、その後、京都の仏師、松久朋林さんにつかれ、修行を積まれた方であります。それから、月2回、教室に通うことになったのです。 最初は、彫刻刀の研ぎを学ばなければばりません。新しく、3種類の砥石(砺、中と、仕上げと)を買い、そして、3時間ほど、 研ぎを勉強しました。これが、私の木彫りのスタートだったのです。

まず、新しく習ったのは印刀ですが、普通、刃は真直ぐなのです、ここで、円く、研ぐことを教えてもらいました。(参考に見せる。) そして、普通は、四角い木から、球形の物を彫る練習をし、そして、順番に握り手、開いた手、足、そして、仏頭と進んでいくのです。 矢張り仏像は人体ではないので納得出来ない誇張や様式化が、ゆるがせに出来ないものとして、存在します。 八頭身ではなく、また、大黒さんなどは極端に短足です。

私が一人で悩んでいました、顔を彫る問題点は、先生が、これは、こうして、こうすれば、と3―4回彫刻刀をうごかすだけで、一瞬にして、解決したように思いました。 私が、半年間、悶々としていた問題点はアットいうまに、解決したのです。矢張り、木彫と言う物は、まず、先生につくことが、大切であることを知りました。それと、苦労して経験すると、ちょっとしたヒントで、パット目がさめることがあるのですね。

それから、私が、何故、木彫の中で、仏像彫刻を選んだのかという質問もよくあるのです。 ある、口の悪い連中は、今まで、悪いことばかりやってきて、その罪障を償うための仏像彫刻だとかいうのが、結構いたのですが、 私の父が、私の仏像彫刻をみて、"やっぱりなー"と言ったことが有るのです。 それで、聞いてみると、父の母は今も姫路に有る、安楽寺という寺の娘だったのです。父も小さい時は、その寺で走り回っていたようです。 昔そのような、話しを聞いたことがあったのですが、私の仏像彫刻と結び付けて考えることはなかったのです。 父の話から、仏像彫刻をやるようになったのは、DNAのせいなのかなあと思っております。

(4)日本の仏像

日本への輸入は金堂仏として入ってきたのですが、我が国においては、色んな材料を使って、仏像がつくられました。

☆ 鋳造 (奈良の大仏)

☆ 塑像 (土を練って、作成したもの)

☆ 乾漆(土の原形に麻布を漆で、はって行き、後で土をとる)

☆石造

木彫の仏像

☆ 一木造り

☆寄せ木造り

☆サイ割法

仏像の種類 如来、菩薩、天部、明王

(5)道 具(彫刻刀の紹介)と木

それでは、私が使っている彫刻刀をお見せします。25年程、使っているのも有るし、 昨年購入したものもあります。 全部で70本ぐらいでしょうか。 大きいのから、小さいのまで、少しずつ、買っているうちに、これだけのものに、なってしまいました。 最初の粗彫りは、タタキのみ、そして、大きな彫刻刀、そして、作業の進ちょくにあわせて、次第に小さな、彫刻刀へと移っていきます。 大きく分けて、印刀、平刀、丸刀があります。

更に、大木さと、丸刀には曲線が深いのから、浅いのまで、色々種類が有ります。さらに、先がまがっている曲がりというのがあります。 彫刻で、一番大切なのは、刃物がよくきれるということです。今でも、私等の彫刻刀と先生の彫刻刀ではその研ぎの仕方が違うのか、 切れ味が全然違います。この研ぎが、木彫の生命を握っております。

仕上げに入りますと、30―40分毎に研がねばなりません。 刃物も色んなメーカーがありますが、矢張り、高級刃物は品質が均一で、しかも、一回の砥ぎで、長く切れ味が続くといえます。 しかし、同じメーカーでもきれる刃物も有れば、駄目なのもあります。また、使っているあいだに、良くなったり、 悪くなったりすることもあります。これは、実際使ってみてわかることで、リスクがそれなりにあります。

材木は楠、カツラ、ひのき、をよく使います。それらのかけらを持参しておりますので、見て下さい。 楠はにおいが強くて樟脳の原料として、使われたのです。因に、少し、けづって、匂いをかいでみてください。 ひのきは普通、観音さまとか、阿弥陀如来とか、スーとした、仏像を彫る時に使われます。

楠は、どちらかといえば、不動妙王とか、金剛力士のような、あばれものに適した、木と言えます。木目がまっすぐでないので、タタキノミで、削ると、 斜に割れ てしまうことが有り、注意が必要です。 カツラはその中間といえます。カツラには一種の石質の物質が含まれており、刃物がすぐ、 きれなくなりますので、研ぎをしつこくやる必要があります。その他。曲尺。 タイの牙

(6)仏頭のほりかた(サンプル)

それでは、どのようにして、具体的に彫るかということをサンプルで、みていただきましょう。(サンプルで説明。)



(7)私の得意な仏像

私も、今までずいぶん色んな仏像を彫ってまいりました。何体彫ったか記憶しておりませんが、大小とりまぜて、200体ぐらいでしょうか。 でも、沢山の作品を今まで、友人に差し上げてきましたので、家に200本も残って いるわけではありません。 15年前ですが、ミセスという雑誌を歯医者の待ち合い室で、読んでいますと、新築の玄関の紹介が写真いりで、 10軒ほどありました。

そのうちの一つに、どこかで見た、不動明王が、飾ってました、そして、家の持ち主の名前を見ると、 私の友人で、新百合丘に新築した時に、お祝で、差し上げたものであることがわかり、自分も、大変嬉しくなったことがありました。

長い間、やっていますと、次第に自分の好みが生まれてきます。 私は、優しい、観音様とか、阿弥陀如来のようなのはどうも苦手です。 例えば、ここに白衣観音が有りますが、こういうのは苦手ですね。むしろ、動きの有る、不動明王とか、金剛力士など、

いかつい感じの物を彫るのが好きです。したがって、この麻利支天などは、私の好きな対象です。 それを言うと、私の木彫の女性仲間は私に女性を彫れとしきりに、進めてくれますが、その気にならないし、うまく彫れないと思います。

現在、6月の展示会に向けて、彫っているのが龍です。これも面白いですね。毎日、わくわくしんがら、彫っております。 こういう気分は久しぶりです。 ここに、その過程の写真が有るので、雰囲気だけ、みてください。

(8) 仏像彫刻は物まね

仏教が日本に到来したのは、ご承知のとうり、6世紀ごろでしょうか。それから、仏像が作成されるようになってきたわけですが、 今から千年以上も前から、沢山の仏像が作られたのですが、いま21世紀の我々のやっていることは、これらの真似です。 物まねでも、なかなかうまくいきませんが、一般の彫刻という世界とは違います。想像力、芸術性と言う点では、 私達のやっていることは、たいしたもんではありません。そういう意味では、大変楽な話であります。 呑気に、先輩達の素晴らしい作品に触れて、その中から、印象深いもの、自分の好みに合う物を、彫ると言うのが、私の木彫りなんです。

(9) 木彫の難しい点


木はご承知のとうり、小さい物は、簡単に削れてしまいますので、アット思った瞬間、例えば、ての指が切り取られてしまうことがあります。これが、大変困るのです。このような、細かい部分は、大分作業が進んできてるわけで、それで、こういう事態が起こると、がっくりきてしまいます。時には、落ちた指先やら、耳たぶを探して、のりで、ひっつけることもありますが、作っている本人としては、皆さんが思われる以上に、ショックなんです。

粘土の彫刻は木を中心に付け加えて作りますが、木彫りは削って形を出しますし、削りすぎたら修復出来ないわけです。先生から、完成まぎわになって、ここは削り過ぎと言われると、ガクットなります。 場所によっては、のこぎりくずを、のりでまぜて、はりつけて、後で、そこをまた削るということもやりますが、物としては、ちょっと、半端ものですね。 それから、木には順目と逆目があり、逆目のときは、かなり、彫刻刀を研いでいても、ささくれてきます。いつも、順目の状態で、彫れない物ですから、これが、大変難儀 します。 こういう時は、木に語りかけて、優しく、騙し、騙し、彫っていくのです。

(10)怪我のこと

木彫りで気をつけねばならないのは、怪我です。特に左手の怪我です。右利きの人であれば、左手の怪我に注意しなければなりません。 場合によっては、縫わなければならないこともあります。 私もずいぶん左手を削ってしまいました。時には、左手の人さし指の根元を切って、 約一年ほど、指が曲がらなかったこともありました。それからはこの厚い手袋をしております。仕上げに入りますと、こんな怪我はしないので、薄い手袋に切り替えます。

彫刻刀はすごく切れますので、かなり深く切ってしまいます。この時、ハーと息を刃物にかけると、白く濁ります。これは油分なのですが、切り傷の深さを示します。それで、深い時は医者に行く必要があります。2ミリぐらいだと大丈夫です。木彫りの展示会に行くと、時々、包帯を巻いている人がいます。

(11)最近の作品紹介とこれからの木彫

  私の先生の最近の作品は非常に、愛くるしく、そして何とも言えぬ上品な仏像彫刻となっています。仏像彫刻といっても、線香臭い物は、ありません。どこの家庭にでも、置き物として、楽しめる物ですが、大変、高価ですので、手が出ません。しかし、2―3年に一回開かれる個展では殆ど、完売されています。

今後、私も、線香臭いのは、余りすきではありませんので、これからは、楽しく、そして、動きの有る作品を私流に彫っていきたいと、考えております。特に動物をいれたものが、いいなと考えております。特に現在彫っている龍を中心にしばらく、龍シリーズをやってみたいと考えております。  

(12)木彫りの仲間

20年前は40人ぐらいの生徒数だったのですが、現在の武蔵野教室には9名です。この仲間達とは、もう20年来の木彫仲間ですが、中小企業の現役社長、東大の物理を卒業した人、元電話公社の人、元大工さん、元医療器具の販売会社の社長、洋品店経営のおばさん、75才で、今もスキーとゴルフを楽しまれる、おばさん、元シチズン時計の重役さん、など、多士済々の方と、一緒に楽しんでおります。この人達のきっかけは、例えば、物理の世界と反対側にある仏像彫刻に興味を持った人、家の近くに、教室が合った人、お寺めぐりが趣味であった人、そのきっかけはいろいろです。でも、皆素晴らしい友達です。

サンプル(仏頭、麻利支天、白衣観音、彫刻刀、大黒さん、手袋2枚、粘土少し。鯛の牙。)

終わり

文   責:松原 美稲 ・ 会場撮影:橋本 曜 ・ HTML制作:上野 治子