神田雑学大学 2004年3月26日講義録

モンゴル民話「みどりの馬」絵本作り



講師 大竹 桂子・稲田 善樹


目 次

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講師紹介

1.稲田善樹さんのお話

2.大竹桂子さんのお話




講師紹介

 大竹桂子さんは、長年吉祥寺村立雑学大学の世話人をしている方です。またケルトの研究家でもありまして、ケルト文化を訪ねてイギリス、欧州を取材活動されております。武蔵野市の市民使節団員としてモンゴルを訪問した際に、マンホールチルドレンに接して心を痛めました。これがきっかけで、本を読む機会のないモンゴルの子供たちのため、移動図書館を寄付しようと思い立ち、実現すべく、資金を集めるため、オークションを開いたり、ボランティア活動をしております。

 一方、稲田善樹さんはモンゴルで自転車・スケッチの旅を続けて7年、縁あって二人の出会いはモンゴルの民話絵本「みどりの馬」の共同制作へと展開しました。絵本の売り上げの収益は、次世代を担うモンゴルの子供たちに"心の食べ物"をあげたいと活動しているモンゴル児童文学協会会長ダシドンドグ(原作者)さんに贈られます。(紹介・三上卓治)

1.稲田善樹さんのお話

 今日は、昨日出版された「みどりの馬」にまつわる話を中心にお話したい。私は1939年生まれで今年65才になります。サラリーマンだったが、57才の定年を機に好きな絵の道に入りました。満州生まれの影響か、モンゴルにひかれて自転車でモンゴル一周を実行し、絵を描いた。事前にマウンテンバイク、モンゴルの事情、言葉を勉強し、準備を整えて、1997年3月モンゴルに入った。6月までウランバートルでトレーニングをして、モンゴルの冒険家と2人で4ヶ月間自転車の旅をしながら、スケッチを描きました。

 きつい旅で2人でよく喧嘩をしましたが、最後まで一緒に旅を続けてくれた。私は旅の終わり頃A型肝炎に感染し、高熱、下痢の症状のため、ほとんどの荷物、バイクを現地に置いて8月日本に帰国しました。40日間治療して完治したので、98年再びモンゴルに渡り、今度は自動車でモンゴルの絵描きさんと共に、3ヶ月間一周して絵を描き続けました。

 帰国後、紀伊国屋でその個展を開いた時、大竹さんと出会いました。昨年大竹さんから、ボランティアでモンゴルの絵本を作りたいので、絵を描いて欲しいと要請されました。実は、絵本の原作者のダシドンドグさんには97年にお会いしていました。最初モンゴルへ行く時に、出来るだけいろいろなジャンルの人たちに会いたいと思って、身元引受人の方にお願いしていましたが、そのときダシドンドグさんを紹介されたのでした。

 ダシドンドグさんからは日本の児童文学者と交流したいとのメッセージを預かりました。帰国後、そのメッセージを松谷みよ子さんにお渡しした。松谷みよ子さんが書かれた「たつのこ太郎」はモンゴル語に翻訳され、モンゴルの児童図書館においてありますが、モンゴルの子供たちに人気があり、ベストテンに入っている。松谷みよ子さんは挿絵も素晴らしいと喜んでおられました。

 松谷みよ子さんの返書を持って、モンゴルに行き、ダシドンドグさんにお渡しすると、一般市民が橋渡しをしてくれたことがユニークで面白いと喜んでくれた。そんなことで児童文学者との交流が実現出来たし、ダシドンドグさんとも懇意になりました。


 7ヶ月間、モンゴルを旅行しながら絵を描くことが出来たのは自分ひとりの力ではなく、モンゴルの人々に助けられ、惜しみない援助のお陰であります。地方を旅行する場合、ホテルではなく、一般の民家に泊めてもらうが、夜中にゲルに着いて、宿を頼むと快く泊めてくれる。

 しかも、上座に座らせてくれて食事をだしてくれる。お返しに日本に帰ったら、モンゴルと日本の友好親善に一肌も二肌も脱がなくてはいけないとの思いを持っていました。そんなことから、大竹さんの依頼も快く受けることになりました。他の人をモンゴルに連れて行ったら、その人たちも私と同じくモンゴルに惚れ込むようになり、そういう人たちが農業研修生を呼んだり、ホームステイに招いたりしてモンゴルとの交流が続いています。

さて、絵本の話しに移るとして、原稿を大竹さんから頂いたが、絵本が描きやすいように作られていたので、私は文章を読んでイメージを膨らませるだけでよかった。この絵本の文章にほれ込んだ。なにかするときにはほれ込まないと駄目である。モンゴルに行く前に、モンゴルは魅力一杯だと自分でイメージを膨らませると行きたくてしょうがなくなる。そんな気持ちを湧き立たせることが大事です。

絵本を描くのも同じです。アトリエを新潟県十日町に持っています。それは、廃村になって15年経つ誰もいない村の作業小屋を借りて、農業を手伝いながら、絵を描いている。豪雪地帯で除雪もなく、かんじきを履いて小屋に出入りする生活です。今年で4年住んでいますが、このアトリエで誰も来ない中、この絵本を描いた。文章を読んで今の時期にかなった絵本の内容が実にいい。

 昔、昔、冬から夏、夜から昼、草から木が分かれ始めた頃のお話です。聡明な大地の王様ダーダイと、賢い空の王様フフデイはお互いに争っていたのを忘れて、平和な新しい時代の扉を開きました。ここのところが私は気に入っています。アフガニスタン、イラクで戦争が続いている現在、この絵本では今までの争いを終わらせるという出だしがすごく気に入った。争いを封印するということが大事ではないかと思う。この世界には開かない扉が沢山ある。ここにはっと気がついて、イメージを膨らませて絵を描くことにしました。

 昨年2回、この絵本を描くためにモンゴルに行って、モンゴルの景色がイメージにプラスを与えてくれました。モンゴルにはさえぎるものが何もないので、1枚目の絵の右側は雷雨が発生し大雨が降る、中央は虹がかかり、左は青空で、こういう場面を実際に何度も見ている。これがモンゴルの世界なんです。

 大地の王は空の王に感謝の印として馬をプレゼントする。お日様や雨を大地に贈ってくれたため、草原に草が生え、馬も太るし、家畜の数も増え、とても嬉しいので感謝の気持ちを表した。この馬は羽の生えた馬であり、モンゴルのペガサスであります。空の王もうわさは聞いていたので、大変気に入りました。

 空にも大地と同じように草原がある。贈られた馬は灰色の馬だったが、最初は空の馬たちと戯れて遊ぶが、そのうちホームシックにかかって、ふるさとのモンゴルに帰りたくなる。ここの空は、何億光年もはるかかなたの宇宙のことなので、ふるさとを思う気持ちも尋常ではない。ふるさとを思うあまりに、灰色の馬はモンゴルの草原のみどりの色に変わっていく。
 空の王は、この馬がホームシックにかかって、モンゴルに帰りたがっていることに気がつき、空の番人、星の番人に24時間見張らせた。

 しかし、ちょっとしたすきに、みどりに変身した馬は紐を断ち切って逃げ出す。空の王は火色の馬に乗って追っかけるが、みどりの馬は羽があるので、何億光年を早いスピードで走るので追いつくことが出来ない。とうとう空と大地の境界まで追っかけてきたが、空の王もみどりの馬は自分のふるさとで暮らすのが一番よいのだろうと考えて、追うのをあきらめて地球に帰えした。

 みどりの馬はふるさとに帰ったのですが、大地は何世紀も時間が過ぎ去っていました。みどりの馬はそのことに気がつかなくて、自分が草原の色のみどりになったので、自分の持ち主である大地の王が見つけにくいのだろうと思って、草原にある一番高い山に登って大地の王を待った。しかし、大地の王は既に亡くなってこの世にいないし、一緒に遊んだ馬たちもいないし、知った者は誰もいない。みどりの馬はひたすら待ち続けた。とうとう待ち続ける姿が化石となって、山の形になってしまった。

 これがストーリーですが、原作者のダシドンドグさんに、どこかに伝わるお話しですかと聞いたら、自分のふるさとに馬の形をした山があり、それをヒントに自分が創作した民話とのことでした。最後のページに山になった馬の絵を描いて終わらせました。

 6月1日はモンゴルの子供の日であるが、この絵本を持って行き、プレゼントする予定であります。

2.大竹桂子さんのお話

 実は、稲田さんが本のストーリーを話すのをハラハラしながら聞いていました。これから発売する絵本の中身を、全部ばらされるのは困ったなあと思っていました。ギャラリーで原画展をしたときも懇切丁寧にストーリーを説明するので、「稲田さん、止めて」といったほどです。こんな風に2人で喧嘩をしながら1冊の絵本を創りました。

稲田さんは「みどりの馬」を追っかける馬は、ひのえ馬だとか、浦島太郎の物語だとか、断定して説明したりしますが、私は「みどりの馬」をそんな小さなもので縛らないでくれと抗議します。彼は、僕のイメージはそれで作ったのだと主張し、お互い喧々諤々議論しました。私の「みどりの馬」のイメージは大きくて、広くて、こだわらないスケールの大きなものと考えているので、一つの言葉で固めないで欲しいと言っています。

 私は1999年、女性団体「むさしのスカーレット」の一員として、モンゴルを訪問した時、ダシドンドグさんに会いました。彼がやっている移動図書館の仕事を手伝いたいと思って出かけました。最近モンゴルに関する1本のビデオを見ましたが、マンホールチルドレンと呼ばれているモンゴルの子供たちの生活を描いたもので、見ていて心が痛みました。

 モンゴルは87年ごろから経済体制が変わり、自由経済になり貧富の差が激しく、仕事も充分にないのが現状です。アル中が多く、子供の遺棄が多い。冬場は氷点下40度にもなります。遺棄された子供たちは、都市の暖房用パイプが地下にひかれている場所で暮らしたりしています。そのビデオでは、行政が子供たちを収容して施設に入れますが、衣類が不足しているため、パンツをはいていない子供がいたりしてショックでした。

 ダシドントクさんは草原に暮らす子供たちに絵本を読ませてあげたいという活動をしているが、ふっと思ったのは、絵本も大切だけれども、その前にもっと必要なものがあるのではないか、と考えさせられました。

 絵本の話しに戻りますが、99年にモンゴルでダシドンドグさんに会った時に数冊の本を買ってきました。モンゴル語は読めませんが、英語の翻訳がついていましたのでボツボツと読み始めました。私の好きな童話のイメージとは少し違っていました。最後に読んだのが「みどりの馬」でした。

 稲田さんは内容にすごく共鳴されたが、私はこの馬がすごくかわいくて、なんて健気な馬なんだろう、とまず馬にほれ込みました。絵本にしたいな、と稲田さんにお願いしてみました。稲田さんの絵の力量はよく知っていますが、本当に出来るのだろうかとふらふらしていました。「一寸描いてくれる?」と小さなマリを投げましたら、稲田さんの思いは大きな熱を帯び、あっという間に大きなマリに成長しました。

 稲田さんはすっかり乗り気になり、「僕は絵本をつくるんだ」と直ぐモンゴルに飛びます。マリは火の玉となりました。稲田さんは十日町のアトリエに篭ってしまいました。ところが、なかなか「みどりの馬」が誕生しないのです。それでなにをしているかというと、彼は草刈をしているのです。

 私自身はイメージがなかなか浮かんでこなくて、どうしようか思いながら、馬ばかり見て歩きます。東急デパートで長門和江さんという馬を描いている女性の絵に出会い、彼女の馬の絵を買ってしまいました。  これが「みどりの馬」のイメージだと思い、彼女が住んでいる青森県の八戸まで行き、牧場でサラブレッドに会いました。

 「みどりの馬」は、山奥の夏草の中から何時飛び出してくるのか、じっと待っているのがとてもつらかった。私の故郷は高知県の春野町です。そこを仁淀川が流れ、田んぼの中に樹齢1000年の大きなクスの木があります。四方に枝を張り、木の勢いがあり、絵本を仕上げるためにはこの木のパワーを貰おうと思いました。

 何か大きなパワーが欲しいと思い、5万円の航空運賃を払って帰りました。兄が代参してやると言ってくれたが、代参では駄目なので飛んで行ってお祈りをしました。

 原稿を書く前に膨大な民話の本を読み、葉祥明さんの絵本「僕のベンチに白い鳥」を見て、そのみどり色が良いと思い、お手本にしました。この絵本を見ながら、1ページ目はこうしよう、2ページ目はこうとイメージを膨らませながら、原稿を書き上げました。出版は「てらいんく」にお願いします。

「てらいんく」は主にアジアの児童の本を専門に出版しており、良い本を多く出されています。例えば、とっても感銘を受けた「神隠しの8月」という子供の本は、子供が飢え死にするような戦争のお話しでした。涙が出てくるほどいい本です。中国の「燦燦」という子供の本は、最後にお父さんが病気の子供を背負って、お医者さんに連れ歩くのが可哀相で、心に残るお話しでした。

「てらいんく」の佐相さんが今日ここに見えておられるが、「てらいんく」にご縁があったのは、私の属している「むさしのスカーレット・お話の会」に、佐相さんが自分の本を寄付して届けてくれていました。お話の会は武蔵野市のヒューマンネットワークセンターに書棚を持っており、そこに寄付して頂いていました。

 原稿を「てらいんく」に渡しましたが、なかなか返事がありません。あんな原稿では駄目なのかと思ったりしました。1ヵ月後電話がきらいな私でしたが、おそるおそる佐相さんに電話をしたら、1,000部を自費出版という前提で、このくらいの費用で出せますとのことでした。その見積価格がすごく良心的な価格なので、お願いすることに決めました。

 本は出来上がっていなかったのですが、先日吉祥寺のギャラリーで6日間絵本原画展で直販をした時、予約申し込みが100部を越しました。息子も出版関係の仕事をしていますが、直販で100部売れるのはすごい数字だよと言ってくれました。先日伺ったところによると、300部の予約を頂いたそうです。
 皆さんからとても良い絵本だと好評を頂いており、この間のギャラリーでも一番多い人は6冊注文してくれました。これこそ、クスの木さまのご利益かなと思っています。

 私は毎朝起きると太極拳をしており、東南の角部屋の朝日が当たる場所で、どうかいい「みどりの馬」の絵本が生まれますようにとお願いしていましたが、ギャラリーの終わる最終日の5日目の朝、なんとなく「みどりの馬」が動き出したなと感じ始めました。そんなところに300部予約という話しを聞いて、ものすごく嬉しかった。普通、知名度の無い本がこれだけの勢いをもって、皆さんに買っていただけるということはないのではないでしょうか。

 ギャラリーに来られた92才のお婆さんで、稲田さんの親しい方ですが、稲田さんの絵をずっと見に来てくれている。そのお婆さんは杖をつき、よろよろしながら帰るときに連れの人を待たせて「みどりの馬をもう一度」と後ろを振り返った。やっぱり馬がすごいのかなと思った。また、ある青年は今持ち合わせが無いけれど、この本はどこで買ったらよいのかと言ってくれた。その時、この本は売れるなと予感がしました。

 私としては初めての体験で、読みがずいぶん甘いところがあった。仕上がり予定は、私の読みと違ってもっとインターバルを取らなくてはいけないのに、それを取らなくてギャラリーを予約してしまったから、現物が無い状況が続きました。ひとつひとつのショックがもろにかぶさってきて、ものすごいストレスを感じて、ギャラリーの時は、朝の3時半に目が覚める始末です。

 ほとんど朦朧とした体力が無い状況で私の身体は持つのかなと思った。本当に大変でした。数字の計算が全く弱くて、お金を頂いても予約の計算との照合がもたつき、見かねて主人が一生懸命に手伝ってくれました。
やっと昨日、佐相さんが取りあえず200部を自宅に届けてくれた。本屋に並ぶのは4月1日です。

 さて、本を発送しようとして私は大きな角封筒を用意したが、絵本は美術品だからそんなに簡単には送れないことが判りました。それから、あちこち材料を買いに走り、小さなビニール袋も買ったが、どう入れてよいのか判らず、沢山の本の前でお手上げ状態です。お客さんにはお金を頂いており、今月中には届ける約束をしていたので、作業をしなくてはいけないが、明日は資金集めのオークションがあり、その荷物が家中に山のような状態です。

 このオークションはモンゴルへ絵本を贈るための活動資金を集めるためで、6回目になる。今日もここに6時に来ないといけないし、オークションの準備と絵本を送る下準備をしていた時に頭がくらくらしたので、最初に稲田さんにお話をお願いした。さすがに理解のある主人も「お前は何をやっているんだ」と頭にくるし、自分が倒れるかもしれないと心配もした。

 とにかく何もかも始めての試みであったが、素晴らしい絵本が出来たと思っています。ぜひ皆さんにも「てらいんく」の「みどりの馬」といえば、本屋で注文が出来るのでご贈答に使っていただきたい。お年寄りでも若いお嬢さんでも、普通の方でも楽しんでもらえる絵本なので、販売に協力をお願いしたい。
 ダシドンドグさんは、2000年に移動図書館用の資金を日本の団体から贈られて、バスを購入しています。1万冊の本も日本から寄贈され、日本はモンゴルに大変な援助をしています。

 私はその援助の品物を市民の手から、市民の手へ、直接渡すことが出来れば、それがベストだと思います。ダシドンドグさんに絵本を贈りたいと言ったら、彼は図書館が欲しいといって、この写真を送ってきました。ただその図書館が日本のお金で3,000万円だと言っています。

 モンゴルで普通の人の給料が月1万5千円の状況で3,000万円はちょっと途方も無い金額で、その手紙を翻訳してくれたモンゴルの人も「こんな大きな話はとても橋渡しは出来ない」といっていました。私たちはモンゴルの子供たちに本をあげたいと、返事をしました。
 今回ダシドンドグさんは海外で初めて自分の本が出版されることを、大変喜び、6月1日子供の日に本の贈呈式を行いたいので、ぜひモンゴルへいらっしゃいといってくれました。

 その日を、祝日にすると手紙に書いてあり、そのくらい喜んでいます。 8月に行われる「アジアの児童文学大会」でダシドンドグさんは記念の論文発表をされるそうで、スカーレットの「お話の会」から3人が出席すします。事務局の花井さんはダシドンドグさんの作品なら、皆さんに紹介しましょうといってくれました。

 ここでビデオを1本お見せします。
 武蔵野・三鷹ケーブルテレビで、この本のことで取材を受けて収録したものです。ここに出演している野崎さんはとっても頭の良い方で、語学も3ヶ国語堪能でインタビューもきちんと受けますが、私は巧くできなくて、逃げ出したい思いでした。冷たいスタジオで、乾燥した場所にいたせいか声が全く出なくなったりもしました。

 最後に馬のお話に触れたいと思います。佐相さんから木下順次の「すべて馬の話」という本を頂きました。その中に馬の種類について書いてあります。馬の中の馬はアラビア馬で、サラブレッドの前身になるそうです。私の「みどりの馬」は、このアラビア馬ではないかと自分で勝手に思い込んでいます。土着馬である木曽馬は日本在来の馬の代表格で粗食に耐え、丈夫で山深い木曽で自然に鍛えられた馬だそうです。

   サラブレッドは大変辛抱強いアングロサクソン民族の英国人が、12世紀後半から500年かけて作り上げた馬です。鷲の容貌と獅子の心臓を持ち神の与えたもうた動物、とこの本に書いてあります。より高く、より早く、より強く、ひたすら念じる人々によって、源泉をアラブ馬に求め、長い間交配と淘汰によって、人工的に作り上げられた馬ということです。

   ここに「ハルウララ」の夢切手があります。私はこの1年を馬にかけたので、仕上げに「ハルウララ」を見たかったのですが、どうしても行けなかったので、兄に電話して馬券を頼みました。兄は大きな手術をした後にもかかわらず、桂子の頼みだからと競馬場で2時間も並んでこれを買ってくれました。馬券と一緒にこの切手も買ってくれました。この切手が素晴らしく、すごく夢のある切手です。最後が馬バカの話になってしまいました。

おわり

文責:神馬 照正

会場写真撮影:橋本 曜 HTML制作:大野 令治