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神田雑学大学第226回 平成16年8月06日講義録 

  

「あなたも“ルーツ探偵”になってみませんか」

  講 師  市川 香舟 氏 



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講師紹介

譏緯説(しんいせつ)

家系の話

通婚圏から辿る

戒名を手がかりに 

家伝系図から推理する

苗字・地名・家紋

古い苗字は地名から

二大姓党の歌

家系図讃歌

当日の出席者の苗字のルーツと頻度 

二大藤党の歌 





講師の市川香舟さん

1、自己紹介

まず自己紹介させて頂きます。私は市川香舟と申しますが、これは私の母の実家の苗字であり、本名は長谷川順音(ハセガワヤスオ)です。 本日の演題は、自分のルーツを探すということですが、これは自分がルーツの名探偵になったつもりで、つまり点から線へとつなぐ推理に従い、一代ずつしっかりと遡っていけば藤原鎌足にいきつくかもしれませんし、また清和天皇に辿り付くかもしれませんということです。

天皇の話がでましたが、歴代の天皇、つまり神武、綏靖、安寧、懿徳(イトク)、孝昭、孝安、孝霊、孝元、開化、崇神と遡っていくと、初代の神武天皇と十代の崇神天皇とは同一人物だと思われます。すなわち二人とも始駆天下之天皇(ハツクニシラスメラミコト)と称しているからです。初めての天皇が二人いるということは、道理に合わずおかしな話しです。

二代の綏靖天皇から九代の開化天皇までの八代については、史書には皇后や皇子の名前、宮都や御稜の地名くらいしか伝えられていません。つまり、歴史的な事実はなにも書いてないのです。そのため、多くの学者はあまり問題にしていません。これを“欠史八代非実在説”といい、今やこれが定説になっています。

2、譏緯説(しんいせつ)

中国では二千年も前から譏緯説という一種の神秘的な予言学説があります。譏緯説では最大の時間的周期を一蔀(ホウ)といい、それは二十一元とされています。一元とは干支一巡の六十年のことで、だから一元は千二百六十年を単位として、歴史的大事件、大変革が起こるというのです。この譏緯説は、仏教とともに百済を通じてわが国に伝えられたと思います。

その最初の理解者は、聖徳太子でのちに蘇我馬子と相謀り、国史の編纂に着手し日本の紀元を定めることにしました。それで推古天皇九年(601)から一蔀、つまり千二百六十年遡った年を、日本初代の神武天皇即位の年と決めたわけです。 西暦前660年を日本の紀元、皇紀元年としたのは良かったのですが、朝廷で手持ちの歴代天皇のリストは少なく、初期の天皇の寿命を百歳以上、百三十歳、百四十歳にしたのは、こうしないとつながらなかったからです。

3、家系の話

皆さんは、自分の家の家系は何代までお分かりでしょうか。十代以上分かっている方はいらっしゃいますか。お一人のようですね。 先ず私の話を聞いたら、早速戸籍謄本をとってください。運良ければ、六代、七代前の先祖の名前が分かることもあります。平均しても五代は判明します。ただし除籍して八十年たつと廃棄処分されて、弁護士が行っても交付は受けられません。  

だから一日も早く戸籍謄本を全部揃えなさいというのです。中には東京の大空襲で、謄本も副本も焼失して謄本がとれない所もあります。しかし謄本がとれなくても私はあまり心配しません。 よく落ち着いて考えれば、家系はこの他の方法で判明することもあります。この当時は「生めよ増やせよ」の国の方針で一人っ子はあまりおりません。 兄弟姉妹の戸籍からでも上に遡ることは可能です。

聴講生の皆さん 私は依頼者の祖父の就職先から、その祖父の履歴書を見せてもらい、その祖父の本籍地を知って二十一代もの家系を解明したことがあります。いまの履歴書は県名しか書いていませんが戦争前は詳細に所番地を書いたものです。 ルーツ探偵は、いろいろと考えるものです。 まず苗字の85%は地名から起因しています。例えば末野さんなら次の四県にあります。

宮城県栗原郡金成町末野

埼玉県大里郡寄居町末野、末野新田

新潟県中頸城軍美和村末野

福井県遠敷郡上中町末野

この地名を探すには、公共図書館に置いてある、日外アソシエーツの「全国地名駅名よみかた辞典」が便利です。

4、通婚圏から辿る

昔の通婚圏は大体三里(12キロ)ですから、この辺も調べてみましょう。それから位牌や、 墓石の形で年代も分かります。次に墓石の位置が大切です。お寺墓地の場合、墓石が本堂に近いのは、 そのお寺の有力信徒とも言われています。菩提寺を知っておくことも大切なことです。市町村史をよく調べてください。

お寺の過去帳はルーツ探しの一等資料です。しかし昔のお寺は人の集まりが多く、どうも火事が多くて過去帳のないお寺もあります。 復元されていても、完全なものは少ないと云えましょう。 お寺や本家には、再び調査洩れなどで来ることを考え、 手土産と笑顔を忘れないことです。  

村の古老や郷土史家にもアタックして下さい。思わぬ情報が得られます。 幕府は天草の乱後、キリシタンを恐れて寛永十七年(1640)から宗門改め役をおき 寺請、宗旨人別長を作らせています。これには家族全員の名前と年齢が記され、逆算すれば生年も判明するので、 系図作りには役立ちます。

また戒名からも、ある程度のことが判明できます。いま戒名は、院殿居士が二百万円以上、居士号だけで五十万円もするそうです。 戦後は戒名も長くなった傾向にありますが、俗名の一字を組み入れる風習があり、家系調査をする人にとって判りやすくなりました。

5、戒名を手がかりに

戒名をつけるには、三遷三除という原則があります。三遷とは、熟語の善悪、語便の可否、年齢の応答。三除とは、 奇怪な難字、無詮な空字、不穏の異字などです。平たくいえば、良い熟語を選び、無理なく呼べる音感の字を用い、亡くなった時の年代や域生き様が伺えるようにすることです。 その反対に、通常あまり使ってない字や読めない字、何の意味か分からない字、発音がつまらぬことを連想させる字などは使うなといういみです。  

なお藩の法令で、庶民の院号・居士を禁止した所や、地域によっては村内の身分、秩序が非常に厳格な所もあります。だから上位の戒名と家格は関係あることも忘れないでください。

昔は本家・分家の区別が厳しいようですが、明治以降は分家が大都会に出て成功し、故郷に本家をしのぐ豪華な墓を建てている所もありトラブルの原因になっている所もあります。  参考までに、中小企業の社長になった人の出身地を見ると、何故か福井県が一番多いのです。

6、家伝系図から推理する

家伝系図は、自家に都合のいい部分を強調し、一部史実と違うところもあります。またニセ系図といっても全部が全部ニセではありません。一部は正しく真実を伝えています。この辺の見極め方は多少の年月を要します。 私は今までに六百家に近い家系調査をしてますが、来年春にはルーツ探偵虎の巻のような本にして全国発売します。その時は宜しくお願いします。本の巻末には「無料相談券」を添付しますので、質問を詳しく書いてください。必ずお答えいたします。

 (注、現時点では出版社名とタイトルは公表いたしません。「歴史研究」などの雑誌に 来春広告を出します)

7、苗字・地名・家紋


さて時間も残り少なくなりました。ルーツを探すには苗字・地名・家紋の三大セットを勉強し、調べる必要があります。 三葉葵は徳川家の家紋ですが一つではないのです。水戸・尾張・紀州、いわゆる御三家の他、 将軍によって多少の違いがあります。次の家紋を使う家はその一族といってもいいでしょう。

家紋家紋 家紋家紋

割菱 清和源氏の武田一族

四目結  宇多源氏の佐々木一族

桔梗 清和源氏の土岐一族

下り藤  藤原利仁流の加藤一族

源氏車  藤原秀郷流の佐藤一族

三星一文字 嵯峨源氏の渡辺一族

桔梗紋は私の所蔵する紋帳には120種類あります。藤紋も160種類、目結紋も100種類あります。 家紋に関しては「都道府県別姓氏家紋大辞典」という立派な本がでています。ぜひ図書館で調べてください。 必ず参考になります。

また市区町村史の資料編にも、みなさんのご先祖の名前が出ておる場合もあります。 ご先祖は武士の口伝のある人は、該当する藩の分限帳、藩士系図などを調べてください。 わざわざ地方に出掛けなくても国会図書館、国立公文書館などには地方の史料も沢山所蔵されています。

本をだしてもらえるまで多少の時間はかかりますが、お暇があったら是非行って調べてみることです。 電気量販店に行けば「写録宝夢巣」というソフトが売られています。 パソコンをお持ちの方は、大体一本7千円くらいなので、買ってご自分の苗字がどこに一番多いか判明します。 ルーツ探しに今や必要なものになりつつあります。

8、古い苗字は地名から

日本で一番古い苗字は「古事記」に出てくる安曇連(アズミノムラジ)つまり安曇ではないかと思います。 この安曇族は全国的に分布していて、琵琶湖に流れ込む安曇川や長野県の安曇野、そして渥美半島や福島県の安積地方などは、 みなこの一族の移住した土地だといわれています。 だから安積・阿澄・厚味・渥美などの苗字はこの安曇族の一族だと思います。

  次に千葉県に発祥した千葉氏はなぜ宮城県に多いのか、これは歴史を調べればすぐ分かることです。 源頼朝の奥州征伐に遠因があるのです。奥州千葉氏の祖は千葉常胤の7男頼胤です。頼胤の母は葛西氏の出身でした。 葛西清重のとき、源頼朝に従い奥州征伐後は 奥州総奉行となり広大な所領を得ました。

千葉頼胤は、この葛西量の一部を譲られ、次第に奥州一帯に広まり、以後戦国時代までつずきました。 天正年間に没落しましたが、 子孫は現在仙台市を中心に岩手県南部に沢山います。

望月もそうです。発祥は今の長野県北佐久郡望月町で滋野氏の一族です。 木曾義仲の挙兵のとき望月重隆が参加し鎌倉時代は幕府の御家人となり南北朝時代は南朝に属しました。 戦国時代は武田信玄に属し甲斐に移りさらに海のある駿河に子孫は移っています。

では最後に本日出席された方の推定人口などをお知らせします。 また日本の二大姓党、佐藤さんと鈴木さんの歌の歌詞と「家系図賛歌」を発表して本日の私の話とさせていただきます。

9、二大姓党の歌

“佐藤さんー鈴木さん”

1.佐藤さんー鈴木さーん日本の苗字の二大姓党

今日は一つに結ばれるあなたは佐藤 私は鈴木

源氏車と抱き稲の家紋がうれし 涙で光る

2.佐藤さーん鈴木さーん今日から苗字が かわる人生

恋のルーツの赤い糸信じて書いた 青春日記

藤を愛したこの鈴は祝福されて 音さえ弾む

3.佐藤さーん鈴木さーん苗字で呼んだ日今は思い出

花も嵐も踏み越えて力を合わせ 幸せづくり

源氏車に夢のせて誓いも新た門出の祝宴(うたげ)

10、家系図讃歌

市川香船さん
1.やっと出来たぞ我が家の宝墨痕鮮やか系図・家譜

ここまで来るには三年三月調べ尽した道がある

先祖の生き様子孫に残すこれぞベストの贈り物


2.人は誰でも還暦過ぎりゃ自分のルーツを知りたがる

系図は我が家の歴史を謳い家譜はロマンを 古文(し)で飾る

出自は家紋の由来を知って温故知新の智恵も湧く


3.家系解明この情熱で今後人生走りたい

善根積む家必ず栄え人は笑顔の花咲かす

先祖に感謝し家系図讃歌うたう心に春は来る


信州を攻略して多くの人を静岡、山梨のほうに連れてきてしまった。
その影響で静岡県には望月姓が多いのです。

11、当日の出席者の苗字のルーツと頻度

吉田 全国で799、710人 東京で57、360人

土屋 日本で957番目に多い苗字 18,330人 北海道 2、100人

鈴木 日本で2番目に多い 静岡県が一番多い 195、010人

日本全体では1634200人

楢林 非常に少ない苗字(ご本人の話しでは加藤清正の部下とのこと)

中だい千葉県に多い

橋本 語源は橋の麓 全国 45位 428400人 大阪が一番多い

何故か旅館が多い

早坂 549位 3、4220人 宮城県12、290人

桑垣   

榎本 274位 全国で76、630人 東京14、600人

阿部 23位 438900人 多いのが宮城県53、440人

西浦 991位 17590人 大阪4010人

三上 283位 74700人 青森16930人

野本 681位 27500人 埼玉5280人

山本 1、032、250 関西 92、890人

佐藤 1位 1826000人 北海道 1800620人

東北の佐藤さんが北海道に移住した。

秋山 143位 136320人 東京14390人(もとは山梨清和源氏の流れ) 野崎 316位 67090人  東京 6960人 須田 334位 61310人  群馬 6730人 山口 14位  615860  神奈川 44910人

12、二大藤党の歌

私は作詞もやっておりまして二大藤の歌というのを書きました。佐藤、斎藤の藤から 二大政党にひっかけたものですが、あるプロダクションが興味をもって来週会う約束になっています。 他に「ビジネスに活用できるルーツを探す本」というのを出版する予定になっています。 

家系図賛歌  作詞 市川香舟

家計研究の本 やっと出来たぞわが家の宝墨痕 鮮やか 系図・家譜

ここまで来るには三年三月 調べ尽した道がある

先祖の生き様子孫に 残すこれぞベストの贈り物

人は誰でも還暦過ぎりゃ 自分のルーツを知りたがる

系図はわが家の歴史を謳い 家譜はロマンと古文で飾る

出自と家紋の由来を知って 温故知新の智恵も湧く

家系解明この情熱で今後の人生 走りたい

善根積む家必ず栄え 人は笑顔の花咲かす

先祖に感謝し家系図賛歌 うたう心に春は来る




文責:得猪 外明 ・ 会場撮影:橋本 曜  ・ HTML作成:上野 治子

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