神田雑学大学 10/15 No236 


定年後の人生をNPOで楽しむ・雑学はポジィティヴな生き方

講師  吉川 欽也氏


紹介コメント
前すみだ学習ガーデン事務局長、吉川欽也さんは友人の頼みでまったく経験のない生涯学習ボランティアの世界にまきこまれ、そこで出会ったたくさんの人との出会いが老後を豊かにし、なお、広がる交友の輪の秘訣は?

1)who's who about kinya yoshikawa
吉川欽也でございます。「つちよし」に「さんぼんかわ」 「欽也」は「金」「欠」「なり」と書きます。大和十津川村の「栗栖(くりす)家」よりの婿養子であった親父は、「欽也」という名を誇りにしておりました。「欽」という字は「つつしむ、うやまう」という意味で、「皇帝に対する敬称」である「欽定」憲法=明治憲法があります。(欽定憲法きんていけんぽう 君主がきめた憲法のこと。▽ 大日本帝国憲法・プロシア憲法などが代表的。国民が直接または議会を通して定める民定憲法に対するもの。)
外国では「チョーサー著書集」「ダンテ全集」とあわせて世界三大美書といわれる「欽定英訳聖書」(1611JmmseT世が作ったThe Athorized Version of The Bible」といのもあります。*1
愛書家の中で定説となっている世界三大美書とは、ウィリアム・モリスが設立したケルムスコット・プレス印行の『チョーサー著作集』、コブデン・サンダーソンが設立したダヴス・プレス印行の『欽定英訳聖書』、そしてセント・ジョン・ホーンビイが設立したアシェンデ・プレスの『ダンテ著作集』の三書。いずれも19世紀後半から盛んになった、イギリスの私家版印刷所の作品であるローマ法王より蛮族の言葉と蔑まれた英語を欽定英訳聖書により、英国民の識字率が上がったとのです。

江戸と浪速の比較味










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本日は栄ある神田雑学大学で話す機会を与えてくださった三上理事長はじめ、理事・会員の皆様に心よりお礼申し上げます
神田雑学大学といえば いまや「江戸そばりえ」で有名ですが、「うどん文化」で育った私には「きつね」(大阪ではなまって「けつね」といいます)が大好きです。*2
正しい「きつねうどん」の食べ方は、先ず、汁を吸って、「揚げ」と「うどん」を交互に半分ぐらい食べてから、おもむろに薬味、それも「七味」をかけると、二度おいしく食べれます。
個人としての「大阪 3大 きつねうどん」は 「本町・南船場 松葉家」、「道頓堀 今井」、「千日前 ちとせ」がお奨めです。
先ず、きつねうどんの元祖とと言われる「松葉家」は明治26年創業の大阪うどんを代表する老舗、昆布やカツオ節に至るまで、産地に出向いて品質を厳選とあります。関西にしては少し濃い目の出汁に、やや細めのうどん、揚げは自家製らしいが、厚揚げの薄い揚げに、甘辛い味付けになっている。*3
その点「道頓堀 今井」は「ダシの今井」と呼ばれる自慢のつゆは、上品な薄味のなかにもしっかりとコクがある。その秘密は、たっぷり使われる北海道南部の黒口浜産天然真昆布で、クセのない澄んだダシが取れる稀少な昆布で他では真似できない味に。ほんのり甘い揚げとつゆの相性が抜群の『きつねうどん』(700円)は貫禄の美味しさ。*4
なお、日本橋高島屋地下の「味百選」のコーナーにて、水・金・日に「きつね・卓袱(しっぽく)・鍋焼き」の三種が売られており、持ち帰り温めるだけで、浪速の味が楽しめます。*5

最後にお奨めの「きつねうどん」は「千日前 ちとせ」は吉本興業御用達の店で、吉本の裏通りにあります。 「きつねうどん」のほかに「肉吸い・だいたま 」なる不思議なオーダーが。「だいたま」とは生卵がけ大盛りご飯に、肉うどんの「うどんぬき」吸い物です。わかりますか?ようするに、うどんまで食べると腹が張るが肉をおかずにしたいからじゃないですかね。
慣れんと、おばはんが「はぁ?なんにしまひょ?」と通じません。やたらに常連ばかりの店内の雰囲気に負けたらアカン。相席のせまいスペースに運ばれてきたのはタマゴかけご飯とうどん抜きの肉吸い(にくすい)、+とうふ、きざみうどん、うどん半熟(肉うどん+半熟タマゴ)などなど、名前だけ聞くと何が出てくるのかわからない、常連達の隠語メニューの雨あられ。
全国には、おもしろい組み合わせがあり、名古屋のチャ−ハン・ライスがあります。女子大生が「ちゃーはん」にソースをたっぷりかけて、ごはんのおかずにするという発想です。

さて、その点 江戸蕎麦は優雅ですね。
阿刀田 高(たかし)「ユーモア革命」という本*6に 「おそば屋さんには三匹動物がいるんだね」「きつね たぬき おおざる」とあります。そのほかに 「むじな=きつねとたぬきのあいのり」 「おかめ」 「そばがき」なんて面白いですね。その他のユーモアは「離婚の原因第一位は結婚」だそうです。
そう言えば、京都で「東京都と書く」と「えらい郊外に住んでいやはるんですなぁ。 東(ひがし)の京都ですやろ」その他の話しで「暇な人ほど忙しい パーキンソンの法則」もありますね。

私の原体験
これから私の原体験を話させていただきます。人間にとって人生の最初の記憶はいつ頃か?という事です。
生まれは 難波八坂神社前ですがほとんど記憶にありません。*7
1939年という年はノモンハン事件などきな臭いことが起こっており、誕生日の7月6日はなんと「ゼロ戦が試験飛行開始」とあります。翌年が皇紀2600年(昭和一五年)でゼロ戦が型式されたそうです。人口統計*8を見ますと、別添のとおり、庇の下に生まれ、10歳あとに団塊の世代が続いております。
今、生まれて65年ですが、1939から65年戻ると1874年の明治7年で 「警視庁創設 佐賀の乱 慶應和田塾幼稚舎設立」とあります。

さて、母方の里である奈良県磯城郡大福村横内というところに、気がついていたら疎開しておりました。それからが、私の人生のページが開かれました。
母方は三男四女の長女で完全なる女系家族で、父方は十津川の9男三女とは対照的な家族構成です。大和というのはもともと、神武天皇が伊勢から大和盆地に入ったときに、三輪の一族の娘と結ばれて以来の女系が強い土地柄です。今も、大和は姉妹だけ存命で、十津川は叔父一人がかろうじて存命です。
今は桜市井に含まれておりますのでよく「青葉しげれる 桜井の」という歌の楠公父子 桜井の駅別れと間違われますが、「桜井の駅」*9は大阪府の淀川沿いの京都山崎の隣の島本町にあります。
奈良県*10は「海なし県」ですが,他に 滋賀 岐阜 長野 山梨 群馬 栃木 埼玉 の八県が海なしです。
特に、桜井市はご神体が山である「三輪神社」*11と最近国宝になった牡丹で有名な「長谷寺」*12、日本三大文殊のひとつ「阿部の文殊」*13、日光東照宮の原型といわれる多武峰の「談山神社」*14など歴史の宝庫です。飛鳥が今ほどもてはやされない頃から、地元では密接な歴史遺産でした。
中でも、あまり知られていない、「談山神社」に関する話しで、「日光東照宮は談山神社のコピーじゃないのですか?」という問いに、「コピーはオーバーですが、お手本になったことは間違いありません。
主に極彩色で社殿を塗り、彫刻で装飾したことを指しています。

なぜそうしたかというと、それが徳川家康の遺言だったからです。「多武峰のごとく祀ってほしい」と元々、家康は出自を藤原氏だと言っていました。談山神社の御祭神である藤原鎌足公を篤く崇敬していたようです。談山神社の本殿を50年毎に建て替えるように命じたのも家康です。 権祢宜 佐古 拝 談山 神 社 社 務 所奈良県桜井市多武峰319
http://www.tanzan.or.jp

さて、近鉄大阪線の大福というおめでたい名前の駅のホームに立つと、右に三輪さん*15、左に耳成山が*16見えます。春分・秋分には、太陽が三輪さんの上から昇り、大阪との県境の二上の雄山・雌山の間に隠れるといわれております。大和三山の畝傍*17と天の香具山*18は見えませんが、藤原京は大和三山の間にあったといわれております。*19
大阪大空襲の経験もなく、終戦というより、敗戦の翌年に大福村小学校に入学、教科書は「さいたさいた、さくらがさいた」でした。学校近くに、近年、大福遺跡が発掘されました。
1学期が終え、夏休みには、疎開が終わり、大阪に戻りました。私の原体験は大和にありです。大和は私の心のふるさとです

2)定年以降
1999年に定年を迎えました。定年は急に来るのではないので、55歳ぐらいから、先輩の話しを参考に定年準備に入りました。

先ず、寝に帰るだけの住居を千葉から東京に移すこと。そして、衣服を「年金ルック」のカジュアルウエアにかえる。背広、スーツよさらば。靴も黒1色からカラーになどなど。

定年1日目から、今まで手にもとらなっかた区報、都報などから情報をえて、あらゆる無料講習会に申込みました。健康教室で、ストレッチの基本を学んでから、憧れの「ドームスポーツ」とか巣鴨の三菱のディ会員として、昼間は大変充実しておりました。

定年の3大不都合は、1)名刺がない 2)定期がない 3)予定がない と言われますが、なんら不便もなく、図書館などに通い、読書三昧。おかげで本が増えずに、家内から誉められました。

但し、気分は啄木の「家を出て五町ばかりは用のある人のごとく歩いてみたれど〜」(「悲しき玩具」より)の気分で気取っておりました。もっぱら、やたらと同窓会に出て、定年貴族を満喫していたところ、ある日、突然の電話で思いもかけずに、ボランティアにひきこまれました。
高校時代の友人が、墨田で生涯学習のNPOの理事長をやっているが、金庫番の事務局長捜しているがおまえに助けてほしいとこと。金庫番の経理ぐらいはできるのではと、いいよといったら、墨田区役所の生涯学習部に来てくれというので、はじめて、吾妻橋のアサヒビールの横の役所の高層階に行き、女性部長に会い、一度、顔合わせの飲み会を割り勘でやった後、初めて、京成曳船の仕事場に行きました。当時、大江戸線が全線開通したので、三田線・白山 春日、大江戸線・蔵前から徒歩で、浅草線・押上から京成の曳船と乗り継ぎました。駅の細いホームの改札口を出たら、踏切があり、明治通りとありました。

職場のNPO法人すみだ学習ガーデンは墨田生涯学習センターというモダンな建物の中の2階にありながら、なんと倉庫みたいなところでした。しまったと思ったが後の祭り、前任の引継ぎもなく、事務局長に就任。先ず、手付かずの決算と予算の作成、倉庫みたいな事務所のレイアウト変更など、金庫番だけどころの話しではなかった。
一応NPO法人という組織で120名ぐらいの会員により運営されている形態ですが、区の外郭である「学習推進委員会」が任意団体になり、NPO法人化されたものなので、実質は墨田区の補助金により運営されている「生涯学習企画運営」の団体です。、
詳しくはNPO法人すみだ学習ガーデンのHP(http://www.sumida-gg.or.jp/)をご覧ください。

それでも始めての世界に結構楽しんでいたんですが、なにしろ、生涯学習というのは、夜間講座も多く、昼夜のべなく、それに休日行事と忙しいのなんの。民間より忙しい毎日を過しておりました。会社時代と違って、名刺交換にしても、相手は行政、大学、ボランティア団体が多く、この付き合いが、人の輪を拡げてくれ、私の貴重な財産です。

ところが、急に通院中の家内の病状悪化により介護が必要となり、理事長にお願いして、運用形態も一段落したので退任を申し出て受理されました。わずか1年足らずの期間でしたが、NPOとは?法人とは?ボランティアとは?という事を身をもって体験できました。

3)NPOでの繋がりと人の輪
さて、ここでわずか体験したNPOの世界について、お話したいと思います。NPOという言葉は、阪神・淡路大震災のボランティアの活動振りを目にして、政府・行政としてもボランティアを支援する手段として、「特定非営利活動促進法」通称「NPO法」が1998年3月公布、12月実施されました。NPO法人になるには、全国的に展開する法人は内閣府(旧経済企画庁)に、都道府県単位で活動するいわゆる地方区はそれぞれ都道府県に申請して、認可されるというのがルールです。(NPOの説明はhttp://www.npo-homepage.go.jp/new_npo/top_faq.html

現在の認可数は2004/10/31時点で19,155法人が認可されておりますが、一方、解散法人も281あります。(詳しくはhttp://www.npo-homepage.go.jp/data/pref.html

ここで、先ず、任意団体=NPOとNPO法人は違うのだと認識が必要です。
いま、NPOといえばNPO法人をさすように理解されておりますが、ボランティアやるには必ず法人資格が必要ではありません。行政とか企業からみれば法人格をもっている相手だと処理しやすいといった面で、法人格を薦めます。だけども、本来のボランティアで、行政の支援などを望まなければ、単なるNPOで充分活動できます。具体例としては、旧大蔵省役人が立ち上げた「役所は変わる、もしもあなたが望むなら」NPO「WHYNOT」(創設者村尾信尚氏(http://www.murao-n.net/)があります。現在のNPO法人は財政資金面での寄付金の税制改革に重きを置く、中間法人が走っておりますが、そろそろ、NPO法人の本来の使命見直すあるのでと思います。

最近、団塊の世代の定年後の社会参加を迎えていろんな本が出ております。
先ずは、「団塊老人」*20という本を書かれた三田誠広(まさひろ)さんは、NPOへの参加をよびかけておりますし、村上龍さんの「人生における成功者の定義と条件」では、〜世界で活躍する5人と語った、新しい時代の“成功者”とは〜「安藤忠雄 / 利根川進 / カルロス・ゴーン / 猪口邦子 / 中田英寿」を取り上げておりますが、その中で「家庭・家族を作らなければ幸福はないというような考え方は希薄になっていくべきだろう。必要なのは、お互いに信頼できて、相談できて、しかもその中で癒される小さな共同体、のようなものではないだろうか。それは結婚という形を取らず共に生きる男女かも知れないし、たとえばNPOなどで共に活動した仲間かも知れないし、昔からの友人同士かも知れない。」とNPOの意義が表されております。

また、東京新聞では「NPOという生き方」の中の特集で、「団塊ー新現役世代」というタイトルで団塊世代の定年後の活動の場としてNPOが重要な受け皿になるとしております。「引退はまだ早い、歴史を切り開こう」とNPOでの積極参加により、社会が変わり、特に、団結力、企画力はボランティアが最も必要としているキャリアと思います。

そこで、どのNPO法人に入ったらよいかといいますと、先ず、いろんなNPOの行事や講演会などに参加したり、年会費が2~3千円程度であれば、会員になり総会などに出席して、選んだ方がよいのでは。決して永久就職ではないので、いろんなNPOを経験されることをお薦めします。一時、「NPOサーフィン」などという言葉がありましね。

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NPOにはいろんな方が参加されているので、その人との出会いを楽しんでください。あまり音楽にも縁がなかったのが、シャンソンや生バンド演奏を聴きに行ったりして、中間の輪が拡がります。神田雑学大学でも「遊網人」田口和男さん(http://www.mars.dti.ne.jp/~taguchik/)の演奏を聴きに行っては、更に新しい人との出会いがあります。

4)WEBの毎日
さて、定年後の最高の武器は、パソコンによる情報収集です。会社時代は、主に事務用オンリーの使い方しかしなかったのですが、今は、毎日、インターネッツでもっぱら時間がつぶれます。また、メールもいいですね。友達との飲み会も、現役の後輩との交流も、メールだと非常にスムースに決まります。朝一には、新聞よりメールを開きますので家内にも皮肉を言われております。最近は、文京区区の図書館がITにて予約できるようになりましたので(http://www.lib.city.bunkyo.lg.jp/index.html)、新聞の読書欄からいままではメモをして、図書館にでかける手間が、すぐに、検索、予約できるので、大幅に読書幅が広がりました。また、読後の本の話しをしますと逆にこんな本が面白いよと紹介を受けます。元NHKの相撲放送などで活躍された阿部宏さんからは嵐山光三郎の「文人悪食」*21の紹介を受け、さらに「文人暴食」*22に出会いました。一時、浅田次郎に凝り「日輪の遺産」の中で、マッカーサー元帥の話が出てくるので、それの繋がりをWEBで検索したところで、サンケイWEBで正論創刊30周年記念企画 マッカーサー米議会証言録にぶつかり、翻訳・解説の牛田久美さんに出会いました*23。牛田さんとのメールのやり取り中で、2児の母だそうですが、その才能には頭が下がります。彼女の努力は「反省べた」の日本人には貴重な資料として後世に残るのではと思います。さらに「ブッシュ妄言録」*24 村井 理子さんも貴重な人材ではないでしょうかな。
「読書ばなれ」をさけばれておりますが、本とはつながりで、次々と展開します。
例えば、玄佑宗久(げんゆう そきゅう)「釈迦に説法」*24で 菊池寛短編集*25の中に「身投げ救助業」という面白い話しに出会いました。菊池寛全集という古い本の第2巻にあリます。また、ある本の紹介で、菊池寛と小澤征爾に通じるものとしてお互いに癖がないのが一般聴衆の胸に直接通ずるとの話に思わず納得しました。
最近読んだ本で、ITを最高に利用して読んだ本は「ダビンチコード」*26です。日本人には難解なキリストの世界もITを駆使して読むと本当に目の前に浮かぶ思いです。(http://www.danbrown.com/secrets/davinci_code/louvre.html)特に修復なった「最後の晩餐」に浮かびでた「マグダラのマリヤ」の話しにはにはおどろきですそ。
その他ルーブル美術館のHP(http://www.louvre.or.jp/)も本を読みながら開いてください。本当に楽しいですよ。日野原重明先生は読書術として「読書家には四種類があり 海綿型 砂時計型 皮袋型 篩(ふるい)型」だそうですが、ITを使った読書法も一案かなと思います。

さて、最近、NPO関係の集まりにて、霞ヶ関からトラバーユした高級官僚の話の中で「夜警国家」などという言葉を知りました。要するに、財政が苦しくなり、金がないので、「国家の任務は防衛や治安維持など最小限の役割に限定する」ことだそうです。即ち、小さな政府、安価な政府などとともに、近代自由主義国家を特徴付ける言葉として用いられ、福祉国家、行政国家などと対比されます。一方、民間も活力がないので、かっての文化事業から撤退しているために、ますます、NPOの世界が重視されるだろうという論理だそうです。
しかしながら、NPO活動はもっと前向きに論じられるべきだと思います。行政の下請けでなく、本来のボランティア活動の方向を再度確認する時期にきているにではないでしょうか。繰り返しますが、NPOとNPO法人は違うのだということを述べさしていただいて、私の話を終わります。ご静聴ありがとうございました。

追記
今年、介護保険の1号保険者になりました。介護を受けられる年代になったのです。いままで、「世話を受ける人」が私で、「世話をする人」が家内だということで生活設計を描いておりましたが、定年前に、家内が発病し、状況が変わりました。半介護状態ですから、二人で過す時間がものすごく多くなり、なんだか家にいても居心地がよいのです。「介護は愉しい→こんな愉しい事が老後にあるとは思わなかった」と評論家の田原総一郎さんがといわれたそうですが、実際何か強い繋がりが生まれるようです。「介護は恋愛」かも知れません。現役時代の家に帰るだけの頃とは違って会話もおおくなりました。

時々、簡単な料理、チャーハンやコンビニの冷凍日本蕎麦を作るのですが、おいしいと食べてくれます。そうするとうれしくなり益々腕があがり?味もよくなってきます。いかに現役の頃に面倒をかけたことやらと反省仕切りです。
最近、家内の友達でメールを始めたので、簡単なやりとりを教えたら、結構やります。あまり二人での共通事項がなかったのですが、今や、ITが二人の「かすがい」(鎹)です。

いままで、仮の置台にパソコンを置いていたのですが、メールを始めた家内から「姿勢が悪くなる」との要望を受けて、「ビック」でパソコン専用机と椅子を買いました。二人で組み立てたデスクは使いやすく、整理もすっきりで喜んでくれました。「なんで、早く買はなかった」と責められもしましたが、いいコミニュケーションが出来ました。

又、高校時代の友人が、世田谷区の芦花ホーム内で元気な老人を集めて毎週火曜日に「楽々倶楽部」なるボランティアをやっております。かれこれ、十数回ほど、友人にお願いして、話しやらシャンソンやらフラワーアレンジなど企画して大変喜ばれております。
世田谷という土地柄でしょうかハイレベルの反応があり、逆に活力を貰ってきます。介護だけが高年齢者対策ではないと実感しました。「遊網人」田口さんのビブラホンの演奏も大好評でした。

*1世界三大美書
愛書家の中で定説となっている世界三大美書とは、ウィリアム・モリスが設立したケルムスコット・プレス印行の『チョーサー著作集』、コブデン・サンダーソンが設立したダヴス・プレス印行の『欽定英訳聖書』、そしてセント・ジョン・ホーンビイが設立したアシェンデ・プレスの『ダンテ著作集』の三書。いずれも19世紀後半から盛んになった、イギリスの私家版印刷所の作品である


*2河内けつねうどん「へんこつ」の看板

*3「松葉家」は明治26年創業の大阪うどんを代表する老舗

*4「道頓堀 今井」

*5日本橋高島屋地下の「味百選」のコーナー

*6阿刀田 高(たかし)「ユーモア革命」という本

*7難波八坂神社

*8人口統計表

*9「桜井の駅」地図

*10奈良県観光図

*11ご神体が山である「三輪神社」

*12最近国宝になった牡丹で有名な「長谷寺」

*13日本三大文殊のひとつ「阿部の文殊」

*14「談山神社」の地図

*15三輪山

*16耳成山

*17畝傍山

*18天の香具山

*19藤原京と大和三山の地図

*20「団塊老人」三田誠広(まさひろ)

*21嵐山光三郎「文人悪食」

*22嵐山光三郎「文人暴食」

*23牛田久美さんに出会いました
【新連載 創刊30周年記念企画】 第一級史料全訳に本誌記者が挑む
…一九五一年五月三日〜五日、米上院軍事・外交合同委員会聴聞会より…
訳・解説/本誌 牛田久美

*24「ブッシュ妄言録」村井 理子さん

*24玄佑宗久(げんゆう そきゅう)「釈迦に説法」

*25菊池寛全集第2巻目次

*26「ダビンチコード」

以上

文責;吉川 欽也  写真;橋本 曜  HTML;山本 啓一