神田雑学大学 2004年10月29日講義録

モンゴルへの小さなかけ橋

講師 大竹 桂子 小峰ヒデ子

むさしのビーンズクラブ



目 次

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はじめに

ダシドンドグさんとモンゴルの児童文学

みどりの馬祭り

「みどりの馬」誕生の地へ




はじめに

 今年の初めに、この講座でモンゴルの民話『みどりの馬』を出版した経緯についてお話しをさせていただきました。原作はモンゴルのジャンビーン・ダシドンドグさん、この物語に画家・稲田善樹さんがボランティアで挿絵を書いてくれました。英語版から私が翻訳して絵本として出版しました。
 同時にモンゴル語の絵本も創り、「むさしのビーンズクラブ」から、モンゴルの子どもたちに寄贈いたしましたところ、大きな反響があり、モンゴルから招待されました。そこでゴールドメダルを頂きました。今日は、このときの旅をお話したいと思います。
みどりの馬の絵本へ

画家の稲田善樹さんと新潟中越地震
 『みどりの馬』の絵を書いてくださった稲田さんは、地震があった新潟県十日町市に住んでいまして地震の被害にあわれました。彼は、市の外れにある山間の廃屋を家賃3万円で借り、創作活動をしているわけですが、家の中は、いろんなものが散乱しているそうです。幸い怪我もなく、その夜のうちに、大家さんが近くまで車で迎えにきてくれて山を下りました。今、大家さんの庭でテント生活をしているそうです。

   稲田さんは、モンゴルを自転車で7ヶ月もかけて旅をした人です。今回、小峰さんとバスで広い草原を700キロも走ってみて、彼の旅が、どんなに厳しいものだったのか、身にしみてわかりました。モンゴルが大好きだからこそ、魂のこもった素晴らしい挿絵が描けたのだと思いました。
 少し私ごとになりますが、私は織物が好きで、越後上布のことを調べに、雪の十日町を何回も訪ねたことがあります。地震にあわれた方たちの復興を、心から祈っております。

ダシドンドグさんとモンゴルの児童文学

 ダシドンドグさんは、モンゴルの児童作家です。彼は40年近く詩と童話と劇の脚本を書いています。
 モンゴルは遊牧生活から生れた豊な口承文芸が伝わり、20世紀の初めまで、印刷された本が広く読まれるといったことはなかったようです。1990年代にロシヤから独立したものの、経済的に大変な困難に直面し、本の出版どころでなかったようです。

 今回訪れたモンゴルでは、非常にカラフルな出版物が店頭にあふれていました。しかし、ヨーロッパの名作や、ロシヤの翻訳ものが多く、モンゴルの独自の作品は少ないように見受けられました。 '98年と、'99年に私たちがモンゴルに行った時、葉書大の小さな冊子を、寄付金でダシドンドグさんが作っていました。今は普通の本もありますが、ダシドンドグさんは内モンゴルで作っているようです。

 今回は「ノゴンモリ バヤル」という「みどりの馬の祭り」に招待されたわけですが、私たちはどのように対応したらよいかがわかりませんでした。モンゴルの知人に聞くと、交通費から滞在費一切を招待した側が負担するのが普通とのことでした。でも、小峰さんと相談してHISの往復航空券とホテル代をこちらで払って出かけることにしました。

 モンゴルの子どもの行事にも参加をと言われ、子どもたちの弓の大会に何かお土産をお願いできないか、とのことでした。小峰さんがモンゴル語で、「おめでとう」と書いた和紙の袋を準備して行きました。土産物が多くなり、空港で重量超過料金を払う羽目になってしまいました。

 前回のモンゴル旅行でも飛行機が大幅に遅れましたが、今回も出発の遅延の案内がありました。その上、予定外の韓国・仁川空港での給油があり、3時間ぐらい遅れでウランバートル空港に着くことができました。季節は5月の初めで観光シーズンには少し早かったのですが、日本人が大勢乗っていました。モンゴルに乗馬に行くというご婦人が、『みどりの馬』を5冊も買ってくれました。

ダシドンドグ家のディナー
 翌日、ダシドンドグさんの家の夕食に招待され訪問しました。日本の団地のような建物の階段の電球が、盗まれたままになっていました。持っていった小型の懐中電灯が役に立ちました。奥さんは小児科の先生だそうですが、今はダシドンドグさんのアシストとして働いています。モンゴルでは夫婦共稼ぎでないと生活していけないそうです。共働きが珍しくないようです。
 奥さんが、ヨーロッパ風のおいしい前菜を11種類も作ってくださって、フルコースのご馳走にありつくことができました。本当に心のこもったおもてなしをうけ、とても感激いたしました。

 モンゴルの作家の作品が、日本で翻訳されて出版されるということは素晴らしいことで、ダシドンドグさんと奥さんは、それはそれは喜んでいました。これによってダシドンドグさんは作家仲間でも格段に地位が上がったとのことでした。

新規開店の本屋の様子 小峰ヒデ子さん
 小さな本屋さんでしたが、そこで大竹さんの出版された絵本が紹介され、大竹さんのお宅にホームステイした東大大学院に留学していたお医者さんが、通訳をしてくれました。

みどりの馬祭り

 30日に「みどりの馬祭り」に出かけました。そのときは、ご主人がモンゴル大使館で働いている津田紀子さんがずっと案内して下さいました。科学教育文化省が主催で、会場には小さな子どもたちが正装して、きちんと座って待っていました。
 出発前、津田さんから日本の大使も出席されると伺い、私は紋付の和服で参加しました。『みどりの馬』を読んで出席された当田大使の挨拶は、本当に心のこもったものでした。

挨拶に立った私は、
 絵本を作るとき、故郷・土佐の古い千年も経ったクスの木に「どうかいい本ができますように」とお祈りを捧げました。お陰様でとてもいいものを作ることができました。本の贈呈は、「草原の子どもたちに絵本をプレゼントしたい」という多くの人々の志によるものです。日本を出発するとき、絵本の支払いを無事に済ませました。そのとき、重なった一枚一枚のお札に、皆の深い心を感じ、胸が熱くなりました。この絵本がモンゴルの子どもたちに愛され、2つの国の掛け橋になって欲しい。  と結びました。

 国会議員のボロルモアさんから、「モンゴルの子どもたちのためにつくしました」と、ゴールドメダルを授与されたときは、とてもびっくりしました。小さなメダルの中には、大人2人が子どもと手をつないだ図柄が描かれています。
 ダシドンドグさんが最後に、子どもたちにご自分の詩を朗読しました。本当に素晴らしい響きで、子どもたちはじーっと聞きいっていました。その詩を読んでみます。



         赤栗毛の馬
   赤栗毛の馬にまたがり 並足から早足に
   早足から駆足に 駆足から襲歩した
   草原に ムチを振りあげ ムチを振りあげ 走らせる
   道に 土埃をまきあげ 土埃をまきあげ スピードをあげる
   地球を 四つのひづめが 四つのひづめが はおどる
   石が 十の方向へ 十の方向へ はねあがる
   地球は 足の下 足の下  流れ行く
   峠の丘は 遠くへ 遠くへ 霞んでゆく
   村が見えてきた 見えてきた
   向こうの建物が 近づいてきた 近づいてきた
   赤栗毛の馬の 手綱をひいて 駆足に
   駆け足から 早足に 早足から 歩かせた


 これは移動図書館のバスの前でとった写真です。真ん中の男性がダシドンドグさんで左が津田紀子さんです。このバスには茨城バスと書いてありますが、横浜のNPOが手にいれて贈ったものだそうです。

『みどりの馬』誕生の地へ(小峰ヒデ子さん)

 6月1日午前、弓の大会会場へ行きました。弓の名手だったダシドンドグさんのお父様が始めた大会で3歳から15歳までの子どもが参加し年齢別に技を競うのです。民族衣裳を身に着けた子どもたちがとても可愛らしく思わずシャッターを押しました。この大会に参加する子どもたちに何か品物を、と前もってお話がありましたので手作りの袋にボールペン等の文具を用意しました。時間がなく最後まで見ることが出来なかったのが心残りでした。

バスに揺られて
 午後、可愛い絵の描かれた移動図書館バスで草原へ向かいました。途中マーケットに寄ってペットボトルに入った飲み水、パン等を買い、いよいよ出発です。500mlのペットボトルとマスクが一人ひとりに渡されました。なぜマスク?と不思議に思っていましたが、走り出してすぐなぞが解けました。かなり老朽化したバスなのでほこりが入ってきて何もかも真っ白です。

果てしない草原を走る
 走っても走っても果てしなく続く草原、牛や馬、羊の群れがのどかに草を食みゆっくり時が流れていきます。モンゴリアンブルーの空、真っ白な雲、車窓から眺める草原には紫、白、黄色など色とりどりの花が咲き乱れ、小さな虫たちが飛び交い、鶴の仲間、かもめに似た鳥、フクロウも見かけました。迷っていたけれど来て良かった、ガタガタ揺れるバスの中でしみじみ思いました。前方に目的地が見えてきました。7時50分やっと到着です。皆でバンザイをしました。この日の走行距離225キロ。

草原のトイレ
 ダシドンドグさんのお兄さんのご家族に温かく迎えられ銀の器でいただいたモンゴル茶の美味しかったこと。またゆでた骨付きの羊の肉は絶品!でした。貴重な野菜の入ったサラダ、手作りのうどんなどたくさんのご馳走をいただきました。10時10分やっと日没です。トイレは外にあって木の囲いがしてあり戸は付いていません。深か〜く掘った穴の上に板が渡してあるだけです。足がすくんでなかなか上に乗ることが出来ませんでした。日が落ちると外は真っ暗で懐中電灯は必需品でした。  食器は洗わず布で拭いて使っていました。一日500mlの水で顔や口をすすぎ飲み水にもするという生活をし水の大切さを思い知りました。

 次の日は人口500人ほどのブレグハンガイ村にある8年制の小学校を訪問しました。生徒数は300人で其の内の50人が寮で生活しているそうです。私たちのバスが着くと子どもたちが駆け寄ってきました。バスから下ろした絵本が子どもたちに配られ楽しそうに読んでいました。子どもたちの輝く瞳、明るい笑顔が忘れられません。

みどりの馬の故郷へ
 子どもたちに見送られ、みどりの馬の生まれ故郷の山に向かいました。そこは奥地で幾つもの低い山が重なった清らかな所でした。黄色いタンポポが一面咲き乱れていました。岩山に生えている草が馬の形をしていて、それを見て『みどりの馬』が生まれたそうです。今回の旅はダシドンドグさんが私たちにこの山を見せたかったので計画してくださったのです。

 草原最後の日17世紀に建てられた王宮の城址へ向かいました。バスが着くと真っ赤なフエルトの帽子を被り黄色の民族衣装を着たおじいさんが近付いて来ました。88歳、衣裳にはハフハ川の戦争(ノモンハン事変)に勝った時にいただいたという勲章を5つも付けていました。杖は突いているもののしっかりとした足取りです。画家の稲田さんがモデルになってほしいと交渉して描かせていただいていました。

川のほとりでランチ
 すぐ近くの川のほとりに移動中、遥か彼方より一台の車が土埃を上げて近付いて来ました。2日前にお世話になったダシドンドグさんのお兄さん一家7人が私たちにお昼ご飯を届けに来て下さったのです。大きなポットに入った熱々のホーシュール(ピロシキに似た揚げパン)、車からかまどを下ろし川の水を濾して作った煮込みうどん、川のほとりに腰を下ろし皆でいただいたこのご馳走は涙が出るほどありがたく美味しく、天国にでもいるような気がしました。

 3日間の走行距離700キロ、バスの中は埃で何もかも真っ白、持って行った着替えは使うことなく着の身着のまま、自然の中で暮らす大変さをほんの少しですが学んだ旅でした。モンゴルの人々の温かいおもてなしに触れた貴重な旅でした。
おわり
文責:得猪外明

会場写真撮影:橋本 曜 HTML制作:大野令治