神田雑学大学 2005年1月21日講義録NO249

魅力的なクモの生態

講師 新海 榮一



目 次

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クモは害虫の天敵

北方四島と日本のクモ

クモの分布線

クモの調査と最多生息地

クモによる環境の評価




 

クモは害虫の天敵

 今日は雑学大学にお招きいただきまして有難うございます。国分寺市から参りました新海と申します。国分寺市市会議員を務めておりますが、商売は写真屋です。趣味のくもの研究は、中学1年からはじめまして43年間やっております。

 まずクモが好きという人は殆どありませんで、ある女子大で30年間定期的にクモの嫌われ度を調査している人がいますが、当初は3位ぐらいにいたのが最近は8位に落ちたそうであります。ちなみに第1位は一貫してゴキブリだそうです。他にヘビとか毛虫は常に上位にいるようです。

 ただし、クモは害虫の範疇に入りませんで、常に益虫です。農林害虫の天敵でもあり、家の周りでも、ハエや蚊、ゴキブリなどを退治してくれる益虫です。ただ外を歩くと、網が顔にかかったりして気持が悪いので、不快害虫という人もあります。
 農林害虫という見方をすると、水田でクモが1回網をはると、多い所では300匹ぐらいの小さいヨコバイのような虫がかかりますから、大変効率的といえます。
 中国でも、最近クモ学者が増えまして、現在は150名ぐらいいます。(日本のクモ学界のメンバーは、300人ぐらいです)そのほとんどが、農林害虫の天敵の調査ということで、国や調査機関から費用をだしてもらっています。

北方四島と日本のクモ

 最近、ロシヤもクモ学者が、若手を中心として急増しています。理由はよく判りませんが、日本のクモとロシヤのクモには共通性がありまして、1,400種類のうち70%はロシヤはじめ周辺の国々と共通していますので、ロシアのクモ学者があまり研究されますと、日本にも影響が出てきます。
 近年、ロシアが力を入れたのは、北方四島の生物の研究です。この調査費用がどこから出ているか判りませんが、新種のクモで周辺国と共通するものに、殆どロシアの名前を付けた新種として発表されてしまいました。ある意味でやられたな、という感じがします。
 推測では、ロシヤの学者が北方四島が日本に返還されることを危惧して、急いで調査をしたのでがないかととも考えられます。

 日本には先ほどお話したように現在約1,400種類のクモが記録されていますが、まだ大雪山や八重山諸島はじめ、本州、四国、九州においても次々と新種が発見されていますので、おそらく1,500種類以上になるのではないかと思っています。
 ちなみに、東京は現在480種で日本第4位です。1位は愛知県で530種類、次が静岡県の500種,神奈川県も500種です。

クモの分布線

 クモの分布には、非常に重要な線があります。それは、年間の平均気温が15度という等温線です。これは本州南岸線と呼ばれており、日本海の対馬列島を通り、山口県から大阪府までの瀬戸内海沿いの各県を辿って、紀伊半島の真中あたりから愛知県、静岡県、神奈川県の中央部を通過して、千葉県の房総半島に抜けている分布線です。この線は、植物のハマユウの、自然分布の北限とほとんど一致しています。
 この線の南北0.5度(温度で)の間に、南方系のクモと北方系のクモが重なって分布しているために、種類が多くなっています。東京は、どちらかというと、やや北方系の要素が強くなっています。

   日本でもっとも種類の多いのは、静岡県だろうと思います。静岡県は南アルプスから伊豆半島の先端まで、気温分布も広いので、クモもたくさん生息しているわけです。
 クモの分布線には、この他に沖縄のクモと九州のクモを分けている渡瀬線(トカラ列島)、本州南岸線の北にある1月平均気温2度の等温線、8月平均気温24度の等温線、本州と北海道の生物を分けているプラキストン線(津軽海峡)、8月の平均気温20度の等温線まどが重要な分布線になっています。

 ところが、最近この分布線に少し異常が起きています。多くのクモが今までの北限でありました分布線を超えて、北上していることが確認されたのです。最も有名な種類は、温暖化防止のための京都会議で取り上げられているスズミグモです。スズミグモは、環太平洋の熱帯地域に分布している南方系のクモで、日本では、静岡県の中央部(大井川が北限)以南の太平洋側の県に生息している種類で、静岡県東部、伊豆半島にも分布しておらず、ましてや、関東地方などには全く生息していませんでした。それが1975年に初めて神奈川県で採集されて以来20年間で、神奈川県全域、東京都、埼玉県まで分布範囲を広げてきております。同様のケースは、同じく南方系のイソウロウグモ類のゴミグモ類、トリノフンダマシ類など、多くの種類で確認されております。いずれの種類も僅か20年から25年の間に、本州南岸線より平均気温で2度から3度高い分布線付近まで北上したことになります。

 この北上の速さは明らかに異常でありまして、通常100年以上かかるところを4倍から5倍のスピードで、分布を広げていることになります。これは恐らく、日本列島全体の温暖化が、現在我々が考えているより、はるかに早く進行していることを証明しているのではないかと思います。

クモの調査と最多生息地

 クモの調査方法には、庭園や寺社院林など特定の小地域に限定した調査もありますし、県単位の広い調査もあります。特にクモの種類の多い場所は、山麓から山の中腹ですので、山地の調査は重点的に行います。高尾山とか、丹沢山塊だけに限定した調査も行なっております。関東では、高尾山が豊富で360種のクモが生息しています。丹沢は、大山から道志までの範囲で400種ぐらいです。

 私は中学の時から研究を始めて、最初は国分寺周辺から調査を進めました。高校時代はほとんど高尾山で調べていました。大学時代には、東京都の調査がほぼ終了したので、東亜蜘蛛学会(現日本蜘蛛学界)から「東京都産真正蜘蛛類」を刊行しました。
 やがて学習研究社から「学研の図鑑」を出版することになり、そのために全国の調査が必要になりました。 

 その時、北海道から九州まで、学研の編集者の方や仲間たちと、クモの調査とクモの写真を撮りながら回りました。当然、南の九州鹿児島や、四国の高知にはたくさんのクモがいると期待して行ったのですが、高尾山より多いところは一つもありませんでした。

 その後、北の東北や北海道の調査も行いましたが、やはり高尾山より多いところはありませんでした。従って、現在のところ日本で一番クモの多い山は、高尾山ということになります。高尾山の特徴は、種類ばかりでなく個体数も多いところにあります。神奈川県の研究仲間が、前の日に丹沢の調査をして、次の日に高尾山に来ると、高尾山のクモの量の多さに驚かされます。とよく言っていました。因みに丹沢は、日本で二番目にクモの種類も量も多い山ですので、その人達が驚くほどいると言うことです。

 高尾山の裏の神馬山に行きますと、クモの種類は半分ぐらいに減ってしまいます。なぜ高尾山が豊富かというと、神社の敷地として昔から守られてきたこと、植生が豊で、昆虫の種類も、個体数も多いためク、モの餌が大量にあること、また谷の広さや、深さなど、地形的なことも影響しているのではないかと考えています。

クモによる環境の評価

 クモは環境によって住み分けができていますので、環境の評価にクモを使うという研究を、ここ15年ばかりやっております。
 高尾山から八王子、国分寺を通って東京駅周辺までのクモの変化を見ると、都心部に行くにつれて種類も個体数も減少してきます。都市部では緑が少なく、建物はビル化し、人も多く環境が悪くなってきますので、当然クモも昆虫も生活できなくなってきます。

 クモは非常に環境の変化に敏感で、例えば八王子の山地にいるクモが、同じ市内でも平地に来ると、もう出現してこない。山地から里地までは分布しているが、民家などが現われると急に居なくなる種類など、山地でなくては棲息できない種類、山地から里地まで生息している種類、平地に生息している種類など、また、住んでいる場所も水田、河原、草原、雑木林、神社やお寺の境内など、環境によって、地域によってたくさんのクモが住み分けをしています。逆に、建物などの人口建造物の中や周辺を好んだり、大阪で10年前に出現したセアカゴケグモのように、側溝や墓石の間を好む種類など、都市部でなくては生息できないクモもおります。

 8年前、高尾山の裏にある木下沢から日比谷公園までの間、杉並区の善福寺公園、国分寺市の史跡公園、八王子市の小宮公園、同じく八王子恩方の日野自動車グリーンファンドの森の6箇所を選定してクモの調査を実施しました。その結果、日比谷公園のクモは比較的環境の変化に強く、またビルなどの人工物を好む種類が多く、木下沢や恩方の日野自動車グリーンファンドの森のクモは環境の変化に敏感で、環境が悪化するとすぐ減少してしまう種類が多く生息していました。そして、この両グループの数量の比率で、その地域の環境がどのくらい良好なのか、あるいは悪化しているのが判るようになりました。

 それぞれの環境指数は、木下沢(1718.9)グリーンファンドの森(3255)、小宮公園(236.3)、史跡公園(48)、善福寺(18)日比谷公園(5.2)という数字がでました。つまり木下沢は日比谷公園の330倍、グリーンファンドの森は日比谷公園の625倍も良好な環境が保たれていることが判明しました。

 今回は、クモの様々な生活、様々な研究の一部を紹介させていただきましたが、いずれに致しましても、クモは農業でも林業でも、また普段の生活の中でも、たくさんの害虫を捕食して人々の暮らしに大変役立っている動物ですので、気持悪いと思われてもけっこうですので、家の中に入って来たクモがいても、どうか殺す事なく逃がしていただくことをお願いしまして、今日の話を終わらせていただきます。                     
おわり

文責:得猪外明

会場写真撮影:橋本 曜 HTML制作:大野令治