平成17年6月3日 神田雑学大学講座No265 

日本・ミヤンマー交流写真展の回顧

講師 関谷 巌


じめに 
2000年10月から2003年1月まで五度にわたり、延べ三十日余の遍路の旅、ヤンゴン、バガン、インレー湖、マンダレー、バゴー、チャイティーヨー、モウラミャイン、シットウェー、ミャウーなどを回わりました。
 ミャンマーの各所を訪ねるうちに大自然の中に抱かれるように人々が暮らしていることに気づかされました。

ミャンマーの国勢(「地球の歩き方」6ページ,ダイヤモンドビッグ社 による)

正式国名  Union of Myanmar

面積     約67万8500km2(日本の約1.8倍)

人口     4272万0196人(04年7月推定)

首都     ヤンゴン Yangon(1989年ラングーンを改称。人口約250万人)

元首     タン・シュエ国家平和開発評議会議長

政体     軍政 国家平和開発評議会                                         

          (SPDC : the State Peace and Development Council)

民族構成  ビルマ族が約70%、シャン族8.5%、カレン族6.2%、ラカイ   

          ン族4%、華人3.6%、モン族2%、インド人2%、その他。現  

          政権の発表によれば国内には135の民族が居住している。

宗教     国民の85%が仏教徒                                

          (南方上座部仏教。ただし華人は大乗仏教)

言語     公用語はビルマ語

 日の出とともに朝餉の煙が立ちのぼり、鶏の鳴き声が聞こえ、憎が托鉢をして歩く姿を見ます。パゴダの周りに田畑が広がり、牛を使って畑を耕し、鎌で稲を刈り、川や湖では洗濯、沐浴をしたり、魚釣りをしています。夕方になると水汲みの瓶を頭に載せた子供が行き交い、野山に放されていた山羊や牛の群が牧童に追われて舎に戻ってくるのです。このようなのどかな風景が、パゴダを中心とするくらしのなかにありましました。

 ミャンマーを訪れる度に、亜熱帯特有の香りを含んだ湿気の多い熱風に身を包まれ、ヤンゴンに着いたことを実感するのです。そして、市内に向う車中から夜空に輝くシュエダゴォンパゴダを仰ぎ見て安堵するのでした。はじめてこのパゴダを拝したときは、「なんだ、先端にダイヤモンドや翡翠をちりばめた黄金のパゴダか」という程度で、私にはあまり響くものがなかったのです。

 しかし、想えば私が師と仰ぐ公照さん(ここでは、「一休さん」と同じ尊敬と親愛の意味をこめて「公照さん」と呼ばせていただきます)が大仏殿の昭和大修理の落慶法要のおり、屋根の鴟尾に金箔を押し直し「鴟尾放光」と直言されていたのです。さらに東大寺創建当時は大仏も金色に輝いていたし、現存する三月堂の不空絹索観音(ふくうけんざくかんのん)の宝冠は翡翠や珊瑚などで飾られているのです。このようなことから、この黄金のパゴダも私にとって身近な存在と感ぜられるようになっていったのです。

 そして偶然にも昨年3月、東大寺お水取り参拝の折、友人から「公照師は、昭利61年(1986年)にビルマヘ行かれた。大変お気に入られて、『又行きたい、行きたい』と話されてましたよ」と聞かされました。「え!!」公照さんもミャンマー(ビルマ)を旅して、そんな思いを寄せておられたのか。
公照さんの著書を見返しました。「あった!!絵日記にペグー(Bago)の寝釈迦仏の絵を描かれて、「焦熱の地獄さながら春秋の たえて無き国 ただ木陰のみ すずしの風の我を慰やすなり」との讃(公照絵日記『日日月月』清水公照,芸艸堂刊67頁)を見つけました。
私に、知らず知らずのうちに公照さんのミャンマーを思う心が伝わっていたのでしょうか。
 この「遊行」の旅を通じて、私自身が忘れかけていた人の豊かさに触れることができました。気ままな私の旅をささえてくれた皆様、この旅の道中をご一緒したかたがた、そしてなによりもミャンマーの人々ございました。
チェーズティンバーデ(ありがとう)


講演と写真
ヤンゴン【YANGON】
ミャンマーの首都。
イギリス風レンガや石組みの建物がつづく街並み。石畳の歩道をロンジー姿の人々や僧が行き交う。
露天の食堂から煙が立ち昇っている。
路上の小さな丸椅子に座って、食事をしている。


シュエダゴォンパゴダ

ヤンゴンの丘陵の高台に燦然と輝いている。
パゴダの南門から靴を脱いで参道を登る。
参道は、屋根のある階段。
花屋、仏具屋などが並んでいる。
登りつめたところで青空の下にシュエダゴォンパゴダが参拝者を迎えている。
どっしりした安定感、上部は円形、下部は角型の石組みで、当時の土木と建築の技術の粋を極めて構築したもの。
丘陵の地形を巧みに利用している。紀元前6世紀からのお釈迦さまの伝説があるパゴダ。「むかし、むかしお釈迦さまがミャンマーの商人に頭髪8本を贈られました。起源前585年、この地にこの聖髪を奉納しました。王様はこれをミャンマーの国の宝として、お祀りすることにしました。国をあげて黄金のパゴダを築きました」

注:「パゴダ」…仏塔・寺院などを総称します。
 区別して使うときは、仏塔・寺院としました。
  個別名詞で使われていることもあります。

バガン【BAGAN】

世界遺産のパゴダとともに、漆器作りでも有名な町。
ロンジー、Tシャツ姿の工員が漆器作りに取り組んでいる。女工が彫刻刀で唐草模様を彫っていく。
黒い漆を彫るとそこに色漆が削り出されてくる。
彫った線に色材を塗り込み、伝統的な模様を色づけしている。実に器用で手際よくこなしている。


マンダレー【MANDALAY】

アマラプラの僧院。
800人の僧が生活している。午前10時前、僧の姿があまり見えない。建物の裏側に回る。井戸端で子供僧が顔を洗っている。洗面というより、頭からバケツで水をかぶっている。手押しのポンプで汲み上げて井戸水を水桶に入れていく。なつかしい風景がある。青年僧が鐘を鳴らして歩いて行く。


朝食のお知らせ。
何時の間にか、どこからともなく多勢の僧が
托鉢を持って集まっている。
整然と並んで托鉢の中にごはん、おかずを入れてもらい食堂に入っていく。
僧たちの無言の行。


インレー湖【INLE LAKE】
船着き場から木造の舟に乗り込む。日差しは強いが湖上の風がさわやかで暑さを感じさせない。
エンジンの振動が身体に伝わる。水中に繁茂している水草が揺れている。
小さな舟を上手に操りながら漁をしている。
トマトなどを水耕栽培している浮島がある。
荷物やお客を乗せた舟が行き交い、湖上に家が並ぶ。
窓から子供が手を振っている。
一時間余りでインデンの村に着く。
漆喰の白い柱のつづく参道をのぼる。
風雨にさらされた1000基あまりのパゴダの林が広がっている。

タァゥンヂー・カク【TAUNGGYI・KAKKU】

シャン高原北部の街タァゥンヂーから車で2時間。
凸凹道を砂埃を上げてカクに向かう。
両側には野菜やタバコなどの畑が広がっている。
パオ族の集落を何ヵ所か通る。
パオ族の頭に巻いた派手な布は、龍を現しているという。
畑が途切れ小さな森をすぎるとパゴダが集中している一画に出る。



バゴー【BAGO

寝釈迦仏への信仰が厚いところ。
口紅をさし、マニキュアを塗った仏さん。
寝釈迦仏の前で座禅を組んで瞑想している僧がいた。
近在の主婦たちが箒を持って掃除をしていても微動だにしない。全てをけずり落とした肉体。
そこに座っているだけで清涼な存在感がある。

チャイティーヨー【KYAIKTIYO】
ヤンゴンから車で5時間ほどのドライブ。途中でラジエーター水漏れ、クーラーなしのままの移動。
山の麓で「乗り合いバス」に乗り換える。
バスの終点からチャイティーヨーまで1時間を歩く。前傾姿勢で黙々と歩く。カゴに乗る人もいる。強力が荷物を運んでいく。踏ん張らないと後戻りしてしまう急坂だ。

汗だく、息をきらせて山頂に着く。裸足になって寺院に入る。崖の端ぎりぎりに鎮座している名物パゴダ「ゴールデンロック」。「あっ!!」なんとパゴダを覆うように、修理のための竹の足場が組まれている。ゴールデンロックを撮りたくて、はるばる登ってきたのに‥‥。

モウラミャイン【MAWLAMYINE(MOULMEIN)】

ヤンゴンから車で10時間余り、サルウィン川、アットラン川、ジャイ川の合流する河口の町。この町の郊外で500体仏に出会う。

シットウェー【SITTWAY】

早朝から港に次々と舟が着く。人の波が押し寄せてくる。市場が活況を呈している。カツオ、エイ、クロムツ、タイ、ハモ、エビなどなじみの魚が並ぶ。海からの日の出。魚が輝いている。


ミヤウー【MRAUK-U(MYAUK-U)】
早朝まだ暗いうちに丘の上の僧堂に登る。12月の夜明け前。結構冷え込む。焚き火が見える。

子供僧が石組のかまどに枯れた竹片をくべ米を炊いている。瞬間的に周囲が明るくなるほどの炎が上がる。何度か繰り返してあとは弱火のままで時々鍋の蓋を開けて様子を見る。東の空が明るくなり、パゴダが浮かび上がってくる。朝食の合図の鐘が響く。


【東大寺二月堂お水取り】
お水取りは修二会といわれ、毎年3月1日から14日まで、東大寺二月堂で執り行われる火と水の行法である。夕方七時、大きな松明(たいまつ)を先導に僧が一人ひとり二月堂に登っていく。

十一人の僧を練行衆と呼ぶ。
この松明を二月堂の舞台の下で眺めてから二月堂に参拝する。堂内では十一面観音に向かっての祈願が夜半まで続く。 南無観、南無観、南無観自在、 声明(しょうみょう)と数珠の音律が溢れる。
                   (以上 関谷巌 写真集「遊行」芸艸堂より)

後記
関谷さんは現職の弁護士さんです。ミャンマーで傑作の写真が撮影できそれが講じてミャンマーの仏教との交流や、更に日本の仏教関係者との交流の輪が広がって来られました。ミャンマーや日本各地での写真展を開催されていらっしゃいます。
弁護士と写真について、関谷さんによりますと、
写真についてのよろこびは、撮る・見る・見せる・展示して多くの人に喜んでもらうよろこび,弁護士のよろこも、やはり依頼者によろこんでもらうよろこびということでした。インターネットに載せるよろこびも、追加していただけたらと思います。今回の講演はPower Pointで150ページにわたる写真を使われたのですが、都合上写真の枚数を減らし、縮小して掲載させていただきました。    山本記


文責;三上卓治 会場写真;橋本曜 HTML編集その他;山本啓一