平成17年6月17日 神田雑学大学定例講演会


「ビッグイシューと陽気なホームレスの復活戦」


講師 櫛田 佳代





ホームレスにだって夢がある。
あなたは信じられますか?ホームレスなのに大笑い。
ホームレスが集まってミーティング、ホームレスは通る人を励ますなんて。
個性あふれる路上書店で、今日も元気に「おはようございます!」とストリ−ト
ペーパーを掲げ、ビッグイシュウで復活戦に挑む販売員。

一方、100%失敗だと言われた事業への挑戦を続ける(有)ビッグイシュー日本。200円で交わされる路上のギブ&テイクは、間違いなく存在する!

さらに、さらに、ホームレスがサッカーだって?!自分が感じる幸せの涙も、人を幸せにする涙も、彼らはどれほど長い間、流していなかったのだろう。
それぞれの過去を背負い、スエーデンで戦いに挑んだ選手たちが得たものは・・・・・・・…?
(鰍aKC刊「ビッグイシューと陽気なホームレスの復活戦」より)



櫛田 佳代
29歳です。聞かれていませんけど゙・・・…。

今日はビッグイシュー販売員の豊村 光男さんを強制連行しました。
最初にお訊ねします。ビッグイシューを知らない方は、どの位いらっしゃいますか?

では簡単にご説明いたします。ビッグイシューという雑誌は、ホームレスの人でなければ売ることができないストリートペーパーです。これが最新号です。書店では売っていません。

1冊200円ですが、1冊売れると110円がホームレスの収入になります。残り90円は泣rッグイシューからの仕入代金になります。ホームレスは夫々が個人経営ですから、その日の天気や、駅周辺の出し物などを調べて、仕入量を決めて販売します。泣rッグイシューはチャリティでない形でホームレスを支援する目的で、2003年9月大阪に設立された有限会社です。世界28カ国50地域や都市で販売されております。東京で売り始めたのは、2003年12月です。

私は話が上手くないので、質問がありましたら、それにお答えする形で講座を進めたいと思います。では、質問がありましたビッグイシューの内容について、簡単にお話します。
ビッグイシューのバックナンバーも揃っていますから、どうぞご覧下さい。ターゲットは若者になっています。特集記事として引きこもり問題とか、国際問題とかのほかに、海外の有名なアーチストや俳優さんのインタービュー(翻訳)が載っております。

ビッグイシューを販売しているホームレスは、メインの販売場所である東京と大阪で約半々、合計約100名。東京で売っている場所は、銀座、御茶ノ水、新宿、渋谷、池袋、中野などの繁華街です。月に東京で1万部、大阪で2万部ほど売れています。今日お見えの豊村さんは青山のみずほ銀行前で販売していますから、通りがかりの際には、ぜひ豊村さんからも買ってください。

ホームレスが売っているということで、買う方が不安を感じたり、躊躇することもあるようです。しかし、販売員になるときには、脅迫的、攻撃的にならない、酒を飲んだ状態では販売しない、などの行動規範に同意した人だけを登録することにしています。


Q:どうして「ビッグイシュー」という大きな名称をつけたのか?
A:これは発祥の地イギリスにおいて命名されました。ホームレスはいまや地球規模の問題であることが、その名前に含まれているのではないでしょうか。創設者はホームレスが雑誌を販売しているのを見て、これはチャリティではなく、雑誌の質を高めてビジネスとして成り立つ、そのビジネスはホームレスの敗者復活のキッカケとなり得ると思ったところからスタートし、ヨーロッパで支持され、日本にも伝わったのです。

日本ビッグイシュー佐野代表が、NPOとせずに有限会社としてスタートさせたについては、ホームレス再生を目的とするなら、ビジネスとしての厳しさをもって進んで方がいいという判断から、利益を目的にした組織、つまり有限会社とて、名前もそのまま受け継いだときいております。

Q:スタートは大阪といわれましたが、そちらの状況はいかがですか?
A:大阪もかなり厳しいようです。販売は大阪20,000.東京10,000で計30,000で推移しています。販売員は個人商店で、自分の判断で状況分析して仕入数量を決めて販売します。経験的に第何週の何曜日は、この場所で、このくらいは売れるということを知っているので、自己責任で仕入しますが、売れ残ったとしても何の保証もありません。ただ売れ残った物もバックナンバーとして売ることができますし、表紙や特集によっては最新のものでなくても良く売れます。

ですから、自分の商品の販売については工夫を凝らします。例えば、朝、街角にたって通勤客に「おはようございます。ビッグイシューです」と明るく声をかける。しかし、昼過ぎには買い物客や子供連れになるから、声はあまり大きな声でなく、ソフトにトーンを落として呼びかけるとか、雑誌が薄いから手に持って見せると曲がってしまうことや、ホームレス=汚いというイメージを持つ方もいるので、雑誌を直接触らないようにするためにもクリアファイルに挟んで綺麗に見せる努力などをしているのです。

また、雨などの湿気で雑誌の紙がよれることがあります。ですから、販売員が自腹で薄いビニール袋を買い、それに包むとかして販売している方もいます。そうすることによって先ほども言ったような問題もクリアでき、雑誌を直接触らないでお客さんに渡せるということもあります。販売員は自分の商品であるビッグイシューをとても大事にしています。仕入れるとまず読んで、誤植でもあろうものなら真っ先に版元に注意します。販売員にも色々な方がおりますが、その中から特に個性的な豊村 光男さんをお連れしましたので、バトンタッチします。

豊村 光男
私は、お客さんに声をかけられるときは、素直に対応しています。「おっちゃん。売れているかい?」というお客さんは、ホームレスが一日路上に立って20冊〜30冊しか売れない現実を心配してくれているのです。「えゝ。ぼちぼちです」と答えますが、声をかけてくれることが、たまらなく嬉しい。

たまに、続けて「コーヒー飲むか?」といって缶コーヒを差し入れてくれる女性もいます。おじさん達も、そんな気分になることもあるようですが、恥かしいのか子供を

使って缶コーヒーを届けてくれる。僕らはお客さんの好意を素直に受ける気持と、ホームレスだから施しを受けて当然だという、甘える気分を持ったらあかんという気持が交錯するのですよ。私の場合、ビッグイシューの販売で食べていけます。売上が少ない時には、インスタントラーメンを啜って頑張れます。衣服も貰わなくてもやっていけます。

でも、お客さんからご好意で缶コーヒーや衣服などを提供された時は、絶対に断りません。有り難く頂戴して、新宿や代々木公園あたりで寝泊りする仲間に持っていくのです。自分はこれでやっていけても、食えない仲間が大勢いるのですから。ビッグイシューの売り方については、「おはようございます。ビッグイシュー如何ですか」と朝から晩までしゃべりっ放しでやっています。喉がからからになりますから、ガムも噛んだりしています。

お客さんがどう見ているか知りませんが、「おっちゃん。何とか食べれるようになったか」とか、「靴が綺麗になったな」「ちゃんと散髪に行っているな」とか言われると嬉しい。「お客さんのお陰で、床屋にも行けましたよ」「靴の一足もお陰さまで買えました」とお礼を言いたくなります。するとお客さんは「なら、頑張りや」と言ってまた買ってくださる。

しかし、ビッグイシューが売れるかどうかは、ホームレスの外見がどんな格好をしているかの問題ではなく、お客さんに中身を知ってもらうかどうかが勝負なんですね。皆さん生活が大変な世の中ですから、ホームレスがお願いしますと言ったから、合うか合わないかわからない200円の本を買うバカはおりません。今どき、200円だしゃ色んなものが買えます。ネクタイだって100円で買えるのですから。

こんな時代ですから、ペラペラの本を200円で買ってくれという方が、実はムリだってことが判っているのです。しかし、私たちも食っていかなければあかん。メディアの力や、協力してくれる皆さんのお陰で、何とかここまでやってきたのです。二三日前に、仙台でも販売が始りまして、何人かのホームレスが街頭に立っています。東京や大阪は雪が降らないけど、仙台はとにかく寒いし雪が降ります。

ホームレスになった理由は夫々です。もちろん借金などで自分が悪い場合が多いのですが、ある日突然、勤めていた会社でリストラされる。会社が倒産する。働きたくても働けない。マイホームのローンのためにどうしても働かなければならないと言っても会社が生き残るためには、どうしても私を切らなければならない。頼んでも解決することではないから、そこで終わりです。

実際に働き口を探しに出ます。面接すると、外見を見ただけで落とされます。年齢でも落とされます。何回も何回も面接しましたが、その度に落とされました。リストラされたばかりのサラリーマンは、まだ背広もキチンと着て、靴もチャンとして面接にいけますが、僕らのように何年もホームレスしていますと、着るものも汚いし、靴もボロボロ、髪の毛は伸ばし放題です。ガードマンやるというと保証人を立てろというし、合格するわけがありません。年齢、外見で「間に合ってます」のひと言で切られるのです。

ビッグイシューを街頭で売っていますと、女子高校生、女子大生、たまに男の子などが寄って「おっちゃん 元気?」と声をかけてきます。きっと、なにかの悩みがあるのでしょう。「どうした?」と訊ねると、「おっかさんとケンカした」「自殺したい」「勉強した英語を生かす会社に入れない」など様々です。所謂カウンセラーは言うことが決まっています。「まず、夢を持ちなさい」私に言わせたら、これはアホな言葉です。

「どうしたら夢が持てるんだ」ということが、判らないから私に相談に来ているのです。
好きなこともない。やりたいこともない。だからフリーターにでもなろうか。一体何が楽しみで生きているんだと言いたくなります。

親は勉強しろ、就職はどうするのと頭ごなしにいう。子供は、特に女の子は反発します。
男の不良は立ち直るが、女の子は、まず不良になると男より始末が悪い。親御さんを連れてきた子もいてます。「おっちゃん。有難う。この子はなんとか立ち直りました」と挨拶されたこともあります。私は大学生のその子にインドを勧めました。あの国は汚い。しかし、ベールに包まれた何か神秘的なものがあります。死体がその辺に転がっていても気にしない。国にパワーがある。「その中から夢を自分で探して来なさい」

もう一人の女の子は「好きな子ができた。おっちゃん、どうしよう」という。
「どうもこうもない。今の男は気が弱いから、あんたから告白しなさい」。その結果、二人は結ばれて、いま田舎で暮らしています。電話がかかってきました。「おっちゃんがいう通り、告白は怖かったけど、言うてみて良かった」と幸せそうでした。そんな若者や、オバチャンなどがビッグイシューを買いにきてくれるから、私は何とか食っていけているのです。

Q.自らホームレスと言いながら、あなたに救われている人がいる。街のカウンセラーのようで、楽しきかな人生ですね。

A:楽しいいことは無いんですけど、いつの間にかそうなっちゃったんですよ。三人ばかり自殺したい子を救いました。自分も色んな経験、はっきり言って裏社会も知っていますから、言えるのです。でもああしろ、こうしろとは指図せず、自分で見つけてごらんと言っています。

Q.ビッグイシューとは、販売しているホームレスの立ち直りのキッカケを与えるものと理解しました。よく売れることを願っておりますが、販売している人の表情がいかにも硬い。キヨスクで気安く雑誌を買うようには買えない。買うに勇気がいる。販売員は心を開くことを心がけたら、もっと売れる。それと販売対象は若者ですか?年配者には文字が小さくて、読めない。写真を見るだけで終わってしまう。

A.若い人、20代―30代がターゲットです。

Q.ビッグイシューは本部がイギリスにあって、そこからくる翻訳記事と日本で取材した記事で編集していますね。発行部数が30,000部。ホームレスへの販売が¥90なら日本ビッグイシューは¥2,700,000で編集費、翻訳料、ライター費用、家賃、印刷代、社員給料、流通費などを賄わなければならない勘定ですが、これも大変でしょう。

A.原価\40と聞いていますが、厳しい現実です。広告が取りにくい雑誌だけに、大手企業がスポンサーになってくれません。個人の支援者、一口¥50,000の市民パトロン、定期購読者に支えられいるわけですが、月に\1,000,000くらいの赤字らしい。販売部数を増やすのが最大の解決策です。

Q.販売のエリア、エリアの中で販売員が立つ場所は決まっていますか。
A.それは一応決まっています。最初、サンプル誌を10冊渡すときに、自分で場所を選定できるかどうか、スタッフが聞きます。自分でできない人には、その道を通るサラ  リーマンの数、OL、学生、主婦、時間などの調査情報をもとに、事務所できめます。
 

Q.警察がうるさいとかの問題とかありませんか?
A.それが問題なんです。よく売れる道端でやっていて、一ヶ月くらい経ってからここで売ってはいかんと言ってくる場合があります。ダメなら最初からダメと言ってくれればいいのに、お客さんがついてから言われるのが、一番困る。私は何が悪いのかと文句をつけますが、おとなしい販売員は二三日休む。そして再開する…すると、今度はセーフというわけで、警官の注意もご機嫌次第で一定していない。

Q.今日、新宿と立川でビッグイシューの販売員を見たが、この場で話を聞くまでは理解していなかったから、全く買う気にならなかった。もっと広く世間にビッグイシューを理解してもらう必要があると思う。それに販売員は固い表情で、なにかブツブツ言っていたが、道行く人はほとんど無関心で通り過ぎていく。もっと開かれた販売方法で売らないと、ビッグイシューは売れない。ちなみにリクルートのR25は発行日に在庫がなくなる。これは無償ということもあるが、記事の面白さ、配布する人のフィーリングにもよっているのではないか。もっとPRをする必要がありますね。
A.・・・…その通りです。

休憩を挟んでビッグイシューの販売

「有難うございます」と、豊村さんの声が繰り返される。チャリンチャリンと200円の音。こちらには「黙っていては売れない本がここにあります。買ってください」と、これは「ビッグイシューと陽気なホームレスの復活戦」の櫛田 佳代さんの声。結構売れていた模様でした。

ホームレスのサッカー第2回世界大会

ホームレスのサッカー第2回世界大会が去年、スエーデンで行われました。それはサッカーといえども、ゴールキーパー1人にフィールドに3名の、計4人のチームで、交代要員は4名のミニサッカー。20m×14mのピッチで戦い、ゴールも2m×3mと小さく、7分ハーフで試合をする。コートを囲んで高さ80cmの壁があり、ボールがコートから出ないから、プレィヤーは壁に跳ね返った玉に追われて、休む間がない。参加国は26ヵ国。

日本ビッグイシューの佐野代表は、世界ではこんな大会が開催されているんですよ、と情報提供のつもりでミーティングの時に話したのでした。「もし、行きたいという人が出てきても、スタッフを含めて10名派遣するのに莫大な費用がかかるしね。大会に参加するというのは、夢のまた夢です」 ところが、佐野代表の思いとは裏腹に、東京と大阪をあわせて15名の参加希望者が出たのです。第1回大会は2003年にオーストリアで開かれましたが、参加は18ヵ国。計109試合が行われ、主催国のオーストリアが優勝しました。


主催はINSP(International Network of Street papers。ストリートペーパーを売ることによって、ホームレスの自立を支援する団体の国際的ネットワーク)。 これには日本にビッグイシュー自体がなかったので、参加していません。キング・オブ・サッカーのペレも観客席から声援していたそうです。各国のマスコミに注目された大会でした。出場した選手たちは、その後、地域リーグと契約した選手4名、バスの運転手、百貨店員、コーチ学で学位を取得した人など様々な分野で活躍しています。

「チャレンジしてみたい人がいる限り、何とか参加を実現したい」
この日を境に、大阪・東京のスタッフたちは、調査やスポンサー探しに大慌てになりました。選手の選考基準ははただ一つ、この数週間でパスポートが取得できるかどうかということ。それがなかなか難しく、メンバーは定員の8名に絞られたのです。参加資格はビッグイシューのようなストリートペーパーを売って生計を立てている人です。



ホームレスのワールドサッカーが何故始ったかというと、それはサッカーを通じてこのような社会問題が世界中にあることを知ってもらうためです。全選手の平均年齢は29歳でしたが、日本チームだけの平均52,5歳、最高年齢は65歳でした。そのなかでサッカー経験者は1名だけというチーム構成です。写真をご覧下さい。日本チームは、自分の息子のような若者たちと戦ったのです。

サッカーに参加すると決まったとき、サッカー経験者は、50歳の男性ひとり。練習にしても、右足で蹴ろうとした球が左足を直撃して、まっすぐに飛ばないという有様。最初のランニングで早くもバテてしまったりでしたが、販売の合間を縫ってトレーニングしたのでした。
そして出発。



最初に泊まった場所。ホテルに宿泊するのかと思いきや、主催者側の準備した施設はまさにドヤのような所でした。部屋に2段ベットが両側にあって4人宿泊。日本から24時間近くかかっての長旅で、写真でみるまでもなく、皆さん参っていました。街並みはスエーデンのグーデンバーグ市。

参加選手は、すごい人たちの集まりでした。ヨーロッパの各国の人たちは、小さい時からボールで遊んでいるから、サッカーになじみが深い。練習を見ても、非常に上手です。
集合写真、その中にいる日本人はそこだけが浮いている感じがします。日本の国旗は持参しました。ボランティアの方や支援者の方のメッセージが、一杯書き込まれています。
試合前の日本代表の顔。相当にビビッテいます。固まっていました。スタッフも緊張して、こんな顔していました。



お宿は、高校を夏休み中だけ借りたもの。一つの国に一つの教室が割り当てられました。教室の入口にはJAPANとホワイトボードに書いてあり、寝泊りはそこでしました。お向かいはフランス、隣はナミビア、斜め前がスロヴァキアというような状態で、廊下を歩けば、世界中の人々と触れ合うことができました。ベットは空気ベット。それにタオルケットが1枚支給されただけ。一泊目で全員が選手全員が風邪を引いたので、主催者側に交渉して毛布を一枚ずつもらいました。各国のビッグイシューを交換したり、お土産を渡したり、水タバコを頂戴したりと交流を楽しみました。



会場までは徒歩10分です。開会式の日はその道を各国選手が旗を持ってパレードしました。ナミビアチームは唄を歌いながら陽気に行進します。日本以外のホームレスは、アルコールやドラッグ中毒で宿を追い出され路上生活になった者が多く、またストリートチルドレンであったりするので、一般に若くて痩せています。新聞に取り上げられていたこともあって、会場にはブーデンバーグの市民が見物に集まっていました。大会の経費はスポンサーが負担しました。飛行機代、ユニフォーム、練習の会場費、その他もろもろです。

日本チームはボールを皆で取りに行ってしまいます。散ればいいのにキーパー以外の3人が集まってしまうのです。サッカーに慣れていないので仕方がないのかもしれませんが、これでは10点でも20点でも取られてしまうと素人目にも映ります。しかし、対戦チームは良い加減で力を抜いてくれて、日本チームが得点すれば、一緒に喜んでくれるという状態でした。シュートを打つと、キーパーが少しタイミングをずらして守りに飛び込むなど、芸の細かい思いやりを見せてくれたのです。

日本チームは息切れしながらも一生懸命やっていたので、周りのチームからも大絶賛を得ました。写真の青年は、ヨーロッパのあるチームの選手ですが、このような雰囲気が伝わったと見え、翌日から日本チームにべったりくっついて行動したり、激励したりしました。日本チームは高齢にも拘わらず、一所懸命にプレーをすることがニュースにもなり、ユニフォーム姿で宿舎に帰る途中、ジャパンコールが絶えませんでした。たくさんの人々から、握手やサインを求められたほどの人気でした。

各国のマスコミ(日本からは来ていなかった)から日本チームは注目を浴びていたので、参加チーム中、取材が最も多かったと思います。取材のスケジュール調整で、スタッフが非常に苦労していました。日本チームは

そのような大人気でありましたが、11試合を行って1勝10敗に終わりました。その1勝はスロヴァキア戦でした。最後の試合でしたが、このチームも50歳くらいの人がいたりして、あまりいい成績ではなかったんです。しかし、日本との対戦を楽しみに待っていたふしがあります。

試合の中で、日本に1勝させてあげようとする優しい気持が伝わってくるのです。試合はPK戦になりました。日本が点を入れるとスロヴァキアが点を入れる。それが3点まで繰り替えされて、最後にPK戦となり、スロヴァキアのキーパーが日本のキックを防ぎきれずに、日本チームが勝つという演出をしてくれました。

試合は7日間にわたって行われ、最後に閉会式がありました。各チームがコートの外におり、成績の良くない順に名前を呼ばれて入場します。日本は当然早い順番に呼ばれました。参加した国のチーム全員がメダルを首にかけて貰って、みんな満足げでした。国によっては、30チームが予選をして出場を決めたという激戦もあったようです。

日本チームは、優勝の次の名誉といわれるフェアプレー賞を受賞しました。日本チームのプレーが反則を犯すこともなく、体当たりするでもなく、フェアーに楽しませてくれたことが評価されたのでしょう。他のチームは優勝を狙っていますから、激しいプレーも見られ骨折をしたり、喧嘩をしたり、流血をしたり、帰国を勧告されたりしたものもありました。

フェアープレー賞は、毎朝行われるコーチミーティングの中で決められたのですが、「日本以外にどこのチームがあるの?」というほど、全コーチの意見が一致して決まったという話を、あとで聞きました。また、平均年齢も高いので、夜寝るのも早く、したがって朝5時頃に起きると、率先して庭のゴミや、タバコの吸殻を掃除したりしていたことも主催者側からも評価を得ていたようです。

その結果、優勝チーム以上にマスコミの取材が殺到し、前に進めないくらいフラッシュがたかれ、サインを求められ、インタビューの申込みがありました。選手も、スタッフも、感激のあまり涙ぐんだりする場面もありました。こうして、ホームレスの第2回サッカー世界大会は終わったのです。
終わり

文責: 三上 卓治
写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田 節子