平成17年9月2日  神田雑学大学定例講座NO277






講師 高田 栄一



プロフィル
講師の高田栄一さん わが国の爬虫類研究のパイオニアとして、私立爬虫類研究所を設立、未成熟だった日本の爬虫類学を系統づけ、爬虫類学界創設に中心的役割を果した。また、国外のフィールド調査、著作執筆、ラジオ、テレビへの出演を通して爬虫類の理解につとめている。現天皇陛下の少年時代に、親しく爬虫類のお話を申し上げたことがある。「動物奇想天外」の千石正一は弟子の一人。

● 最初にくノ一話をひとつ。
私はヘビ博士といわれていますが、ヘビ博士を取り巻く三人の美女の話をいたします。
その一人は、SKD(松竹歌劇ダンシングチーム)のダンサーでした。もう一人は浅草ロック座のストリッパー。三人目は日本舞踊のお師匠さんでありました。私はこの三人の女性に囲まれて、暫く生活しました。

ある日、SKDのダンサーの大野月子さん(とっくに引退)から、スネークダンスを習いたいといってきました。グラマーな美女でした。彼女が家に稽古のため出入りしているうちに、テレビ出演することになり、撮影のため下呂温泉の水明館という一流の旅館に行きました。テレビ朝日の12月に録画した正月番組でしたが、私も出演しました。

当時、売れっ子だった「あのねのね」というお笑いタレントが露天風呂に入っているときに、大野月子がヘビを抱いて入ってきて、二人を驚かそうという仕掛けでした。実際にあのねのねの二人はビックリして、岩を攀じ登って逃げようとして湯船に落ちたりしました。その晩、私も野天風呂に入ったのですが、お湯がぬるくて出られないのです。そのへ、かの女も入ってきて、「ぬるいから先生のとこへ行ってもいい?」という。

「ああ、いいよ」彼女は豊満だから、少しは温かいかも知れない。野天風呂には灯りもなく、真っ暗だったから「来たきゃいらっしゃいよ」と答えながら満更でもない心境になった。ところが、無粋なテレビカメラマンが入って来やがった。三人では全くどうにもならない。まして12月の野天風呂は寒くてたまらない。すぐ飛び出して内風呂で、ゆっくり温まって命拾いをした。

東映撮影所から、その大野月子さんの出演依頼が私の処へ来た。私がマネージャーだと思われたらしい。「大奥丸秘物語」という映画の「蛇責めの場」だから、どうしてもヘビに慣れた女優が必要となったようでした。彼女は「私、映画に出るのよ。スターになれるかも」と東映京都撮影所へ張り切って出かけました。ところが四日後にしょんぼり帰ってきたのです。 「どうした?」と聞くと、「監督のダメ出しが凄くて、私イヤになってしまった」と。監督がヘビを見て、怖がれ怖がれという注文をつけるけど、「私、ヘビが怖くないんだからどうしようもない」
もう一人はストリップダンサーの話。
浅草にロック座というストリップ劇場がありました。ある時、ロック座の舞台作者と恋しのぶというストリッパーが家に現れまして、「最近、ストリップもマンネリになったから、舞台で大蛇を持って踊りたい。ついては先生にご指導戴きたい」という。ストリップ劇場の楽屋は男子禁制で知られているから、私にはチャンス到来です。

そこで、私は興行日には大蛇をロック座の楽屋まで運びました。友達に「おれも連れていけ」とせがまれましたが、「おれは仕事で行ってんだ。遊びじゃないんだ」と断りました。
楽屋では、恋しのぶに大蛇を持って踊る「振り」を教えます。しかし、大蛇は好きなように動くのです。アドリブの連続のようなものですから、そこに私の出番があるというものです。開幕のベルが鳴ると、私は大急ぎで客席の最後尾に走ります。踊りを見て、次の舞台のためにダメ出しをしなければなりません。
 
ストリッパーの楽屋は、えらく所帯じみているものです。鏡台に焼き芋があったり、おでんの食いかけが載っていたり、かと思うと小鳥を飼っていたり、まさに所帯じみております。彼女等は夢を売っているわけですが、舞台がはねたら素人より地味は格好で、逃げるように帰って行きます。このような華やかな舞台の裏側は、一般の方は知る機会がありません。

田村泰二郎(肉体の門の作家)が、松竹映画で「新女、女、女物語」を総監督になって作ったことがあります。その時、松竹から私に出演してくれという電話がかかりました。
ヘビを飼っている風変わりな夫婦という役です。奥さん役には恋しのぶを推薦しました。
撮影は、わが家で行いました。商業映画というのはライトやら音声、大道具、小道具、スクリプター、助監督など、総勢30人ほどが一チームになっています。撮影が終わって驚いたのですが、わが家の庭は滅茶苦茶に踏み荒らされていました。

映画のポスターは、わが家の座敷で恋しのぶが大蛇を首に巻いている構成で、あろうことか浅草のロック座の前に貼ってありました。たちまち問題が起きました。ロック座の支配人から、「ロック座の契約の踊り子を無断で使った」ことに対する猛烈な抗議が来たのです。なんとなく連れてきたへび好きの恋しのぶが、紛糾の種になるとは想像もしていませんでした。私も弱って、損害賠償を請求されたら、どうなることかと思って映画作者に相談をもちかけました。

うまい解決があるもんです。
受講生 映画作者は、ロック座の支配人にいいました。

『ストリッパー恋しのぶとロック座の契約は、恋しのぶは「舞台で裸を見せる」という契約ではないか。映画では脱いでないのだから、ロック座の契約外である』と。したがって損害賠償には至らず、無事に落着しました。

それから7年経って、日本橋高島屋の営業部長と店の前でばったり会いました。その部長さん「あなたの映画を見ましたよ」というのです。

「暫くニューヨーク店の店長をして、昨日帰国したばかりすが、私、一昨日、美人の奥さんと座敷でへびと遊んでいる、あなたの映画をニューヨークで見ましたよ。」「えっ、何のことですか」映画出演は7年も前のことです。すっかり忘れておりました。

イタリヤのヤコペッティ監督の関係の会社が、松竹から日本映画のフィルムをまとめて買ったらしい。その中かに「新、女、女、女物語」が入っていたのですね。「エクスタシー」というタイトルになっていたそうです。これには私も驚きました。おそらく、世界のどこかの国の場末で、今でも上映されているかも知れません。7年も前の私が、今もニューヨークで動き回っていたなんて、これは壮大なドラマではありませんか。

さらに、その映画に出てから地方にいる大学時代の友人達から、頻繁に電話がかかってきました。「君、すばらしいグラマーな奥さんと一緒で羨ましいよ」。彼らは映画と私生活を混同しているのですが、私も彼らの期待を裏切らないように「あんなグラマーな女房と一緒じゃ、体がもたないよ」なんて返事をしたりしていました。

それと、もう一つ、日本舞踊の藤間流のお師匠さんの話。
ある日のこと、突然自分の住まいに美形の和服の女性が現れた。女性は和服を召されると締まって見えるから不思議です。忙しいときだったから、野郎だったら断るところですが、
この美人なら断るわけには行かないでしょう。どうぞ、どうぞと招き入れました。

「私は鰐を飼っているのですが、最近何か弱ってきたようなので、ぜひ先生に診て戴きたいのです」というのでした。私も美人に頼まれたら弱い。世田谷の先まで出かけました。
鰐は日光不足で衰弱していると診たてました。「鰐を、陽によく当てて、水を代えてやりなさい」とアドバイスしたら、鰐は本当に元気を回復しました。

講師の高田栄一さん以来、私は神様扱いとなったのです。
「先生、わたし今度はへびと一緒に踊りたいわ」というので、私のへびを提供して、テレビ各局に売り込みをしました。すると、その年大晦日、6チャンネルの「男の時間と何とか」という番組に出演して、撮影が終わると元日になっていました。ほのぼのと夜が明ける元日の朝まだき、和服の美人と一緒に朝帰りとは、ちょっと粋でしたねえ。

その彼女を連れて、藤本義一の11PMに出演しました。局は大阪でしたから、東京駅から新幹線に乗りました。列車は空いていましたが、私はお師匠さんとお弟子さんたちと並んで座っていると、乗ってきた男性客はまず美女群に目を見張り、ついで私を見るのですが、きまって羨ましそうな顔をするのでした。

大阪駅からタクシーに乗りました。ちょうど風邪をひいてガラガラ声でした。タクシーの運ちゃんは、何かおどおどして「旦那。組はどちらですか?」なりは小さいが、美女を従えて眼光するどく大きな態度。ドスの効いた低音の渋い声。ヤクザの手配師と間違えられました。

この美人とは、連れ立って銀座をよく歩いたものです。
すれ違う男性は、まず和服姿のお師匠さんを見て、視線を私に移します。すると、ここでも決まって、羨ましそうな顔をするのです。内心いい気持ちで、この美人を連れ回しておりました。悪くないですよ。一度お試しください。ただし、若い美女に限ります。

「美女はへびが好き」と本に書いたことがありますが、本当は「並より上だが、美女より一ランク下の女性」がへびを抱くと、美女になってしまうのです。それは何故か?美意識の強い女性、たとえば舞りの師匠さんとか、ダンサーとか、ナルシスト系統の女性は、へび抱くとへびに集中してしまう。女性は集中すると美しくなるのです。自分の長年の経験から、それを発見しました。

後日談を一つ。
恋しのぶちゃんから、「久しぶりに会いたいわ」と電話がかかりました。
恋しのぶのへびの踊りは、彼女の豊満な乳房に乗ると、へびも安定するから、踊りも美しい。会いに行きますと「私、恥かしい」というのです。彼女も人妻になってから、ぶよぶよに太ってしまっていましたが、昔の仲間の、懐かしい思い出話を交わしました。 

くの一話の追加。
ある所から8ミリのポルノ映画の審査員を頼まれました。
場所は、石和温泉のある旅館でした。ポルノ映画は20本あって、順位をつけてくれということでした。知らない人は、羨ましいというでしょうが、ポルノ映画は3本も見たら眠くてたまらない。なんたって、やることはみんな同じだから。そのときはドイツ製、フランス製、アメリカ製、日本製と5カ国のフイルムです。その中で、やはりフランス製はよく出来ていました。

美的でした。海岸を男女が追いつ追われつ、走っているシーン。ある家のしゃれた部屋に入ります。やることは同じでも、この辺が日本の映画と違うところです。日本の映画ときたら、布団の柄は同じ、襖の絵も同じ…。ヤクザが作っている映画だからしょうがないけど。というような、いろいろな経験を積んで、私は人生勉強をしてきました。

後半は、本講座のタイトルである「穴の話」に入ります。

穴とは何か。これを極めなければ、人生を読みきれない。
自然界には、色々な穴がある。漢字で『穴』である。英語ではHoleである。しかしCave(洞穴)があってこそ、人間は進化した。精神も肉体も結論的に穴によって進化した。
廻りを見ても穴だらけであることに気づく。五円玉、ボタンの穴、毛穴、鼻の穴、耳の穴、目もしかり、我々は穴から生まれた。しかし、穴とはなにかと定義することは難しい。

動物学の立場からは、特に穴は重要な存在であります。あらゆる動物は穴なしでは生活できない。意外な穴を探すと、障子の穴、天井の節穴、マンホールも地下鉄も穴です。

我々の先祖は穴居生活でした。人間は暗がりの中でないと知恵が働かない。そこで穴の中から知能を磨いた。穴には自然の穴もあれば、縦穴住居のように目的にあわせて作った穴もある。歴史が進んで現代の下水や、地下鉄などは、大地に掘った巨大な穴ではありませんか。我々が住んでいる家屋や、マンションなども穴の変形です。

もともと、穴とは暗くて狭い存在をいう。暗いから、その中で本当の姿をさらけ出す。暗い穴ぐらのなかで、外敵を倒す方法を考える。自分が憎んでいる偉いヤツにどう反発するか。そのような目論見は、みんな穴の中で行われた。
見回すと、我々の周囲は穴だらけです。 穴は、人間の存在の原点であります。

弱い動物はCave(洞穴)を住居にしています。兎、狐、熊など。虎にいたっては「虎穴にいらずんば虎子を得ず」と格言があるくらい。ライオンはサバンナでファミリー生活を営めるのは、百獣の王といわれる強い動物だからです。穴と生存力の関係を見ることが出来ます。

これらは形としての穴を表現したものですが、一旦「言葉」になると、俄然おかしな表現がでてくるから面白い。「どろどろした」「ぬるぬるした」「むしむしした」など、意外な肌触りの形容詞がつく。また、「墓穴」を掘る。「大穴」をあてる。「穴」をあける。「穴埋め」「穴場」「穴馬」「抜け穴」「落とし穴」など、ややどろどろした言い方に穴が登場します。穴とは、人間の本性を示したものである。

人間は自然の圧力を穴によって感じ、あるいは、敵を倒すはかりごとを穴の中でたて、謀反を考える。こうなると、穴とは何か、ますます判らなくなる。修業を積んだ高僧にでも問い掛けないと、答えを得ることができないのであります。我われ自身、いま衆議院選挙の真っ只中におりますが、そのなかにも、色々な落とし穴があることを見極めて行かなければならない。

                     


おまけの詩集
《アニマル・ポエム★動物燦燦》
オレは動物だゾー、
ちゃんとヒトを見ているゾー




「ネコと女」
夫に飽きていない女は
めったにいない
ネコに飽きる女は
めったにいない


「ナメクジの真実」
台所の湿地帯から逃げません
塩かけられてもあわてません
嫌われても暗い砦を守ります
ナメクジ嘘つかない


「ゴキブリ情話」
どんなに毒を撒かれたって
罠にかかって苦しんだって
ぜったいあなたのおそばは離れないわ
私だけじゃないの
寄りそってくれる昆虫なんて


「カラスの声」
まじめに
カアァカアァ鳴いたのに
アホォアホォと聴いたのは
人間の耳だ


「タヌキの論理」
オレが人をだますのではない
人がたのしくだまされたいのだ


「サル面冠者」
ヒトに似てるなんていうな
ヒトが俺に似ているだけだ


「ウンコとハエ」
それが好きでたかっているんじゃ
ありません
そこがいちばん安全だからです


「迷うシロクマ」
踏んでるところも白
見えるものも白
自分も白
薄いも濃いもない白
良いも悪いもわからない白
白夜の氷の上で
迷っているシロクマ


「クジラのペニス」
でかい太いと
もてはやすが
からだにくらべたら
大きくないぞ
大きいというなら
人間サマだ
使いかたはげしいんだよ


「パンダの白黒」
くろしろ
しろくろ
黒に白か
白に黒か
黒が先だ
いや白が先だ
――もうどっちでもいい


「アンコウ哀話」
メスの腹にしがみついて
仕事は繁殖だけ
――二十倍も大きいメス
二〇分の一のオス
鍋で食われるのはメスだけ
メスなしでは生きられないオス


「グルメのダニ」
着飾ったてダメですよ
出るものは出ます
フケ
抜け毛
アカ

お喋りの唾
いのちの滓だけは本物です
こんなうまいものありません


「オケラの耳」
あの声ナニよ何でしょね
不倫の座敷の縁の下
オケラは耳を
すましてる
泣き声ばかりじゃ
ないものね



終わり


    
講座企画・運営:吉田源司
文責: 三上 卓治
写真撮影: 橋本 曜
HTML制作: 和田 節子