神田雑学大学 2005年11月18日講座NO288

宇宙開発のあれこれ

講師 鎌田 正雄



目 次

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講師紹介

1.宇宙と夢

2.夢と現実

3.宇宙技術の平和利用

4.日本の宇宙開発

5.宇宙の無重力実験

6.宇宙旅行

7.宇宙開発の今後




講師紹介

 鎌田さんは昭和37年、石川島播磨重工業(株)に入社され、ほとんどの会社生活を宇宙ロケットの制御及びシステムの研究開発に携われた技術者です。
 平成8年に宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)に出向されて、日米のロケット打ち上げに貢献されてきました。
 平成16年4月20日放映されたNHKプロジェクトX「毛利飛行士 衝撃の危機脱出」の番組に毛利さんと一緒に出演されました。(神馬 照正)

1.宇宙と夢

 中学生の頃、「ガモフの1、2、3・・・無限大」という本を読んで、宇宙のビッグバンを知ったが当時は科学的なことはよく判らなかった。しいて宇宙の関わりというとそんなところです。昭和37年に入社したが、2年後に日本で実用ロケットを開発することになり当時の社長は土光さんでしたが、この研究開発の担当を命じられた。以来ロケットの開発業務を続けることになった。誰もやったことが無い事をやるのですから、技術者としては面白い。しかしいつも予算に苦しんだ。

 小学校6年の姪の子供は会うと直ぐそばに来て、宇宙の話しをしてくれとねだる。やっぱり子供には非常に人気がある。先日野口さんがシャトルに乗って作業をされたが、子供たちは夢中になって見ていた。私も子供のころ、漫画で火星に行くロケットを描いていたし、天文雑誌を買っても読んだりした。

 宇宙がなぜこんなに人気があるのかはよく判りません。夢があるとよく言われます。夢とはなんなのかについてお話したい。プロジェクトXに昨年4月に出演したが、実際は毛利さんが搭乗した「ふあっと92」というプロジェクトがあって、毛利さんが宇宙に行ってから13年後に始めてテレビに取り上げられた。


 なぜプロジェクトXに取り上げられたのかというと、毛利さんがNHKに行ったとき、いつも自分だけがスポットライトを浴びているが、実際には縁の下の力持ちをしてくれた技術者たちのお陰で成功したのだから、その話もぜひ取り上げて欲しいと要請されたからだそうです。

 このプロジェクトは1992年に打ち上げられたが、構想は1980年ごろ始まった。
 シャトルが実用化されるので日本も何かやりたいというのが始まりだった。「ふあっと92」に取り上げられた対象は宇宙材料実験で無重力(実際は1万分の1G)での材料実験である。さて、人間は夢を見る存在であり、毎日の生活だけでは満足できない。夢とは現実ではないが、いつか実現したい欲望といえるでしょう。日常生活では役に立たないが、昔からギリシャでは星座を研究していた。人間の欲望には高貴の欲望と低俗の欲望があり、好奇心や冒険心は高貴な欲望である。

 知識を求めるのも高貴な欲望である。昔から人間は空にあこがれていて、ギリシャ神話にはイカロスという少年が太陽に飛んで行きたいと思って、ロウで翼をつけて飛んだが太陽に近づくにつれて熱でロウが溶けて落ちて死んでしまったというお話がある。ですから月に行きたいとか空を飛びたいということは昔から人間のあこがれであった。今はできないがそのうちいつかはしたい。あるいは、いつかは知りたい。それが夢があるという背景でもあるし、人間の本質、性質でもある。子供に人気があるのは、子供は純粋なので人間の本質的なものを体現しているとも考えられる。


2.夢と現実

 実際に具体的に月に行きたいという話しが出てきたのは19世紀になってからである。19世紀半ばに、ジュールベルヌが大砲からカプセルを撃ちだして月に行って戻ってくるという小説を書いた。
 3人の人間と一匹の犬でいったというお話である。真空の存在は17世紀に発見された。19世紀になると科学の発展が目覚しく、数学、物理、化学が急速に進歩し、イギリスの貴族の中に無重力状態ではどういう状態になるのか頭の中で考えた人がいる。シャトルの初期の実験ではシャボン玉はどうなるか、水を噴出すとどうなるか(こぼれないで丸くなる)、ローソクを点けたらどうなるか、クモを連れて行って巣をはらせたらどうなるかというような子供に判りやすく、好奇心をそそる実験をいろいろやっている。

 月に行きたいといっても手段が無く、ロケットは中国が古代から使っていて、元寇の役では蒙古軍が固体火薬の鉄砲を使用して日本軍を脅かした。実際にロケットという意識が出てきたのはニュートン力学が完全に完成されてからである。20世紀になってから、ロシアの学者ツイオルコフスキーが多段ロケットの概念を理論付けして、宇宙速度にするには一段ロケットでは無理だと考えた。液体ロケットがそれに適していると提案した。1857年生まれで1935年に亡くなった。最初の論文は1903に発表されたが世間に相手にされなかったが、最後はソ連邦の英雄になった。

 アメリカの大学教授ロバート・ゴダート(1882〜1945)は月に行きたいという夢を持って実際にロケットを製造して液体燃料を使って高度12mを飛ばした。彼が理論を発表した時にニューヨークタイムズから大学教授のくせに高校生の常識も無いと酷評された。世間から気違い扱いされたが、リンドバーグが5万ドル出資してくれたので、その資金でかなり開発できた。陸軍も援助したがすぐに興味を失った。いろいろ特許をだして、死後アメリカ政府はそのパテント料を奥さんに渡して買い取った。

 ヨーロッパでは大学教授ヘルマン・オーベルトが火星に行くという夢を持って、1924年に論文を発表したが、やはり世間から気違い扱いされた。しかし1927年にドイツ宇宙旅行協会を作ってアマチュアを集めて研究を始めた。この研究に参加したのが、有名なフオン・ブラウンでまだ高校生(17才)であった。第一次大戦後のドイツで陸軍は兵器になるかもしれないと援助をしたが、あまり熱心ではなかった。

 その後ドイツ陸軍の将校W/ドルンベルガーが組織化してロケットの開発を進めた。彼は兵器として有効と考えて運動したが、ドイツ陸軍はあまり熱心ではなかった。ヒトラーにも見せたが最初はあまり興味を示さなかったが、戦争の後半ドイツ空軍の制空権が失われると始めて本気になって開発を進めてV2号ロケットを完成した。ゴダードの最初のロケットは安定装置が無く直ぐ落下したが、その後ジャイロを使って姿勢制御する方法を開発した。

 V2号ロケットは本格的な軍事ロケットで、ロンドンまで飛ばせることが出来た。相当な威力を持っており、予想外に来襲するから脅威ではあったが飛行機の爆弾に比べると破壊力は小さく、軍事的にはあまり意味は無いが、心理的脅威はある。北海に面したペーネミュンデの基地で秘密に開発していたが、敗戦後フオン・ブラウンとW/ドルンベルガーはトラックで逃げ出してアメリカ軍に降参した。フオン・ブラウン一行はアメリカに渡って、アラバマ州ハンツビルにある陸軍の基地レッドストンで持参した部品で細々と打ち上げ実験していた。

 最初アメリカ陸軍も重視していなかったが、1957年スプートニクショックで様子が変わった。冷戦になり宇宙から原爆が落とされるかもしれないという恐怖からアメリカは本気になった。当時アメリカはGEのバンガードというロケットを開発していたが、失敗続きであった。フオン・ブラウンが提案して半年あまりで最初の宇宙ロケットを打ち上げて実力を示した。

 スプートニクのエピソードとして、衛星に何を搭載して何を測定したのか発表が無いので、米国は非常に気になった。モスクワの見本市でスプートニクの模型の展示があり、そこにガイガーミューラー・カウンターが乗っており、どうも放射線を測定したらしい。そこで同じカウンターをたまたまモスクワ市内でみつけ購入して米国に持ち帰り、次の打ち上げに搭載した。この結果バンアレン帯の発見に結びついた。
 これは科学上の大発見であり、地球の周りに非常に高い放射線レベルの帯があることが判った。なぜロシアはバンアレン帯を発見出来なかったのかというと、測定するつもりであったが打ち上げ当日、記録するテープレコーダーが故障した。フルシチョフは打ち上げ延期を認めなかったので測定出来なかった。打ち上げの政治的影響をより重要と考えたからである。米国は円軌道では無く、長楕円軌道で放射能を測定することでバンアレン帯を発見出来た。これは科学革命に等しい発見で、これにより地球に磁気圏があって太陽の粒子が撥ね飛ばされることが判った。このエピソードから判るように、宇宙は政治とものすごく結びついている。

 米国が本気になって宇宙開発に取り組むようになったのは、安全保障上の理由である。開発の始めはアマチュアの興味本位であったが、軍事の背景があって始めていろいろ技術が進歩した。その後ロケットはどんどん大型化し、現在は地球軌道上に10数トンの衛星を打ち上げるレベルである。
 これは冷戦時代の核競争の影響でICBMの開発によるもので、最初は液体燃料が主であった。長期保存が可能なように腐食性のある猛毒液体燃料であったが、現在は固体燃料に変わった。

3.宇宙技術の平和利用

 最初の頃は科学衛星であったが、通信衛星、地球観測衛星、気象衛星など需要が増すにつれてロケットも大きくなってきたし、有人宇宙も始まった。1961年始めてユーリ・ガガーリンが宇宙に飛んだ。なんで人間が宇宙へ行くのかであるが、心理的な問題はおくとして本質的には何も意味は無い。技術的にはロボットで全て出来るのであるが、政治的意味合いが非常に大きい。


 科学的意味合いからすればロボットで全部出来る。例えば火星にロケットを飛ばして写真を撮ってくる。アポロの月着陸後、ソ連は無人の月着陸船を飛ばして、月の岩石を採取して持ち帰るという凄いことをしている。費用面、安全面から言っても、ロボットでやる方が優れている。しかし、今ではほとんどの人はアポロしか覚えていない。有人宇宙の影響力はそれだけすごい。昔地球の高層帯の状況はよく判らなくて水素ガスで覆われているとの説もあってV2号を飛ばしたときは地球が爆発するのではないかとはらはらしたとの笑い話も出た。有人宇宙のためには事前の研究が大事で、これはほとんど無人ロケット技術による。

4.日本の宇宙開発

 日本では1955年に東大の糸川教授が始めたペンシルロケットを飛ばしている。1964年科学技術庁が実用衛星の開発を目指して、1969年にロケットを飛ばした。当時は米国の技術導入が必須だということで宇宙開発事業団の島理事長の下で本格的に技術導入した。島理事長は当時の国鉄で技師長を務め、新幹線開発の立役者である。日本の宇宙技術は軍事と切り離されていることが大きな特徴である。米国、ソ連など他国の宇宙技術は軍事が背景にある。軍事の必要からロケットを開発してきた。

 もちろん、米国でも民間用のロケットはあるが、これは軍事ロケット技術の民間転用でコスト負担を避ける目的で行なわれた。日本では最初から純粋に非軍事目的に開発されてきた。宇宙開発事業法の第一条に「平和利用を目的として」と謳われている。米国のケネデイ宇宙センターの発射台は軍が管理しており、ロケットの回収も軍が行なっている。軍とNASAの棲み分けが出来ている。日本ではそれが出来ないから余計な費用が掛かる。ロケット自体にも制約があり、糸川ロケット以来宇宙航空研究所は固体燃料を使用しているが、固体燃料ロケットは軍事に直結する。

 現在のM5ロケットは非常に素晴らしいロケットである。昔から固体ロケットの姿勢制御、誘導制御は非常に難しかった。なぜかと言うと、液体ロケットはエンジンの推力をきめ細かく調整出来るから誘導が容易である。固体燃料はいわば火薬であるから、一度点火すると止められないので、誘導が困難である。開発当初は無誘導であったが、これは軍事利用を防ぐためと説明された。M5ロケットは噴煙ノズルを傾けて制御可能としたが、これはまさに軍事技術である。米国はICBMの心臓部であるから絶対にこの技術を外に出さなかった。

 しかし、今の日本ではこれ以上開発しないで民間に技術を開放することになっている。他の国であったら、民間に解放することはあり得ない。万一輸出されたら軍事に転用されるので、なんでこんな判断をするのか疑問に感ずる。全て平和目的ということになっているので軍事に転用されるとは考えてもいない。
 民間目的となると科学的目的又は実用目的になるので、コストが重要な要素となる。ユーザーの要請でコストダウンを迫られる。米国の場合、軍のバックアップがあり基礎は軍がやってくれているので、あとは応用だけで良い。日本の場合、開発費からすべて負担しなければならないのできつい。誘導技術は理論的には既に完成された技術であるが、実際には高層空気の状態(時刻ごとの気温、気流の流れ)を正確に把握していなければならない。膨大な実験をしてデータを収集しなければいけない。有人宇宙をするには事前研究は膨大なものが必要になる。安全面でも日本は非常に注意している。例えば中国では安全面がルーズで、10年前に「長征ロケット」を打ち上げるときに液体燃料を使用していた。

 非常に有毒な燃料のために、安全上の問題があり、打ち上げ基地は米国、日本ではブロックハウスという完全気密が保たれている構造であるが、中国はそれをしていなかった。
 欧州からの受注衛星を打ち上げたときに失敗して残骸が基地に落ちてくることになり、欧州の人間は青くなったが、たまたま近くの村に落下し、500人全部死亡したとのうわさがあった。

5.宇宙の無重力実験

 無重力実験にはいろいろ夢があった。ドイツがスペースラブを開発したが、ブレーメンにドイツの国策の宇宙会社が設立され、宇宙実験を目指した。プロジェクト全体で3千億円要したが、システム技術の最たるもので、アポロで開発した高度の管理技術が不可欠であった。NASAも当初はトラブル続きであったが、アメリカ空軍が助けた。ドイツは管理技術にも注目して高級エンジニアを全て米国に送って2年間に渡って管理技術を習得した。ERNOという会社では公用語は英語である。エンジニアは全世界から集めた。無重力実験はアポロ、スカイラブ、アポロソユーズ、シャトル、シャトルスペースラブと進んできた。

 シャトル自体が宣伝の材料となり、シャトルこそ最後のロケットとして最高の信頼性を誇っていた。私が参画するころは信頼性管理、品質管理、安全性管理が厳しくなった。これは人間が乗るロケットだからという理由である。無人ロケット以上に管理を厳しくしなければならなくなった。コストは大幅に高くなり、シャトルも古くなってくると信頼性が低下してきた。現在では軌道上実験用に宇宙ステーションを建設している。日本の宇宙実験室は「きぼう」が10年以上、3千億円以上かけて開発中である。

 米国でも宇宙プロジェクトについて厳しく批判する人がいて、特に有人宇宙実験についてはいかがわしい宗教と同じと批判する人もいる。科学的には無人ロケットで充分であるが、有人ロケットは一般大衆に対するインパクトが非常に大きく、莫大な税金を使用するので国民が理解してもらうのに利点がある。日本でも毛利さん、野口さん、向井さんなど宇宙飛行士を養成しているのは税金を払ってくれている国民のためである。日本では非軍事の宇宙開発なので国民の人気が必要である。ブッシュ大統領は火星に有人ロケットを送ると言っているが、これも政治的意味合いである。

 毛利さんはシャトルのスペースラブ宇宙実験室でプロジェクト「ふあっと92」を行なった。材料実験ではダブルラックが2ケあり、ここに13の実験装置があり、22の実験を実施した。このプロジェクトに携わったが、これはいかにも日本的プロジェクトといえる。2ダブルラックで22の実験を行なうのは後にも先にもこれだけである。米国ではせいぜい1つ又は2つである。なぜなら宇宙に行ったら何があるか判らないから、修理出来るスペースを設けておく。「ふあっと92」では詰めに詰めた。問題が起きたらどうにもならない状況であったが、NHKのプロジェクトXで放映されたように水漏れ事故だけであった。

 幸い水漏れはラックの下の所で手が入る場所で修理が可能であった。22の実験全部が成功したがこれは奇跡に近い。大体は半分成功すれば万々歳である。このプロジェクトは10年以上かかったが、一番困ったのはチャレンジャーの爆発事故があったために前提条件を全部見直したことであった。 NASAが承認した材料しか使用してはいけないことになっており、部品名称は米国メーカであるが一部は日本製を調達したが、米国製と同等であると証明しなければならない。

 何万という部品を再度データを整備してNASAの承認を取り直す騒ぎとなった。更にシャトルとスペースラブの酸素条件が異なっていることも判明してそれを統一する騒ぎも発生した。毒性規制も厳しくなり、三重の防護を要求された。温度制御は空気冷却を考えていたが、無重力では対流が無いのでファンの強制冷却になるがNASAのクーラー能力が無いとのことで不可となった。水冷を指示されたが、水冷却は厳しく、重量も増えるので苦労させられた。苦労の連続であったが、技術者としては面白かった。

6.宇宙旅行

 米国で宇宙旅行の開発プロジェクトが盛んであるが、素人相手で20分飛んで2千万円、月旅行で100億円かかるといわれている。ライブドアの堀江社長は熱心であるが、ロシアは安いロケットで宣伝している。現在の飛行機の安全性確保には過去相当な犠牲の上に成り立っており、事故発生の反省を生かして安全性向上につながっている。ロケットはとてもそのレベルに達していない。たまたまロシア、中国のロケットは事故が起きていないだけである。それに米国と違い、情報もオーップンでない。

 飛行機とロケットの最大の相違は、ロケットは点火したら止められないことである。飛行機は少し飛んでタッチダウン出来るが、ロケットはそれが不可能である。管理技術(信頼性技術、品質、安全など)でカバーしようとするが、100万点を越す部品が全て完璧に作動するとは言い切れない。アポロ13号の事故は燃料電池のトラブルで爆発した。技術には絶対は有り得ないということを認識すべきである。新幹線のシステムはシャトルに劣らないくらい複雑なシステムであるが、あの利点は毎日運行し、データは毎日採取して点検し、反映できることにある。

 ロケットはこれが出来ない。部品レベルのテスト及び紙の上で調べて検討予想する。システムのテストは静止状態でなければできない。ロシアで宇宙観光旅行を契約するときは「生命の保証はしません」とあるのではないだろうか。飛行機並みの安全性を保証しろといわれたら多分出来ないだろう。火星旅行は夢であるが、宇宙旅行には大変な問題がある。無重力と放射線の問題である。太陽は磁気嵐という現象があり、太陽表面で大爆発が生じてフレアが飛来すると、致命傷になりうる。

 また、宇宙には高エネルギー重粒子の飛来も考えられ、人間は甚大な損害を受ける。電子機器もやられる。火星に行くには半年かかり、滞在が半年で最低1.5年から3年の往復旅行となる。燃料をどうするか、NASAは帰りの燃料は火星にあると思われる水を太陽電池で電気分解して水素と酸素を作って利用する計画である(別な計画もあるらしい)。クリアしなければならない問題が沢山ある。数人の人間が閉鎖空間で3年も協力して生活できるのかさえ分かっていない。アメリカでやった模擬実験は失敗している。

 月基地も夢であるが、月にはヘリューム3があると言われており、核融合発電の原料となる。それを地球に送る計画があった。順調にいっても20年以上の歳月と莫大な費用がかかる。有人宇宙は政治的目的のためであり、火星旅行はさすがに米国一国では難しいと思われる。日本を含む国際プロジェクトになるだろう。米国には火星宇宙旅行協会があり、アマチュアは本気モードで熱心に活動している。ただし政府からは相手にされていない。日本ではせいぜい火星の土地を分譲するというレベルである。

7.宇宙開発の今後

 実務に携わった人間から言わせると非常に厳しい。ロケット打ち上げが失敗すると新聞などで直ぐ何百億円が消えたと騒がれる。私はなぜそのような記事が出るのかいつも疑問に感じる。米国ではそのような反応は無い。つまり技術に完全は有り得ない。いつかは必ず失敗する。失敗を繰り返して完全に近づいていくのが技術である。なぜ失敗したのかとか責任追及をするのではなく、失敗の原因を調べて二度と同じ失敗を繰り返さないところに関心がいくべきである。

 飛行機事故でも同様に米国では刑事責任は問わない。なぜかというと原因を突き止めるためには、正直に事実を明らかにすることが重要であるからだ。原子炉事故でも日本では必ず責任追及が始まる。責任追及ばかりしていると当事者は正しい情報を出さなくなる。これが最も悪いことである。米国でも頻繁に宇宙開発で失敗しているが、日本と違って正直にしゃべっている。非常にオープンに宇宙関係の専門の週刊誌にNASAの内部告発を載せている。日本と違って、技術を育てていくというマインドがある。

 日本はものつくりの技術は米国以上なのに巨大技術の育て方は下手である。有人宇宙技術レベル自体は、日本は米国に負けないくらい持っている。日本でやる場合は中国と違って安全管理が格段に厳しくなる。一人でも死んだら10年は止まるだろう。日本人は充分能力があるが、やるとしたら、一般大衆、マスコミの意識改革を含めて相当な覚悟が必要である。

        
おわり

文責:神馬照正

会場写真撮影:橋本 曜 HTML制作:大野令治