第296回 神田雑学大学講座(平成18年1月27日)

中央ヨーロッパのチェコ、丸ごと紹介

講師 三門房子
講師紹介
三門房子さん
国際音楽祭「ヤング・プラハ」運営委員、「Czech Film Festival2006」事務局長、「Fumiko・ルージェ友の会」代表など、チェコと日本との友好の架け橋となって活躍されています。

チェコはヨーロッパの中央に位置し、人口約1千万人の小さな国ですが、独自の素晴らしい文化を創り上げた国で、日本に意外なほど係わり合いがある国です。少しでも皆さんに解っていただけたら幸いと思い、チェコのお話をしたいと思います。クイズ形式も交えて、お話を進めさせていただきます。

1、チェコはどの辺りにあるの
   地図に示すように、ドイツ、ポーランド、オーストリアなどに囲まれた国で、面積78,866ku(北海道くらいの広さ)に、約1千万人(東京・23区と同じくらい)の人が住んでいます。首都はプラハで、人口は120万人です。言語はチェコ語、宗教はカトリックとプロテスタントがあって、他は無宗教、特に若い人は無信仰が多いです。でもクリスマスになると敬虔な雰囲気になります。宗教にあまり縛られたくないというところでしょうか。

2、チェコの現代史は・・
1918年の第一次世界大戦のあとスロヴァキアと一緒になり、チェコスロヴァキア共和国が成立しています。1939年ミュンヘン協定により共和国は崩壊、1939年ボヘミア・モラビア地方がドイツの保護領に、1948年第二次世界大戦のあと独立したが、1955年のワルシャワ条約に組み入れられて、ソ連の支配下になりました。共産主義体制を多くの苦難がやってきたと感じた人が多いです。1968年ドプチェク氏などによる有名な「プラハの春」が起こり、緩和な時代を迎えましたが、その後ワルシャワ条約軍が侵入しました
市庁舎のバルコニー
。東京オリンピックで活躍したヴェラ・チャースラフスカさんなども地下に潜りました。

「プラハの春」から約20年経た1989年、ようやく無血による「ビロード革命」で共産主義体制から離れ、自由が戻り、1993年スロヴァキアと平和裏に分離・独立を果たしました。そして今のチェコ共和国があります。ビロード革命で活躍され、チェコの独立後初代大統領をされているヴァーツラフ・ハヴェル大統領、この方はチェコの地下室から「私たちに力を」と世界中にビデオを通じて呼びかけました。ヴァーツラフ・ハヴェルさんはビロード革命の時プラハ市庁舎のバルコニーに現れ、革命成功を宣言しました。

3、われわれ日本人が知っているチェコ人、はたして何人知っていますか?

イ、科学者
メンデル博物館

メンデル<1822〜1884>
メンデルの法則を発見した人
メンデルの法則は遺伝学を誕生させるきっかけとなった法則であり、メンデルによって1865年に報告されました。第2の都市ブルノに住み、博物館となっています。
ロ,芸術家
  A、ドボルジャーク<1841〜1903>
    チェコ語ではアントニン・ドヴォジャークと呼びます。交響曲第9番「新世界」が有名です。
  B、スメタナ<1824〜1884>
チェコ国民楽派の祖。リストの影響下に交響詩を作曲、チェコ民謡をもとにした歌劇「売られた花嫁」で成功。国民劇場創設に尽力し、指揮者として活躍して後引退。交響詩「わが祖国」で知られています。
 C、アルフォンス・ムハ<1860−1939>
    フランスで活躍したためミュシャで通っています。   ちなみに ムハとはチェコ語で「蝿」です。
 D、ヤン・フジェベイク
フジェベイク監督

    映画監督、アメリカへ亡命しました。「この素晴らしき世界」(原題「人間は助け合わなければならない」)を制作しました。現在チェコの映画界をリードしているのはフジェべイクさんです。
 E、フランツ・カフカ<1883〜1924>
   小説「変身」を書いたことで有名。
ハ、スポーツ界
  A,ヴェラ・チャ−スラフスカー
 東京オリンピックで金メダルの体操選手。その美しさで多くの日本人を魅了しました。
  B、エミル・ザートべク<1922〜2000>
    ロンドンオリンピック(1948年)の10000メートル、ヘルシンキオリンピック(1952年)の5000メートル・10000メートル、それにマラソンで金メダルを獲得した。この長距離三冠の記録は今後達成する選手はいないだろうと考えられています。人間機関車といわれました。
 
4、チェコに関する話題
 イ、ビール(チェコ語でビヴォ)
ブランボラーク

    チェコ人はビール大好き国民で、ビールを水代わりに飲むほどです。500mlで50〜40円、ミネラルウオーターはビールの3倍くらいです。日本人も知っているバドワイザー(ブドゥワル)は、アメリカに名前を取られちゃった感じですが本家はこちら。13世紀からブドゥワル市の看板醸造所。チェコ内には70ものビールメーカーがあります。一人当たりの消費量は世界一です。
 ロ、主食とつけ合わせ
   主食はジャガイモを繋ぎに入れたパンで、ジャガイモもよく食べます。つけ合わせとして、ブランボラーク(地方によっては「ツムンダ」)を食べます。ジャガイモを使ったお好み焼き風とでもいうかさつま揚げ風のもの内陸国なので、魚料理はない。ただし、1年に一回クリスマスの時に鯉を食べる習慣があります。チェコの人が日本に来るとお鮨が好きで、よく食べます。また天ぷらや鰻も好きですね。
  
5、チェコの風物
イ、リトミシュル市 
作曲家スメタナの生地です。
リトミシュル城は世界遺産になっています。    
ピアリスト教会も有名な教会です。

ロ、リトミシュルのノヴェ・フラデーにあるお城(館)はマグダ・クチェロヴァーさんという方の所有で、一般に開放されています。外壁は自分好みに作り直していますが、館の内部といい、庭を見ていますとホッとする気分になります。

ハ、チェスキー・クルムロフ
チェスキークロムフ城

中世の町がそのまま残っているため、家からあるいは路地から中世の人がスーッと出てきても不思議でない雰囲気があります。丁度、京都の裏道を歩いているのと同じような気分になります。町は世界遺産となっています。


ニ、オモローツ
北モラビアにある町で、中世時代からの長い歴史をもつ教会、修道院、噴水などが残っています。町の文化財保有数はプラハに次いでいます。

ホ、テルチ町  
テルチ町はプラハの南部にあるが歴史のある町で、世界遺産に登録されています。普段は物静かな町であるが、たまたま現職のクラウス大統領が来所、町の人が出迎えて賑わいました。学校も役所も休みになり、町の人は民族衣装で歓迎していました。

ヘ、プラハ
プラハ城

プラハはチェコの首都で人口約百万人です。プラハ城が街の高台にあり、落ち着いた街です。街の中をくねるようにブルタバ川(ドイツ語読みでモルダウ)が流れ、有名な橋としてカレル橋があります。カレルとは英語ではチャールスとなります。プラハの全部ではありませんが、一部をお見せします。

ヤン・フスという人は腐敗し堕落したカトリック教会を強く弾劾ししたために、教会から異端の人と名指され、火あぶりの刑に処せられました。チェコの人はヤン・フスを英雄とする人が多いです。また、現代チェコ語を確立した人とも言われています。

5、日本とチェコは親しい間柄
   チェコがわれわれの身近にあることは案外知られていないようです。いくつかを紹介します。
天皇陛下の訪チェコ

 イ、大相撲では優勝杯を手渡す時に、甲高い声で「ヒョーショージョー」と呼び上げる声が有名です。
 ロ、原爆ドームで有名ですが、この建物はチェコ人のヤン・レツルが博覧会の為に設計しました。
 ハ、大阪ガスは東京より早く敷設されたが、この工事担当者がチェコ人で、カレル・ヤン・ホラという人です。
 二、日本近代建築の父といわれる人で アントニン・レーモンドがいます。レーモンドさんは横浜外人墓地近くにある有名なエリスマン邸の外、フェリス女学院、東京女子大本館、同礼拝堂で知られています。
民族衣装

なお、私の友人で一昨年、ドヴォジャーク賞を受賞した歌手の西松甫味子さん(メゾソプラノ)がいます。30年前プラハに留学され、音楽を通して、チェコと日本の文化の架け橋を担っておられます。私も「Fumiko・ルージェ友の会」の代表となって、彼女の演奏会を応援しています。
この機会に宣伝させていただくことをお許し下さい。今年の7月にチェコのスメタナ音楽祭に招かれています。

チェコの人は親日家が多いです。日本の文化に造詣が深く、歌舞伎を研究している友人もいます。私はチェコを紹介することで、チェコへのご理解と両国間の交流に少しでも役立てられればとお話しをしました。ありがとうございます。

文責 三門房子  写真 橋本 曜  HTML編集 山本 啓一