神田雑学大学第320回講演抄録  平成18年7月14日


アイデアマラソン


講師 樋口健夫氏
 

はじめに
 私は一昨年まで三井物産の海外駐在でナイジェリアのラゴス3年半、サウジアラビア8年半、ベトナム2年、最後にネパールカトマンズに4年と珍しい体験をしてきました。 ナイジェリアがなければサウジへ行かなかったと思いますし、ここの経験がなければ、その後電気や通信の仕事をやるこもなかったでしょう。

ナイジェリアでは27歳で家内といっしょにヨルバ族の酋長になって貴重な体験をしてきました。停電、断水続きのラゴス、断水と停電のサウジがオイルブームで急速に発展し素晴らしい生活環境になるまでの体験や、サウジの厳格なイスラムの戒律のなかで考えたことが今の原点になっている感じがします。

 本日は私がサウジアラビアに滞在中の1984年に考え付いて現在も実践しているアイデアマラソンについてお話します。  

 アイデアマラソン発想システム(IMS: Idea Marathon System)は、どんなことでも、 思いついた発想を、その場でノートに毎日書き続けるの簡単なものですが、ルールも簡単で、誰にでもできて、数ヶ月間継続すれば必ず効果がでる発想システムです。

 1984年にアイデアマラソンを始めて、私自身20年間、自ら実行継続し、発想をノートに書いてきました。いまだに問題なく続いています。  現在までに、すでに24万個以上の発想を、326冊のノートに書き続けてきました。現在も、年に2万6千個以上の発想を出し続け、記録しています。

 頭に浮かぶ一つまとまったことを、すべて発想と呼びます。難しい発明や、哲学的でなくても、ちょっと思いついたこと、考えたこと、望んでいることなど、全て発想ですし、自分を表現する俳句も、詩も、スケッチまでが発想であるといえるでしょう。

 私も、あらゆる分野の発想を、アイデアマラソンのノートに書いてきたのです。この 継続と蓄えを通じて、私は素晴らしい体験をしました。発想をして記録することが、もっとたくさん発想を出すためのプロセスとなり、発想したことを実行・実現する第一歩なのです。

アイデアマラソンは、私の始めた発想のシステムですが、すでに多くの人が積極的にアイデアマラソンに参加し、発想の記録を続けています。  ビジネス万、技術者、学生、私の家族など、様々な立場の人が含まれています。

 米国ヴァージニア大学工学部では授業に採用されて、7年になります。英語、中国語、タイ語でも紹介されています。アメリカ人、タイ人、インド人、ネパール人にもアイデアマラソンを実行する人がいます。

 無数の発想のネットワーク化が、夫婦の間でも、家族でも、学校でも、企業でも、社会でも、一番必要とされているものだと思います。現在、日本の企業は、新製品や新しいコンセプトの商品・サービスなどを考えるために、新しい仕組みの発想を必要としています。 アイデアマラソンは、仕事にも間違いなく活用できます。この22年間、私自身が仕事で活用してきたのですから。


 自分の体験と発想の例のなかから、みなさんにアイデアマラソンの素晴らしい効果を説明したいと思います。  そろえていただくものは、一冊目の新しいノートとペンだけです。アイデアマラソンで 要求されるものは、たったひとつ。継続するための強い意志です。自分自身の中にあるラクをしようという気持ちとの闘いです。

 少なくとも三ヶ月間は、懸命に毎日発想を残そうと頑張ることが大切です。つまり自分との闘いのマラソンであるということです。三ヶ月間の継続は、自分の発想力の証明になります。アイデアマラソンは脳とノートとの協調です。  三ヶ月を乗り越えると、自分の出した発想の中にキラリと光るものを見つけることができるでしょう。人生の川底に混ざった砂金を一粒見つけたのかもしれません。

 発想を追い求めることは、自分の内面、つまり自分の脳への冒険旅行です。自分の心の中でどれだけの思考を広げることができるかの試みです。

 お約束できるのは、あなたがこのアイデアマラソンを開始して、三ヶ月続けたら、自分でも知らなかった能力に気がつくことです。こんなに素晴らしい発想力を、あなたが持っていることを知るのです。  自分自身の未知の能力を発見することは、まさにあなたの人生のロマンであります。


発想はいくらでも出る
 脳は考えると何かを思いつくようになっています。発想を出そうとすることは、肉体的 苦痛を伴うものでありません。単に頭を使うことに過ぎないのです。頭を使うことに弊害があるとは思えません。使えば使うだけ良くなるのが頭で、使わないと退化します。

 本人が自分で出せないと思い込んでいる限りは、やっぱり発想は出てきません。出ていてもそれを自分の発想だと思う意識、自己発想の確立の意欲がないと、そのまま見過ごしてしまうのです。  アイデアマラソンは「頭のフイットネス・クラブ」であると思います。、まず始めてみて、 毎日続けることです。自分に合った内容、領域、時間を考えて、頭を運動させることで、頭脳を鍛えることが可能になるのです。一日二日では効果はありません。  


ただ毎日発想を書き続けていれば、少しずつ効果の出ていることに気がつきます。急に毎日、数十個の発想を書き留めることは、最初から不可能だと思います。一時的にたくさん出すことは、もちろん可能です。しかし、時々集中してたくさんの発想を出し、その他の日々は全く発想を意識しないというのは、かなり難しいことです。

 それよりも、常に発想モードを保っておいて、必要な時には思い切ってたくさん出すのが自然で楽なことです。毎日、数個を書き留めておくだけで、この発想モードが出来上がっていくのが、このアイデアマラソンの大きな特徴です。

 実際の仕事や生活では、私たちは様々な工夫をしています。少しでも段取りを良くしようとすることなどは、間違いなく発想なのです。ビジネスの二割は段取りを自分で考える時間だといいます。またあとの二割が誰かと打ち合わせをする時間です。より良い予定や段取りを工夫したり、打ち合わせをする時、それは発想を出しているに違いありません。

「今日の会議で結構面白い提案を出した」というなら、それを今日の発想として、ノートに書いておけばいいのです。出しっぱなしにしておくよりも、自分の発想として記録に残すことで、自分の発想を更に発展させるための基礎にするということです。  発想というと、大発明のようなもので、完全装備で提案されるべきものであると想像されるかもしれませんが、実際は、小さな発想が積もり積もって、大きな発想、重要な発想につながっていくものです。もっと気楽に、気軽に書き留めておこうとするのがアイデアマラソンです。


書いたものはすべて残す
考えるノート、覚えるノート  私の学生時代のノートには、二つの種類がありました。 一つは、分厚い大学ノートで、私はそのノートに、英語も、古文も数学も書きなぐって、自分の脳みそに刻み込むように書き続けていたのです。ノートはたくさん残っても、内容は無味感想でした。暗記に専念するためのノートであり、発想するため、考えるためのノートではありませんでした。  もう一つは小さなメモノートで、高校時代から私の思ったこと、読んだ本の感想、大事な言葉などを書き込んだものです。

いつもポケットに一冊か二冊入れていてボロボロになるまで持ち歩いていたものです。汚い字で書きなぐってあって、自分の意見だけでなく、青春の読書の中で感激した言葉も書き写していました。  今となっては、これらのメモ帖も残しておきたかったと思っています。私のアイデアマラソンの非常に重要なポイントは、一冊の連続ノートに固執することです。発想をたくさん書いていくと、当然ながら限られた頁数を超えてしまいますから、次のノートを買います。


ノートは外の脳
ノートに私たちが書くのは、考えたものを書くだけでなく、自分の脳の働きを補助する役目をします。脳は色々なことを考えますが、同時に覚えるという役目をするのです。 ちょうどコンピューターのCPUとハードデスクを兼ねるようなものです。

 脳による記憶の努力は相当なエネルギーと時間を食います。記憶することばかりに脳が注力していると、思考や発想そのものが不得手で面倒になってしまいます。  脳を記憶の重圧から開放し、新しい思考に専念するためには、思いついたことをすなわちノートに書くことです。

ノートに発想を書き終えることによって、脳の思考機構を高めることができます。まさにノートは脳の外の記憶装置であるということです。  私はノートに書くことを「書放行動」と名付けました。ノートに脳から書きはなすのです。


ビジネスのためのノート術
 営業の部長時代、毎年入社して配属されてくる何人かの新人の着任の日に、一冊のファイルノートを贈っていました。「毎日、仕事が終わったら、その日に体験したこと、みたこと、感じたことを、このノートにびっしり書きなさい。決してページの余白を作ってはいけない。そして私に見せなさい」と指示していました。  私と次長は、新人たちの毎日書いてくるノートの業務日誌を読み、下に「頑張ってね」 とか「それはとても大切だ」とか、あまり調子に乗ってはいけないよ」という風にコメントを書いたのです。

 新人の場合は、三ヶ月は毎日日記を書かせて、私は読んでいました。三ヶ月ほどすると見違えるほど、仕事の中身を理解する文を書くようになり、鋭い観点をみせるようになるのです。彼らは社内の様々な研修に行き、その議事録もびっしり書きます。ちょうど議事録が業務日誌になるから、必死に書いていたようです。資料もノートに張ったり、入れたり、研修結果は、たった一ページのノートの日記でしたが、効果抜群だったのです。


次世代に何を残すか
 私の年齢になると、一体、自分がこの世の中に、子供たち(と、まあ、妻)への愛情以外になにを残すことができるのか、わずかでも気になりだします。子供たちに自主独立を主張してきて、自慢できるほどの財産があるわけではないので、私は自分の信念や考えたことが子供たちや、その子供たちに少しでも伝われば良いと思いました。

 私の場合には、過去二十年以上、1000本のエッセイや原稿を、パソコンなどの電子データに書き溜めてきていますが、それらエッセイの最初のきっかけや原稿やフレーズはすべて、アイデアマラソンデータに残っているのです。  ノートを見れば、その年代に私が何を考えたかが分かる。まさに、私の年代記ノート (クロニクル・ノート)です。  私はどんな仕事をしていても、書いたものはすべて残すことが必要だと考え始めたのです。書いたものを全て残すためには、ノートを絶対に紛失しないことが大切です。

 私の提唱するアイデアマラソンを具体的に実施するには私が書いた以下の本をお読みになることをお勧めします。

思い付きをビジネスに変える「ノート術」   PHPエル出版

 しごとができる人のノート術         東洋経済新報社

 稼ぐ人になるアイデアマラソン仕事術   日科技連出版社


 

 
 

(文責:得猪外明)

会場撮影:橋本 曜  HTML作成:上野治子