平成18年9月8日
神田雑学大学定例講座 NO326







ハワイのホノルルマラソンは、毎年約30,000人が参加します。そのうち17,900人(2005年)が日本人です。私は2,004年にはランナーとして、2,005年には日本人参加者グループのサポートスタッフとして、参加しました。

その時の体験談を、パワーポイントの映像を映しながら披露いたします。写真は、ホノルルマラソンのコース俯瞰図です。ハワイでの買い物で有名なカワカウア通りから少し離れた場所が、スタート地点です。眺めのいい海岸通りをダイヤモンドヘッドに向い、途中から高速道路を走って、マウナルアベイを折り返し地点として帰ってくるのです。本格マラソン同様に42,192kmを走破するのです。ハワイへ行ったことのある方は、その場所の風景を思い出しながら、聞いてください。

04年に行ったときは、走る日の前々日にハワイに着きました。ゼッケンの引き換えは、前々日からコンベンションセンターで行っています。私のゼッケンは「31,190」でした。
参加費は¥12,000.ゼッケンを手にすると、いよいよ走るのだという実感が湧いて、緊張を覚えました。あまり練習もしていなかったし、大丈夫かな・・・という感じです。

30,000人の参加者ですから、ゼッケン引換所の窓口も多く、そこに並ぶ人の列も長い。 この会場へ着てから申し込む人もおり、マラソンシューズやウエアなども売っています。
また、足のマメに塗る薬や、股ずれ防止の潤滑剤や、痛み止めテープや、エネルギー補給のチュウブなどもあり、臨場感がひしひしと高まってくるのでした。 平行してトークショウなどもありました。日本人ランナーの早川英理さんが舞台の上でおしゃべりしていました。

さて、一日おいて次の日がマラソンの日です。スタートは朝5時です。
経験者のアドバイスを守って、午後7時には寝て、翌朝午前3時には起床。そしてウオームアップして、スタート地点に向かいました。写真の赤いシャツが我々の仲間です。普段午前3時に起きたことはないので、眠い。眠い。まだ暗い中を、ほとんどの人は歩いてスタートに向かっていますが、宿泊地が遠い人たちはバスで、続々集まってきます。12月ですが、さすがハワイ、暑くもなく寒くもない、快適な気温です。まだ、朝4時。

スタート地点に行ってみて、びっくりしました。
普通のマラソンのように、スタートラインに全員は立てません。まず、自分は何時間で走れそうか決めて、その掲示がある付近に集まるのです。プロのランナーのように、速く走れる人ほど前に出ます。私の場合は、5時間〜6時間のタイムの位置に並びました。スタートラインには、実際こんなに大勢の人がいます。道路は片側3車線、中央分離帯があってその向こうがまた3車線あるという広さですが、それが全部埋まるくらいです。
2時間台、4時間台、5時間〜8時間台と、人また人でした。帽子をかぶっている人は、遅いので途中で、暑い太陽光に曝されるのを防ぐためです。




いよいよスタート。まだ暗い空に轟く大音響と共に、大きな花火が上がります。アナウンスもあるのですが、私の立っている場所は、スタートから500mも離れているので、ほとんど聞こえません。しかし、スタートの合図は花火と聞いていましたから、みんなと一緒に走り出しました。しかし、ドーンと鳴ってから走りだすまでは、渋滞のために時間がかかります。花火を見ているからでしょう、5分〜10分遅れで、ようやく動き出しました。これは女子の先頭集団の写真です。男も混じっていますが、かなり速いスピードです。これは、スタートから約4kmあたりでしょう。私はまだ1kmあたりにいました。

専門家のアドバイスでは「最初は歩いてスタートした方がいい」でした。花火がドーンと上がると、お祭りなので嬉しくなって雄たけびを挙げて走りたくなるのですが、ハイペースにならないように、最初の5kmは歩きました。夜が明けるのは、大体1時間後くらい。午前5時スタートですから、真っ暗ななか前の人の背中を見ながら走ります。やがて朝日が昇って美しい海岸線が目に移ります。陽が照ってくると、身体が目覚める感じです。





写真の「6」は6マイル(10km)地点。30,000人のランナーですから、10km地点では前にも後ろにも、人また人。気分は懸命に走っている感じではなく、皆と一緒に歩いているお祭りのようでした。1回目の休憩地点。私は、まだ元気です。2時間後、右手にダイヤモンドヘッドの辺り海岸線。美しい景色が思い出深い。陽は昇っていますが、涼しくて気持ちがいいので、まだ疲れもなく走っていました。まもなく、折り返した先頭集団とすれ違いました。スゴイスピードのトップはアフリカの選手団でした。







ホノルルマラソンは30,000人近い参加者ですから、当然色々な人がいます。私のイメージでは、トレーニングを積んで、真剣に走る・・・というものでしたが、実際にはかなりお祭り気分の多い大会でした。むしろ、楽しく走るという雰囲気です。たとえば、これはハワイの人ですが、アメリカインディアンの装いです。そして新婚の二人はウエディングの花嫁に、紋付袴の新郎。ドラエモンの縫いぐるみ。ロボコック。お巡りさんも一緒に走っています。

私がどうやら順調に走っていたのは、20kmあたりまで。それから先は膝が痛くなり、あまり曲がらない状態で走っていました。そのスピードは、歩いていた方の方が速かったでしょう。走る前は、42,195kmは多分大丈夫だと思っていたのですが、身体はかなりシンドイ状態になりました。ただ、景色が常に素晴らしいことと、周りには必ず走っている人がいること、沿道の地元の人が水やお菓子で応援をしてくれることなどが、励みになって休み休みですが、走り続けることができました。

長い直線の高速道路に出ました。
私は、その道を走っているのですが、あまりに真っ直ぐなため、どの辺を走っているのか見当がつきません。あとどのくらいなのか判らずに走るのも、疲れます。身体も痛くなる、膝は曲がらない。あとで思うと、全行程の中、ここが一番大変でした。高速道路が終わって、休憩ポイントでホッと一息。膝が痛いので、立ったままの休憩。

15のマークはほぼ半分の行程の印ですが、体力的にも、そろそろしんどくなりました。
私は、走り続けることも目標にしていましたから、ゆっくりでも走り続けました。歩いている人の方が、走る私より速かったかも知れません。何箇所かの給水ポイントがあります。ここには、地元のボランテイアの人たちが、スポーツドリンクを用意していました。スポンジに水を含ませて、頭から脚まで水分補給です。走り続けて筋肉が熱を持って尿酸を排出すると、筋肉が固くなるので、冷やすことは有効でした。よく、本格マラソンのテレビ中継で見かけるヤツです。

22マイルの標識。大体35kmくらいの地点です。長い高速道路が、やっと終わりました。この辺になると、ほとんどの人が歩いています。
走っていく人は、遅くとも4時間以内でゴールするので、この辺にはもういない訳です。

仲間同士で会話したり、沿道の人たちと話をしたり、のんびりやっています。私は走っていて、気が楽だったのは、タイムリミットがないことと、走らなければいけないという雰囲気でなかったこと、どちらかというと、長い距離を走る遠足のようでした。

ここまで来たらあと7km、もう少しだ。しかし、走ってみると、ここからが長い。道も坂道になります。走っているつもりですが、ほとんど歩きでした。脚が棒になるという表現がありますが、まさしくその状態でした。膝が曲がらないので、こんなスピード(よたよた、そろそろで、歩くより遅い)でした。そんな自分ですが、不思議に気分は爽快なんですね。何故かというと、周りに大勢の自分と同じようなランナーがいるからです。

5時間も走ると、腹が減ります。途中で水やスポーツドリンクは飲めるのですが、それでは足りない。私の場合は、一緒に行った仲間がバナナやリンゴや、ゼリーなどを休憩所に用意してくれたものを補給したので助かりましたが、半分は遠足気分でした。とやかくしているうちに、間もなくゴール地点です。フィニッシュはワイキキ通りの公園の近く。500mの真っ直ぐの広い道の沿道には、ゴールした人たちや応援団の人々で一杯でした。
もう脚が棒になっているのに、この道だけはラストスパートで、一生懸命に走りました。

ゴール地点の映像です。
新婚旅行の二人。電車ゴッコ風のお父さん、お母さんと子供たち(応援の)。どうやらコースへの出入りは自由のようです。ゼッケンをつけてお父さんと一緒に走った10歳くらいの少年もいました。ゴールで感涙に咽ぶ女性グループ。
 
 http://www.honolulumarathon.jp/runners_square/gallery/index.html

ゴールとともに、私の心は充実感に溢れました。
時間は5時間51分35秒でした。そんなに速いわけではありません。しかし、人と較べてどうとか、誰より速いとかではなく、自分が止まらずに走りきったという達成感が得られて良かったという思いです。また、それを迎えてくれた仲間がいたことが、私の喜びを倍加させてくれました。

ホノルルマラソンは、タイムリミットがありません。
最後の一人がゴールするまで、ゴールのテープを残しておきます。8時間50分かかって完走した人もいます。多分、ほとんど歩きだったでしょう。それでも、ちゃんと記録に残してあります。インターネットで参加者一人ひとりの記録を覗いてみることが出来ます。それは、ゼッケンとともに渡されるICチップによって可能となりました。チップは靴の紐にセットしますと、スタートや途中の数箇所やゴールにセンサーが設置されて、そこを通過すると記録がチェックされる仕組みになっているからです。

ウェスタンスタイルで参加した仲間の日本人は、11間50分でゴールしました。
彼は交通事故に遭い、足には手術後の鉄板が入っている状態で、ビッコを引きながら参加しました。それでも歩き続けて、ゴールしました。最後の一人でした。朝の5時にスタートして、夕方の5時ごろにゴールしたことになります。時間がかかっても、完走することが、自分の再起の証とする思いがあったのでしょう。

車椅子の身体障害者の参加もあります。車椅子というとノロノロというイメージがありますが、レース用に設計された三角形の先頭に車輪がついた三輪車は、ものすごいスピードが出ます。人間よりはるかに速いので、スタートは普通ランナーより先に出ます。つまり、追い抜くのは危険が伴うので、先行スタートをすることになるのです。

完走すると、タイム入りの完走証明とTシャツが配られます。副賞に貝殻のネックレスとメダルを貰いました。完走した直後に貰った時には感動しました。Tシャツなどは、いまだに自分の部屋に飾ってあります。ホノルルでは、Tシャツを着て買い物の出かけると、町の人に声を掛けられます。この年に参加した人、22,388人中、私の順位は12,906番目でしたが、すこし得意になりました。なお、男性11,629人参加したなかで、私は7,843番目。25歳〜29歳の男性の中では1,357名中861番目でした。などがすべて、ICセンサーによって情報収集が出来ているのです。

ホノルルマラソンの全員の記録は、ハワイの新聞に掲載されます。もちろん英文ですが、私の記録も出ておりまして、何か晴れがましい気分です。インターネットにも当然出ており、1年間は保存されているそうです。ホームページには、参加者個人の写真も掲載されます。ICチップがセンサーを通過した瞬間にデジカメのシャッターが切れる仕組みになっているから驚きです。

完走できなかった人も大勢いました。
あと20km地点だったでしょうか、疲れて道端に倒れている人がかなりおりました。若い人が多かったのですが、興奮のあまり最初に全速力で飛ばしたからと思います。経験者の言葉で、最初の数kmは歩いた方がいいと言われたことは、これだったのですね。エネルギーが切れてしまった人は、回復するまで数時間かかるという話でした。私は30kmあたりで、疲れていても走ることが出来たのは、エネルギーが残っていたからでしょう。

私の前半の記録は、2時間49分でした。後半は3時間あまりでした。私の目標は、走って完走することでしたから、歩かないように心がけました。横の人が歩いている速度が、私が走るより速いということもありましたが、それでも歩かないように心がけました。全員の記録のうち、5時間台の人が一番多かったようです。

くやしかったことがあります。それは体型と持久力の関係です。
私は、痩せ型ですから、マラソンには有利な筈です。ところが、明らかに太いアメリカ人が私をドンドン追い抜いていくのです。それも前半の皆が元気なうちではなく、後半の疲れるあたりに、その状況が見られたので、見た目では判断できないことが判りました。走りなれている、歩きなれている方に持久力があるのではないでしょうか。

質問
Q.休憩の回数と時間はどのくらいでしたか?
.全行程で5回休みました。水を補給したり、バナナを食べたりで、1回5分くらいでした。1度だけですが、芝生で横になったり、ストレッチをしたこともあります。スタート前のイメージでは、水は走りながら飲んだり・・・・でしたが、実際にはそんな雰囲気でもなかったですね。でも座ったりして休みすぎると、あとが走れなくなります。

Q.トイレはどうしました?
A.3回ほど行きました。行程図の☆マークがそれです。結構たくさんありました。
1箇所に、お祭りによく見る仮設トイレが10ほど並んでいました。トイレ待ちを見かけました。それも休憩のようなものです。

Q.休憩所は大会運営側が設営したのでしょうか?
A.それは主催者側が用意したものと、参加グループが自主的に用意したものとがあります。私の場合は、小グループの仲間が用意した休憩所です。

Q.ホテルに泊まったのですか?
A.スタート地点に近いシェラトンホテルに泊まりましたが、テントに寝ている人もいるし、遠い場所にある安いホテルを選ぶとか、知人のうちに泊まるとか、様々です。

Q.コースのアップダウンはありましたか?
A.あまりありません。標高差はたぶん200m〜300mでしょう。しかし長い距離ですから
それほど、気になりませんでした。ガス欠にならないように、坂道は歩けと言われました。


Q.男女比はどのくらいでした?
A.完走者のデータでは、ちょうど半々くらいです。

Q.障害者にも開かれたマラソンの様子を、もう少し際しく説明してください。
.車椅子の方は、スポーツ用と一般車椅子に分かれます。スポーツ用三輪車は、1時間半くらいで完走しますから、オリンピックのマラソンより速いです。私が最初にすれ違ったのはスポーツ用三輪車でした。このグループはランナーの邪魔にならないようにスタートが先です。一般車椅子参加の障害者は一般ランナーと同時スタートです。

Q.参加料はいくらですか。
.申し込みの時期によって、色々な段階があります。現地では¥12,000(円換算)ですが、前もって申し込むと、¥10,000以下の筈です。ただし、渡航費用滞在費は別です。

Q.最高齢は何歳でしたか?
A.たしか、80歳台の方が走っていました。最も多いのは30歳〜40歳台でした。

Q.体調管理どうしていましたか?
A.もちろん、自己責任です。しかし、救急医療班が待機していました。救急車のサイレンも何回か聞きました。一生懸命に走った若い人がお世話になったようです。

Q.あなたのグループはどんな人達ですか?
A.私は、ビジネス研修を行う会社の社員です。その研修に参加した人々の中で、ホノルルマラソンに参加した人をまとめてグループを作りました。経営者もサラリーマンも含まれていますが、常に何かに挑戦したい人が多いですね。その点、ホノルルマラソンは絶好の目標でした。同行の80%の方が初マラソンでした。

Q.ホノルルマラソンは何時はじまったのですか?
A.第1回目は1973年です。地元ハワイ州のジョギング愛好家162名参加でした。
去年は全世界から28,000人参加。内17,000人(約60%)が日本人でした。
賞金は1位¥300万だったと思います。アフリカから来た人達ががんばっています。
ハワイの現地人は、いまは走らない。なんで走るの?大変なのに・・・・とか言っています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・終わり



文責: 三上 卓治
会場写真撮影: 橋本 曜
HTML制作: 和田 節子