神田雑学大学講演抄録 平成18年11月24日 講座No337

元気出せ 男達! パートU

講師 柳内 光子 


目 次

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1.はじめに

2.世界優秀女性起業家賞を頂いて

3.山一興産が元気になった

4.税金のお勉強

5.中高年頑張れ、もっと物申す私達でありたい

6.老人福祉から保育園、倫理法人会まで

7.夫婦しか頼れる相手はいない

8.浦安商工会議所会頭を引き受けた話

9.日本はどうなる?中高年への期待

10.千葉県への想い

11.120歳まで生きよう

12.介護施設について少し詳しく

13.縁を大事にする

14.年金のことなど

プロフィール



1.はじめに

今日は元気が出るようにまずは赤い洋服に身を包んで登場です。

年は皆さんとあまり変わらない思うんですが私は今67歳です。昭和14年7月9日生まれ、七石金星兎年、血液型O型という年廻りでございます。
この七石金星生まれというのは女性にはとても良い星らしく、今まで色々な運命学者の人に柳内さんくらい運勢のいい人はいないと言われてきました。

今日は私の運のよさを皆さんとともに分かち合いたいと思っています。

2.世界優秀女性起業家賞を頂いて

今年になっていいことが沢山ありました。ひとつは世界女性経営者賞というのを頂いたんです。これは女性の創業者だけに与えられる賞らしいんですが、友達が推薦をしてくれたお陰で、授賞式にタイへ行ってまいりました。素晴らしい国でした。そこに王妃様はじめ世界中から美女が集まりましてね、ちょっぴりたっぷり目の女性が多かったですけれど、女性だけの集まりなんです。




日本と違うなーと思ったのは、女性を受け入れる環境が違うということで、国を挙げて国策として世界の女性を受け入れていただきました。国の費用で補助金が出ます。タイで女性経営者のコンサルタントをやっているアメリカの女性が、そういうしくみを作ったそうです。3泊4日の全部ご招待で、大パーティをやっていただいて、タイの津々浦々の女性経営者のご自宅にお招きいただき、素晴らしい住宅環境などにも吃驚して、ここでも日本とは違うなと思いました。

私はその賞がどういうものか分らなかったものですから、忙しいのに泊りがけでタイにわざわざ行って賞をもらうなんて、誰か代理を出しますからなんてめちゃくちゃなことを言っていたのですが、推薦者に私の顔をつぶすんですかとえらく怒られまして行きました。
他人の顔をたてないということは私の人生観にはないものですから。そうしたら予期していたよりいい国でいい経験だったし、その賞も気高い賞で、なかなか頂けない賞だったんだなと今になって感じています。

私は7月9日に毎年誕生日会をやっているんですが、今回は「よし、今年はこれを記念に多くの友人を集めよう」ということで、声をかけました。600数十名、昔から仲の良かったお友達、あるいは取引先、あるいは個人的につながっている政治家さん達なんですが、人が集まるという勢いはやはり元気印の証拠かなと思って張り切りました。
せっかく来ていただくからには、時間を私に都合つけていただいた方々に何か楽しんでいただきたいということで、美川憲一さんを呼んだんです。美川さんて男なんですが結構かっこいい奴でね、喜んで出していただくわということで来ていただきました。

それと今回タイに行くに当たっては、身一つでいいからというので、私はドレスも持たずに行ったのですが、ロイヤル千恵さんという帝国ホテルとニューオータニとアメリカのマンハッタンに大きく毛皮の商売をしているデザイナーの女性がいましてね、彼女が全部作ってくれたんです。
そのドレスでトロフィとか色々賞品とか頂きましたが、それをそっくりその場面をこの誕生会でうちの役員たちが女性に扮装して再現してくれたんです。そのドレスを着て。女王になったちょっと若いイケ面の若い営業の常務を筆頭に、太ったのから小さいのまでみんなドレスを着て女装して授賞式を再現してくれたのです。そこに美川憲一と司会の由紀さおりさん姉妹がジョインして、大変盛り上がりましたね。

3.山一興産が元気になった

毎年一回大きな会をやってはみんなに楽しんで頂いて、一年間貯めたお金をここにはきだして、それですっからかんになって、元気になって一年が終わるというのが私の長年のパターンだったのですが、今年はそういうことで、うちの役員たちがすごい協力してくれたのを見て、山一興産はこの元気印で今日があるんだなと思いましたね。

不況の中、5年前はつぶれる寸前の会社だったんですよ。色々この5年間ありましてね、よくここまで来れたなと思うのですが、私が元気を出して、「会社が元気がなくちゃ駄目だよ」ということで、売り上げが500億にもいかない会社を600億、600億と旗を振りましてね、5年間引っ張ってきた。そしたら今年は600億行ったんですよ。そのかわりこの5年間何をしたかというと、必死でそれこそ神頼みをしました。これは神頼みしかないなーと思って。運のよさと人間の見えない神様の力もなんでもありで借りちゃおうということで、5年間一回も休まずに笠間稲荷に月参りに行きました。祈願に行ったのです。色々やったんです。そしたら今年627億も行ったんですよ。これはトップの明るさと引っ張り方じゃないかなと思うのです。絶対出来ない理由は言わせないしね、出来ないって言うと「何で出来ないの、出来ないと思うから出来ないんじゃないの。やると思えば出きるんじゃないの。やろうよ。」というところからどんどん目的意識が高まりまして、この5年間で本当に会社の体質改善が出来ました。

5年前というとゼネコンがバタバタつぶれましてね、沢山ひっかかったんですよ。あの有名な長谷工さんもひっかかって、潰れそうだった。材料が入るか入らないか分らなかった長谷工さんに私は賭けたんです。生コンがいっせいにどこからも入らなくなってね、聞いたことありますでしょう?長谷工さんが危ないという噂。材料をどこも売ってくれなくてね、ところが担当していたうちの営業がどうしても売りたいと言う。よし、それなら神頼みで勝負しようということで私が決断を下しました。

どうしてもやりたいんならやろうじゃないかということで、それからは3点セットでトップから中核から末端の現場まで3点セットで長谷工さんを分析したんです。何をどう分析したかというと、トップレベルでは私が会社へお邪魔して会長と会ったり、社長、常務、役員と会ったり会社に何回も通って、「本当に命がけでお付き合いするパートナーとしてお付き合いしたい。ついては本当に長谷工さんが会社を潰さないでしょうね。潰れないでしょうね。そちらが潰れたらうちも運命共同体で潰れますが、本当に潰さないでしょうね。」ということで、徹底的にコミュニケーションをしました。

もしかしたら潰そうと思っていたかもしれません。どこも警戒して材料屋さんは全部手を引きましたからね。私が甘かったかなというのも事実でしょうが、しかし結果として運が良かったかな、運で助けられたと思っています。この運というのはどうして付くのかというと、やっぱり一生懸命目的に向かって努力するから運が付いてくるじゃないかなと思いますね。何もしないでは運は付いてこないんじゃないかなっということをつくづく感じたこの5年間なのです。

仲間は山一は潰れる、手形も割るのはよそうよ、ということで、実際に引っかかった時はゼロが一桁多く付いて噂を流される、そういう悔しさと、絶対潰さない、今に見ていろという、私から末端までの一致団結した負けじ魂がここまで引っ張ったのかなと思っています。
今では長谷工さんのおかげで、売り上げを安定的に伸ばすことが出来ました。あの時決断してくれたのは、沢山セメント屋さんはあるけれども柳内さんだけだということが長谷工さん内部のトップから下まで浸透していただけまして、山一興産以外はコンクリートは買わないというところまで位置づけしていただけましてね、これが現在のうちの姿になったいちばんの原因です。

だから決断するということはすごい大変なことで、これも私の人生観の一つですが、逃げていたらなにも成果は得られない。本当にあのときは死に者狂いで一緒に神頼みしたんですよ。長谷工さんの側に豊川稲荷ってありますよね。あそこに昨日も行って来ました。本当にお陰様でありがとうって。
色々乗り切ってきますとね、最後に残る言葉は、ありがとうか、お陰様か、ごめんなさいしか言葉は無いんじゃないかと思えます。素直にありがとうって感謝が言えて、今出た悪いことは四の五の言わずに素直にごめんなさいって言えるような、そんなところに早く行き着いてしまえば、人間関係のトラブルもないし、感情も一旦は収まるし、あとから冷静になってみると、みんな正しいことを言っていることが多い。そんな手法がこの5年間のなかですっかり身に付きましら。

お互いに良かったね、ありがとうって、感謝も苦労も嫌なことも自分がそう思ったことは相手は同じように思う。五分五分なんです。相手に嫌な思いをさせたら自分も嫌な思いをするし、自分は喜べば相手も喜ぶのです。男とか女とか肩書きとか関係なく一人の人間としてそういうことが出来るような経験をさしていただきました。そしてそういう環境に今もあるということが、今年一年の沢山の色々いいことをもたらしてくれたんだなーと思うのです。

4.税金のお勉強

そして世界なんとか賞というのを貰ったお陰で、今年最後のすごいことがおきたんですが、その授賞式の写真を持って税務署が来たんです。よくよくお金があるように見えたんですね、私は税金についてごまかしたり嘘ついたりすることは一切会社でもやっていませんから、なんで個人の申告に、こんなにお金がないのに来たのかなと思って聞くと、その写真を持って、「こんなに有名になっちゃって、ちょっと個人調査をさせて欲しくて江戸川税務署から参りました」と言うんですよ。吃驚しましてね。「良くお越しいただけました」と言いましたよ。

私50年も生コンのオーナー社長やっていますけれど、本当にお金っていうのは「出すから入ってくる、撒くから入ってくる」全部そういう価値観でやっていますから、全く自分の金の管理が出来ないんですよ。ずっと何十年もうちのお手伝いさんに判子も通帳も生命保険も全部預けていたのを、その方が肺がんになってしまいましてね、全部預けているのに亡くなってしまって、未だに金庫の鍵が開かないんです。(笑い)だから私はなんにも分んない。

なんにも分んないのをお陰様で逆に調べて頂いたんです。何も出ないんですよ。実印は娘が持っていますし、入ってくる給料は会社の秘書室で管理しているし、私はなんにもどうなっているか分らないところでキチンと申告していたんですね。これは初めて知ったのですけれど、私が江戸川区に住民票があって、夫が習志野市の住民で、これはなんでなんですかと聞くんですよ。何でって、私は江戸川区で社会福祉法人を2箇所やらせていただいて、少なからず補助金を頂いていますよね。

ですから税金は江戸川区に払わなくてはと私の所得は江戸川区に持って来ただけですよって。習志野市は住んでいるのですから主人が納税者でいいじゃないですか。と言ったんです。これもいい勉強になりましてね、江戸川区の税務署から言うと大変ありがたいことなんだそうですが、国税の立場から言うとね、住んでいるところに住民票を置くのが筋なんですと。じゃあどうしますか移しますか?って言ったら、ちょっと待ってください、今のままでいいです。ということになったんですが、それらの好意でやっていることが、筋が合わないことがあるんだなと勉強させられましたね。どこから何を言われても自分としてはすねに傷がないと思っていまして、自分個人なんてどうなってもいいと思っていますから、コンプライアンスなど色々言われています時代に良い勉強をさせていただいてありがたかったですね。



5.中高年頑張れ、もっと物申す私達でありたい

今年はいいことばっかりで最後に3年半前にお世話になったこの雑学大学で講演できるのも幸せのひとつだと思って感謝しています。ここは学者さんの講義と違って全部体験の話ですから。雑学大学ってインターネットに乗っていましてこれを見て知っている方が結構多くて、どういうお知り合いですかと時々訪ねられることがあるのです。私は若い人も大事ですけれど、この中高年から上の人がまだまだ色々なことをやれる時代ではないかなとおもっていますから思い入れが強いのです。

私も泥棒と人殺し以外のことの経験の多さでは世の中広いですが、女性社長でこんなに経験をしているのはお陰様で私くらいしかいないんじゃないかなと思っています。 今どういう現象が起きているかと言いますとゼネコンさんが儲からない仕事を取っていますよね。儲からないがゆえにコンクリートをいじめたり下請けをいじめたりダンプをいじめたりしているでしょう。こういうことが結果としてこの業界に魅力をなくしてしまっているのです。みんなやめてしまっているんです。ですから今、ダンプの運転者もいないし、都内で工事現場はいっぱい出ていますけれど、それを下請けする人がいなくて、油はあがる、何は上がるで採算の合わないダンプ業から全部撤退してしまいまして、今本当に運転手が足りなくて、ダンプが足りなくて、都内の工事現場がなかなかうまく動かなくて、もしかしたら工事が出来なくなるんじゃないかなというような、言い換えると天罰みたいなものが来ているのです。 会社は自分の下請けをいじめて利益を出して何になるのかな。

金融も史上空前の利益とかやってますけれど、利益が出ても、金利も払わないで資金を集め税金にお世話になって全部それが利益になっているわけでしょう。私たちみたいな小さい会社でも税金を払うところに企業の存在価値がある、会社の経営者の資格があると思っているんですがね。それをなぜ大手がそういうことが出来ないのかなと不思議ですよね。それを政治が悪いとか経営者が悪いとか言うんではなく、それを物申して変えていかない私たち国民、自分達の責任が一番大きいんじゃないかなと思うんで、是非みんなで頑張って物申していきましょう。

これから大変ですよ。来年は史上空前のいざなぎ景気を乗り越えるって、あれ全く実感ないでしょう。あれは嘘ですから。あれは嘘で来年はもの凄く淋しい不景気の時代に入るんじゃないか。私は長い経験の直感でそんな気がするんですよ。サラリーマンの世界の収入は上がっていませんから。年金もめちゃくちゃでしょう。医療費もどんどん負担が出てくるでしょう。こんどは身障者に対しても負担が一割かなんか入ってくる。

年金で生活が出来ない世の中っておかしいでしょう。それでちょっと医者に行けば医療費は高いし、どこか仕事しようと思えばなかなか都合の良い働き口がないし、そういう世界に立ち入ったときに、何が一番宝かなというと健康しかないんですよ。健康で癌にもならずです。あるお医者様に聞いたんですが、癌って身体の中にみんなその組織を持っているんだそうです。その癌組織との戦いで癌キラーの細胞の活性化を図る、それが元気の証拠で、元気が癌の予防になるとそのお医者様は言うんですが、一理あるかなと思いますね。とにかく医者にもかからず、風邪もひかないための自分の健康管理をキチンとやっていかないと、これから来年も再来年も淋しくなるのに備えて自衛しなければなりません。

私は、日本の時代を背負ってきた年寄の方々に思い入れがあるのです。年寄りって良さがいっぱいあるでしょう。持っているノウハウをどんな風にして社会還元出来るか、その人たちのつながりネットワークで何か出来るんじゃないかなと思うのです。2007年問題ってありますよね。その団塊の世代が2007年には定年になってしまう。その人たちが60歳で社会から退いてしまうのはもったいないでしょう。60歳も70歳も80歳も90歳も元気であれば年に関係ないでしょう。その人たちが日本のためというか、自分たち自身のためにどう生きたらいいかということを考える時代に入ってきていると思うのです。

6.老人福祉から保育園、倫理法人会まで

私が自分で出来ることは、せいぜい自分の社員を最後まで見届けてあげて、うちの福祉施設に入れてあげて、そこは働ける人はそこで働く、そういう助け合った社会をうちの会社に入った人達だけでも作りたいなという想いで、そういう施設を増やしてきました。江戸川区から発祥して大きくなった会社が千葉県の浦安に根付いて、千葉県の中で活躍出来て、住まいは習志野でということで、習志野市に指定管理者制度というのがあるんですけれど、習志野で元気な身寄りのない人を50人近く集め、白鷺園という施設をやっています。習志野にお住まいの方はご存じだと思うのですが、そこはもの凄く元気なおじいちゃんおばあちゃんたちが半分ずついるんです。身寄りがない人、家で虐待されている人、そんな人たちが元気良く歌も歌うしお酒も飲むし外へも町にも歩けるしという所です。

もちろん寝たきりというような人が入る特養も2箇所作っています。 そういう所にも入れないので、ちょっと年金に足してお金を家族に助けてもらって有料に入りたいなという人には小松川に有料施設もやっています。 また今年この9月で一年になるんですけれど、保育園もやっています。浦安で100人くらいの保育園が潰れましてね、ちょうど去年の9月の初めに商工会議所の会頭をやっているお陰で、いろいろ陳情を聞いて、うちに丁度100人くらい入る、倉庫に使っている建屋があったので、そこをぱっと改造して、そこに約40数名を受け入れて、愛和保育園という名前でやってきました。そこで働いている人たちが浦安の地域の人達で、子供達が毎日、光子先生と言ってくれるんです。年寄りも一緒になってとてもよい雰囲気になって今やっています。

私の想いが今年になって会社から福祉から保育園までまとまってきたなあと思っています。 もうひとついい事は倫理をやったんです。倫理法人会というのがあります。今迄浦安で何度やってもまとまらないというので、これも今年で丁度2年になるのですが、協力して欲しいとお願いに来たんで、私はなんにも知らないで、じゃ分りました、やってみましょうということで始めました。勢いづくために参画者日本一を目指そうということにこの5月に決めたんです。5月だけで4回に分けて1000人を集め日本一になりました。うちは月曜日にやっていますが、面白いですから是非見に来てください。月曜日、シェラトンホテルで真っ暗なうちから6時スタートでやるんです。 真っ暗な所からデイズニーシーの所に朝日が出ましてね、そこから朝日とともに7時までやるのです。1月から9月までで、月間一位と年間一位を頂いちゃったんですよ。今までは新潟が一位でそこはコロナの会社の200人300人が毎週どっと来るらしいんですよ。そこが一位を続けて譲らなかったらしいんです。そこを破りましてね、日本一を2つ頂きました。そうしたら千葉県各地に火が付きましてね、浦安に負けるなっていうんで頑張り始めたのです。それが励みになってまた浦安で頑張っているのです。

7.夫婦しか頼れる相手はいない

来年から年金が離縁すると半分奥さんのものになるんですってね。実際のところ二人で手をつないで仲良く人生ともに白髪の生えるまで行こうねという夫婦は10組のうち一組か2組あるかないかじゃないかなあって思うんですがどうですか?私たち女の立場は、蹴っ飛ばしても年金貰って自由に生きたいと思っている女性多いですよ。

どうしてそうなったかは知りませんが、女性にとってそれは結構トラウマなんですよ。あのときあの言葉を言ったじゃないか。あの時ああしてくれなかったじゃないか。あのときこういうことでいじめたじゃないかということで思いが積み重なってしまっている。女性が何人かまとまるとうちのお父さんは、娘に対するときと私に話す時と違う話し方をするじゃないのと、こういう話から始まるのです。母親も女なんですよ。この女の部分を旦那さんは分かっていないんじゃないかなと思うんです。

夫婦だからこのくらいのことは言わなくても分かっているだろうという照れ屋の部分が男の人にはあるでしょう。それが女性には通じないんです。
倫理ってここのところは男性にすごくいい勉強になるのです。倫理で教えるように男の人は朝起きたらまずお母さんおはようとちょっと一言言うように変えただけで、家庭が全然変わっちゃったという体験をする人がいっぱいいるんですよ。女が変わるよりも男が、美味しいねとかお母さん今日はこうだねとか言っただけで、家の中が明るくなって女房が元気になって態度が変わったよという話が多いです。

こと私たち夫婦のことを言いますと、全然無視されて干渉されずに私は私の経営をしながら私は私の道を歩んでいるというのも珍しいんですが、こと家の中に帰ると娘3人がね、パパ大好きで、これは私の子育て成功なのですが、いいパパだよ、いいパパだよ、パパ大事にした方がいいよと育ててきたので、最近は娘三人が私を無視してパパを大事にしてくれるようになり、私は思い切って仕事しちゃえるのです。
普通家にいるだけの奥さんの立場を考えると、頼りになるのも話し相手になるのも愛してもらうのも全部ご主人なんじゃないかな、そこを手を抜いて来て淋しい夫婦になってきているんじゃないかなと思うのです。私は仕事というはけ口があるから、どんな辛いことがあっても仕事でストレスなど忘れてしまえるのですけれど、ただ待つ身の奥さんの気持ちになると、何十年も淋しかったんじゃないのかなと思ってしまいますよね。

どうですか?そこで早く気がついて平らに地ならしをしたら、まだ遅くなく元に戻るんじゃないかなって感じるのですが、どうですか?早く悪かったって誤ったほうがいい。絶対に今までやられてきたことを今に見ていろと思っている女性多いですよ。恥ずかしがらずに、君のお陰だよと言って、ちょっと一緒に美味しいもの食べに行くとか、そういうことを女性はして欲しいんですよ。

娘はね、好きな男が出来たら親なんか離れて、絶対惚れた男の方に行っちゃいますからね。男の子は嫁さんにくっついて行ってしまいます。夫婦しか頼るものはないんです。子供は絶対あてに出来ないですよ。よくても私たちの持っている遺産狙いくらいですから、それならばそのお金を生きているうちに使って、女房のために一緒に旅行するとかした方がいいですよ。

あるスーパーの話ではいまの若い人たちはまな板も包丁もいらない。スーパーで大根一本とか野菜丸ごとなどを売っても、あんなに大きなものを買っても2人だけだし料理も面倒くさい。そういうことを聞いてお惣菜でサランラップをパッとはがすと食べられるように加工した商品を考えて、すごいヒットしたそうです。 加工しますからね、収益もあがるようになった。ワイズマートって30何店舗やっている店の話です。粗利が20%なら収支はトントンで終わってしまう。それを27、8%まで持って行ったのは、加工して料理しないでそのまま食べられるようにしたからだって言うのです。家族構成は昔のように5人とかでなくなって、今は夫婦2人か一人暮らしでしょう。一人でサランラップをはがせば食べられるというふうに経営方針を変えたんです。

がらっと収益があがるようになって売り上げも伸びたといいます。若い人も年寄りもまな板と包丁で物を作って食べるのではなくて、出来ているものを買って食べるような時代になってきたということです。
それにしても淋しいですよね。二人してちょこっと煮炊きして一緒に作って食べようという共同作業がなくなってしまうことは。

私のこれからの夢はそういう人たちしか入れない料理学校を作ろうと思うのです。女性を捕まえておくのは美味しいものを作ってあげて、今までやってやれなかったことをやってやるしかないんですよ。ねっ。お父さんのつくったもの美味しいとなれば絶対離さないじゃないですか。これをやったら絶対夫婦円満。もう少し頑張ってそういう学校を作りますから是非その時は雑学大学と組んでやりませんか。

8.浦安商工会議所会頭を引き受けた話

浦安の商工会議所の話です。去年の今頃突然、会頭をやってくれと言われたんです。私はなんにも知らないんですよ。ただ会議所には入っていまして、総会の時だけに一年に一回出ていたんです。去年の総会で、今までの会頭が辞めます、後任は議長一任でいいですか。結構です。という後で、そのへんに座っていたら柳内さんお願いします。ということで去年の11月の総会で決まったんです。驚きました。
何も分らない会頭というのは、結果としては良かったのです。会議所に行きましたらまず、臭い、建物が老朽化している、これで地震でもあったら大変な事故になるなど色々考えまして、開口一番、会館を建て直しますとやったんですよ。それで本当に建て直ししてしまったんです。この12月18日に披露パーティをやるんです。

何で出来たかというと想いの差なんですよ。思い込むんです。出来ないと思ったら何も出来ないんです。だからこの想いですね、600億やろうとか、幸せになろうとか、病気になんかならないとか、こういう想いをずーと継続して持ち続けるしかないと思うんです。
神主さんの世界では「言霊」とか言うんですけれど、それを言葉に出して言い切る、これで絶対出来るんです。これは私の経験で自信を持って言えます。
会館を作ると言ったことから始まりまして、すぐ浦安の市長のところに相談に行ったんです。これがまた運が良くて、それまでこういう敷地の真ん中に会議所がありまして、左が消防署、右が消防署の駐車場、会議所が真ん中を占めていて邪魔で、なんとか移転してもらえないかと思っていたんだけれど、無理だろうということで、会議所を除外して建て直しの設計をやっていたのだそうです。消防が約7億の予算を組んで自主設計に入る寸前だったんです。

じゃこっちにどいてあげましょうということで、なにしろ市が喜んでくれたわけ。今までどうしてそういうことが出来なかったのと聞いたら、行政の市長と会議所の会頭が仲が悪くて、口もきけない関係にあったらしいんです。よく分らないんですが男同士で意地を張っちゃっていたんでしょうね。私は感情くらい恐ろしいものはないと思っていますから、多分男同士の感情で色々あって。そこで行き詰って私に振ったんじゃないかなというふうに思い、今はこれを喜んで解決するのが私の役割なのかなと思っています。それで年明けてすぐに臨時総会を開いたりしてトントントンとやりまして、去年一年間ですっかり段取りが出来、この12月に披露パーティをやれるということになったわけです。

観光協会というのがあるんですがこれも連動して会議所の会頭が観光協会の会長をやるという風になっているわけです。私は公の立場で何が出来るかということを考えています。
浦安の観光はディズニーランドの一人勝ちなんですよ。そのお陰で新浦安から海側がすごく発展しまして、税収が80億入ってくるんだそうです。ディズニーランドの創業者、今会長になりましたが加賀美さんていう方がいらっしゃるんですけれど、この方が頑張って土地は埋め立てた県の安い土地を譲ってもらって、ホテルは中に建てちゃうわ、食べ物屋さんは作っちゃうわ、年間2500万人の観光客からの収益をディズニーランドでくくられてしまっているんです。

その為に東西線の元町がさびれにさびれてもう8時以降には人っ子ひとり通らないくらいすごくさびれてしまった。私はこの元町の再開発を今市長に訴えているんです。先月市長選の選挙がありまして、皆さん新聞でご覧になった方も多いと思うのですが、かなり問題もあったようで、それが触ったんでしょう、たった700票の差なんですよ、それですれすれで当選した、たまたまそういうタイミングの良いときに私は会頭になり、どうやって市長と両輪で良い町を作るか、考えることが出来るのです。
政治ってやはり弱いものに対して味方が出来るような政治でなければいけないんじゃないかと思うんです。ディズニーランドの、オリエンタルランドの市長になったらいけないということを訴え続けて行こうと思うんです。これをやらないと格差がますます広がるのです。

9.日本はどうなる?中高年への期待

これは小泉政権になって、竹中平蔵さんが現れて、この5年間一緒に私の会社も歩んできたですけど、もの凄く流れが変わりましてね、時代はがらっと変わってしまいましたから、この流れを早くつかんだ経営者はたぶん一流の経営者だと言われていますけれど、じゃ格差で取り残された地方とか弱い人とかはどういうふうに生きていくのですかというところを、国民は実感として来年は感じるんじゃないかなと思います。この格差は浦安の町の中にも出ていることだし、個人の所得の中にも出てきていることです。

しかし政治が良い悪いと陰で話していて他人のせいにしていても何も変わらないから、私たち国民が、市民がその流れを変えるような元気を出していかなくてはなりません。
それにはこの雑学大学の年齢の方々が頑張るしかないんです。本当に頑張っていかないと今まで日本の国を支えてきて、日本の国で頑張ったこの団塊の人たちも含めて、もっと上のお年寄りの方々の生活の安定などは考えられなくなってします。私の仕事はコンクリートを通して公共事業だと思っていますから、その公共性に関しては現在の日本は少し糞詰まりになっているんじゃないかなって感じます。なんでもかんでも新しいものが良いのではなくて、古いものを守りながら新しい時代に徐々に入って行く必要があるんじゃないかなと思うのです。

なにしろ一挙にかなり来てしまいましたからね。こういう雑学大学で本当に経験のある年配者が勉強して、政治を変えていく元気を出せればいいんじゃないかな。体力もまだ60歳、70歳の人が元気で、むしろ若い人の方がだらしないですから、すぐ疲れたのか風邪ひいたのとかね。本当に頑張ってもらいたいんです。2007年には団塊の世代の人たちが定年になってどっと溢れてくるわけですから、そういう人たちを企業はどういう風に受け入れるか、人生セーフって言われるようなネットをどうやって作っていけるのかなと思います。

自分たちが頑張って自分たちが自分達の個人の生活を守り抜く、そんな時代を作っていかないと将来は姥捨て山ですよ。本当に福祉の世界、医療の世界をみても全部切り捨て、地方も切り捨て、弱者切捨て、身障者も切り捨て、そんな世の中をどうやって個人が生きていくのかなということは、各人が考えなくてはいけない。もの凄い時代の変化についていかないとホームレスになってしまう。ホームレスがどんどん溢れてきちゃうんじゃないかな。女性もそうだと思うんです。日本商工会議所というのが全国組織であるんですが、女性の会頭というのは日本の中で北海道の小さな町に一人いますけれど、大きな組織では私一人しかいないんです。

ですから私は女性であるということで今旬なのです。女性だから出来ること出来ないことってありますけれど、女性は女性らしくやり方を工夫することはいくらでも出来るのです。たった一人しかいない女性のメリットをどうやって活かして、変えていけるかなというのが夢です。私は皆さん達の年齢の方々の同志ですから。私の年齢も含めてここが主軸になって若い人に教育したり経験を聞かせるのもいいし、戦争体験者が戦争の話をしてやるのもいいし、やれることって沢山あるんじゃないかなと思います。私は2歳の男の子と5歳になった女の子の孫がいるんですけれど、50年後この子供達の社会でどれだけ振り子を戻せるか考えてしまいますね。戻すには50年かかりますよ。

10.千葉県への想い

千葉県にとって今は観光ですね。千葉県の産業活性化は観光事業しかないんじゃないかと思っています。それで千葉県でNPO法人観光立県支援フォーラム21というNPOを設立してこれも今年でまる2年なのですが、そこで問題になるのが、教育なのです。千葉の運転手さんは東京で働けない質の悪い方が千葉にくると就職出来るというので、すごい柄が悪いんです。そういう人たち、運転手一人の話し方の悪さで千葉に観光に来たお客様に良いイメージが与えられないというのは良くないというので、観光の教室を千葉大学に作ったんです。千葉大の総長が色々前向きに考えてくれて千葉大学で卒業証書を出してくれて、観光学部というのを作ってくれたのです。そこに今70人ほどがいて卒業すると免状がもらえる。

この雑学大学もたぶんそういうところと知的な部分で組み合わせすると大きなことが出来るんじゃないかと思います。千葉県と東京と神田と浦安とかネットを組んで男も女もなく、そういう形をとって人間関係を深める。個人の集まりがインターネットなどで繋がってさらにマルチな集まりになる、そういう時代が来るんではないですかね。

マンションのことを話しますとね。東京には物件はもうないんです。東京都に土地がない。それで全部千葉に流れてきているのです。千葉県には540万ヘクタールという東京と神奈川を併せたくらいの土地がありますし、海の幸、山の幸、畑から酪農、工業とあって、総合的に将来自主自立できるのは千葉県しかないんじゃないかな。そういうなかで千葉県の資源をどうやって生かそうかということを知事が考えているようです。これからはなんと言ったって、農業ですよ。日本は米以外は殆ど輸入でしょう?もし油と一緒に止められてしまったら、もう米しかないでしょう。そうなると畑を持っている、関東平野の千葉県とか茨城県の潜在力は大きいのではないでしょうか?埼玉県は宅地化が進んでしまいましたからね。

こういう中で連合して地方の良いところと都会の良いところをつなぎ合せて、何事かをやるのは、その人間関係を作るのは若い人には出来ないんじゃないか。私にもまだまだやることがいっぱいあるし、夢もいっぱいあるのでこの夢を一緒に載せられる様なそんな会話が出来るといいですね。

11.120歳まで生きよう

さっきの夫婦の問題に入りますけれど、やっぱり年をとって一人では絶対淋しいじゃないかな。会話が無くなってテレビばっかり見ていると今度は声が出なくなってしまう。なんでもいいからおしゃべりをして、ご近所と井戸端会議などをやっていかないと、声が出なくなって話し方が分らなくなって、ひとりでどんどん衰退していってしまう人がかなりいるそうです。そうならないためにもこういう勉強をして女房とは別れない、そのためには料理を作ってあげる。

人間、食生活がうまくいったら絶対ぼけないですから。これは私が経験しているのですが、うちに92歳のおばあちゃんがいましてね、30年近く孫と一緒に生活したのですが、子供が食べる脂っこい食べ物を一緒に食べてきましたから、92歳まで電話はとるわ、留守番は役にたつわ、お手伝いさんは仕切っちゃうわ、昔の女中さんを使っていた時のように、残り物から食べさせてね、自分だけいいもの食べちゃう。ご飯なんか賞味期限が過ぎると普通棄てるでしょう。それを古いものから食べさせる。自分が一家をかまえているという自覚があるのでぼけずに92歳まで本当に元気で亡くなりました。それを見てもやっぱり家庭環境で食生活が充実していて、適当に刺激があって、喧嘩もして、そんな関係の環境がとても良かったんじゃないかなと思っています。

私は120歳まで絶対に生きると言い切っています。見ててください。いま67歳ですからあと54年間生きて、全部の皆さんのお焼香を私がしますから。韓国にDNAを検査してっくれるという人がいまして、日本の中でそういうことをやると倫理問題になるのですが、私はそこに出して頼んだのです。そしたらDNA鑑定の中で120歳と出たんです。医学的には130までは生きられるんだそうです。絶対120まで元気でいますから、なんども言うように何でも良いから出来ること沢山ありますから相談してください。家族ぐるみで付き合いましょうよ。それで前向きに元気になる。絶対悩んでは駄目ですよ。悩んでも一銭の得もしないし、なんの解決にもならないから。なんなのそれは。そんなのこうすればいいじゃない。考えることないじゃない。とこんなふうですね。

私はおせっかいなところがあって、他人の話をかっぽじいても聞きたくて、「ちょっと顔色悪いとなにか悩みあるんじゃない」、「どうしたの、言いなさいよ、一緒に考えてあげるから」って。幸せも不幸も悩みも一緒に考えてうちの会社の社員はあの世まで一緒に行こうって言ってるんです。細木数子じゃないけれど、あの世もこういう世界があるのよ。死んでいなくなっちゃたなと思ったら大間違いで、ご先祖さんは全部見てるんだから。私がこうやっていられるのはうちの先祖はよっぽど徳を積んで私に残してくれたんじゃないかと思うのです。ですから私もそれを使わないように、またいっぱいいいことをして、孫の時代まで食いつぶしても持つように良い事いっぱいやりたいなと思っています。あの世にいってもこの世にきても、全部見られていますから。

私はどうか会社が転ばないように、躓かないように、これ以上大きくなってほしくはない、この現状のままでどうか元気でいられますようにと毎朝神仏に祈っています。それが実力以上に私を支えてくれているなという無限大の自信があるのです。出来るよというと本当に出来ちゃうし、今年は全部クリヤーしてやれたんです。

12.介護施設について少し詳しく

介護施設についてもう少し詳しくお話しましょう。老人ホームだってね、いま入るの大変ですよ。お金かかるしね。年金では生活していかれないですよ。特養っていうのはね、うちに3箇所ありますけれど、払っている金額は幾らだと思います?
5万円くらいですよ。年金を積んでるんですから。それが特養の実態。病院から元気なく帰ってくるとぴんぴんしゃんしゃんですよ。だって栄養士はついているわ、食べなきゃ介護士さんが口に入れてくれるわで、なにせ老人2人に一人介護がついているんですから。

それで1から5までの介護保険というのがあるのです。一番軽いので1、これが6万円保険の費用が出る。寝たっきりは5で5の人は一人頭37万円費用が出る。施設の経営上は寝たきりにさせてしまって5の人ばかりだと沢山お金が出るけれど、うちの施設ではそれを全部元気よくしてしまうから、介護保険がどんどん下がってきちゃうわけですよ。平均の3まで今行かないんです。そして都内と地方では人件費が違うんです。都内は人件費が高くてサービスは受けられないし大変です。それにうちは儲けでやっているわけではなくてトントンで施設が運営できればいいということでやっているから、うちに入ったらみんな元気になっちゃう。

食べさせてお風呂に入れてあげてオムツ変えてあげて、それで元気にして6万円前後ですよ。国はそういう特別養護老人ホーム、社会福祉法人というのを国策でぼんぼん増やしてきたわけですよ。それを今度は一挙にタイトに絞めたわけ。絞めたお陰で本人の負担が大きくなった。それでも年金貰ってお金持っている人が5万円で入っているんですよ。信じられないでしょう? 納得出来ないでしょう?そこには年間一人か2人しか亡くならないから入れないんですよ。順番待ちで。江戸川区だって何百人も待っている。それで個室ですよ。今度やっと政府も気がついてホテル形式って言って家賃だけはとりましょうといって6万弱取るようにした。

それでも11万ちょっとくらい払えばいいのです。個室でうちの第2が全部ホテル形式ですから一度どうですか見学なさっては。素晴らしいですよ。そこに10万やそこらの額で入れたら家族はこたえられないでしょう。申し込みをしておくんです。いつ入ってもいいように。そういうところに入るか、有料にはいるか、雑学大学専門の福祉を兼ねた老人ホームを作るか、夫婦で入れるようにするとか、対策を考えておくほうがいいですよ。夫婦のどちらかが倒れたらどっちかが大変ですよ。そうなった時は施設に入れることを先ず考えたほうがいい。もの凄い疲れるから。疲れて自分も病気になってしまいますからね。

まず、いい施設を探し、一生入れるような施設を探すべきでしょう。大義名分も何もないですよ。女房突っ込んじゃったら何と思われるだろうかなんて、そんなこと考えていたら自分が疲れてやられてしまう。家族の意識がまだまだ世間体を考えている為に抜き差しならなくなっている。そんなの割り切って早く施設を探して、家族からお金を集めてでも有料に入れてしまうとかしないと、ばたばたばたばた周りが疲れで病気になってしまいます。私はだからすぐに施設に入れなさいと言っているのです。

有料の方は、最初は1000万貰って入れようと思ったんですよ。だけど年金が不明でしょう? 自分の持っているお金をそこに入れてしまうと不安でしょう? お金がなくなってしまうようで。だから半額にして400万くらいにしたのです。月々余分に出せばそれも出さなくてもいいというのもあります。有料の方は今、35,6人いるのかな、これは私の好きな人をいれているの。どこの馬の骨か分らない人を看るより一生懸命看るなら好きな人の方が良いでしょう?昔から知っているおばあちゃんとかね。そこに第一号に入ったのは徳光さんのおじいちゃん。どこかで5,60万も払っていたみたい。すごくいい加減ですから。

旧知の徳光さんにばったり貴乃花の引退パーティで会ったとき、徳さんおじいちゃんどうしている?て聞いたら、いやー4人部屋に入って月60万もとられて何もしてくれないで、ひどい生活しているっていうんです。もう即、私に預けなさいって言って、そしてはいったらもの凄く元気になっちゃった。それから堀内監督のお母さん。あたしが看てあげるからあなたは精一杯いい監督の仕事をしなさいって言って来てもらっている。

13.縁を大事にする

私は好きとか嫌いという判断基準の縁を大事に考えていますから、社員も縁故、有料の老人ホームも縁故、会社も86人いますけど全部縁故です。この間もうちの社員が息子の就職をお願いしますって来たの。どこに入りたいのって聞くと浦安のホテルに入りたいっていうから、そんなわけの分らないサラリーマンになるんならうちに来て私に預けなさいって言いました。それではお願いしますということになったんです。社員は縁故にかぎると思っています。そうすると面倒見甲斐があるじゃないですか。一緒に人生歩めるし、悪いことしたらぶっ飛ばすし変な嫁さんだったら別れちゃえって言うしね、色々いいたいことも言えるものね。そういう人のご縁で繋がっているというのもいいでしょう。それでうちの会社は廻っている。

この5年間色々あったけれど、皆で乗り切ってきたお陰で、あと一年間我慢すると税金を払えるようになる。特損が全部なくなるのです。それで今度は所得倍増論をぶち上げたの。こんど利益が出たら全部給料に還元するからって。来年いっぱい頑張ろうと。やっぱり生活の豊かさを実感するのはお金だと思いますよ、お金がないと夫婦の関係も悪くなるし、家族の関係もギクシャクするし会社もうまくいきません。

みんなで儲かる会社にしようということを5年前に打ち出して、それで見事達成出来、今度はゼネコンで引っかかった分が返せるようになった、そうしたら今度は皆で給料に還元しょうということで、いつも目的を社員一丸となって掲げているのです。これが私の経営方針であります。会社ってみんなの会社で、従業員が経営者がと言うんではなく、全部オープンにして一つの企業体が成り立っていくというのが一番いいんじゃないかと思うんです。そういう会社の理念をずっと持ち続けていくのにはやはり人材教育しかないんではないかと思い若い学卒を毎年採っています。その人たちが戦力になってきてうちは元気になってきた。

今、生コンの販売店てうち以外はみんな大変なんじゃないかなと思っているんです。それは決まったお得意さんを持っていないから。うちは長谷工さんと清水建設さんというお得意先がある。私はすごくこだわっていて特養も幾つか建てたけれど全部発注者は清水建設って決めています。ゼネコンは沢山あるけれど清水建設をパートナーにして行きましょうと決めている。そして値切らない。相手が柳内さんの仕事って儲かるって言ってっくださるのを喜んで、見積り通りで特養を全部トータルで作ってもらっています。だからコンクリートは清水建設さんと長谷工さんは山一興産って決まっているんですよ。素晴らしいでしょう?こういう生き方も。

あと沢山ゼネコンありますけれど、他は他でうちはこの2社の安定した売り上げが今日の実績の元になっているのです。この2社で三分の二の売上を上げさせて頂いている。この持ちつ持たれつというご縁を守り維持するために私たちは何をするかということを絶えず考えて、例えばマンションの仕事を探す土地の不動産部というのを作り活躍させているんです。ゼネコンの開発を手伝ってゼネコンに出来ないことを我々がして、ウィンウィンの関係を作ろうとしています。自分さえ良ければいいという経営はこれからは立ち行かないと思います。

「人と人との繋ながりを大切にし、地域貢献をし、常に創造と挑戦と感謝で生きましょう」というのがうちの会社の理念なのです。これを掲げまして、世のため人のために相手の喜ぶことをしなさいと言っているんです。今日は良いことをした。今日は悪いことをしたってどっかで人生ってトントンと言うでしょう。数字のバランスシートだけでなく人生もバランスシートなんじゃないかな。そこをトントンにいくのか沢山徳を積んでいくのか、悪いことだらけでいくのか、この結果が死んでから出てくるのか、直前に出てくるのか、私はそういう考え方で人との縁を大事に、小さな縁も継続しながらずっとやって来ています。

今日そこに見えています井手さんとも縁なのです。なんだかんだお付き合いして10年くらいたちますね。この習志野のキラコというタウン誌を一生懸命作っている方です。習志野の宣伝をしているんですけれど、とてもいい雑誌でこのくらいの小さい雑誌なんですが360円で売っているのです。はじめ井出さんが広告を頼みに来たわけ。広告って言ったってね、生コンの広告なんていらないんですよ。それで断ってしまうのもなんとなく淋しいですから、「光子の部屋」とか名づけて2ヶ月にいっぺんここの記事を書かせてもらうことにしたのです。こうやって私がしゃべると井手さんが聞きに来て記事にするわけ。20万の広告費を出すかわりに書かせてもらっているのです。この表紙の絵はお母さんが描いているんですよ。89歳で子供の雑誌のために無料で絵を描き続けている、偉いでしょう。みんなも負けずに頑張らなくては駄目ですよね。

14.年金のことなど

そんなんでご縁を大切に、私は定年なしで頑張っています。年金もいらないんです。頂けないんです。働いているうちは年金って貰えないらしくて、基礎年金がちょぼちょぼって入っていますけれど、年金ってみんなどうなっているか知らないでしょう。すごいいい加減なんですよ。日本人は大人しくしていますよね。もっとどんどん言わないと、全部いい加減なことに使われてしまってもう無いんですよ。嘘ばっかりついてね。私は厚生労働省の役人と結構仲がいいですけれど、えーこんないい加減なことしちゃって今に見つかるんじゃないかなと思っていたら案のじょう、殆ど年金の金も失業保険のお金も箱物建てたりして、みんな使っちゃってるのですよ。

日本の国くらい頭のいい役人はいませんから。自分で自分の身を守らないと大変なことになります。企業は半分負担しているんですからもっともっと言わなくちゃいけないはずなんです。なんでこんなになったのかというとサラリーマン社長が殆どだからですよ。中小企業が支えているのですけれど、今大変でしょう。一人が声を大にしても届かないし、サラリーマン社長は問題を先送りして、ある時期には辞めてしまうし、次の人がまた先送りするし、責任をとりませんよね。

私なんか辞めたくも無いけれど、辞められないんですよ。辞めてしまうとまず個人保証が変わりますから。借り入れ一つだって全部担保が必要ですから。個人保証して、保証能力なんて実際はないのに書かすんですよ。だからじゃんじゃん書いてやるの。何もないのに個人保証してくれって。はいはいはいって毎日サインですよ。上場していたり2部でもベンチャーでも例えばホリエモンのような連中は担保もとられなければ保障もしなくていいんですよ。おかしいでしょう。命がけで会社をささえている中小企業の社長はもの凄い頑張っているんですよ。

そういう人たちにはまず担保がなければ貸さない。担保なんて全部銀行に取り上げられてしまって実体はないんですよ。最後は相続で持っている株をまた取るんですから。追いはぎと一緒ですよ。全部持っていかれてしまう。だから考え方としては元気な時に現金を持って、自分のために使うようにした方が絶対いいです。生きている間税金を払って、死んだらまた持っていかれるのですからね。ところが会社の法人税を引き下げようという話があるでしょう。日本は高いからみんな海外へ本店を持っていってしまうからです。税制って強いものには弱く弱いものには強くというふうに感じてしまいますね。

私社員によく言うんですが、人間は人によってさまざま、8時間働く人もいるし働かない人もいるけれど、金利だけは24時間雨が降ろうが槍が降ろうがつくのです。お金だけは働くのです。その働くお金が今は無金利なんですよ。どうすればいいんですか?ゼロ金利なんて政府がやっているから許されていますが、ずるいことなんですよ。 色々元気を出して変えて行きたいことが多いですが、まあみんなで頑張って食べて行こうではありませんか。ね。
みんなで一緒に生活して行きましょう。

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プロフィール

山一興産株式会社 代表取締役社長
株式会社内山アドバンス 代表取締役副社長
株式会社山一コンクリート 代表取締役会長
株式会社山一建設 代表取締役社長

東京都出身。都立江東商業高等学校卒業。
1957年、兄と内山甚一商店を設立。以来、経理、営業その他経営管理の中枢に携わり、生コンクリートメーカーとして生産の拡大を図る。業績の伸長に伴っては、社名を内山コンクリート工業株式会社、そして株式会社内山アドバンスに改称。
1985年には株式会社内山アドバンスの代表取締役副社長に就任した。その一方で1969年には建設資材の総合商社、山一興産株式会社の設立に参画。1984年に代表取締役社長に就任し、現在に至る。保守的、いわば男性社会とされる建設業界にあって、女性経営者として業容を拡大してきた背景には「心より発し、心に帰る」という生き方の実践と、「社員に何をしてあげられるか。どうやって幸せにしてあげられるか」という、女性ならではのきめこまやかな“親身”の人材育成がある。
1994年には社団法人ニュービジネス協議会の理事に就任。同女性経営者委員会の委員長もつとめ、新進女性起業家の育成など、業界の枠を越えた幅広い活動も展開。趣味はゴルフと小唄。家族は夫と子ども3人。経営者として多忙な日々を送っているが、妻、母としての顔を大切に、持ち前の明るさで「何事も“気”の持ちよう」とパワフルに1人で何役もこなす。 

おわり
文責:臼井 良雄
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