神田雑学大学 定例講座 
第338回 平成18年12月 1日 




虚無僧の謎・尺八の不思議

形の違う尺八三本


講師:藤由越山


イラスト画像ファイル 赤い画鋲
目次

下線をクリックすると該当の項に飛びます。ブラウザの戻るで目次に戻ります。


講師紹介
はじめに
尺八の構造
虚無僧について
尺八の歴史
一節切尺八
尺八の応用
中国・朝鮮の尺八
色々な楽器
最後に




講師の藤由越山氏
講師紹介
普化宗尺八院代(大師範)で、その伝承者である。中里介山著『大菩薩峠』・鈴慕の巻の中の尺八を論じた有名な文章を読み、尺八を志す。はじめ琴古流尺八荒木派指法を木村友斎師に、現代尺八奏法を堀井小二朗師に学ぶ。

昭和35年(1960)に巨匠高橋空山師に巡り会い、昭和61年(1986)に空山師が亡くなるまで26年間教えを受ける。非常に厳しいことでも知られていた空山師晩年最後の唯一の弟子であり、空山師は普化宗の尺八の伝統を後世に伝承するよう託した。尺八のほかに篠笛・石笛・中国や韓国の縦笛・横笛等々様々な笛を巧みに操る演奏家としても知られている。また、雅楽・声明・祭囃子など種々の分野の研究も続けている。(ホームページより)

はじめに

私は新宿区に住んでおりますが、先日、区立西戸山中学校で「日本文化体験講座」の
講師を依頼され、男子11人・女子2人の生徒13人、それと先生・特別志願聴講者を集めて講演しました。尺八は音が出にくいと世間に先入観が広まっています。そのときの持ち時間は1時間40分でしたが、「この間に皆さんに必ず音を出させる・吹けるようにします」と宣言しました。そうすれば安心してゆっくり話を聞くことができると思って言ったのですが、実際に吹かせたことについて、後で感想文がきました。

それが大変なストレスらしく、プレッシャーになりました。他の人が吹けて、自分だけが吹けなかったら、という思いでした。生徒の皆さんに吹くように言いましたら、目の色が変わり必死でした。直ぐに音を出せた人も中にはおりましたが、多くの生徒は何回もトライして、個人的指導で音が出るようになったときは大変な感激だったらしくあとで、感謝感激の嵐のような色紙が届きました。

今日もその手でいこうと思います(笑い)。ところで、皆さんのなかに尺八の経験者はおりますか?子どもの頃、少々という方が何人かおりますが、大体同じような方たちですね。中学生に負けないよう頑張って下さい(笑い)。
私は今までに親しく教えた人は100人ほどいますが、99人はその日のうちに音が出せました。出せなかった一人は5年経っても出せませんでした。これはひとつの筋肉、「我々がいうところの尺八筋」に欠陥があったのではないかと思います。まともに会話の出来る方なら必ず吹けるようになります(笑い)。そのため今日は沢山持ってきました。

尺八の構造

() (ド)(レ)(ミ) (ソ)(ラ)

○○○○


尺八は長さの標準が一尺八寸ですから尺八と呼びます。長いのになると三尺四寸というのもあります。短いもので一尺くらいです。
手始めに一曲吹きます。

尺八の演目として 実演 「雪の降る町を」を奏でる

ただ今の演奏は竹の尺八ではなく、プラスチックで出来た尺八です。普通、尺八は五つの孔から出来ていますが、これは七つの孔から出来ています。言われなければ普通の尺八だとお思いになるでしょう。何故こんなことになっているのか?尺八の構造について考えてみましょう。
尺八は真竹(まだけ)の根元を使います。孔の開け方が五孔の場合、「ロ・ツ・レ・チ・ハ・イ」はドレミに当てはめると「ラ・ド・レ・ミ・ソ・ラ」になります。

孔を開けても開けなくても、口と尺八との距離で、口の当て方次第で音を上げたり下げたり出来るのが、尺八の特徴である技法です。

尺八の演目として 実演 「サクラサクラ」を奏でる

ただ今のは、オーソドックスな指使いによる演奏でしたが、つぎに指孔を全く使わないで、同じメロディを吹きます。
  実演 「同上」
音域内のどの音でも理屈上出せるのが尺八の特徴です。これをメリカリと言います。ところが、中国の尺八「洞蕭(トウショウ)」はそれが出来ない構造になっています。それが非常に面白いのです。音の大小にはなりますが、音の高い低いにはならないのです。

藤由講師と受講生の皆さん虚無僧について

尺八と言えば「虚無僧」ということになりますが、虚無僧が吹いた曲を吹いてみましょう。仏教音楽としての尺八曲、ちょうど12月ですから「懺悔(さんげ)」を吹いてみましょう。キリスト教では「ザンゲ」、仏教では「サンゲ」と言います。皆さんのイメージの虚無僧の曲とお分かり戴けると思います。
尺八の曲目として 
実演 「懺悔」を奏でる

これは儀式用の曲目です。何で仏教かと言いますと、虚無僧の宗派は普化(ふけ)宗(しゅう)と言います。「普化」という僧の名前からきています。臨済宗の仲間です。禅の宗派に属します。
虚無僧が宗教音楽をやるのは、「修行のために吹く」というのが江戸時代の建前でした。あれは乞食をやっているのではなく、「修行のため」、と言いながら「天蓋」という編み笠を被って顔を隠し、袈裟を掛け、偈箱(げばこ)という箱か、頭陀袋を胸に上げて托鉢して歩きました。托鉢して歩いて、一種の隠密としてスパイ活動----------民情査察を幕府の手下としてやっていたこともありました。
また、敵討ちなど、虚無僧になってしまえば、顔を隠して探索できますから大いに利用されました。

「尺八が上手くなって残念だ」という意味の川柳があります。これは何時まで経っても敵討ちが出来ないから、長い間虚無僧をしていた、という意味です(笑い)。逆に「尺八は本懐を遂げてもまだ下手なうち」、これは尺八が上達しないうちに敵討ちが出来たことを意味しています。
虚無僧は気味悪がれ、あまり良い印象はありませんでした。「虚無僧はなりの良いのがイッチ下手」、「虚無僧の顔を鏡ですくいとり」、「虚無僧の顔に細かく日が当たり」。

虚無僧は江戸幕府との関わりがあったため、明治4(1871)年解散命令が出ました。普化宗廃宗令により正式な虚無僧はいなくなりました。尺八は本来なら宗教音楽ですから儀式と一緒にどんな時に、どんな道具を使って、どんな事をやっていたかを知りたいと思っても、明治4年に寺が廃止になったため全く分かりません。最後の虚無僧たちは寺が無くなったので全国に散らばり、浪々の身となり、尺八を吹くのみとなり、曲だけが残りました。普化宗尺八の特徴は、日本各地の寺ごとに独自の曲が伝えられており、曲名が同じでも中身が少し違っていたり、全く違うのもあります。

尺八を吹く藤由講師と、それに聴き入る受講生 皆さん子どもの頃、虚無僧をご覧になった方も多いと思いますが、ご存知の虚無僧は、趣味により虚無僧の格好をしたもので、正式に江戸時代から続くキチッと資格を得た虚無僧ではありません。現在でも尺八の勉強のために虚無僧の姿をした方はいます。

私も若い頃、虚無僧をやろうとしたら、家中猛反対にあい、出来ませんでした(笑い)。尺八をやっていると、一度は虚無僧になってみたいものです。如何にも悠長で良さそうに感じますから。

尺八の歴史

日本には奈良時代以前に渡来したと言われ、雅楽などにも用いられました。わが国に残る最古の尺八は、正倉院にある国宝の尺八です。六孔尺八で、「古代尺八」と言われています。その後、元々一尺程度であった尺八が現在の長さになったのは、江戸時代になってからと言われています。中国福建省の尺八は日本と似ていますが、「節(ふし)」が十個あります。不思議と昔から節の数にこだわります。

日本の尺八は節が七つ、真竹の七節ですと、孔割りとか音のバランスが良いとか経験則からきています。七節が定めです。そこで、「節」を頭に入れておいて聞いて下さい。あの有名な一休禅師が吹いていたといわれる尺八のレプリカがここにあります。私の仲間の相良さんが現地を訪れ、寸法を測り、その通りにつくったものです。最近の研究では、最初は一節(ひとよ)切(ぎり)から始まって三節(みよ)切(ぎり)に変わり、そして七節切になっていったのではないかと考えられています。

一節切尺八(竹筒の途中に節が一つある尺八)

一列に並べられた数々の尺八 一節切は鎌倉時代から江戸中期までに非常に盛んに吹かれた尺八ですが、段々と変化して、節の多いのは格好も良く、音の幅も広いし、表現力もあるので、一節切尺八は急速に寂れてしまいました。

江戸末期に一節切を復興しようとする人がでたのですが、長続きしませんでした。その流れが僅かですが残っていて、私の師匠もその流れで吹いていました。

私も自分一人でもいいから吹いて行こうと思っていたところ、昨年、相良さんが骨董店で有名な一節切の名人の作った尺八に出っくわしました。彼はそれから猛研究を始めました。この人と出会って、二人で「再興しようか?」と話し合っているときに、丁度、尺八のプロを目指している若い男が一節切の魅力に取り付かれたので教えて欲しいと訪ねてきたので、「一節切三人衆」として活動し始めました。

一節切の譜面も沢山残っています。メモ的に書いてあるのですが、音の長さや扱い方が全く書いてないのでサッパリ分からず役にたちません。相良さんは何とか吹こうとしていますが、私はいま吹ける曲----音域は狭いですが音色が素晴らしい----を吹いています。

昔は一節切の尺八を尺八と言っていましたが、色々な節の尺八が出てきて、七節切になり,今はこれが主流になってしまい、本来の尺八は区別され、一節切尺八とか三節切尺八と呼ばれるようになりました。

尺八の応用

これから世界最高の音楽を演奏いたします。音楽界に定評のあるチェロリストの故パブロ・カザルスがスペインの民謡を編曲した「鳥のうた」です。

尺八の演目として 実演 「鳥のうた」を奏でる

この曲はカザルスが国連総会のときに、特別演奏したものです。これは鳥が「ピース、ピース」と啼く、ということで世界平和を訴えたことで有名になりました。

また、有名歌手が尺八を吹いたらどんな吹き方をするでしょうか?
森進一・前川清・水原弘・北島三郎・五木ひろし・美空ひばり・水前寺清子らの歌い方の特徴をつかんで吹いてみる。
 
尺八は他の楽器と違う点の一つは、連音(れんおん)の問題〜同じ音が二つ重なる(ドド・レレ・ミミ・ファファ)ときの処理の仕方で、単純にいけばフルートや横笛などと違い、尺八は「押手(オシテ)」という手法を使います。

尺八を吹く場合、「首振り三年」と言われています。これは音が出るまでに三年かかる、という意味ではなく、首を振ることによってビブラートや音の高低を出せることを言います。首を振るのが特徴です。因みにクラリネットやフルートはお腹の圧力で音をゆらします。中国の笛は指を使うのもあります。南米のケーナなどは舌を奥で回します。舌を震わせたり、喉を震わせたり使い分けする場合があります。

中国・朝鮮の尺八

尺八の古今東西について少し述べます。鎌倉以降から江戸中期までは一節切尺八が盛んでしたが、その前にも尺八はありました。それは雅楽で使われました。これは中国から渡来したものですが、これは早く廃れてしまいました。

先にも述べましたが、古代の雅楽には尺八も使われていました。その現物も正倉院に何本か残っています。指穴は、尺八は五つですが、六つあります。六つが何故五つになったのか?中国も六つ、台湾も六つ。定説はありませんが、私は私なりの見解を持っています。もうひとつ日本と中国の中間に朝鮮があります。朝鮮の尺八は、指穴は日本と同じで五つですが、開け方のバランスが違います。非常に特殊な吹き方をします。短蕭(たんそ)と呼ばれるこの尺八は指穴が五つですが、使うのは基本的に四つです。

口を付け吹くところを歌(うた)口(ぐち)といいますが、笛と同様に歌口に息を吹きつけて音を出します。形は国によって違います。概して、中南米系はU字型、中国(福建省)・韓国はV字型、日本の尺八は同じでも皿型です。歌口にはめ込む材料として、水牛や鹿の角・象牙などがあります。歌口の形により音がブレたりブレにくかったり、それは国によって違います。日本の尺八はブレ易いのは承知、それを欠点とみるか、逆に変化させ易いか、それを使いこなせば表現力は豊富になります。

色々な楽器

各国の各種楽器を紹介し、実際に吹いて尺八との違いを紹介する。
ドクロをちりばめた横笛(ネパール)・鼻笛(ニュージーランド)、また、一輪挿しでドレミを吹いたり、徳利で黒田武士の一部を吹く。ミニ竹筒・貝・急須など何でも楽器に変身してしまう。

中国の洞蕭という尺八の兄貴分で    
実演 「夜来香」を奏でる

音階は「ソ・ラ・ド・レ・ミ」を使っています。基本的にはこの音階が多用されています。

服部良一作曲による          
実演 「蘇州夜曲」を奏でる

「シ」の音が入っています

韓国尺八で              
実演 「チャングムの誓い」のテーマ曲

「ソ・ラ・ド・レ・ミ」に固まっています。

韓国尺八で              
実演 「舟歌」を奏でる
韓国尺八で         古典曲  
実演 「上霊山」を奏でる

台湾の楽器紹介

中国の楽器紹介  皇帝の前で吹く横笛 
実演 「越天楽」を奏でる

トルコのネイ
アラブの笛
ニュージーランドの鼻笛
貝の笛

私が創作した寸八(短管無孔尺八)   
実演 「四季の歌」を奏でる

尺八の技の応用です。口当りが良いし、持ちやすいです。

日本の尺八で小学校唱歌        
実演 「青葉の笛」を奏でる

平家物語を題材にしたものです(親の年代がよく知っています)。

日本の尺八でラジオドラマのテーマ曲  
実演 「笛吹き童子」を奏でる

福田蘭童の作曲で有名です(我々の年代がよく知っています)。
笛吹きと言っていますが実際は尺八です。

普通の尺八で尺八曲         
実演 「月光弄(ろう)笛(てき)」を奏でる

昭和10年代、新しい傾向の曲として、ピアノ伴奏の尺八曲が沢山つくられ、一世を風靡しました。この曲は福田蘭童らしい曲です。

七孔尺八で二胡の曲    
実演 「二(に)泉(せん)映(えい)月(げつ)」を奏でる

孔が二つ増えたので機能も増えました。その機能を使って吹いてみます。この曲は理論的には五孔の尺八でも吹けますが、実際には大変です。孔が二つ余分についているのでそれが楽にできます。好きな曲なので、五孔で挑戦したのですが、面白くなかったです。中国音楽に親しんだ方は、先ず、この曲に取り付かれる有名な曲です。尺八で吹くのは私が世界で初めてで、それを聞く皆さんも今日が世界で初めてでしょう。

この曲は月が泉に映っている情景です。変奏曲ですから、同じようなメロディが少しずつ変わりながら、何回も繰り返して出てきます。神経質にならず、ボォ〜として聞いて下さい。

最後に
それでは、最後に本日のメーン・イベントをお贈りいたします。この曲をテーマにした箇所が中里介山原作『大菩薩峠』・鈴慕の巻の一節にあります。この一節を語りの名人・山本克子さんに朗読して戴きます。『大菩薩峠』は全20巻ありますが、そのうちの一巻です。

「鈴慕」とは尺八の曲名で、「鈴慕」は尺八の代名詞になるくらい有名です。先ほども述べましたように、尺八曲は曲名が同じでも中身が一部変わっていたり、全く違ったのもありますが、「鈴慕」には「九州鈴慕」とか「奥州鈴慕」とか「鈴慕ながし」などがあります。これは関東の「鈴慕」です。

机龍之助が山奥の白骨温泉の二階で吹いている情景です。しかし、盲目ですから、尺八の音はするが、その部屋に灯りがついていないので、人がいるのか、いないのか、不思議な音が聞こえてきます。私はこの文章を読んで尺八を始めました。私の原点です。鈴慕とは普化禅師が鈴を振りながら説法をして歩いたところからきています。その普化禅師を慕って尺八が起こった、という伝説があります。

「座敷が暗くなってから暫くして、短笛の音がこの一室から起こりました。「鈴慕」を吹いているのです。この部屋の調子というものが、どうも「鈴慕」を吹くに相応しくできているのか知らん。それとも、習い性となって、手を動かせば尺八が手に触り、尺八を取れば「鈴慕」が唇頭に上り来るのかも知れません。とにかく、龍之助はここで「鈴慕」を吹き始めました。この男が竹を鳴らすことに、どれだけの慰安と一如とを、見出しているのだか、それは分かりません。

また、好んで「鈴慕」を吹くと言えども、「鈴慕」そのものの曲の示すところが何物であるか、それを味わいつつ吹くのでないことも勿論でしょう。所謂、本曲について、見よう見真似の嗜みを持っているというこの男が、「虚霊」を吹かず、「虚空」を吹かず、好んで「鈴慕」を吹きたがるところからみれば、それは何か手触りが良くて、虫が好くといったような、共鳴するところのものがあればこそ、だろうと思われます。

「虚霊」は天上の音(おん)、「虚空」は空中の音、「鈴慕」に至って初めて人間の音であります。行けども行けども地上の旅を行く人間の哀音、その何れより来たって、何れに行くやを知らず、萩のうら風もの寂しく、地上を送られ行く人間が、天上の音楽を聴いて、これに合せんとする憧れが即ち「鈴慕」の音色ではないか。心は高く霊界を慕えども、足は地上を離るることあたわざるその憧れ、耳に虚空の妙音の天上に上りゆくを聞けども、身は片雲の風に誘われて漂白に終わる人生の悲哀。

尺八を吹く虚無僧 無限の空間のうちに、渺(びょう)たる空蝉の一身を歩ませて、限りなき時間の波路を、今日も昨日も明日も明後日(あさって)も、歩み歩みて、曾(そう)無一(むいち)善(ぜん)の我が身にかかる大能の情けの露に咽ぶ者でなければ「鈴慕」の曲の味わいは分かるまい。蓋し、最初の人は、霊感うちに湧いてこの曲をつくり、第二の人は、曲そのものを学んでその霊感に触れ、

第三の人は、曲そのもののようになりて胡(こ)芦(ろ)を描く。知らず、龍之助はその何れの人?かくて、「鈴慕」の一曲を吹きすましたときに、感激はないが、寂寞はある。」

尺八の曲目として 実演 「鈴慕」を奏でる



こちらに掲載されている音声データーはリアルプレーヤーが必要です。
リアルプレーヤー日本語版無料のソフトは
 こちら のサイトからダウンできます。
「Real Player (無償)」無償版をダウンです





 文責: 桑垣 俊宏
会場写真撮影: 高松 佑次
HTML制作: 和田 節子