神田雑学大学 平成18年12月15日講演 340

オセロゲームに魅せられて

講師 黒川幸明 



はじめに

 前回、長谷川会長からオセロ開発の苦労話を聞いたわけですが、今日は、それから35年にわたる販売の苦労や裏話や、玩具業界のうつりかわりをご紹介したいと思います。

 私の自己紹介になりますが、学校を出ましてすぐ玩具メーカーのツクダに入社しました。 10年ぐらいたってツクダオリジナルというツクだの開発部門に移りました。そこで長谷川会長との最初の出会いがあったわけです。

 私が会社に入った1950年代の後半は輸出が盛んでオモチャ産業も墨田区、葛飾区を中心に活況を呈していました。その頃はモノがあれば売れた時代でしたが、今日では、なかなかモノが売れない時期にはいっています。
 本来なら、12月中旬というのはオモチャ屋にとっては一番忙しい筈なのですが、現実は客もすくなく苦戦しているというのが実情です。

 長谷川会長が当時のツクダオリジナルに見えたのは、1972年の秋ごろでした。当時手造りの商品をもってこられて、開発部長の和久井さん(現在顧問)との話になりました。
 私はそこの営業部長をやっていまして、長谷川会長と初めてオセロを2,3局やったのを覚えています。感想は、ルールは非常に簡単ですぐ覚えましたが、簡単なだけにすぐ飽きられるのではないだろうかと思いました。

 翌日、和久井さんに聞いたら長谷川さんとはもう10年契約をしたよといわれて、びっくりしました。この業界では普通1年契約、長くてせいぜい3年が相場で、この10年というのは前代未聞のものでした。口約束では50万個売りましょうといったそうです。
 私はすぐ部員を招集して意見を聞いたのですが、皆同じ意見でした。
 取り敢えず3000個から始めようと、準備に入った矢先に、長谷川さんから4月にオセロ大会をやってしまいましょうという希望が出され、発売前に大会をやってマスコミを呼び宣伝して貰おうという目論見でした。

 4月に大会をやって、取り上げてくれたマスコミはデイリースポーツと日経だったと思いますが、5月の発売に合わせて営業が全員店頭にたってデモをしながら、面白さを納得させようとやりました。そのとき多少の手ごたえは感じましたが、たいしたものではありませんでした。次のチャンスは7月8月の夏休みシーズンですが、全員がデパートのおもちゃ売り場に張り付いて、普及に努めました。8月の終わりぐらいから動きが加速されてきまして、年末には大変な売れ行きになり、3千個の在庫はなくなってしまいました。

 大童で材料の手配、生産の手配をやって30万個ぐらい売ったでしょうか。1974年から工場の増産体制も整えまして、結果的には200万個売りました。当時、10万個売れればまあまあといわれたのに、これだけ売れたわけですから、日本経済新聞のその年に売れた商品の番付けの大関になりました。これではずみがついて、テレビで芸能人同士の対戦をやってますます人気がでました。

 当時売り出し中の山口百恵とか森昌子浅野ゆう子郷ひろみフインガーファイブなどのメンバーが協力してくれました。この芸能人たちの口コミの波及効果というのが、人気の出た一つの要因でもありました。それがきっかけでもありませんが、芸能人が商品を持ってテレビに登場するというアイデアは、今でも使われています。
 同業のタカラが、芸能人を使うのに非常に熱心にやっています。

 1980年にルービックキューブが出たときも、朝日新聞の記事に出たのがきっかけで火がついて、十ヶ月で380万個売るという大ブレイクとなりました。日本人というのはブームのときに、なにがなんでも欲しがるという性向があって、ニセモノが市中に氾濫しました。推定では700万個ぐらいでたのではないかと思います。

 その後、日本だけでは勿体ないと、4年後にアメリカに進出しました。ニューヨークのトイショウに展示して、私が説明してプロモーションをやることになりました。アメリカのやり方で驚いたのは、最初刑務所でゲームをやったことです。こんなアイデアは日本ではでてきません。かなり売れましたが、あまり長つづきはしませんでした。日本で続いたのは、長谷川会長がオセロ連盟をつくって大会を継続させた効果が大きいとおもいます。
 これだけ息の長いゲームというのは珍しいと思います。

 オモチャに対する考えというのも、アメリカでは例えばスライムのような、日本人が思いも付かないユニークなものがでてくる発想の違いがあります。
ヨーロッパの風土は、かなり違います。いい例が、アメリカで成功したトイザラスです。日本でも成功しましたが、ヨーロッパ特にドイツあたりではうまくいきませんでした。やはり国民性のちがいというか、文化の違いというものがあるのです。
 オランダには、レゴというブロックが1932年ごろからロングセラーを続けています。これは何年つかってもゆるみがでなくて、同じブロックが親から子、子から孫へと大事に引き継がれるというような扱われ方をしています。

 ヨーロッパでは、新製品が売れたからといって、やたらに増産するようなことはせず、無理をしないで息の長い商品に育てるという考え方です。
 アメリカは、次から次へと新製品をだして、これでもかこれでもかという態度で売ります。トイザラスの売り場面積は千坪あります。日本のこれまでのオモチャ屋は、せいぜい数十坪でやっていました。規模の大きさからみても、従来のやり方ではやっていけないわけです。しかし、トイザラスも最近ヨドバシカメラとか、ビッグカメラのような量販店には負けています。売り場が広くとれないので、商品数は少ないのですが値段では安く売っています。デパートは品揃いはできない、値段はひかないで、競争に遅れをとりつつあります。いずれ、おもちゃ部門から撤退するのではないでしょうか。

 オセロ連盟の話をします。連盟は、発売と同時にツクダオリジナルが運営していました。今は長谷川会長とメガハウスがやっています。この10月に世界大会があったのですが、これが30回目です。全日本は今度35回目の大会になります。全国に14ブロックあって、月例の大会、講習などはここでやっています。本部では名人戦、全日本大会、王座戦の三つを運営しています。30回のうち、21回は日本がチャンピオンをとりましたが、最近は外国勢が強くなってきています。

 メガハウスはオセロ人口の底辺拡大を狙って、小学生向けの講習会に力を入れています。全国で3000人ぐらいが参加して、その代表が7月に東京に集まって大会をやりました。
 特に水戸は長谷川会長の出身地でもあり、非常に熱心です。学校が週5日になって、教育委員会あたりからオセロ教室をやってくれという要望も増えています。東京では品川区、足立区あたりが熱心にやっています。一方では、脳トレの意味でシニアの人たちの取り組みも活発になってきています。
 来年の3月頃から全国大会の予選が始まりますので、是非皆さんも出場してください。

 ブームの功罪について、いいほうは勿論商品がたくさん売れて儲かりますが、会社にとって困ったなと思ったのは、オセロの場合は2年目に200万個売ったときは1月から12月まで工場はフル生産、営業はその取次ぎで翻弄されて商品開発は出来ず、営業も出来ず非常に営業力が弱まりました。次のルービックキューブのときも、気をつけてやったつもりですが、やはり駄目でした。長い目でみるといろいろ問題があります。

 今回の全国大会でも、マスコミがたくさん来ましたが、連盟のほうで対応するようにしましたので、会社としてはあまり対応に追われることはありませんでした。世界大会ときはカメラだけで4〜5台入ってしまいまして、その対応に苦心しました。マスコミは、一度敵に回すと大変なことになるので、気をつけねばなりません。

おわりに

 私は浅草に勤務して50年たちます。オモチャやは浅草に多いのです。浅草橋の駅を降りて、蔵前のあたりは昔、オモチャの問屋で車が通れないほどでしたが、今は殆ど残っていません。トイザラスはメーカーが直販していますから、問屋機能というものはなくなりました。今、任天堂の商品がすごく売れていますが、ここのマージンは5%ぐらいしかないのです。売り上げは立ちますが、利益の点では思うほどもうかっていないというのが実情です。また一つの傾向として通販が伸びています。

 私はバンダイグループに属しています。先般、ナムコと合併してバンダイナムコホールデングとなりましたが、中身をみるといろいろあります。オモチャは3割ぐらいです。あとは浅草の花屋敷の運営や、函館の湯の川温泉の経営などもやっています。今の主力はアパレルであり、IT関係になっています。

おわり
(文責: 得猪 外明)
講座企画・運営:吉田源司 会場写真撮影:橋本 燿 HTML制作:大野 令治