神田雑学大学 平成19年1月12日 講座No342

自由奔放ふらり地球ひとり旅

講師 小川律昭(ただあき)




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はじめに

生き生き変身

世界奔放の旅

旅の意義と期待 

旅も人生も挑戦だ

質疑応答






著書 『還暦からのニッポン脱出:アメリカ・地球、住んで旅して騙されて』
『デートは地球の裏側で:夫婦で創る異文化の旅』


   


はじめに

 環境が変わるというのは楽しいことです。定年になりますと自己管理しなければなりません。定年前は会社が自分を管理してくれますけれど、退職しますと自分で自分を管理しなければならない。これが本当は難しいのです。私は今日、旅そのものの話でなく人生論を話したい。皆様先輩に対して失礼かもしれないのですが、私には私なりの人生論があって旅もその一部です。

私の旅は我流で独りよがりの旅です。勝手に行きたいと思ったら飛び出す。俗にいうバックパッカーです。リュックサックを背負って行きたい所へ行く。今日のトークが皆さんにどう聞こえるかは皆様の問題と割り切って、ああこんな男がいるのかという受け取り方で聞いていただければ幸いです。


   先ずは健康があってのこれからの人生です。平穏という幸せは健康と言うひとつの幻想の上に立っているわけです。それは何時崩れるか分らないのです。崩れれば家庭的な悲劇も出てくることでしょう。そういう状況に現在65歳以上の方はあるという認識が大事だと思います。脳梗塞、くも膜下等、突然やってくる病気があるんです。

そういうことを意識した上で、ここではタイトルを「ふらり地球ひとり旅」とします。今までの経験や感性でこれからも生きていこうというのではなくて、新しく変身した自分で生きていこうという気持ちがあります。私は好奇心が旺盛ですので今年から実年齢マイナス10歳の65歳でスタートしたいと思っています。

そういうことで今から旅の話をいたしますが、それは失敗談を中心にやりたいと思います。旅が楽しかったという話はひとさまにとっては少しも楽しくないのです。他人の不幸は面白いでしょう。私は失敗ばかりしていて命があるのが不思議なくらいです。以前にワイフが地球の裏側の現地領事に電話したことがあるのです。

旦那が行方不明になったと。無謀な旅行者のことはいちいち面倒を見てはいられないのですが、私は思いついたらすぐ足が出て行きます。そして現地に行って考える。そうすると良い棒もあり悪い棒もあるのですが悪い棒に当たったらその時点で考え直す。これが若返り法だと思うのです。


1.生き生き変身

ではレジメにしたがって進みましょう。いきなり変身しようと言ったって自分自身をコントロールすることは難しいですよね。それで私は環境が変わればそれなりに適応しなければならないので、その状況に応じて自分が変われると考えています。意志の弱い人間でも環境が変わるとそれなりに対応し変身出来ると考えます。

・過去の価値観にとらわれない
過去の価値観にとらわれないという生き方を意識して心がけたいと思っています。本日も私のプロフィールは皆様に紹介しておりません。定年以前の過去のことは忘れるようにしています。過去の肩書きや実績などは現在の自分の邪魔をするのです。白紙ならどんな色にも染まっていく、というのが私のポリシーです。私は昨年スペイン語を習いました。

オハイオ州ではシニアは月謝無料で州立大学が受け入れて若い人と同じクラスに入れてくれるのです。年とってからの語学は大変です。でも若い人と一緒に勉強するということは張り合いがあり楽しいです。その2年前はデッサンのクラスに入りました。言葉はわからなくても描く喜びで充実感を味わえます。いずれも環境を変えてみようと思いついてやったことです。

・挑戦を忘れない
たまたま私は機会があり、58歳でアメリカに行き、60歳に現地で定年になり、そのまま残ったのです。それはワイフがアメリカに留まらざるをを得なかった事情もあるのですが、異文化に関心を持ち、2年間ではなくもっと永く居られたらもっと収穫があるんじゃないかと思ったことが動機です。言葉もろくに分らなかったですが、社会に溶け込もうと多少は努力もしました。挑戦をし、それを持続したわけです。

・健康貯金
皆さんもご存知のように昨年の日本の医療費というのは32兆円なのです。その中の40%である13.5兆円を70歳以上の方が使っているのです。一人当たり75万円です。これはいずれパンクするでしょう。多少でも努力してこの額を減らすということは、国に協力するというだけではなく、自分自身が得することになると思うのです。

医者通いや入院をして痛い思いをし、窮屈なところに閉じ込められたくはないんです。そういう境遇にならないよう努力することが積極人生なんだと思います。家に閉じこもってはいけません。外に出て色々な人に会って、色々なことを体験することによって病気は遠のいていくというのが私の信念です。

ではどんな貯金が健康貯金か。還暦過ぎたらまず運動、私の場合は一日6km一時間で歩きました。歩幅を広くして早足で歩く運動です。次はバランスの良い食事です。私の場合は雑食です。なるべく変わったものを食べることを実行しています。麻婆豆腐も自分で作っています。魚も煮ます。茶碗蒸しも作ります。

雑食したい為に色々作るのです。健康貯金としては睡眠も重要です。私は8時に寝るようにしています。正直言ってアメリカに居るとテレビを見ていても何がおかしいのか分らないから夜は早く寝るんです。少なくとも寝る2時間前は胃を空にし胃に負担をかけない状態を作ることにしています。

・異文化の暮らし
58歳でアメリカに行ってそのまま15年間往復しています。その間メキシコシティに1年半ほど駐在していました。会社からメキシコに工場を作るから手伝ってくれと言われまして、スペイン語が全然分らないのに家を借りて生活しました。記憶に残っているのはアメリカと違って食事が美味かったことです。南米の食事はアメリカに比べると味覚が複雑ですね。

異文化の暮らしというのはなんと言っても刺激が多いです。例えば日本では知らない人に「こんにちは」という言葉が出ないですよね。アメリカでは道で目があったら「ハロー」を言うのです。黙っていて目つきが悪いとズドンとやられかねない。自分を守るために見かけはフレンドリーにしたいというのがもとでしょうか。生き生き変身のためには環境に左右されながら自らを変えていこうという姿勢がよいようです。


2.世界奔放の旅

私の旅は筋書きのない放浪で丸腰の旅、惨めな旅行もしますが、若い人と違ってある程度金を使うときは使うよう、メリハリのある旅を心がけています。ぶっつけ本番の旅で最低限持って行くものは、マッチ、電池、蚊取り線香、トイレットペーパーです。あとは常識的なものです。薬などは現地で買います。未知のことを予想するのは旅の妙味の一つです。

・天国直行便:アルゼンチン
 アルゼンチンに私は6回行きました。氷河の中を歩いたりトレッキングもました。アコンカグアという山をご存知ですか?テレビで西田敏行さんが行って有名になったようですが、私は頂上6900mへ登ろうとUSで鍛錬していたら足を捻挫した。でも切符は買ってあるので麓の街まで行ったんです。そしたらワイフがついてきてミュールというロバと馬のあいの子(ラバ)に乗って登ろうと提案したのです。足が痛いものですから同意し、4300mまでラバで登りました。

ところが道は場所によって人間の歩く30cmくらいの幅で、それを馬も共用しているのです。それで私は2回落馬したのです。

特に危険なところは千尋の谷、ガラガラ石やジャリだらけの人馬で踏みつけた道。ラバが石を踏みはずして足を滑らしたのです。谷の方は怖いので自分の重心が山側に傾き、落馬するのです。ラバが利口なのか、騎手が落ちたらじっとしており、馬の腹と崖の山側に挟まれたのですが、もしラバが動いたら私は千尋の谷へ落ちてしまったでしょう。そういうことが2回ありました。そのくらいラバに乗るということは非常に危険なことなのです。前もってそういう知識がなかったから乗れたのですね。

 4300mの基地にようやく着いた。そこはテント村で、さあこれから6900mまで登るぞと、いう人たちがそこで身体を慣らすために泊る基地です。ついた時点で医者がいて、チェックはしてくれます。指先にサックをかけて、酸素量が不足しているかいないかをチェックするのです。

ワイフは酸素量が不足しているので休んで行きなさいと言われ、自分のテントに入って休んでいるうちに意識が無くなり、話しかけても揺すっても何も返答しなくなりました。酸欠でした。私も慌てエージェントのテントに行き、「ヘリコプター、ヘリコプター」と連呼しました。そのために一人当たり300ドルの入山料を支払っているのです。緊急の為の保険ですね。

 医者が来まして酸素吸入、ヘリコプターが来て、私も一緒に乗って帰るつもりが、突然足を骨折した人が出て、その人が優先だからあなたは乗せられませんと言われてワイフだけが乗りました。私は再びラバに乗って下りましたが、登りに落馬した急な坂は怖くて、足の痛み何のそので歩いて下りました。何故ワイフが意識不明になったかというと、歩いて登れば少しづつ高度差を自分で体得しながら登れるのですが、ラバに乗っていたので気付かなかったのです。

ラバには2日間に渡って全部で7時間乗ったのです。彼女は登山口付近に下りたらけろっとしていたようでしたが、まあ夫婦とも大変危ない体験をしたので「ミュールは天国直行便」と名づけたのです。

・努力は報われるパラグワイ
これは私が努力したという話ではありません。ピラポという日本人の移民部落がありまして、最初400世帯が入植したようですが、今は200世帯に減っていました。彼等はそこで大豆を作っていたのです。パラグワイの大豆の生産量は世界有数ですここでは、遺伝子組み換えの話題です。日本でよく「遺伝子組み換え大豆ではありません」と表示してありますね。

でもパラグワイから輸出しているものは100%遺伝子組み換えの大豆です。パラグワイは直接日本に輸出しているのではないのです。アメリカの会社が現地に収集工場を作ってそこで梱包し、アメリカから世界に出荷されるのです。

ですからアメリカの大豆の一部は遺伝子組み換えの大豆なのです。1ヘクタールに大豆が5トン取れるそうですがそれで大豆御殿を建てた人によると、開墾をしてそこに種を播いて、大豆を育てても大雨が降れば土や肥料が流れてしまう。草も生え放題なので草取りが大変。700ヘクタールの草取りなんて気が遠くなりますよね。

そういう状況のなかで、移住者たちは遺伝子組み換え改良して雑草より強い大豆を育てたのです。雑草だけが農薬分布で枯れるのです。開墾しなくてもよくなったので、大雨でも土や肥料が流されず、草は枯れ大豆だけが育つのです。そういう遺伝子組み換え大豆だから事業として成り立っているのです。

・夜行列車の集団すり
これはポーランドでの出来事です。クラクフに行かれた方はいますか?ポーランドで2番目の大きな都市です。チェコのプラハから夜行列車で行ったのです。日本は切符を買いに行けばすぐ寝台券くれますよね。ところがチェコではそうはいきません。「今日のものは売れない、明日以降のものでないと売れません」と言われた。

でも私は当日行きたいということで、寝台券は入手出来ず指定券を買いました。指定も一応個室になっていて4人が座れ、前の座席に一人、こちらの座席に私とワイフが座りました。列車は夜12時を過ぎてチェコからポーランドに入り、税関人と車掌が来て切符をチェックし、やれやれ済んだなというのが1時頃でした。

いつの間にか眠ってしまい、ふと目が覚めたら入り口に人の影が見えた。ウェストバッグバッグを見たらチャックが開き、現金、パスポートと1,000ドルのチェックを盗られていた。集団スリにウェストバッグをカミソリ様のもので切られたのだろう。それで初めて「ドロボー!」と言って追いかけた。ワイフはそのとき隣の部屋が空いているということで隣の部屋に行っていた。女の人が一人居たとのこと。2両ほど走ったが人影もなく、諦めて自分の車両に戻ったら、洗面所に赤いものが見えた。

パスポートだった。私が気がついたのでやばいと思ってパスポートだけは棄てたのではないでしょうか。大きい声を出したのでワイフも隣の部屋から起きて来て「どうしたの?」と。「掏られてこのとおりだ」とバッグを見せるとワイフは笑っていたのですが、そのワイフは私の直前に掏られていて、ハンドバッグを開けられて現金だけ取られていたのです。

・6つの大罪アルゼンチン
アルゼンチンの領事館にワイフが「旦那が行方不明になったので探してください」とお願いしたとき領事さんはアルゼンチンの警察に連絡して探してくれました。そしたら「あそこに日本人らしい人が来たけど30ドルの宿賃が高いといって出て行った」後だとか、いろいろワイフに現地の状況として連絡されていたのです。警察はすごいです。「国内便を午後予約している小川というのを見つけたからそこで彼と会うことが出来る」という連絡も入ったそうです。

けれども私は3日間体が動けず、安い12ドルの宿に泊まって寝こんでしまった。

その後病が治ったらまたバスに乗って奥地にむかった。再び帰って、午後の便でなく午前の便に変更し飛んでしまったので、現地の警察は私に会うことが出来なかった、ということがありました。あとから領事さんが言ったことは「あなたのご主人は6つの“大罪”を犯している。まず老人である、一人旅である、長旅である(40日間)、言葉が出来ない、予約がない旅で節約し過ぎ、だ。」とワイフに言ったそうです。領事さんの見解は老人でも、私は元気だったのですね。

・ルーマニアの時蕎麦泥棒の話
東ドイツの壁が倒れて3年後の話ですが、お釣りがなくてタクシー代をぼられたので帰りはきっちり払おうと両替を試みた。100ドル札を現地の人に10ドル札に代えてもらおうとしたのです。当時は現地の人が「ドル、ドル!」と言って寄って来ていたので。時蕎麦の話ご存知ですね。あれをここでやられたのです。先ず100ドル札を渡す。一枚、二枚と10ドル札を渡された時、向こうから人が来て現地語で私に威嚇的に何か言い始めたのです。とたんに警官じゃないかと勘違いした。

勝手に交換してはいけないんです。交換している彼は一度渡した札を私にパッと返して、私から2枚の10ドル札をもぎ取って逃げたのです。折りたたんだ札を返しましたから、ああ返してくれたんだなと安心しました。拡げてみたらなんと100ドルではなく1ドル札だったのです。はっと見回すともう相手はいなかった。3人がグルだったのです。声をかけて注意をそちらに向けさせて100ドルを1ドルに替えられてしまいました。

・メキシコの悪徳警官
メキシコシティで車の運転をしているとパトカーが寄ってきて、お前の車は遅すぎると言うのです。「自動車専用道路だから違反だ、罰金を出せ」と。私もスピード違反はありますが遅いといって捕まったのは初めてでした。やつは自動小銃を持って乗り込んできたのです。一万円取って開放してくれましたが、給料が安いですから権力を笠に交通違反を取り締まった振りをし、「今自分に払えば幾らにまける」と言うのです。「そうでないと高い交通切符をきるぞ」とも。


3.旅の意義と期待

旅をすることと、絵を描くことが私の生き甲斐ですし、旅はとっさの判断を要求されますので頭の体操になるのです。印象に残った風景や人を写真にし後に絵にします。旅で期待することは人との出会いです。始めのころは私も世界遺産を見て歩きましたが、今では800以上ある世界遺産、とても見続けられるわけないでしょう。年齢と共に私もそういう動かないものよりも動くもの、すなわち現地の人間に興味があります。人と生活に関心があるのです。

・テーマを持った旅
昨今はテーマとして温泉とマツタケを掲げています。私の場合は野外温泉が一つのテーマです。世界にはどこにでも温泉があります。アメリカもロッキー山脈を中心に右と左に沢山あり、36箇所行きました。マツタケも採りに行きます。コロラドにも6回行って3回しか採れませんでした。一昨年は80本採れました。香りは日本のと同じです。色がちょっと白っぽくて足が細い。赤松の生えているところで採れます。テーマに執着すると旅に深みが出ます。

・心身の活性化
先ほどから言っているように旅をすると刺激も大きいし、判断力、決断力を即座に求められるのでそれが自分を活性化すると信じます。もちろん開放感もあります。緊張感もあります。身に起る変化に対応し、楽しむことで人生に深みがでます。


4.旅も人生も挑戦だ

・熟年さんお金を残すより使い上手に
60歳以上の人が1400兆円の金融資産を持っているといわれます。これを自らの予防医学のためにも好きなことに使って欲しいと思います。子供たちに残しても子供をスポイルするだけだでしょう。沢山あればあるほど親から貰うのは当たり前になりますから、子供を駄目にするのじゃないかなと思うのです。その点アメリカ人はすごいです。60歳なんて待っていないです。

皆さんはアメリカ人の年金幾らか知らないでしょう。最高に貰って日本では私らの頃は月30万だったんですが今は落ちて20万円台ですね。アメリカは最高に貰って月1100ドル(13万円ぐらい)です。その中の90ドルは保険として頭から天引きされるのです。年金が少ないので現職中にお金をうまく活用します。例えばフロリダあたりに別荘を買ったりしますが、定年になったら自分の家を売ってそこに移住して楽しむのです。

もちろんアメリカの全ての人がそうではありません。ネイティブアメリカンやアフリカアメリカンの人たちの多くはは、4人が働いて年収が約2万6000ドル(300万円)なんですが、そういう人たちがアメリカには約15%います。そういう格差がアメリカはひどく、日本もそれに近づいているように見えますね。でも中南米よりましです。中南米は相続税がないので、金持ちの家に生まれると一生金持ち、格差社会が固定しています。人間70歳になるといつ脳梗塞になるか分りません。お金は元気なうちに使いましょう。そして自分の健康管理をして欲しいです。

・プライドをもつ
早い話定年になって現役と同じように交通費、通信費、交際費を使っていますか?活動しているとお金が必要です。年賀状も増えます。要は年だから、年金生活者だからというようにネガティブにならないで欲しいのです。

そうならないためにお金を使って欲しいのです。そして行動して欲しいのです。海外に住まなくても、旅をしなくてもいいです。ネガティブにならずプライドを持って欲しいのです。   悲観論は気分から楽観論は意思から、というポリシィを持って私は生きています。

・若者が会いたがるシニアになろう
私も本当は年寄りのところには行きたくないのです。若い人が寄ってくる年寄りにはなりたいのです。若い人はメリットがないと訪ねて来ないですよね。私たち夫婦のところには若い人が沢山来ます。私たちは揃ってよくしゃべりますし、多少でも魅力があるのでしょう。オフ会ってご存知ですか?E−メールグループが、文書交換だけではコミュニケーションが不充分だから会いましょう、というものです。私はそれにも参加しています。「社会人旅会のメーリングリスト」というのがあって、私も主催して、「我が家でやりますよ!」と呼びかけ2回ほどやりましたし、国立の一ツ橋大学通りで花見もやりました。若い人たちが遠くは姫路から来ました。

・変化こそ人生
「ああこれが終の棲家か雪5尺」は一茶の句ですが、我々の世代はやはり暖かいところを終の棲家にしたいですね。今は終の棲家捜しに関心があります。ハワイは高いので諦め、12月にグアムに行って見てきました。日本人が多過ぎて刺激がなさ過ぎました。南太平洋の島々も視野に入れています。変化こそ人生、やはり世の中の変化に応じて自分自身も変化して年相応に変っていくことで自分自身が活性化するのじゃなかろうかと思う次第です。ご静聴ありがとうございました。(拍手)


5.質疑応答

質問:アメリカに住んで人種差別など感じませんか?

答え:感じたことがあります。馬鹿にされているのかな、と。でも無視しています。それでもアメリカが住みやすいです。知り合うと良くしてくれます。ワイフがピアノを習っていまして、アメリカでミュージックアンドランチョンという催しを、家で継続してやっています。

最初ピアノを買っていなかったものですから隣のスーザンに聞いて、あそこにピアノがあるからと借りたのですけれど、その時「夫婦とも留守がちだからピアノを自由に使ってください。これが家の鍵です!」と鍵を貸してくれたのです。日本人で見も知らない人に誰が家の鍵を貸しますか?そういうところがアメリカ人にはあるのです。

質問:アメリカに定住するビザは簡単にとれるのですか?

答え:私は永久ビザを取りました。日本も同じですが役に立たない人間には来て欲しくない。頭を持ってくるか金を持って来るかでビザを出すのです。昔はアメリカは日本からの寿司職人にもビザを出していました。しかし今アメリカ人が寿司を握るようになったら、日本人の職人が来る必要がないので今は取得しにくいです。私の場合は会社がお金を投資、そこの責任者ということで永久ビザが出ました。

質問:いままで旅行はどこがお勧めですか?

答え:お勧め出来ないところは言えますが、お勧めするところは中々いえません。価値観が違うし、年齢によっても変わってくるし、答えられませんね。行きたくないところは、まずアウシュビッツ、本当は見たくないところですね。それからスペインの闘牛、これは牛を殺すので途中まで見ましたがたまらず出ました。見たくないです。残酷です。

よいところはベネズエラへ行って欲しいです。砂漠以外なんでもあります。石油生産は世界2位です。カラカスへ行くと驚きです。50階建てのビルが建ち並び、新宿なんてもんじゃないです。ここには世界一の落差の滝があり、エンゼルフォールといいます。飛行機か、オリノコ川を舟で遡上して見るかだけしか方法がありません。ハンモックで泊る旅でジャングルも歩きます。私の推薦です。

質問:アメリカで住みやすいところはどこですか?

答え:アメリカの住みやすい都市3つと言われているのは僕の住んでいるシンシナティ、ピッツバーグ、シアトルです。シンシナティの大部分は夜の10時でも散歩が出来る治安のよさ、物価も安いし(州によって、消費税のかけ方が違う)自然が豊かでいいところです。

質問:終焉の地の候補は決まっているのですか?

答え:暖かいところで海があるところがいいです。舟で釣りをしたり絵を描いたりしたいです。南太平洋あたりの島が希望ですがワイフとまだ意見の一致を見ておりません。



文責:臼井 良雄 会場撮影:橋本 曜  HTML制作:上野治子