神田雑学大学 平成19年6月15日 講座No363

醤油文化の全てを醤油物知り博士が語る


講師 勝田修支 




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はじめに

醤油の歴史

醤油の種類

手前味噌対・醤油

五原味と香り成分及び色

醤油醸造

醤油を美味しくお使い頂くために



                     

1.はじめに

なぜ醤油物知り博士という言葉がテーマついているのかですが、実は去年の4月に立ち上げた醤油協会の取り組みの一貫として、醤油をネタに子供たちへの食育教育に協力しようと、小学生新聞なんかに私がやっている模擬事業の風景なんかを流しました。応募を頂いて去年はその全て170校くらいに、協会が認定した醤油もの知り博士がお話をしてきました。

現在、醤油もの知り博士は65人おります。5月に私は退職いたしましたが、今でもピンチヒッターで醤油もの知り博士の出前授業をやることがあり、そんなことで「醤油文化の全てを醤油もの知り博士が語る」というテーマ名になりました。



2.醤油の歴史

今日、お見えになると聞いていたのですが、松本忠久先生が「平安時代の醤油を味わう」ということで単行本をお出しになっています。実は先生は資料に基づいて「平安時代にこういう方法で造ったのであろう」というご自分で造られた醤油を、「この醤油はどういう評価かね」ということで私どものところに送って来られました。私はその醤油を味わい、においもかぎました。 「少し薄めの感じですが、まあ醤油でないとは言わない、でも今の醤油とは少し違うね」というのが私の感想でしたが、しかしあまり経験の無い先生がよくあれだけのものを造られたと思いました。この本には、資料に基づいた醤油の歴史が書かれております。

それともうひとつ醤油の歴史に関しては林玲子・天野雅敏編「日本の味 醤油の歴史」という本があります。私はこの本の中身が必ずしも全部あっているとは思いませんが日本醤油協会はこれを中心に歴史の話をさせて頂いています。 私は、個人的には醤油のルーツはそんな最近の話ではないだろうと思っています。

私ども醸造をやっている人間は麹菌というものを使いますが、この菌は日本ですとどこにでもいる、食品にとっては非常に大事な菌です。 分類上は糸状菌という仲間に入るのですが分りやすく言えばカビです。カビの中にはとんでもない悪さをする一群のカビと非常に役に立つ仕事をしてくれるカビとがいるのです。例えばペニシリンが発見されるまでは肺炎などでかなりの人が死にましたね。ペニシリンというのはペニシリウムというカビの一種の菌が作るものです。

日本というのは周りを海に囲まれていまして、湿度が非常に高いのです。私の住んでいる銚子は湿度が高くて、洋服をぶら下げておくとカビがすぐ生えてくる。湿度が高いと塩がどうなるかはご存知ですか。大気中の水分を塩が吸って潮解ということを起して塩水になってしまう。 塩は沢山とっちゃいけないんですが、人間にとっては欠かすことの出来ない大事なものです。けれどこの潮解現象があるので保存という意味では大昔は非常に大変だったのです。一方野菜、穀物、魚、肉などはすぐ腐ってしまうのです。これも保存が大変でした。大昔にこれを塩と混ぜておけば、塩を保存するためにも野菜を保存する為にもなって両得だということを自然発生的に人は見つけたんだと思います。今風に言えば漬物ですね。

難しいことを言うと、松本先生もおっしゃっていますが、ヒシオが醤油の原型であるというのです。正しいと私も思うのです。そのなかの野菜をつかったものがクサビシオと言っています。穀物を使ったのが今で言う醤油なんです。もちろん味噌もそうなんですが。肉、魚を使ったものはシシビシオですね。これは魚醤とも言われますね。私が思うに黙って放っておくと間違えなく生えてくるのが麹菌であって、これと塩と食べ物の保存が組み合わさって、醤油の原型は自然発生的に出来てきたと思っています。



3.醤油の種類

ところで醤油の種類にはどんなものがあるかご存知ですか?関東以北の方は醤油と言ったら普通は濃口醤油です。日本の醤油生産量の83%くらいがこれです。醤油にはJAS(日本農林規格)というものが定められています。JAS法は昭和25年に出来たのですが醤油のJAS規格はしばらく遅れて昭和38年に出来ました。この翌年に私は醤油会社に入りました。昔から日本では醤油というのは採れたままの丸大豆を使って造っていました。ところが戦後大きく変わったのです。

当時進駐軍が膨大な食糧援助をしてくれました。そんな中で醤油は丸大豆を使って一年とか二年かけて造っていました。占領軍の食料担当でやってきたのはアップルトンという女性の指導官でした。この人が醤油を造るのを見て、食糧難の敗戦国がなにをやっているんだと言ったんです。彼等は大豆は油を得るために造っているのです。

アメリカでは油を採った残りを塩酸で分解したものが、華僑の人たちを中心に充分醤油として通用していたのです。そういう造り方が出来るじゃないか、敗戦国がそのまま食べれば食料になるものを、一年もかけて醤油みたいな贅沢なものを造ることはない。小麦もそうだ。我々が一生懸命供給してやっているのに、それを丸ごと醤油に使って一年も寝せておくなんて贅沢はもってのほかだということになったのです。

それでやむを得ず丸大豆の油を採ることになりました。その油は食料にします。これだとアメリカ人は文句を言わない。油を採ってしまったものは彼等には粕です。それで戦後はどこも脱脂処理していない大豆をやめて、脱脂処理したあとの大豆を使うようになったのです。考えてみると醤油は油分ゼロなんです。分析しても出てきません。何故ないのか、油がありますと分離してきます。ドレッシングなら振ってお使い下さいで済みますが、醤油はそうはいきません。それで製造工程中で油を取ってしまうのです。

しかしながら、最初脱脂加工した原料で醤油を作るにはかなり苦労をしたようですけれど、だんだん落ち着いて昭和五十年くらいにはもう昔の丸大豆で作っていた醤油になんら遜色の無い醤油が作られるようになってきました。ところがややこしいことが起こったのです。丸大豆で作るとほんの少しなんですが、色が淡い。これうすいと読んでください。うすくち醤油というのは漢字で書くと淡口醤油と書きます。決して薄っぺらではないのです。

色が丸大豆で作るとほんの少しなんですがうすくなるのです。そういうことがあって醤油の世界で、この淡口を作っている関西の大手のメーカーが世情が安定するに連れて少しづつ丸大豆の比率を増やしてきたのです。ところがある時に関東の大手メーカーが「丸大豆醤油」というものを売り出してしまったのです。関西の方は丸大豆の比率を増やしていたがそういう宣伝は一切しなかった。関西の方々はおおむくれでしたが、時代が変ってきてきたのですね。

本当かどうかは分りませんが柔らかい味になるというのが定説です。私は醤油の官能評価というのを40年やってきました。私は脱脂処理品と丸大豆使用品の区別をかろうじて匂いで区別をつけました。味では区別がつけられませんでした。同じ会社の製品ででこれです。別な会社同士の製品でどちらが丸大豆でどちらが脱脂大豆かなんてぜんぜん区別出来ません。それくらい微妙な差しかないと思っていただいた方が良いと思います。私は今の時代、作り方が確立して、アメリカの指導官が言ったように油を採った大豆でも立派な醤油が出来るんですから、資源は有効に使った方が良いと個人的には思っています。

醤油の最後の工程の液体になるところまで丸大豆を使っていった物は,醤油油というものにしかならなくて、これには塩もまざっていますし、なかなか商品にならないで燃料にするくらいしか使い道がありません。あとは特殊な香料をつくるのに香料屋さんで若干引き取ってくれるくらいです。大昔はこの醤油油は遊郭でつかっていたそうです。燃すと適当な明るさの赤い灯火になるのだそうです。 醤油の種類は濃口醤油というのと淡口醤油、それから溜醤油というもの、再仕込み醤油、白醤油と5種類ございます。それぞれ特徴があります。

最近の定説で言われる、中国の径山寺から禅宗のお坊さんの覚心なる人が径山寺味噌なるものを日本に持ち帰って、秘伝中の秘伝に伝えられたといわれています。これは舐め味噌というか野菜の少し入っているいわいるヒシオなんです。銚子では今ヒシオは売られています。山十さんという会社や私のいたヤマサ醤油でも限定生産して見学者で希望者には販売しているようです。野菜を漬け込んだものです。

普通は野菜は陰干しして水分を抜くんですね。その抜き方をある時失敗したみたいで少し水っぽい径山寺味噌が出来てしまい、そうこうしているうちに重しをしますから分離してしまった。その出てきた液を舐めてみたらめちゃうまかった。これはなんか煮物に使ったらどうだろうと煮物に使ったらこれも大変美味しかった、ということで積極的に始めたのが醤油だというのが定説になっているのです。

湯浅の興国寺というところでやっていたのですから、記録が残っているだろうということで、調べました。色々調べたのですが、あそこは一度火事に会っているのです。その記録は出てきません。従ってこれはまだ史実としては認められてはいないのです。 そうはいいながら醤という字はもっと前から日本でも使われていますし、私は、今と同じものではないまでも原型は米が作られるようになった時期と殆んど同じ時期からあるんじゃないかと思っています。

日本農林規格ではこの5種類の醤油はひらがなで書かれています。こいくちしょうゆ、うすくちしょうゆ、たまりしょうゆ、さいしこみしょうゆ、しろしょうゆという具合です。私が最近までいた日本醤油協会では漢字で書いています。醤油の醤はワープロでは出ませんが本部首を分析するとこれは肉です。ですから肉ビシオがたぶん中国では最初のスタートだったのかも知れませんね。「酉」これは甕です。中国はいまでの甕で醸造酒を作っていますよね。

みなさんお醤油の表示をみていますね。あれは全て法律で決まった内容を書かなくてはいけないのです。名称の欄には、濃口醤油であえばこいくちしょうゆと書いて括弧して本醸造とか混合醸造とかまたは混合と書いてあるのです。 醤油の製造方式には三つあるのです。本醸造というのは昔からやっていた方法です。麹をチャンと作って諸味にして発酵、熟成させて搾って火入れして精製しているのがこれです。次の混合醸造というのが先ほどのアップルトンさんの時にこれで勘弁してくれと言ったものです。

アミノ酸液を混合するのです。アミノ酸液ってなんだろう。これは脱脂した大豆に塩酸を入れて化学的に分解して作ったものです。本醸造の方は麹菌の力を借りて分解します。麹菌が作る酵素で分解しますから時間がかかります。こっちは化学的に分解しますから温度をかければあっというまに分解出来まして、まあ長めに見て分解は2日か3日、中和してろ過して搾ってということをやっても、一週間もあったら出来ます。これはアメリカで華僑の人たちが使っていた醤油なんです。

日本でも戦前から、こういう作り方もあるよということは分っていた。ところがこれは従来作っている醤油とは似ても似つかない香りがするのです。香りと書くと良いイメージですがむしろ臭いといった方がよいような悪い匂いがします。これにしなさいとアップルトンさんには言われたのですが、それではあまりにもひどいからこれに麹を少し混ぜて、混合して醸造したもので勘弁してください。一ヶ月以上麹を混ぜて置いておいて搾れば、日本人もあきらめて使ってくれるからということで、業界代表がGHQに乗り込んで行って、泣きついて納得してもらったんです。当時これはもっと素晴らしい名前だったんです。新式醸造という名称にしたんです。

ところが残念ながら近年消費者代表の方が新式醸造ってなんですか?ときかれますと、今からでは60年前の方式ですから「それで新式なんですか」と聞かれて返事に困ったそうで、では名称を変えよう、まあ混ぜているんだから混合醸造か混合かということにしようというところに落ち着いたようです。思い返せばこの新式醸造があったから日本の醤油産業は守られたのです。それが次第に時代が良くなってもとの本醸造に戻って行いったのです。

ところで5種類の醤油の中で濃口は先ほどいいました。全国的に作られておりまして82.〜3%がこれです。 淡口醤油は、いわゆる上方料理と言いますか、素材の色を素直に出したいということと、関西はだしを良く使いますね、それで色が淡くて塩分は高くても、だしと併用するから良いということで、製造は兵庫県龍野の近辺が中心です。ここが原産地なのですが今や関東でも北海道も作っているのです。

濃口、淡口醤油は大豆と小麦が重量で約一対一です。溜は東海地区が中心です。原型に近い醤油と言って良いのかなと思います。昔は大豆が殆んどの原料で小麦は使わなかったのです。ところが今機械で作るようになったものですから、小麦を使わないと厄介なのです。伝統を頑なに守って作っておられる溜のメーカーさん、非常に規模が小さいからやれているのですが、そういうメーカーさんがあります。少し大きいメーカーさんでは小麦を2割くらい混ぜて濃口醤油と同じような製造方法で作っている溜醤油もあります。わたしはその地区の方々に「あなたがた自分の首をしめているよ。そのうちたまりというのは醤油の分類から消えるよ」と言っているんですがね。

さいしこみ、再仕込という漢字で書くとイメージしていただけると思います。再び仕込むのです。一回作った醤油、諸味を搾った醤油へもう一回ここへ麹を入れてやる、普通は麹と塩水で仕込むのですが、この塩水の代わりに醤油を使うのが再仕込です。出来上がった醤油は非常に濃厚であります。これはスタートは山口の人はわが県の柳井地方であると言っております。一般的に山口県と日本海側の島根県、九州北部でこの再仕込が作られておりますがこれも全国的にぽちぽちと作られ始めて来ました。

最後は白醤油です。これはまだ歴史は新しい方です。たまたま東海地区はたまりというのを作っておりまして、原料は、大部分は大豆であります。それの逆に大部分を小麦にしたのがこの白醤油なのです。従って非常に色の淡い、このお茶のような薄い色をしております。これは醤油の香りも若干するのですが、どっちかというと甘酒に近いと思ってもらった方が正解かもしれません。基本的には酵素分解だけをして作る方式です。これは愛知県の碧南地方が最初に製造された史実として残っています。これはせいぜい200年足らずの前のことですので醤油の歴史の中では新しく、間違いが無い話だと思います。

これも最近は大きなデパートあたりで求めることができます。最近は玉子焼きを作るとか茶碗蒸しを作るとか、淡口醤油でも色がつくと困るという用途に使われますね。それからもうひとついくらの醤油付け、昔はいくらを買うと真っ黒でしたね。今は黒くないでしょう?あれは醤油のせいでこの白醤油を使うのでいくらの本来の色が残ってきたのです。 慣れないと使えないと思うのは溜醤油と再仕込醤油だと思います。最近訳の分らない作り方をしますから、あるものは濃口とあまり差がないじゃないかというのもあります。本来の作り方をした溜醤油、再仕込醤油にはいっぷう変った香りがします。



4.手前味噌対・醤油

  手前味噌という言葉よくお使いになりますね。自分のことをほめる言葉です。これは自分の家の味噌汁なんです。味噌ではないんです。ですがもう少し前に行くと味噌も自分の家で造っていた家庭が沢山有りました。私の家でも私が中学生頃までは作っていました。

ミンチで大豆を煮たものを朝から晩まで、水を切らすな、火を消すなと番をさせられましたね。 本当はおかしいのですが、使いつけたもの自分が慣れたものが一番おいしいく思えるというのが醸造品なんです。

どこの醤油が一番いいの?ということをよく聞かれます。そんなのお答えできません。一番使い慣れた醤油が美味しいのです。しかしもう少し内容を絞って聞いていただけると答えられます。一番衛生的にやっているところはどこですか?と聞かれれば、それは大手ですよと言います。

ISO認定をとったりしているところは取っていないところと比較すれば衛生的です。じゃ特徴があるのはどこですか?と聞かれたら、大手はやめなさいと私は言います。というのは仕込みタンクというのが上は500KLのものがあります。そんなの一回に麹を作れるわけないのです。いろんなところで作った麹を全部入れ込んでしまうのです。ですから平均化していつも同じものが採れます。

大手のメーカーはなおかつ30KGか40KGの諸味のタンクで作ったとするとそれを一日に40本も50本も搾るのです。その搾ったものを大きな醤油タンクに入れるのですが、引っ張るときは色々調整しながら引っ張りますから、混じり混じってくるわけで、そうするといつも同じものが採れるのです。ですからいつも安定した品質で衛生的な品物を買いたい方には大手の醤油をお勧めするのです。

ちょっと冒険して見たいなという時は一本5kg搾ったら3ヶ月持つよという工場があります。お父ちゃんとおかあちゃんと二人でやっている工場はまだ沢山あるのです。そういうところの醤油はいい時がある。ことしはちょっと失敗したということが許されますからね。去年買ったら美味しかったが今年買ったらとんでもないということがありうるということを知って中小の醤油を買うのも愉しいです。

醤油はなかなか自分では作れないんですね。昔は牛車に乗せて圧搾機を持ってまわって諸味を搾って歩いたということも行なわれていました。今はそういうことがないので、流通が大変です。 昔は紀州和歌山から銚子までハイウェーが通っていました。黒潮ですね。そこに乗れば寝ているうちに銚子沖に着いたそうです。ですから紀州の人は銚子にいっぱい行っているのです。したがって銚子には湿度も高いこともあってNO-2とNO-3のメーカーがあるのです。

醤油屋は一番多い時は一万軒くらいありました。今1500軒くらいです。それでもこんなにあるのです。そのうちの約半分がお味噌屋と兼業しています。味噌と醤油は非常に近い関係にあるのです。お味噌は原料の無駄は全くありません。醤油は液体に変った分しか皆さんにはお使いいただけないものですから、大豆や小麦をいかにして液体に溶かし出すかということが大事になります。要はたんぱく質にしても澱粉にしても分解されないと液体になりません。

お味噌のばあいはたんぱく質で残っていても、それは食べてもらえます。むしろお味噌にはそういう使命があるのです。調味料として使う一面と食品として使うという一面がお味噌にはある。ここは醤油と大きく違います。それと輸送が出来ないということでお味噌も手前味噌になり、非常に数多くの場所で作られていますが、お醤油はなんとか馬車で運べる範囲に一軒あると言われていました。交通事情がだんだん変ってきて減ってきたのです。

東京にも神奈川にもまだお醤油屋さんはあります。20kLとか30KLしか作っていない店が多いです。東京や神奈川の醤油屋さんが困るのは粕の処理です。出る粕の量がまとまらないので配合飼料屋さんなどが取りに来てくれないのです。特にBSE問題で肉骨粉が使えなくなりましたから、飼料としての価値は上がっているのですが。年2回しか粕が出ないのでは安定供給にならない。

関西のある大手は隣にボイラー屋さんがいて、全部粕を引き取ってくれて、代わりに蒸気で返してくれるということをやっているメーカーさんもあります。そういうことで今産業廃棄物として棄てられている部分は、東京あたりでは廃棄物処理の値段の方が醤油を売って得る利益より高くなってしまったということで、廃業が多いのです。倒産した会社は殆んど無い、なぜなら広い土地を持っていて、昔は醤油をつくるのに1年とか2年とかかかって、お金になって還ってくるのは3年目というようなのがざらで、それだけの資金力を寝せていられる地方の裕福な人が醤油屋をやっていたのです。



5.五原味と香り成分及び色

私たち昔はかん、かん、さん、しん、く、漢字で甘、鹹、酸、辛、苦が味の五原味だと教わりました。辛というのは辛味です。今はこれは味ではないということが明らかになっています。単なる刺激に過ぎないのということです。痛みとおなじです。それで今は原味から除かれました。我々はその代わりに日本人が非常にこの感覚が鋭いうま味という成分を原味のひとつにすべきだということを長らく訴えて来ました。

ようやく白色人種にも認められ、甘、鹹、酸、苦、うま味が五原味として国際的にも認められるようになりました。 醤油とこの五原味、どういう関係にあるか、最初の甘みというのは小麦に麹菌が働いてぶどう糖が出来ることに起因します。このぶどう糖はお砂糖の半分の甘みがあります。砂糖は基本的には醤油の中にはありません。

鹹味は塩味ですから食塩が入っていますので問題ないですね。 酸味ですが、これはこのぶどう糖の一部が乳酸菌によって乳酸等に変るのですね。等と書いたのは乳酸だけではありませんよという意味です。乳酸だけが出来るわけではなくて酢酸も作りますし、クエン酸も作りますし、いろいろ有機酸を作ります。ざっと言って乳酸の三分の一くらいの酢酸が醤油には入っています。こういうものが酸味になるのです。

では苦はなんだろう。苦味です。分析をしますと醤油の中には苦味成分が入っているのですが、人間の舌にはよっぽどコンディションの良い時とかまるで駄目なときに感ずることがあるという程度です。普通感じないのが健康な人だと思ってください。 大豆の蛋白質を麹菌の酵素が分解すると、最終的にはアミノ酸になります。分解の途中でペプチドというアミノ酸が二つ以上数十個くらいまでくっついたものが出来ます。その中に苦味を呈するものがあるのです。この苦味というのは意外と大事な働きをしているのですね。ビールは苦いですよね。子供は苦いのは嫌います。苦いというのは毒物の代表なんです。

酸味は腐ったものの代表です。だから子供は本当に小さいときは酸っぱいものは嫌いです。苦いものも嫌いです。甘いものは大好きです。でこの苦味の成分というのは食欲を増進させる働きがあるのです。ビールをちょっと飲むと夏の食欲のないときでも食べたくなってくるというのがこれです。 そしてうま味、これら分解されて出来たアミノ酸が全部ではないにしてもうま味になっています。昔味の素を創立された鈴木さんがグルタミン酸を取り出しました。これがうま味の代表選手です。ちゃんと脳の別のところが刺激されてうま味を感じるということが分かっています。ただこの感覚は東洋人、特に日本人は優れております。



6.醤油醸造

醤油はどうやって作っているのという話を少ししましたが、詳しくはこのテキストの中に8ページから原料から作る工程の事まで触れています。後で見ていただけばよいのですが、醤油の原料は大豆または脱脂加工大豆と食塩と小麦、この3つですね。それと麹菌は絶対に必要です。 麹菌の胞子が芽を出すまでに環境が整って8時間くらいかかるのです。それまでは麹菌は寝ているのです。ところが大豆を蒸して小麦を炒って混ぜてここに種麹を入れるんですが、このときに例えば納豆菌で代表される細菌は条件がよければ30分とかで2倍に増殖します。ということは8時間では大変な数の納豆菌が出来て、それに占領されて麹菌が生える場所がなくなってしまう。それを防ぐためにどうするかという問題があります。

麹菌の胞子を大豆と小麦を混ぜたもの1gあたりこんなに入れてしまうのです。もう1gあたり150万個から300万個の胞子数です。もう周り中、胞子だらけになる感じになり、それで細菌の増殖を抑えるのです。もちろんそれでも少しは細菌は増殖しますがね。やれば完全に無菌的な作り方も今は出来なくはありません。しかしそれをやっても本物の醤油にならない。適当に他の菌も入っていることがいまの味を出すのに必要なようです。

こうやって麹を作りますね。麹が出来たらこれを塩水と混ぜて諸味とするのです。今は大手は約半年でこの諸味の期間が終わります。昔は1年かかっていました。私が入った頃は10ヶ月から8ヶ月くらいでやっておりました。なんでそういうことができるようになったのか、それを調べてくれた先生がいます。

これは気温のカーブです。冬から春先は寒いです。だんだん暖かくなってきて夏です。夏を過ぎるとまた涼しくなってきます。昔は一年かかって作っていましたが、そんなに大量に作りませんので、皆さん冬から春先に仕込んでいたのです。秋お百姓さんの収穫が終わって手が空いたころから仕込むのです。

途中の春や夏は忙しいですからちょっと手をかけるくらいしか出来ない。それで冬になったら搾るということになる。場合によっては、今回は発酵が不十分だったからもうひと夏おこうやとおいたりする。 ところが大手はそういうわけにはいかない。いつの時期にも仕込まなくてはならない。昔は温度を調節する装置なんてなにもないです。せいぜい窓を開けるか閉めるかだけです。

ところが温度をキチンとコントロールしてやればそんなに長い時間かけないでも同じものが出来るということに気がついた人がいたのです。最初冷やしておく。夏は塩水を一生懸命5度くらいまで冷やすのです。それを仕込んだ結果として15度とか20度とかになるようにするのです。冬場は少し温めて仕込む。 いまは市場では半年醸造、一年醸造、2年醸造、3年熟成なんて謳っている醤油もあります。本当においしいのか?まあ好きだったらいいんじゃないですかと私はお答えしますね。私に言わせれば醤油は一番良い状態になったとき搾って、なるだけ早く使う、これが一番おいしいと思います。



7.醤油を美味しくお使い頂くために

それとお醤油の保存法。私は100ccの瓶と200ccの瓶を何本か自宅に取り揃えてあって、一リッターで買って来たPET瓶を開けましたら、全部これに移すのです。こういう瓶は大抵中蓋がついていますね。卓上瓶でも買った時は中蓋がついています。あれを棄てないようにするといいのです。

そして醤油を瓶の中に理想的には3乃至4mmくらい空気層が残るように満タンに近く入れるのです。満タンにしたら失敗です。空気は圧力かければ収縮します。液体は収縮しないのです。ですから隙間を通って醤油が逃げてしまうのです。この3mmとか4mmのボリュームに含まれる空気の量はたかが知れていますね。だから過度の酸化を防げ、味や色の劣化を防げるのです。

醤油はどんな色をしているんでしょう。透明なガラス瓶に入れてみるとこんなにきれいな色をしているのです。ところが口を開けて一週間もするとこういう色ではなくなってしまうのです。いわんや1リッターのPETボトルを流しの下に置いておくなんてとんでもないんです。流しの下は最近暑いでしょう?温蔵庫に入れておくようなものです。 色は醤油の中のアミノ酸と糖分が手をつないだものです。酸素の無い状態では非常にこういう赤い色をしていますが、酸素があるとすぐ黒っぽくなるのです。酸素と縁を切ってやることが大事で、それをすると醤油はいつまでもおいしく食べられます。ですから小分けして、使用中のものは冷蔵庫に保存するのを是非お薦めします。 ご清聴ありがとうございました。


 終わり



(文責 臼井 良雄)   写真撮影:橋本 曜  HTML制作:上野 治子