定例講座NO374

キリスト教の誕生 鍋谷憲一



目次
(クリックをすれば該当の項へ進みます。
ブラザの「戻る」ボタンで目次に戻ります。)


アクセント画像素材 画鋲

プロフィル
お断り
キリスト教の誕生について
宗教発展史
ユダヤ教
十戒
キリスト教の成立
エルサレム神殿崩壊
迫害の終焉と国教化
使徒信条
神の本質と属性



プロフィル
三井物産鰍ノ入社、サウジアラビア、インドネシア支店等に勤務、退社後東京神学校入学、現在、正教師として根津教会牧師。
根津教会 http://hix05.com/architect/religion/nudu_cath.html

講師の鍋谷憲一氏お断り
一昨年に出版した「もしキリストがサラリーマンだったら」という著書があります。サラリーマンとして三井物産に勤めていたことがあり、その経験を生かして書きましたら、色々なところからお声がかかるようになり、よく講演などをしております。やはり現職の牧師でありますので、今日は「キリスト教の誕生について」のお話をして、のちの茶話会で質問があれば「もしキリストがサラリーマンだったら」関連のお話をいたしたいと思います。

「キリスト教の誕生について」
こちらは雑学大学という場所でありますので、私は皆さんに信仰をお奨めする意識でお話しするつもりは全くありません。キリスト教について、判っているようで、実はあまり知識をお持ちでないように思われますので、キリスト教が生まれて、現在に至るまでの歴史をお話しいたします。雑学的な知識としてお聞きくだされば幸いです。

話を始める前に、皆さんに質問があります。
クリスチャンの方は手を挙げてください。1名。
仏教徒の方。(葬式は仏教という方を除く)1名。
イスラム教徒の方。0
その他。

ということは、この席のかなりの方は何も手を上げておりません。無宗教。無信仰。無神論者・・・・・・ということになります。

著書 もしキリストがサラリーマンだったら 実は、死後の世界を信じない、あるいはそこに何かを求めない、信仰を持たない、というのは人間ではないというのが、世界の常識になっております。皆さん海外旅行に行かれると、入国手続きをいたしますね。このとき必ず「宗教は何ですか?」の欄があります。

そこに「None」、または「Nil」と書くのは殆ど日本人だけだそうです。一週間程度の観光で入国する場合は何も言われませんが、私の三井物産のサラリーマン時代の3回にわたる海外駐在の経験では、その書類はその国役所に廻り、ワーキングビザを取る場合に「Nil」が障碍になります。

1.宗教発展史
 世界中の国の人々は、何らかの形で宗教を持っています。また宗教学では、宗教には発展形体があるということを、17世紀辺りから言っております。ではどのように、宗教は発展していくのか。最初の宗教の起こりは、自然崇拝であります。綺麗な山があるとして、突然その山が爆発をした。人間はそれを見て、我々には解らない力が働いたと思い、その力に恐れを抱くようになる。

それは神の力に違いないと思う。また美しい海がある。いつもは静かなのに、ある日突然、大嵐になった。それにも神を感じるようになる。その自然崇拝というものが、宗教の起こりなのです。多くの場合、それは怖れを伴っている。

18世紀に、オットーという神学者が「神とは何か」という定義をしました。ジャングルの奥深いところに生活する種族が、何を怖れ、何を神と思うかを調査したところ、「神とはおどろおどろしきものである」との結論を得て、そのように定義したと言われています。
これが、第一の形体です。

その次は、怖れだけではなく、何かの力で、自分たちを守って貰いたいという願いから「守ってくれるもの」になります。木を見てもその中から、自分たちを守ってくれる木があると思う。それが「アミニズム」という第二の形体です。

種族同士の戦いがあったり、災害に見舞われたりすと、自分たちが「神」と思う存在は、自分たちに何をしてくれるか、どう言ってくれるか、会話をしたくなる。会話をしようとしても、誰もができるわけではないから、そういう能力がある人間を求めるようになる。それをシャーマンと言いますが、そういう宗教形体になったのが、「シャーマニズム」です。ヤマタイ国の卑弥呼などがその典型ですが、これが第三の形体です。それは、共同体のなかで政治的な力を持ってきます。

それまでは種族の中で精霊というあいまいなものが、もっとはっきりした姿になった形で見たくなります。それは何かというと、山だったり、牛だったり、色々な自然の形の神になりますが、宗教的には多神教と言われる分類になります。そして、力関係を意識してそれに優劣を付けるようになります。強い神、弱い神など役割分担が発生します。仏教でも四つの役割を持つ仏があります。如来、菩薩、明王、天などがそれです。ギリシャ神話にも同様、家族的なランクの神が存在します。神様同士の葛藤を意味する物語もあります。その意味では、仏教も神道も多神教です。神道に至っては、八百萬の神があります。


熱心に話を聞く受講生

多神教の一つですが、拝一(はいいつ)神教というのがあります。これは、神がたくさんあるのは認めるが、拝む神は一つに絞るという宗教です。ヒンズー教にも山ほど神が存在します。お父さんは猿の神、お母さんは牛の神を信じているが、私は別の神を信じるという風になるのが、拝一神教です。

先ほど、神様のランク付けといいましたが、数多くの神の中から一人だけ選ぶ考え方の発展が唯一神教であります。自分と神の関係という点からは、自分が信じる神のみを唯一信じる宗教です。発展形体としてはもう一つ、倫理的唯一神教があります。これが宗教発展史の中では最後の段階です。唯一神教と何が違うかといいますと、神が信じる者に対して、戒めを与えたり、勧めを与えたりする教えを守ろうとする在り方が違うのです。以上が現在までの宗教発展史であります。

では皆さん。倫理的唯一神教には、何があるでしょうか。それは、ユダヤ教です。 そして、キリスト教です。イスラム教です。それぞれ唯一神教であり、かつ倫理的唯一神教です。
これらの宗教には、宗教である限り基本的に経典が存在します。経典のない宗教はありません。ユダヤ教には旧約聖書+タルムード(聖人口伝の教えを文章にした)があります。

キリスト教の経典は旧約聖書と新約聖書(イエス誕生から十字架まで以降の物語)があります。イスラム教は、旧約聖書+コーランが経典です。以上の三つが三大宗教の経典です。
不思議でしょう。三つの宗教経典すべてに旧約聖書が入っています。それぞれの宗教が旧約聖書を経典の柱にしながら、結果的に大喧嘩している。倫理的唯一神教はそのような発展形体を持っていることを前提にしながら、今日のお話を進めてまいります。

2.ユダヤ教

キリスト教は、ユダヤ教の土壌から発しています。ユダヤ教の特色がもっとも強いのは、選民思想があることです。自分たちこそ、神に選ばれた民である。神は遊牧民の一人に過ぎなかったアブラハムという人物に声をかけ「私はお前を祝福する。お前に素晴らしい土地を与える。お前の子孫を繁栄させる」と約束しました。アブラハムはその神を信じて、親族をまとめて旅に出ました。聖書にある物語ですが、「選ばれた民」の思想の根源です。アブラハムの子供イサーク、ヤコブがいて、これが名前を変えられて「イスラエル」となったあと、国の名前になった。L(エル)というのは神様という意味です。

皆さんはユダヤ人というと、どんイメージを持っていますか?
「非常に契約に厳しい」と聞いたことがあるでしょう。アメリカでは芸能の世界、貴金属の世界はユダヤ人が物すごく幅を利かせているのですが、契約に関しては非常に厳しいと言われています。それはしかし、当然です。もともと彼らは遊牧民だった。牧草を求めて山羊や羊を飼いながら、厳しい環境の中で旅をする民族でした。約束ごとを守らないことは、即いのちを失うことになるのです。そういう土壌の中で生まれる信仰は、いやでも神との関係も契約なんです。神と自分たち。神との間は契約です。祝福するでもいいし、与えるでもよろしい。神はこの民を保護する義務がある。そして、民は戒めを守る。戒めを守る代わりに保護される。ユダヤ人たちは、この関係を契約という概念で捉えています。

旧約聖書の中には四つの契約に関する記述があります。
最初に登場するのは、ノア契約です。
ノアの箱舟、ノアの洪水とかのノア物語です。

洪水 ミケランジェロ

人間が悪いことばかりしているから、神が罰として40日40夜雨を降らし続けて3000m近いアララト山の頂上まで水に漬かってしまった。しかし、箱舟に乗っていたノアの家族だけが助かって、水が引いたあと神に助けて戴いたことを感謝する礼拝したら、空大きな虹が出た。神が自分の仕業を反省して、再びこんなことはしないと約束をしてくれた。その印が虹であった・・・・・・・これをノア契約といい、最初の契約です。

二番目が先ほどのアバラハム契約です。「お前に素晴らしい土地を与える。子孫も繁栄させる」と、神が一方的にアブラハムにいいました。今のパレスチナ問題は、そこに発しているのです。これは我々のものだという根拠は、ここにある。

三番目の契約はシナイ契約です。神の山というシナイ山があります。イスラエル人たちがエジプトで奴隷生活を400年ほど強いられた時代がありました。あまりに可哀想だと神がある人物を差し向けて、イスラエル人奴隷をエジプトから脱出させた。すなわちモーゼの物語です。十戒という映画を見たことがありますか?海が真二つに割れて、イスラエル人が脱出に成功する。モーゼだけがシナイ山に神から呼び出されて、稲妻によって山肌に契約の言葉が刻まれる。シナイ契約と言われるのが、それです。

十戒

「唯一の神を信ぜよ。偶像を崇拝してはならない。神の名をみだりに唱えてはならない。安息日を守れ。父母を敬え。殺すなかれ。盗むなかれ。姦淫するなかれ。偽証するなから。隣人の家をむさぼるなかれ」非常に分かりやすい。私の教会で信仰に入りたい方に信仰指導するときは、いつも十戒の話をします。「殺すなかれ」「なぜ?」皆さん、答えられますか?なぜ殺してはいけないか。それはさておき、十の戒めを守れば、神はイスラエルの民を保護してくれるという契約です。それを律法(りっぽう)と呼ぶようになりました。

ユダヤの国の歴史は、そのあとどうなったか?
ダビデが(BC1000)に現れて、イスラエルを統一します。その息子ソロモンの時にイスラエルは大発展を遂げるのですが、ソロモン没後北イスラエル王国と南ユダ王国に国が分裂する。北イスラエル王国は、ダビデの血筋は家臣たちの下克上で王朝の中身が変わってしまうという歴史を辿り、アッシリア帝国によって滅ぼされてしまう。南ユダ帝国はバビロニア帝国によって滅亡する。
皆さん。国が滅ぶということを想像できるでしょうか?

第二次大戦で日本は負けました。しかし、滅んでいません。日本の文化の何処が破壊されたでしょうか。アメリカがむしろ守ってくれています。天皇陛下も残してくれた。お寺や神社まで残してくれた。本来なら滅びるということは、あらゆる役所にアメリカ人がいて、農作物を収奪し、ガンガン税を納めさせ、日本の金持ちや頭のいい人をアメリカに連れて行って、アメリカのための仕事をさせる。それが、国が滅びるということです。そんなことは全然なかったのだから、アメリカに守られたという視点は忘れてはならないと、私は思っています。

北イスラエル王国と南ユダ王国は、滅びるという憂目にあった。そのことをユダヤ人たちはどう考えるだろうか。二つの考え方が芽生えたのです。一つは、我々は神の保護を得られずに滅びたのだから、律法を守っていなかったのだ。ここ数百年間を顧みたら、その通りだったと反省をする考え方が現れた。

もう一つは、南ユダでダビデ、ソロモンの子孫であった坊さんは、バビロニアに連れてゆかれたが、殺されはしなかった。まだ血筋は残っている。だから何時かその子孫たちから神の保護を受けた、神の領域から来たと思しき人物が現れ、我々をこの苦しい状況から救いだしてくれるであろうという信仰が芽生えた。それをメシア思想といいます。メシアというのは、救い主という意味です。この二つの素地が、行く行くユダヤ教になっていきます。この土壌の流れがキリスト教であります。こういったところが、イエスが生まれるまでのユダヤ教の歴史です。

講師の鍋谷憲一氏3.キリスト教の成立

紀元になると、キリストはベツレヘムで生まれ、ナザレという村で育った。三十歳になって教えを述べ始めて、三十三歳のときに十字架に架けられて死んだ。そして復活をした三日目、弟子たちともに過ごして、雲に乗って天国に帰っていった。そういう弟子たちの話を信じる人をクリスチャンと呼ぶ。

イエス・キリストとはギリシャ語です。イエスとはヘブライ語でヨシュアというのですが、これがメシア(救い主)という意味の言葉です。イエス・キリストとは決して姓名ではなく、イエス=キリストであります。あのイエスはキリストですという一種の信仰告白ともいえます。

イエスは、それまでユダヤ教の祭主たちが教えていたこととは全く違う視点で律法を解釈し、愛のある教えを垂れ、なおかつ奇跡をもって病の人を癒したので、人気がどんどん高まった。しかし、出る杭は打たれるということでしょうか、当時の宗教的権威者から妬まれて、十字架に架けられて殺されてしまった。聖書によればイエスは復活をしました。弟子たちと三日過ごしたあと、天国に帰るのですが、その時、もう一度来るぞという言葉を残したのです。それが再臨です。その約束の言葉を置いていきました。しかし、その時は、この世の終わりの時だ。終末です。

ユダヤ教も、キリスト教も、すべてのものに初めがあれば、終わりもあるのだという考え方があります。仏教との一番の違いは、ここにあります。仏教の輪廻はすべてのものは廻るという思想で、終わりがない。ある神学者は、仏教は山手線、キリスト教は中央線という例えをいいました。山手線はどこかの駅で降りそこなったとしても、そのまま乗っていると、再び降りる駅に来る。だから信仰的に緊張感を持ちきれない。中央線は降りそこなったら、それっきり・・・・・という例えである。

イエスはもう一度帰ってくるといって、雲にのって天に帰った・・・・と聖書には書かれています。いずれにせよ、こういうことだったと弟子たちがいい始め、それを信じる群れが現れて原始教会ができた。ユダヤ教が土台ですから、当然のように最初の信徒はユダヤ人でした。ユダヤ教の一派と見られていたわけです。十戒の中に「安息日を守れ」とありましたが、イスラエル暦においては、それが土曜日にあたります。日曜日から金曜日まで、神は一生懸命に天地創造をなさった。6日間働いて7日目に休んだ。だから創造してもらった人間は、感謝のために安息日が決められた。1週間は7日となっているのは、そこから来ている。ユダヤ教では、安息日の土曜日が礼拝をする日になっています。

キリスト教では、それよりも自分たちがイエスを神の子と信じるようになったのは、復活があるからです。では復活したのはいつかというと、それは日曜日です。そこで、礼拝する日を土曜日から日曜日に変えたのです。キリスト教が次第にユダヤ教から離れていくようになったことの始まりは、こんなところにあったのです。ユダヤ教側からは異端の奴らとして迫害を受けましたが、ナザレ派の一派としてキリスト教会は存続することができました。

エルサレム神殿崩壊。

ユダヤ教とキリスト教が分離する決定的な事件が起きました。イスラエルはそれまで300年以上ローマの支配を受けていましたが、そこには独立運動が起きる土壌がありました。当然、ローマからは締め付けが厳しくなります。ローマは大群を擁してイスラエルに攻め上ってきます。イスラエルの市民も被害を受け、エレサレム神殿も破壊される恐れが出てきます。ここに前述した信仰のあり方が現れるのでした。神殿が破壊されるそのときこそ、メシアが来るときだとユダヤ教の人々は考えたのです。キリスト教の人も、キリストのもう一度来るぞといったのは、まさにこの時だと考えた。その時が、この世の終わりだ。

紀元70年、エレサレムの町はローマ軍によって蹂躙され、神殿はものの見事に破壊されました。メシアは来なかった。イエスの再臨もなかった。とすると、信じていた奇跡が起きなかったユダヤ教の人たちは、これからどうやって行こうか。キリスト教も同様に裏切られて戸惑うばかりです。

ユダヤ教の場合、これまでの信仰のコアは何だったのか?
それは律法でした。神から与えられた戒めを守る。
その次は、エレサレム神殿でした。これは日本人の感覚では伊勢神宮のような存在です。三番目はメシア思想でありました。この三つが信仰の柱でした。70年の事件が起きて、エレサレム神殿が破壊されると、ユダヤ教の信仰の柱は律法しかなくなりました。しかし、律法を守っている限り、世界に冠たる神の祝福を受けることができる。そう信じている群れが、いまのユダヤ教です。

 一方、キリスト教にも愛の教えを加えた律法がありました。
当時既にエレサレム神殿のほかにキリスト教会が存在して、そこに神がいまし給うと考えられていました。また、イエスそのものがメシアなのだから、これを捨てようがない。このような違いが出てきました。そうすると、ユダヤ教側から見ると、この一派はユダヤ教ナザレ派などではなく、祈りの言葉に異端の者達であると、彼らを呪う文言を差し込むほどになったのです。これが80年から90年に至る流れであります。

4.迫害の終焉と国教化

コンスタンチヌス大帝 これによって、ユダヤ教とキリスト教は、決定的に分離し、かつ、ユダヤ教による迫害がどんどん強くなるのでした。迫害は2世紀初頭から始まって、250年頃にピークを迎えます。コンスタンティヌス大帝が現れて、或る時、戦いに出かける前に十字架を空に見て、困難と思われた戦いに勝ったことから、キリスト教徒の迫害を止めようと、皇帝になった313年にミラノ寛容令を発しました。

そこからキリスト教の迫害はなくなり、そして、4世紀の末には、ローマ帝国の宗教にしてしまう。キリスト教によってローマは再統一されたとまで言われている。これがキリスト教確立の歴史です。

国として、キリスト教を国教とした宗教にするならば、それぞれの教会の信者は同じことを信じてもらわなければならない。そこで、ローマ皇帝の力で統一する動きが出てくる。皇帝が召し出した聖職者によって会議が開かれるが、信者は、何を信じればいいのか。それが、使徒信条であります。

5.使徒信条

我は天地の創り主、全能の父なる神を信ず。
我はその独り子、我らの主イエス・キリストを信ず。主は聖霊にによりて宿り、処女(おとめ)マリアより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府(よみ)にくだり、3日目に死人のうちよりよみがえり、天に昇り、全能の父なる神の右に座したまえり。かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審(さば)きたまわん。我は聖霊を信ず。聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、身体(からだ)のよみがえり、永遠(とこしえ)の命を信ず。アーメン。

使途信条は、すべての教会で毎回の礼拝のときに唱えられる祈りの言葉です。これを唱えながら、我々は一緒であることを確認しているのです。文中にある公同とはカソリックのことです。永遠不滅という意味を持っています。

神の本質と属性

我は天地創造の創り主、全能の父なる神を信ず。
使徒信条の一行目にそうありましたね。皆さんはどういう神を信じますか。
属性A・・・全知、全能、永遠、不変、偏在(どこにでも居られる)
属性B・・・聖、義(正しい)、徳、誠実、清潔、憐れみ深い など。
本質 ・・・「愛」

なぜ、神の属性をAとBに分けたか。
Aは、絶対に人間には出来ない能力であります。
Bは、近づこうとすれば、いくらでも近づくことが出来る能力であります。

では、神の本質は何か。
これを除いたら、神は神でなくなるもの。それは「愛」であります。愛があるから神は全知なのです。愛があるから神は全能なのです。愛がなくなったら神ではない。と、我々は考えているのです。                      

終わり



根津教会29年間の商社マンの生活からキリスト教の牧師へ。
当教会の鍋谷憲一牧師のプロフィールです。
鍋谷憲一(なべたに けんいち)牧師


1947年(昭和22年)5月20日、福井県福井市に生まれる。小学校低学年の頃は、近所の女の子にも泣かされる弱虫であった。父親はそれを見て小学4年生(宝永小学校)から剣道を習わせた。お陰で多少は活発な子供となり、中学生時代(進明中学校)は剣道部、放送部、応援団などに所属した。この頃、読書が大好きになったが、親の目を盗んで今東光の「春泥尼抄」などを隠れて読んで興奮した記憶が懐かしい。高校時代(藤島高校)のクラブ活動は剣道一本。

一応2段獲得。交換日記をしたりして初恋も経験した。大学は運良く京都大学法学部に合格、最初の3ヶ月間は「将来は弁護士を目指す」と意気込んでいたが、直ぐに挫折した。世の中は第二次安保紛争で学生運動が盛んなため、殆どの授業は休講状態。これ幸いと、徹底して社会勉強にいそしみ、親から離れた下宿生活を満喫していた。「彼奴だけはストレートに卒業出来ない」と友人達から断言されていたが、これも「落第させて学生運動の勢力を増やしても大学側が困る」という配慮からか、超低空飛行で卒業させていただき、1970年に三井物産(株)に入社。

入社試験の面接で「大学時代は大いに遊ばせていただいたので、会社に入ったら一番忙しい部署で頑張りたい」などと格好良いことを言ったため、鉄鋼輸出部というタコ部屋的部署に配属された。月間残業時間180時間という記録も経験した。どうせ仕事の忙しさのために独身生活を謳歌することが出来ないならと、僅か2年後の1972年に同じ課の女性と社内結婚した。

これが現在の愛妻順子。貿易畑に居た為、都合3回の海外駐在を経験した。最初がサウジアラビアのリヤドで3年、2回目がインドのボンベイ(現在はムンバイ)で3年、3回目がインドネシアのジャカルタで5年、合計11年になる。いずれもイスラム教、ヒンズー教というキリスト教とは無縁の宗教色の強い国であったが、3回目のジャカルタ駐在時に妻順子が日本人教会に通い始め、そこで受洗したことをキッカケにしてキリスト教会に出入りするようになった。

1994年秋に帰国し、自宅の近所にある根津教会で1995年春に受洗した。然し、根津教会を40年に亘って牧会していた中村彊牧師夫妻が、1999年になって突然引退表明をした。小さな教会なので次の牧師を呼ぼうにも教会員が少なく財政的に困難であった。当時は、バブル崩壊後の景気低迷の為、三井物産も年配者に早期定年退職を推し進めていたが、その条件に依れば

何とか自分自身は食べて行けるという計算から、三井物産を退社し、根津教会の為に残りの人生を捧げることを決心した。退職、東京神学大学3年編入、根津教会の会堂管理人就任(会堂内に住み込み開始)、東神大卒業、日本基督教団補教師試験合格、伝道師として主任担任教師就任、2003年の秋に正教師試験合格、暮れに按手礼、・・・を経て現在に至っている。良く「社会人経験が長く、世の中の酸いも甘いも噛み分けているから立派な牧師になれるでしょう」と励まされるが、その度に「酸いも甘いも知ってはいますが、少しも噛み分けてはいないですよ」と答えている。 (鍋谷 憲一牧師Blogより転載)



文責: 三上 卓治
会場写真撮影: 橋本 曜
HTML制作: 和田 節子