HOME講義録一覧> 貴重な本の宝庫・千代田図書館の魅力―
WEBアクセシビリティ対応
ページの先頭です


神田雑学大学 平成20年1月11日 講座No389



内田文庫本の画像にタイトルと菅谷彰(すがやあきら)講師の名前


目次
(クリックをすれば該当の項へ進みます。
ブラザの「戻る」ボタンで目次に戻ります。)


メニューの先頭です イラスト画像の画鋲

1.はじめに

2.千代田図書館120年の歴史

3.内田嘉吉文庫とは

4.本の紹介



振袖姿で司会をする押田さん1.はじめに

司会、千代田区立千代田図書館コンシェルジェ押田さんから新年おめでとうございます。千代田図書館にようこそいらしゃいました。本日は平成20年最初のイベントですので金屏風を立て、講師も司会の私も和装という新春スタイルで皆様をお迎えいたしました。

2008年の始まりにこれからお届けしますトークショウを通じて皆様との交流の輪を拡げるきっかけになれたら嬉しいと思っています。

千代田図書館は昨年5月7日のリニューアルオープン以来多くのお客様にご利用いただいています。リニューアルしてからは間もないのですが千代田図書館にはなんと120年もの歴史がございます。千代田図書館は明治20年前身となる大日本教育界付属書籍館として当時の神田区一ツ橋に創立されました。その後何回かの変遷を経て今日に至ります。

本日は千代田区のNPO団体神田雑学大学との連携で、閉架書庫内にございます貴重な資料「内田嘉吉文庫」の一部をご紹介しながら千代田図書館の奥深さについて皆様に知っていただきたいと思っております。話し手は当館のゼネラルマネージャー菅谷彰です。120年の歴史を踏まえた千代田図書館の魅力を熱く語ります。
メニューに戻る(M)

紋付袴姿の菅谷講師2.千代田図書館120年の歴史

あけましておめでとうございます。千代田図書館のゼネラルマネージャーをや っております菅谷です。こんな噺家みたいな格好での登場です。この図書館はご存知のように非常に変わった図書館ということでオープンしました。その変わった企画を自らやっていく以上は、まあこういう席でこんな格好をするのも役目かなと思ってお話をさせていただきます。

お手元のレジメの最初に10行くらいで明治20年の開館から平成19年のリニューアルまでの歴史が書いてありますが、まあたった10行とはいっても非常に苦難の歴史と言ったほうがいいんではないかと思います。もともと明治20年当時は日本には一般の方が利用できる公的な図書館のない時代でした。

それがこの場所のちょっと向こうの一ツ橋のところに大日本教育界付属図書館という新しい図書館が出来ました。公立図書館では皆様日比谷図書館が古いと知られておりますが、日比谷図書館開館は明治44年ですから、それよりも20年以上も前からあった図書館なのです。

ただし公立という概念がまだまだ出来ていない時代の図書館ですから決して今のような立派な施設の図書館というわけではありませんでした。ただ明治という日本が必死に生きた時代、その中で本が必死に集められて皆さんが良く勉強していたという時代です。

明治44年東京市に日比谷図書館を始め幾つかの図書館が出来ました。そしてその一部として千代田図書館の前身であった大日本教育界付属図書館も東京市の図書館に組み入れられたのです。

この当時はまだほとんどの図書館は学校に付属するという程度の図書館でした。この時代に日比谷図書館、京橋、深川、そして東京市立神田簡易図書館として開設された当図書館の前身、この4つが独立した建物を有する公的な図書館として機能したのです。そこには結構重要な本が沢山集まっていたようです。例えば神田簡易図書館には明治憲法制定に力のあったボアソナード関係の本などが所蔵されていたことも知られ、多くの方々が勉強をする図書館だったようです。

しかし大正12年関東大震災で、東京市立神田簡易図書館(当時は改称されて一橋図書館と呼ばれていました)は焼失してしまい、その結果貴重な資料の大半がなくなってしまったのです。この段階では日比谷図書館は焼け残り、貴重な本が日比谷図書館には残りました。一ツ橋図書館は焼失後ニコライ堂隣地で仮住まいを経て、駿河台の地に建て替えられ、名前も駿河台図書館と改名して、発展の時代を迎えます。

どんどん蔵書を集めていったのですが、そこに後で紹介をする内田嘉吉文庫というものを受け入れました。この時代は今とは全然違う時代で、世界中の強国が植民地をあさっている時代でした。たまたまここに植民地大鑑という本を持ってきましたが、こういう時代の中で、植民地を上手に経営し欧米列強に勝つための情報が努力して集められ勉強されていた時代のものです。内田嘉吉文庫は昭和9年に寄託され、それが現在に至っています。

昭和18年、市立駿河台図書館は都立になります。この年末にテレビで放映していましたが日比谷図書館が太平洋戦争中に本の疎開をしたというテレビを見た方いらっしゃいますか?“一名いらっしゃいました”この話は非常に感動的な話なんですが、その当時の日比谷図書館は若い職員は全部兵隊にとられ、40歳以上の職員しか居ない状況の中で、何万冊という多くの本をリヤカーなどに積んで本を疎開させているのです。

その疎開の途中で日比谷図書館は東京大空襲で燃えてしまったのです。それで残念ながら日比谷にはあまり古い本が残っていないのです。ところが駿河台図書館は内田文庫など一部貴重本に疎開は行われましたが、幸運にも東京大空襲でも燃えなかったのです。

資料に目を通す大勢の参加者、会場の様子


戦後昭和25年、駿河台図書館は千代田区に移管され、その後昭和30年に九段下に千代田図書館として開館するのですが、内田嘉吉文庫をはじめとする戦前の貴重な図書がここには残ったのです。ただ内田嘉吉文庫はいったん疎開を経験しています。そして引越しの最中表紙がぼろぼろになったりして痛み、表紙を取り替えて中身だけ残しているというものも多いです。これらの本は、戦前の検閲、戦後の接収などを潜り抜け、まあ良く数奇な歴史を経て残ってきたものだと思います。

内田文庫は昭和12年に展覧会が行われ、次に昭和60年頃に再度パネル展示が行われています。ところが実際はそれらの本があまりに複雑難解であること、時代が変わってしまって価値観が合わないということなどの理由で、その後の20年間ほとんど利用されず、事実上は死蔵されてきたわけです。その結果として保存状態が結構きれいな状態で残ったともいえます。平成19年リニューアルとなった千代田図書館ではこの文庫は開架にはおいてありません。その理由はもう解体寸前の本が多いためです。

本の保護維持という意味で研究対象とか一部の方々だけに閉架書庫に入っていただいて利用していただくというのが現状です。 ここで東京市時代の千代田という特性からみた図書館の蔵書の性質を少しお話したいのですが、千代田というのは出版街があり古本街があり新刊本屋さんがあり、そのほか多くのマスコミ関係の会社などがあります。

そういうものを背景にして持っている蔵書も影響されています。ここら辺は学生街、出版街に近いので千代田図書館にはその方面のほうが多く集められています。逆に旧東京市の京橋図書館はどちらかというと商業関係の蔵書が多くあるようです。深川図書館がどちらかというと工業関係が多いようです。

例えば千代田図書館には古書の町神保町を反映して、「古書販売目録(反町コレクション)」という古書に関する貴重な文献、本やちらし、図録などが数多く残されています。反町さんという方は古本の世界では有名な方で今の古書の値段の考え方といったものを作った人です。

余談ですが古書の値段とその本の価値とは微妙に違ってきます。例えば内田嘉吉文庫で一番古い本はこれですが、これは中身は確かに古いですが、表紙の装丁は傷んで閲覧に耐えなくなったので新しいものに変えられています。従って資料価値的には古く貴重ですが古本としての総合的な価格としてはさほど高くはつかないということがあります。

そのほか珍しいものに千代田図書館には内務省委託本という一種の検閲本の一群の蔵書があります。今月記者発表の予定ですが、昭和5年から20年にかけて検閲のために内務省に届けられ、検閲に使用された本がたまたま色々な事情で内務省に置けなくなって千代田図書館に委託されて残っています。これらも皆閉架書庫にあって皆様に自由には公開していないというまことに申し訳ない状況にありますが、徐々にオープンに向けて計画を立てています。
メニューに戻る(M)

内田文庫3.内田嘉吉文庫とは

内田嘉吉(1866年から1933年)氏は日本の海事関係に関する法律の整備などに尽力し、台湾総督なども務めました。また貴族院議員や東京商業学校校長も務め社会教育、学校教育にも関心を持たれた方です。

千代田図書館の内田嘉吉文庫は内田氏が所蔵していた海事書などの資料約17000冊を氏の没後、政財界の有志によって昭和9年に東京市に寄託されたもので、当時の日比谷図書館には空間がなく置けないといったことから、駿河台の図書館に置かれたという経緯のようです。そして駿河台の図書館内で内田嘉吉文庫といった形に編集されたといっていいでしょう。

この文庫を理解しようとするとその当時の世界の情勢を充分理解する必要があります。今とはずいぶん違って世界が平和でない時代、ちょうど日清・日露・第一次世界大戦を経てまだ第2次大戦には至っていないという中間の時代です。物事の価値が今とは全く違う。政治をやるということは、植民地支配をするという時代、そういう時代に本を必至に集め勉強をしていた時代です。17000冊の蔵書のうち約12000冊が洋書です。残る5000冊が和漢書という分類になっています。洋書には英語ありドイツ語あり、フランス語、ロシア語です。

そして植民対象と考えられた東南アジアの文献も沢山あります。世界の色々な情報をかき集めたものです。千代田図書館には寄託後整理された内田嘉吉文庫関連の目録があり、公開されています。なかでも文庫の中でも当時珍しく稀観書とされた本については、「内田嘉吉文庫稀観書集覧」という抄録が作られ、日本語で所蔵稀観書の概要を読むことが出来ます。また背表紙の題名だけを分類別に一覧表にした「内田嘉吉文庫図書目録」も洋書編と和漢書編がそろっており、これも公開されております。
メニューに戻る(M)

本4.本の紹介

今回は「歴史にもっと詳しくなる」をテーマに、ヨーロッパ人の大航海と日本調査、日清戦争、日露戦争、第一次対戦までを展望するお宝本を紹介します。後ほど別室で実物を並べてありますので近くでご覧になってください。

私たちは学校時代歴史を学びましたが、実際は明治後半以降第2次大戦までの歴史はほとんど学んでいないのが実情と感じています。学校の先生がはしょってしまっているのです。先生も説明しにくいのでしょうね。

古代の歴史は現象だけを取り上げれば良かったんですが、例えばヨーロッパ人の征服物語といったときに、全くヨーロッパ人サイドからの論理だけで物事がなされており、その結果今講義するには話が非常に複雑になってしまっているというものがあります。

この時代は現在から見ると賛否はありましょうが、世界中が植民地争いをしていた時代、植民地にされてしまうか、植民地を取るほうになるかこういう大きな選択が競争でなされていたのです。日本はたまたまアジアでは稀有のことに植民地を取るほうに回って、必死にヨーロッパ人の先達のやり方の勉強をしていたのです。

こういう本を見ると一朝一夕に簡単に植民なんて出来るものではないということが良く分かります。色々な知識の山が必要なのです。そういう状況の中で内田さんはまず歴史をつかもうとヨーロッパ人がいかに成功してきたかという本を沢山かき集めたのではないでしょうか。

(1)日本の形が変わっていくアジア古地図
ここにある3枚の古い地図を見てください。

地球が丸いということが理解されてからまだ500年くらいしかたっていないのですが、ここにあるヨーロッパ人が作ったアジアの地図でも時代とともに中国や朝鮮の形や日本の形なんかはずいぶん変わってきています。大航海時代というのはこういう知識が急速に明らかにされてきた時代なのです。この地図なんかには南極も北極もありませんね。こんな古い地図が内田嘉吉文庫には沢山集められています。

(2)ヨーロッパ人の大航海
マルコポーロの東方見聞録も洋書ですがいくつか集められています。元は1300年代に書かれたのですから実際にはその幾つかの写本があってそれが印刷されるようになって今に伝わっているのです。

本の古さでいうとこれは古い本です。これはハクルート叢書というイギリスで発行された本です。これはイギリスの商人に対して世界を探検しなさい、利益が埋まっていますということを啓蒙するために出版された本で、その中には色々な航海記が入っています。これによれば冒険で一番儲かったのは誰かということが最初のほうに乗っています。

フランシス・ドレークという人、イギリスの海賊提督ですね、この人は若いころ散々冒険して、海賊やって、そのあとスペインとの戦争で勝って貴族に任ぜられて、かつ死にざまが不幸ではなくて非常に幸せになる人です。そんな人のことも書いてあります。
  
一方死に様が不幸だったキャプテンクックやコロンブスの本もあります。冒険家で有名ですが最後は悲惨ですね。現地人に殺されたりね。今のベンチャー企業の社長さんみたいです。こういう成功例も不幸な例も全て知って、植民地経営の勉強をすることに意味があったのですね。

この本もハクルート叢書ですがバスコ・ダ・ガマと背表紙にありますでしょう?彼の航海記です。ただ表紙が痛んだので取り替えて普通の紙表紙になってしまっているので、味わいがなくなってしまっています。

(3)海外から見た日本
 海外から見た日本というものを勉強しなければならないという気持ちも強くあったのでしょう。これはケンペルの日本誌です。ケンペルの日本誌はオランダ語でも英語でも出されていますが、これは本文ページは300年くらい前に出版された英語本です。翻訳された日本語版もあります。

資料を見ながら話を聞く参加者そのほかかなり膨大なイエズス会資料なども原書であります。価値あると思われたものは例えば「耶蘇会日本」のような訳本も作られてあります。江戸時代初期の日本が挿絵つきで生き生きと書かれています。

(4)海外の政治情報
そういう古い歴史の本に始まって、現実には厳しい国際政治の中でどう生き抜くかを勉強するために、同時代の外国人の偉い人達について書かれた本も沢山あります。
これはナポレオンの伝記です。1896年発行の本ですね。立派な本ですね。今は本の装丁は出版元がやりますが、昔は本の中身が出版元から送られてきて、その装丁は自分の名前を入れたりして買う側でやった時代がありました。金持ちがやったそういう本ですから装丁がこんなに立派なんでしょうね。

なにせ当時は洋書を読まないと情報が入りません時代ですから、当時までのアメリカ大統領の伝記などは全部ありますしイギリスの首相の伝記なども揃っています。こういう本を見ながら国際政局に対応していたのでしょうね。

これは後藤新平さんの監修したビスマルク演説集です。最近復古して後藤新平が見直されていますが、内田嘉吉は後藤新平のブレーンみたいな役割をしていた人だったものですから、こういう本をかき集めていたのでしょう。逆に後藤新平の時代の思想構造みたいなものを研究するには内田文庫の洋書を読み解くとずっとよく理解できると考えます。

(5)満州、台湾、朝鮮植民地経営資料
これは南満州鉄道の社史です。これも市販された本ではない。たまたま内田嘉吉さんが政府の要職にあったから手に入った本です。まさに満州経営の全てが書かれています。これと朝鮮鉄道史もあります。これを両方読みますと当時の鉄道技術史がすべて分かるというものでしょう。まあ今は情報が楽に入ってくる時代ですが、こういうものを沢山読まなければいけなかった昔の政治家は大変だったなあと思いますね。でもそういう勉強が日本の歴史を作ってきたのかなあとも思うのです。

台湾、朝鮮の技術史を調べようと思ったら内田嘉吉文庫は宝の山といってよいでしょう。こういう古い本は取り扱いが注意です。見かけだけでは分からないのですが、触るとすぐばらばらになったり、紙が崩れてしまったりします。古い本は中性紙で意外と紙が丈夫ですが第2次大戦前後になると酸性紙を使っていますから、劣化して茶色になっていてめくっただけで崩れてしまうものもあります。

こういう資料をどうやって皆様に自由に利用していただけるか、それによって今までの図書館にとらわれないお手伝いがどう出来るのか、それを模索しながら千代田図書館は今後も進めていこうと思っています。

では休憩を挟んで別室で今日お話した本などの実物に触れていただきたいと思います。それと千代田図書館のお宝本シリーズパート2を、やはり神田雑学大学さんと共催で3月14日金曜日午後6時から7時半まで、九段生涯学習館で行います。今日お話できなかったその他の数多くのお宝本について話したいと思います。是非いらしてください。

(拍手)



文責:臼井良雄
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子

本文はここまでです


このページの先頭へ(0)

現在位置: ホーム(1) 講義録一覧 2007〜2009(2) >貴重な本の宝庫・千代田図書館の魅力―

個人情報保護方針アクセシビリティ・ポリシィ著作権、掲載情報等の転載、リンクについて連絡先

Copyright (c) 2005-2007 kandazatsugaku Organization. All rights reserved.