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神田雑学大学 平成20年2月8日 講座No393


こうすれば出来る食生活の改善

講師 鈴木猛夫
(食生活史研究家)


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はじめに

戦後何か起こったのか

民族それぞれの食生活

日本の食生活の完成

戦後の栄養素主義教育

子供たちに伝えたい日本の味

日本の食糧自給率は大きな問題

欧米型食生活で日本人の健康はどうなったか

欧米型食生活への変更はどうやって行われたか

お米の見直し「玄米・分つき米について」

今後の食育教育のあり方

終わりに


講演をされている鈴木猛夫さん                   

1.はじめに

鈴木です。私は40年ほど前に腎臓病と胃腸病になりそれから色々食事と健康について考えるようになり、昔から日本人が続けてきた日本型食生活の大切さを痛感し実践してきました。

おかげでその後ずっと健康な生活を続けています。 戦後は食生活のあり方が戦前とは大きく違い欧米型食生活が多くなりましたが、果たしてそれは良かったのかどうか、再検討が必要なのではないかと痛感しています。どこが問題なのか、どう見直すべきなのかを提示したいと思います。

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2.戦後何か起こったのか

日本人の戦後の主食は白米が法定米となり、白米常食が固定されました。白米を主食にしてプラス沢山のおかずという食形態です。ひところ1日30品目ということも言われました。こういう食形態は戦前まで見られなかったことです。本当に30品目必要なのでしょうか。ここが大きな思い違いです。そのことを理解するには米の食べ方について、しれからおかずの変化についてまず知っておく必要があります。

戦前の法定米は玄米と白米の中間の分づき米でしたが、戦後は白米と規定され配給されました。そのため多くの人が白米が米の味だと思うようになりました。これは戦争をはさんでの食生活の大きな変化です。日本人の食生活は外国と違い主食、副食の区別が歴然としてあります。その意味するところは大きくそのため主食のあり方を間違えたら致命的です。

どうして戦後は白米常食になったのか、この点を是非考えて欲しいということが第一点です。 もうひとつの大きな変化は戦前までの日本人の食生活は伝統的な和食でした。いわいる日本型食生活です。それが戦後は急激に洋食化しました。和食から洋食への流れが加速度的に深まりました。これほど短期間に食生活が変化したのは世界的に見ても例の無い大きな変化です。

昭和30年代から40年代にかけてのわずかな期間に食生活がこれほどがらっと変わった国は他にありません。戦前までの食生活は分づき米のご飯プラス雑穀を主食にして味噌汁、漬物という非常にシンプルなものでした。 それが戦後は白米又は白パンを主食にしておかずに畜産物と油の消費が非常に増えました。

畜産物と油と言うのは欧米型の食生活の典型的なものです。日本人は肉類と油はそんなに摂っていなかったです。せいぜい摂ったとしてもハレの日、つまり婚礼とかお祭りとかの特別な日のご馳走として食べていた程度のものだったのです。それが戦後の栄養教育では常食しましょうという教育が行われました。つまり毎日食べることが必要だという教育をしました。ここが戦前と戦後の食生活の大きな違いです。
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3.民族それぞれの食生活

現在色々なマスコミの影響で様々な食に関する情報が飛び交っています。一体なにを食べたら良いか迷うことばかりです。ですから今日は皆さんに食生活の基本原則ということを是非知っておいて欲しいのです。原則というのは日本だけでなく世界中どこででも通用する普遍的な内容ということです。

 食生活の歴史をたどってみますと、どこの国でもどこの民族でも間違いなく、その土地で採れたものを食べてきたという歴史があります。昔は交通機関が発達していませんでしたから遠方のものは食べられません。季節はずれの食材もありませんでした。

自分の足で行って帰れるくらいの距離で食生活の材料を調達していたのです。つまり食生活の食材は必ずその土地の産物を食べてきたという事です。私はこれを産物主義と名付けています。その土地の産物を永く食べ続けてきたことで体質が次第に形成されたのです。このことを理解することが非常に大事なことです。

体質に合った食生活が大事だといいます。私もそう思います。しかし体質というのは一朝一夕に出来たものではなくて、何千年、何万年の長い間食べてきた物によって次第に出来てきたのです。日本人と欧米人では体質が違います。例えば日本人の腸の長さは欧米人より1mから2m長いと言われます。一般に草食動物の腸は長く肉食動物の腸は短いです。この大きな違いは長い年月を経て生まれたのです。

それから消化液の違い。例えば肉を沢山食べる人達は肉を分解するのに必要な消化液、蛋白質分解酵素を身体の中に沢山備えています。澱粉を沢山食べてきた民族は澱粉をうまく消化する酵素を分泌する身体になっています。

いろいろな体質の違いは永年食べ続けてきた食物の違いによって生まれてきたのです。ですからどの民族もそれぞれの食生活の延長線上で考えればおおむね体質に合った望ましい食生活になります。

世界中気候風土が違いますから、産物は場所によって違ってきます。熱帯地方では植物が良く繁茂します。温度が高く雨が多ければ植物が成長します。そういうところでは穀類や野菜、豆類が採れるのでそういうものを食べてきました。ところがだんだん北へ行くにつれて温度が低く雨も少なくなって、植物があまり育たない、しかしなんとか生きていかなくてはならない。そういうところでは、植物は採れないんですが牧草はよく生えるんです。

牧草は寒いところでないと良いものが採れません。何故かというと暖かいと牧草がどんどん大きくなり茎が固くなって牧草としては適さない。 寒い所では大きくなる前に秋が来てしまいますから柔らかいまんま、小さいまんまです。しかし牧草は人間が食べるわけにはいきません。それでいったん家畜に食べさせて育てて大きくする。そして卵を採る、乳を採る、肉を採る、そういう食形態が寒いところでは出来たのです。

日本の場合を考えて見ましょう。日本の場合は温暖多湿、雨が多い。これは植物の繁茂に非常に適しているわけです。ここがヨーロッパと違うところです。つまり食べてきたものが大きく違うのですから、欧米の食生活を見習う必要は無いのです。
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4.日本の食生活の完成

日本では米や雑穀が採れます。昔はお米だけを食べるのはお殿様くらいで、農民は作った米の半分は取られてしまいますからやむなく雑穀を混ぜるしかなかった。カブとか大根、人参、牛蒡だとかの野菜、それに豆類がとれました。日本は回りが海ですから魚介類、海藻類、塩などがとれます。これらをうまく使って日本型食生活が長年かかって出来上がってきたのです。

昔の主婦は忙しかったから手間のかかる料理は作れません。5人も10人も子供を産んで野良仕事をやって家事一切を任されていたのですから、今のお母さんよりはるかに忙しかったのです。手間がかからず、食材が簡単に調達が出来、おいしく、食べ続けて飽きがこない、不都合がない、これらを全て同時に満たした料理を日本人は作り出したんです。

それがご飯を主食にして味噌汁、糠漬という食形態です。味噌汁は日本人が作り出した最高傑作だと思います。まず大豆を味噌にしています。大豆が採れても毎日煮豆ばかり食べていては飽きてしまうと思うのです。そこで大豆をなんとか加工しておいしく、日持ちのする食材として味噌を作ったのです。

味噌を作るには麹が必要です。この麹は温暖、多湿の条件でないと発生しないんです。乾燥しているところでは出来ない。麹菌を日本人はどうやって見つけたんでしょうね。目に見えないものです。長年の経験からでしょうね。この麹のおかげで味噌や醤油、日本酒などが出来ます。味が良い、日持ちがする。素晴らしい食品です。

味噌のほかにだしが必要です。だしの材料には煮干、昆布、鰹節などがあります。全部海のものです。日本の周りに材料があったのです。だしをちゃんと採るという事は日本の食文化で非常に大事なことです。残念ながら今だしの採り方も満足に分からない若い人が増えている。

だしっていうと粉だと思っている。親が粉をふりかけていますから子供はだしはそうするものだと思ってしまう。これでは食育になりませんね。ジャコを使ったり鰹節をつかったりしてだしを採ることを子供に教えることが大事です。日本の食文化で大事なところ、外国と違うところはこのだしなんです。

海から遠い人たちは椎茸などのきのこ類からだしを採ったんです。また味噌汁の材料はその季節に採れる野菜を入れたんです。旬を大事にした食生活です。冬に夏野菜を食べるのを豊かと思っている人もいますが、私にはそうは思えませんね。ビニールハウスの中で重油をぼんぼん焚いて作るのですからね。そうまでして冬に夏野菜を食べる必要があるのかなと思いますがね。旬を楽しむ、つまり季節の野菜を食べるほうが豊かな食文化です。
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5.戦後の栄養素主義教育

しかし戦後の栄養関係者は蛋白質とかビタミンという栄養素を根拠にして特定の食品をとりましょうという教育をしました。いわゆる栄養素教育です。栄養があるからこれこれを食べましょうという論法です。 しかしこの教育には問題があります。例えばビタミンを根拠にトマトやきゅうりを食べようと指導したわけですが、そうするとビタミンは大事だからと冬でも食べる人が出てきます。

今は冬でもスーパーなどで売られていますが、そのためにビニールハウスの中で重油を炊いて作ったり、海外から輸入しなければなりません。そうまでして食べる必要があるでしょうか。夏野菜は体を冷やす作用があり、夏に食べてこそ望ましいのです。冬に食べたらますます体が冷えて冷え症になってしまいます。

最近ではトマトを食べるのにリコピンという栄養成分があるからと勧める人もいます。しかし、昔の人は栄養素を根拠にして食べたわけではなく、その土地でその季節に取れたから食べてきただけなのです。それが食生活の大原則です。やはり昔から言われているように旬(季節)の野菜が望ましいのです。

講演を聴いている会場の皆さん

また日本で産出できない食材でも栄養素を根拠にして栄養があるから食べましょうと奨励した食品もあります。例えばパンです。パン用小麦は日本では産出できないのに戦後は米と同じ澱粉質が多いから食べましょうと主食の座に据えました。つまり栄養素を根拠にすると季節感無視、産地無視のおかしな栄養指導になり、このような栄養素教育は大きな間違いなのです。

このことは食生活のあり方を考える上で非常に大事な原則ですがここが今おろそかにされています。昔の人はビタミンが多いから野菜を、カルシウムが多いから煮干をなどと考えて食生活を組み立てたんではないのです。大事なところですからこれだけをテーマにしてお話しする機会を是非作っていただきたいものですね。
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6.子供たちに伝えたい日本の味

味噌汁は米以外の食材、つまり大豆(味噌)、野菜、煮干などのだし、塩などを全部使い手軽に出来、おいしくて、毎日飲んで飽きがこないでしょう。美味しいというのはだしがちゃんと採れているからです。最近は化学調味料のだしを使っている人もいます。これは確かにうまいのですが、それに慣れてしまうとそれが本物の味だと思ってしまうのです。下手なだしより美味いです。だけれどそれは本物の味ではないんです。

子供の頃からそれに慣れてしまうとそれが本物と思ってしまいます。これは食生活において危ないことなんですね。味覚細胞は子供のときに発達するのです。この時に何を食べたかで一生の食生活が決まると言われているのです。子供の時にニセモノの味に慣れてしまうと本物の味を見分ける力がなくなります。

子供の時にこそ本物の味を教えたいものです。皆さんは海外旅行に行くと色々グルメを楽しみますね。ですが最後に何が食べたいかと言うと味噌汁があればいい、お漬物があればいい、それに暖かいご飯があればあとは何もなくてもいい。最後はそこに戻るものです。子供の時に覚えた味を覚えているんです。だから食育が大事だと言われているんですね。子供のときに何を食べさせるのか、それが大事だと言うのはそこなんです。

ところが今の子供は味噌汁を飲まない子がけっこういるんだそうですね。パンと牛乳で育ちましたから味噌汁はないんです。学校給食でもパンと牛乳ですからね。味噌汁でなくてハンバーグが懐かしいということになってしまいます。つまり日本人の味覚が大きく変化してきているのです。これは食文化軽視のツケですが、非常に困ったことです。

味噌汁のほかに大事なのが漬物です。日本人が常食にしてきた漬物は糠漬けです。最近一汁一菜と言う言葉は使われなくなりましたが、この汁というのは味噌汁のことです。菜というのはおかずと言う意味ですが、日本の場合この糠みそです。一番食べられてきたおかずは季節の野菜を使った糠みそ漬けなのです。

昔はどこの家庭にも糠床があったのです。これが無かったら昔の食生活は成り立たなかったのです。糠床に入れたものは何年たっても腐りません。しかし毎日かき混ぜる必要がありますが。 昔は冷蔵庫が無かったですから食料の保管は非常に大変だったのです。ところが糠床があればその中に入れておけば長く持つんです。糠漬けは冬を楽に越せるのです。寒い地方は冬は農業は出来ません。ではどうやって生きたかと言うと糠床があったからなんです。

沢庵は乳酸発酵ですからかき回す必要はありません。乳酸菌は嫌気性ですからね。ところが糠床の中には乳酸菌もありますが麹菌もあります。麹菌は好気性ですからかき混ぜないと駄目です。私は毎日かき回しています。ご飯には漬物が合いますね。日本人が何万年かけて作り上げてきた食形態が一汁一菜だったのです。

今の人は舌が肥えていますから、一菜とは私も言いませんが、和食のおかずをもう少し増やした二菜、三菜というのがいいでしょう。そこさえ抑えていれば後は好みで何を食べようと私も難しいことは言いません。基本が出来ないまま洋食、あるいは無国籍料理に走っている人が多いのが気になります。和食の良さを見直して下さい。
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7.日本の食糧自給率は大きな問題

洋食の割合が多いと食材の多くを輸入しなければなりません。戦後の洋食化傾向によって今では自給率が4割を切り食糧安保の点からも危ない状態です。昔の米の消費量は年に150Kgつまり一石です。今は60kgを割りました。昔の三分の一近いです。

一昨年、私は新潟で食の講演をしました。米どころ新潟のお百姓さんは泣いてます。減反政策で米を作っても喜ばれない。むしろ作らんでくれと政府から言われています。作らないで休耕田にすると補助金が出ます。農民にとってこれほど悔しいことはないと思いますね。何とかお米の消費量を上げたいというのがコメ農家の悲願です。

それで私のような無名の人間をわざわざ東京から呼んで大きな講演会を開いたのです。その時こういう話をしたんです。皆さん、本当にお米が体に良いと思って作ってきたんですかと。本当に良いと思っているのなら皆さんの子や孫がこの50年間、学校給食で何を食べてきましたかと。

米どころ新潟でも学校給食ではご飯が出なかったんです。日本全国どこでもパンと牛乳が定番でした。パンの原料は100%輸入ですが、米を減らしてまで貴重な外貨で小麦を輸入して子供たちにパンを食べさせてきたのです。子供の時にパンの味を覚えたら一生パンですね。こういう状況をあなたたちは見て見ぬふりをしてきたではないですか、と話しました。

子供の時に学校給食でご飯を食べれば大人になっても食べ続けてくれます。学校給食は大事な食育の現場ですが、そこでパンを主食として出したら全く食育にはなりません。お米の消費量が激減したのとは逆に増えたのが輸入小麦です。小麦は昔は日本でも作っていましたが今では作らず9割ほどが輸入です。学校給食で食育を間違えた結果です。
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8.欧米型食生活で日本人の健康はどうなったか

誤解があるといけませんから言っておきますが私はパンを食べるなと言っているのではないのです。パンのお好きな方はどうぞ。ただ私は子供たちの学校給食は、ご飯給食にして欲しいと言っているのです。子供時にしっかりご飯を食べていれば食生活はそんなに大きな間違いにはならないのです。

何故なら普通はご飯を主食にすれば飲み物は味噌汁ですが、パンを主食にしたら飲み物は味噌汁ではなく牛乳、おかずは漬物ではなく畜産物や油オンパレードということになります。子供の時からこのような洋食傾向が長く続くとその先はメタボへの道まっしぐらです。

今は子供が糖尿病ですよ。動脈硬化。高脂血症。日本の子供の高脂血症の割合はいまやアメリカの子供を抜いて世界一です。子供ころから高脂血症になりますとだいたい30代40代でメタボリックシンドロームですね。若年層の高血圧や痛風なども増えています。過度の洋食志向の結果です。

毎年、体育の日に文部省が子供の体力テストの結果を発表しています。(新聞の切り抜きを見せて)これは20年位前からの毎年の新聞記事ですが、それを見ますと恐ろしい見出しが出ています。

「子供の運動能力大幅にダウン」「体力落ちても子は育つ」「身体の柔軟性著しく低下」「みかけだおし進む子供の体格」「30年間で最低」「子供の記録跳低下」「投げる力も衰える」等などで、この30年間の運動能力は直線的な右肩下がりです。これがあと5年以内に平均寿命に反映されます、とある国立大学の名誉教授がテレビで語っていました。

日本人の平均寿命はこれから落ちます。沖縄がよい例です。沖縄は今まで長寿日本一と言われていましたが、男性の場合、数年前に一気に26番目に落ちましたね。これを26ショックといいます。原因は過度の欧米型食生活と運動不足です。日本で一番最初に欧米型食生活が進んだのが沖縄でした。ハンバーグの店の数は人口比で日本最多です。肥満率がいま沖縄は日本一です。

子供が親よりは先に死んでしまう状態です。40代、50代でみんな心臓病、高血圧、糖尿病で倒れています。親に子供の葬式を出させるのは最大の不幸といわれ、これを逆さ仏(又は逆縁)といいます。これが沖縄で非常に大きな問題になっています。ただこれは沖縄だけの問題ではないんです。日本全国どこでも近い将来起こりうると私は見ています。
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9.欧米型食生活への変更はどうやって行われたか

じゃあ戦後なんでこんなおかしな栄養教育をやってしまったのかということです。パンも原料は小麦でそれも硬質小麦です。小麦には軟質、中質、硬質という種類があります。日本で採れるのはほとんど中質だけです。アメリカは全部押さえています。パンは硬質小麦でないと出来ないのです。

この小麦の約9割が輸入です。そしておかずとしてとる動物性食品の原料となるのは畜産物の餌、これはトウモロコシです。これはほとんどがアメリカから来ています。日本人が一年間に食べるお米の量が800万トンですがアメリカから輸入しているトウモロコシの量は1年間に多い年で1600万トン、つまりお米の2倍です。これは畜産物と油に化けます。

この小麦、トウモロコシが昭和20年代の後半にアメリカで大量に余ってしまいました。アメリカは第2次世界大戦中唯一農地が荒らされなかった国で、そのため連合軍の兵糧を一手にまかなったのです。

政府が大増産運動を農民に奨励し大型コンバインを使って大規模農業をやりました。ところが戦後の昭和20年代後半なると各国で農産物の生産が進むとアメリカの農産物は大量に余ることになりました。増産体制はそのままなので、大量の余剰農産物が発生し、そのはけ口がなくなってしまったのです。

そこで昭和29年にアメリカ政府は日本に余剰農産物を輸出するという作戦を立てました。日本に小麦、トウモロコシ、それに大豆などの穀類を長期的に輸出しようという画策したのです。 しかし日本がいつまでも米と野菜の国では、アメリカの余剰農産物は日本に入り込めません。昭和30年代に入ると日本ではコメも野菜も自給できるようになったのです。

そこでアメリカは日本人の食生活をパンとミルク、畜産物、油脂類という欧米型にする必要があると判断し、極秘裏に日本側栄養機関に膨大な額の活動資金を渡し欧米型食生活が望ましいという教育をさせたのです。アメリカが官民上げて極秘裏に行った「対日食生活欧米化計画」です。それによって戦後の栄養教育が行われ短期間で日本人の食生活は欧米化しました。

この話は今も昔も伏されてきた為多くの人が知りません。30年前にNHKがこの戦略にかかわった当時の日米の関係者の証言を集めて「食卓の影の星条旗」という1時間のドキュメンタリーを作り放映しました。これを見ましたがすごい周到な計画でしたね。アメリカは絶対表に出なかったです。表に出たのは日本側の栄養関係者です。このビデオを私はDVD化し講演会の時などに放映することがありますが皆一様に驚いています。

当時の日本側関係者は食生活の欧米化こそ望ましいと考え、一方アメリカは余剰農産物を日本に輸出したかった。つまり日米の利害が一致した上で戦後の栄養改善運動が熱心に行われたのです。日本人もこれからは欧米人と同じものを食べましょう。そういう認識だったんです。そのために色々なことをやりました。

鈴木さんの著書「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 詳しい内容について私は「『アメリカ小麦戦略』と日本人の食生活」という本を出しています。これは豊島区の中央図書館にありますから興味のある方は是非読んでいただきたい。この戦略によって日本人の食生活は短期間で欧米化し、日本人の健康も、そして農業も更には環境も著しく悪化の一途をたどったのです。

この50年間、小麦、トウモロコシ、大豆の輸入はだんだん増えてきて、現在はいずれも9割ほどが輸入です。日本は先進国中最低の食料自給率です。そうなった大きな原因はアメリカが周到に行ってきた日本人の食生活欧米化計画、つまりアメリカ小麦戦略にあるのです。

ご飯に味噌汁、糠漬け、それにたまに魚を食べたりお祭りのときに肉を食べたり、そういう質素な日本型の食生活をやってきた昔の人が今90歳、100歳の長寿を保っているのです。今の若者たちが90歳100歳まで行くと思いますか?  豊かな食生活を謳歌している今の若者は100歳まではとても生きられないでしょう。だいたい30代、40代で糖尿病、肥満、高血圧、動脈硬化、高脂血症ですから医療保険は破綻するでしょう。

糖尿病は厚生省の発表では5年前の統計では予備軍を含めて患者数1620万人です。毎年50万人ずつ増えていますから今は2000万人近い人が糖尿病とその予備軍です。つくづくとんでもない栄養教育をしたものだと思います。
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10.お米の見直し「玄米・分つき米について」

今日配ったレジメに国立健康・栄養研究所の理事長の渡辺昌先生の記事を載せました。この先生は10年前に糖尿病になったのがきっかけで玄米を食べ始めました。10年間食べ続けてみてその感想を聞かれた新聞のインタビュー記事です。この中で渡辺先生は「玄米はとてもおいしい。白米もおいしいとは思うけど、食べ続けるには玄米のほうがおいしいと思う」とその味を絶賛しています。更に糖尿病改善には玄米食について知り、昔からの日本人の食生活の知恵に学ぶ姿勢が大事だと話しています。

戦後の日本人の主食は白米として固定されてしまった。これは法定米ですからね、国が決めちゃったのです。つまり白米の味しか教えなかったわけです。この栄養教育が私は非常に問題だったと思っています。 お米は精米の程度によって玄米から三分づき米、五分づき米、七分づき米、胚芽米、白米、無洗米に至るまでいくつもの種類があり名称も味も違います。その違いを子供の時に食育の中で教えずに、白米が米の味だと教育してきたのは大きな間違いです。

 籾を籾すりして玄米になった図 三分づき米を精米して五分づき米になった図

七分づき米を精米して胚芽米になった図 白米を精米して無線米になった図                

米ヘンに白と書くと粕(かす)、ところが米ヘンに健康の康という字を書くと糠(ぬか)です。つまり糠の部分を食べると健康になれるということを昔の人は体験的に知っていたのですね。後々の人が忘れては困るというのでこういう字を作ってくれたのです。 糠から米ぬか油をとるくらいですから油が多く含まれていておいしいのです。一般に油成分を多く含む食材ほどおいしいと感じます。旬の魚は脂が乗っていて美味いと言いますね。

牛乳は美味しいけれど脱脂粉乳はまずいでしょう。丸大豆はうまく脱脂大豆はまずいでしょう。ですから油成分を多く含む糠が付いている分づき米や玄米は炊き方さえ間違えなければおいしいのです。玄米のおいしさを国立栄養研究所の渡辺先生は糖尿病になって初めて分かったのですが病気になる前に知っておくべきだったと思います。

今、子供たちに対する食育の必要性が盛んに言われていますが、私は何を教えるべきかと言うと主食のあり方をまず教えるべきだと思っています。日本人の食生活には主食、副食の区別が歴然とありますが欧米には無いんです。日本は米が沢山とれますからそれを主食にしてきたのです。 しかし戦後は糠も胚芽も全て削りとった粕(カス)である白米が50年間法定米として支給されて、この味しか多くの国民は知らない。一番大事な主食がこのような状態です。ここに一番大きな問題があるのです。

今、学校給食でもご飯給食が少しづつ増えてきました。しかしまだ残念ながら白米です。私はパン食よりはいいと思っていますけれども、週変わりで色々な精米度の違うお米を食べさせて、味の違いを子供の時に知ってもらうことが大事だと思うのです。食べ比べてみて初めてお米の本当の味が分かるのです。

ところが戦後の栄養教育は白米の味しか与えないでこれが主食だと固定してしまったのです。白米はカスですから栄養や味が無いですから、おかずを沢山とるというふうにならざるを得ない。白米は糠がありませんから油がない、ですからどうしても他から油をとりたくなるのです。どうしても肉や油っこいおかずが欲しくなるのです。

精米の図を説明している鈴木さん    ところが白米プラスお肉、あるいは油炒めというような食形態は日本人の食生活の歴史の中で一度もありません。時代劇でフライパンで油炒めしている光景を見たことは無いでしょう。

ちゃんと糠の付いた分づき米から油を採っていたから、他に油っこい料理は必要が無かったのです。主食が白米になってからどこかで油を補う必要が生まれたのです。味覚的にも白米と味噌汁と漬物では満足できないんです。それで戦後は油の多い肉料理や油炒め料理を好むようになったのです。

私、今月秋田県の横手市で講演をすることになっています。新潟と同じようにお米の消費が減っています。なんとかしてお米の消費を上げたいと言うことで農業活性化講演会と題した大規模な講演会です。日本全国で今お米を食べようという動きは高まっています。それは非常に良いことです。できればお米は白米でなくて分づき米にしてもらいたい。これは学校とか社員食堂などでは簡単に出来るのです。

中型の精米機を導入して搗きたての分づき米を提供すればいいのです。搗きたての米は無洗米と同じように酸化の心配が無いので米を研ぐ必要も無く集団給食では便利です。 私も腎臓病と胃腸病で苦しんだ末に玄米を知りましたし、国立栄養研究所の渡辺先生も糖尿病になってから玄米の味を初めて知ったのです。本当はこれでは遅いのです。学校給食という食育の現場でこそ米の味の違いについて子供たちに教えるべきなのです。

私は20代の時に病気になって良かったとつくづく思っています。食生活について考えるきっかけが出来たからです。玄米の味も知り食生活がそれまでの洋食嗜好から和食に変わりました。今は毎日玄米ご飯を食べていますがたまに付き合いで白米を食べると、ホントに味が無いですね。これでは食事の楽しみが半減です。

まだまだ食べたことがない人も多くいますが、ほとんど食べず嫌いです。私も玄米を食べ始める時はかなり抵抗がありました。こんなものまで食べなくてはいけないのか、ここまで落ちたくないなと思いました。圧力釜を買ってきてやりましたが、最初はうまくいかなかったです。数回失敗しましたが、だんだん美味しく炊けるようになり、その味の良さにビックリしたのです。おかずが少なくても食が進むのです。病気になる前に皆さんに是非このおいしさを知って欲しいのです。
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11.今後の食育教育のあり方

最近食育の必要性が盛んに叫ばれています。先日もある食の講習会をのぞいてみました。チョコレートの美味しい食べ方なんてのを子供たち相手にやっていた。これはどう考えても食育の中で教えるべき優先順位が高くないですね。それよりも主食についての勉強のほうが大事でしょう。その次に和食に必要な調味料ですね。

昔は味噌、醤油など必要な調味料は家庭で作ったものです。店がなかった時代には必要なものは自分で作り、家庭が食育の場だったのです。親から子へ子から孫へと日本の食文化は伝えられていったのです。それが今や作らないで何でも買って済ませてしまう。今はまな板も包丁も無い家があるということです。袋入りの食材を買ってきて開けて終わり。これでは食文化は伝わらないです。糠床なんて近い将来無くなってしまいます。こういう大事な食文化を子供たちに伝えていくのは皆さん方大人の大事な役目じゃありませんか?

このままでは日本の素晴らしい食文化は消滅し平均寿命は低下します。何故なら良い食生活で身体を作った90歳、100歳の方々がいなくなったら、その後に続く者がいませんから、もう平均寿命は低下です。沖縄のようにね。あるいは医学が進歩して死なないまでも薬、注射で長生きするかもしれません。しかしこれは非常に不幸なことです。

私は日本の将来が見えるだけに怖いんです。今何とか食い止めなければいけないという思いです。 私は講演の依頼があればどこにでも出かけて話をしたいと思っています。今日私の話を効いて共感するところがありましたら是非周りの方に伝えて下さい。それが日本を救う道です。
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12.終わりに

食生活の大原則はその土地でその季節に採れたものを食べるということです。日本は島国ですから日本で採れたものだけを食べてきました。そして日本型食生活を作り上げてきました。それを実践すると健康増進につながるだけでなく食料自給率は飛躍的に高まる。鎖国が続いた徳川時代は食糧は100%自給していたのです。今これだけ文明が発達して食料自給率39%、穀類だけをとりますと28%です。これは北朝鮮よりも低いんですよ。世界100何ケ国の下から数えたほうが早いのです。

日本の食糧事情は非常に不安定です。今、バイオ燃料が増えトウモロコシの値段が倍になりました。これでは日本の畜産業はやっていけません。お米が有り余っているというのに外国から大量に農産物を入れて、それで畜産物を作って「豊かな」食生活を謳歌しています。こういう食形態がいいのかどうか是非皆さん考えてみて下さい。

今の食環境は非常にもろいです。米を主食にし味噌汁も季節の野菜をいれた実沢山の味噌汁をとって欲しい。だしもしっかりとって欲しい。毎日昆布や椎茸から採るのが面倒だと言う人は天然材料だけを粉末にした袋詰めの製品でもいいです。だしだけはなるべく天然のものを粉にしたいいものにこだわって下さい。だし、味噌、醤油、塩にはこだわって下さい。良し悪しを判断する力をつけて下さい。

玄米ご飯 季節の野菜をとることも大事、できれば無農薬のものを。漬物、とくに糠漬けは今やる人が少ないですが、主婦が料理作りで楽をしたいと思ったらまず糠漬けをお勧めします。 まだまだ話したいことが沢山あるのですが、時間もきました。あとはレジメをよく読んで下さい。

最後に今ここで炊飯器で炊いた炊き立ての玄米ご飯と、私の手作りの糠漬けを食べていただこうと思います。ご清聴ありがとうございました。 (拍手)

このあと美味しい炊き立ての玄米を皆でいただきました。香りがあって味があって、しかも美味しい。
初めて玄米を食べましたが美味しいものですね。
という声があちこちで上がる楽しい時間でした。   終わり
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文責:臼井良雄  ・ 写真撮影:橋本 曜  ・ HTML制作:上野 治子


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