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神田雑学大学 平成20年3月7日 講座No397


地と人とジオパーク、講師、岩松あきら


目次
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講師プロフィール
1.はじめに
2.忘れてはいけない“ジオ”
3.エコとジオの協働―ジオパーク運動の背景
4.ジオパークについて
5.私の思い



講義をしている岩松あきら講師

講師プロフィール

出身:新潟県長岡出身
経歴:東京大学大学院地質学専攻博士課程卒 昭和54年から鹿児島大学に赴任 平成16年3月理学部地球環境科学科教授を退官 現在名誉教授。現在NPO法人地球情報整備・活用機構(GUPI)会長 他各種学会役員を多数兼任。
モットー:「自分の足で歩いて自分の眼で観察、自分の頭で考え自分の言葉でしゃべる」 「21世紀は地球時代、歩ける地質屋の養成を」

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1.はじめに

 ただ今ご紹介にあずかりました岩松と申します。矢島さんら東大関係者は「フンさん」などと申しますが、親からもらった名前は「あきら」です。ゆめゆめお間違えなきようお願いします。この雑学大学では新参者ですので、自己紹介を致します。自然科学的に言えば、ホモサピエンス・オス・日本産、典型的モンゴロイドであります。

フンちゃんこと、岩松講師の自己紹介この写真はモンゴル・ゴビ砂漠で撮った写真です。帽子のマークは万国地質学会(国際地質学会議)のマークです。地図の鉱山の記号に使われています。つまり、私は地質屋です。

ところで岩松は分解すると山の石松になります。森の石松は遠州の生ま、山の石松は越後の生まれ、皆様方チャキチャキの神田生まれの江戸っ子とは違って田舎者です。越後の中では中越、小泉前首相の発言で有名になった米百俵の長岡の産です。先年の中越地震で私が近々入る予定だったお墓が壊れました。しばらくこの世にいろということだろうと考えております。したがって、もうしばらく皆様にご迷惑をおかけします。よろしくお願いいたします。

なお、中学校は田中角栄の後輩、西山町(当時は二田村)で、高校は柏崎高校です。ここもまた中越沖地震で被害を受けました。  蛇足ですが、小泉さんは米百俵の故事を我慢する話の例に引用しましたが、本当は救援米を教育に回したという美談なのです。教育予算を削っておいて、何が米百俵ですか。完全な誤用です。

6時半で止まった時計さて、何をやってきたかと言います、今から30年前に鹿児島大学に赴任しましたが、その直後に32名が犠牲になる大災害があり、学生下宿が埋まって本学の学生が4名亡くなりました。左が平屋の大家さん宅、右が2階建ての学生下宿です。1階が完全に埋まってしまいました。目覚まし時計は6時半で止まっています。早朝発生したのです。自分のところの学生が死ぬということは大変なショックでした。

災害統計などのグラフで死者数など良く出てきますが、今までは何気なく見過ごしてきました。それまではグラフ上の単なる点に過ぎなかったのです。けれども一つ一つの点には、冷たい土砂の中で窒息死した犠牲者の苦しみ、遺族の悲しみ、さまざまなドラマが込められていることを痛感させられました。

これで人生観が変わり、今まで太古のロマンを追いかけてきたのですけれど、それからは災害の町医者になろうと決心しました。以来30年災害の町医者を続け、今では不名誉教授、単なる老人です。4年前に上京してきて、NPO法人地球情報整備・活用機構、略してGUPIと言いますがそこの会長をしております。

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2.忘れてはいけない“ジオ”

「ジオ」ってな〜にさて、本職の自然災害の話はまた次の機会にするとして、今日与えられたテーマはジオパークのお話です。ジオと言われてすぐわかった方はどのくらいおられるでしょうか。大部分の方にとっては初耳だったのではないでしょうか。そこで、最初にジオという言葉についてお話いたします。エコは今では、エコマークなどもあり、日本でもすっかり市民権を得ています。

もともとエコはギリシア語の住居という意味で、家政を切り盛りすることからエコノミー(経済学)という言葉が生まれ、やがてエコロジー(生態学)という語が派生しました。日本ではもっぱらエコロジーの意味で使われています。最近では、エコビジネスのような、エコノミックアニマルらしい使い方まで出てきました。

今、私たちのいる足下、西神田の地盤ジオもやはりギリシア語で、地球という意味です。地質学のジオロジーや地理学のジオグラフィーなどに使われていますが、全然知られていません。でも、われわれは地球人なのですか、ジオは決して忘れてはいけない言葉だと思います。そもそも私たちは大地の上で生活しています。ここ神田は下町低地です。台地に比べたら地盤が悪く地震には弱いところです。同じ低地でも微妙に異なります。

関東大震災の時、東京駅は壊れませんでしたが、すぐ駅前の丸ビルや郵船ビルは壊れました。実は一橋→丸の内→芝離宮恩賜庭園と続く埋もれ谷(1万年前の川筋)があるのです。丸ビルはこの谷筋に当たっていたというわけです。皆さんご存知でなかったかも知れませんが、今日の会場もその谷筋に当たっており、関東大震災では震度7だったところです。今この瞬間、地震があったら、助からないかも知れません。仲良く心中しましょう。

ことほど左様に、ジオは大切なのです。決して忘れてはいけません。なお、東京の地盤について知りたい方は東京都土木技術センターのホームページをご覧ください。http://doboku.metro.tokyo.jp/start/index.html

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3.エコとジオの協働―ジオパーク運動の背景

しかし、エコだ、ジオだと勢力争いをしても仕方ありません。両々相まって発展させなければならないのです。そもそもジオパークが出てきた背景にもエコが深く関わっています。  

20世紀後半、東西両陣営が覇を争って工業化に狂奔した結果、地球は満身創痍となり、人類生存の危機さえ叫ばれる事態になりました。こうして地球環境問題が世界政治の主題となって登場したのが1992年のリオ地球環境サミットです。このとき、生物の多様性に関する条約が結ばれ、日本も批准して、翌1993年発効しました。

生物多様性を保全するといっても、貴重種や絶滅危惧種を動物園や植物園に保護したり、あるいはその精子や種子を冷凍保存したりすれば、それで済むのでしょうか。トキやコウノトリを鳥かごに入れていても仕方がないのです。こうした鳥が自然の中で繁殖できるような自然環境が必要です。だからこそ、条約の第一条で「その生息環境とともに」保全すると謳っているのです。なお、兵庫県豊岡市ではコウノトリの餌になるドジョウが住める田んぼづくりから始めました。今ではコウノトリの無農薬米として高く売れているそうです。
生物多様性を守るには
たとえば石灰岩にしか生えない苔もありますし、カタツムリも石灰岩地帯では固有化特殊化が激しいそうです。高山のお花畑でも砂岩と泥岩のところで咲いている花の種類が違うのにお気づきだったでしょうか。蛇紋岩植生という言葉もあります。

このように生物は地質環境に規定されて生かされているのですから、生物多様性biodiversityを保全するためには地質多様性geodiversityを保全しなければならないのは自明です。それなのに、渚はコンクリート護岸に変わり、湿地帯も消滅しつつあります。生物多様性条約でいう生息環境が失われつつあるのです。

地質多様性geodiversityとはそこで、近年ヨーロッパを中心に地質多様性を守る運動が盛んになってきました。地質保全Geoconsevationという言葉も出来ています。列島改造により自然をめちゃめちゃにした日本で、このような運動が起きないのは不思議なことです。しかし、外国でもgeodiversityという言葉が出来たのは極めて最近のことです。1991年頃国際会議で使われ始めたらしいとのことですが、2004年になってようやく、M.Gray の単行本が出版されました。彼によれば、地質多様性とは、岩石・化石・鉱物・地形・土壌および景観を形成する自然過程の多様性のこというとのことです。

このようにGeodiversityという言葉がポピュラーになるとともに、実践活動も始まりました。イギリスにEnglish Nature(現Natural England)という組織があります。Government Agencyとありますから公的機関なのでしょう。このEnglish NatureがLocal Geodiversity Action Plansという行動計画を策定し、各州政府でもこれに応じてAction Planを作って実践しています。ここには4つのプランが掲げられていますが、その最後にあるように政策にまで影響を及ぼすという点は大事なことだと思います。

宮沢賢治「台川」よりしかし、「生物多様性と地質多様性」なぞと外国に言われなくても、宮沢賢治が何十年も前に指摘しています。右は『地質巡検日誌・台川』の一節です。安山岩集塊岩と流紋凝灰岩では土壌の成分が違うから一方は杉が育ち他方は育たないと、生徒たちに教えているところです。このように生物と地質は密接な関係があるのです。

以下、少し例を挙げてみましょう。世界遺産武夷山は烏龍茶のふるさとして有名です。茶畑は岩壁の下の崖錐に拓かれています。崖錐とは崖下の岩くずが溜まったところのことです。岩壁から染み出す水が美味しいお茶・岩茶を育てているのだそうです。なお、ここ武夷山は世界ジオパーク、中国語では世界地質公園としても認定されています。

植物だけではありません。動物も地質と関係があります。2007年6月にNHKが「ダーウィンが来た」で「火山が巨大熊を育てる」という番組を放送しました。要するに地熱で冬眠期間が短く、サケなどの食料も豊富でもりもり食べるから巨大になったのだそうです。なぜサケがたくさん捕れるかといえば、堆積岩地帯と違って、活火山では無数の小河川が発達し、サケの遡上する場が多いこと、火山灰がリンを供給してサケの餌になるプランクトンを大量発生させるからだそうです。同じように、春先に中国から飛んでくる黄砂も無機塩類を供給してくれるため、やはりプランクトンが大発生し、日本近海を世界有数の漁場にしてくれているのだそうです。

お酒と地質もっと身近な例を挙げましょう。“Whiskey on the Rocks”といってもオンザロックでウイスキーを飲む話ではありません。これはイギリス地質調査所が出版したれっきとした政府刊行物です。岩石・地質と大麦と仕込み水、ひいてはウイスキーが密接に関係しているという話です。フランスやイタリアでもワインと地質といった本が出版されています。岩石の風化生成物である土壌、さらには地下水がブドウの生育に密接に関係し、味も決めているのだそうです。

そういえば、灘の生一本は六甲の花崗岩の水を使っていますし、薩摩の芋焼酎はシラス地帯のシリカに富んだ水を使っています。沖縄は琉球石灰岩地帯ですから、泡盛には石灰質の水が適しているのでしょうか。もっともお酒の話は専門外なので当て推量ですから、あまり信用しないでください。

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4.ジオパークについて

ジオパークとはこのようにエコとジオはお互いに深く関わっています。ジオパークもこのような流れの中から生まれてきました。ジオパークは、もともとヨーロッパの人たちが始めたもので、地質や地形を主な見所とした自然公園を指しました。文化的考古学的歴史的なサイトも含めてCultural Parkとして観光にも貢献しようとの流れにもなりました。

一方中国では他の国の国立公園に相当する国家森林公園や国家地質公園がありました。ヨーロッパの人たちの熱心な運動によってユネスコの支援する活動となり、それに中国が合流しました。なお、日本にもフォッサマグナミュージアムがジオパークと称していました。 ユネスコの定義ユネスコでは1997年に地球科学部が中心となってUNESCO Geopark Programmeを総会に提出しましたが、残念ながら採択されませんでした。

そこで、ユネスコ執行委員会ではジオパークを推進する各国の努力を支援すると決議し、2004年にユネスコの支援により世界ジオパークネットワークが設立されました。価値の高い地質遺産があり、ガイドラインに見合った良い活動をしているジオパークは世界ジオパークネットワークの一員として認定するというものです。

ユネスコの定義によれば、ジオパークは上に挙げたような条件が備わっている必要があります。ジオパークの生みの親である当時の地球科学部長Ederさんは、それを「保全」「教育」「ジオツーリズム」と簡潔に要約しておられます。Ederさんは現在ユネスコ顧問をしておられ、日本にも毎年1・2度お見えになり、大変な親日家でお箸の使い方も上手です。この1月中旬にも来日されました。  

世界遺産とジオパークの違い ユネスコのプロジェクトというと、皆さんはすぐ世界遺産を思い出されると思います。最近では石見銀山が認定され、地元では沸いています。この世界遺産とジオパークの関係については、Ederさんのスライドに簡潔にまとめられていますから、ご本人のご了解を得て拝借しました。要するに世界遺産はOutstanding universal value、世界で唯一つ、類い希なという条件ですから、文化遺産と違って、自然遺産の場合には厳しいのです。

例えば、成層火山は富士山ばかりではなく世界中にたくさんあります。「世界で唯一」ですから、当然、protection保護の色彩が強くなります。ハンマーで化石を掘り出したりするのは困ります。それに対し、ジオパークは、ローカルな意義でも構いません。研究教育や持続的な経済発展にも活用しようというので、やみくもな保護とは違います。世界遺産や人間と生物圏計画(MAB)と相補い合うものだとおっしゃっておられます。

世界ジオパークネットワークそれでは実際に世界ジオパークに認定されたところを見てみましょう。世界ジオパークは2004年から認定が始まり、毎年10箇所程度追加され、現在では53箇所になっています。将来的には250箇所ぐらい認定したいそうです。今年もガイドラインに沿った審査が行われており、昨年もマレーシアのLangkawiなど4箇所が新しく認定されました。

中国雲台山世界地質公園右の画像は中国の焦作市にある雲台山世界地質公園です。GUPI前会長の故大矢曉さんが撮ってこられた写真です。ゲートがあって120元の入場料が取られます。これは中国人の平均収入に比べたらかなり高価ですが、それでも押すな押すなだそうで、年間800万人が来たとか。3年間で観光収入が48億元にも達し、間接雇用まで含めると22万人の雇用を創出したそうです。「焦作現象」と呼ばれ、中国ではお手本視されているそうです。

ヨーロッパのジオパーク一方、上から作る中国式と違って、ヨーロッパはボトムアップで地道な取り組みをしています。右はオーストリアのKamptal Geoparkで、大矢さんの参加された日曜巡検(見学会)の光景です。博物館の学芸員や地質調査所の研究者・退職者などが、日曜日に子供たちを野外に連れ出しているのです。

地質の露頭だけでなく、古城なども巡っています。もちろん、築城に使った石材の説明もあります。また、街路樹を対象とした「生きている化石マップ」などもあります。イチョウやメタセコイアが生きている化石だとご存じでしたか?

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5.私の思い

私の思い以上で、ジオパークの概要の話は終わりにして、なぜ私がジオパークの運動にのめり込んでいるか、その思いをお話したいと思います。写真は桜島と平野国臣の歌碑です。「わが胸の 燃ゆる思いにくらぶれば 煙はうすし 桜島山」とあります。維新の志士の思いを謳ったものです。もっとも最近の若者はこれを恋の歌だと思って、カップルが仲良くこの前で記念写真を撮っています。  

脱線はそのくらいにして、私がジオパークを通じて実現したいことは、講演タイトルにつけた「地と人とジオパーク」、つまり、地学を国民の中にもっと普及したい、子供たちを自然の中で育てたい、地方を元気にしたい、の三つです。  

日本人の地学リテラシーが低いいきなりミネラルウオーターの宣伝で申し訳ありません。皆さんはVolvicというフランスのミネラルウオーターをご存知だと思います。Volvicは本来地名ですが、名前からして火山と関係があることはお気づきのことと思います。私はフランス語はダメですので、英語版のラベルを持ってきました。地質断面図が書いてあり、火山岩層で濾過された水だから美味しいと、地質を“売り”にしています。

ヨーロッパの人たちの地学リテラシーが高いため、地質の説明が理解できるのでしょう。最初わが国に輸入されたときには日本語版のラベルにも左下のような地質断面図らしきものが描かれていました。しかし、すぐ真ん中の高山風景に変わり、現在では、火口のある火山らしい山の絵になっています。ヨーロッパと違って、日本人には地学の素養がないから、地質では宣伝効果がなかったのでしょう。  

先年のインド洋津波で、地震後引き波があった時、日本人観光客が津波と気づいて「津波だあ!」と叫んで率先して逃げていれば、どれほど大きな国際貢献になっていたかわかりません。 Tsunamiは小泉八雲のおかげで英語になっているのですから、皆に通じたはずです。半世紀前の国語の国定教科書には八雲の“A Living God”の翻案である「稲むらの火」が載っていましたので、当時の日本人はみんな津波のことは知っていました。津波は必ず引き波から始まるとの一面的な概念を植え付けたマイナス面はありますが、日本人の津波リテラシーを高めた功績は大だったと思います。

ところがTsunamiの本家本元なのに、現代の日本人はスマトラで悠然とビデオを撮っていたのです。録音されたナレーションを聞くと、「波が上がってきました。異常気象です。温暖化のせいでしょうか。」などと馬鹿げたことを言っている人もいました。もっとも彼らは偶然助かったラッキーな人たちで、ビデオ撮影をしていたため死んだ人はたくさんいたと思います。一体こんなことでよいのでしょうか。元々日本列島は世界で最も若い変動帯に位置しています。

日本列島の地学的位置 環太平洋地震火山帯という言葉をお聞きになったことがあるかと思います。日本列島は日本海溝から見ればヒマラヤ級の大山脈です。私たちはその八合目付近に住んでいるのです。いわば日本列島は災害列島なのですから、特別、ジオを忘れてはいけないと思います。足下の大地をしっかり見据えて欲しいものです。東京の地盤の話は既にしましたから、災害の話はこれ以上しないことにします。

自然こそ創造性養成の源 次は人です。昔の子供たちは自然の中でどろんこになって遊んでいました。遊び道具を自分たちで作り、ガキ大将が中心になって、集団で遊んでいたのです。東京だって、原っぱの土管や路地裏で遊びほうけていました。でも今はバーチャルな世界に閉じこもり、孤独な遊びが中心です。おもちゃもたくさん持っていますが、いかに目先の変わっていても、所詮、メーカーの設定した範ちゅうの中でしかあり得ませんから、独創が働く余地がありません。

やはり子供たちは自然の中で育てたいものです。自然界は謎だらけですから、知的好奇心を刺激します。創造性につながります。子供は本来的に自然が好きです。小学生の疑問の6割は地学に関するものだそうです。それが高学年になるほど関心がなくなります。理科離れです。自然を観察したり、動植物を育てたりする教育から、高学年になるほど座学中心の詰め込み教育になるからでしょう。受験に関係がないからとの理由もあります。科学技術立国が叫ばれているのに困った現象です。

小児麻痺の縄文人の骨 自然は感性を育てると申しましたが、創造性だけではありません。これは上野の国立科学博物館に展示されている小児麻痺で寝たっきりだった縄文人の骨です。本当に細くて今にも折れそうです。しかし、十分な食料の無かった狩猟採集の時代、手厚く介護してちゃんと天寿を全うさせたと解説にありました。大地に深く抱かれて育った縄文人には優しさも備わっていたのです。一方、今は飽食の時代、競争原理で殺伐としており、眉をひそめるような事件が多発しています。もう一度、自然に回帰する必要があるのではないでしょうか。ジオパークがその一助になればと願っています。

三番目は地方です。皆さんは鹿児島県北西部地震といってもご記憶にないと思います。実はあの阪神大震災後初めて震度6を超した大地震だったのですが、死者がなかったのでニュースにならなかったからです。 講義をしている岩松あきら講師鹿児島は火山国ですから、割れ目(節理)の発達した溶結凝灰岩や溶岩が広く分布しています。そのため、2mを超す巨大落石が無数にあったのですが、車が一台もつぶされませんでした。過疎で自動車がほとんど通っていなかったからです。鹿児島県は県民所得がビリから数えてほうが早い貧乏県、しかも180万県民の3人に1人が鹿児島市民で一極集中していますから、農村部にはほとんど人がいないのです。

昨年秋、南アルプスを世界遺産とジオパークにしたいということで、招かれて行ってきました。そこで「限界集落」という言葉を聞きました。65歳以上の高齢者が人口の過半を超している集落です。既に廃村になっているところもありました。恐らく地元は藁をもつかむ気持ちでユネスコに懸けているのでしょう。お気持ちは痛いほどよくわかりました。ジオパークも村おこしに少しでもお役に立ちたいと願っています。今年2007年、団塊の世代が大量に定年を迎えました。

彼らは昔の老人のように庭の草むしりと孫の世話で余生を送るとは考えていません。現代の熟年は高学歴で知的好奇心が旺盛ですし、行動力にも富んでいます。この神田雑学大学がこれほど長く続いているのもその証拠です。このように元気な熟年世代は旅行も盛んですが、単なる物見遊山だけでは満足できないのです。
熱心に講義を聞く受講生
昔の観光産業は、会社ぐるみ温泉旅行で飲めや歌えの大宴会といったスタイルがドル箱でしたが、最近ではこうしたシニアをメインターゲットにし始めました。エルダー旅倶楽部といったNPOも出来ています。「知的な山旅」とか「歴史とロマンの旅」あるいは「学びと体験の旅」といった企画が増えています。ジオツアーはその地学版と言えるでしょう。恐竜や鉱物収集に夢中だった少年時代を持つ人はかなりいます。団塊の世代は地学が必修だった世代でもあります。

結構需要があるのではないでしょうか。ジオツーリズムで地方を活性化したいものです。最後に、今年は2007年から始まった国際惑星地球年(IYPE)のコア年です。つまり、国連決議に基づく国際年ですから、世界的に地学に対する関心が高まる年でもあります。これは絶好のチャンスです。一気に運動を盛り上げてジオパークを実現したいと思っています。

東京新聞特集記事昨2007年、「日本の地質百選」の選定を行いました。結構反響を呼び、その解説書『日本列島ジオサイト』は2ヶ月足らずで3刷りまでこぎ着けました。また、新聞等でも大きく取り上げてくださいました。そのため、ジオパークという制度があることが少しずつ知られてくるようになりました。

2007年12月26日、ジオパークに名乗りを上げているところが集まって全国の連絡協議会が発足しました。クリスマスも過ぎてから集まったのは、議会が冬休み休会に入ってからということで設定されたのです。多くは市町村長さん自らがご出席になり、大変盛会でした。代理出席ではなく、議会休会を待ってご自身でお出かけになったと言うことは、それだけ地方の期待が大きいことを示しています。

日本ジオパーク連絡協議会 ただ、首長さんたちのユネスコで町おこしのお気持ちはせつないほどよくわかりますが、観光開発だけが主目的になって俗化したり、観光客が殺到して自然が荒らされる、いわゆるオーバーユース問題が起きたりしないよう願っています。近く観光庁も出来て、Visit Japanが本格化しますから、官僚主導でかき回されないか、少し心配しています。かつてのリゾート開発の過ちを再び犯してはなりません。地道で持続性のある「人中心のジオパーク」にしたいものです。

そうした心配もちょっとあって、蛇足ですが、鈴木大拙の「石」という随筆から少し引用しておきます。大拙は、環境は対立物ではなく、自分とその環境とを一つのものとして見ることを訴えています。人も木も草も石も生きているのだ、とも言っています。さらには、石に人間の魂を与えて見るとも言っています。石をそのままの形で生かして行く、自然と人間が一体となる、この精神がジオパークの精神でもあると思います。決して観光の手段や道具ではありません。

皆様も旅行にお出かけの折には、大地にもちょっと目を向けていただければと思います。ありがとうございました。


文責:臼井良雄
写真提供:岩松 暉
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子

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