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平成20年5月16日 神田雑学大学定例講座NO407回


ドングリくらぶ


講 師 須藤 栄一郎


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プロフィル

はじめに

土器とドングリの関わり

ドングリ主食時代

ドングリ食の企業化

会場から質問

まとめ


須藤栄一郎さんの顔

プロフィル

「ドングリくらぶ」代表 1900年頃のバブル時代に東京多摩市に住む。2003年多摩市に住む65歳以上の高齢者で、「ドングリくらぶ」を組織した。同市内の廃校を借り、ドングリを使った加工食品を作っている。熱海市在住。74歳 講師のクローズアップ



はじめに

国学院大学の樋口清之教授が言ったことですが、世界で一番古い土器は日本から発掘されました。昭和20年頃にアメリカの炭素14測定器で測ったところ、日本の土器が世界で最も古く、1万年以上前ものと解りました。

それまでは、南洋諸島で使われていた縄文模様(これも何故か縄文模様)の土器が発見され、それが7000年前のものとされていました。 日本に伝わったのが、4000年前という説もあります。日本で土器が使われだしたのは、約13,000年前とされていますが、このような底が尖った逆円錐形の土器です。 では、当時の人々は、土器をどのように使っていたか。

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土器とドングリの関わり

土器 尖った部分を土中に埋め、器の周りに薪をまわして、火を燃やす。 土器の最上部は直径30cmほどの円形になっているから、食物を差した木の枝などを渡して、焼いたり蒸したりして食用にした。器の中央部は、食物の煮炊きに用いたほか、餅や煎餅などを貼り付けて焼いた。底の尖った部分は、食物の貯蔵や加工保存に活用したに違いない。土器に付着した微かな糟から、ドングリの粉が発見されました。

日本のドングリは、17種類ありますが、当時からあるドングリはほとんど渋い。渋さをどのようにして抜いたかは、解っていないが、想像するに、土の中に埋めて発酵させて抜かしたか、川の水に漬けて、渋を取ったかのふた通りの方法がある。しかし、もともと渋くないドングリもあった。これが皆さんに試食戴いているビスケット、「マテバシイ」のドングリの粉を使って作ったものです。「マテバシイ」は、待っていると椎の実になるのではないかというドングリの実です。

「マテバシイ」の実は渋みが0,5%しかなく、甘味がある。現在のところ、茨城県から南の海岸伝えに植わっています。ドングリの背比べという言葉がありますが、「マテバシイ」から来ているらしい。というのは、その実は、底は平で座りがよく、ほどよく丸みを持ちながら先端が細くなり、鉄砲の弾の形状です。

最近、「マテバシイ」が多くなったのは東京都です。 この木の枝は、年間で約70cmほど伸びる。植木屋さんにとっては植えやすい樹木です。毎年剪定しなければならない。すなわち、自然に仕事がくる・・・・?という風に思われるくらい多い。

のりしび(木)の写真 江戸時代には、この木を「のりしび」と言った。江戸の海に枝を挿しておくと、海苔が付く。その海苔を採って空き地に干す。その空き地は「ヒビヤ」と言われます。すなわち、現在の日比谷公園のことと言われています。

さて、ドングリを食べていたのは、日本と朝鮮(半島)の人たちに多い。北朝鮮では、「マテバシイ」でないドングリを現在でも食料にしているし、韓国料理にもドングリ豆腐というムックという食べ物があります。粉は北朝鮮で作っています。

韓国ではドングリをトトリといいます。日本の鳥取県は、ドングリから名前がつけられたのでしょう。 本日のゲストの奥山さんと、鳥取県まで行きました。ホントかなと思っていましたら、鳥取県ではドングリで村おこしをしていました。その村の人も、ドングリをトトリと言っていました。

 マテバシイの実 今日は、どんぐりも持ってきました。 堅いですからこのまま齧ると、歯を傷める恐れがあります。 これは「マテバシイ」の実です。

インターネットでドングリの情報があると、ゲストの奥山さんに調べて貰っています。 岩手の岩泉に龍泉洞があります。ここでもドングリで町おこしをやろうと、懸命になっていました。ところが、岩手には「マテバシイ」がありません。

渋いドングリ粉5%をうどん粉に混ぜて、クッキーを作っています。食べ比べると、我々のドングリクッキーが断然美味しい。現地の人も、これは美味しいなと認めてくれました。

ただ龍泉洞では岩手県の要請もあって、ドングリ粉を使って、クッキーのほか、蕎麦、うどん、パンなどを作っていました。しかし、最近の情報では、どうやら失敗したらしい。やはり、現在の動向としては美味しくないものは、郷土の名物であっても、健康に良くても売れないのです。

長野県、木曾ではお婆ちゃんがやっていました。お婆ちゃんが、その前のお婆ちゃんから教わったドングリの食べ方をやっていました。これは平らな石の上に、皮を剥いて茹でたドングリを載せて、石で叩いて粉にする。しかし、ドングリは蕎麦粉どうようグルテンが入っていないので粘着性がなく、固まらず、粉になる。粟などは茹でこぼしが餅状になるから、それと併せて、ドングリ入りの粟餅を作る。

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ドングリ主食時代

ドングリの写真 わが国では、弥生式文化が始まる12.000年前から縄文時代の10,000年間ほど、ドングリを食べていたと思われます。もちろん、これだけではなく、貝も魚も海草も、小動物も食べています。この間、特徴的なことは、戦乱が無かったことです。   

それは発掘品に武器がないことから解ります。弥生時代が始まって200年後食料(米など)の栽培と貯蔵が出来るようになって、それの奪い合いが生じたから、戦いが始まったといわれています。ドングリの写真

縄文時代の墓は、(7歳くらいまでの)子供の墓と大人の墓は、はっきり分かれています。 縄文時代は、やはり子供の育て方が難しかったと思われています。成人しなかった子どもは「神の子」といわれて、死んだ子の亡骸は、土の棺に入れて家の入り口辺りに埋葬したようです。元気な大人が、早く生き返って欲しいと願いながら、その上から踏み固めたという。それが、死んだ子どもたちへの葬送の儀式でした。大人の死んだ人は、墓地に埋葬しました。

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ドングリ食の企業化

私は多摩市に住んでいたときに、市長の鈴木邦彦さんから多摩の名物を創ってくれといわれまして、試作したのがドングリのクッキーです。 ドングリクッキーは、京王線高尾の売店と京王ワクワクランドの売店、サンピア多摩の売店で売られていますが、これは私が納品したものです。

京王ワクワクランドの売店では第1位、サンピア多摩の売店の商品が2〜300種あるなかで、第3位です。高尾では何位か解りませんが、よく売れています。ドングリの粉が2割入っていますが、サブレのような味わいで、結構美味しいという評価を頂戴しています。試食分をどんどん召し上がってください。残った分はお子様のお土産に、お持ち帰りください。

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会場から質問。

現在売り上げはどのくらいありますか? いま、ドングリクッキーの売り上げに関する質問がありましたが、この売り上げを伸ばしていいものか、どうか悩んでおります。ドングリくらぶのメンバーは全員65歳以上70歳前後です。みんな、もう稼ぐのはいいじゃないかという気持ちが強い。ところが、世間?

小学校や大学では、作り方を学校で教えて下さいというのです。そこで、教え始めたのが、この写真です。手始めは、府中市の教育長からの要望で、府中の伊勢丹で市民対象に行いました。多摩市、恵泉女子大からも同様にあり、3回ばかり行いました。その後は小学校で教える場合は、恵泉の女子大生にインストラクターとして手伝ってもらっています。

石臼を挽いている子供達 説明を聞いている小学校の子供達

子どもたちは、非常に熱心です。秋になると、9月21日ら11月10日にかけてどんぐりが樹から落ちてきます。葉っぱは、ゆずり葉のように大きい。どうか皆さんも、近くの公園で「まてばしい」の実を拾ってみてください。お孫さんと一緒に、それをフライパンで炒って食べて下さい。甘いです。お子さんやお孫さんに、食べられるということを教えて下さい。

日本の食べ物の自給率は、もう4割を切っています。 将来、わが国に大飢饉が起きたら、どうするか。どんぐりが食べられることを知っている人だけが生き延びられる。私たちは大島へ旅行したことがあります。大島の九十いくつのおじいいさんが、「嵐が続いて東京から米が送られて来なかったときは、これを食べていた」といっていました。

須藤栄一郎さんの顔 江戸時代には、飢饉のときは非常食として食べていたと思います。曼珠沙華や、蘇鉄の根も水で晒し、毒を除いて食べていたといわれています。肉親の死人ですら交換し食べた飢饉でした。食べ物を探して、その食べ物の毒にあたって、死んだ人は2割もいたとの記録もあります。縄文時代(5千年前の安定期)の人口は、20万から60万人といわれています。常時、人の移動があったようでした。

今も未開発国では、人口が推定といわれるのは、人間が定着せず移動するからといわれています。また、伝染病によって死亡する人間が多いからといわれています。縄文人は、どのくらい生きたか。 魏志倭人伝によれば、卑弥呼の倭の国の人は、長寿で80、90歳まで生きるとの記録もあります。しかし、当時、現在の一年を二年とする考え方もあるので、正しい判断はできません。

では、どんぐりを食べて、人間はどう変わったか? どんぐりは消化しにくい食物です。日本人の腸は欧米人に比べ1,5倍も長いのは、そのためでしょうか。腸が長いから、色々な食べ物を摂取することができます。国学院大学の樋口清之教授の著書によれば、日本人は、2,300種の食べ物を食べることができます。欧米人は1,200種です。そこに、現在の日本が長寿国になっている理由があると、私は信じています。

質 問

ドングリの木という木はありますか?

答 え

栗・栃などの実を含めた総称です。 団栗という字がドングリの字です。

質 問

ドングリの栄養について

答 え

あくまで雑穀ですが、お米に近い栄養です。しかし、グルテンが入ってないから麺にはなりません。小麦粉を入れてもパサパサしますから、サブレが向いています。小学校ではドングリの粉、つなぎとして山芋、蜂蜜、卵、塩(縄文時代は動物の血)、などで作ることを指導しています。お煎餅は研究中です。お酒もできます。鳥取県のある町で村おこしのため、ドングリで焼酎を作っています。長く続いて欲しいと願っています。

質 問

栃の実はドングリですか?

答 え

栃の実はドングリの一種で、栗の実に似ています。堅いので水につけて軟らかくして、渋を抜きます。燃やした葉っぱの灰入れた湯で茹でて、もう一度渋抜きをします。これが縄文人のやり方です。それでも失敗することがあるから、それをトチルというのです。 栃の実を5%入れた栃の実饅頭は十分いけると思います。 うちのドングリクッキーは「まてばしい」の実を20%入れて、作っています。 ドングリの粉を持ってきました。皆さん、舐めてみてください。甘いです。

栃の実の写真 ドングリクッキーの写真

 縄文クッキーの作り方

会場の様子









まとめ

縄文時代には、多くの神々がいました。自然に対する畏れが深く、いまだ鎮守の森が 残っているのは、その表れでありましょう。緑が国土の7割(68%)を占めるは、日本とフィンランドしかありません。韓国は64%。中国は10数%で、なお砂漠化が進行中です。わが国では、縄文時代からの祖先が森を大切にしてくれたお陰で、国土が緑に覆われています。

私たちも、この遺産を大事にしなくてはなりません。それが今後の、国民の長生きに貢献すると思います。国土に、緑が多いことは、空気が綺麗で、いい水が多いことを意味している。これが長生きの必須の条件ですが、昨今の自然破壊の動きは間違っていると心配しています。 終わり


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文責:臼井良雄 ・ 写真撮影:橋本 曜 ・ HTML制作:上野 治子


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