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平成20年9月19日 神田雑学大学定例講座NO422


ブルーベリーに魅せられて
〜夢は広がるばかり〜



講師 碓井 修蔵

日本ブルーベリー協会理事



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プロフィール

私とブルーベリーのかかわり

なぜ、ブルーベリーか

ブルーベリーに嵌った

非農家農業仲間が4人

ブルーベリーの何がいいか

ブルーベリーを美味しく

東京の農地

ブルーベリーの植物学

ブルーベリーを作る

剪定の仕方

夢は広がる


                

プロフィル

碓井修蔵さんの顔 長野県佐久市出身 65歳
日本大学法学部卒。千葉県庁入庁後東京教育大学農学部終了。千葉県庁行政で園芸課長、研究で暖地園芸試験場長、教育で農業大学校長を歴任し、平成15年千葉県庁を退職。 千葉県農業会議事務局長。平成18年3月から農業者としてブルーベリーの生産・販売に専念。

私は、神田三崎町にある日本大学法学部出身でありますので、神田雑学大学のあるこの周辺には、早くからご縁があります。しかし、大学に通っていた時期は、学園紛争まっさかりでして、水道橋駅から学校までの歩道の30cm角の石畳は、投石防止のため綺麗に剥がされていました。

1年、2年は大学に通いましたが、3年の終わりから、4年にかけては授業が出来なくて、傘下付属高校の聖跡桜ヶ丘などの校舎で授業を受けました。入学式は大きなホールでありましたが、卒業式は無く、卒業証書は学生課で職員から渡されました。総長から戴いた記憶はありません。

私は現在千葉県佐倉市でブルーベリーの生産をしております。東京という大都会で生活している皆さんに、話が合うのかどうか解りませんが、お話を聞いて戴きたいと思います。 私は丁度65歳ですが、年齢より若く見られるだけでなく、実際に元気です。何処でも黒板を使って、立ったままでお話します。

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私とブルーベリーのかかわり

私は、長野県佐久の生まれです。佐久がなんで有名かというと、佐久総合病院の若月先生が農村医学の先生で、地域の人たちの健康を守る予防医学に貢献した方がいらっしゃったからです。このため、日本でも有数の長寿地域となりました。

白板に「ピンコロ」と書きました。佐久市の三浦市長は旧厚生省のお医者さんでした。 この三浦市長と若月先生の強力なコンビで、健康食の奨励や、健康体操の普及によって佐久の長寿を実現させました。そこで、ピンコロ地蔵を長寿の佐久のシンボルにしようじゃないか、となりました。

お手元のチラシに『「ピンコロ農園」でブルーベリーを摘みませんか』と印刷してあります。 「ピンコロ」の由来は、ブルーベリーを食べ、ピンとしてリンとした生活を送っていただき、亡くなるときは畳の上でコロリと、という意味の、ピンコロの趣旨を頂戴しました。

佐久は、非常に保守的なところです。長野県の諏訪や岡谷は、製糸工場や精密工場が集中しており、革新系の考えの方が多いのですが、信州佐久は逆に保守的です。生家は農業で親は長男の私に農業を継がせたいと思った様子でしたが、私は高校を出てから目指すこともあって、もっと勉強したいと思い、東京へ出てから千葉県庁へ就職しました。

父は7人兄弟でした。叔父さん、叔母さんの意見は、長男を外に出すのはおかしいではないかというのです。親父は、みなの意見を聞いてから、「可愛い子に旅をさせろというじゃないか」この最後の一言で、私は佐久を離れることができました。

親父は大正2年生まれの95歳。耳は少し遠いが、すこぶる元気です。同級生が5人いて、時々同級会を開いています。珍しい長寿のグループということで、信越放送の取材を受けたこともありました。私は65歳、親父は30歳上の95歳。私も元気ですが、親父も元気。いつも親父を誇りに思っています。

千葉県の農業教育の担当をして、生徒には体験学習を教えて、成果を上げてきましたが、体験学習の原点は自分の親父にありました。自分の息子は、いずれは帰ってくるだろうと思って、そうしたのかも知れませんが、私はまだ帰っていません。しかし、年に何回かは兄弟たちを集めて、親父を囲んで一杯やることを楽しみにしています。

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なぜ、ブルーベリーか

なぜ、ブルーベリーかと申しますと、じつはある時が契機でした。それは千葉県庁で最後の職場となった2年間、千葉県農業大学校時代、堂本知事が知事選挙で当選しましたが、選挙日程の関係で県庁の定例人事異動が遅れました。普通は4月に校長が学校へ赴き、入学式で生徒に入学を許可するという証書を渡すのですが、校長人事が発令されませんでしたので、校長不在のまま農林部長が代行して、入学式を行いました。

入学式は4月10日でしたが、私が辞令を貰って着任したのは、4月26日でした。もし、この時、辞令が他の部署で、そこで定年を全うしていたなら、私とブルーベリーの関わりは無かったでしょう。

じつは、どこの大学も、少子化の影響で、定員割れを起しています。ご他聞に洩れず千葉県農業大学校も定員割れです。ですから8月の夏休み第一週に、高校生を対象に体験入学を平成13年から行っています。東京に農業高校が6校ありますが、うち3校の校長先生が教育大学の農学部出身です。

東京には大学がたくさんあるのに、同窓生の人脈から何人かの学生を推薦して、わざわざ千葉の東金まで送ってくれました。その体験入学は8月の上旬の最も暑い気候でしたが、ブルーベリーが一番美味しい時期でもあります。これを食べて、私と同じように非常に美味しいと感じて、入学する生徒も増えました。 (残念ですが、今日はブルーベリーを持参しませんでした。8月22日からのゲリラ豪雨で、ほとんどの実が割れる被害を受けましたので・・・。) 生ブルーベリーのパリッと割れる食感が、たまりません。

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ブルーベリーに嵌った

じつは、59歳のとき、私は、そのパリッでブルーベリーに嵌ったのです。これだ!
女房にブルーベリー栽培をやりたいといったら、一言。

「お止しなさいよ」。

「やらせてください」と粘る私。

とにかく、ブルーベリーの栽培が始まりました。
最初、美味いとだけ感じて、自分でも作って見たいと始めたのですが、徐々に深く、深くはまっていきました。美味いことが動機で始めた栽培でしたが、次第に今の時代が求めていることではないか、と感じるようになりました。

59歳で県庁を辞めて、第二の職場へ行き、ブルーベリーを栽培して実が成りだしたら、お客さんもそれを食べて、美味しいというのです。 人が集まって、食べてくれる。お菓子やさんに買ってもらえる。喫茶店から注文がくる。 それを配達すると、 「美味しい!また食べたいわ」という言葉が返ってくる。 その声に、私も意気に感じるようになる。

やっているうちに、私は公務員ですから、農業の話は千葉県の農家のためになるような話をしたり、補助金を出したり、農業を保護したりしてきました。しかし、これまで喋るだけだった人が、実際に農業を始めること、及び全く農地を持たないサラリーマンが農業をすることは、今どき非常に珍しい。定年過ぎた人でも、あまりいません。

一般論ですが、私と同じ65歳の同年の方は大勢います。 話を聞くと、朝起きて新聞をじっくり見て、10時半から10チャンネルの「暴れん坊将軍」、お昼を食べて、奥さんの邪魔にならないように散歩に出かけ午後4時ぴったりに帰ってくる。何を見るかといえば「水戸黄門」。夜はビールを飲んで早く寝てしまう。早寝、早起き、朝ごはん。文部科学省のキャッチフレーズ通りですが、こんな生活をしていると、ぶくぶく太ってしまうのです。

現役の頃は、みんな生き生きして、輝いていました。 ところが、定年になって家へ入っちゃうと、目がトロンとしてしまう。 私は、目的を持って元気に働いていますから、それを見てボランティアーで手伝わして下さいといって、奥さん手作りのお弁当と、お茶を持って大勢やってきます。そんなことがマスコミに報道されたのでしょうか。今やひっぱり凧です。 定年60歳。女性の平均余命85,99歳。男性79,19歳。60歳から余命の終了までを、どう生きるか? それが問題です。

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非農家農業仲間が4人

熱心に聞いている聴講生 私の生き方に共鳴された結果、現在非農家の方が4人働いています。 一人は出光興産を57歳で退職された方で、農地を使ってブルーベリーを作り始めました。 あとは、30歳と27歳のご夫婦が、ぜひ研修をやらせて下さいと、毎週きています。 「止めた方がいいよ、あと30年勤めてからでも出来る・・・・給料は幾ら貰っているの?」

「月30万円くらいにはなっています」

「農業で月30万は稼げないよ。止めなさいよ」

「でも、やりたいのです」

奥さんも「夫の希望をぜひ叶えて下さい」

こんなやり取りのあと、この夫婦は東京の赤羽から毎週電車で通っています。私は京成臼井駅まで向かいに行くのですが、二人はそれでは申し訳ないと、最近は歩いてきています。奥さんがまた、しおらしい。このように言うのです。 「私が食べさして上げるから、あなた農業をやりなさい」妻は近くの印刷会社勤務とか。夫は、千葉大の園芸学部の研修にも合格したらしい。

ハローワークでは失業保険受領者に、再就職のための訓練をするシステムをもっています。 農業関係では、千葉県農業大学校と千葉大園芸学部と茨城県の日本実践農業大学校の3校がそれです。30歳の元サラリーマンは月々6000円の失業保険をもらっているのですが、千葉大の園芸学部で10月から研修を受けることになりました。

もう一人は、佐倉の白金から羽田空港に58歳まで勤めていたのですが、人事異動で関空勤務となりました。しかし、休みの日には帰ってきて、ちゃんと私の農場に研修にくるのですよ。ブルーベリーをやりたいと言って。この方は実家が宮崎県にある大きな農家です。あと2年で定年になったら、父の後を継いでブルーベリー栽培農家をやるといっています。 私のしていることが、時代の流れに乗っているのではないかと思います。

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ブルーベリーの何がいいか

梨やりんご、桃、葡萄、びわなど良く知られた果物があります。夫々長い歴史があります。そういう意味では、ブルーベリーまだマイナーな作物です。まだ本当に人気のある果物とはいえない。色々な説がありますが、みのもんたがあの番組の中で、「ブルーベリーは目にいいよ」といったことから需要が急に増えたのは事実です。

もちろん、これまでブルーベリーの生産者が苦労して育てたことはいうまでもありません。アントシアニン色素(紫がかった色素)を持った食べ物が目にいいことは、マスメディアが取り上げる前に医学会ではすでに認識されています。目の疲労回復、視力向上、視野拡大などの効能があることが消費者にも理解され、人気が出てきました。

ブルーベリーの木の前の碓井修蔵さん

目にいいことは鹿児島大名誉教授伊藤三郎氏(初代ブルーベリー協会会長)の著書にも書かれていますが、第二次世界大戦中イギリスでは戦闘機パイロットが、ブルーベリーのジャムをパンに厚く塗って食べていたら、視力が非常によくなり、早朝の視界不良の中でも敵機発見が早く、有効な攻撃ができたといわれています。ブルーベリーの効能を説明する際に、よく引用さてるエピソードです。

もう一つは、ポリフェノールです。最近、抗酸化作用とか活性化酸素とかよく聞きますが、老化によって血管がもろくなったり、腸壁が錆び付いたりして、それが病気の原因になるという話です。ブルーベリーには、それらを抑制する効果があるのです。ブルーベリーにはポリフェノールが100種の野菜・果物のなかで最も多く含まれていると、医学的にも証明済みであります。そのために。消費が拡大しております。

農産物を食べて、一番おいしいのは摘みたてです。農家の庭先で、そのまま食べるのが最も美味しい。かっては、農家が収穫したものを農協へ持ち込み、農協から市場へ出荷され、そこから八百屋やスーパーマーケットに納入され、消費者の口に入るまで二日くらいかかるのが、流通の常識でした。すると当然、鮮度は落ちます。 木になっている時に食べるのが理想ですから、いまは、イチゴやブルーベリーの摘み取りものが増えているのです。輸入物は摘んでから日本の市場に出るまでには一週間かかりますから、摘む時期は未成熟のうちで、店頭に置かれるまでに熟すのです。

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ブルーベリーを美味しく

整理するとブルーベリーの美味しいのは次の順番です。

一番美味しいのは、木になっている実を摘んで食べること。

二番は、農家の庭先で食べること。

三番は、道路に店を出している直売所で買って食べること。(最近売り上げが急増)

最後は、農協から市場に出荷され、小売の店頭に並んだもの。
私も、チラシにあるように、「ブルーベリー摘みをしませんか」と呼びかけているのです。じつは、東京でも青梅とか府中とかで、ブルーベリー摘みをやっております。摘み取り園が、たくさんあります。これらの摘み取り園の周りは、マンションやアパートだらけですから、宣伝しなくてもお客さんが集まるという、立地条件に恵まれております。

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東京の農地

東京の農地はすべて市街化区域で、固定資産税が高い。都市計画法のなかで、いつかは住宅になる可能性のある区域です。その中で農業をしている方もいます。梨や、キウイ、葡萄、ブルーベリーなどの栽培はできるのです。農業の方は、市街化区域は宅地並みの固定資産税がかかりますから、これを「生産緑地」として認定してもらえば、農地なみ課税となって、200分の1とか、300分の1とかに安くなります。

ブルーベリーのお客さんは、一般に女性が多く、生で食べるより、加工して食べる方が多い。まず、ジャム。ソース。ジュース。ケーキのトッピングなど。青梅/小作の関塚さんという方は、自分で作ったデザート類をレストランのメニュウで提供しています。 ジュース一杯+クッキー500円。または+焼きソバまたはカレーライスで1000円. 奥様方に好評で行列ができる・・とか。

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ブルーベリーの植物学

ヅルーベリーは、ドウダンツツジとまったく同じ種類です。ただし、スノキ属に属して実がなります。4月頃に白い花が咲く。花が実になって、早いものは6月,7,8,9月と4ヶ月くらいで収穫ができます。原産地は北アメリカ、五大湖の周辺で、昔インデアンがよく食べていたようです。

野生のブルーベリーがいっぱい成っているので、北米の大学の先生などが採取交配して、優良種の「ハイブッシュ」を作ったと聞いています。まだ歴史は浅く、60年くらいしか経っていません。この地域は、日本でいうと長野とか福島、山形、北海道などの気候のイメージで、やや寒いところです。 来年はツアーを組んで、原産地訪問が企画されています。

北米でも南部の辺りは、少し暖かい地域ですが、大学の先生などが野生のブルーベリーからいい種を選んで、人工授粉をして品種改良しました。これはウサギの目に似た色合いの「ラビットアイ」といいます。種からいえば暖地型です。千葉や東京が北限ですが、私は両方を栽培しています。「ラビットアイ」は暑い7,8,9月に収穫できます。摘み取りのお客さんに来て頂くのですが、夏まっさかりの時は、30分もやっていると、みんな涼しい場所に逃げてしまいます。

このほかに100種ほど、いろんな種類のブルーベリーがあります。 昔から、ブルーベリーは酸っぱいというイメージがありますが、現在は品種改良の結果、甘くて大きい実が成っています。上記の両方とも生食向きです。1個2gくらいですから、一日 掌いっぱい30個を食べて下さい。結構、即効性があり、新聞読むと目がしょぼしょぼしたのがホントに治ります。

ゴハンと一緒に食べるという人もいるようです。色々な食べ方があるようですが、生食が一番美味しいという点では評価が一致しています。特に「ハイブッシュ」は、食べて種を感じません。さくらんぼでいうと佐藤錦級です。 6月頃の競りでは、ご祝儀相場が付くくらいです。

ジャムを作るなら、少々高いけど種を感じない「ハイブッシュ」が最適です。 水洗いしたブルーベリー1kgに対してグラニュウ糖150gを加え、弱火でグジュグジュ煮ると、アクが出てきます。それを取り終わったらグラニュウ糖の最後の150gを加えまたグジュグジュ煮る。30分もすると、プツプツ泡が出始めます。このような自然の状態で作るジャムが一番美味しい。中には昔流行ったハチミツやレモンを増量剤に使う方もいますが、なんといても新鮮なブルーベリーにグラニュウ糖に限ります。

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ブルーベリーを作る

講演をしている碓井さん 港区浜松町に日本ブルーベリー協会という任意団体があります。行く行く社団法人にする予定ですが、全国に千人ほどの会員がおりますが、都会のマンションのベランダでブルーベリーを作っている人も会員になっています。

会員千人ですけど、毎年200人加入して、200人辞めているので、増減なしです。年会費5000円ですから、台所事情は苦しい団体です。

私は理事ですが、交通費実費支給のボランティアです。毎年池袋のサンシャインビルにおいて、日本ブルーベリー協会主催の、都会の方に対するブルーベリー展をやっています。もともと、「東京アウトドア」の一角を6月下旬から7月上旬の三日間借りて、ブルーベリーを宣伝しようと始めたことでした。

その時には、黒山になるほどの人が集まりますので、「ご家庭のベランダで作れるブルーベリー栽培」の宣伝を致します。50人ほどの皆さんに、30cmのポットを準備してもらい、次のように説明します。「植える時期は、落葉期の11月から12月が宜しい。

土は、鹿沼土と、赤玉、ピートモスをそれぞれ3分の1づつの配合をして、PH4,5から5,3になるようによく混ぜ、鉢の8分目あたりまでその土を入れ、2年生苗木植える。すると、4月に白い花が咲きます。その花は、全部切ること。これで3年目の木が丈夫に育ちます。そのあと、6月頃に固形肥料を与える。水は毎日1回はやってください。翌年4月には、また綺麗な花が咲きます。

食べたい方は、この年から摘んでも結構ですが、我々専門家は、もう1年待つのです。要するにブルーベリーの木の体を作る作業ですから、時間がかかります。どうしてもその時に食べたければ、花を半分切って、実を半分食べるようにして下さい。ブルーベリーの成木(7年生)には、大体1本に5kgの実がなります。これだけあれば、一家で十分食べられます。

「成木は高さ約3mになりますから、毎年冬場に剪定をして、高さ1,5m程度に抑え、実の収穫がしやすいようにするのです。私の農場に400本のブルーベリーの成木があります。1本1時間かかりますから、剪定は冬場の2ヶ月間を要します。肥料も2ヶ月かかります。冬場の半年を遊んでしまうと、いい実が夏に収穫できないことになるから、女房に弁当を作らせて、寒い中を頑張っています」

成木になるのは7年。私は今5年目ですが、ブルーベリーの実はどんどん採れています。 今年550kg採れましたからkg2千円で、売り上げは百十万円になりました。私、現役の頃は、経営と家計は分離しようと主張していましたが、農業経営の収支は、経費約50%として大体60万円くらいの黒字になる。年金貰いながらの所得60万円は悪くないですよ。毎日酒を飲みながら「暴れん坊将軍」と「水戸黄門」を見て過ごすよりは、よほどいいですね。

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剪定の仕方

剪定の仕方を簡単に説明します。 成木は3mくらいに伸びるといいましたが、こんなに高いと作業しにくいので、冬場に適切に枝を切るのが剪定作業です。主軸(主幹)に対して亜軸4本を作ります。主軸も伸びないように、芽をきります。亜軸にも細い枝がたくさん出て、交差する枝もあるので、切っていきます。基本は不要な枝を切って、陽光が通りやすくするのです。葉っぱ25枚に1個の実というのが、りんご、梨、桃などに共通する常識です。剪定を上手にすることで、美味しい果実が得られるのです。 カットする対象枝は以下です。 交差枝 下垂枝 病気の枝 20cm以下(新生枝)

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夢は広がる

我が家では、経理と集客は女房が担当しています。女房がボランティア活動を通じて仲間になった人たちが、佐倉、船橋にたくさんおります。その方々がお客さんの主体です。 私は、ひたすらいいブルーベリーを作ることに専念しています。なんといっても最初に女房が「うん」といってくれなかったら、出来ませんでした。 そして、今はサブタイトルにあるように〜夢はひろがるばかり〜です。 終わり
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(文責 三上 卓治)

講座企画・運営:吉田源司
写真撮影:橋本 曜 
 HTML制作:上野 治子
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