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平成20年10月10日
神田雑学大学定例講座N0427



ー千代田図書館トークイベントー 能楽入門「放下僧」  講師 青木一郎



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目次

 メニューの先頭です 1.講師プロフィール
2.はじめに
3.能の曲のジャンル
4.放下僧




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1.講師プロフィール

青木一郎講師 昭和23年生まれ、能楽師観世流シテ方準職分、重要無形文化財総合指定保持者、日本能楽会会員、財団法人梅若研能会理事。
幼少より2世梅若万三郎師、三世梅若万三郎師、祖父只一、父豊に師事。
在住する吉祥寺の他に様々な場所で積極的に能楽の普及に取り組む。
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2.はじめに

私の家は私の祖父只一の代から能をはじめた家でございまして、祖父が始めたのは明治の時代になります。
江戸末期から明治にかけて、観世流で名人と言われた梅若実という方がいらっしゃいました。
梅若実という方は明治維新で幕藩体制が崩壊した中で、東京で能をしっかり守っていった観世流の名人のひとりでした。
そういう中で梅若実という方は梅若実日記という日記を亡くなる直前まで何十年もかいていらっしゃいました。
その中で私の祖父、青木只一が入門した当時の様子が書かれております。祖父は十何歳で入門したんでしょうか、その日記が近年活字本になりまして、全7巻梅若実日記ということで出版されました。私の家のことも詳しく書かれております。
その梅若実の子孫の方々が本家である梅若六郎家、それから私どもの師匠にあたります梅若万三郎家、と大きく二つの流れになっております。
公演中の青木一郎講師
私の祖父は梅若実に入門いたしまして、それから家は初世梅若万三郎、2世梅若万三郎、それから現在は3世梅若万三郎と続いておりますが、私は現在はその三世梅若万三郎先生に師事しておるわけでございます。
もちろん幼少の時分は二世万三郎先生にもずっと習っておりました。私の祖父、父、それから私の息子も続いておりますので、4代に渡り、能の家にずっとつながって現在に至っております。
今日は能の話をさせていただきますが、この中で生の舞台で能をご覧になった方は何人ぐらいいらっしゃいますか?
ずいぶんいらっしゃるのですね。それでは話しも少し専門的な言葉なども使わせていただいて進めたいと思います。
今日は千代田区図書館の主催ですが、私は実は中学高校と千代田区の暁星という学校に通っていまして、はるか昔の話ですが、このあたりは土地勘もありよく覚えております。
この先に靖国神社がありその中に能舞台があることをご存知ですか?高校生のとき私はそこで経正という能を奉納で勤めたことを覚えております。初めての野外で演じ、外の風が顔に心地よく触れたのを今でも覚えております。
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3.能の曲のジャンル

今日は「放下僧」という曲を取り上げさせてもらいました。
能は約二百曲、二百番とも言いますが、伝わって残っています。その中で大きなジャンルが五つあります。

会場風景
ひとつは神様が主人公のもの、例えば「高砂」ですね。
ふたつめが侍のもの、例えば源義経が主人公になって出る曲です。
三番目が鬘物と申しますが、これは能の中では最も静かな幽玄味が勝った曲でございます。
例えば源氏物語とか伊勢物語とかそういう古典を題材とした曲柄で源氏物語では六条の御息所が主人公になります「野宮(ののみや)」とか伊勢物語ですと「杜若(かきつばた)」とか「井筒」など女性が主人公になってくる非常に静かな曲柄です。
そして四番目はあとにしまして五番目が、鬼が出てくる曲です。例えば「紅葉狩」という曲がございます。
平 維茂(これもち)が鬼を退治すると言う曲で、非常に動きも多くて話の筋も分りやすいという曲柄が多いです。
そして四番目は、今まで申し上げた四種類のジャンル以外に相当するもので、色々な曲がございます。
例えば歌舞伎の勧進帳と同じ題材の「安宅」と言う曲、それから親子が生き別れたのち、悲劇的に再会するという「隅田川」という曲、それから今日取り上げます「放下僧」というような敵討ちの曲などがこの四番目のジャンルに含まれます。
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4.放下僧

さて本題の放下僧に入りたいと思います。お手元に説明資料をコピーしたものをお配りしてありますが、これを見ながら私の説明を聞いていただくと分りやすいかと思います。
江戸時代、江戸城内の能舞台で能を催す時には5番立てと言って一日に五曲の能が演じられました。
一番先に「翁」「三番叟」などの神様に関わるジャンルから始まって、間に狂言を挟んだりしながら先ほどのジャンル順に上演されていました。
しかし、現在の能の会では五番立てを一日いっぺんにご覧になっていただく機会は、演能の形態や環境の変化により、まずなくなりました。
「放下僧」はその中の四番目のジャンルに相当する相当する曲です。 「放下僧」のあらすじを説明資料でご覧になって頂きたいと思います。

放下僧(ほうかぞう)(あらすじ) 下野の牧野小次郎は父の仇、利根信俊を討つため、出家している兄のもとに助力を頼みに行きます。
兄は出家の身であるのでと一度は断りますが、小次郎が孝心のため岩に矢が突き刺きった中国の故 事を引いて説得した姿を見て仇討ちに同意します。

兄弟は流行りの放下僧に変装し、故郷を出発します。
一方利根信俊は悪夢にうなされる日々が続いていたので、瀬戸の三島明神を参詣に旅立ちます。 道中、供の者が放下僧と出会い信俊のもとへ呼び寄せます。
若き日の青木講師舞台姿 放下僧に変装した兄弟は企てた通り信俊に近づくと、浮雲・流水と名乗ります。供の失言により仇の信俊と知りながら隙を伺うため、問われるままに団扇や弓矢を持つ謂われを面白く説き、禅問答を交わし、曲舞や翔鼓の舞、小唄な ど様々な芸を見せます。
そして信俊が油断したところで斬りかかり、兄弟は念願の仇討ちを遂げるのでした。
配布テキスト内容 敵討ちという曲は実は能のなかではあまり多くなく、曽我の五郎、十郎という兄弟の「曽我兄弟の敵討ち」それから「望月」があるくらいです。放下僧も望月も敵役はワキ方に当たるのですが、その敵役に対して芸尽くしや禅問答を仕掛けて、ワキの敵を油断させて最後かたきを討つというシナリオになっています。
その油断させていくプロセスがご覧になっていく方々に期待感を持たせていく魅力があるのだと思います。

上の写真は後半の部分で兄弟が相手に対して禅問答を仕掛けてきている写真です。これは私が23歳のとき、昭和47年ごろの舞台での写真です。
今日配布しましたテキストは実は息子の力を借りて作っております。内容の例として3ページ目(を挙げさせて頂きます。(右写真参照)
真ん中の段に(名ノリ)と書いて小次郎「かように候者は下野の国の住人・・・・」とありますがこれが能の台本でございます。
下には現代語訳を書きました。
それから数字を振って上段に書いてありますのが語句の解説になります。
能の前半の部分は、兄弟が敵を討つ計画を立てる内容なんですが、ここで実際の舞台ではどのように謡うのかを、持ってきたビデオをご覧頂きたいと思います。

      −ビデオ上映

ビデオでのセリフは少し聞き取りづらいかもしれませんが、お手元の資料にある台本を見ながらお聞き頂ければ分りやすいかと思います。

このようなセリフをどのように謡うか、ここで私が実際にやってみようと思います。
能の中には謡いという部分があります。それは大きく2つに分かれまして「言葉の部分」と「節(ふし)」の部分とございまして、この「放下僧」の前半は殆どが「言葉の部分」に終始致します。

青木講師の朗々たる謡

(録音テープ内容をクリックで再現)
この部分が、弟が中国の故事を引いて兄を説得する部分の語りの一段落です。
それから弟は放下、お兄さんは放下僧に変装することになります。
小歌(こうた)を歌い、あるいは曲舞(くせまい)を舞いと、色々な芸尽くしをしてみせる芸人を放下と言い、その中で僧の姿をした人達を放下僧と言っております。
一寸ニュアンスは違いますが、今で言う大道芸人でしょうか。

その前後に、能の展開の中では舞台は瀬戸三島、今の神奈川県金沢へ移り、ワキが登場いたします。
能の展開の中ではワキが登場いたします。ワキは利根信俊という兄弟の親の敵(かたき)です。それが供の下人を連れて登場して参ります。
能にはワキ方という役割があり、利根信俊役はワキ方が担当します。
「歩みを運ぶ神垣や、たてぬ誓い頼まん、これは相模の国の住人利根の信俊と申す者にて候・・・」と言って笠をかぶって登場して参ります。傘をかぶるのは、敵(かたき)として狙われておりますので身を隠すという意味が入っているものと思われます。
その後、扮装を改めた兄弟が放下と放下僧の扮装で登場いたします。
それから舞台は移って、信俊の供の下人が兄弟を面白そうな芸人と見て、主人に会せようとする場面になります。
下人が「いかに申し候 方々はいかようなる御方ぞ 名字はなんと申し候ぞ」と言って登場してきます。
先ほどお能の中では敵(かたき)になるワキはワキ方と申しあげましたが、下人も職制で別れておりまして、この下人は狂言方が担当いたします。
わたしどもシテ方がこの部分を担当することはありません。
狂言には独立した狂言もございますが、能の中に入ってきて登場人物の一人として演ずる狂言もございます。
ここで兄は「いや某は浮雲 あれなるものは流水にて候」と答え、「又あれなる御方の御名字をば何と申し候ぞ」と聞きます。
ここが面白いところで、下人は、主人から名前をみだりに明かすでないと止められていたにもかかわらず「これこそ相模の国の住人利根の信俊殿 ではないぞ」と名前を言ってしまい、慌てて取り繕うのですが、兄の方は「いや苦しからず候ただ放下が参りやると御申し候へ」と答えるのです。
ここから重要な場面が続きますのでビデオを見ていただきます。

―ビデオ上映15分―

ビデオ画面からその1 ビデオ画面からその2

途中までご覧になっていただきましたように、登場しましたシテとツレ、兄と弟でございますが放下と放下僧になってワキとの禅問答をしているうちに、ワキはすっかり気を許しまして、瀬戸の三島まで同行して参ろうということになりました。
最後の狂言の言葉に「とてものことに鞨鼓を打って・・・・」と言う言葉があります。
これからなおも舞台が続き、シテが曲舞を舞いそれから鞨鼓という楽器をたたき、それから小歌というあるリズムに乗った舞を舞い、そうこうするうちにワキがすっかり気を許してしまった時に、最後兄弟は駆け寄って敵(かたき)を討つという場面になるのです。
引き続きビデオを続けます。
鞨鼓を打っての鞨鼓舞い、そのあと小歌が続きます。
最後に兄弟がワキを討つ場面です。
実は舞台にはワキはもうおりません。代わりにワキがかぶっていた笠が置いてあります。この笠をワキに見立てて切りかかるわけです。兄弟で敵(かたき)を討って念願を果たします。
能ではあまり写実的な表現は嫌います。したがってワキではなく笠をワキに見立てて、それに切りかかり仕留めたという展開です。
笠に切りつける兄弟

そのあと台本の最後には(キリ)とあって「かくて兄弟念力の、その期のありて忽ちに、親の敵を討つことも 孝行深き故により 名を末代に留めけり 名を末代に留めけり」で終曲です。
能の中ではこのキリという文章は少し通俗的といいますか、めでたしめでたしという終曲の文章に当たります。
これで能は終わるのですが、二人が退場するまでが舞台になっています。
以上放下僧という曲を通して能の描いていることをご覧頂きました。
配布資料の中に写真もつけましたので読み返していただければお能の「放下僧」という曲がどんなものかは少しはご紹介出来たのではないかと思いますが如何でしたでしょうか。【拍手】

終わり


文責:臼井良雄
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:臼井良雄 ・和田節子

本文はここまでです



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