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平成21年1月16日
神田雑学大学定例講座N0440


矢島講師のお宝に群がる聴衆



目次

 メニューの先頭です 1.講師プロフィール
2.はじめに
3.『化石の記憶』を書くまで
4.アレレとの出会い
5.化石研究の歴史物語
6.矢島講師のお宝を囲んで




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1.講師プロフィール

矢島道子講師 理学博士、古生物学研究者
経歴 東京大学大学院理学研究科地質学専門課程博士課程修了理学博士 現在東京医科歯科大学教養部、千葉大学、早稲田大学法学部、成蹊大学非常勤講師、NPO地質情報整備・活用機構
著書:『地球からの手紙』国際書院、日本生態学会編共著『生態学入門』、共著『メアリー・アニングの冒険』朝日選書、『化石の記憶-古生物学の歴史をさかのぼる』東京大学出版会2008年10月刊

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2.はじめに

今日は『地球からの手紙』と言う題での2回目の話になります。
お手元にレジュメを配りました。右側に外国人の名前がずらっと並んでいて、難しそうですが、時々話の中で人の名前が出てきたら、ちょっと見ていただいて参考にしていただけたらと思ってつけました。
今日は前半はパワーポイントを使いお話をし、後半は化石を沢山持ってきましたので、実際に見ていただき触っていただきたいと思います。
矢島道子著『化石の記憶』
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3.『化石の記憶』を書くまで

ミジンコの化石をたずねて日本中を歩きました。行き先々で多くの人に助けていただきました。
でもお話しすると時々アレレという間違いに出会いました。
どうして間違うのだろうかと、残念に思って、化石のことを広く一般の人にも知ってもらいたいと、今度は化石にまつわる歴史を掘り下げて『化石の記憶』という本を書きました。右がその本です。
今日はその本を作り上げる過程で感じたこと、調べたことを中心に化石ってなんだろうというお話をいたします。
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4.アレレとの出会

下の写真を見て、特にアレレとは思わない方もいらっしゃるかも知れませんが、例えば貝の化石を見て「これは貝ですね」とおっしゃる方、貝殻がとけて,中の泥が固まってカチカチになった物を「これは化石ですね」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
公演中の矢島講師 実は両方とも化石です。一般の方は石みたいになっていないと化石ではないと思っているらしい。
それからこれはしょっちゅう言われるのですが、これから「化石を掘りに出かけます」というと「どこの遺跡ですか」と言われます。
「遺跡ではないです、化石です」と言いますと「考古学がご専門ですか」と言われます。
化石の学問は古生物学という異なる学問です。しかし世の中では遺跡を掘るとか考古学というほうがうんと流布していると感じます。
そして色々話していると「ここは海だったのですかー!」で話がおしまいになります。
それで昔の人は化石をどんな風に考えていたのか探って見ました。
この写真はハンマーの上に貝の溶けた跡の穴があります。これは化石でしょうか?
貝のとけた跡の化石 それからこれは虫が入っている琥珀です。これは化石でしょうか?
そしてこれはなにか?これはライムリージスの海岸でメアリー・アニングが採った首長竜の糞なんです。
これは化石でしょうか。
答えは全部化石です。「『化石』とは『過去の生物を語るもの』」であるからです。過去と言ってもどのくらいの過去か、やはり100万年以上前の地層の中から出るものです。 虫の入った琥珀
それから生物といっても中には生物か生物でないかわからないものもあるのです。あるいは空気の中の酸素はどうでしょうか。酸素は生物が作ったものですから化石といってもいいのです。
私は勝手に「化石」とは「過去の生物を語るもの」と思っていますが、私の先生が非常に良い言葉で書いています。
「化石は過去のつかのまに生きた生命の残した記録であるとともに,その生物の死後極度に長い期間にわたって,生命のない物質として,自然の中で堆積や続成といった化石化作用を受けて変わってきたという歴史を背負っている. 」ですから、元が生物なら何でも化石になるのです。
さて続きです。これはコレニアといって、今日は重くて持って来れませんでしたが、きれいな中国産の化粧板です。ここに模様がある。これは化石か化石でないか?
コレニア 生きているコレニア これは長い間分らなかったのですが、これと同じようなものがオーストラリアで生きているものが見つかりまして、それストロマトライトと言うんですが、それでこれは化石ということが判りました。
それからこれは今日持ってきましたのでお見せしますが、なにか羊歯かなんかの模様が見えます。生物の跡だから化石だと思うでしょうが、これは化石ではありません。
羊歯模様に見えるが化学的結晶成長模様 化学的な反応である部分が結晶成長して出来た模様で、生物起源ではありません。これも私たちは知識として知っていますからそう言えますが、知らなかったら羊歯の化石と思ったかも知れませんね。
そしてこれは何か。波の跡みたいだから波の化石、これはぽつぽつ雨が落ちた跡だから雨の化石とか、氷がびりびり割れている形だから氷の化石とかいう人がいるんですが、これは生物に関係ありませんので、化石とは言いません。
“波の化石”“雨の化石” “氷の化石” の写真を下に貼ります。
波の化石 雨の化石氷の化石
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5.化石研究の歴史物語

化石と言う言葉は日本語で、中国では「殭石(きょうせき)」といいます。
殭石という言葉は昔からあって、殭はその偏から分かるように死ぬと言う意味だそうです。
ですから物が死んで固くなった石という意味です。新疆ウィグル地区などの、疆は偏が遠いと言う意味で漢字は偏が違うと全然違った意味になるのですね。
日本は化石という言葉を明治になって輸出しまして今では中国人も化石という言葉を使っています。
魯迅はお医者さんになろうと思って日本に来て、医者では中国を救えないから文学者になったというふうに聞いていたのですが、調べてみると一番最初は地質学を勉強しようと思って日本にきたのだったようです。
それが志ざし変わって医者を目指し、また変わって文学を目指すようになったそうです。
魯迅は『中国地質略論』という文章を日本で書いています。それは中国語で書いてありまして、中国の地質学の最初と言われている本です。
このなかで魯迅は中国が化石になって文明国にやられてしまってはいけないということが書いてありますが、そこで魯迅は「殭石(きょうせき)」という言葉を使っています。
英語では「Fossil」フォッシルと言いますが、これはもともとはラテン語で掘り出された物という意味からきています。
昔はイギリスやフランスでは遺跡も化石も掘り出されたものは全て「Fossil」フォッシルと言いましたが、今では生きたものの化石だけを「Fossil」フォッシルと呼ぶようになりました。
マンモスの歯 天狗の詰めすなわち鮫の歯銭石すなわち海百合の茎ムカデ石すなわち海百合
日本で最初に化石を調べ本を書いた人は木内石亭(1724-1808)という人で、江戸の中期から後期にかけて生きた人で琵琶湖の近くで生まれた人です。
この人が集めた石やスケッチが残っています。上の写真です。
左マンモスの歯です。左から2番目は天狗の爪と木内さんは名付けていますが鮫の歯ですね。
木内石亭 これは銭石と書いてありますが、海百合という動物の一部茎です。
右はムカデの形をしているのでムカデ石と書いてあるものです。これも私たちが見ると海百合になります
。まあ江戸時代の木内石亭はなんの生物が石化したのかは、良くわからなかったままに石が好きで集めているのです。

ではヨーロッパでは化石はどんな風におもわれていたのでしょうか。
これは先ほど木内石亭が天狗の爪と呼んだ化石ですが、ヨーロッパではどんな風に考えられたかと言う一例です。
これはゲスナーという人が書いたもので彼にはこれが鮫の歯だということが分かったのです。
ゲスナーの鮫の歯化石スケッチ
これは17世紀頃のフランスで使われた毒見の石です。つまり鮫の歯の化石をつるしておきまして、スープかなんか来たら入れるわけです。
それが反応したら毒だとわかるというのに使ったというものです。鮫の歯というのは炭酸カルシュームですから、酸に出が会うと反応して泡が出るのです。まあ論理的ですね。フランスの毒見の石
鮫は実際に大きなものが揚がることがありますので、それを見て鮫の歯だと同定が比較的容易だったのでしょう。

ところがアンモナイトはなかなか何か分からなかったのです。
これは非常に多く出る化石ですが、絶滅してしまった生物ですからこれがどんな生物だったのかを考えるのは難しいのです。
アンモナイトという言葉は、エジプトのアモン神から取ったもので、この神様は耳のところに丸い角があったと伝えられていました。それに似ているというのでアンモナイトと名付けられたのです。
  アモン神スケッチ(矢島) アンモナイト外側アンモナイト切断面(内側) これはちょっと見るとデンデン虫みたいに思うでしょうが化石を割って見ますと中はデンデン虫とは違って中に幾つもの部屋がある。
そのころオーム貝という名の貝が発見されまして、それは中が細かく部屋に分かれた構造をしていましたので、ではオーム貝に近いんだろうということになったのです。
それまではこれは蛇がトグロを巻いたまま固まったんだという伝説もあって、アンモナイトのお土産にわざわざ蛇の頭を掘り出して売っているところもイギリスにあります。

さて次は恐竜の化石です。恐竜の化石が出てきても最初はなんだか分からない。
イグアナに歯が似ていたのでイグアナの歯と言うことでイグアノドンと名づけ、これはマンテルという人が描いた想像図です。 マンテルの描いたイグアナドンスケッチ ここ顔の鼻の上に角があります。
マンテルの後でベルギーのベルニサールという炭鉱でイグアノドンの化石がたくさん出てきました。
ベルニサール出土化石群スケッチ すると角なんか無いんです。このとき復元したのがこの図でして、ゴジラ型の恐竜で大きな尻尾を引きずっている形が描かれました。
マンテルだって骨があったので角を描いたのです。この骨はこの図ではどこにいったんでしょう。答えは親指の爪のところです。
このベルニサールの復元から20世紀の前半までは恐竜はみなこういう風に尻尾を引きずる復元をしています。
ベルニサール発掘以降のスケッチ 現在は尻尾を上げて猛烈な勢いで走るというふうな復元をしています。
もともとの化石の跡を見ると尻尾を引きずらないで走っているように復元をしても良かったのです。けれどもものすごく大きくて、尻尾で支えなかったらとても体重を支えられないだろうという考えでなっていたのです。
ところが恐竜の足跡の化石が実際に出ています。イグアノドンの足跡の化石もあります。
しかしこういうふうに尻尾を引きずっているならば、その引きずった跡が足跡と一緒に化石になっているはずなのに、それはどこにも無いのです。
どこにもないけれど、支えられないと思い込んでいますから、復元図はみんな引きずった絵が長い間支配的でした。研究者は尾を引きずった跡が無いことは分かっていたのに、黙っていたのです。

ところで恐竜、ダイノザウルスといいますが、に棲むものという定義があって、海中に住む魚竜とか首長竜とかは恐竜の仲間ではありますが恐竜ではありません。
これはイギリスで有名なライムリージスに出た化石をもとに復元した図です。
復元図白亜紀のライムリージス
空には翼竜が飛び、魚竜と首長竜が居、魚がいてアンモナイトが居て、首長竜の首を魚竜が噛み付いているとか、魚竜が魚を食べているとか生態系が書かれています。さきほど糞の化石と言う話をしましたが、この絵の中の首長竜はポトポトと糞をたらしています。
糞の化石が出るのでこんな絵を描いているのです。
お気づきになるかどうか、ここに蝶々のような羽のついたものがあります。これはアンモナイトの復元図です。
つまりアンモナイトが生きているときはこんな形をしていたという風に19世紀には考えていたのです。
どうしてかというと、おうむ貝の殻は出てくるのですが、生きているおうむ貝はなかったので、おうむ貝はどういうものか分からない。
この蝶々みたいなものは何から復元したかと言いますと、あおい貝とか蛸船をご存じないですか。
九州のほうに行きますと、白いきれいな貝殻が海岸に打ち上げられまして、その上に蛸が住んでいるのです。それは日本でも見られるだけでなく、イギリスでも見られるので、蛸の仲間ではないかということでこんな絵を描いているのです。まあすき放題やっているとも言えますね。

研究者には色々な面白い研究者がいまして、たとえばマリー・ストーップスというイギリス人は日本に来ているのです。
マリー・ストーップス
それは明治の終わりくらいです。彼女は藤井という日本人と恋仲になって、神戸に来たのですが、すぐ喧嘩して帰ってしまいました。
彼女は植物の化石の研究をしていまして、ベルリンで藤井という日本から来た研究者と恋仲になりました
。戻ってから植物の研究者と結婚しますが子供が出来なかった。どうして出来ないのかと調べたら、精子のほうが原因だということが分かった。
そしてそんなことが全然知られていなくて、子供が出来ないと言うとみんな女のせいにされて女の人は泣いているということに気付きます。
それから産婦人科のクリニックを作りまして産制限運動を一生懸命やった人です。

これは有名なナウマンです。彼が日本に来たのは20歳です。 日本でのナウマン
教えている学生とひとつかふたつしか違わない。だから人をなめるというか悪いことをたくさんしています。学生を走らせて自分は人力車で一緒にいったとか。
それでも彼は非常によく勉強した人でもありました。しかしそんな悪い態度だったので、ナウマンが帰ってから日本の地質学者は皆でナウマンを亡き者にしたと言われています。

ここに出ているベリンガーは17世紀から18世紀の人です。この人にまつわる嘘石の話があります。 嘘石レプリカ
ベリンガーは化石の研究をしていたのですが、学生をいじめたので、同僚が恨んで、若い人を使って、へんなこういう化石を作らせて、土の中に埋めさせたのです。それを皆が拾ってベリンガーのところに持っていきます。
ベリンガーは面白いということで星の化石とか彗星の化石とか大論文を書いてしまいます。
それが間違いだと分かってベデリンガーは回収したけれど、回収しきれず、気がおかしくなって亡くなったとか色々な話が伝わっていますが、本当は裁判もして、不当に貶められたということも分かり、教授も長生きしたというのが本当なのです。
しかしこういう嘘石なんていう変なものは、後の世ではコレクターの垂涎のお宝になるのです。
ベリンガーの遺族たちはこの嘘石の値段があがってものすごく儲けたと言われています。
かれはビュルツブルグの人なので私がビュルツブルグ大学に行ったとき、本物の嘘石をいっぱいありましてちゃんと飾っているので、写真を撮って、大学でお土産に作っている嘘石のレプリカを貰いました。これは私の宝物であります。

それからもっと古くなりまして、アグリコラとかゲスナーは古くなりまして16世紀の人です。 ゲスナー肖像 ゲスナーの化石スケッチ その人たちが化石をどういう風に思っていたかというのがヨーロッパに残っている一番古い化石の記述です。
これはゲスナーの描いた絵ですが、先ほどの木内石亭の銭石によく似ていると思いませんか。
やはりこれは海ゆりの茎です。これは星型でゲスナーは星と言っているのですが、これも海百合の茎です。
これはいったいなにか。ゲスナーはダーツの石、投げる矢の石と言っていますが、日本では矢石と言っていました。
これが何かということはずっと分からなかったのです。どうしてかというとそれと同じようなものが現在の生物に絶滅しているわけです。今これが何かと言われているかといいますと、烏賊の甲です。
なにが言いたいのかといいますと、日本でも銭石とか矢石とか適当なことを言っていますが、ヨーロッパでも同じようなものだったと言うことです。

もっと古くなりましてアリストテレスとかアルベルトゥス・マグヌスとかは化石についてどういう風に考えていたのでしょうか。
実はアリストテレスは化石については何も言っていません。何も言っていないのに、化石を解釈するのに、アリストテレス主義だとかプラトン主義だとかいう言葉があります。
これは貨幣石と言ってまるでお金がいっぱいくっついているような石があります。 貨幣石

これは有孔虫と言いまして単細胞の生物です。2000万年くらい前の海には沢山いた生物です。
これがどこから出るかと言いますと、ピラミッドです。ピラミッドの石には沢山ついています。
それをその昔の人は何だと考えたか。ピラミッドを作った労働者のお弁当の滓だとか、玉ねぎの跡だとか、豆の跡だとか好き勝手な文書が沢山あります。
ストラボンとか優秀な紀元前の地理学者がそんなことを言っていたとか伝わっています。
しかし当時でも学者は実際はそんなに変なことは言っていないで、地元ではピラミッドを作った労働者のお弁当の滓だとか言われているがそれは間違いだと言っています。
こんな昔の人の考え方を知れば知るほど、遺跡も化石も同じと言う素人の考えのほうが、勝手に化石の定義を決めて峻別しているわれわれ研究者より自然なのかなという気がしてきます。
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6.矢島講師のお宝を囲んで

これは三葉虫の化石です。東京で買うと2000円から5000円くらいです。
三葉虫化石 三葉虫複眼化石 目玉は複眼で、節足動物甲殻類の仲間です。値段の高いものは角が生えているものがあります。足があるのですが、化石では足はたまにしか出ません。これは中国産です。
これはなにか。3億年前の古生代のものです。二枚貝みたいですが、2枚貝ではありません。 燕石といわれている貝です。
安息貝といって殻をあけるのに筋肉を使わないでバネを使うのが2枚貝と違うところです。この仲間が現在生きていて、それも日本に生きています
。これは三味線貝という名で、お味噌汁の具に入っていたものを私は貰ったものです。
モースが何で日本に来たかというとこの腕足貝を研究していて、日本に生きた化石があるということを聞いて日本に来たのです。ここまでが古生代のものです。
こんどはアンモナイトです。これは蛸烏賊の仲間ですが、貝にも近いです。これは割ると中に小さな部屋がありますね。 樺太産アンモナイトニッポンニテスという名前のついたアンモナイト


これは樺太で採れたアンモナイトです。この標本はすごく良くて、すじが入っているのがみえます。こういう標本は高いのです。友人から巻き上げたものです。
この石膏模型のアンモナイトを見てください。
これはニッポンニテスという名前のついたアンモナイトです。最初に発見された標本なので門外不出ですので、石膏でレプリカを 作ったものです。

すごく変な巻き方でしょう?ちゃんと平面的に巻かれていないから、昔は異常巻きで、狂ったアンモナイトと言われていました。
ところが最近の研究でこれは少しも異常ではなく、非常に規則的に巻かれているということになりました。
この外側は貝の殻とおなじようなもので、中に蛸のような本体が入っていたのです。
その次はこれしのぶ石で、化石ではなく結晶成長による石の模様変化です。これも同じドイツの始祖鳥が出た、場所で取ってきたものです。この石は薄く剥げますので、石版印刷の石版に使われていました。
しのぶ石 貨幣石 こんどは新生代にきまして、これは石炭です。石炭には古生代のものと新生代のものがあって、これは中国のもので新生代の植物の化石です。
これがピラミッドに出てくる貨幣石です。これも貨幣石です。見てみると玉ねぎの薄切りみたいに見えるでしょう。これは何の仲間かというと有孔虫といって単細胞のアメーバの仲間です。

私は化石を求めて世界中いろいろなところに行きます。最近はそういうツアーなんかも出来でそのツアーコンダクターもやったりします。皆様も何億年の昔に直面できる化石に旅に是非参加しませんか?
(拍手)

[参考人名資料]

19世紀生まれ
ストープス(Mary Stopes 1880-1958)
ナウマン(Edmund Naumann 1854-1927)
ヒルゲンドルフ(Franz M.Hilgendorf 1839-1904)
チッテル(Karl Alfred von Zittel 1839-1904)
ダーウィン(Charles Darwin 1809-1882)
オーウエン(Richard Owen 1804-1892)

18世紀生まれ
アニング(Mary Anning 1799-1848)
ビーチ(Henry Thomas De la Beche 1796-1855)
シーボルト(Philip Franz von Siebold1796-1866)
マンテル(Gideon Mantell 1790-1852)
キュヴィエ(Georges Cuvier1769-1832)
バルザック(Honoré de Balzac 1799-1850)
木内石亭(1724-1808)
ビュフォン(Georges-Louis Lecrerc de Buffon 1707-1788)
リンネ(Carl von Linné 1707-1778)

17世紀生まれ
ショイヒツァー(Johan Jakob Scheuchzer 1672-1733)
ベリンガー(Johann Bartholomew Beringer 1667-1740)
ケンペル(Engelbert Kaempfer 1651-1716)
ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz 1646-1716)
ステノ(Nicolaus Steno 1638-1686)
フック(Robert Hooke 1635-1703)
キルヒャー(Athanasius Kircher1602-1680)

15,16世紀生まれ
ガリレオ・ガリレイ(Galileo Galilei 1564-1642)
ゲスナー(Conrad Gesner 1516-1565)
パリシー(Bernard Palissy 1510?-1590)
レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci,1452〜1519)
アルベルトゥス・マグヌス (Albertus Magnus 1193? -1280)
アヴィセンナ(Avicenne 980-1037)
プリニウス(Pliny the elder 23 – 79)
ストラボン(Strabo about 20 BC)
テオプラストス(Teophrastus 368-284 BC)
アリストテレス(Aristotle 384 – 322 BC)
ヘロドトス(Herodotos 484-426 BC)
クセノパネス(Xenophanes 570〜475 BC)

終わり


文責:矢島道子・臼井良雄
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:臼井良雄

本文はここまでです



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