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2009年3月13日 神田雑学大学定例講座


田舎弁護士生活38年
ー63歳にして知った食事療法は、奇跡の療法ー、講師 千田 實・加代子
  


目次

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プロフィール
1.はじめに 2.私の生い立ち、父のこと
3.突然襲ってきた沢山の病を抱えて 薬物療法23年
4.病院経営と治療
5.人工透析と言われて
6.出浦先生との出会い 食事療法
7.再び弁護士業に情熱
8.食事療法は地球を救う
9.質疑応答



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プロフィール

ちだみのる講師略歴
  • 昭和41年 中央大学法学部法律学科卒業
  • 昭和43年 司法試験合格
  • 昭和46年 司法研修所卒業
  • 仙台弁護士会に弁護士登録
  • 昭和49年 宮城県気仙沼市に事務所開設
  • 平成2年  岩手弁護士会に弁護士登録 
  • 一ノ関駅西口駅前に事務所移設
  • 平成10年 一ノ関駅東口駅前に事務所 移設、 現在に至る
著書
  • 『わかりやすい法律』シリーズ 11冊
  • 『体験を通じて思うこと(的外)1〜5』
  • 『変革の中の弁護士―小都市の弁護士業務に関する体験的一考察』(共著、有斐閣)
  • 『実務からの法律学―小都市における弁護士の対人関係に関する体験的一考察』(共著 勁草書房)
  • 『弁護士が明かす農協と農民―歪んだ関係』(はまの出版)
  • 『田舎弁護士―地方都市に生きるリーガルマインド』(本の森)
  • 『ドキュメント医療過誤事件―弁護士の医療裁判レポート』(本の森)
  • 『田舎弁護士の大衆法律学 民法総則の巻』(本の森)
  • 『田舎弁護士の大衆法律学 保証の巻』(本の森)
  • 『田舎弁護士の大衆法律学 刑法の巻 その一』(本の森)
  • 『田舎弁護士の大衆法律学 憲法の心』(本の森)
  • 『いなべん物語1 終戦の巻 わが家族の段』(本の森)
  • 『いなべん物語2 終戦の巻 わが隣人の段』(エムジェエム)
  • 『黄色い本』シリーズ 5冊 (共著 エムジェエム)
事務所:〒021-0853岩手県一関市字相去57番地5
 TEL:0191ー23ー8960 FAX:0191ー23ー8950

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千田講師の太ってる顔とスッキリした顔の似顔絵1.はじめに

まず今日作った名刺をお配りします。なんで配るかというと、この名刺の以前と今の私の似顔絵を見てほしかったんです。これは太っていたときと今の姿を描いてもらったもんです。これは娘婿が書きました。まだロースクールの生徒です。

上の太っていたときの私は、沢山の病気を持っていたんです。本にも書きましたが40種類くらいの病気がありました。

自覚症状として立ちくらみがしょっちゅう、エレベーターの前に立っているとくらくらっとくる。ですからいつもエレベータの前では壁にしがみついていましたね。弁護士の仕事で私がこれはいかんと思ったのは盛岡の地方裁判所で、ある会社の破産事件をやったのです。債権者集会というのをやるんです。それを5階でやったんです。その時に「つぶれた会社の社長さんと弁護士先生は同じエレベーターで債権者の方々と顔を合わせるのはいやでしょう。

ですから外から非常階段で上がっていきましょう」というわけです。上がったんです。若い書記官がたったと上がっていくのについていきますと、2階、3階とだんだん息切れしてきたんです。4階になったら、これはいかんと思いました。それが最初でした。それから寝ていても足が痛くなったり、肩が痛くなったり、腰が痛くなったりするんです。子供を連れて温泉に行った時も、露天風呂に行くところに小さい玉砂利が敷いてあるんですが、2、3mだけど踏むと足の裏が針で刺されたように痛いんです。今考えてみると40種類くらいの自覚症状が出ていましたかね。太っていたときはそうだったんです。

それが、体重を減らしたらすっかりなくなったんです。体重を減らすということがこんなにも大事なことかと、私は実感したのです。太るということは生活習慣病の元凶ですね。私の名刺には太っていたときと減量後の似顔絵が描かれていますが、私がどうしてこんな顔に痩せることが出来たのかという話を、自己紹介を兼ねながらお聞き願いたいと思います。
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2.私の生い立ち、父のこと

私は昭和17年5月20日に岩手県釜石市で生まれました。ここは鉄鋼の町です。昭和20年の夏に艦砲射撃を受けて、だいぶやられたんです。でもあそこに住んでいた人は来るということが分かっていたんですね。うちの親父も分かっていて、3月に釜石を出て、郷里である岩手県一関市の田舎に引っ込んだのです。だから艦砲射撃に遭わなかった。

その親父が釜石で何をやっていたのかですが、親父から聞いた話では、骨とう品屋とか古物商とか言っていましたね。でも、今になってみると、何か違うんじゃないかと思うんです。お袋に「おまえを背負って何度かお父さんに面会に行った」ってよく言われたんです。警察に捕まっているときに会いに行ったんだそうです。まだ2、3歳だったんですが、生まれて間もないころから犯罪者との面接は始まっていたんです。以来、20代で弁護士になってからこれまで、殺人事件も何件もやりました。だから、しょっちゅう警察に行って捕まっている人と面会しているわけです。

これは親父とお袋が、私が赤ちゃんのころから私に仕込んでいたからなのです。(笑い)なんで親父がそんな風だったのか、このごろ分かったんです。古物商と言っているけれど危ない橋を渡っていたんです。釜石製鉄所で工員たちが銅線を腹に巻いたり、鉛を弁当箱に入れたりして持ってくるんです。それを親父が買うんです。そして元締めの方に売るんですよ。いわゆる盗品の売買です。

時々窃盗犯で捕まったやつが白状して、親父の店に売ったと言うわけです。そうすると「おまえは知っていて買ったんだろう」ということで警察に調べられるわけです。知らぬ存ぜぬで通しても、何日かは泊まることになりますね。そういう親父だったのです。変わった親父でしたね。軍隊にもとられたんです。最後の方は誰でもいいから取ろうという時代でしょう。子供が3人もいてとられたのです。

ところがうちの親父は麦飯が食えない男で、なんと軍隊にいる間、ご飯を喰わなかったらしいです。麦飯がのどを通らなかったんです。それで返されたのです。一週間ほど全然ご飯を食べないので痩せてきて、そしたら「お前は役に立たないから帰れ」と言われ、帰ってきたそうです。

この親父と男だけで5人の子供を抱えてお袋は戦後苦労したようです。親父は肉体労働はまったくだめだったようですから、畑も耕せない、米も作れない、食糧難時代ですから三度の飯にも事欠く大変な時代だったようです。私にとっては3歳で終戦でしょう。育ち盛りの3歳から休みなく腹が減っている状態、発する言葉は「腹へー、腹へー」という言葉、弟もそうでした。

それにしても破天荒な親父でしたね。小学校に上がる前でしたが、座敷の囲炉裏の前で親父が言うのです。「こんなに貧乏するのは神様が悪いんだ。神様は良いこともしてくれるかも知れんが罰も与える。神様さえいなければ罰は当たらない」。そう言って、私どもの見ている前で神棚を壊してその囲炉裏で燃やしたんです。ボンボンよく燃えたので覚えています。次に位牌まで燃やそうとしたんです。それはお袋が止めました。親父の理論は、「神様がいるから私に罰があたるのだ。

畳の部屋で話を聞く受講生


それなら神様なんていない方がよい」です。そしたらなんと運が向いてきましてね、それからどんどん上昇しました。(笑い)これはうちだけ良くなったのではなく、日本全体が良くなったのです。朝鮮動乱が起きて景気が全般に良くなったんです。親父が働く気を出して、気仙沼に行って魚を仕入れてきて、それをお袋が売って歩くという生活になったのです。これが流行りましてね、だんだん運が向いてきた。あの神様を燃やしたということは我が家にとっては良かったんだと今でも思いますね。変わった親父でした。
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3.突然襲ってきた沢山の病を抱えて 薬物療法23年

そんな親父のもとで食糧難の育ち盛りを過ごしましたから、これが私のその後の食事というものに多大な影響を与えているわけです。私は20代後半から弁護士をやっているわけですが、仙台で3年間、イソ弁というのをやりました。給料をもらって勤務する弁護士です。それでも収入があるから飲み食い出来るようになったんです。それが終わり、宮城県気仙沼市で独立開業しました。

気仙沼で開業したら、私の他に弁護士は1人しかいないんです。私が2人目でした。朝、事務所に行くと、すでにお客さんが待っているんです。まだ30歳前でしたが、とにかくどんどんお金が入ってくるようになりました。もう馬鹿になりますね。馬鹿になって自宅に体育館など作りまして、朝は野球、昼はテニス、夜はバレーをやるんです。それが終わったら毎晩宴会。焼肉とビールで毎日やりました。

食糧難時代の反動で、もう食べまくりましたね。そして料亭なんかへもしょっちゅう行くのです。すると、仲間は私がウナギが好きだっていうことを知っているもんだから、ウナギが出るとみんな私のところに持ってきてくれるんです。3人分、5人分と食べてしまうのです。

そうしたら、なんと身長164cmなのに体重が83kgになりました。身長は髪が薄くなったりして、今は163cmに縮んでいます。体の調子は良いんです。何をやっても元気でした。ところが42歳の厄年に友人の医者の診察を受けたら、なんと
「糖尿病、高血圧、高脂血症、全部揃っている」って言われたんです。そこからどうなったか。

マイク片手に講義する千田講師そこからは薬漬けの日々でした。家内も心配して、カキのエキスとか中国のなんとかという漢方薬とか、いっぱい入手してくるわけです。病院からもらう薬と合わせると手から溢れるくらいでした。もうこれで腹いっぱいという感じです。外食するときなどは格好悪いですよね。そうして薬を飲み続けたんですが、一向に治らないんです。

62歳の厄年には、「腎臓が悪いから透析の必要がある」と言われたんです。42歳の厄年に、「糖尿病、高血圧、高脂血症」と言われて、62歳の厄年には「腎臓が悪いから透析が必要」と言われたのです。厄年ってあるのですかね。

ここが大事なところなのですが、確かに薬は効きます。薬は効果があるんですが、悪いところもあるんです。副作用はよく言われています。でも一番悪いのは、副作用ではなくて「安心してしまう」ことです。薬で血糖値を下げたり血圧を下げたりするのは簡単です。私は自慢じゃないけど、最高血圧220とか230になったんです。だいたい平均で160から180くらいあって、ちょっと何かあると230位になるのです。夜中に天井がグルグル回って見えることもありました。

そのようなときには家内に病院に連れて行ってもらって、点滴と舌下錠を入れてもらうのです。30分くらいすると230が180、170と下がってきます。血圧の薬は効きます。数値はかならず下がります。でも病気は治っていないんです。血糖値もそうです。飲み薬で駄目だったらインスリン注射をすれば絶対下がります。ここは大事なところなんです。私が失敗したのは、血圧は薬で下げ、血糖は飲み薬では間に合わなくなってインスリン注射を打ち続けたことです。

これは単位で何単位と打つのです。沢山の単位を打てば絶対に血糖値は下がります。多い人は50単位とか60単位とか打っているのです。あんなふうにいっぱい打てば誰だって血糖値は下がります。腹に注射を打ちながら酒を飲んでいる、そんな人がいっぱいいます。薬で数値だけ下げて安心してしまい、病気の根源的な治療を忘れてしまっていた。これが薬の一番悪いところなのです。

血糖値は下がり、血圧も下がっているのに、ある日突然「透析だよ」と言われる日が来ます。私は腎臓に来たのですが、心筋梗塞、脳卒中というような形でドンとくる人が多いのです。それが怖いのです。私の場合、23年間薬物療法をやりました。結局良くはなりませんでしたね。数値だけは抑えていましたが、かならず破局が年齢とともにきます。体力があるうちは出ないのですが、ある年齢になって体力が衰えてくるとドンと出るのです。私の場合は腎臓に来る前に目に来ました。

眼底が内出血したんです。目に曇りガラスがかかったようにぼーっとなりました。それが3、4日経つと元に戻るのですが、なにかブドウを食べた後の滓みたいなものが残って見にくくなります。細い血管が集まったところに最初の障害が出てくるのです。太い血管に来たらアウトです。目で言うと眼底の毛細血管、脳で言うとくも膜、それから手足の末端ですね。だから神経症状が出てきます。手足がしびれるとか痛いとか寝ていても片側に傾けると辛いとか、肩が回らないとか、首が回らないとか、そちこち痒いとか色々出てきます。そういう症状は細い血管に血がちゃんと行っていないから起きるんですね。
               
私は今もずっと食事療法を続けていて、皆さんにも勧めています。私は腎臓のためにやっていますが、これは実は全身に効くのです。なぜなら血液は全身に回っているからです。くどいようですが、インスリン注射で血糖値を下げたって、薬で血圧を下げたって、根本解決にはなっていないのです。それに悪いのは安心してしまうことなんです。薬飲んでいるから正常値だと思ってしまう。ところが実際はまったく正常ではないんです。
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4.病院経営と治療

はっきり言って多くのドクターの姿勢が問題だと私は思います。ドクターはマニュアルドクター、ガイドラインドクターが多いのです。もちろん、一部のドクターですよ。全部ではないですよ。一般に開業しているお医者さんにはそういう人が多いのです。私は。今は薬を使わないで空腹時血糖値70から80です。なんとインスリンを打つ前は450でした。それが、食事療法をやるようになって3年8か月になりますが、70から80で落ち着いています。血圧は、最大血圧110前後、最小血圧60前後です。食事療法はすごい効果があるのです。後で述べますが、奇跡的と言えるような効果があります。

ドクターが問題だと言ったのは、そういうことを勉強していないからです。ほとんどのドクターは栄養学を学んでいません。6年間の大学のカリキュラムにないそうです。国家試験にもありません。ですから栄養学についてはドクターは分かりませんから、「栄養士に聞いてください」としか言わないんです。ですから食事療法が出来ないんです。薬物療法は、マニュアルを見てその指示通りに進めれば数値は下がります。つまり、簡単ですから出来るんです。

血糖値が150になったら「この薬を飲んで下さい」というのです。それでも治らないで数字が上がってくると、「もうそろそろインスリンだよ」となるのです。それもはじめは10単位から20単位、20単位から40単位と、どんどん上がっていくのです。インスリンを多く打てば血糖値は下がります。そういうことを医者はやっているんです。大事なのはここなんです。

ドクターの悪口は、私たちも弁護士で似たような面のある仕事ですから本当は言いにくいのです。我々だって離婚事件を奥さんから頼まれると、亭主の悪口を奥さんが言う倍ぐらいに誇張して裁判所に出すのです。暴力振るうとか、浮気するとか、ありとあらゆることを拾って書いて出して奥さんからお金をいただくのです。亭主から頼まれると、今度は奥さんの悪口を書くんです。

うちに帰ってもさっぱり料理もしないとか、朝遅くまで寝ているとか、これが仕事ですからあまりドクターの仕事の批判はできないのです。ドクターだって喰わなくてはいけませんからね。食事療法なんてやったって、診療報酬ではほとんどカウントされないんです。1か月に何回食事療法の指導をしても、カウントされるのは1回だけでたったの130点です。1点10円ですから1300円にしかなりません。やっていられませんね。

ところが「あなたは血糖値が150だからこのくらいの薬を飲みなさい」と処方箋を書くと1000点を超えます。マニュアルどおりにするだけで10000円を超えるのです。「血圧も高いからこれも飲みなさい」と処方箋を書きますね。また1000点なのです。ずっとこっちの方が良い。しかも私の場合でも23年間ずっと同じ処方箋書かれているのですよ。毎回同じなんですから。

もっともひどいのが透析です。今、透析に入る人がぼんぼん増えているのです。このあいだ地元紙の岩手日報に「透析の予備軍1350万人」と載っていました。このごろは1年間に新たに透析に入る人が36000人くらいいるそうです。ひとり1か月間透析をすると、病院にいくら入るか知っていますか?約60万円ですよ。

1300円か60万円か比較したら、透析患者をお客に持った方が病院経営には良いに決まっています。病院で100人透析患者を抱えていれば左うちわです。60万円に100人をかけたら、月6000万円が確実です。透析は1回やったらやめられないんですからね。生涯やらなくてはいけないんですから。ですから、病院経営という観点から見ても透析をやらずに済む医療を勧める医者なんて、まあありがたくない存在なんです。透析学会、腎臓学会、糖尿病学会などは、そんな医者を歓迎しないのではないでしょうか。
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5.人工透析と言われて

私は友人が院長の病院にずっと通っていたんです。その院長が23年間薬物療法をしてくれたのです。友達だけに大変面倒見てくれて夜中でも診てくれたりしていたんです。それが平成16年のゴールデンウィーク明けくらいに電話をよこして、「先生、腎臓がおかしいかもしれん。今度I医大から有名な先生が来るから診察を受けたら」というわけです。その先生は地元ではしょっちゅうテレビなどにも出る有名なS教授でした。S教授は初診時、「いあや、腎臓がかなり悪いですね」と言うんです。「機能的に言うと正常な腎臓の30%以下になっている」ということでした。

まあ30%と言ってもそんなに驚くことはないんですが、30%位まで機能が落ちると、その後の機能低下が早いんだそうです。そのS教授に平成17年の6月の初めに「千田さん、もう透析しかないね」と言われました。この先生に診ていただくようになってから1年が経過した頃でした。

私が平成16年にS教授に診てもらうようになってから、色々な薬を試したんです。新薬が開発されたそうで、「これはまだ使ったことがない薬だが、試してみましょう」と言われ、使ってみたんです。治りませんでした。そうして平成17年の正月ごろから透析の話をするようになりました。「1週間に3回から4回全身の血を抜いて、人工腎臓できれいにして戻す。だいたい4、5時間かかる」というのです。

ちだみのる講師、加代子講師

「時間はかかるが、大したことはないんだ。これをやれば健康人と全然変わらなくなるから、心配しなくてもいい。外国にも設備が完備されているから、外国旅行にも行ける」と軽く言うんです。私は、人工透析について家内と二人でいろいろ調べました。糖尿病性腎症から人工透析に入ったら、5年後の生存率は50%ないんですよ。人工透析を20年やっている人もいます。

でもそれは稀です。大概は5年くらいで死ぬと書いていた本もありました。なんで死ぬか、腎臓以外の病気で死ぬのです。脳梗塞、脳溢血、心筋梗塞、こういうもので死ぬのです。なぜか?腎臓がそこまでやられているということは他の臓器もみんなやられているんです。それを根本的に直そうとしないで、数値が悪く出る腎臓のところだけを、人工腎臓に置き換えても、その血液濾過機能だけはなんとかなるんですが、他は治らないんです。

それともうひとつは毎回血を全部抜いて入れ替えるということはどういうことなのか、おそらく血管にとっては大変な負担なんじゃないでしょうか。だからもともと弱い血管にそれをやるわけですから、5年くらいで、心筋梗塞や脳卒中で逝く人が多いのです。それともうひとつ、透析をなさっている方をみると、足の障害がありますね。足を引きずって歩いていますね。あれがなにかというと骨がやられてしまうのです。血液から毒を取る時にカルシウムとかの人間に必要な栄養を取ってしまうのです。ですから骨が弱くなってしまうのです。私は家内と勉強してこれらのことがわかったのです。

落ち込みましたね。もう平成17年の正月頃から不眠症が始まり、3月頃になるとほとんど眠れないんです。すると家内が気の毒がって車で夜中の雪道をドライブしてくれるのです。その車の中で1、2時間ウトウトするのです。また家に帰ってくるとぱっちり目が覚めてしまう。こういう鬱状態で最もつらい時期でした。家内がセカンドオピニオンを受けた方が良いと言うんで、6月中旬、昭和大学旗の台病院に行ったんです。

そこの先生は「8月から透析ですね」って言うんです。流石に覚悟を決めましたね。セカンドオピニオンを受けて、もう透析しかないと思ったのです。覚悟を決めると人間は違ってきますね。ここから運が向いてきました。家内と二人で帰りの新幹線で「それじゃあ、これからどう生きようか」という話になったのです。気持ちってすごく切り替わるんですね。余命5年でしょう。「5年間、徹底的に楽しい人生を夫婦で送ろう」という話になったんです。今から3年8か月前、63歳の時でした。

私は弁護士稼業で、今まで奥さんの代わりに亭主の悪口を言ったり亭主の代わりに奥さんの悪口を言ったり、つぶれた会社の借金を払わないで済ませる方法、自己破産とか会社整理とかこういうのをやって来たんですね。こういうのってよく考えてみると、言葉は悪いけれど世の中のドブ掃除みたいな仕事ですね。弁護士って言うと金バッジをつけて、なんとなくかっこよく見えますがひどい中身の仕事なんです。ただ唯一いいのはお金になるんです。

沢山やると自分の家に体育館が持てるくらい小金が集まってくるんです。お客さんはどんどん来るもんだからいい気になってやるでしょう。土日も祭日もないです。とにかくよく働いてきました。そこで新幹線の中で「これからは楽しい人生をやりましょうや」とここで気がついたわけです。それで、「じゃあ、何をやろう?俳句でもやろうか」ということになったのです。だってこういう病気では駄目ばっかりです。運動駄目。飲んじゃ駄目。女なんかとんでもない。

どれひとつ楽しいことがないんです。それで俳句に行きついたのですが、ただ俳句というのは厄介で、なんか季語とかうるさいし、こういうとあれですが、やっている人を見てもなにか面倒臭い人ばっかりで、偉そうな人が多い。裁判官なんて多いんです。そんなのは嫌だなぁということで、川柳に決めたんです。そして気が早いんですね。号を付けることにしました。新幹線の中で。「青空浮世乃捨」。青空というのは小学校1年のころ観た高田浩吉さんのまたたび映画で『青空道中』から取ったのです。「すったもんだの浮世を後に歌でいくいく青空道中」というのです。

これが頭の中にこびりついていて、ああいう人生をあと5年間送ればいいんだなーと思って青空にしたんです。「浮世乃捨」はもう20代後半からずっと弁護士をやってきてかれこれ40年、こんなに浮世のすったもんだを味わってきたんだからもう浮世は捨てちゃえということでつけたんです。そしたらね、運が向いてくるんです。

倫理法人会の言葉で「運命自招」という言葉がありますね。運命は自らが招く。これ本当ですね。気持をそうやって切り替えたら、それまで歩いてはいけないと言われてやめていたのを、「どうせ人工腎臓で腎臓の代わりをするんだ。歩いたって、腎臓には関係がないから問題ないんじゃないか」と思ったんです。それで自分の事務所の会議室をくるくる回ったんです。そしたら結構歩けるのです。そのうちに庭をくるくる回り始め、そのうち体育館を30分、1時間と歩くようにしたんです。そしたらなんと食べるものがうまい。夜も熟睡出来るのです。なにか健康を取り戻したような感じになりましたね。「これはいいな」と思いました。
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「私たちが、糖尿病を治した食事」の本6.出浦先生との出会い 食事療法

そして7月になりましたら家内が「四谷で腎臓病患者の食事の勉強会があるというので行ってくる」というんです。勉強なんて珍しいなと思いながら、「勉強することはいいことだから、行ってきなさい」と言って送り出したんですが、家内は岩手から行きましたから、会場に一時間早く着いたのです。そしてそこにNPO法人食事療法サポートセンターの杉山剛理事長先生が1人でおられ、話をしてくれたらしいのです。

それで私の病状を話したら「何でそんな状態で透析に入るの?透析なんて入らなくてもまだ大丈夫。私の先生なら食事で直してあげられる」と言って、その場で出浦照國先生に電話してくれたんだそうです。平成17年7月14日のことです。そしたら出浦先生がたまたま在席していて、「7月19日に仙台に行く予定があるから、仙台で会いましょう」ということになったんです。これも運ですよ。

平成17年7月19日は、私にとっては忘れる事の出来ない日になりました。そこで出浦先生にお会いしました。そしたら先生が、「私と一緒に試行錯誤してみませんか?」と言うんです。今や世界一の食事療法の先生と言われている先生が「試行錯誤を一緒にしてみよう」と言うんです。私はこの言葉にしびれましたね。二人でいろいろやってみてよい方法を探そうというわけですから、「これは凄い。この先生についていこう」とすぐ決めました。そこから今、3年8か月が経過しました。

未だ透析には入っていません。もう一つ忘れられないのは、出浦先生の指導下での食事療法に入って今日で丸1年が経過するという平成18年7月18日、この日に出浦先生から「千田さん、糖尿病も高血圧も高脂血症も薬も注射もいらない状態になっている」と言われたんです。23年間ずっとやってきた薬物療法に、たった1年でさよならしたんです。 ただ腎臓はいったん悪くなったものは回復しないんです。現在私の腎臓の機能は8%です。それでもなんともないんです。ですが、普通は8%ですと透析に入っています。大体10%を切ったら透析です。

腎臓病ではクレアニチンという数字とクレアチニン・クリアランスという数字の二つで腎臓の機能を見るのです。クレアニチンというのは血液の中にどれほど毒素がたまっているかを表す数字です。尿として毒素が出れば血液の中にはあまり毒素はないのです。クレアチニン・クリアランスというのは、尿に出た毒素を見るのです。腎臓が順調に働いていれば、毒素は尿の中に出てくるのです。ですからクレアチニンは高ければ駄目、クレアチニン・クリアランスは低ければ駄目なのです。

私の場合はクレアニチンの正常値が0.5〜1.2のところがだいたい8前後、これは一般的な病院では透析導入です。クレアチニン・クリアランスは正常が100とすると、私は8しかないんです。これでもこうやって健康でいられるのはなぜか?簡単な理屈です。働いてない腎臓には仕事を沢山与えないということをやっているからです。余計な負担をかけないようにしているからです。これが「食事療法」なのです。後で詳しく申し上げますが、塩分制限とたんぱく制限の二つです。

難しい理屈はないんです。極めて単純な話です。悪くなった腎臓を直すのには腎移植しかありません。でも免疫抑制剤を飲み続けないといけないとか、そうすると体の抵抗力が下がるとか、あれもいろいろあるんです。私は家内がいざとなったら私の腎臓ひとつあげると言ってくれていますが、まだ腎移植の決心はつきません。ですから腎臓への負担はなるべくかけないように食事療法をしているわけです。腎臓は加齢とともにどんどん悪くなります。

食事療法で何をするか、その悪くなるスピードを抑えるのです。ですから皆さんも加齢によって当然色々なものが悪くなってきます。これを緩める、遅くするということです。私は人間にはこれしか方法がないと思います。いずれは死ぬわけですから。誰かの研究では150まで生きていると全身癌になるそうです。私は医療にかかわる裁判も沢山やっていますから、先日胃癌の専門家と話したんですが、その先生は65歳を超えたら半分は胃癌だと言っていましたね。

年取るということはそういうことなんです。だから腎臓だって悪くなるのも仕方ないんです。私は今、腎臓のために食事療法をやっていることは、脳のためにも心臓のためにも他の臓器のためにも良いことをやっていると思うのです。食事療法は全身療法なのです。そして根本療法です。食事療法は他の両方にない素晴らしい療法なのです。ただ、これがなぜかやられていない。これをやったらお医者さんがいらなくなるでしょう。

「食事療法は、奇跡の療法」の本昔から税金の取り立てなどには「生かさないように殺さないように」という言葉があるけれど、お医者さんの仕事を考えると、殺さない程度病気にしておくというのが一番いいというのは言いすぎでしょうか。そういうことを考えると食事療法というのが医療の世界に浸透するかどうかということには、根本的な難しさがあると思いますね。

一台何億という機械を何台も入れて病院経営をしていたら、どんどん報酬が上がる仕組みを作らないとやれないですよ。患者を完全に治してしまうのは自殺行為です。病院の経営のためにはそうです。

ただ、我々は医者のために生きてるんじゃない。自分たちのためになんぼでも長生きしなくてはいけないです。そのためには我々が目覚めないといけないのです。
私はまず第一に「太らない」ことだと思います。体重が増えることは生活習慣病の元凶です。風邪は万病の元といいますが、デブは万病の元と言いたいです。

このあいだフランス政府が「デブは犯罪」というポスターを出したそうです。私が糖尿病の薬も注射も高血圧の薬も高脂血症の薬もいらなくなったのは体重を12.3kg減らしただけですから。出浦先生は「腎臓の治療をする前に体重を適正体重まで減らしましょう」と言ったんです。それで1年間で12.3kg減らしたら病気がなおりました。

では、「太らないためにどうするか」ですが、「食べすぎない」ことです。これに尽きます。具体的に言うと、ご飯は一膳ですよ。お代わりは絶対だめ。どんぶり飯なんてもってのほか。ご飯は一膳で250kcalですから。二膳食べちゃうと一食で500kcal、これを1日3回食べると1500kcalになってしまいます。私の適正カロリーは、今は1400kcalです。だいたいそのくらいでちょうどいいんです。

それ以上摂ると太るんです。普通の人は2000kcalくらい摂っているんではないですか。ご飯は一膳、これを1日3回食べて750kcalです。それにおかずを食べたりして1400kcalにやっと収まるのです。ショートケーキを食べるとあれは
300kcalを超えています。その分ご飯一膳食べちゃダメなんです。日本酒一合もご飯一膳と同じくらいです。何か食べたら何かを食べない、そういう風にして体重のコントロールが出来るのです。体重がコントロールできていれば、糖尿病も高血圧も高脂血症もいい状態で維持出来ます。

問題は食塩なんです。なぜ食塩を制限しなければならないか、それにはふたつのポイントがあります。食塩は血圧をあげます。食塩を摂ると腎臓の仕事を増やします。ですから腎臓の悪い我々は食塩を摂っては駄目なんです。皆さんが摂っている食塩はだいたい1日12gくらいです。私は5g制限です。この数値に抑えるのは大変です。塩分が入っていると思われるものは極力口に入れないようにしています。

塩分を摂らないための一つの目安は、味噌汁一杯に食塩が2g入っていることを目安にしてください。1日3回味噌汁を飲んだら6g、もうアウトです。ましてそれに加えて沢庵漬けや塩辛なんて食べたら大変なことになります。

減塩をやると、薬をほとんど飲まなくても血圧は上が110から120、下が60から70に収まるのです。これは試してみられたらよいです。塩分というのは体の中で水分と一緒になるんだそうです。ですから、塩分をたくさん摂ると水分が増えるんです。血管は封鎖回路ですから、増えた水分量だけ血管が膨れるのです。つまり、血圧が上がるのです。血管がないところはどうなるか。むくみです。ですからむくみと血圧はリンクしているのです。日本人はすごい塩分過多なんだそうです。

世界中旅をしている人で、目をつぶっていても今いる場所がどこの空港かということが匂いで分かるという人がいます。日本の空港に降りたら潮騒の匂いがする。日本は海岸の匂いがするというほど、日本人は塩分が多いそうです。塩分はあまりいらないという説があります。ジャングルで生きていた横井庄一さん。あのひとは全然塩分を採っていませんでした。

アマゾンのインディアンにも全然塩分を摂らずに長生きしている種族がいるそうです。日本人はすごいのです。特に私の郷里の岩手や青森や秋田は多いのです。脳卒中とか脳溢血で死ぬ男性の全国ベストワンが岩手、2位が青森、3位が秋田というように全部東北です。なぜかと言うと、東北では漬物をたくさん食べるのです。漬物を食べながらお茶を飲むし、漬物を食べながらお酒を飲むのです。漬物でご飯を食べるのです。ですから塩分過多なんです。逆に死亡率の低いのは奈良、香川、沖縄とか南の方ですね。

塩分は悪いのですが、いきなり塩分ゼロにしないでくださいね。いきなりやると反動が来てかえって腎臓をこわしたりします。1か月、2か月はかけないと駄目です。これは運動もそうです。出浦先生が言っていましたが、受験生が試験が終わって「さあ、運動しよう!」といきなり走ったら、なんと腎不全になって病院に担ぎ込まれたそうです。何事も急激にはよくないという話です。私の本を読んで感動したと言って、数か月で20kg減らした人がいました。なんと絶食したんです。これはいけませんね。10kg減らすなら1年くらいはかけてほしいものです。
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7.再び弁護士業に情熱

私が言いたいのは人間は必ず死ぬ。それまで目いっぱい楽しい人生を送りたい。死ぬ時には、「いやぁ、おれの人生、面白かったなぁ」と言って死にたいですね。この年になるとそう思います。高杉晋作は27歳で死ぬときに、「おもしろき ことも無き世を おもしろく」という辞世の句を残しています。27歳でそんなことを考えたんですね。私なんてこのごろようやくあの句の良さが分かるようになったのですがね。面白くするか面白くしないかは自分次第ですね。

自分で面白くすればいいんです。私は死ぬ瞬間まで楽しんでやろうと思います。そうしたらなんと病気まで楽しいんです。私が川柳で「浮世をば 楽しみ尽くせ 病(やまい)まで」と書いたのが平成19年の年賀状かな?この年になると病と全く縁のない人ってないんです。だから私はこうして一関から出てきて講演しているのです。もちろん皆様のお役に立ちたいという気持ちもあります。しかし、実は私が楽しいんです。なにかこういうことをやっていると生きている気がするんです。こうやって大きな声を出してしゃべっていると楽しいんですよね。

倫理法人会の言葉で「苦難福門」という言葉があります。「苦しみは幸福の門だ」という意味だそうです。これを実感しますね。私は「人工透析だ」ということを言われてからがらりと人生が変わりました。とにかく楽しくなったのです。金にこだわらなくなったのです。金に汚い男だったと思うけれど汚くなくなりました。それから勝ち負けにもこだわらなくなりましたね。そして、「いい仕事がきたらいいな」とかそういうことにもこだわらなくなりました。

そしたらどうでしょうか。逆ですね。いらないのに金が入ってくる。そんなに仕事をしなくてもよいのに全国から仕事が舞い込んでくる。今も新幹線の中で舞い込んできた仕事の記録を見てきたのですが、広島の人から「医療過誤の裁判を頼みたい。他の弁護士さんでは無理なんです。先生ではなくては駄目だ」と頼んできたようなのです。 私は一時仕事を辞めようかと思った時期があったのです。昔、「農協はおかしいぞ。農家に沢山の借金を背負わせて、農協は歪んでいるぞ」ということで本を3冊出したことがあるんです。

「農協と農家の歪んだ関係」なんていう本です。預託牛や養豚、養鶏などの仕組みで被った何億という農家の借金はだれが負担すべきかという本です。実は、太って病気がひどくなってきた時は気力がなくなってきて、「もうこんなに苦労が多いしんどい仕事はやめようか」と思いました。医療過誤の事件も沢山やってそれも本にして出しているんですが、それもあまり面倒だからやめようかと思ってたんです。

ところが、この病気が食事療法によって現在のようにすこぶる良い状態になってからは、またやってやろうかという気力が出てきたんです。実は明日の朝、東京でロースクールに通っている子供たちをホテルに呼んでいます。大変難しい医療過誤の裁判を引き受けようと決め、子供たちの力も借りようと子供たちを呼んでいるのです。なんとなくそういう気力が湧いてきたのです。農協問題も再びやろうと思っています。農協というのは本来農家のためにあるものです。

営農指導というような仕事が筋でしょう。今はそういうことはやっていません。農協は金融業と保険業を生業とするようになってしまったのです。それを私は本で批判しているんです。ところが最近凄いのは、それを超えて不動産業にまで手を広げているのです。岩手の方では農協が農家の土地を造成して売り出したんです。全部失敗でした。バブルがはじけたからです。その借金をいま誰が背負うか。

一農家何千万という借金です。「是非先生に代理人を引き受けてもらいたい」という農家が来ているわけです。一時私も体調が悪いからもう辞めようかと思っていたんだけれども、この頃、健常者と変わらない生活を送れる状態になって気力が戻ってきたんでやろうかと思っているんです。

もう10何年も前からそういうことに関わってきた仕上げをやろうと思っているのです。それは一人では出来ないので子供たちも巻き込んで新しい形でやってみようかと思っているのです。これが倫理法人会でいう「苦難福門」あるいは「運命自招」だなあとしみじみ思っています。
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8.食事療法は地球を救う

最後に大風呂敷を広げれば「食事療法は地球を救う」とまで思っています。食事療法ってなんのことはない「生活習慣」なのです。生活習慣を改善することに尽きるんです。生活習慣の改善のスタートは、早寝早起きです。私は東京へ来るたびにびっくりするんですが、夜遅くに伊勢丹の前あたりを通ると岩手の昼より明るいです。あんなに電気をたくさん使ったらCO2はどうなるのかって思いますね。

そしてどこから湧いてくるかと思うくらい人が沢山歩いているでしょう。あの人たちが夜遅くまで飲んだり食ったりしているんでしょう。どうなるんでしょう。あの人たちが皆、極端に言うと私みたいに夜は9時前に寝て5時に起きる生活に生活習慣を改善したら、かなりCO2の削減になるんではないでしょうか。

それから医療費、日本の国家予算は83兆円とか言っていますが、医療費は平成20何年かになると90何兆円になるそうです。このまま行くと国家予算より医療費の方が多い。これでは日本は破滅ですよね。倒産しますね。国の経済を救うためにも食事療法は絶対大事なことなんです。それから個人的にいえば私は女房と年が15歳違うのです。これは良かったなあと思っています。

倒れても当面は面倒を見てもらえるんじゃないかという安心感がありますが、これもし同年代だったらやっぱり不安ですね。どっちが倒れても家族に迷惑をかけることは間違いないです。そういうことを考えると個人的にもなんとか生活習慣を改善しなければいけませんね。私は夜は9時前に寝ます。だいたい3時ころに起きるんです。それから本を書いたり読んだりするんです。

そして5時に食事。それが終わったら両手首に1kgのダンベルを巻いて、一時間体育館を歩くのです。あとスローストレッチを30分くらいやります。そして8時になると事務所に出るのです。それから午後6時までめいっぱい仕事して、午後6時に家へ帰って食事をします。ですから午後8時前には布団に入れるのです。

早寝したとき、血圧、血糖値を測ってみるとすべて良好、何かあって午後10時、11時に寝ると次の日の結果は全部悪いです。早寝早起きは大事です。それと暴飲暴食をしないことです。こんなことで閉めたいと思います。ご静聴ありがとうございました。(拍手)

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9.質疑応答

質問:先生の食事療法の本を買うにはどうすればよいのですか?
応答:『減量で、糖尿病と高血圧が治った』とか『食事療法は、奇跡の療法』とかいう本を書いています。興味のある方は下記にご注文いただければ購入ができます。
   宮脇書店気仙沼 電話0226ー21ー4800 FAX0226ー21ー3010
   E-mail:miyawaki@k-macs.ne.jp

質問:先生の食事療法は主食を中心に減らすのですか?
応答:主食はあまり食べないで、おかずを沢山食べた方が痩せます。炭水化物が一番太ります。もうひとつ炭水化物と糖質の悪いところは食後高血糖になることです。なにを食べても血糖値は上がるのですが、炭水化物と糖質は食後1時間半くらいでピークになるのです。食後高血糖になるのです。これは血管に負担をかけます。

今、糖尿病の先生方は「ステーキよりも蕎麦の方が危ない、悪い」と言っています。これは最近ではほとんど定説です。うちの家内は主食は3食抜いています。魚、肉、野菜はいっぱい食べています。蕎麦、うどん、ご飯などの炭水化物を食べると必ず太ります。ただ、腎不全の人は低たんぱく、高カロリーが要求されますので、糖尿病だけの人や肥満だけの人とは違いますから、腎不全と言われたら専門医に相談して下さい。(以上)



文責:臼井良雄
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子


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