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平成21年3月27日 神田雑学大学定例講座No449


能楽入門2「望月」、講師 青木一郎



目次

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プロフィール
1.はじめに
2.「望月」について
3.あらすじ
4.主題
5.DVDで望月を画像と音声で鑑賞する。
6.質疑応答




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マイク片手に講義をしている青木講師プロフィール

昭和23年生まれ、能楽師観世流シテ方準職分、重要無形文化財総合指定保持者、日本能楽会会員、財団法人梅若研能会理事。幼少より2世梅若万三郎師、3世梅若万三郎師、祖父只一、父豊に師事。在住する吉祥寺の他に様々な場所で積極的に能楽の普及に取り組む。

主な所演曲:「千歳」「乱」「石橋」「道成寺」「求塚」「砧」「恋重荷」「望月」「大原御幸」「隅田川」「藤戸」「鉢木」「景清」「遊行柳」「屋島大事」ほか

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1.はじめに

皆様のお手元に今日のレジメ、能学塾のご案内、4月11日の橘香会のご案内の3点がありますか。私どもでは能楽鑑賞ガイドセミナー「能学塾」という講座を吉祥寺の私の自宅でやっております。私の家に舞台がございまして、そこで致しております。能学とありますが、本来能は能楽鑑賞というような時には音楽の楽を書くのですが、これは能を学ぶ塾ということでこの漢字を使っています。講座を受けて、能の深みを事前に知って頂くと、なおいっそう能楽鑑賞が分かり易く楽しめるようになるだろうということで、こういう講座をさせて頂いております。今年の上半期は「隅田川」「望月」「梅枝」という曲を取り上げております。

能楽塾ガイドセミナーポシター

講座募集要項


またもう1枚の橘香会のチラシ、これはきっこうかいと読みますが、観世能楽堂で催しますが、4月11日土曜日の1時から、私がシテを務めて今日お話する「望月」を舞いますので、ぜひ実際の舞台もご覧になって頂きたいと思います。
プロフィールを前に書きましたが、私の家は観世流の能を家業としている家で、私は能楽師として祖父から数えて3代目、今息子が4代目になります。

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2.「望月」について

まずレジメをご覧になって頂きたいと思います。望月というのは人の名前です。レジメにはあらすじと主題に分けて書いてあります。能は難しいとか何を言っているかわからないとかいう思い込みをもっていらっしゃる方が多いのですが、この望月という曲は内容的には大変分かりやすい曲です。簡単に言ってしまうとかたき討の話です。お能というのは幽幻で静かなテンポで舞が進行する曲が沢山ございますが、その反面こういう風にセリフ劇のような劇的な要素を持った曲もございます。この神田雑学大学で初めて話をさせていただきましたのが昨年の秋でした。「放下僧」という曲を題材にしました。あれもこの望月と同じようにかたき討をするという話でしたね。

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3.あらすじ

信濃の国の荘司、安田友治は望月秋長との口論の末討たれてしまい、友治の家は離散し、家臣であった友房は近江の国、守山で宿屋を営んでいました。これが冒頭です。
ある日、望月を恐れ旅に出た友治の妻子がこの宿に泊まります。昔の主君友治の妻子と気が付いた宿屋の亭主友房が名乗り出ると、互いに再会したことを喜びます。これが主従の再会です。ここまでが一つの舞台の展開です。

そこへ、都から帰郷する途中の望月が友房の宿へ泊まりに来ます。客人が望月であることを知った友房は仇討ちの好機とみて、友治の妻子と共に策を練り、妻を流行りの盲御前(盲目の歌い手)に仕立て、二人と共に望月の座敷へ行きます。

友房は帰郷の祝いにと酒を勧め、妻は曽我兄弟の仇討ち物語を謡い、その子の花若は八撥を打ち、友房も獅子舞を舞います。かたきの前でかたき討ちの謡をするというのが一つのポイントです。歌舞伎では長い髪の毛を振り乱して舞う獅子舞がありますが、それは能が原点でありまして、能には石の橋とかきまして「石橋(しゃっきょう)」という曲がございます。文殊菩薩の供をする獅子が牡丹の花にたわむれるという場面がありますが、これが獅子舞のルーツです。

会場風景

やがて酒に酔った望月は眠り始め、花若と友房はみごと主君と親のかたきの望月を討って家名を起こすという話です。まあ言葉は適切ではないかもしれませんが、能の中では非常に芝居がかった曲目の一つでございます。

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4.主題

この作品には二つの特徴があります。ひとつは諸国を放浪する妻子が昔の家臣と力を合わせ仇討ちを果たすという明解なストーリー展開にあります。セリフのやり取りによる対話形式で物語が進められる、先ほど申しましたように芝居がかった作品とも言えるでしょぅ。 実は友治の家臣であった小澤友房は今は落ちぶれて宿屋の主人です。ところが亡き主君友治の妻子との偶然の再会。一度は武家から離れながらも再びめぐり会えた主従の情愛の深さは、亡き主君の人柄、それに付き従う家臣の気概までも思い起こす事が出来るでしょぅ。

そこへ仇の望月が泊まる偶然。正体を隠して酒を勧め、突然の出来事にも冷静に対処し、仇討ちの好機を探るかけひきは、観るものに呼吸の隙さえ与えない緊張感が舞台を支配します。偶然と偶然の重なりあいが相まって、能独特の様式性からかけ離れ過ぎないギリギリのところでドラマチックな舞台が展開します。これは能の曲には少ない例ですね。

もぅひとつが「芸尽くし」と呼ばれる劇中の謡の聞かせどころや舞です。ただかたきを討つというのではなくてそこまでのプロセスで見せるわけです。盲目の歌い手盲御前(めくらごぜ)の真似をする主君の妻が謡う「クセ(曽我兄弟の仇討ち物語)」、友治の子花若が八撥を打ちながら舞う「羯鼓」、文殊菩薩の浄土にすむ霊獣獅子が牡丹の花に戯れ遊ぶ様子を真似て友房が舞う「獅子」。

これら三者三様の芸事が演じられますが、中でも獅子が舞われるのは観世流において、この「望月」と「石橋(しゃっきょう)」の二曲のみで大変大切に扱われる舞事のひとつです。
台詞のやりとりからおこる緊張感と様々な歌舞の芸尽くしの華やかさが堪能できる作品と言えるでしょう。能ではシテが主人公です。この曲では宿屋の主人小澤形部友房がシテです。ワキがその相手役になります。この曲では望月秋長になります。

それからツレ、子方といいますが、ツレは奥さんの役、子方は子供の役ですがこれが花若です。そしてアイと言いまして狂言方とも言いますが望月の下人が出てきます。以上が登場人物ですが、能ではそのほかにお囃しを演奏されるお囃し方、それから情景とか感情とかを描写する地謡が8人舞台に登場して座っております。この能は現在能と言われます。幽霊や亡霊が登場する曲ではありません。そして前半と後半にわかれていますので二段劇能と言われます。作者は不明です。後半は友房が獅子の出で立ちで出てきます。季節は1月です。場所は近江の国守山の宿、時間で言いますと夕方、宿を借りるところ、それから夜半お酒を飲んで酔うところです。

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5.DVDで望月を画像と音声で鑑賞する。

これからお見せする「望月」は平成16年に演じられたものです。幕があがりますと長い廊下状の舞台がありましてその奥に本舞台があります。小澤形部友房が登場します。慣れないうちはちょっと聞き取り難いかもしれませんが「かように候ものは近江の国 守山の宿 甲屋の亭主にて候 さても某 本国は信濃の国の者にて候が さる仔細候ひてこの甲屋の亭主となり往来の旅人を泊め身命をつなぎ候 今日も旅人の御通り候はば 御宿を申さばやと存じ候」と謡っています。

舞台画像1全景が出たら見ていただきたいのですが、お囃し方が左奥に4人座っています。右手から笛、小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ)、それから太鼓でございます。右手の方に地謡が8人座っております。お囃しの後ろの方には後見といって中で装束をつけたりとか物を渡したりとかする人が3人おります。そして主君の子供花若とそれに遅れて主君の奥方が登場します。

「これは信濃の国の住人 安田の荘司友治の妻や子にて候」と謡っています。夫の友治は望月の秋長に討たれてしまって家臣も散り散りになってしまった。そして花若一人を自分が守って、かたきを逃れて逃亡の旅ということで、近江の国守山の宿についたところになっています。宿屋の入り口で案内を乞うています「これは信濃の国より都へ上る者にて候 一夜の宿を御貸し候へ」と言っています。そして宿屋の中に入るのですが、宿屋の主人小澤友房はこれは主人の奥様ではないかと思い行きつ戻りつ奥方の顔を見つめる場面が出てきます。ご覧ください。 

 舞台画像2


そして友房の独り言が始まります。「不思議やな これに泊め申して候御方を如何なる人ぞと存じて候へば、某が古の主君の北の御方 幼き人はご子息花若殿にて御座候は如何に・・・・」と言い、また元の部屋に戻ってまいります。そして奥方に向かって。「いかにお旅人に申すべき事の候 信濃の国よりと仰せ候に就きていにしえ御目にかかりたるやうに存じ候」と問いかけますが奥方は知っている筈がないと答えるのです。

そこで友房は「何を御つつみ候ぞ・・・これこそいにしえへ御内に召し使われ候ひし小澤の形部友房にて候へ」と自分の名を名乗ります。そうすると奥方は「さては古の小澤の形部友房か あら懐かしや」と涙にかきくれます。また息子の花若も「父に逢いたる心地して」と友房に取りすがります。そして主従3人は「こはそも夢か現かと」手に手を取り合って喜びあいます。ここで奥方は右手を2度自分の顔の前に持っていきますが、これは「シオリ」という型です。これは流れる涙を抑える表現です。

さて舞台は変わり望月秋長の登場です。
「歸る嬉しき故郷を、誰憂き旅と思うらん」とはじまり、「これは信濃の国の住人望月の某・・・」とまず自己紹介をし、そして自分が安田の壮司友治を手にかけ、殺した罪で13年もの間京都にいたこと、ようやく無罪であるという判決がくだり、これから信濃の国へ帰る旅であることが謡われます。そして近江の国守山の宿についたということになりまして、下人に宿屋の手配を命じます。ただし自分には事情があるので、自分の名前を相手に申してはいけないということを注意します。そして宿屋の主人友房と下人の問答が始まります。お聞きください。

ここで宿泊の依頼を受けた友房は下人に「心得申し候 さて御名字をば何と申す人にて御座候ぞ」と聞きますと下人は「これは信濃の国の住人、望月の秋長・・・ではないぞ」とつい主人の名前を言ってしまい、「ではないぞ」とごまかします。これで友房は主君のかたき望月の秋長が宿泊を求めていることに気が付くのです。「言語道断の事」で始まる独り言です。現代語にしますと「これは驚いた。ご主君の奥方と御子息花若殿を泊めたところ、花若殿の父上のかたき望月が泊まりにきた」と友房はつぶやきます。

そして友房はかたきが泊まったことを奥方と花若につげ、どうやってかたきを討とうかというところを考えてまいります。そして先ほど言いましたように奥方には盲御前(めくらごぜ)花若には八撥を打ってもらおうということを話し、自分は酒を勧め獅子舞を舞おうというところの算段を致しまして、舞台は展開してまいります。

奥方は盲ですから杖を持ち花若は左手に鞨鼓を持っています。
友房は望月の下人に「お祝のために酒を持たせてまいりました。どうぞお取次ぎください」と直接話しかけるのではなくてこの下人を使って取次ぎを頼みます。このあと奥方と花若を見て下人は「この人たちはどういう人か」と尋ねますが、友房は「はいこれはこの宿にいる盲御前です。旅人が着いた時には謡いをいたします」と答えます。では何を聞かせるのかということになり、曾我物語の一萬・箱王が親のかたきを討ったところを謡いますということになります。ここで地謡が謡い盲御前が鼓をうちつつ謡言います。

(DVD鑑賞)

幼い一萬・箱王の兄弟が持仏堂でお参りしているとき、本尊の不動をかたきの工藤と誤解した弟が兄にこの不動の首を取ろうと言いますのを兄が憐れんで、これは不動といって仏様なのだと言ってきかせます。すると弟はお許しください。仏様。そしてどうかかたきを討たせてくださいと祈る場面です。

DVD鑑賞風景

その時突然花若が大きな声で「いざ討とう」と叫びます。すると下人が「なに討とうとは」と聞き咎めます。友房はとっさの機転で「御騒ぎになるのももっともですが、この盲御前の謡いのあとには、この幼い者が八撥を打つので、そう申したのです」と討つのではなく打つのだと言い逃れます。それならば八撥を打ってみよということになります。そして望月は亭主にもなにか芸はないのかと言いますと、花若が「獅子舞をご所望ください」と願います。                   
そこで友房は獅子舞の獅子頭を取りに退場してしまいます。そして花若はお母さんを立たせて自分は舞台の前に出て鞨鼓を打ち始めます。奥方はここで杖を捨てます。盲の格好をしていたけれどもう用がなくなったというところです。

(続けてDVD鑑賞)

これから花若が鞨鼓を打ち、友房が獅子舞を舞いかたきを討つという場面になります。花若はバチを右手に2本持っております。途中で両手に持ち変えまして鞨鼓を打ち始めます。これからは説明よりは場面をご覧になって頂いた方が良いと思いますので、DVDを続けます。そして獅子の登場です。お配りしたレジメには獅子は赤い頭(かしら)をつけておりますが、今回のDVDの獅子は古式という演出ですので白い頭をつけています。頭の上には牡丹の花をつけています。

ここでワキの望月は扇を右手にもちまして酔いつぶれて、眠ている様子です。地謡が「余りに秘曲の面白さに、なおなお廻る盃の 酔もすすめばいとどなお眠りも来るばかりなり」と謡っています。そこで友房は今こそちょうど良い折だとと叫び、かぶっていた獅子頭を脱いでしまいます。

そして「八撥を打てや打て」と花若に呼びかけ、一緒にかたきのところに近づきます。普通の望月という能ではかたきを討つ場面ではワキは退場して身代りに笠を置いておりますが、これは古式の演出ですからワキがまだ舞台に残っており、ここでお互いに名乗りあう言葉のやり取りがありまして、最後のかたきを討つ場面になります。その場面ではワキは身代りに笠をおいて退場して、花若と友房はその笠を刀で切ってうらみをはらすことになります。

そして地謡が「かくして本望遂げぬれば、かの本領に立ち歸り 子孫に伝え今の世に その名かくれぬ御事は 弓矢の謂はれなりけり」と謡う中、花若と友房はゆったりと舞台から退場していきます。お能というのは特別な舞台装置がありません。登場人物が全員退場しましても幕が降りるわけでもありません。最初から出ています、お囃しの笛、小鼓、大鼓、太鼓、そして地謡8人も退場するところまでお客様はまの当たりに見ているというのも能の特殊性だと思います。これらの人たちが全部退場して能はお終いになります。

以上でDVDは終わりです。望月は能の演目のなかでは比較的分かりやすい構成だとおもいますが、いかがだったでしょうか。さきほど申し上げましたとおり、来る4月11日に橘香会で私がこの古式望月を舞いますのでぜひ今度は実物の舞台での望月もご覧にもなって頂きたいと思います。今日はありがとうございました。
(拍手)

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6.質疑応答

質問:いつもお能を鑑賞していて曲が終わる時、拍手をしてよいのか悪いのか悩むのですが、今日のビデオでは最後に拍手が起こっていました。普通のお能の会では拍手を聞きませんが、なにか決まりごとがあるのですか?

応答:能には拍手の決まりごとはありません。見る方の自然な反応で良いと思います。今日の望月のように、かたきを討ちとって見事家名を上げるというような演目では自然に拍手が湧いてもおかしくはありませんし、たとえば隅田川のように悲しみのなかで終わるというような演目では観客も拍手をする気が起きず、余韻を感じるという終わり方になるのではないでしょうか。

私もよく海外公演などに行くとアンコールやカーテンコールなどがあり、それには応じています。洋の東西を問わず観客の心のままに応ずるというのが良いのかと思っています。




文責:臼井良雄
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子
タイトル画能舞台イラストは「のうてんき」さんよりお借りしました

本文はここまでです


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