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平成21年5月29日 神田雑学大学定例講座No458


ジャケットデザインで魅せるビートルズ、講師 ビートルズ・エバンジェリスト 岡本 備(そなう)



目次

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講師プロフィール
1.はじめに
2.PLEASE PLEASE ME
3.WITH THE BEATLES
4.A HARD DAY’S NIGHT
5. BEATLES FOR SALE
6.HELP!
7.RUBBER SOUL
8.THE BEATLES YESTERDAY AND TODAY
9.REVOLVER
10.SGT.PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND
11.MAGICAL MYSTERY TOUR AND YELLOW SUBMARINE
12.THE BEATLES
13.LET IT BE
14.ABBEY ROAD
15.THE BEATLES RING
講師追記




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岡本そなう講師講師プロフィール

岡本 備(そなう)
1950年(昭和25年)兵庫県播州赤穂出身
サイン・ディスプレイ・POP(販促広告)イベント・インテリアデザイナーをしながらも、個人でビートルズイベントを30年やり続けている。

TV、ラジオ、新聞、雑誌等に多数出演掲載される、自他ともに認める日本一のビートルズコレクター。そのコレクションをツールとして、ビートルズは60年代に天から与えられた人類への福音だ、との思いのもとに、音楽はもちろん、アート、ファッション、言動まで含めた天才総合芸術家集団としてのビートルズを少しでも多くの人に伝えようと、曲を聴き、コレクションを見て、話すと言う3Dスタイルでエバンジェリスト活動を続けている。     

http://web.me.com/soy20088

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1.はじめに

岡本 備(そなう)です。準備の「備」と書いて「そなう」と読みます。あまりに変わった名前なので少年時代はいじめられました。 こんな名前をつけた親を恨んで、高校の時に市役所に行ったりして調べたんです。日本に一人しかいませんでした。またこれも高校になってから気がついたんですけれど、実は「そなう」というのは英語で書くと「SO.NOW」とも書けます。「さあ!今だ!」となるんですね。これは海外でも通ずる名前だと嬉しくなってしまって、それ以来俄然自分の名前が気に入り、自己紹介の度に言っています。

私はもともとは母の影響でクラシックが大好きでした。落としたら割れるSPレコードを蓄音器でねじを巻いて聴くと言う時代からクラシックを聴いて育ちました。 中学生になった時から、毎月母親にクラシックレコードを一枚づつ買ってもらっていたんです。中学2年生の秋でしたが、田舎のことなのでお店に買うレコードが無くなってしまったのです。それでクラシックに近いもので映画音楽とかミュージカルとかそんな感じの曲ならいいかなという感じで探していると、その時レコード店に「A HARD DAY’S NIGHT」がいっぱい並んでいたんです。店の人に聞いたら「今はやりのビートルズの映画音楽ですよ」、と言うんです。

そんなこと言われても僕にはさっぱり分かりませんが、とりあえず、それを買って帰り、いつもならすぐ聴くところを放っておいたんです。 レコードは毎週土曜か日曜日に聴くことにしていたんですが、次の土曜日になにか物足りない、そういえば先週1枚買ったなーと思いだし、くだんの「A HARD DAY’S NIGHT」を聴いたところが、一番最初にまず「ジャーン!!」と来るんですね。これでいかれてしまいました。それ以来ビートルズの虜になり、今ここに座っているという訳です。

私も当然皆さんと一緒で先ずは曲で入りましたが、ビートルズの場合は曲だけではないというのが、ビートルズと出会った時からの持論で、出会いと、その時の感動を、少しでも多くの人に伝えたい(もちろん当時、私の方が出遅れているくらいですから余計なお世話だったのですが)その一念で私の色々なコレクション、調査研究をまとめて、20数年前から本を出したいと願う様になりました。しかし、私の作りたい本は、出版社の方に説明しても、企画書を見てもらっても、中々理解していただけない。そこで、手作りの本にしてみました。

ビートルズ・アートムック 幸運にも私は10代で、60年代をビートルズとともに生きて、その熱い息吹と、エネルギーを体感しました。かつビートルズはそのメッセージは音楽からだけではないし、とにかく「ビートルズは知れば知る程面白い」まさに総合芸術。本物のみが持つ魅力を、私のコレクションを使い、かつ、デザイン的にも(本の編集に関しては素人ですが)見て楽しめることを追求した、オリジナル&オンリー1なアーティスティック性と内容ある本であると自負しています。(実際7千冊近くある私の書籍コレクションの中でもこのような本はありません)興味のある出版社を探しているところです。

楽譜はレコードやCDで、音楽以外のビートルズの魅力やメッセージは私の本でというこの情熱を叶えてくれる出版社の方はいらっしゃいませんか。

表紙2点

さて、今日はこのデータの一部を使い、今回のテーマ「ジャケットデザインで魅せるビートルズ」を語りたいと思います。ビートルズの持つ音楽以外のもう一つの魅力、彼らの13枚のアルバムジャケットのデザインから見たビートルズの魅力を語って参ります。

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2.PLEASE PLEASE ME

PLEASE PLEASE ME

一番最初が「PLEASE PLEASE ME」という、アルバムです。 彼らはシングル「Love Me Do」 でデビューしたんですが、2枚目のシングル「Please Please Me」で、チャートNO.1になります。No.1になって、たった3か月でもうアルバムを作るのです。通常ポピュラーは1曲3分くらいですから、アルバムを作るとなると10数曲必要になります。ですから、このデビューアルバム「PLEASE PLEASE ME」があるという事は非常に特異な事なのです。

だいたいポピュラーの場合人気が続くのが短いですからね。せっかくシングル「PLEASE PLEASE ME」がNO.1になったのなら、売れるうちに売ってしまうというのがレコード会社のやり方なのです。そして、ビートルズはデビューした時から既に、このレコード会社の要求に応えられる実力をもっていたということなのです。しかし、この時はビートルズもまだデビューしたてのほやほやですから、自分たちはこうしたいと言える時代ではなかったんですね。ですから、彼らの意思はこのアルバムデザインには出て来ていません。また、世界各国がまるでデザインコンペでもやっているかの様に、国ごとにデザインが異なっています。でもこれは逆に、それ程、いきなり、ビートルズは世界中で人気が出た証明にもなっています。

まずこの「PLEASE PLEASE ME」に入っている曲を一曲聴きましょう。
「I Saw Her Standing There」という曲です。彼らはもともとはライブバンドとして最高だったんです。いま皆さんのイメージでは彼等はレコーディングアーティストと思っている方が多いのですが、このときはジョージ・マーティンという彼らのレコーディング・プロデューサーが、ビートルズはライブが素晴らしいということで、一度はライブステージをそのままレコーディング化しようかと試した事もあったそうです。ですから、このレコードはライブという感覚を非常に意識して作っているのです。そのライブ感覚をお聴きください。

  「PLEASE PLEASE ME」中の「I Saw Her Standing There」のCD演奏を聴く。
ワン、ツー、スリー、フォーと最初にカウントが入るでしょう。まさに、ステージでの入り方ですね。これまで、こんな始まり方をするレコードはありませんでした。次に通常、先ずは大ヒット曲をしょっぱなに持ってくるのですが、そうしていません。「I Saw Her Standing There」の後、先ずは勢いに乗ってもう1曲オリジナル「Misery」と行きますが、次から3曲「Anna」
「Chains」「Boys」とカバー曲を歌っていくんですが、これは一人一人がソロで歌っています。ジョンが歌い、ジョージが歌い、リンゴが歌う、こうやってメンバー紹介をしていく。まさにライブの形をとっているのです。

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3.WITH THE BEATLES

WITH THE BEATLES

彼らは先の「PLEASE PLEASE ME」からたった8ヶ月で2枚目のアルバムを出しました。この2枚目がなんと予約で20万枚です。そして初登場1位でした。しかも22週間一位を
「WITH THE BEATLES」が独占するのです。さっきの「PLEASE PLEASE ME」は30週間
1位を独占していましたからつまり52週間、1963年は一年の内2週間残して全部ビートルズが一位を独占してしまったわけです。それほど売れ続けたんです。

このアルバムではこの白黒写真に注目です。これはハーフシャドウというんですが、これはビートルズがハンブルグの修業時代にアストリッド・キルヒァーという当時、カメラマンを目指していた女性が、非常にビートルズを気に入って撮った時の撮影方法なのです。

また、先ほどの「PLEASE PLEASE ME」の時はカラーでしたね。なのにこれは白黒に戻っています。これは何を言いたいのか。「おれたちは何でもやるよ。曲のジャンルは関係ない。ロックンロールに限らない。なんでもやるんだけれど、基本はロックンローラーだぜ!俺たち」ということをこのジャケットの「白黒」で表現しているのです。

でも、やはり、彼らのオリジナルは普通のロックンロールではない、と実感させるのがこのアルバムに入っている最大のヒット曲です。それはなにかというと「All My Loving」なんですが、それを聴きたいと思います。

「WITH THE BEATLES」中の「All My Loving」のCD演奏を聴く。
普通のロックンロールとちょっと違うんですね。ビートルズ流なんです。

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4.A HARD DAY’S NIGHT

A HARD DAY’S NIGHT

次は「A HARD DAY’S NIGHT」ですが前2枚とは彼らの音質は全く変わります。これはなぜか。彼らがアメリカに進出した事が大きく影響したと考えられます。 1964年までにビートルズはイギリスを中心にヨーロッパ全域は制覇しますが、当時エンターテインメントの世界はアメリカが主流なんですね。だからいくら他の国のエンターテナーが頑張ってもなかなか全世界に名をはせるということは難しい時代だったのです。しかし、ビートルズは5枚目のシングル「I Wamt To Hold Your Hand」で全米1位になり、1964年の2月9日エドサリバンショウに出演、アメリカを征服し、世界のビートルズになっていくのです。

それから約半年後の7月10日にこの「A HARD DAY’S NIGHT」というアルバムと映画を発表します。 このアルバムがそれまでのアルバムと全く雰囲気が変わるのは、彼らがアメリカに行った時にリッケンバッカーという会社から12弦ギターを贈られるのです。ギターは普通6弦ですが12弦張って倍音が出る様になっているのです。音が単音でソリッドでなく、非常に柔らかくなるんです。この新しい音に触発されて、次々と新曲を生み出してで来たのがこのアルバム、特にA面の7曲でした。つまり彼らは音楽を作ると同時に、音にもすごくこだわっていたんですね。

立って説明している岡本そなう講師更に、このジャケットアートは20個の四角のますに区切った中に彼らの顔が並んでいます。当時彼らはアイドルだったのですが、ここではアイドルっぽい顔はほとんどしていません。ちょっと違う顔ばかり並べています。ジョージなんかは真ん中で後ろを向いています。アイドルであることをちょっと拗ねてやるという、企業に流されないという姿勢ですね。こういうところが僕らファンにとってはたまらなかったんですね。

では「Hard Day's Night」と「And I Love Her」の2曲を聴いてみます。先ずは「ジャーン!」という衝撃から12弦ギターでリズムが刻まれていきます。そこにアップテンポでシンバルの高音をならし続ける事で聴き手に非常なクールな疾走感を感じさせます。

まさにタイトルぴったりな曲調です。次に「And I Love Her」この曲は生ギターを活かした演奏していて、甘く自然な感じがとても歌詞の内容と一致しています。という全く対比される2曲を同じLPの中で発表している、これがビートルズなんです、というところを聴いてください。

「A HARD DAY’S NIGHT」中の「A Hard Day's Night 」と「And I Love Her」2曲のCD演奏を聴く。

2曲が全然違う感じですよね。「A Hard Day's Night」の慌ただしさ、リズム感、抜群のノリ!しかしこれをロックンロールというのはちょっと苦しいですね。僕はロックに数えているのですが、もうエイトビートとかに関係なく、とにかくビートルズ流なんです。しかもジャーンのあの一発、あの音で僕はいかれてしまったのですが、あの、音一個に対してあれだけの情感を込めて創り上げると言うかこだわる。それがこのレコードのしょっぱなにある事も、全く、衝撃でした。

「そして始まる歌詞「忙しくて犬のように働いたよ。もう丸太棒のように寝たいよ、でも家に帰れば君がだきしめてくれる、それですべてOK!」この家に帰ればという歌詞ビビッときましたね。ポピュラーの基本は「boy meets girl」 ですから、「彼と彼女の恋愛ごっこ」が基本のポピュラー世界で「家に帰れば」なんて、もう彼と彼女は結婚しているわけですよね、こういう歌詞を持って来るのが「えっ?」という感じでしたね。

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5. BEATLES FOR SALE

BEATLES FOR SALE

左の下はアメリカ版、右下はオーストラリア盤です。この2枚はアナザージャケットです。上の2枚がイギリス盤と同じデザインです。4人の顔が疲れきった顔をしているでしょう。これはどうしてか? 「 BEATLES FOR SALE」つまり「ビートルズ 売ります」ですね、でもこれはレコード会社の意向で彼らの意志じゃないんです。

彼らはこの頃、世界ツアーにTV、ラジオ、その他、忙しくてしょうがない、新曲を作る暇もない。とてもアルバムを出すどころではないのが本音なのですが、年末商戦に向けてレコード会社との契約もあり、新譜を出さざるを得ません。つまり自分たちが乗り気ではないという意思をアルバムデザインにうっすらと表しているんです。

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6.HELP!

HELP!

この「HELP!」というアルバムも基本は映画音楽なのですが曲的にはまた格段の変化、成長を遂げています。

「HELP!」はジョンがボブ・ディランの影響を受けた曲だと言われています。彼等はいろいろな影響を受けているのですが、実際に曲を出すときは自分たちのものに消化して出しているのです。ボブ・ディランがメッセージソングとして人を扇動するような歌詩が多いんですが、ジョンはその形を借りながら自分の心境、つまり「俺はもうどうにもなんない。若いころはあんなに何でも出来たのに。助けてよ」という自分の心の内を言っているのです。私小説的なのですね。ポピュラーの世界の中にこんな赤裸々な心境告白の曲など初めての事です。

それなのにこの「Help!」はナンバー1をとる。このアルバムも初登場一位で15週間ナンバー1をとるようなポピュラリティも持っているのです。そういうことを平気でやっちゃう連中なんですね。どんな世界に行ってもポピュラリティを失わないから必ずナンバー1になるのです。

このアルバムの中にもう1曲ビートルズで最も有名な曲が入っています。「Yesterday」が入っているのです。この「Yesterday」はレコード会社も作った本人ポールも「こんなものヒットしないだろう」と思っていたのに、ファンの方が「凄い!これは!」と感動し、非常な人気になりました。だからシングルカットされました。

また、いろんなジャンルの人達の心も捉え、この曲はビートルズの曲の中でカバーが一番多いのです。この曲が発表された2年後にすでにカバーが1000曲以上という、今では10000曲を超えているんではないかなというくらい、いろいろな人がこの曲をカバーしています。 そしてこの曲は、ジョンとポールのクレジットになっていますが、実はポール一人で作っていますし、レコーディング時もポール一人で演奏しています。他の3人はまったく関わっていません。それは何を意味するかというと、ビートルズの名のもとに発表した曲は一人で作ってもビートルズで発表出来るということです。 これは画期的なことなんです。基本的には彼らは合議制ですし、いつも4人でわいわい創ってきました。その状況をコンソールルームで見ていたジョージ・マーティンは、よくその彼らの創作活動中にオーラが立ち上がっているのを見たと言います。そして、それは彼らにビートルズはいつも4人で一緒にやってこそビートルズなんだと言う思い込みを作っていました。しかし「Yesterday」の一人でもOK、ビートルズで出せるんだということはいろんな意味でビートルズ自身の可能性を拡げたんです。

もうひとつあります。「Yesterday」のバックで演奏しているのはストリングスではありません。純正クラシックです。だから彼らはこの時点ですでにクラシック領域を取り込んだのです。つまりここにロックが萌芽しているのです。まだ時代はロックンロールですが、ビートルズはロックに入りかかりつつあるんです。

それは先ほどの「Help!」にも言えることです。「Help!」も自分の言いたいことを歌っているんです。これは『ティン・パン・アレイ」という、作詞作曲家が作った曲を歌手はただ歌うだけというポピュラーの世界の常識を打ち破って、しかも、自分の言いたいことを歌い、ジャンルの壁も取っ払う、これはもうロックなんですよ。ここでロックが芽生え始めているんです。
では「Yesterday」という一番有名な曲を聴いて頂きましょう。

「HELP!」中の「Yesterday」のCD演奏を聴く。

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7.RUBBER SOUL

RUBBER SOUL

次は「RUBBER SOUL」です。ここでは彼らははっきりと音楽以外の領域にも乗り出してきました。それは何か。このジャケットの間延びした顔と4人とも全然笑っていないことに注目です。

1965年、この年彼らは勲章を貰います。ビートルズのアイドルとしての位置は全世界で固定しました。ライブもガンガンやります。ニューヨークのシェアースタジアムといった野球場でのコンサートもやっています。5万人とか8万人の前でガンガンやるのです。ところがそこでファンが望むのは「She loves you」とか「Please please me」といった内容やノリの曲です。しかし、ビートルズ自身はどんどん変化してきているわけです。ビートルズとしてはライブで自分たちの新しい曲をどんどんやりたいのに、ライブでやれない曲をどんどん作ってきているんです。また、あまりのマスヒステリックな状況に、会場で聞こえる音はファンの悲鳴でしかなく、また、音楽のみならず、彼らの一挙一頭足は、世界中に影響を与えます。いまやビートルズは4人のただ音楽をやりたいという意思を超えた、誰の手にも負えない巨大な怪物になっているのです。 それで、もうライブなんてやってられない、アイドルなんてやってられないという気分をこのジャケットで表わしているんです。

このジャケットが出来たいきさつはたまたま偶然なんですが、その偶然を捉えて、この写真をジャケットに選ぶということは、彼等にその意思があったからなのです。つまりもうアイドルなんて嫌だよと言っている訳です。

さて、タイトル「RUBBER SOUL」ですが、当時イギリスではソウルブームでローリングストーンズとかアニマルとかは盛んにソウルをやっていました。それに対して「でも白人がソウルとかブルースとかは本当は出来ないんではないの?」という思いがあって、そんな自分たちへの自戒を込めてローリングストーンズのミック・ジャガーが、「俺たちはプラスチックソウルだよなー、黒人の様に本当の心(ソウル)は伝えられないよなー」なんて言ったんですよね。そしてそれを聞いたポールがそのプラスチックを「ゴム=RUBBER」に変えたのです。これは「LOVER=愛する人」を音感的にもじったのです。プラスチックじゃ何の意味もなさないのを、聞いた感じが同じ「ラバー」でちゃんと意味を持たせる、ここがビートルズなんですね。彼らは言葉の捉え方、活かし方が本当にうまいです。

そしてまた、このレコードの一番最初の曲が、ソウルのパロディーなんですね。「Driving My Car」です。この曲は男の子が一生懸命アプローチしても女の子は「あなたは私の運転手くらいで我慢して」という感じで、なかなか男の気持ちはうまく女の子に伝わらないということで、つまりはそれはSOUL=魂を伝えようとしてもなかなかうまくいかないぜと、イギリスで流行っているソウル、ブルースブームを揶揄しているわけです。

ではその「Driving My Car」を聴いて頂きましょう。
「RUBBER SOUL」中の「Driving My Car」のCD演奏を聴く。

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8.THE BEATLES YESTERDAY AND TODAY

THE BEATLES YESTERDAY AND TODAY

これは「YESTERDAY AND TODAY」というアルバムで、大ヒットした「Yesterday」をメインにアメリカの最大手のレコード会社『キャピトル」が作ったものです。 アメリカでは当時、イギリスの人口が7000万人だったのに対して2億人いたんですね。51州ありますね。キャピトルは全米にくまなくレコード販売網を持っていまして、販促力の桁が違うのです。力が強かったのです。ですから自分たちで勝手にビートルズのアルバムやシングルから、曲をばらばらに選んで編集盤を作っていました。

この『YESTERDAY & TODAY」には
・アルバム「HELP!」から「Yesterday」と「Act Naturally」という2曲。
・アルバム「RUBBER SOUL」から「Nowhere Man」と「Drive My Car」の2曲。
・アルバム「REVOLVER」から「I'm Only Sleeping」、「Dr. Robert」 、
「And Your Bird Can Sing」の3曲 。
そしてシングル盤から「We Can Work It Out」をもってきているんです。

熱心に話を聞く受講生

でもこれはポピュラーの世界ではよくある、いわゆるベスト盤というやつですね。 しかしビートルズは今までアルバムを、その時、その時の気持を込めて、アルバムごとにテーマを持って作っていますから、それぞれのアルバムにはうっすらとでもコンセプトがあるのです。このジャケット写真は、僕たちの曲をバラバラにするとこの写真の様にこんなに気持ちが悪いよとレコード会社に訴えているんです。レコード会社の方は「えっ、こんな気持ちの悪い写真が使えるかい」ということで止めれば損失はそうでもないのに、実はこの写真のまま印刷し、発売してしまったのです。 その辺が担当者と上層部の違いですね。上層部はろくに写真も見ないでOKを出してしまったのでしょう。

ところがもう運送会社から返品が来る、レコード店から返品が来る、買ったお客から返品が来るといった訳で大変なことになったのです。でもこの時はまだ出ていない
「REVOLVER」の曲が新曲として3曲入っていますから、回収して発売中止にする事は出来ないし、この新曲はみんな早く聞きたいわけです。だからファンの方は早く出して!出して!とキャピトルに要請します。キャピトルはしょうがないから大慌てで新しい写真をビートルズから送ってもらい急遽差し替えて刷る、ということで右下のような、「トランクカバー」と言いますが、これを出しなおすわけです。結局レコード会社としては大損食らうわけです。

上段に見える最初のアルバムは通称「ブッチャーカバー」といいます。
ビートルズの4人が豚肉の解体業者が着る白いうわっぱりを着ています。その業者を「ブッチャー」といいます。それを慌てて「トランク」に直して出したのですが、それをやろうにも間に合わなかったというものがあるのです。それでキャピトルはどうしたかというと、「ブッチャーカバー」の上にトランクカバーの印刷を張り付けて出したのです。 上段右端の、これは特殊な方法で下が透けて見えるようにしたんですが、ようく見てください。ここにうっすらと「ブッチャーカバー」の姿が見えているのです。4人が影のように出ているでしょう。だから上に貼って間に合わせたということが分かるんです。これほどレコード会社は急いで出したということなんです。

レコード会社はアーティストにとっては親ですよね。親に対しても理不尽なことは抗議する(しかも暴力的でなく、自分たちの土俵で)というこのビートルズに行為に僕らは大喝采でした。これぞビートルズですよね。

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9.REVOLVER

REVOLVER

次は「REVOLVER」です。ここでは彼らは完全にアイドルを脱しています。つまりもうアートの世界です。しかも、ちゃんと中身も表しているのです。 この時彼らが一番最初に取りかかった曲が「Tomorrow Never Knows」という曲なんですが、この曲ではミュージックコンクレートとかコラージュとかテープループとかいろんな操作で音をいろいろ加工します。その音を加工するということを彼ら4人のイラストでアート化していることと、それから写真を切り張りしてコラージュしていますよね。その事で、これはレコードの中の曲を視覚的に表しているのです。

ここまで中身を音楽でなくジャケットでも表現することを自分たちでやれる連中なんですね。もちろんこれを描いたのはクランス・ブアマンという違う人間ですが、その指示をしたのはビートルズですから、彼らの意思がちゃんとジャケットに現れているわけです。ではこのサウンドアートのきっかけになった曲「Tomorrow Never Knows」をお聴きください。まさにSEというかアバンギャルドの塊のような曲です。でもこれをまたビートルズはヒットさせるから凄いですよね。

「REVOLVER」中の「Tomorrow Never Knows」のCD演奏を聴く。

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10.SGT.PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND

SGT PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND

次にいよいよ「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」にいきますが、これがビートルズが歴史的にポピュラー世界のみならずクラシック音楽界まで揺り動かしたくらいの凄いレコードなんです。なにが凄いかというと、まず先ほどの「ブッチャーカバー」のように曲がばらばらに編集されるのは、一曲、一曲が3分くらいで切れているからだと、それならば一つにしてしまえば切られないだろうという発想です。

そこで、このアルバムは「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」というバンドのライブ演奏会なんだという一つのテーマを設けたのです。コンセプトアルバムといわれました。そして、各曲の曲間もそれまでのレコードにはない程狭めました。技術的にもシングルカットをしにくくしたのです。また、1曲1曲についても、それぞれの曲もいい曲なんですが、シングルカットしてヒットするような曲ではない、アルバム1枚をトータルで聴いて初めて面白いという作り方をしているんです。そこがうまいのです。

もうひとつ、普通レコードジャケットはポピュラーの場合、スターの顔見せを兼ねた包装紙に過ぎませんし、クラシックのジャケットも中身に直接関係ないですね。例えばベートーベンの「運命」のジャケットにしてもベートーベンの胸像とか、指揮者の顔とか、スイスのロマン湖のほとりの写真とか、あまり中身に関係ないですね。ところがこのレコードのジャケットデザインは、はっきりと中身に関係しているわけです。

先ず、背景には古今東西の著名有名人がいっぱい並んでいますね。中央にビートルズの4人が将軍服姿で立っています。そして下の花壇にBEATLESと花文字がありますね。黒い洋服を着た4人が中央のビートルズの左にいます。これはマダムタッソーの蝋人形で若いころの4人なんです。では全体としてこのシーンは何か、つまりこれはお葬式、会葬シーンであり、つまり古いビートルズをいま葬っているのです。中央の将軍服の4人は会葬者で、後ろの人たちは参列者です。古いビートルズのお葬式をやって、と、同時にここで架空ですが、新しいバンドの誕生も表しています。その新しいバンドが「SGT PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」です。

そしてその架空のバンドの演奏会の中身がこのレコードなのです。 つまりジャケットのデザインとレコードの中身がバッチリ一致している。こんなレコードはレコード業界始まって以来初めてです。

しかもそのレコードの一番最初の歌詞を注意深く聴いて頂くと「It was twenty years ago today」と言っています。「あれは今からちょうど20年前の今日だったよね」と言ってます。20年たってその様に言われるという事は、そのことが非常に大きなニュースだったということです。このレコードが出たのは1967年の6月1日なんですが、20年たつと1987年の6月1日ですね。つまり20年後も僕たちビートルズは「あれは〜」といわれる程に残るぞとこの歌詞の1行は言っている。つまり20年経っても僕たちの人気は落ちないよと予言しているんです。でも現実はそれ以上でしたね。いま2009年ですから42年たっているんですから。

ではまず1行目の歌詞を聴いて頂くために「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」のショウのオープニングナンバー、それからこのアルバムからサイケデリックというアートが始まります。そのアートのきっかけになった曲を彼らは書いています。
ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド 「Lucy In The Sky With Diamond」という曲です。 この2曲を聴いて頂きます。

「SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」の中の
「Sgt.Pepper's Lonely Hears Club Band」と 「Lucy In The Sky With Diamond」のCDを聴く。

サイケデリックというアートはまさにこの曲から始まったと言ってもいいぐらいです。彼らは音楽と詩的イメージとしてサイケデリック表現したのですが、実はジャケットそのものもカラフルでまさにサイケデリック アートの始まりでした。そして、その流れで映画も作るのです。それが次ぎに彼らが発表した「MAGICAL MYSTERY TOUR」です。

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11.MAGICAL MYSTERY TOUR AND YELLOW SUBMARINE

MAGICAL MYSTERY TOUR AND YELLOW SUBMARINE

彼らは映像にも多いに興味がありました。それは、1965年位からですが、彼らがシングルレコードのプロモーション用に撮った映像を見ても、ただの顔見せではない映像を制作している事からも伺えます。この「MAGICAL MYSTERY TOUR」では監督、脚本、撮影から主演、音楽まで自分たちでやっています。サイケデリックを音と映像でうまく表現しているのですが、実はイギリスではじめて1967年暮れのクリスマス番組として公開された時は白黒で放映され、また映像も当時としては前衛過ぎて真意が伝わらず、評論家から初めてビートルズの失敗と大きく書かれたのです。

1985年にマイケルジャクソンがあのスリラーというアルバムで全曲映像付きで出しました。MTVの大流行の始まりとなりましたが、その28年も前にビートルズは作っていた訳です。先駆的な作品なんですね。さらにこのアルバム(実はコンパクト2枚組で、まるでクリスマスプレゼントにちょうどいい形で発売されました)も一曲一曲はバラバラなのですが、先ほどの「SGT PEPPER'S〜」と同じで、これはビートルズが行くサイケデリックなバスの旅という一つの統一テーマが打ち出されているのです。そういう持って行き方が非常にうまいですね。

サイケデリックという話題だけで、1講座組める程なのでここではこのくらいにしておきますが、「YELLOW SUBMARINE」というアニメーション映画のサウンドトラックとしてビートルズは4曲サイケデリックな曲を提供しています。ビートルズは直接この映画製作には関与していませんし、はじめの頃は関心もありませんでした。が、出来上がった映画を見てみるとあまりに出来がいいので、映画の最後にチラッと出演しています。

YELOW SUBMARINE

なお、このアルバム「YELLOW SUBMARINE」が発売されたのは、次のアルバム
「THE BEATLES」の後ですが、ビートルズはサウンドトラック用に4曲提供しただけで、映画にも全然関与していないので、サイケデリックという意味でここに入れました。

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12.THE BEATLES

THE BEATLES

先ほどの「SGT PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND」と
「MAGICAL MYSTERY TOUR」のカラフルなジャケットがレコード店にダーッと並んだ状況を思い浮かべてください。その中で一番目立つ色は何色か?それは全面1色の黒か白なんです。しかし黒は何色を入れても黒ですね。ところが白は何色を入れてもその色に染まります。また、黒はマイナス思考、白はプラス思考の色です。つまり、白とはまさにビートルズそのものじゃないかと思ったら、タイトルが「THE BEATLES」というんです。そしてこの写真では分かりにくいんですが、タイトルが又、表面に浮き出た加工で(エンボス加工)
「THE BEATLES」と出ているだけなのです。ですから、お店で見ると本当に真白です。

そして、驚く事にここにシリアルナンバーが1行スタンピングしてある、ひとり1個のナンバーが持てるのです。これはファンとしては非常に嬉しいし、また、少しでも若い番号を持ちたい、というのがファン心理です。私も慌てて予約しましたね。NO.A-00004815で4000番代だぞ!なんて言って喜んでいました。しかし、実際には手に入れる早さにはに全く関係なく、世界的にもめちゃくちゃだったようです。でもそういうファンの心理をくすぐるうまさに、うなりました。

それから中のレコードレーベル、彼らはこのとき自分たちのレコード会社「アップル」を起こします。その第1号のアルバムがこの「THE BEATLES」でした。それでレコード盤の中央のレーベルがアップルなんですが、このデザインが又衝撃でした。レーベルにイラストがデーンと使ってあるなんて見た事ありませんでしたから。

また、ジャケットが真っ白だから内袋を黒にするという、こういうトータルなデザインのセンス、デザイナーである僕からみても実にうまいですね。 つまり彼らは僕に言わせれば天才なのです。ミケランジェロとかレオナルドダビンチと同じで、彼らの作品は音楽だけでなくて総合芸術なんです。

このアルバムはLP2枚組で30曲入っています。ポピュラーの世界では、それまでシングルが主流であり、アルバムを買う人はめったにいない時代に、彼らはアルバム単位で新曲を発表し、だからアルバム単位で聴くと言うスタンスを当たり前にしてしまいました。それがこの「THE BEATLES」はLP2枚組です。それでも10週間一位をとったのです。それほど売れたんです。けた外れですね。

また、この中の30曲、それぞれ全く違うジャンルの曲を入れています。つまり聴き様によっては一曲一曲バラバラな印象だと言われましたし、ジョージも30曲は多かったかなとコメントしたりしています。(私は全然そうは思いませんでしたが)では、その特徴が出ている、全く違ったジャンルに思える2曲をかけてみます。

  CD2曲演奏(Back In The U.S.S.R、While My Guiter Gently Weeps)
極端に言うと、30曲が30のジャンルに別けられる程、実に百花繚乱というのがこのアルバムの特徴です。しかしどの曲も、それは作品と呼べる質の高さと、音楽性の豊かさを持っています。しかも、1曲1曲がただ歌詞があり、歌っているのではなく、メッセージがあるのです。ジャンルにこだわらず、やりたい様にやって、そこにメッセージが存在する。つまりこれこそ、音楽の新しい可能性を気付かせてくれた、「ロック」の始まりだったのです。ちなみに、この時まで、ロックという言葉はありませんでした。プレスリーはロックンロールのキングであり、先の「SGT PEPPER'S〜」は「ビートルズの最高傑作」と言われていました。が、この後、「SGT PEPPER'S〜」 の帯には「ロック界の金字塔」という言葉が書かれていました。
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13.LET IT BE 「LET IT BE」

LET IT BE 「LET IT BE

日本では予約だけで100万枚を超えたという、全世界で370万枚という驚異的な予約をとったアルバムでした。でも8週間しか一位が続かなかった(ビートルズにしては短い訳です)それは、どうもこのアルバムはちょっとビートルズ的ではない、なぜかというとこのレコードが発売された時ビートルズはバラバラになってしまっていたからです。

この画像の左下の丸い画像、これはピクチャーレコードなのですが、彼らは自分たちの会社「APPLE」の屋上で「ルーフトップコンサート」という最後のライブをやってくれました。右下の丸い画像はスタジオで曲作りをしている様子です。「ゲットバックセッション」と銘打って、彼らはもう一回原点に戻ってやろう(=GET BACK)ということで、初期の
「PLEASEPLEASE ME」の頃のやり方に戻ろう、ライブでも演奏出来る一発取りで曲をレコーディングしよう、音の加工や、アフターダビングをしないで曲を作ろうという趣旨のもと、スタジオにこもり、新曲作りを始めました。

と同時に、まだゼロの段階から新曲が出来上がっていく過程を映像記録として撮っていき、それを編集して映画にし、発表しようと考えていたんですが、とてもではないけれどスタジオに4人以外の人間がざわざわといたのではとても、創作活動などやっていられない。また、彼ら自身も成長していて、それぞれが自分たちの道を見出してきているんですね。ビートルズとして4人一緒にやる意味はもうないんじゃないかということで、結局、この時の新曲と映像は一旦お蔵入りになってしまいます。

それで、レコード発売順はこれが最後になります。彼らが気がない為に、デザインはまるでビートルズの、今度こそ本当にお葬式の写真の様に、4人バラバラで黒枠で囲まれて何とも哀しいデザインです。また、最後なのでアップルのマークである緑のリンゴが赤くなって熟れています。(実際にはこのリンゴはグラニースミス種と言って、熟れても赤くはならないそうです)

しかし、実は彼らは一度このアルバムを「GET BACK 」という名前で出そうとします。このジャケットはさすがビートルズ!らしいエスプリが利いていて面白いのですが、この話は後ほど、「BEATLES RING」 のところでお話ししようと思います 結局、もうどうでもいいよと言う感じで、なしくずしにビートルズは消えていくところだったのですが、ポール・マッカートニーが「いやこのまま終わってはファンに対して申し訳ない、だから最後のレコードを作ろうよ」ということで作ったのが、発売順は逆ですが実質、最後の作品となった「ABBEY ROAD」というアルバムです。

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14.ABBEY ROAD

ABBEY ROAD

このアルバムはビートルズの最後として創ろう、と言う理由以外に実はビートルズには、2年も前からずっと並行して考えていたエピソードがありました。それをこれで完結させるのです。ビートルズは音楽を進化、発展させ、ジャケットでもメッセージを発し、アートにも影響を与え、言動でも色々なことを僕たちに伝え、触発を与え、世の中を変えてくれました。そして最期に、世界をワっと驚かすエピソードを2年もかけて仕組んでいたのです。

それが4枚のアルバム「SGT PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND 」
「MAGICAL MYSTERY TOUR」「THE BEATLES」とこの「ABBEY ROAD」のジャケットに仕組まれているのです。 それは「ポール死亡説」です。私もこの時は興奮しました。(今でも、これを語る時には思わず興奮してしまいますが…)実は1967年にポールは死んでいたというのです。その証拠となる事実が、4枚のアルバムに隠されている。という事で世界中が、その証拠探しに躍起になったのです。それでなくても、桁外れに売ているビートルズでした。この噂の為に更に売上にも拍車がかかりました。この話も、これだけで一講座が組めてしまいますのでここでは結論だけにします。

ポール死亡説

で、実際に本当にポールは死んでいたのか、今のポールは替え玉なのか、事実は判りません。という風に考えてしまう様な事しか結論は出ていません。約3ヶ月後、スコットランドの農場にいたポールに、アメリカの大手グラフ雑誌「LIFE」がインタビューを敢行しそこで、ポールはこう答えてはぐらかすのです。「僕本人が死んでいないって言うのだからこれほど確かな事はないでしょう…」 だってその「僕」たるポールが偽物かもしれないと世界中が言っているのに・・・

もう一つこのアルバムで伝えたいことがあります。

ポール死亡説2

それは先ほどのホワイトアルバム「THE BEATLES」には30曲が収録され、その30曲が全く別の方向を向いているといいました。別な方向を向いているんだけれど、それをとりあげて一つのジャンルで括ることができます。なにかというとロックなんだと。つまりあの通称「ホワイトアルバム」からロックが生まれたのだと。実際それまでロックという言葉はなかったのです。 この新しく生まれたロックに対してこの「ABBEY ROAD」はビートルズの一つの解答になっているのです。なんという解答か、シンフォニーロックなんです。

つまりクラシックなロックなんです。それを味わっていただく為に、ちょっと通して聴いて頂きたいと思います。メドレーになっていて20分くらいかかりますがよろしくお願いします。 (You Never Give Me Your Money〜Sun King〜Mean Mr.Mustard〜Polythene Pam〜She Came In Through The Bathroom Window〜Golden Slumbers〜Carry That Weight〜The End ・・・・・Her Majesty ) ということで「The End」という曲があって終わるんですね。

終わっておいて私たちが「ウーン終わったんだ…」と思った時、ジャーンとまた始まりましたね。あれがビートルズなんです。終わった後にまだちょっとオチつけるというのが、最後の最後まで私たちに肩透かしを喰わせる、これがビートルズらしいところなんですね。

また、少し話が戻りますが、「Carry That Weight」と言う曲の中で、まるでクラシックの様に、主題となる旋律が繰り返されるところがあります。「You Never Give Me Your Money」 の歌詞とメロディーがちょっと入ってくる、1曲、1曲の作品の質以上に、こういう構成の持っていきかた、これはまさにクラシックであり、芸術作品であり、かつプログレッシブだと私は思うのです。そして、ポピュラリティーである事も失われていない.だから最後まで、そして未だにビートルズは世界中で愛されているのです。

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15.THE BEATLES RING

THE BEATLES RING

最後に先ほど「LET IT BE」のところで話した「GET BACKセッション」ということで彼らの考えていた事を述べたいと思います。上の画像にビートルズリングとあります。 「GET BACK」すなわち原点に帰ろうということはどこに帰るかというと「PLEASE PLEASE ME」 すなわち一番最初に帰ろうと言うことです。上の画像「GET BACK」と「PLEASE PLEASE ME」が同じデザインで並んでいますね。つまり終わりと始まりが同じで繋がったという事は、ずっとリングになり終わらない、つまり「ビートルズは永遠だよ」ということを言いながら終わろうとしたのです。

そんなことを言っている前にビートルズ自身が終わってしまってもんだから、「LET IT BE 」では4人を4分割して林檎を赤くして終わってしまう、とそこだけちょっとエスプリをきかせているのですが、実際のビートルズ自身の当初の考えは、「LET IT BE」ではなく
「GET BACK」であり、「PLEASE PLEASE ME」と同じデザインで終わろうと思ったんですね。しかも、中の曲の入れ方まで、それまでのビートルズ流のポリシー、アルバムからシングルカットはしないという方針まで変えて、アルバム「PLEASE PLEASE ME」では、シングル、
「Please Please Me」と『Ask Me Why」を入れている様に、この「GET BACK」ではシングル
「Get Back」と「Don't Let Me Down」をこのアルバムの中に入れているんです。彼ら4人の変化以外は、アルバム「GET BACK」はアルバム「PLEASE PLEASE ME」を踏襲しているんです。

私の講義のテーマ「ビートルズ!知れば知る程面白い!」の中の一つのエピソード、「ジャケットデザインで魅せるビートルズ」楽しんでいただけましたでしょうか。 ということで今日のビートルズのお話を終わらせていただこうと思います。

(拍手)

講師追記

ここに記された内容については、私のビートルズとの45年間に渡る生き様の中から、私なりに理論立てて来たオリジナルな見方です。ビートルズ自身に取材したり検証した訳ではもちろんありませんし、事実とは違うところもあるかも知れませんが、ファンとして受け、感じた事と、そして長い年月の間に私なりの解釈し、伝えるべき大切な事、かつ、知れば知る程面白い事は何かを常に推敲しながら組み立ててきた備流ビートルズエッセイの中の一つです。基本ベースは1978年頃に書き上げておりました。 無断転載転用はご遠慮ください。



文責:岡本 そなう・臼井良雄
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子


本文はここまでです


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