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平成21年6月5日 神田雑学大学定例講座No459


「回文・逆さ歌」暗い浮世も逆さに見れば 講師・中田芳子




目次
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はじめに
「回文の魅力」について
コトバの不思議
遺伝子に回文構造
ストレス解消に!
回文作りのメリット
回文熱中ことはじめ
そんな「中田芳子♪」の生い立ちとは?
過酷な台湾引き揚げ体験
回文の歴史
「回文」と、「逆さ歌」の違い・・・
音楽と回文のコラボ、それが「逆さ歌」
逆さ歌の誕生秘話



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中田芳子講師はじめに

ご紹介に預かりました中田芳子でございます。
こちらでの講演にお声をかけて頂きました事、ほんとうに光栄で、心からお礼を申し上げます。
★「逆さ歌の虜女」とか「回文の天才おぱあちゃん」などと呼ばれ、何回かテレビにも出させて頂いてますのでもしかしたらご存じの方もおいでかと思いますが、なぜか「逆さ」の世界が好きで「逆さ歌」・・・つまり、曲を終りから歌って「逆回転」すると、ちゃんと元の歌になって聞こえるという、ヘンな特技を持つおばあちゃん
「中田芳子」です。宜しくお願い致します。
私、千葉県の習志野市に住んでおりますが、習志野にもう十年以上も続いている「きらこ」という、とても内容の濃い「タウン誌」がありまして、そこの編集長さんから「神田雑学大学」というとても素晴らしい集まりがあり、毎週金曜日に講演があるので、一度一緒に聴講しませんか?・・・と、お誘いを受けていました。

その後、神田雑学大学のパンフレットを送って頂き、その充実した内容に驚いてましたら、追ってまたお電語があり、「どうですか、雑学大学でお話してみませんか?」とのこと、もう、びっくりしてしまいました、その「きらこ」というタウン誌に、私、毎号エッセイを書かせて頂いてますので、こちらの理事でいらっしゃる吉田様に読んでいただき、そのご縁で推薦して下さったというわけです。でも、今までこの神田雑学大学で行われた講演の演者のリストとか、それぞれの内容を拝見しますと、あまりにもみなさんご立派で、私、すっかり怖気づいてしまいました。

学術的な発表が多い中、「逆さ歌」などという、いわば「お笑い系」のものがまじることに大いに気が引けてますが、たまにはこうした馬鹿馬鹿しい話にお付き合い頂くのも、ストレス解消・・・あるいは発想の転換、ということでお許し願って、今宵はみなさん、しばし脳を遊ばせていただけたら・・・と存じております。ですから、一方的に私がこうして喋るのでなく、皆さんとご一緒にこの時間を楽しませて頂くつもりでおりますので、いつもの時よりも「ゆるい」感覚でいらして下されば嬉しいです。

さて、今日の話の内容ですが、大きく分けて、「回文」と「逆さ歌」そしてその背景・・・つまり私ナカダがなぜこういったとんでもない世界にはまりこんでしまったのかというお話。それは私の「人生論」でもあるわけですが、タイトルにも書きましたように「暗い浮世もサカサに見れば」…ということで、私なりのいわば「人生のボヤキ」みたいなもの・・・になるかと思いますが、すこしでも共感して頂けたら幸いです。

逆さ歌を歌う講師ここでまず名刺代わりに・・・といいますか、そもそも逆さ歌というものがどんなものであるかをみなさんに理解して頂きたく、二曲ほど演じさせていただきます。

=二曲をサビの部分のみ簡潔に=。
曲名を当ててもらいたいのですが。
如何でしたか?
≪明日があるさ≫  正解者 0

ヒント  昨年の男性歌手の大ヒット  
≪千の風≫  正解者1名
そういうワケでこれから「サカサの世界」へ皆様をご案内していきたいと思います。

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「回文の魅力」について

インターネットでお調べいただければ解りますが回文人口は予想以上に多いのです。
回文のサイトは数知れずあります。日本語ならではの美しい言葉のあや、ほかの国の言葉に比べ、明瞭、かつ繊細な言葉の響き・・・
もちろん外国にもアルファベットの回文はあります
英語では「バリンドローム」と呼ばれ、よく紹介されるのが、エデンの園におけるアダムとイヴの初対面の会語。まずイヴが自分の名前をいいます。「Eve」

するとアダムも自已紹介します「Madam, Im Adam」
また、イギリスの「レイ・マーサー」という人の作った
「パナマ運河の偉業」と題されたローマ字回文「A man a P1an a canal Panama」も傑作として遺されています。

しかし文字数の豊富さから言えば日本語は、漢字あり、ひらがな、カタカナありで、世界一難しいといわれるくらいですから、回文の奥深さは計り知れないものがあるといえましよう。
回文のみならずそもそも言葉を使った遊びというのは、その源は、古来からある、呪術的、神事的なものだったといわれています。「言霊(ことだま)」という言葉をご存じと思います。これは言葉には不思議な力が宿っていることを意味しています。

外国では「アブラカダブラ」という呪文があるそうですが、日本でも昔、修験道の山伏が「九字を切る」という独特の動きで呪文を唱え、怨霊退散を祈ったと伝えられています。
こうしたおどろおどろしいものと違って、ニヤリとしたくなる遊び心の「魔力」をも併せ持っているのが「回文」です。江戸時代、最も有名だったのがみなさんもご存じの「長き夜の遠の眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな」で、昔からの風習として正月一日、もしくは二日の夜に、枕の下に宝船の絵を敷いて寝ると、よい初夢が見られるというのがあったそうですが、その宝船の絵の上に書かれていたのがこの回文、「長き夜の・・・」なのです。

 何故そこに回文が使用されたのでしょう?
昔は回文のことを「回らし文=めぐらしぶみ=」と呼んでいました。

ですから、「巡る」・・・つまり幸せな年が巡ってくることを願ってそういう風習が始まったのかもしれません。ちょっと遊びに神田雑学大学読み込み回文を作ってみました。


*「よく書いた句、勝つさ。短歌もなかなか。名も「神田雑学大学」よ」
ヨクカイタクカツサタンカモナカナカナモカンタサツカクタイカクヨ


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コトバの不思議

どなたでも子供の頃、自分の名前をサカサに読んで面白がっていた記憶があるはずです。
もともと人は「コトバ」で遊ぶことの楽しさを身に付けて生まれてきているのでしょう。
「韻を踏む」ことや、今はやりの「駄洒落」そしてテレビを賑わせている「お笑いコント」や
「ギャグ」。更に言えばコトバによって人は愛を語りもするし、時には人を傷つけることも。まさにコトバは「生き物」といった感じがします。しかもそれをサカサにすることでとんでもない別の意味が生まれてくることがあるのです。

例えば「美しい」・・・という言葉。文字を見ているだけで心がなごみます。だがこれをさかさにしてみると・・・?(イシクツウ)漢字変換して「縊死、苦痛」。どうです?グサっときますよね。言葉の裏側に潜む計り知れない影の不思議さ・・・もっと進んで怖ろしさをすら感じるはずです。

遺伝子に回文構造

実は生き物の体内には回文が仕組まれていると言われています。しかもこの回文構造は遺伝子(DNA)の中に存在しています。少しややこしい話になりますが、DNAは二本の鎖からなる「らせん構造」を作っています。このDNAを切断する酵素があって「制限酵素」とよばれていますが、面白い事に、この「制限酵素」はむやみやたらに切断するのではなく、ある一定のパターンで切断しているそうなのです。切られたDNAの上下二本の鎖からなる塩基配列を見ると、例えば上の配列を左から読むと、GAATTCであるなら、下の配列を右から読んでもGAATTCと、全く同じに読めるというのです。

これを学術的に「回文構造」というのだそうですが、まさに生命の神秘と言うよりほかありません。ちなみに回文構造を作り出すこの「制限酵素」の発見によって、「遺伝子組み換え技術」が可能となったのだそうで、回文は人類の未来にまで大きな影響を及ぼしているというのです。なんだかお話が難しくなってきましたが・・・。
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ストレス解消に!

今の世の中、腹の立つことばかりで、どこかが狂っているとしか言いようがありません。まともに向き合っていると頭がおかしくなってきますから、なんとか逃げ道を探さなければならない。「逆さ歌の中田芳子」イチ押しの「ストレス解消法」それが「回文作り」なのです。
例えば「悪い過酷な消費税、ぜひお止し、泣く子がいるわ」とか
「総理は止(や)めるまで臭い選挙、預金政策でまるめ、やはりウソ」
「間接税が高いよ。強い方、解説せんか」など、これらはすべて杜会派回文。

会場風景、話に聞き入る受講生

日頃苦々しく恩っていることがらを、ひとひねりして流飲を下げようというワケです。
さぐれば探るほど奥の深いこの摩詞不思議な「サカサの世界」を、みなさんも是非体験してみてください。

回文作りのメリット

ところで回文作りに何かメリットはあるのでしょうか?
「おおあり」だと、私は確信しています。

・脳の活性化(ボケない)
・語彙の蓄積
・ユーモアやウイットが自然に身についてきて、心にゆとりが出来る。エトセトラ

ということで、現今、老人性うつ病の増加が取り沙汰されている中、どれをとっても意義のある趣味といえそうです。
しかも紙とペンさえあれば、何処にいても退屈知らずでいられるし、余計な事を考えなくて済む。当然「うつ病」にも縁がなくなるというものです。

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回文熱中ことはじめ

・なぜここまで「回文」の世界に?(私の回文人生)
朝日新聞の。京葉版に「千葉笑い」というコーナーがあるのをご存じでしょうか? 
そこはコントや川柳、などのいわゆる「お笑い文芸」の投稿欄で、毎週水曜日に掲載されているのですが、ある時面白半分に長い回文を作ってペンネーム使って投稿したのです。もう二十年以上昔の話です。

ちなみにその時送った回文は
「なめらかに卵のソース落し、飯とお酢をその後また煮からめな」
(ナメラカニタマゴノソオスオトシメシトオスオソノゴマタニカラメナ)
という、まるでお料理のレシピみたいな回文。更には
「飛騨の夕景色に見とれ、彼と見にきし今日、湯の旅」
(ヒタノユウケシキニミトレカレトミニキシケウユノタヒ)といったものでした。

すると早速新聞社から電語がかかってきたんです。
「いったいこんなの作るのはどんなヤツだ?・・・」というワケです。編集部にちょっとした「旋風」を巻き起こしたらしいのですね。新聞杜側の推測では「これは絶対男性である。職業は数学の先生かなにか、理数系のアタマの持主にちがいない」というケツロンに達したらしいのです。

ですから当の私が電話口に出て、なんの変哲もないフツウのおばさんであると解ると、電話の向こうでズッコケたみたいでした。でもそのコーナーの選者でいらした、演芸評論家の小島貞二先生がメチャクチャ絶賛してくださったのですね。「回文の天才オバサン」、それが当時先生につけて頂いた私の「あだな」でした。ですからそれが嬉しくて次々と新作を投稿する。で、また新聞に掲載され、絶賛される・・・その繰り返しでした。
そのうち「千葉笑い」の中で「年間最優秀賞」を頂き「千笑士」という、称号までも頂いてしまいました。

でも小島先生は残念なことに今から七〜八年前に他界なさいました。もしあの時、先生にあんなに褒めて頂かなかったら、今の私はなかったかもしれません。
昨年は日本全国のありとあらゆる「市」783市を回文にし、「日本全国ご当地回文」と題してまとめ、「太田出版」から出版されました。

ご当地回文

日本列島を北は北海道から南は沖縄まで縦断し、
「783市」のすべてを回文に作ったものです。さらに府県別47編の4コマまんがついて、その吹き出しもすべて回文になってます。

・小樽市
『今、春だ 小樽は舞い』=(イマハルタオタルイハマイ)
・仙台市
『よい男性多い仙台よ』=(ヨイダンセイオオイセンダイヨ)
・栃木市
『機知とユーモアにマニキュアに燃ゆ、栃木』=(キチトユーモアトマニキュアニモユトチギ)

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そんな「中田芳子♪」の生い立ちとは?

ちょっとここでそういった個人的なことにも触れさせて頂きたいと思います。
VTR上映『熱中人生』 実は今年二○○九年の年明けに、NHKBSから取材に来て、「逆さ歌」や「回文」にのめりこんでいるヘンなおばあちゃんがいる・・・ってわけで十分くらいの番組を作っていただきました。それをここでご覧いただければ、なまじの説明をするよりよほど手っとり早いと思いますので、先ずこれを見て頂きたいと思います。

お相手はタレント藤岡 弘「上を向いて歩こう」の回文歌を、中田芳子と合唱して感動!
藤岡弘はいった。『77歳にして、なぜ、ここまで熱中できるのか!』中田 芳子さんは11人兄弟姉妹だった。14歳のとき、非常に厳しい体験をしている。昭和6年に台湾で生まれた。終戦を迎える昭和20年まで台北で暮らしていた。

悪化の一途を辿る日本の戦況。そんななか当時14歳の中田さんは、心の奥底に決して忘れることのできない深い心の傷を負ったのだった。そのころは特攻隊員が、近くの料亭に20人ばかり寝泊りしていた。それは何故かというと、命令は下りているのだが、乗る飛行機がないからだった。飛行機が内地から届くのを、待っていたのであった。今にして思えば、どんなに辛い日々だったろう。

その20人から、中田さん三姉妹に遊びにきて欲しいという話があった。死を覚悟した20人の少年飛行兵達。若者の中には中田さんが想いを寄せる青年もいた。静かで優しい人でしたという。二人きりになったあるとき、「死なないで」といったら、「よっちゃん。俺たちは【端末】なんだよ」と、可哀想な顔をしてこたえた。

昭和20年7月、彼は出撃基地に向かう列車に乗った。そのとき、見送りは中田さん一人だった。汽笛とともに、列車がゴトンゴトンと走り出した。彼は私の手を握って放さない。汽車はスピードを上げて走り出す。中田さんも涙を流しながら走る・・・・・・・。汽車消えるまで、千切れるほどに手を振った。昭和20年7月13日のことだった。中田さんが想いをよせた青年は、南の空に散った。あの時、その場にいた20人の飛行兵の想いが、全部私の中に入ったと、中田さんは思っている。

恒例の藤岡 弘のコーヒータイム。本日の豆はブルーマウンティン。
中田さんは美味しそうに飲んだ。「私の人生、嬉しいこと二割、辛いことが八割だったと思います。しかし、こんな美味しいコーヒーを味わうと、八割二割が逆転すると思いました」

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過酷な台湾引き揚げ体験

この「引き揚げ」というリセット体験、ましてそれが青春の入口だっただけに、その後の私の人生にさまざまな影をおとしました。想像してみてください、みなさんそれぞれの現在の生活を。・・・それがある日突然リュックひとつになる、という事態を想像できますか? それまで、何不自由なく過ごしていた日々が、一瞬にして過去の夢と化したショック!
まして私達の場合、15歳という、最も多感な年頃です。それは潜在意識として根深く残ったに違いありません。このことは後々まで人生に影を落とすこととなりました。
過去への回帰願望=「癒し」にも繋がるこの密かなる愉悦…まるで鏡の裏側の世界に足を踏み入れたような、自分だけの壮大な世界。これが「逆さ歌の魔女」とまで呼ばれるようになった・・・
♯中田芳子♪の「原点」なのです。

「チンドン屋の賛美歌」、「船底で聞いたひな祭りの歌」
台湾人 林 茂生氏(1887−1947)が詠んだ詩があります。

日僑今や天地巡りて国に去る
天を恨まず地に嘆かず
黙々として整々と去る
日本人 恐るべし

台湾人として初めて日本の文学博士となった林 茂生の詩は、台湾から引き揚げた日本人なら誰でも知っている詩です。

これは、私が乗った駅の隣の駅の出来事です。
盲目の台湾人チンドンヤさんが、チンドンチンドンと駅にやってきたので、駅にいた日本人引揚者はムッとしたそうです。と、その時、チンドンヤさんが日本語でいいました。
「皆さん。本当に長いことお世話になりました。私達は日本の恩を忘れません。日本の人に教育して貰わなかったら、私達は食べることも出来なかったでしょう」
チンドンヤさんは、賛美歌の≪また会う日まで≫を朗々と歌うと、引き揚げ列車に乗り込んだ日本人と、大合唱となったのでした。

私達は、アメリカの輸送船リバティ号の船倉に3000人も詰め込まれました。基隆(キールン)港から出港して一週間ほどして、時ならぬ台風に見舞われたのです。大人も子供も皆船酔いになりました。そのとき、あるお母さんが、「灯りをつけましょ雪洞に〜」と子供さんのために歌いだしたのです。そうだ、今日は3月3日、桃の節句の日ではありませんか。気を取り直して、船倉は「灯りをつけましょ」の大合唱となりました。おじいちゃん、おばあちゃん。おとうさん。おかあさん。ぼっちゃん。おじょうちゃん・・・・・みんなで雛祭りの歌を歌いました。
船は沖縄の近くまで来ていたようでした。
私の姉は気丈な人で、船倉の中でもしっかりしていました。私を揺り起こして、
「よっちゃん。いま沖縄よ。あなたの好きだった人が、眠っているのよ」
私は船倉から、縄梯子を伝って看板に上がりました。夕方ですが周りは暗い海。船は依然として大揺れでした。私は甲板に立って、空に向かって手を振りました。いつまでも。いつまでも。このような思い出がたくさんあります。

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さて本題に戻って

回文の歴史

回文は古くは「更級回記」の中にも、残されているようです。
それ以来、美しい和歌や俳句になっている古典回文は数知れずあります。
はじまりは「仮名文字表記」になったことから生まれ、その後物語などを読む機会がふえたことで拍車がかかったらしいのです。

・古典回文
鎌倉・室町さらには江戸時代のものを含め、和歌・俳句・川柳その他、でもう、何百とございまして、「東京堂集出版」によりますと{ことば遊び辞典}にはアイウエオの索引つきで整理されている、そのくらい沢山残されているワケです。それがなぜか現代ではすっかりマイナーな存在になってしまって…ですから不肖ナカダは自分のホームページに、「回文だって芸術です!」というコーナーを設けて、さかんに気炎を上げてるワケです。
http://homepage3.nifty.com/sakasa/kaibun_4.html

昔の人の和歌、その他の回文を見てますと、ほんとうに「ことば」というものをいつくしみ、その美しさを込めるために、一途になっているさまがよく窺われるのです。洗棟されたそれら
の作品は、どうしてこれがサカサから読んでもおなじになるのか信じられないくらいなのです。
「草の名は 知らず珍し 花の咲<」
「桃の木の なるをば折るな軒の桃」
「照りて来つ 西に真西に月照りて」
「草くきの葉に降る霜に見やるなる 闇にもしるう庭の菊咲く」
「むら草に草の名はもし 具わらば なぞしも花の咲くに咲くらむ」
「惜しめどもどもついにいつもと行く春は悔ゆともついに いつも止めじを」

こういった、回文としてでなくとも、立派に鑑賞に耐え得る句がいくらでも出てくるのです。しかもそれらは文献としてキチンと整理されていますし、その上、寛永とか正保年間にはこうした「回文発句」の作者が少なからずいたことも記されています。
私達の遠い祖先が、同じ発想のもと、文字や言葉を使って遊んでいたなんて!
そうです回文だって立派に「芸術」たり得るのです!
そこで私も先達に負けじと芸術点に到達するため頑張って出来たのが以下の作品です。

「薔薇あらば 友と日差しの垂る高嶺 語る楽しさひともと薔薇あらば」
「悲しい世にも友はよし 夜半も共に酔いし仲」
「仲良く梨剥きあなたへと 下手な秋虫鳴く夜かな」
でもやっぱりかないません。少なくとも文献に残るにはまだまだです。
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「回文」と、「逆さ歌」の違い・・・

それは言わばデジタルとアナログ
「トマト」の反対はたしかに「トマト」のはずですが「トマト」と吹き込んでテープを逆回転しても「トマト」とは聞こえません。トマトと聞こえさせるためには「オタモッ」という。
何故か?トの子音つまり(T)はごく瞬間に発せられるだけで、実は「オー」という音がほとんどなのです。だから「OTAMOT」(オタモッ)と吹き込んでテープを逆回転すると、立派に「トマト=TOMATO;」と聞こえてくるのです。

音楽と回文のコラボ、それが「逆さ歌」

(これを、メロデイに載せたのが逆回転歌)
伴奏ももちろんサカサに演奏します。
一見難しそうですが、原理を知ればまさに「コロンブスの卵」。
だれにでも出来るものなのです。(ここで再び2〜3曲、クイズ形式で出題)
★ここで皆さんに「逆さことば」=つまり回文とは異なる逆回転コトバを体験して頂きましょう。
@逆回乾・・・とば 皆さんご一緒に言ってみてください
「KAGIADUKAGUTAZADNAK」
(カギアドゥカグタズアドゥナッK)
〜これを逆回転すると
「神田雑学大学」となります。
単にひっくり返しただけの
「カンダザツガクダイガク」→「クガイダクガツザダンカ」
ではありません。
ついでにもう一つ
「おんなじ色やなあ」
と吹き込んで、テープを逆回転すると・・・
驚くなかれ
「花より団子」と聞こえるのです。
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 逆さ歌の誕生秘話

で、ここからのお語はまた二十五年昔に遡りますが・・・そのころフジテレビに「おはよう!ナイスデイ」という、朝早いバラエティ番組がありました。そのなかに「ウルトラ女の出るテレビ」というコーナーがあって、いろんなジャンルの特技を持つ女性がナマ放送でそのワザを競いあい、優勝者はペアでハワイ旅行!という、バブル時代ならではの豪華な番組でした。

そこに出場するためには複数の審査員の推薦がないと出られません。つまりノミネートですよね。オーデションには私、自信作の回文を数点持って出たのですが、審査員のなかの一人だけが私の回文をとても褒めてくださったのです。でも他の審査員は「回文だけでは映像的に、いまヒトツ弱い・・・テレビに出るにはチョツトねえ」というわけです。

するとさきほど褒めて下さった審査員の方が資料に目を落しながら「あなたは音楽の先生らしいですね、だったら、回文と音楽をミックスして逆回転で歌を歌うってことはできませんか?それができればノミネートOKですが・・・」一瞬、私の頭のなかはマッシロになりました。
(そんなこと出来るワケない。結局、落とすための口実に違いない)・・・でも、私、ここで言ってしまったのですねえ。ハッキリと。

「ハイ、出来ます、その代り、三日下さい。必ず歌えるようにしてきますから。」私は今でもこの瞬間の凍りついたような自分の頭の中をハッキリと覚えています。ニッコリ笑いながら、昂然とムネを張って答えたのですから。でも、この「何にでもチャレンジしてみよう」という気持ちがあったからこそ、「逆さ歌」も「回文」も身について行ったのだと思っています。

今日は逆回転の器城を持参してきましたが、実はこれ、ほんの最近手に入ったばかりなのです。それまでは実にアナログな方式で逆回転音楽を作ってきたわけです。今回は新しい機械を使いますけれど。ま、とりあえず歌ってみましょう

ここにテープがあります。A面に音が入っています。
この音を逆回転で聞きたい、それも、ただカセットデッキだけ使って聴くとしたら?・・・
みなさんならどうなさいますか?私、これを二十五年前に発明して、以来実に二十五年間、このやり方でシコシコと逆さ歌をマスターしてきたんですよ。

大抵の方は「カセットテープのネジを外して開けて分解し、テープを裏返してまたもとのようにネジで止めるのじゃないですか」と言います。***(テープとリール巻き)
そうじゃないのですねえ。テープをハサミで切っちゃうのです。それを裏返して、セロテープで貼って繋ぐ…という、いかにもこも「昭和ヒトケタのばあちやん」が考えそうな、やりかたなのです。録音したテープを最後まで全部引っ張り出し、それをどんどん逆方向に巻き取っていきます。最終的にネジレていますから、戻すためには最後にもう一度テープを切ります。

そうしてネジレを直し再びセロテープで繋ぐ。そして「A面」に録音したものを今度は「B面」で聴く・・・というわけです。 今回は新しい機械を使いますけれど。ま、とりあえず歌ってみましょう。

★さあここで皆さん。今の曲が何だったかを当てて頂きます。
三択でいきましょうか。
★いかかでしたか?

★逆さ歌にも挑戦(解りやすい楽譜を用意します)
では最後に皆さんで「ふるさと」を逆固転で歌ってみましょう。ギャク再生してちゃんと元歌になって聞こえる時の楽しさは格別ですよ〜。
達成感にみなさん大満足!!・・・のはずです。

 
こちらに掲載されている音声データーはリアルプレーヤーが必要です。
リアルプレーヤー日本語版無料のソフトは こちらのサイトからダウンできます。「Real Player (無償)」無償版をダウンです。


「茶摘み」の録音を聴く    「我は海の子」の録音を聴く    「ふるさと」の録音を聴く

ふるさと(逆さ歌楽譜)

この逆再生録音を聞いて、一同大感激!拍手喝采のうちに終了。




講座企画・運営:吉田源司
文責:三上卓治
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子


本文はここまでです


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