現在位置: ホーム(1)講義録一覧 2007〜2009(2) > おはなし・ミュージカルの愉しみ
WEBアクセシビリティ対応
ページの先頭です

平成21年8月7日 神田雑学大学定例講座No468



おはなし・ミュージカルの愉しみ





講師 前原米介




前原米介講師本日は、「ミュージカルの愉しみ」と題して、お話ししたいと思います。と言っても、私はミュージカルの専門家ではありません。ましてや、皆さんにミュージカルの愉しみ方を、ご伝授しようと考えるほど、思い上がってはおりません。

私は、いつの頃からか、ミュージカルに興味を持ちはじめ、何か肌に合いそうな感じがして、ミュージカル映画を見たり、テレビ番組欄で、チェックをして、欠かさず視たり、非現実のドリームの世界の楽しさに何時の間にか惹かれて行く。そんな、日常的な興味の中から、もっと知りたい、もっとミュージカルの世界を深めたいと、そういう風に考えて来たように思います。
  
また一方で、日本の古典劇である、能、狂言、歌舞伎などに、強く惹かれるものがあります。日本の古典劇は、欧米風の歌や、オペラ、演劇、ミュージカルとは全くと言っていいほど表現方法が異なると考えます。 例えば、「能」を観ると、仮面をつけて、顔の表情を隠して見せないですよね。にも拘らず、演者の身体の全体表現の力によって、私の感情に、悲しみや、喜びや、愛おしさ、哀感や、などなどの未経験の異空間の世界へ、ぐいぐいと、強く、引っぱって行く・・・・・・・。
あれは、一体、何なのでしょう?
なぜ、あのようなパワーが観ている私に働くのでしょう?

能に「百萬」という演目があります。
面をつけ、笹を手に、行方知れずになってしまった、我が児恋しさのあまり、物狂いになってしまった女芸人の物語り 「百萬」――。
京都の大念仏の群衆の中を、狂乱しながら、もしやと我が児を探し求める能の名場面です。それは、文字通り日本の古典劇の「静の演技」によって、狂乱の激しさを現し、哀れを誘う名場面です。とりわけ、舞台で目の前にいる幼な子が、母と気付いて凝視する素ぶりを、しばしば見せるため、観客は涙を誘われるのです。

私は、いま、日本の古典劇と、相対立的とも言える、ミュージカルの二つに愉しみを見出しています。さて、このような前提に立って、本日の本題である「ミュージカルの愉しみ」について、早速、お話しをさせて頂きたいと思います。
題材として、三つ事例を取り上げます。

・事例1 
「ラ・マンチャの男」 ―――――― <ドン・キホーテ  原作者・セルバンテス >
・事例2 
「マイ・フェア・レディー」 ―――― <戯曲・ピグマリオン 原作者・バーナード・ショー>
( 「ダンス オブ ヴァンパイア」―― <脚本・ミヒャエル・クンチェ>  感想  >  )
・事例3 
ミュージカルとの対比演劇として、日本の伝統芸能から、能、歌舞伎、文楽、平家物語の4つの伝統的な日本の古典の名作であり、まさに、悲劇中の悲劇と言われている能の
「俊寛」を取り上げて、お話しようと思います。   
では、ミュージカルの事例(1)から、お話させて頂きます。
   
1、ミュージカルの事例1は、『 ラ・マンチアの男』です。
スペイン作家、ミゲール・デ・セルバンテス・サアベドラ(1547年〜1616年)作の
名著「ドン・キホーテ」(1605年出版)を原作としている、ミュージカルです。
〜 それほど昔のことではない、その名は思い出せないが、ラ・マンチャ地方のある村に、槍を持ち、古びた飾り盾を手に、ロシナンテと名付けた駄馬に乗り供のサンチョ・パンサを従え、武功をたてて、思い姫ドルシネーアに捧げる。
正義のための遍歴の旅に出た、騎士と称する男、ドン・キホーテがいた 〜
という導入から始まります。
原作は、400年近くにわたって、世界中の人に感動を与え続けてきました。

「ドン・キホーテ」の真価は、只の、滑稽な男の物語だけではありません。人間の夢と挫折、喜びと悲しみ、愛と信念、まさに人生そのものを見事に表現している、その豊かさゆえに、世界中の人々を感動させ、魅了させ続けているのだと思います。文学だけに止まりません。舞台で、映画で、ミュージカルで、数多く取り上げられ、大ヒットし、愛され、永遠の理想と希望を与え続けて来たのです。

・ミュージカルは、アメリカでつくられ、ブロード・ウェーイがその中心地です。
音楽や歌とダンスと物語を一体となって、より劇的な、よりエンターテイメント性
を高めた比較的、新しい演劇です。スタートは1920年頃と云われています。


さて、『ドン・キホーテ』は、ミュージカルでは、『ラ・マンチャの男』が良く知られているタイトル です。原作通り、騎士道本を読みすぎて、自分を遍歴の騎士と思い込んで、古ぼけた甲冑に 身を固め、供のサンチョ・パンサを従えて、旅に出ます。しかし、時代錯誤な言動と肉体的な脆弱さ故に、行く先々で嘲笑の的となるが、止めません。

最初の冒険談は驚嘆すべき、風車の冒険です。「供のサンチョ・パンサよ、あれなるを見るがよい。途方もなく醜悪なる巨人どもメが姿を現したではないか。おのれ、奴らを皆殺しにしてやる」 と、ドン・キホーテは大声で叫ぶ 。サンチョ・パンサは、必死になって、『しっかりしてくだせぇよ旦那様。あれは巨人じゃねえだ、ただの風車ですよ』と、たしなめるが、風車であることを認めず、姿を水車に変えた悪者と考え、巨人目掛けて突撃をかける。
周りが笑い転げる様が想像できる物語です。ドン・キホーテとサンチョ・パンサは麗わしの姫君、ドゥルネシア姫の住むトボーソ村に向かいます。

向こうからやって来た3人の百姓娘を姫と腰元の一行だと信じ、それだけでも抱腹絶倒なのだが、ドゥルネシア姫は魔法に掛けられたのだと、解釈するドン・キホーテ。家族や周りの誰もが、その行動と奇怪な冒険を次々とするドン・キホーテをたしなめるのですが、その
「狂気」は後戻りしない。ますます、見果てぬ夢の世界へ迷い混んで行くのです。やがて、遍歴の主人公に、死がおとずれる。ドン・キホーテは、自らの「狂気」を自覚し、臨終の床にあって、サンチョ・パンサを枕元によび、心から詫びる。「旦那様、私の旦那様、どうか、死なないで下さい、しっかりして下さいませ」と励ますサンチョ・パンサ。今や、死の床にあって、立ち向かってきた「平和、正義、愛、死」などの一つ一つの物語が、観る者の胸に重く響き、魅了してやまないのです。

やがて、ミュージカルは大詰めを迎えます。執行役人が読み上げます。
宗教裁判の名において、カトリック教会に背いたかどにより、ドン・ミカエル・セルバンテス
サアベドラ、汝を、逮捕する・・・“   

そこで、セルバンテスが叫びます。
“ ドン・キホーテは私のために生まれた、私は彼のために生まれた・・・ドン・キホーテと
セルバンテスは兄弟だ!!さあ供のサンチョ・パンサよ 行こう! ご主人さま、勇気を!
二人は階段を登って逮捕されます。残された仲間達が歌い出します、“見果てぬ夢を追い、かなわぬ敵にいどむ・・・耐え得なき悲しみを抱き・・・勇者も行かぬ地へ向かい・・・・
ミュージカルのラストの大合唱 「見果てぬ夢」が、力強く鳴響きます。人々に生きる勇気を
与える。壮観な名シーンの一つです。 

「見果てぬ夢」

夢は みのり難く
敵は あまた多なりとも
胸に 悲しみを秘めて
我は 勇みて行かん

道は 極めがたく
腕は 疲れ果つとも
遠き星をめざして
我は 歩み続けん
これこそは 我が宿命

汚れ果てし この世から
正しきを救うために
如何に 望み遥かなりとも
やがて いつの日か光満ちて
永遠の眠りにつく時来たらん
たとえ 傷つくとも
力 ふり絞りて
我は 歩み続けん
あの星の許へ  
あの星の許へ


( 福井峻 訳 「見果てぬ夢」 1985年 「ラ・マンチャの男」パンフより)

ドン・キホーテは、「フーテンの寅さん」に似ているとしばしば指摘されます。
正義感が強く、風来坊で、マドンナがいて、オッチョコチョイで、一つのヒーロのタイプに違いありません。ドストエフスキーは、これまで天才によって、想像されたあらゆる書物の中で、最も偉大で最も憂鬱な書物であると礼賛しています。

このミュージカルは日本でも大ヒットしました。1969年、帝国劇場において初演。
主演は、松本幸四郎 (当時の染五郎) 相手役は、草笛光子でした。
その後、幸四郎はブロード・ウェーイに抜擢されて渡米、主演を務め大評判になりました。
・作家のセルバンテスは、若くして兵士になり、トルコ艦隊との海戦に従軍します。
戦いの後、帰途の海上で回教徒の海賊船に襲われて、5年間アルジェで虜囚生活を余儀なくされ、4度脱獄に失敗し、11年かかって、スペインに帰国します。

ドン・キホーテの構想は獄中で練られたと云われ、その主人公に騎士道物語を利用しようと天才的な発想を得たと伝えられています。1616年姪に口述筆記をさせた後「あの世で諸君たちの顔を見るのを楽しみにしている。 さらば」 69歳。当時としては、長命だったとされます。日本では、大阪夏の陣真っ只中に当たります。

熱心に話を聞く受講生

2、ここで、関連して悲劇的な、能の『 俊寛 』を紹介いたします。
悲劇として取り上げる日本の「俊寛」は、能、歌舞伎、文楽、そして平家物語と、四つの伝統的な日本古典の名作中の名作であり、まさに、悲劇そのものです。
いかなる悲劇といえども、何がしかの生きるべき希望を見出し得るものですが、この
『俊寛』には、全くそれがありません。あるのは、まるで氷河に閉ざされた物語と例えても、言い表せない程、希望ゼロの残酷な物語です。
それが『俊寛』です。
歌舞伎で俊寛を演じた松本幸四郎が去ってゆく小船を見つめながら本当に涙を流し演じたと云われる程の名作中の名作、伝説の悲劇です

「俊寛」の物語は、平清盛の失脚を狙うクーデター計画が発覚し、首謀者の俊寛僧都と共謀者の平判官康頼。丹波少将成経が捕えられて、九州最南端の絶海の孤島・「鬼界が島」に流されます。この島は、硫黄ガスが流出する孤島で、三人の流人は、それでも生き延びていましたが、ある日、二人の流人は帰ることを容認され迎えの小船が着きます。しかし俊寛一人が残されることになったのです。俊寛一人では、最早、未来はありません。錯乱する俊寛は、赦免状の裏や包み紙まで狂おしく見直すが、なすすべもなく小舟はやがて、辺を離れ去って行き。「俊寛」は自害します。
看取られた時、三十七歳の若さであったと伝えられています。

※「俊寛」は、能の他に歌舞伎でも演じられます。中村勘三郎、他が演じています。

・仮面で演じたのは、日本の古典劇だけではなく、洋の東西を問わず、古代からありました。古代ギリシャ人は、大がかりな野外劇場を使って、演劇を行なったと云われています。
ギリシャには、野外の円形劇場が残されています。円形劇場は客席から見降ろせます。
役者は全て男性で仮面をかぶって登場し、コロスという合唱隊が歌い踊り、客席と一体化して演じられました。西洋の仮面劇は、衰退します。しかし日本では、室町時代から今日までの歴史が生きています。能、歌舞伎などの古典劇が、現代劇と共に現に生き、古典劇は、更に世襲制による身体芸術として高められ、観客との間に眼に見えない異空間幻想を作り出す特異な芸術へ発展し伝承されています。そして、海外から芸術性の高い日本の古典演劇として認知されています。

・古典劇と、近代的な現代劇の大きな違いは、何でしょう。それは、表現の方法論の違いと
言われます。一般にその相違は古典劇は、仮面をつけて、顔の表現を封じています。表情に心は現せない。それ故に全身で心を外に発散させねばならない。その演者の心が私に
(観客に)伝わるのです。

現代劇は、Actors (俳役)に合わせて演じる、俳優の顔、身体、声などの表情からその
心を、私たちが(観客が)読み取って理解する。日本の古典劇は世襲制によって今日まで、伝えられている<身体芸術>で、現代演劇と古典演劇の二つの演劇表現を持っているという特異性は、今日では、何ものにも変えがたい芸術遺産と云えます。

3、ミュージカルの事例2は、名作「マイ・フェア・レディ」です。
「マイ・フェア・レディ」の原作は、ジョージ・バーナード・ショウの戯曲「ピグマリオン」です。
戯曲「ピグマリオン」は、ギリシャ神話に伝承するキプロスの王ピュグマリオンの話を下敷
きにして、バーナード・ショウが書き上げたものです。

前原講師話というのは、現実の女性に失望していた王ピグマリオンが、自分の理想の女性ガラテアを彫刻します。その像を見ているうちに、ガラテアが服を着ていないことを恥ずかしく思い、服を彫り入れ、やがて、王はその彫刻に恋するようになり、食事を用意させたり、話しかけたり、人間になるように乞い願うのです。 あまりに衰弱していく王の姿を見かねた女神は願いを容れて彫刻に生命を与え、ピグマリオンはガラテアを妻に迎え入れ幸せになる。この伝説を下敷きにして、バーナード・ショウ―が戯曲化したのが、1912年の戯曲 「ピグマリオン」なのです。

○ミュージカル版の 「マイ・フェア・レディ 」は、原作者、バーナード・ショウの死後1956年に3月、ニューヨーク・ブロードウェイでミュージカル化され上演されました。
脚本はアラン・ラーナー。作曲はフレデリック・ロウ。舞台版は、イライザ役はジュリー・アンドリュース。ヒギンズ役はレックス・ハリスン。映画版は、イライザ役をジュリー:アンドリュース代わって、オードリー・ヘップバーン。ヒギンズ役は、レックス・ハリスンでした。

物語は、ロンドンの下町の花売り娘イライザと、著名な音声学者のヘレン・ヒギンズ教授
出会うところから始まります。“花を買ってくれや”ひどい下町訛り丸出しでイライザが花を売り歩く、その訛りをメモする音声学者のヒギンズ教授。AとIの区別がつかないひどい訛り、出鱈目な放言。なぜ、ちゃんとした英語を話そうとしないのか?イライザとヒギンズ教授の対立を切っ掛けにイライザがヒギンズ教授の家を訪ねてきます。正式な英語を教えてほしいと申し込みます。断るヒギンズ教授をなだめて、同席していたピカリング大佐が、3ヶ月で洗練された‘貴婦人‘に仕立てられるかどうか。賭けをします。 これには、ヒギンズ教授ものって来て、上流階級にふさわしい言葉の矯正・特訓が始まるのです。 かくて、<ドブネズミからレディを作ろう>作戦は、ヒギンズ教授とピッカリング大佐による懸命の特訓が開始されます。

イライザは、コテコテの下町なまり。自分から美しい英語を話したい意欲と、天性の品格を備え持つイライザの訓練。見る見るうちに洗練されてすっかり、レディ−に変身していきます。やがて、言葉、立ち振る舞い、品格、社交界へのデビューのための準備が全てOKとなり、すっかり、貴婦人に変身をします。 ヒギンズ教授たちは、上流階級の人々を魅了させる迄に変身ぶりを見せたイライザを、社交界最初のデビューの機会を設定して、まず、上流階層の人たちが集まる名門競馬レースへと乗りだします。天性の美貌に磨きをかけたイライザに人々の注目が一せいに集まります。 レースが始まりました。馬脚を現したのはその直後でした。
イライザが叫びます。
「カム・オン!!! ドーバー!ケツをひっぱたけ!カム・オン、カム・オン・・・・・」
全ては水の泡でした。

さらに、特訓が強まります。そして、見事に変身したイライザは、最後の舞踏会に臨みます。皇室主催の大舞踏会で見事にデビュー。満場の注目の人になった日、大喜のヒギンズ教授とピッカリング大佐は、自分たちの大成功に有頂天です。
その有頂天ぶりを隠れるように見て佇むイライザ。実は、彼女にはその時、ヒギンズ教授への恋心が芽生えていたのでしたが・・・・釈然としない、自分のことをレヂィーと思っていない、自分は二人の只の実験道具でしかなかったと気づき・・・・・ヒギンズの屋敷を後にイライザは行ってしまいます・・・・。
初めて、ヒギンズ教授自身も、自らのイライザへの恋を知り愕然とします。 淋しそうなヒギンズ教授が涙声で歌います。

<忘れられない君の顔>。イライザは、自分の一部だ、あの笑顔が無くなってしまうのは耐
えられない。おお、イライザよ、イライザよ、切々と唄います。 
そして、初めてイライザが自分の家に入り、イザイラのひどい下町なまりの発音を矯正した
あの時の、あの懐かしい蓄音器の録音に聴き入るヒギンズ教授。イライザのひどい下町訛りが流れます・・・・・・・・・・
そこへ、イライザが静かに帰って来ます。
イライザもやはり、ヒギンズ教授が忘れられないのです。照れるヒギンズ教授とイライザ。
見つめあう二人。 

舞台は、再び生き返ります。満面笑顔のヒギンズ教授。特訓の時、口ぐせになっていた一言をつぶやきます。 “イライザ、ぼくのスリッパはどこにあるんだい ” ヒギンズ教授は、照れながらそう云うと、帽子で顔を隠してソファーに深ぶかと身を沈めます。
かくて、ミュージカルは、ヒギンズとイライザが結ばれるハッピーエンドを暗示して幕となります。劇中で、イライザがふるえる感動で歌った名曲。
<踊り明かそう ・I Could Have Danced All Night > 
ラストに、この名曲がながれ、観客は、幸福な思いにひたりながら、劇場を後にするのです。   

END
                           

ミュージカルで歌われた主な曲
●なぜ英語が話せない?( Why Can’t  The  English ? )
●スペインの雨 (The Rain In Spain)
●君住む街角で (On the Street  Where  You Live )
●運が良けりゃ (With A Little  Bit Of  Luck )   ●序曲 ( Ooverture )
●ああ、なんてしあわせ (Wouldn’t It Be Lovely )
 映画はアカデミー最優秀作品賞、監督賞 ジョージ・キューカー 衣装デザイン賞 セシル・ アレン。男優賞は レックス・ハリソンと総なめした名作ミュージカルです。

○このミュージカルの大ヒットの秘密は何でしょう。

・理由1、
ストーリが、シンデレラ物語的であること。万人共通の願望の中に、心ひそかにある憧れを体現させています。最も物語的な、多くの人々に共通するストーリの一つであるからだと思います。
・理由2、
厳しい階級が存在していると云うことです。1900年代ほどではないとしても階級社会の存在は、今もあります。どこの社会にも常に平等で、常に博愛に満ちている訳ではありません。だから、人は絶えず平等を唱えなければならないのかも知れないのです。
・理由3 
言葉は、国によって違います。そして人間に共通する普遍的なもの。それ故に正統なものに対する理想と厳しさが受け入れられる。このミュージカルは、美しい言葉に対する厳しい理想を繰り返し訴え、人間の言葉の大切さをミュージカル化した素晴らしさではないでしょうか。   
 
● きょうは、つたない私の話を聞いて頂きまして、誠に大変ありがとうございました。
考えてみますと、私自身がミュージカルをこよなく好む、意味といたしまして、 

1)、生きる勇気を得たい。
2)、生きる意味を学びたい。
3)、生きているこの世界に感謝をしたい。 
そう考えるのです。

ご静聴、大変有難うございました。



文責:前原米介
会場写真撮影:橋本 曜
HTML制作:和田節子


本文はここまでです


このページの先頭へ(0)

現在位置: ホーム(1) 講義録一覧 2007〜2009(2) >おはなし・ミュージカルの愉しみ

個人情報保護方針アクセシビリティ・ポリシィ著作権、掲載情報等の転載、リンクについて連絡先

Copyright (c) 1999-2009 kandazatsugaku Organization. All rights reserved.