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障がい者になって、想い、感じ、生きること
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NPO法人神田雑学大学  定例講座No.676 2013年12月13日金曜日 


講義名 しなやかに世界を広げたい!
講義名 障がい者になって、想い、感じ、生きること

講師の祐成常久(すけなり・つねひさ)さん

         (すけなり・つねひさ)
講師 祐成 常久(すけなり・つねひさ)


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講師紹介
講師 役職
1.はじめに 自己紹介
2.自分の障害について
3.障害を持ってから
4.車いすの障がい者が外に出ると……
5.これからの日本の社会に望むこと



●講師紹介 吉田源司(NPO法人神田雑学大学統括理事)
きょう講師にお招きした祐成さんとは、私がボランティアスタッフとして参加している、 車椅子体験アドバイザー「いっぽ」が主催する車いすの体験講座で知り合いました。 祐成さんはもともと、障害者スポーツ指導員の資格を取得されて、特技のバドミントンを活かした活動や知的障がい児者の水泳教室などを企画 ・実施されていました。

ところが、2009年12月に事故で頸椎を損傷しました。手術・リハビリの入院生活を経て、 1年後に退院すると、自ら電動車いすユーザーとして、介護サービスを受けながら単身生活を始められました。 きょうは、毎日、電動車いすで精力的に活動するなかで感じること、生きるとは、安心安全のバリアフリー社会になるために何が 必要かを語っていただきます。では、よろしくお願いします。

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●講師 役職
特定非営利活動法人 生涯学習を推進する会 理事長 社団法人 全国脊髄損傷者連合会東京都支部  理事 葛飾区身体障がい者スポーツと自立支援福祉協会 会長 かつしか区民大学 区民運営委員 早稲田大学総合教育研究所 (数学パラリンピック提案) 立教大学社会福祉研究所(当事者研究について) 特定非営利活動法人 あい・ぽーとステーション 子育て・ まちづくり支援プロデューサー 日本民俗学研究会(日本の神話・甲骨文字から学ぶ常用漢字 ・和算から学ぶ算数・その他) 公益財団法人 日本障害者スポーツ協会 東京都障害者スポーツ指導員協議会 公認 障害者スポーツ指導員・講師

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1.はじめに 自己紹介

講師の祐成常久(すけなり・つねひさ)さん 僕の名字の「祐成」は、曽我兄弟の兄のほう、曽我十郎祐成から連綿と続くもので、系図もあります。 亡くなった叔父の話ですと、 まだ、大分県国東半島に2ヶ村「祐成村」あるそうです。
祐という字は、「示すへん」は神を司るもので、「右」は神を助ける(補助・守)意味があるそうです。

「成」は成し遂げる、成熟させる、などの意味をなし、名前の「常久」の「常」は変わらない、変化をしない、 「久」は永久・継続という、あまりにもでき過ぎた苗字と名前になっています(笑)。祖父が名づけた名前ですが、 そこまで考えてのこととは、私は思っていません。ちなみに、中学校でのあだ名は、「大仏」でした。

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2.自分の障害について
2009年12月23日20時30分頃、仕事の打ち合わせを兼ねて食事をしながら次回講座の段取りも終え、 場所を変えて飲みに行く予定でした。 店を出て、階段の手前で靴を履き直そうと屈み込んだことまでは覚えていますが、 貧血を起して一時的に意識を失い、意識が回復した時は、救命隊員の呼びかけで、現況のやりとりをしていました。

そのまま聖路加国際病院に搬送され、緊急入院。着ていたものは、全部ハサミで切られていました。 あとからわったのですが、階段から柔道の受け身をするように転げ落ちたそうです。 幽体離脱という言葉は知っていましたが、まさにこの時に、ベッドに横たわる自分を見つめていました。

どこからともなく、「おまえはまだ早いよ」という声を聞き、ふり返ると、聖路加国際病院の救急病棟のベッド上に横たわる、 まさに自分がいました。 もう午前2時を過ぎていましたが、同僚と友人が心配そうに自分を見守っています。僕の様態も安定し、 午前4時頃にみなさん帰ってもらい、自分も薬の効き目で寝てしまったそうです。

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3.障害を持ってから
日常生活
2009年12月23日に事故で頸椎損傷。2010年2月16日に聖路加国際病院から東京湾岸リハビリステーション病院に転院。 同年11月26日に退院。そこからひとりでの生活を始めました。その矢先の27日、車いすから落としたものを取ろうとした瞬間、 車いすのマットが滑り、床に転がり落ちました。

身動きできる状態でなかったことと、家のセーフティー対策ができていなかったため、約2時間声を張り上げ、 隣の住人に聞こえるかはわかりませんでしたが、「助けてくれ! 誰かいませんか〜! 助けてください!」 「車いすから落ちて身動きが出できません、助けてください!」と心が裂ける思いで叫び続けました。

退院したばかりなので、ドアやベランダ側のカギなど、全部のカギが閉まっていました。 ベランダ側を見ると、お巡りさんがガラスを叩いていましたが、どうすることもできず、レスキュ―隊まで来て、 ドアかガラスを壊して入る寸前にカギを持っている担当者と連絡が取れ、なんとか助かりました。

このような日常に起り得るトラブルは、訪問医療・訪問看護・訪問介護サービスを受けながら、 ひとりで生活を始めるうえで生死に関わる重要な事柄として、しっかりと取り決めておくことが重要です。 以来、自身の障害を受け入れ、バリアフリーの社会となるために、電動車いすで精力的に動く毎日を過ごしています。

仕事
仕事は、台東区の社会教育センターを中心として、小島社会教育館・千束社会教育館・今戸社会教育館・小島社会教育館の管理・ 運営を行っていました。企画講座は、台東区からの委託講座60件、自主講座20件、プール講座20件を実施して、 障がい者向けに「障がい者水泳教室」「障がい者ヒップホップダンス教室」などを行い、 保護者の方々と意見交換の出できる参加型の講座に、相談や悩みなどを気楽に話せる場所づくりを進めました。

その後、中央区の築地社会教育館・月島社会教育館・日本橋社会教育館等の運営責任者と、 企画講座の総責任者をつとめていました。その中で、洒落たイベント企画を外務省勤務の知人の奥様(フランス人)に依頼し、 クリスマス向けに「ブッシュドノエル(切り株型のロールケーキ)の作り方教室」を実施、参加のみなさんにとても好評でした。

ケガをしたのは、風邪気味だったことと過労なども影響していたと思います。企画の打ち合せ終了後、 2009年12月23日に、靴を履き直そうと屈み込んだ際、貧血を起こして階段を頭から転落。部下2人といたので、 彼らが救急車を手配し、聖路加国際病院に2ヶ月、東京湾岸リハビリテーション病院に10ヶ月入院しました。

お酒 「金香柳星」 2010年11月26日に退院してからは、2006年に設立した「特定非営利活動法人 生涯学習を推進する会 を基盤にして、2011年4月から「人形町日本橋酒造」の名称で、埼玉県深谷市の酒造会社と深谷市商工会議所青年部、 婦人部の協力をいただいて、田植えから酒造りまで体験講座を実施しています。

副産物のお酒「金香柳星」銘柄で、純米酒を会員のみで楽しんでいます。そのほか、陶芸(おちょこ・徳利・ぐい飲み)を作成したり、 深谷の野菜を使い、ピクルス作りも行っています。

以前から個人的に勉強(研究)している、「甲骨文字から学ぶ常用漢字」「和算から学ぶ算数」「日本の神話」など、 日本の民俗学研究にも着手しています。 全脊損連では、ピアサポート事業として、脊損者が脊損者の相談を受けてアドバイスやサポートなどを実施しています。

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4.車いすの障がい者が外に出ると……
街中で
大好きな鎌倉へ車いすで出かけた折、建長寺では本堂に入れず、仏教の結界の発想なのか、階段が立ちはだかっていました。 よく見回すと、目立たないところに手すりがありましたが、車いすを降りないと拝観できないことを痛感しました。

鎌倉の大きな通りは、歩道橋で横断することがありますが、エレベータ―が付いているなら問題ないのですけれど、 階段だけの歩道橋は上れません。ずっと遠くの横断歩道までいくしかないのです。 ちょっとした段差も車いすにとっては恐怖です。歩道が切れたところや交差点の真ん中など、 段差がきついと乗り上げた時に車いすが後ろに傾いて倒れそうになります。後ろに倒れたら、 自分ではどうすることもできませんし、ケガもします。まわりの方に助けてもらうしか手立てはありません。


交通機関のトイレについて
都営地下鉄浅草線の浅草橋駅や人形町駅の「だれでもトイレ」は、3S(整理・整頓・清潔)の悪さが目につきました。 朝の通勤時間帯に使用するも、荷物の置き場がないに等しいので不便です。使用頻度が多いことはわかりますが、 清掃員を多く入れるべきであり、常に清潔な状態を保つことにより、使用する人の意識も変わると思います。
講演をされている祐成常久さん 都電(三ノ輪〜早稲田)を利用の際、あらかじめ障害者トイレや「だれでもトイレ」のある場所をリサーチする必要があります。 聞いてもわかりづらく、いざトイレを使用するも汚くて、躊躇することがあります。 私は「自己導尿」をしているために、便座に座り、カテーテル(管)を尿道に挿入して尿を出すことを行っています。 そのため、便座の大きさにも気を配ってほしいと思います。便座が小さいと手が入らず、ひとりで行うことが無理なため、 準備中に失禁をしてしまうことが、再三あります。

特に、寒くなるとトイレに行く回数も多くなり、このような失敗が多くなると、「自己嫌悪」になります。 長時間のひとりでの活動では、「留意カテーテル」を使用する方法を考えています。

エレベーター、エスカレーターについて
●JR東日本の私がよく使っている総武線・総武線快速の新小岩駅は、障害者にとって使い難い駅です。 改札口から通路に降りるにも、 1回リフトに乗らなければなりません。エレベーターがないので、各ホームに 上がるエスカレーターわきに待機します。 担当の職員が来て、エスカレーターの調整をしてから乗り込みますが、 その間10〜15分掛かります。 ホームについて定位置の指示に従い待ちます。職員が「下車する駅と連絡を取りますのでお待ちください」、 その間、1〜2本の電車が目の前を過ぎていきます。 

●JR東日本の秋葉原駅のことです。午後8時30分頃、秋葉原駅の職員が、 下車駅の総武線各駅下り方面の新小岩駅に連絡を取ったところ、 「エレベーターが(新小岩駅はエスカレーターのみ)、いま故障してしまい、錦糸町駅で快速電車に乗り換えてください」と説明されました。

私が「エスカレーターが故障?」と聞くと「エレベーターです」と答えます。 「では、錦糸町駅で乗り換える電車は何時に来るのですか?」と聞き返すと、職員は「わかりません」、 当方は頼んでいるヘルパーさんの時間もあるので、 「調べてください」と半ば強い口調で頼むと、また「わかりません」という返事。

「時刻表は持っているのでしょう?」、すると「持っていない」と平然と答えます。らちが明かないので、「駅長か助役を呼んでくれ と頼むと、 「何しろ錦糸町駅まで乗車ください」と職員も顔つきを変え、 能書きを言っている障がい者を早く排除したいという姿勢がありあり見えます。

次に助役が対応したので、私は、「どこで待つのも同じではないか」と、新小岩駅まで行くことを再三お願いしました。 すでに約1時間半が過ぎていました。新小岩駅に着くと、4、5人がスタンバイして、人力で階段を降ろしてもらいました。 階段下には、老夫婦の車いす対応の方が、やはり長く待たされていたのでしょう、顔を見合わせて途方に暮れていました。

私が、新小岩駅の職員に「ホームに上げられないの?」と尋ねると、早く人力で上げるべきだったと答えて、老夫婦に謝罪していました。 翌日、国交省の鉄道部に、この状況を説明して、何らかの対応処置をお願いするも、「わかりました、注意しておきます」 という担当者の返事だけでした……。

聴講生の皆さん 連絡ミス
講師の仕事が終わり、総武快速線新日本橋駅から新小岩駅下車を依頼、20時47分発の千葉駅に職員の指示通り乗車し、 新小岩駅に到着。ところが、新小岩駅で待機しているはずの職員がいません。新日本橋駅から、私と職員の話を聞いていた、 見知らぬ乗客の方々が、ホームに降りて探してくれるも、職員はいない。

アナウンスのないまま電車のドアが閉まり、発車してしまいました。次の停車駅は市川駅で、男性や女性の方が、 市川駅で職員を探してくれ、男性の方が乗客のみなさんに声を掛けて、5人の男性の方々に電動車いすを持ち上げて ホームに移動してもらいました。

その間、女性の方が、市川駅の職員に説明していました。男性と女性の方が涙を流しながら職員に「あまりにもかわいそうだ」 「無責任すぎる」と訴えていただきました。お世話仁なった方々の連絡先を聞きたかったのですが、発車のベルが鳴り、 「ありがとうございます」と感謝の気持ちを伝えるだけで精一杯でした。

市川駅の若手職員は、何度も平謝りで、私が恐縮するほど謝り続けていました。しかし、 新小岩駅に到着すると、何事もなかったように2人の職員は、いつもの対応でした。 私が今回のトラブルの原因を問い質すと謝り、「探したのですが、お客さまが見つからなかった」と。

「でも、新日本橋駅から連絡は受けていたのでしょう?」と聞き返すと、返事はシドロモドロ。 明朝、駅長さんから連絡がほしいと名刺を渡して家路に急ぎました。  翌朝、斉藤駅長から連絡が入り、「当直の職員から事情を聞きました。ほんとうに申しわけありません。 当方の連絡ミスを認め、障がい者に対応する研修を1ヵ月かけて行い、このようなことが二度とないようにいたします」。

こちら側のお願いとして、「助けていただいた方々に感謝の気持ちを伝えたいので、新日本橋駅にポスター大の感謝文を貼りたい」 と要望するも、そのようなことはできませんという返事でした。ムカッときましたが、 腹におさめ、「いずれ現状を変えてやる!」と決めて現在に至っています。

駅の構造上の問題点
JR総武快速線の新橋駅は、地上に出るまでにエレベーターがなく、エスカレーターで4回乗り継いで25分かけて地上に出ます。 職員もエスカレーターに車いすを固定することに手間どっていました。 新橋駅の改修工事は、もう10年かけて行っていると思いますが、いつでき上がるのでしょう?

東京メトロ半蔵門線の永田町駅もエレベーターがないため、職員の人力でエスカレーターの上がり降りをしていました。 最近、エスカルが設置されましたが、設置場所が悪く、地上に上がるまで、やはり25分くらいかかります (最近、エスカルを導入したが、ホームの端にあるため、地上に出るには4回くらいの乗り換えが必要)。

接遇の問題
京成バスで新小岩東北広場前から浅草寿町行に乗るとき、始発バスなので一番前に並んで、運転手さんに行き先を伝えて、 バスの降車口に回り待っていると、運転手が突然、「乗るのですか?」と運転席から叫んでいます。「乗りますよ。先に言いましたよ」 と返事をすると、ドライバー用の手袋をして、渡り板を投げ出すように音を立てて設置作業を始めました。

ほかの乗客もビックリして終わるのを待っていました、終わると手袋の汚れを気にしながら、私の乗り込むのを見ています。 私が、後ろに転倒するかもしれないから危ないので「手伝ってと頼んでも、ただ見ているだけでした。

発車のアナウンスで、「車いすの方が乗車のため、時間が遅れました」。このバスはノンステップではありません。 運転手の名前を記憶して、翌日、江戸川営業所に電話。担当者が応対し、ビデオチェックしたのち、 謝罪の言葉と「職員全体の研修を行います。その運転手には、厳重注意します という返事がありました。

レストラン
外出したときの食事は、段差で阻まれることがほうとうに多いです。 ファーストフードや牛丼屋など、おなかがすいてちょっと休憩したくても、道沿いのお店にはほとんど入れません。 歩道から段差があるためです。ちょっとした段差で、食べたいものも食べられないのです。

祐成常久(すけなり・つねひさ)さん 先日、車いすのメンバーとスカイツリーを上ったあとに食事会を予定しました。事前に、あちこちお店探しをしましたが、 車いすが入れる店がありませんでした。知り合いのつてを頼ってお店を予約し、下見もしました。店の入口は歩道から段差がありましたが、 車いすも入れるように店の方がスロープを作ってくれて、おいしいちゃんぽんや皿うどんをみんなで楽しく食べることができました。

お店の方のちょっとした行為、スロープを用意してくれることで「バリアフリー」になります。 多くのお店が、このお店のようにスロープを用意してくれれば、私たちのように障がいを持っている人たちも、友人や家族と寿司やうなぎや イタリアンや中華など、食べたいものが食べられるようになる日常生活を取り戻すことができます。 こうした運動をこれからもしていきます。

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5.これからの日本の社会に望むこと
実際に障がい者になって、ひとりではできないことが多くなり、だれかの助けがないと日常生活がままならないことがわかりました。 外出の時も、知らない方に何度助けられたことか! 日本の社会は今、無縁社会と言われているが、障がい者が困っていたら、さっと「なにかお手伝いしましょうか?」 と手を差し延べてくれる社会であってほしいと思います。障がい者だけではなく、高齢者も、子どもも、「弱者」と呼ばれる人に対して、 だれもが当たりまえに手を差し延べる社会になってほしい。

しかし、現状はどうでしょうか。バリアフリー社会に近づいたとは言われていますが、車いすでの生活を送るには、ほど遠いものがあります。 ここ10年余り、ユニバーサルデザインと称され、健常者と障がい者が共有・共存・共生できる街づくりが進められていますが、 それより先に、人間としてどのように取り組んでいくかが問題です。子どもの頃の教育はもちろん、大人になっても、車いすの押し方、 目の不自由の方の誘導のしかたなどを学ぶカリキュラムがあってもっといいと思います。

そのような学びの場を作りたいというのが、いま私がやりたいことです。障がいがあっても、安心して暮らせる社会。 みんなが安全に安心して暮らせるため、障がいを持つ立場から訴え、少しでもバリアフリー社会なるように、 学びを通じて社会に貢献していきたいと思っています。

国への嘆願・陳情などは、ひとりの力では限界がありますので、社団法人全国脊髄損傷者連合会やDPI(障害者インターナショナル)日本会議、 そのほかの団体に参加させていただき、また、個人的には特定非営利活動法人 生涯学習を推進する会や葛飾区障がい者スポーツと 自立支援福祉協会の運営を通じて、しなやかに世界を広げるため、今後も勉強していきます。

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講座企画・運営:吉田源司
テキスト製作:祐成常久
会場写真撮影:飯嶋重章
HTML制作:上野治子


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